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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第6章 竜の誇りと最強の傭兵
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第56話 ドラゴンズ・ロア/越えられない壁

     -ドラゴンズ・ロア-


〈グウルガアアアアアア!〉


 空気そのものがビリビリと震え、会場全体を揺るがすほどの凄まじい咆哮。

 でも、本当に震えていたのはきっと、その咆哮を聞いた人の心だったと思います。

 自分とは桁違いに強大な存在を前にして、その場の誰もが『自覚』したことでしょう。

 ああ、わたしたちは、こんなにも脆く、こんなにも儚い存在だったんだ……。

 こんなモノを前にしては、それまで確かなものだと信じていた自分自身の存在ですら、曖昧であやふやなものと化してしまいます。

 存在としての格が違うとは、まさにこういうことを言うのかもしれません。


「う、うああ……」


「う、ひ、ひい……」


 喉に絡まった声を吐きだすこともできず、唖然とする観客の人たち。

 わたし自身も、心臓をわしづかみにされたような感覚とともに全身から冷や汗が吹き出して、思わず自分の身体を抱きしめてしまいました。


 わたしは小さい頃、外に出ることがあまりできなかったので、本ばかり読んでいました。

 外国の気候風土、文化風習、社会経済その他諸々。それはジグルドが、もしかしたら来るかもしれないわたしの未来のために与えてくれた本だったけれど、それらの本とは別に、冒険者の物語や架空のお話が書かれたお伽話の類も読ませてくれました。


 そういう本の中で一番多く登場し、一番強い存在として描かれていたのが『竜族』でした。

 とはいえ、現実の社会の中では存在自体が怪しまれているぐらいの伝説上の生き物でしたから、ヴァリスさんが『竜族』の化身だと言われても、シリルお姉ちゃんたちみたいに変身の場面を見ているわけでもないし、まったく実感がなかったんです。

 確かに最初の頃はよくわからない威圧感を感じることもあったけれど、だんだん慣れてきてしまうと、実はすごくやさしい『人』だと思うようになり、すっかりそんなこと、忘れてしまっていました。


 けれど、ここにきて、否応なくそのことを思い出させられました。


「うお……、とんでもないな、ヴァリスの奴」


 ルシアもやっぱり驚いていたけれど、そんな言葉が言えるだけでも大したものです。

 わたしなんて、いまにも身体が震えだしてしまいそうなのに。


「大丈夫か? シャル」


「へ、平気!」


 うう、見透かされているみたいに心配されてしまった。


「……大した威圧感ね。実際、【竜族魔法(インターナル・バースト)】を抜きにしても、『竜族』が規格外の存在であることに変わりはないのよ。今のは『竜族』の【種族特性】のひとつで、“竜の咆哮”と呼ばれるものだと思うわ」


 シリルお姉ちゃんの話によると、『竜族』の咆哮には、他の存在の精神を直に威圧する力があるらしいのです。ただ、意識してやっていることではなく、単に【魔力】があまりに大き過ぎるために自然と声に漏れ出ているだけなのだそうですが、『あまりに強力すぎる自我は、周囲の存在までも侵食する』ということなのかもしれません。


 そういえば、グレゴリオさんはどうなったのでしょうか?

 やっぱり、あの“静死領域(フリーズ)”には、こんな『咆哮』ですら効かないのでしょうか?


「あ、ぐ、うあああ……」


 声のした方を見れば、構築中の【魔法陣】を展開させたまま、苦しそうに胸を押さえて立ち尽くすグレゴリオさんの姿がありました。


「はあ! はあ! はあ! なんだ、貴様は……。“竜の咆哮”だと?」


 あのすさまじい『咆哮』を至近距離で浴びながら、気絶することなく意識を保つどころか、【魔法陣】を維持している? 

 ……信じられません。流石はSランク冒険者、といったところでしょうか。

 ただ、そうはいっても、かなり消耗しているように見えます。


「人間は、弱くなどない。貴様が、弱いのだ。『神』の庇護に頼りきり、安全な場所から一方的に他者を嬲る。そんな貴様が弱者でなくてなんだというのだ」


「く、ははは! そんな言葉なら聞き飽きたわ! だが、同じ言葉をわしに向かって言った連中のほとんどは、わしに指一本触れられずに敗れた。それが弱者でなくてなんだというのだ?」


