第54話 鞭使いミスティ/始原の力
-鞭使いミスティ-
武芸大会は2日目、本選の第1回戦が始まった。
ここから先は、シード組の8人と予選を勝ち残った8人の16人によるトーナメント戦となる。もっともトーナメント戦と言っても、第1回戦についてだけは、シード組同士があたらないように配慮されているらしい。
したがって、今回のヴァリスの対戦相手は当然、シード組になる。
「くそう、残念だぜ。上手くすれば、お前と最初にやれるかと思ったのによ」
選手たちの待合室のひとつ。『浮遊会場』の上に設置された舞台の脇にあるテントの中で、悔しそうに地団太を踏むライルズさん。
かつてツィーヴィフの町の冒険者ギルドで俺とヴァリスの試験官を務めてくれた人だ。
この人は、はっきり言って相当強い。【エクストラスキル】“烈火の魔導騎士”はもとより、彼の所持する【魔鍵】『静寂なる爆炎の双剣』の発火能力、火属性魔法発動時間の短縮能力や移動時の加速能力は脅威の一言に尽きる。
でも、そんな彼でさえ、この大会では優勝したことがないというのだから驚きだ。
「ま、俺はSランクまでは行ってないからな。悔しいが、あいつらはマジ化けもんだ」
というのが、ライルズさんの弁だ。ちなみに今大会の個人戦に残った16人のうち、Sランクが2名、Aランクが13名で、Cランクはヴァリス1人だった。
それだけに、現在のヴァリスに対する観客の注目度は相当に高いものがある。
「でも、Sランクの人って思ったよりも少ないんですね」
「参加する気がないんだよ。俺から見ても変態じみた連中ばかりだからな。人間相手じゃ物足りないらしい。もともと、認定要件からすりゃ絶対数自体が少ないってのもあるけどな。……確か、戦士系だと世界でも20人もいないんじゃなかったかな?」
流石のライルズさんも、Sランク冒険者には一目も二目も置いているようだ。
聞いたところでは、長年の実績によるもの以外の方法で手っ取り早く戦闘系Sランクに認定されるための要件は、2つほどあるらしい。ひとつは単体認定Aランクモンスターを3体以上撃破すること。そしてもうひとつは、Sランクモンスターの撃破だ。
「あれ? でも単体認定Aランクモンスターなら俺たちも倒してないか?」
俺の疑問に、今度はシリルが答えてくれた。
「単体認定Aランクの場合は、『単独で』撃破することが条件よ」
「うげ! 本当かよ。あの『アルマゲイル』みたいな奴を一人で? まるで化物だな」
ライルズさんの言うとおりだ。いくらなんでも次元が違いすぎる。
「誰が相手であろうと、我には関係ない。戦うのみだ」
それまで精神統一を続けていたヴァリスがぽつりとつぶやく。
「うん。頑張ってね。ヴァリス」
アリシアの励ましに軽く頷くと、ヴァリスはゆっくり立ち上がり、テントから戦闘の舞台となる石のリングへ向かって歩きはじめる。
俺たちも付き添い扱いで認めてもらっており、舞台の側までついていくことができるため、その後に続く。
「じゃ、俺と当たるまで負けるんじゃねえぞ!」
途中まで一緒についてきたライルズさんの声が後ろから聞こえる。
たぶん、観客席の方から観戦するつもりなのだろう。
「さあ、皆さまお待たせいたしました! これより、個人戦の本選を開始します。第一試合一人目は、なんとCランクでありながら並居る強豪を打ち負かしてきた期待のルーキー、ヴァリス・ゴールドフレイヴです!」
会場に響くアナウンスに、わああ、と歓声が上がる。中には「ヴァリス様~!」なんて黄色い声も。むう、やっぱり美形効果(?)は絶大なんだな。
「対するは、前回大会で見事ベスト4まで勝ち上がったAランク冒険者ミスティ・ジャネイ! 妖艶さと強さを兼ね備えた今大会ベスト16の紅一点! これは素晴らしい戦いが期待できるかもしれません!」
そのアナウンスに従って現れたのは、二十代くらいに見える、妖艶そのものといっていい、とんでもなく色気のある女性だった。観客席から湧きおこる歓声に愛想よく手を振りながら、滑らかな足取りで歩いてくる。無造作に跳ねさせた赤茶色の髪に、挑むような輝きの茶色の瞳までもが艶めかしい。
「あれは、露出が多すぎないか?」
呟きながらも、ついつい見入ってしまう。
彼女、ミスティさんの服装は、上半身は豊かな胸元を辛うじて隠すように巻かれた赤い布だけであり、くびれた腰から下の着衣はと言えば、まるで蛇の鱗のような柄で染められた巻きスカートのようなものだった。
手には、鞭を持っている。あたかも生き物のようにシュルシュルと動くその鞭は、恐ろしく長い。1対1で戦うにしてはかなりの広さがあるはずの足元の舞台でさえ、恐らくは一巻きにしてしまえるんじゃないだろうか? あんなもの、どうやって扱うんだ?
