第5話 神の欠片【魔鍵】/どこまでも
-神の欠片【魔鍵】-
「【魔鍵】っていうのはね。『神性』と呼ばれる特別な力を秘めた器物のことなの。アリシアが持っている『拒絶する渇望の霊楯』みたいなね」
「つまり、魔法の道具ってことか?」
「いえ、少し違うわ」
なかなか説明の難しいところではある。しかし、彼には一から知識を理解してもらっておいた方がいい。
「少し話が長くなっちゃうから、場合によっては寄り道していきましょ?」
「賛成! お菓子のおいしいお店があるんだよ。そこに行こう!」
アリシアの嬉しそうな声に、仕方がないわね、と言いながら歩き出す自分がいる。
あれ? いつの間にこんな展開になったのかしら。確かにアリシアの【魔鍵】は防御に関して言えばかなり強力なものだし、身の安全は守れるかもしれないけれど、そもそもの話の流れが思い出せない。
でも、いまさら追い返そうという気にもなれない。だって、今この時、気心の知れた彼女が傍にいてくれるというだけで、心が軽くなっているのに気が付いてしまったから。
アリシアと一緒にいると、いつもこうだ。わたしが主導権を握っているように見えて、肝心なところは結局、アリシアの思い通りになっている、みたいな。
でもわたしは、なんとなく。そんな感じが嫌いじゃなかった。
この世界には、こんな伝説がある。
かつて世界には強大な力を持った神々がいた。彼らは複数の種族に分かれ、協力し、対立しながらも世界を支配していたという。しかし、ある日、神々の間で起こった戦争は、世界に生きるすべての種族を巻き込んで、世界に多大なる影響を与えた。
世界は分断され、『精霊』や『幻獣』など、世界そのものと存在自体が密接に関連した彼らは、その分断によって受ける影響を免れるため、【重なる世界】とのちに呼ばれる【精霊界】や【幻獣界】に逃げ込んだ。
そのことによって世界は、より疲弊したとも、逆に安定を取り戻したとも言われているが、今ではそれらの種族は、召喚されて召喚主と契約するなどの形を通じてしか、こちらで認識される存在になることはない。
神々も疲弊し、やがて力尽き、その多くは自らの力を『欠片』に込めて眠りについた。そうしてこの世界には、神々に封印されていた『竜族』と世界の分断に関与したとされる『魔族』、一部の『妖精族』のほか、力弱き人間種族が残った。
『神』の力が封印された器物は、なぜか、人間種族にのみ使用できた。それは、力弱き人間を『神』が憐れんだからだとも言われているが、真実は定かではない。
ことによればとてつもなく強力な力を発揮するその器物は、いつしか【魔鍵】と呼ばれ、とくに相性の良い人間は、使用者としてその力を扱うことが可能となったのだった。
説明を聞き終えたルシアは、飲み物を飲み干すと一息ついてから口を開いた。
「つまり、【魔鍵】っていうのは魔法の道具の中でも特別に強力なもので、人間なら相性の良い【魔鍵】さえ見つかれば、【魔法】は使えなくても、その力が使えるってわけか」
「そうよ。理解が速くて助かるわ」
「でも、どうやって見つけるんだ?」
「話した通り、【魔鍵】は相性のいい人間以外にとっては、ただのガラクタみたいなものよ。でも、古代の遺跡からは時折【魔鍵】が発見される。そうした【魔鍵】は、大概が冒険者ギルドのような、遺跡発掘なんかも生業のひとつにしている組織に数多く保管してあるの。つまり……」
「ああ、そうか。そこで【魔鍵】にあう冒険者が見つかれば、ギルドにとっても、メンバーの戦力強化につながって、その【魔鍵】も役に立つってわけか」
そう、わたしたちは冒険者ギルドに行って、ルシアに【魔鍵】の適性検査を受けてもらうのだ。それに、たとえそこで見つからなくても、【魔鍵】を見つける手がかりを得ることにはつながる。
「え? そうなのか?」
「ええ。【魔鍵】同士は、適合者を導きあう性質があるから。【ダウジング】が使えるわ」
「ダウジング?」
「ングングング!」
隣で聞こえたうめき声は無視して、わたしは話を続けることにした。
「ええ、【魔鍵】の適性検査を受ける時、たとえそれが適合する【魔鍵】でなくても、今、この世界にあなたと適合する【魔鍵】があるなら、その時触れた【魔鍵】がそのありかのヒントを教えてくれるのよ。それがダウジング」
「ぷはー!喉に詰まって死んじゃうところだった。って、ちょっと、置いてかないでよう!」
わたしたちは、一通り話を終えると、げんなりするほど大量のケーキを抱え込んだアリシアを放置して、店を出た。
「もう、ひどいじゃない」
気がつけば、もう追いついてきていた。あのまま永遠に、食べててもよかったのに。
「シリルちゃんって、何気に酷いこと考えてるよね……」
アリシアが半眼でわたしを見る。ほんとにこの子、心が読めないのかしら?
