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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第6章 竜の誇りと最強の傭兵
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幕 間 その9 とある魔工士の誇り

     -とある魔工士の誇り-


 【魔鍵】『描き出す栄華の紙片(マーセル・セリナ・ルーヴェル)』の神性“精密廟写(ホログラム)”により、わしの目の前には理想の設計図が浮き上がってきている。

 わしのイメージする武器の威力、性質、強度、重量などを最上のバランスで成立させるために、どんな材質をどの程度必要とし、どんな加工を施して、どのような形状に仕上げればよいのか。それらすべての情報が目の前に提示されているのだ。

 もっともこれを現実のものとするためには、手に入る材料や実現しうる加工技術などの制約を考慮する必要がある。しかし、本来なら試行錯誤の末にようやくたどり着くべき領域に、ただの数時間、紙片と睨みあいするだけで到達出来てしまうことに変わりはない。


「【魔鍵】というのは、本当に人の身には過ぎたる力だのう……」


 わしがこれまで、この【魔鍵】を使うことに忌避感すら覚えていたのは、これが理由だった。なにせ【魔鍵】を発見する前の、若かりし日の自身の努力を全否定されるに等しい力なのだから。

 とはいえ、今回はそうも言ってはいられない。あの可愛らしいお嬢ちゃんは、わしの武器を使って一人前の冒険者になり、わしに武器を作ってもらったことを自慢したいとまで言ってくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。

 わしの造る武器が誰かの未来を創りあげる。単なる技能や作品の出来栄えなどではなく、 そのことこそを誇りに思おう。

 この【魔鍵】『描き出す栄華の紙片(マーセル・セリナ・ルーヴェル)』が描き出しているのは、あの子の未来に続く道なのだ。


 一般にはあまり知られていないことだが、“魔工士”系【スキル】に求められるのは、手先の器用さはもちろんこと、何よりも長時間にわたって持続的に魔法具に対し、【魔力】を流し続けられる集中力と【魔力】の運用技術だ。

 【魔力】との親和性の高い素材を使い、それに適切な加工を施して【魔力】を流し込み、狙った通りの性質をその魔法具に与えることで、以後、誰が【魔力】を流し込んでも同様の効果を発揮するようになる。


 したがって強力な魔法具を造ろうとすればするほど、その製作には時間と手間と労力がかかる。そのため、魔法具には非常に高額なものが多いのだ。


「さて、久しぶりに全力を出そうかの」


 これを最後に魔工士としての仕事ができなくなっても構わないというくらい、全身の【魔力】を振り絞ろう。幸いわしには、後継者がいる。

 あのおせっかいな孫は、わしに仕事をさせようと次から次へと客を引っ張りこんでくるが、そんなことをしている暇があるなら自分の腕を磨けというのだ。ばれないようにしているつもりかもしれないが、わしにはすべてお見通しだ。……そう、今も、な。


「いつまでそんなところに突っ立っておるつもりだ? さっさと手伝わんか」


 誰もいない工房に、わしの声が響く。すると、入口の扉の陰から不肖の孫、ハンスが姿を現す。


「爺さん。流石にこんな夜遅くまで起きてたら、身体を壊すんじゃないか?」


「余計なお世話じゃ。いいから早くこっちにこんか」


「はいはい」


 ハンスはにやにやと笑いながらこちらに歩み寄ってくる。


「他でもないシャルちゃんの武器だもんな。今日はちょっと失敗しちゃったけど、ぼくも手伝ったって言えば、少しは見直してもらえるかもなあ」


 そう言うハンスは、着ているツナギも前掛けも、どことなくボロボロになっている。


「まさか、ハンス。シャルにまで手を出そうとしたんじゃあるまいな?」


「怖い顔しなくても、心配いらないよ。『フィリス』ちゃんにこてんぱんにされちゃったんだからね」


「ということは、やっぱりか。こんのバカもんがあ!」


 ゴツっという聞きなれた音と共に、わしはハンスの頭を殴りつける。


「いてて! 違うって! ちょっと冗談のつもりでふざけただけなんだよ!」


「ふん。まったく、お前ときたら……」


「ははは、何にせよ、じいさんがやる気を出してくれてよかったよ。気の抜けた感じの爺さんを見てると、こっちまで張り合いがなくなるからなあ」


「……生意気を言いおって。わかっとるんだろうな? この仕事が終わったら、この『ヴィダーツ魔具工房』はお前が継ぐんじゃぞ?」


「ええ! いやいやそれは早くないかい、爺さん。せっかくやる気が出てきたんだから、あと十年くらいは頑張って、ぼくを遊ばせて……あ、もとい、修行させてくれてもいいんじゃないかと思うんだけど」


