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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第1章 剣と魔法の幻想世界
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第6話 異世界の町/融合魔法と魔導の杖

     -異世界の町-


 冒険者ギルドで受けた【魔鍵】適性検査の結果、俺に適合する【魔鍵】は『竜の谷』と呼ばれるところにあることがわかった。

 意外とあっさり見つかりそうだと安心したのも束の間、シリルは難しそうな顔をして、考え込んでいる。


「どうしたんだ? 何か問題でもあるのか?」


「いえ、問題ないわ。それより、目的地に向かう前に準備を整えないといけないわね。わたしは、旅に必要なものを揃えておくから、あなたは少し『ここ』になれるためにも、街の中を見て回った方がいいと思う。……アリシア。案内してあげてくれる?」


「え? いいの?」


「いいって何がよ」


「だって、シリルちゃんを差し置いて、ルシアくんとデートだなんて、悪いじゃん」


「なに、言ってるのよ。いいから、行ってきて」


「むう、全然動揺しないんだから、可愛くないなあ」


 当たり前だ。シリルはもともと、俺に対する責任感から色々と世話を焼いてくれているだけだし、同じからかい文句を繰り返せば、いい加減耐性もつくだろうものだ。

 にしても、確かにシリルの言う『ここ』、すなわち異世界の雰囲気と言うか、文明レベルみたいなものは早めに理解しておいた方がよさそうだ。


「ああ、ちょっと、せっかく冒険者ギルドに来たんだから、登録していったらどうだい?【魔鍵】の適性検査を受けたところをみると、ギルド登録はないんだろ?」


 ギルドのマスター、ミアクさんが勧めてくれるが、シリルは首を振った。


「それは【魔鍵】を手に入れてから考えることにするわ。冒険者に向いているかどうかなんて、まだわからないんだから」


 その後、俺はアリシアと二人で町へ出た。


「ルシアくんとデートだなんて、嬉しいな。さて、どこへ行こっか?」


「うっ、ええっと、それじゃあ食料品や日用品が売っている店なんて、ありますかね?」


 ここで勘違いしてはいけない。このアリシアという女性、間違いなく天然だ。多少のからかいも入っているだろうが、それでも全部が全部、意識してやっていることではないだろう。

 特に笑顔が反則だ。流れるような水色の髪と天真爛漫そのままの笑顔。

 そんなものを目の前にしては、動揺せずにはいられないというものだ。誰にでも向けるだろう笑顔なのに、危うく勘違いしそうになる。

 まあ、ある意味、もっと危険なのは、その服装か。鑑定屋にいた時は、占い師のようなフード付きローブを着ていたのに、町に出ると決まった途端に彼女が着替えたのは、胸元の大きく開いた薄緑色のドレス。はっきりと谷間をつくる胸元が、これでもかというくらい強調されている。

 おいおい、人見知りじゃなかったのかよ。だが、シリルによれば、彼女はあえて露出の多い恰好をすることで、男性の本質を見極めているらしい。


 ……いや、絶対嘘だ。シリルの奴、目がちょっと笑っていたし。

 野獣の前に肉をぶら下げるようなもんだぞ、それ。

 実際、道行く人のうち、男性の視線ばかりが集中しているような気がする。

 いやいや、とにかく、俺は「デート」という言葉に惑わされず、必要な目的を果たすことにしよう。


「え~、それじゃ、つまらなくないですか?」


「いやそういう問題じゃ、ってなんでいきなり敬語なんすか?」


「だってルシアくんだってそうでしょ? シリルちゃんには普通に話しているのに、贔屓(ひいき)しちゃってさ」


「いや、そういうわけじゃ……」


 単にシリルの場合、出会った時の状況が状況だったからなのだが、まさかそれを言うわけにもいかない。だいたい、俺は初対面の女性相手にタメ口を利ける人間ではないのだ。


「じゃあ、あたしにも普通に話してくれる?」


「わかりました。……いや、わかったよ」


「うん。よろしい。それじゃ、まず、この世界の一般常識からお勉強だね。アリシア先生にどんと任せておきなさい」


「ふう、じゃ、よろしく頼むよ」


どうやら、こちらの意図することは理解してくれていたようだ。

やっぱり天然じゃなかったのだろうか?