なにはともあれ、冒険者ギルドに到着。閑散としたバーのようにも見えるけど、れっきとした冒険者ギルド。人が少ないのは要するに、ルーズの町が平和で小さい町だから。
大きな町のギルドともなれば、町で一番大きな建物だったりすることもあるのだから、馬鹿にしてはいけない。
「いらっしゃい。何のようだい。シリル。ここにはAランク冒険者に相応しい依頼なんて張り出されていないぞ」
親しげに話しかけてくるマスターは、わたしが駆け出しの『冒険者』だった数年前からの知り合いだ。彼の言うとおり、今や押しも押されもせぬAランク冒険者であるわたしは、普段、もっと大きな都市のギルドで依頼を受けている。
ここで一番最後に依頼を受けたのは、もう一年近く前のことだ。
「ああ、ごめんなさい。ミアクさん。今日は彼に【魔鍵】適性検査を受けさせてほしいの」
そういうと、ミアクさんは驚いたようにルシアの方を見た。
「ほほう、いい男じゃないか。ようやくシリルにも、春がやってきたわけだな。うんうん。前にしつこく言い寄ってきた男に《黒の虫》を仕掛けたって話を聞いた時は、こりゃ春は遠いと思ったもんだけどなあ」
ミアクさんの言葉に、ルシアがぎょっとした顔をしている。人聞きの悪いことを言わないでほしい。わたしがやったのはせいぜい、手加減して手足の肉を《虫》に齧らせてやったぐらいなんだから。
「シリルちゃん。今の話、ほんとなんだね……」
アリシアまで青い顔をして引いている。あ、しまった。ついあの時のことを思い返してしまった。否定的なことでも考えれば誤魔化せたのに。
「やめてよ。その話は。それにそんなんじゃないの。とにかく、お願いできる?」
「ああ、まあ、ここは小さいギルドだからな。数も少ないし、どちらかっていうとダウジング以外は期待しないでもらいたいところだがな」
そもそも、ギルド所有の【魔鍵】は適性者が見つかればすぐに引き渡されるから、いつも同じ量があるとは限らないし、そこで見つかるのは相当運のいい話だけれど、【ダウジング】ができるだけでも、大きな前進になる。
もっとも、この世界に彼に合う【魔鍵】があれば、の話だけれど。
「ええ十分。じゃさっそく始めましょ」
-どこまでも-
「ええっと、谷底?」
「それだけ?」
「ああ」
シリルちゃんが微妙な顔で首を傾げている。あたしの【魔鍵】は、あたしが自分の【オリジナルスキル】“真実の審判者”で見つけたものだし、【ダウジング】がどういうものかわからないけど、どうも勝手が違っているみたい。
「そう、【神の種族】が違うのかしら? 感じ取れているってことは、この世界に適合するものがあるのは間違いなさそうだけど」
「どういうことなの? シリルちゃん」
あたしは痺れを切らしてそう尋ねた。
「ああ、えっとね。ダウジングの情報が少なすぎるのよ。つまり、ルシアに適合する【魔鍵】は【神の種族】がここにあるものと違うってことみたいだけど」
「同じじゃないと、詳しくは教えてくれないってこと?」
「ええ、そうよ」
と、そこへ今度はルシアくんが口をはさむ。
「なあ、【神の種族】って何だ?」
「【魔鍵】はその名称の部位によって、種類や性質をあらわしているのよ。アリシアの『拒絶する渇望の霊楯』を例にすれば、こんな感じね」
サージェス:【神の種族】のひとつ。『闘争』を司るとされる。もともと神々の間に戦争があったためか、【魔鍵】としては、最も多く発見され、最も戦闘に適したタイプである。