 ふう。それが本音か。……いや、冗談だろうが、それにしても、この軽薄なところをどうにかしなければ、嫁に来てくれる相手も見つかるまい。

 かつては、シリルにでも嫁に来てもらえないかと思っていた時期もあった。あの娘なら魔法具に関しても、わしが驚くほどの知識もあるし、気立ての良さも申し分ない。

 だが、ハンスの奴は例の調子で言い寄った挙句、見るも無残な目にあわされて帰ってきてしまった。完全に望み薄だ。


「よおし、シャルちゃんのためにも頑張るぞ! さあ、爺さん。何から始めようか?」


「……さすがに、あの子は犯罪じゃぞ?」


「な、何言ってんだよ。馬鹿なこと言って」


「なんだ、わかっておったか」


「愛に歳の差なんて、関係あるわけ……むぎゃ!」


 まったく、こんな漫才を続けていては、少しも作業がはかどらない。わしはハンスに叩き込んだ拳をさすりながらため息をついた。


「いててて……。あれ? でも、爺さん。この『設計図』なんだけど、変じゃないか?」


「何がじゃ」


「だってシャルちゃんに造るのは杖のはずだろ? でもこれってどう見ても……」


 ハンスの言葉通り、床の上に広げられた『描き出す栄華の紙片(マーセル・セリナ・ルーヴェル)』の上に浮かびあがっているものは、杖ではなく一本の剣だった。

 虹色に輝く真っ直ぐな細身の刀身。絡み合う蔦のような細かな装飾が施された鍔元に、持ちやすさを計算しつくされた金色の柄拵え。武器と言うよりは芸術作品と呼ぶべき姿をした一品だ。


「確か、『新世界樹』の枝が材料なんだよね? これって」


「うむ。芯の部分には『新世界樹』が使われておる。そのせいでただでさえ軽いうえに、重心のバランスを上手くとってあるからの。華奢なシャルでも問題なく振りまわせる造りになっておる」


「いや、そうじゃなくって、なんで杖じゃないんだ?」


「決まっておろう。シャルは“魔導師”ではなくて“聖戦士”の【スキル】持ちじゃぞ?」


「へ? ああ、そうだったっけ」


 シリルたちは材料が木の枝であるということから、杖を造ることしか頭にないようだったが、【アドヴァンスドスキル】“舞剣士”に匹敵する剣の才能があるシャルに持たせるなら、この方が良い。芯にするためには枝自体を多少削らなければならないが、削った部分についても別途、製作を考えている物がある。


「ええっと、この周囲を覆ってるのって『精霊銀』だよね。でも、これ、四色どころか七色に光っている感じじゃないか?」


「中身が枝で出来た細身の剣である以上、強度に関しては『精霊銀』だけでは心許ないからな。『光剛結晶』との合金製にするつもりじゃよ」


「ふへ!?」


 わしの言葉にハンスは妙な息を漏らしたかと思うと、あえぐように口をパクパクと開閉させている。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!『光剛結晶』ってどこでそんなもの手に入れたんだよ。市場価格で数億ガルドはくだらない代物だよ? それにあれは単体での加工自体、“至上の名工”クラスの魔工士以外にはできないって言われてるのに、合金にするだって?」


「『光剛結晶』自体はわしが若いころに、いつか最高の武具を造る日のためにと、取っておいたものがある。合金化は、わしの全精力を傾ければ問題あるまい。わしとて“至上の名工”のスキル持ちだ」


 わしがそう言うと、ハンスは呆れたように息をついた。


「……で? シリルたちには幾ら請求するつもりなんだ?」


「『光剛結晶』分はとらん。これはわしが勝手に追加したようなものだからな。……反対か?」


「……いや、爺さんの最後の仕事にけちはつけないよ。その代り、なんとしてもシャルちゃんたちが出場する武芸大会タッグ戦の日には間に合わせないとね。そこでうちの武具のいい宣伝ができれば、高い材料費ぐらいチャラってものだよ」


 ハンスはそう言ってくれたが、わしの気持ちを察しての言葉だろう。実際のところ、いくら宣伝したところで、そうそう数億ガルド分の材料費のもとは取れまい。


「さあ、そうと決まれば急ピッチで仕上げよう。まずは、『新世界樹』の枝を削らなきゃかな?」


「うむ。まあ、お前には削った方の木を使った装飾品を作ってもらいたいがの。そういう細かい物はお前の方が得意じゃろう」


「ええー、それはいいけどさ。少しは『剣』の方も手伝わせてくれよな」


「わかっておる。『設計図』にも細かい装飾加工が必要な部分は多い。そこを手掛ける際には声をかけてやるわい」


「さすが、爺さん。話が分かる!」


 ハンスは、わしの自慢の孫だ。そんな孫と二人で手掛けるこの武具は、紛れもなく最高の傑作に仕上がるに違いない。シャル達には、出来上がりを楽しみにしてもらいたいものだ。


次回も3日後にもうひとつ、幕間を更新します。

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