 通りを歩くと町の雰囲気がよくわかる。ここは、小さい町らしいが、それでもこの表通りに関しては、手入れがよく行き届いていて、街並みもきれいだ。

 石造りの建物と木造の建物がほどよく立ち並んでおり、水路まで整備されているところをみると、どうやら思っていたよりはずっと文明も進んでいるようだ。


「珍しそうに見てるけど、ルシアくんのいたところって、こことは全然違うのかな?」


「ああ、そうだな。まず、空が青くない。水もこんなに豊富じゃないし、緑もほとんど見当たらない。なにより道行く人々の活気が全然違うな」


 俺がかつて過ごした世界。なんだか遠い日の記憶のように思えるが、昨日まではあの世界で俺は生きていたはずだ。鉛色の天蓋の下、限られた範囲でしか生きることができず、限られた資源を奪い合う人々。

 そんなどうしようもない世界で、それでも俺は、死にたくなくて生きてきた。あの世界でも、何とか生きられるようになれていたんだ。

 と、そんな感傷に浸っていると、アリシアがなにやら袖を引っ張ってくる。


「どうかしたか?」


「そんな、大変な環境で生活していたなんて、知らなかった。ごめんね。あたし、無神経なこと、聞いちゃったよね……」


 見ればアリシアは、謝罪の言葉を口にしながら、うつむき、項垂れていた。

 えっ? なんだ? さっきまでとテンションがまるっきり違うぞ? そこまで言われるほど、具体的な話をした覚えはないんだけどな。

 と、そこまで考えて思い出す。ああ、そうか。どっちかっていうと、さっきの俺の感傷モードに引き摺られちゃってるわけか。

 なるほど、これはシリルの言うとおり、本人にしてみれば難儀な能力なんだな。


「なあ、アリシア。この赤いのはなんだ?」


「え? ああ、これはね、林檎だよ。果物。食べたことないの?」


「ああ。似たようなものなら見たことはあるが、食べたことはないかな」


「ふふん。じゃあ、買ってあげるね」


「いや、そこまでしてもらうわけには……」


「遠慮しないの。この世界で林檎を食べたことないなんて言ったら、変な目で見られちゃうのよ?」


「ああ、そうか。じゃあ、頼む」


 そういって、アリシアから林檎を受け取ると、言われるままにそのまま齧りつく。

 甘酸っぱく、さわやかな果汁が口の中に広がる。それは、食べたことのない味なのに、なぜか懐かしさを感じる味だった。

 見れば、この市場には林檎に限らず様々なものが売られている。集まる人々も思い思いに品物を手に取り、ある人は即断で購入し、また別のある人は悩んだ末に買うのをあきらめて帰っていく。

 そんな、何気ない人々の様子を観察しながら、俺は酷く感動していた。

 なぜなら、この世界における『日常』というものが、そこにはあったからだ。

 俺は異世界にいる。けれど、ここに生きる人たちは、何も俺と変わらない。

 同じものを美味いと感じ、同じように何かに感動して、同じように生きている。

 とりあえず、それがわかっただけでも、十分な収穫だろう。



     -融合魔法と魔導の杖-


 わたしたちは旅支度を終え、ルーズの町を後にした。

 旅支度自体は、アリシアが一番時間がかかると思ったのだけど、そんなことはなかった。

 彼女は曲がりなりにも自分の店を出していたというのに、家財道具を売り払い、旅の資金に変えて、まったく何の未練もないかのように、テキパキと支度を整えてしまっていた。

 それでも流石にその日のうちに出発するというわけにもいかず、彼女の店で一泊してからの出発となった。

 就寝する時、頑なにルシアが別の部屋で寝ると言い張ったけれど、旅をするようになれば野宿もするし、部屋を別にする余裕があるときばかりではない。

 早々に慣れてもらうためにも、同じ部屋で寝てもらうことにした。

 もちろんわたしは、無防備な女性ではないから、こう宣告もしておいたけど。


「わたしはこれでも【闇属性禁術級適性スキル】“黄昏の闇姫”を所持しているから、初級魔法の《黒の虫(ブラック・バグ)》発動には一秒もかからないからね?」


「怖い事言うなよ!」


 と、まあ、昨晩のそんなやりとりはともかく、町から出て街道を歩いていると、ルシアがわたしに質問してきた。


「そういえば、シリルはなんで、そんなに何本も杖を持っているんだ?」


「これは、【魔導の杖(スタッフ)】といって魔法の発動を補助するものよ。わたしは闇属性以外の魔法には適性がないから、中級以上の場合は特に、これがないと発動に数分かかってしまうの」


 【魔法】、特に人間が使う【融合魔法フュージョン・ソーサリー】は、世界に満ちた【マナ】を吸収して【魔力】に変換するために、自身の魔力で構築した【魔法陣】という魔力回路に【マナ】を流しこむことを必要とする。

 それはいわば、目的のない力【マナ】を術者の意図する作用を持った力【魔力】に変換する作業であり、【マナ】に持たせようとする威力の大きさや作用の複雑さなどに応じて、必要となる魔法陣の大きさや数は変わってくる。