「へえ、近くで見るとやっぱりいい男じゃない。ねえ、あんた。賭けをしない? もし、あんたがあたしに勝ったら、あたしに好きなことをしていいよ? そのかわり、あたしが勝ったら、あたしと……『いいこと』してもらうけどね」
そう言って、うふふと笑うミスティさん。なんだとう!羨まし過ぎる!勝っても負けてもおんなじじゃないか!
「羨ましいの? ルシアくん?」
しまった! つい余計なことを……。アリシアの言葉を受けて、シリルとシャルの二人から氷点下より冷たい視線が注がれる。うう、凍え死んでしまう!
まあ、なにはともあれ、試合開始だ。
「じゃあ、いくよ!」
その一言と同時に、ミスティさんの腕が鞭のようにしなり、その動きに連動して実際の鞭自体も波打ちながらヴァリスに迫る。
ヴァリスは耐打撃用気功『流体の鱗』を発動させつつ、その鞭を回避しようとしたが、先読みするかのように鞭の先端が石床を打って急激な方向転換をすると、そのままヴァリスの背中に直撃した。
「ぬうう!」
「へえ、やっぱり気功術なんだ? 今ので怪我ひとつないなんて、大したものねえ」
余裕たっぷりに話すミスティさん。
とんでもない鞭の使い手だな。あれは。確か事前に確認した情報によると、戦士系Aランク冒険者のミスティ・ジャネイは、鞭術系【エクストラスキル】“変幻双蛇”を持っているんだって話だったな。
今度はヴァリスから間合いを詰めるべく、気功で加速した突進を仕掛けようとするが、舞台上で生き物のように跳ねまわる鞭の動きに翻弄され、近づくことができない。
ヴァリスがいくら『流体の鱗』で防御しているとはいえ、凄まじい勢いで鞭がしなり、次々とヴァリスの身体を打ちすえているのには、寒気すら覚えた。
「おい、大丈夫なのかよ」
「きついわね。あの鞭は【魔鍵】なのよ。通常の鞭より段違いに威力が高いはず。並みの人間ならとっくに全身の骨が砕かれているわ」
シリルは冷静に舞台の上の状況を見つめながら、そう解説する。
あの様子じゃ、流石に勝てないんじゃないか? やっぱり本格的なAランク冒険者ってのは格が違う。あれより上のSランクなんて想像もつかないな。
「うおおお!」
ヴァリスはひときわ強く気合の声を上げると、跳ねまわる鞭を両手で捕まえた。よし!捕まえちまえばこっちのものだ。力比べならヴァリスの方が強いんだからな。あのまま引き摺り倒してしまえばいい。
と、そこまで考えて気付いた。そういえば、あの鞭、長すぎるんだ。ちょっと引っ張ったぐらいじゃ、柄の部分を持つミスティさんを引っ繰り返せるほど張りつめたりはしない。
「無駄だよ、お兄さん! ほらほらほらほら!」
言葉とともにミスティさんの手がしなやかに動いたか思うと、ヴァリスに掴まれた部分以外が生き物のようにうねり、ヴァリスの身体を再び打ちすえた。
「ぐああ!」
たまらず、吹き飛ぶヴァリス。
「大したものだけど、そろそろ降参したら? 『痛い』より、『気持ちいい』の方がいいわよ?」
「……御免こうむる。我は勝ち目のある戦いを投げ出すほど、愚かではない」
流石はヴァリスだ。俺ならグラッときかねない台詞を前に、あんな啖呵が切れるんだからなあ。
「ルシアくん……」
うあ、また余計なことを考えてしまった。俺の周囲から注がれる視線は氷点下を通りこして、絶対零度に迫ろうかという冷たさだ。
舞台の上では、ミスティさんの茶色の瞳が不愉快そうに細められる。
