幕 間 その7 とある女神の憤慨
-とある女神の憤慨-
「いきなり死にかける奴があるかぁぁぁぁぁ!」
わらわの身体は宙を舞い、両足は綺麗にそろって鋭く虚空へと突き出される。
その一撃はメリッという小気味良い(?)音を立ててその男、ルシアの顔面にめり込んだ。
だが、わらわの怒りを晴らすにはまだまだ足りない。
「ふ、フガ、い、いや、ちょっと待て! なんていうか、今の方が死にそうだぞ!?」
「ここは精神世界だ。この程度で死ぬか、たわけめ! この!この!この!」
わらわは痛い痛いと喚きながらうずくまるルシアに、足の裏でげしげしと蹴りを叩き込む。
「いや、でも、いた! 痛いって、ほんとに!」
「うるさい、黙って蹴られていろ! だいたい、お主はわらわの宿主だという自覚が足らんのだ! わらわは生きた心地がしなかったぞ!」
「い、いやそんな涙目にならなくても……。あ、いや、いたた! って、ここってやっぱり『切り拓く絆の魔剣』に初めて触った時と同じ場所なのか?」
「今更何を言っておるか、この大たわけめ! いいか? お主の身体はお主だけのものではないのだぞ? もっと労わってやらんか!」
「いや、なんだかその台詞だけ聞くと、普通に心配してもらっているみたいに聞こえるよな……って、いたあああ!ごめん!ごめんって! そんなに蹴らないでくれ!」
「はあ、はあ、はあ!」
ここは精神世界であり、肉体的に疲れるということはないはずなのだが、怒りのあまりわらわは息を切らしていた。
「えっと、もしかして、また俺、死にそうなのかな?」
よろよろと立ち上がりながら、そんなことを呟くルシア。よくもまあ、そんな暢気な顔をしていられるものだ。わらわは怒りを通り越して呆れてしまった。
「最悪だ。よりにもよって、人間たちの『死』への想いが凝縮した事象なんぞに接触したのだぞ? 普通ならとっくに死んでおるわ!」
「ええ!? 嘘だろ? どうにかならないのか? こんなところで死んだら、シリルが責任を感じちまうじゃないか!」
……自分が死ぬと聞かされて、最初にすることが他人の心配か。つくづく変わった男だ。
「普通なら、だ。お主は普通ではなく変態だから死にはせん」
「俺は変態じゃない! でも、そうか。死なないのか。助かったぜ。……ってそう言えば、やっぱりファラはシリルの姿で現れるんだな?」
「決まっておろう。お主が最初に決めた理想の姿だ。もっとも、目覚めた今となっては、わらわも自分で姿を変えられないわけでもないのだが、この姿は気に入ったのでな」
銀の髪に銀の瞳。かつての『魔族』どもと同じ容姿ということになる。『竜族』にとっては、あまり気分の良い姿ではないだろうが、わらわにとってはそんなこと、些細な問題だ。自分が見て、気に入るかどうかがすべて。わらわは、あくまで自分を貫くのみなのだから。
「それより、今回は前ほど時間的には切羽詰まっておらんからな。今のうちに、お主とわらわの力について教えておいてやる。それでなんとか生き延びろ」
「俺の力?【スキル】ならアリシアから聞いているけどな」
「お主と魂を共有しているわらわにしかわからんことがある。だまって聞け」
「魂を共有? それって……」
「黙っておれと言っている。それも含めて話してやろう。ほれ、正座しろ」
「ええ? なんでだよ。面倒くさい」
「何か言ったか?」
わらわはルシアをギロリと睨む。
「い、いえ……。うう、シリルの顔で凄まれるとなぜか逆らえない……」
ルシアはぶつぶつ言いながら、身を縮こまらせるようにして正座した。
うむ。これで少しは話がしやすくなった。相手を見上げながらでは恰好もつかんからな。
わらわは正座したルシアの前で、胸を張って仁王立ちの姿勢をとった。
「まず、お主の力のことだが、お主、いわゆる【オリジナルスキル】というものについて、どこまで知っている?」
「いや、まったくわからん」
「そうか。そうだろうな。……って、まったくだと!?」
わらわは仁王立ちの姿勢のまま、おもわずひっくり返りそうになる。
「おっと、危ない。ああ、世界に一人しか所持者がいない力だってのは聞いたけどな」
ルシアに腕を掴まれてようやく体勢を立て直したわらわは、呆れたように首を振る。
もっとも、この男の無知さ加減は今に始まったわけではない。実際には呆れたというより、頭を振ることで銀の髪が左右に揺れるのを楽しんでみたいと思っただけだった。
「それは微妙に違う。むしろ、この世に生きるすべての人間が持っているとさえ言えるものだ。ただ、魂に含まれる【オリジン】の総量や性質によって、【魔鍵】がなくとも使用可能な【オリジナルスキル】として外に顕在するかしないかの違いがあるに過ぎん」
「【オリジン】? なんだそれ?」
「いわゆる『神の欠片』だ。【魔鍵】が『神』の意識の断片だとすれば、【オリジン】は力や魂の断片とも言える。【魔鍵】が人間にしか適合せず、適合する人間以外には扱うこともできないのは、力の源たる【オリジン】が人間の魂にしかないからだ」