 青い顔をしながら、気丈にも言葉を返すグレゴリオさん。中断した【魔法陣】を発動する時間稼ぎにも見えるけれど、ヴァリスさんは何もせず、ただ立ったままでいます。


「力が足りなければ、知恵で補う。一人で勝てなければ二人で挑む。敗れたとしても勝つまで戦う。それが貴様ら、人間の『強さ』だろう?」


「ふん。自分が人間ではないような物言いだな。……化け物め。それだけの力がありながら、よくもそんな綺麗事が言えたものだ」


 グレゴリオさんは、何かに気付いたように言いました。さすがに人の姿をした『竜族』の存在なんて想像もつかないでしょうが、『竜族』の【因子所持者(ハイブリッド)】である可能性には思い至ったのかもしれません。


「綺麗事ではない。なぜなら、我はその『強さ』をもって貴様に勝つのだからな」


「何を言う。今のは『竜族』の力そのものではないか! ただの人間には持ちえない、選ばれしものの力だ!」 


「だから、これから見せてやると言っている」


「ほう? ……だが、もう遅い!」


〈堅牢なる城塞。根元より生まれし巨人。その祈りをもって我らが敵に永遠の眠りを!〉


輝き放つ城塞の巨人(シャイニング・キャッスル)》!


 禁術級魔法! あんなものを喰らったらヴァリスさんが!

 わたしは思わず叫び出しそうになりましたが、アリシアお姉ちゃんがそれを抑えました。


「大丈夫だよ。シャルちゃん。ヴァリスを信じて?」


「は、はい」


 そんな確信のこめられたアリシアお姉ちゃんの言葉のとおり、ヴァリスさんは勝利に向けて動き出す。


だん! 


 強く踏み出される足音。禁術級魔法によって周囲の地面から巨人の腕が生み出される中、猛烈な圧力に身体を軋ませながらも、その間をすり抜けるようにヴァリスさんが疾駆する。


「貴様の負けだ」


 言葉とともに、ヴァリスさんはグレゴリオさんの喉元をがっちりと掴んで地面にたたきつけていました。


……あれ? “静死領域(フリーズ)”は?


「がは! き、貴様! どうやって!?」


「時間稼ぎのために我と会話をしたつもりだろうが、それはむしろ我の作戦だ。貴様の足元にある『凍りつく寂寞の星杖(ゼスト・テミス・ウィオラ)』の状態から貴様の意識を逸らせるためのな」


「な! まさか……」


 ようやくこの段階になって、わたしにもわかりました。グレゴリオさんの【魔鍵】は足元の地面に杖の先端を突き刺すことで、能力が発動するタイプのものです。逆にいえば、地面に刺さっていなければ、能力は発動しないということ。結局は、制限付きの『神』の力なんです。

 思えば石の破片を投げつける時の石床への一撃も、無駄に思えた光の領域への突進も、このための布石だったんです。

 足元の地面にそれと分からない亀裂を徐々に引き起こし、休む暇もない波状攻撃で足もとから気を逸らせ、“竜の咆哮”で相手の精神に衝撃を与える。そして、最後には禁術級魔法の発動に合わせ、強い踏み込みの衝撃でその亀裂に止めを刺した……。


 地下を伝う衝撃や亀裂を「動くモノ」として認識はできないし、倒れようとする杖の動きは対象外。そして、倒れた杖は領域を生みださない。人間が使うがゆえの『神』の限界。


「ば、馬鹿な、そんな単純な手で……」


「貴様が【魔鍵】の絶対性に頼り切った戦い方をしていなければ、我に勝ち目はなかったかもしれないがな」


 ヴァリスさんは、グレゴリオさんの首を掴んだ手に少し力を込めたようです。


「……! く、うう、……わかった。わしの負けだ。降参する」


 グレゴリオさんは観念したように息を吐くと、降参を宣言したのでした。


「勝者、ヴァリス・ゴールドフレイヴ!」


「わああああああああ!」


 途端、会場からものすごい歓声が上がりました。大番狂わせもいいところですから、当然だと思いますが、かなりの盛り上がりです。


「いやあ、驚きました! なんと、なんと! 初出場Cランク冒険者が、前回大会準優勝者にして魔導師系Sランク冒険者グレゴリオ・ジオデムを破る大快挙! それにしても、さっきの凄い叫び声は何だったのでしょう?」


 会場の実況中継も興奮気味にまくしたてています。


「ヴァリス! おめでとう!」


 舞台から降りてきたヴァリスさんに声をかけるアリシアお姉ちゃん。それにしてもアリシアお姉ちゃんはよく、あんな状況でヴァリスさんの勝利を信じることができたものだと思います。