「あっそ。じゃあ、いいわ。あんまりその綺麗な顔に傷をつけたくなかったけど、後で治すんだから、おんなじね。うふふ、あたしの【魔鍵】『跳ね回る狂乱の牙鞭』の真価、とくと味わいなさいな。……血まみれになってね」
言うや否や、それまでただの皮の鞭のように見えていたそれが、いっせいに牙をむく。
それは、まさに『牙』だ。鞭全体に無数の牙が生えそろい、舞台の石床さえ激しく傷つけている。随分とえげつない武器に変化したものだ。
「まずいわね。あれじゃ、『流体の鱗』では防げないわ」
シリルの言うとおり、打撃と斬撃を兼ね備えたようなあんな武器でやられたんじゃ、ひとたまりもない。
「ぐああああ!」
たちまち舞台上で暴れ出す牙の鞭。ヴァリスは必死にそれを回避しようとするが、いかんせん襲い来る鞭の動きが的確すぎる。たちまち身体を切り裂かれ、血しぶきがあがる。
恐るべきはミスティさんの熟練した鞭術だ。さすがは、武器使用系【エクストラスキル】所持者。常人には使用することも難しい武器をよくもあそこまで使えるものだ。
って、感心してる場合じゃない。このままじゃ、負けてしまうぞ?
そう思っていると、シリルが動いた。
-始原の力-
「ヴァリス! 頑張って!」
この大会では、試合中に付き添いから戦闘に関する助言をすることは禁止されている。
ただ、今のアリシアのように単なる声援であれば禁止されていない。
ヴァリスの様子を見る限り、やっぱり今のままでは戦闘に特化したタイプのAランク冒険者には勝てないようだ。
今回に関しては、それでは困る。ヴァリスにはできることなら優勝してもらいたい。アリシアの言うとおり、ヴァリスには自信をつけてもらう必要がある。彼が『竜族』である以上、それはアリシアが考えている以上に重要なことのはずなのだから……。
わたしは、審判に『助言』であると気付かれないように、ヴァリスに声をかける。
「ヴァリス!そんなところで倒れては、『最強』の名が泣くわよ? いつまで『自分が弱いと言い訳して』負け続けるつもりなの?」
舞台の上を乱舞する牙の鞭に全身を切り裂かれながら、ヴァリスがぴくりと反応するのがわかった。
「誰かと思えば、シリルじゃない? はは!こいつはあんたの男ってわけ? 澄ました顔して随分と面食いなのねえ! ……ああ、もう、食べちゃったのかい?」
ミスティがわたしに気付いて声をかけてくる。相変わらず野蛮な言い方をする女ね。
戦闘中に随分と余裕を見せてくれるけど、でも、それも作戦の内。
「まったく、こんな男のどこが『最強』なんだか。顔はいいけど全然弱っちいじゃないのさ!」
縦横無尽に鞭を操りながら、ヴァリスから視線を外すミスティ。……そういう油断こそ、自分の足元をすくう原因になるのよ。
「我を、無視するな。女」
ミスティがヴァリスから目を逸らしたのは、ほんの数秒のこと。でも、その数秒の間に起きた出来事によって、ミスティが操る鞭の動きは完全に止められていた。
彼女が引いてもピクリとも動かない鞭。驚愕に染まる彼女の顔。
「ひっ! あ、あんた、気でも狂ってるの? よくそんな真似……」
ヴァリスは、さっきまで自分の身を切り裂いていた牙の鞭を、残らず身体に巻き付けていた。彼女が目を離した一瞬の隙に、自らの身体を独楽のように回転させて鞭を胴体に絡みつかせたのだ。
全身から血を流し、細かく身体を震わせながらも、鞭の一部を手につかむヴァリスは、鬼気迫る形相をしている。