 一般に【魔法】は、【魔法陣】が大きくなるほど威力が増し、その数が増えるほど複雑化するが、同時に前者には多量の【魔力】が、後者には構築までに長い時間が必要になる。

 単一の魔法陣であっても、構築には最低でも数分を要するのが通常であり、それでは戦闘中に大きな隙ができてしまう。

 そこで考えられたのが、あらかじめ【魔導の杖(スタッフ)】の宝珠に魔法陣のイメージを詰め込んでおくことである。そうすることで、あらかじめ設定しておいた魔法だけではあるが、大幅に魔法発動時間を短縮できる。

 特定属性の発動時間を短縮できるスキル【属性適性】があれば、さらに速くはなるが、それでも【魔法補助具】と呼ばれるこれらの道具は、魔導師系冒険者にとって必須アイテムには違いない。


 以上で、本日の融合魔法に関する講義は終了です。って、あれ?

 ルシアの目がなんだかうつろな感じに……。流石にいっぺんに話しすぎたかしら?


「うう、なんとなくは理解できたけどな。すばやく魔法を使うのに、それが必要なのはわかるけど、そんなにいくつも必要なのか?」


「ええ。さっきも言ったけど、【魔導の杖(スタッフ)】に込められる【魔法陣】のイメージの数は限定されているの。だから、多くの魔法を素早く使おうと思えば、何本も必要になるってわけ。冒険の最中には、どんな魔法が必要になるかわからないし、一瞬の遅れが生死を分けることだってある」


「そうか。冒険者ってのも、命がけなんだな」


「そうよ。だから、冒険者なんてやらなくても、生きていけるならその方がいいと思う」


 わたしは、彼に冒険者になってほしいと思っているわけではない。たしかに実力次第でかなりの富を築くことができる仕事でもあるし、やりがいもないわけではない。でも、命がかかっている以上、判断は慎重にするべきだ。


「まあ、前の世界でだって、命がけで生きてはいたからな。問題ないさ」


 しかし、彼はわたしのそんな思いになど、まるで気づきもしないままに、冒険者になることが前提のようなことを言った。


「命がけって、剣も持ったこと、なかったんでしょ?」


「ん? ああ、まあ、剣がなくちゃ命のやり取りができないわけじゃないだろ?」


「ええ、それはそうね」


 そういえば、さっきからアリシアが一言も口を利かないけど、どうしたんだろう、と思っていると、当の彼女がおずおずと話しかけてきた。


「ね、ねえ、ほんとに行くの?」


「いまさら、何言っているのよ。行くに決まっているでしょ?」


「だって、『竜の谷』でしょ? 『竜族』の本拠地なんだよ? 危険だよ?」


「それでも、行く必要があるのよ。いくら“剣聖”の【スキル】持ちだって、【魔法】か【魔鍵】が使えなければ、身を守るには不十分だわ。ルシアには絶対に必要なの」


 そう、彼がその身一つで生きていこうとするなら、絶対に手に入れなければならない。そのためには『竜族』の巣だろうとなんだろうと関係ない。わたしは決意を込めてそう言った。


「ルシアには来てもらわないわけにはいかないけれど、アリシアはやっぱり町で待っていたら?」


「もう、そういうわけにはいかないでしょ。わかったわよう」


「さて、このあたりでいいかしら」


 突然、立ち止ったわたしに驚いて二人が振り返る。


「どうした?」


「ここから歩いて行ったんじゃ、時間がかかるから、空から行きましょ?」


「へ? 空?」


「ええ、だいたい、わたしがあなたをどうやって、あの【聖地】から町まで運んできたと思っているの?」


 言いながら、わたしは手元の荷物から一本の筒を取りだす。


「いや、この世界に飛行機械があるとは思わなかったからさ」


「飛行機械? 何のこと? わたしが言っているのは、【召喚獣】のことなのだけど」


「え? ああ、そうなのか? いや、すまん。ってか、召喚獣ってどこにいるんだ?」


「ここよ」


 わたしはそう言って、筒の蓋を開く。すると、筒からは煙のようなものが現れ、目の前の一か所に集中していく。

 数秒後には、巨大な鳥が姿を現していた。『ファルーク』とわたしが名付けたこの鳥は、最初にわたしが召喚した『幻獣』であり、以来、わたしの主要な移動手段ともなっている。

 もちろん、町中で乗り降りするわけにはいかないから、こうして町から離れたところで具現化しているわけだけど。

 唖然とする彼の前で、わたしは親しい友達に呼びかける。


 「よろしくね。『ファルーク』」


 <キュアア!>


『ファルーク』は嬉しそうに声をあげた。

目指すは、この世界で最強の種族が住まう『竜の谷』。


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