 アリシアお姉ちゃんにも、ヴァリスさんの心の動きだけは見えないはずなのに……。

 わたしがそう言うと、シリルお姉ちゃんが可笑しそうに笑いました。


「当然よ。心なんか見えなくても、他の誰よりもヴァリスのことを見続けてきたのは、他ならぬアリシアなんだからね」


「もう、シリルちゃんってば!」


 『見続けてきた』ですか……。確かに、そうなのかもしれません。

 ただ、わたしから見れば、むしろヴァリスさんの方こそ……、などと考えていると、アリシアお姉ちゃんが慌てた様子でわたしに向かって詰め寄ってきました、

 

「ちょ、ちょっとシャルちゃん? そんなに真剣に考えなくてもいいんだからね?」


 アリシアお姉ちゃんは、わたしの肩をがっしりと掴むと、前後にがくがくと揺さぶってきます。うう、目が廻りそうです……。


「はいはい。もういいでしょう? 早くいかないと人が集まってくるわ」


「あ、シリル。できればライルズさんの試合、見ていきたいんだけどな」


 撤収の指示を出そうとしたシリルお姉ちゃんに、ルシアが声をかける。


「……そうね。恐らく事実上の決勝の相手が決まる戦いにもなるだろうし、ライルズの付き添い扱いにしてもらえれば、観客席に行かないで済むでしょうから、そうしましょうか」


 二回戦の次の試合は、ルシアとヴァリスさんの試験官も務めたことがあるという、あの短剣二刀流の男の人が出場するそうです。


 対戦相手は、戦士系Sランク冒険者にして『最強の傭兵』エリオット・ローグ。



     -越えられない壁-


 俺は燃えていた。何故かといえば、もちろん、さっきの試合だ。

 かつて俺が試験官を務めたヴァリスの奴が、Sランクに勝っちまいやがったんだ。これで興奮しない方がどうかしている。それも勝ち方がなんとも俺好みだった。

 あの叫び声は多分、“竜の咆哮”って奴だろう。確かあいつって、『竜族』の【因子所持者(ハイブリッド)】だったもんな。でも俺が見る限り、ヴァリスがグレゴリオのおっさんに勝てたのは、あの咆哮のおかげじゃない。もちろん、勝因の一つではあるだろうが、あいつは最初から、自分より強い相手に勝つために、最善の行動をしていた。移動も攻撃も防御も、会話ですらもすべては勝つために必要な布石であり、無駄なものなんて一つもなかった。


 だから俺も、やってやる。今回の対戦相手は、俺にとっては因縁の相手だ。これまで三回の出場経験の中で、三回とも俺はそいつに敗れている。

 今度こそ、三度目ならぬ、四度目の正直って奴だ。勝つための作戦も、鍛錬も欠かさずしてきた。多くのSランクの変人どもが興味も示さないこの大会に、奴がなんで毎回出場してくれるのかは知らないが、俺としては有り難い話だと思う。


「ライルズさん。ヴァリスと当たるまでは、負けちゃ駄目ですよ?」


「ここで金星を挙げてくれると、ヴァリスの優勝がぐっと近づくんだから、よろしくね」


 へ! 言ってろ。ルシアとシリルの憎まれ口にも似た励ましの言葉に、軽く手を挙げて応えながら、俺は舞台の脇へと進む。


「さあ、お待たせいたしました。ただいまより、第二回戦第三試合を開始いたします! まずは言わずと知れた『最強の傭兵』、エリオット・ローグ!」


 歓声が周囲から沸き起こる。皆がこいつの勝利を疑っていないんだろうな。


「続きまして、今回こそ雪辱なるか? 四度目の挑戦になります、戦士系Aランク冒険者、ライルズ・ハウエル!」


 俺は舞台の石段を上がる。目の前には、背の高い一人の男。年齢は恐らく二十代半ばといったところで、俺より若干若いはずだ。石のように見える灰色の鎧をまとい、ボロボロのマントを羽織っている。

 無造作に伸ばされた髪も瞳の色も灰色で、見た感じはかなり印象の薄い男だが、目鼻立ちそのものはかなり整っている。『最強の傭兵』として名を馳せているぐらいだから、もてないはずもないんだが、浮いた話は聞いたこともない。

 