「し、信じられない……。あたしの『跳ね回る狂乱の牙鞭』の神性は“撃痛乱舞”。牙の一本一本が、一瞬触れただけでもあらゆる苦痛・激痛を与える効果を持っているのよ? そんなものを身体に巻き付けたままで、どうして平気でいられるわけ?」
ミスティはそれまでの余裕をすっかり無くしている。肌も露わな彼女の上半身にはじっとりと汗が吹き出し、顔面は蒼白そのものだ。つまり、彼女の言う“撃痛乱舞”には、それだけの強力な効果が込められているはずなのだろう。
「敗北は我にとって、何よりの苦痛だ。それに比べればこんなもの、痛みの内にも入らぬ」
「ふざけないで! そんな精神論でどうにかなるものじゃないわよ!“撃痛乱舞”は『邪霊』みたいな精神体にだって作用するほどのものなのよ? 長時間触れたままでなんていたら、発狂してもおかしくないはずなのに……」
言いながらも、ぐいぐいと鞭を引っ張るミスティ。けれど、ヴァリスは手から血を噴き出させながらも、決してそれを離さない。そしてそのまま、ヴァリスはゆっくりと彼女に向けて間合いを詰める。
「こ、こんな、こんなことって……」
ミスティの顔が恐怖に染まる。自分には理解できないものが、ゆっくりと近づいてくる。
全身から血を滴らせている彼の全身には、そんな状態にもかかわらず、回復のためではない、攻撃のための気功の力がみなぎっている。
「うあ、あああ、ま、待って!わかった!あたしの負けよ!降参する!」
今にも手の届きそうな距離まで近寄られて、ミスティは手にした鞭を放りだし、降参を宣言した。次の瞬間、ぐらりとヴァリスの身体が揺れる。
「え?」
呆けたような声を出すミスティのすぐ脇に、そのまま倒れ込む。
「勝者ヴァリス・ゴールドフレイヴ!」
審判の判定の声。途端に会場から大きな歓声が上がる。
「ふう、冷や冷やしたわね」
わたしは安堵のため息をついた。今のは運が良かったとしか言いようがないわ。
「ヴァリス!大丈夫?」
「ヴァリスさん!」
アリシアとシャルの二人が駆け寄るその前に、会場に控えていた“治癒術士”から【生命魔法】がかけられ、ヴァリスの傷がみるみる回復していく。
「まったく、いい男を見つけたじゃないのさ。大概の男は一鞭入れただけで泣き叫んで転げまわるんだよ? あんなに精神力が強い人間、初めてよ。あんたの男でさえなかったら、本気でモノにしたかったところね」
舞台を降りながら、ミスティがわたしに向かって笑いかける。
「わたしの男、じゃないわよ。ミスティ。でも、モノにするのは諦めた方がいいわ」
わたしは、倒れたヴァリスに縋りつくアリシアの方に視線を向ける。
「ふうん。なるほどね。どっちにしても大したものさ。ま、頑張りなよ」
ミスティは、そう言って颯爽と会場を後にする。
「なんだか、随分さばさばした人だったよな」
彼女の背中を見送りながら、そんな言葉を口にするルシア。
「そうね。……それより、試合中からずっと、彼女の事、いやらしい目で見てたでしょう?」
「な! そんなことないって! いや、ほんとに!」
ムキになって否定するところが怪しいわ。まあ、確かにあれだけスタイルが良くて露出が多ければ、無理もないのかしら? ちらりと、自分の胸元を見下ろしてみる。
……はっ! わたしったら何考えて……! でも時すでに遅く、アリシアに気遣わしげな声をかけられてしまう。
「シ、シリルちゃん……。女の子は大きさだけじゃないよ?」
ほっといて!