わらわの言葉にルシアは目を丸くして驚きを露わにした。
「でも、なんで人間にしかないんだ?」
「うむ。まったくわからん」
「そうか。まあ、そうだよな。…って、わからないのかよ!?」
今度はルシアが正座のまま、ずっこけた。無論、わらわは起きあがるのに手など貸してやらない。
「なんだよ、それ。威張って言うことか?」
「うるさい。わらわと『竜族』は千年前、他の神々から真っ先に封印されたのだ。外の世界の事などわかろうはずもない。本来なら、『魔族』こそが『神』が眠りについた後、『神』の眷属となって【魔鍵】を使い、『扉』を開くはずの存在だったのだがな」
「そう言えば、『魔族』は人間に【魔法】の力を奪われたって話は聞いたけどな」
「奪われた? よくわからんな。だが、本題はそこではない。わらわと適合したお主はつまり、わらわの力、【オリジン】を持っているということだ」
わらわとしては分かりやすく話してやったつもりだが、ルシアは腑に落ちないような顔をしている。これでは繰り返し説明してやらねばならないか、と思ったところで、ルシアはおもむろに口を開く。
「なあ、おかしくないか? 俺は異世界から来たんだぜ? どうしてファラの【オリジン】が俺の中にあったんだ?」
「わらわの【オリジン】は、ゆえあって他の『神』の【オリジン】とは共存できない。だが、封印から解放されるまでの二百年間で全ての人間は『神』に穢されてしまっていたし、赤子ですら親の血から【オリジン】を引き継いでいる状態だった。そこにお主のような存在が現れれば、世界を彷徨っていたわらわの【オリジン】が真っ先に入り込むのは当然だ」
「召喚された直後には既に入っていたってことか。なるほどな。じゃあ、俺の【オリジナルスキル】“混沌の導き”は、やっぱりファラの力なんだな」
「お主が未熟であるがゆえに、“混沌の導き”などという中途半端な力になっておるがな。それでもお主がこれまで死なずに済んだのは、この力が【瘴気】や【リーパー】が及ぼす身体への有害な影響を薄める方向に導きつつ、体外に有害なものを排出する『放魔の装甲』の効果を高める方向に導いたおかげ、というわけだ」
「そっか、それじゃあ装備についてはシリルに感謝、かな。でも結局どういう力なんだ?確率を変動するとかって聞いたけど、サイコロの目でも操作できるのか?」
サイコロの目だと? いったいわらわを何だと思っているのだ、この男は。
「いいや、今のお主にはその手の真似は一切できん。それは【自然法則】に属するものだからな。お主の現在の力は、【幻想法則】に属する【魔法】による直接的な影響を、ほんの少しだけ自身の望む方向に『理想化』するというものだ。ゆえに【魔力】の込められていない物体には効果がないし、【魔法】で発生した後の自然現象と化した力も防げない」
「一気に話が難しくなったな」
「言いかえれば、自然現象を介さずに直接効果のある【魔法】や【魔法具】になら干渉できても、属性効果によって自然現象につながる【融合魔法】を直接防いだりすることはできないということだ。それも、お主が未熟なせいだがな」
「でも俺、《炎の矢》とかの【融合魔法】を斬ったことがあるぜ?」
「それはわらわの意識が宿る【魔鍵】を使ったからであろうが」
わらわは、肩にかかる銀の髪をさらりとかきあげる。うむ、気分が良い。
「わらわ自身が力を使えば、対象が自然現象だろうが何だろうが『微塵斬り』にすることなど造作もない。そのようにこちらから【事象魔法】で働きかければ良いだけだからな。だからまず、わらわを正しく使うことを覚えろ」
「正しく使う?」
「【事象魔法】は認識がすべてだ。【魔鍵】の作用も使用者の認識に左右される。ゆえに、お前が斬ろうとするモノの正体を見極めろ。事象として存在する【リーパー】をモンスターを斬るようにしても斬れぬのは当然だ。決してわらわが、なまくらだからではない!」
わらわの怒りの本当の原因はそれだった。まったく、わらわの力であの程度のものが斬れないなどという屈辱、そうそう怒りを抑えきれるものではない。
それに、なぜか【オリジン】が複数の人間に分散してしまっている他の『神』と違い、わらわの【オリジン】はすべてがこの男の中にある。すなわち、一柱の『神』の力を余すところなく宿すこの男の有する力は、それこそ他の人間とはケタ違いのはずなのだ。
だというのにこの体たらくとは、人間は『世界の認識』に限界があるとはいえ、未熟にも程がある、と言いたいところだ。
「うーん、よし、わかった。つまり【魔法】だとかを斬るつもりで斬れってことだな?」
ようやく得心いったように頷くルシア。
ふう、この分ではまだまだ『扉』が開かれる日は、先のようだ。
あと一部、幕間が続きます。
余談ですが、ここ数日でお気に入り登録やアクセス件数が急増したようで、たくさんの人に読んでもらえていると思うとうれしい限りです。
これからもなるべく定期的に更新したいと思いますので、引き続きお読みいただければ幸いです。