「ライルズ。よく来たね。いい試合をしよう」


 そう言って伸ばされる手と握手を交わす。人当たりのいい話し方をしてくるものの、ほとんど表情という表情がない。声との違和感がありまくりだ。


「相変わらず、辛気臭い顔してんなあ! じゃあ、始めるぜ!」


「よし、来い」


「試合開始!」


 掛け声がかかるが、俺は迂闊には動かない。じっと、エリオットの様子を観察する。今までと同じ轍を踏むわけにはいかないからな。


「どうした? かかってこないなら、こっちから行くよ?」


 エリオットが手に持つのは棒状の道具だ。それは長さとすれば槍と呼んで差し支えないものだが、刃はなく、かわりに先端から三分の一程度の部分まで二股に分かれた形になっている。

 一見すると先がとがっただけの二股の棒みたいだが、そんなに可愛いものじゃない。


【魔鍵】『轟き響く葬送の魔槍(ゼスト・ヴァーン・ミリオン)』。その恐ろしさは身をもって知っている。

 あれを相手に受けにまわっては不利だ。俺はやむなく、先に動いた。


〈爆ぜ散り狂え、紅蓮の光球〉


爆炎の宝珠(バースト・ボール)》!


 火属性中級魔法を俺が考えられる最高の速度で発動させる。

 次のエリオットの行動は読めている。俺は「それ」に備えて『静寂なる爆炎の双剣(サージェス・フォルム・ソリアス)』の加速能力“炉心火速(ファイアスターター)”で移動を開始する。


「はあ!」


 エリオットは手にした【魔鍵】を《爆炎の宝珠(バースト・ボール)》に叩きつけた。もちろん、爆発する火球にそんなことをするのは、自殺行為に他ならない。そして案の定、【魔法】は俺がイメージした通りに爆炎を放って四散する、……はずだった。

 しかし、現実には爆炎はすべて、ついさっきまで俺が立っていた場所に向かって一本の収束した火線を伸ばした。

 ちっ、やっぱり『干渉』されたか。相変わらず、やっかいな【魔鍵】だ。


 エリオットの持つ『轟き響く葬送の魔槍(ゼスト・ヴァーン・ミリオン)』の神性“狂鳴音叉(シンパシイ)”。

 それは、触れたモノに自身のイメージを共鳴させて干渉し、制御する力だ。今のは発動した【魔法】の性質に干渉した結果だろう。


 俺はエリオットの真横に回り込み、右手の短剣をその頭上に振り下ろす。

 しかし、エリオットは当然のように手にした【魔鍵】を掲げ、それを防ぐ。俺は立て続けに二本の短剣を使って交互に切りつけながら、チャンスを待った。時として《炎の矢(フレイム・アロー)》のような搦め手の攻撃を織り交ぜるが、エリオットは必要最小限の動きでそのことごとくを回避し、あまつさえ気功で強化したとしか思えない強力な蹴り足を繰り出しながら、【魔鍵】を振るう。

 槍術系【エクストラスキル】“槍士無双”を所持するエリオットは、『槍』の先端と柄を絶妙に使い分け、俺の繰りだす双剣のことごとくを弾き、寄せ付けない。

 やがてエリオットの一撃が俺の肩口を掠め、痛みと共に鮮血が散る。刃のない『槍』だなんて、とんでもない。奴の『槍』は、触れている部分の空気に干渉することで、小さな刃を常時造りだしているのだ。


「どうしたライルズ! 君の力を見せてみろ!」


「言われなくても!」


 俺は爆炎を真下に放って飛び上がる。他の奴なら上空に跳ぶというのは自殺行為だが、自在に空中を移動できる俺にしてみれば、むしろ機動範囲を増やす意味のある行動だ。

 エリオットが【魔鍵】を振るうのが見える。風を細かい刃にして飛ばしてくる気だろう。だが、奴の攻撃パターンなら読めている。俺は爆炎を微調整しながら空中を飛行し、それを回避した。


「そこまで自在に飛べるのか!?」


 当たり前だ。俺はお前に勝つために、努力してきたんだぜ?

 勝つための作戦その一!


 俺は再び自分の真下に爆炎を放ち、さらに上空へと上昇を続けた。

 上昇しながら、【魔法陣】の構築を開始する。この舞台、広さには限りがあっても、高さには制限がない。

 

 上昇の時間と落下の時間。落下の際にも爆炎で速度を遅くすれば、さらに時間が稼げるはずだ。そして、俺の【魔鍵】の神性“炉心火速(ファイアスターター)”の火属性魔法発動加速の効果があれば、この狭い舞台上の戦闘だろうとお構いなしに、上級魔法が発動できるはず!