と、まあ何にせよ、どうにか本選の一回戦は勝ったわけだけれど、このまま勝ち進めば何が起こるかわからないし、やっぱり少し心配ね。わたしは、会場からの帰り道を歩きながら、そんなことを考えていた。
………そして、夕食後。ヴィダーツ魔具工房にて。
わたしは早速、大事な話があると言って、部屋に皆を呼び集めた。
部屋に二つあるベッドに、それぞれが腰かけるようにして向かい合う。
ちなみにヴァリスだけはいつものとおり、腕を組んだまま壁に寄りかかって立っていた。
「どうしたんだ? シリル」
わたしと同じベッドに腰かけたルシアが、不思議そうな顔で聞いてくる。
部屋に皆を集めたきり、わたしが黙ったままでいるせいだ。
「……ああ、ごめんなさい。本当は、もっと早く話すべきだと思っていたのだけれど……」
わたしの言い回しに、皆が何かに気付いたように居住まいを正す。
「『精霊の森』で、わたしたちの前に現れた男。あれの所属する組織が今もなお、活発に活動していることがわかった以上、このままにはしておけないわ。きっと、みんなも否応なく巻き込まれることになる。だから、改めて皆に話しておきたいの」
「巻き込まれるも何も、仲間の問題はみんなの問題だろ?」
「そうだよ、シリルちゃん。気にしないで」
「聞かせて、シリルお姉ちゃん」
「ふん……」
予想通りのみんなの言葉に、わたしは頷きを返す。
そして、自らの体内の『因子』を発現させるよう、意識を集中した。
少しずつ、髪の毛の先が銀色に染まる。その毛先をみんなに示しながら、言葉を続ける。
「この色はね、『古代魔族』の特徴なの。銀の髪と銀の瞳。『神』と自由に交信し、世界律を解き明かし、イメージと理論でもってあらゆる【魔法】を使いこなした伝説の種族のね。ただ、この姿は目立つから、旅に出る前には、因子の制御方法を訓練させられたわ」
「『古代魔族』か。だが、髪や瞳の色の違いで能力に差がつくわけではあるまい。実際のところ、現在の『魔族』たちと何が違うのだ?」
ヴァリスが確認するように言う。『竜族』にとっては、『古代魔族』は憎むべき敵のはず。その力を受け継ぐわたしを前にして、彼はどんな心境でいるのだろう?
「【オリジン】。『魔族』は、かつて自らが失い、今は人間たちが有する力のことを、そう呼んでいるわ」
「【オリジン】?」
「“同調”、“増幅”、“操作”、“減衰”の四元の『始原の力』。もともとは『古代魔族』が『神』との交信によって得た力だとされているわね。現在の人間が持つ【アドヴァンスドスキル】や【エクストラスキル】の大半も、元から人間が持つ【通常スキル】、つまり『才能』がこれら四つの力の影響によって進化したものと考えられているわ」
これは、『魔族』が人間たちの【スキル】を分析した結果、判明したことだ。
『魔族』がこの事実を知った時の驚きは、かなりのものだったに違いない。
自分たちが喉から手が出るほど欲しいものを、ただ世界に生まれ落ちたというだけで、当たり前のように手にしている存在。それを妬ましいと思わないはずがないのだ。
一部の『魔族』たちはこの事実に怒り、人間たちを迫害したとも言われていて、それが今日の『魔族』の悪評にもつながっているのだろうけれど、もっとも酷い事をしたのは『魔族』の中でも中核に位置する集団だった。
それが、『混沌の種子』による実験。人間の持つ【オリジン】を撹乱し、自分たちの望む【スキル】を持った【因子所持者】を生みだすため、数百年にわたって人間を実験台とした非人道的な実験を繰り返した。
そんな気の遠くなるような過程と目を覆いたくなるような犠牲の果てに製作されたモノ。
それが、わたし。
「わたしの持つ“魔王の百眼”は“増幅”系の『始原の力』の中でも、極めつけに【魔力感覚】に特化したものよ。この力を備え、かつ『魔族』の因子を持つわたしは、ただの『魔族』ではあり得ないレベルの複雑さと規模で【古代語魔法】を使えるの。だからこその『最高傑作』というわけ」
そんなわたしにしか、果たせない使命がある。
だからこそ、わたしは例えようもない重圧に、今も責め苛まれているのだ。
なのに、そんな苦しみや想いも知らず、ただ対立する組織が生み出した『最高傑作』だという理由だけで、わたしを排除しようとする連中がいる。
『パラダイム』。……かつて小さかったわたしを、殺そうとした組織だ。
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