「喰らえ!」


〈汝が罪を焼き、汝が咎を断つ。其は燃え盛る紅蓮の大剣〉


断罪の煉獄炎(ヘルズ・ブレイズ)》!


 凄まじい熱量の炎が大剣の形となって具現化する。流石のエリオットも、これに直接槍を触れさせることはできないだろう。こちらを見上げたままの奴に向かい、俺は落下しながら炎の大剣をためらうことなく振り下ろした。


「……やっぱり、君と戦うのは楽しい」


 声とともに、エリオットの姿が掻き消える。思った通り、回避してきやがったか!

 エリオットの身体能力の異常さは十分承知している。本来ならかわせないはずの大質量の上級魔法ですら、奴なら回避してのけるだろう。しかし、これまでのように必要最小限の動きで、というわけにはいくまい。それこそが、俺の狙いだ。


 勝つための作戦その二!

 まき散らされる炎が石床を激しく焦がし、立ち昇る熱気と視界を遮る煙が充満する中、俺はあらかじめ予期した「二つ」の方向に短剣を伸ばす。

 過去の戦いから言って、エリオットは大きく回避行動をとった場合、俺の死角となる場所へ移動するはずだ。そして、着地した俺の死角は頭上か背後、そのどちらかだ。


 俺は、右手の短剣から上空に爆炎を放つ。が、恐らくそちらにはいないだろう。奴ならきっと、俺の今の動きにすら反応して、爆炎の力があることを知っている右の短剣側には来ないはず。だが、俺の左の短剣には、奴が知らない力、『炎の槍』があるのだ。

 俺は上空に放つ爆炎に角度をつけていた。つまり、背後に迫るエリオットの方向へ斜め下への加速をかけた形だ。

 相手の予想を超える速度で体勢を低くすることにより、エリオットの『槍』を回避する。

 と同時に、勢いのままに身を捻るようにして背後へ向き直り、爆炎の方向を調整することで地を滑るようにして奴の懐へと潜り込む。急激な体勢の変化に身体が軋むものの、構っている余裕はない。狙うは、装甲のない脇腹部分だ。


「く!」


 鈍い手応え。目を向けると、炎の槍は確かに、エリオットの腹に刺さっているかに見えた。だが、駄目だ。有効打にはなっていない。灰色の鎧の隙間からエリオットの衣服を焼き、皮膚を焦がさんばかりの炎の槍は、奴の腹に並ぶ輝く『鱗』に阻まれ、先端が割れるように広がっていた。

 それでも、これすら俺には想定の範囲。本命は至近距離から放つ、自爆覚悟の爆炎だ。

 俺は、限界を超えて駆動を強いた肉体に最後の一鞭を当てるつもりで、右手の短剣を鋭く相手に突き出した。

 

 しかし、やれると思った次の瞬間、俺の身体はふわりと宙に浮き上がる。


 「う、うわ!」

 

 そして、そのまま投げ飛ばされるように地面へと叩きつけられていた。全身を襲う衝撃に息が詰まり、視界に広がる青い空がぐるぐるとまわって見える。

 嘘だろ? ……まさか、【魔鍵】を捨てて、俺の手首を掴んでくるなんて。

 不意打ちで間合いを詰められて、手にした『槍』が使いにくくなったからって、ゼスト系の【魔鍵】だぞ? 自分の最も頼りにしているはずの武器なのに、一瞬の判断でよくそんな真似ができるもんだ。


「強くなったね。ライルズ。危ないところだった」


 危ないところだった、だと? よく言うぜ。朦朧とする意識の中で、なんとか首を動かせば、傷一つない腹をさする奴の姿が見える。俺の知る『ワイバーン』の【因子所持者(ハイブリッド)】。それがこいつ、エリオット・ローグだった。


 ちっくしょう、やっぱり俺には勝てない相手なのか?

 今回はかなり必勝の策を持ってきたはずなんだが、奥の手による不意打ちまでして、それでも勝てないとなると、もうこいつは、俺にとっての越えられない壁と思うしかないんだろうか?


「ライルズ。僕は訳あって誰にも負けるわけにはいかないが、また君が僕と戦ってくれることを楽しみにしているよ」


 ……憎たらしい奴だなあ。

 そんなことを言われちまったら、諦めることができなくなっちまうじゃないか。


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