レミル :【神の人格】の名称。元となる『神』の名前とも言われ、【魔鍵】ごとに固有
の名を持つ。
アイギス :【神の器】のひとつ。主に楯を意味し、防御向きの力を蓄える器である。
うん。あたしが【魔鍵】を見つけた時、初めて感じ取れた情報はこんな感じかな。適合者のいない【魔鍵】はどんな力があるかわからないけど、適合者なら触れた瞬間にその名前とその力が『事実』として感じ取れる。それがどういう理屈かは分からないけれど。
「つまり、あなたの【魔鍵】はサージェス系ではないってことね」
「そうか、戦い向きじゃないのか。まあ、いいけど」
「別にサージェス系でなければ、戦えないわけじゃないわよ。……ミアクさん。ここにはサージェス系しかないのかしら?」
「ああ、いや、そうだった。つい最近、マーセル系が入ったんだった。持ってくるよ」
「もう、しっかりしてよね」
どうやらルシアくんの【魔鍵】はサージェス系じゃないみたい。戦闘向きじゃない、なんて言って落ち込むあたり、男の子って感じかな?
だとすると、今度持ってくるマーセル系であたりを引いたら、ショックだろうな。マーセル系って確か、技術工芸とか音楽系とかそういう非戦闘系のものだったはずだし。
でも、サージェス系でないとなると、次に多いのがマーセル系である以上、可能性高いんだよねえ。
ところが、これが違いました。
「えっと、竜?」
「それだけ?」
「ああ。さっきよりそっけない感じだぞ」
「そう、厄介ね」
シリルちゃんが呟く横で、あたしは驚いていた。つまり、それって、
「すごいじゃない。ルシアくん! サージェス系でもマーセル系でもないってことは、カルラ系かゼスト系ってことになるんだよ!」
ルシアくんは何のことかわからず、きょとんとしているので、その二つの系統は希少で、伝説級の武器も多いと話してあげると、途端に嬉しそうな顔になった。
うん。これはすごいことだよ。カルラ系やゼスト系を持った冒険者って、ほとんどの人がAランク以上になっているって話だよ? 将来有望じゃない!
有名どころでは、今、最強の戦士系Sランク冒険者って言われてるエリオット・ローグの『轟き響く葬送の魔槍』とか、ホーリーグレンド聖王国の聖騎士団長エイミア・レイシャルの『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』とか、凄い人が持つ凄いものばかりなんだから。
でも、シリルちゃんは浮かない顔をしている。どうしたんだろう?
「シリルちゃん。ここでわからなくったって、大きな町に行けば、カルラ系やゼスト系の『魔鍵』のストックがあるギルドもあるんじゃないの?」
同じ系統さえあれば、詳しい情報がわかるんだから、大きな町を目指せばいい。あたしがそう言っても、シリルちゃんの表情は変わらない。もともと、あんまり笑う子じゃないけど(笑えば可愛いのに……)、何か様子が変だ。
「そういう問題じゃないわ。【魔鍵】がレアものらしいことを喜んでる場合じゃないわよ。今のヒントで、彼の【魔鍵】がどこにあるのか、わからなかったの? アリシア」
え? ヒントって、『谷底』、『竜』……。竜と谷?
とくれば、ああ! そうか、一つしかなかった。……つまり、『竜の谷』ってこと?
この世界でも最強の位置に君臨する種族、『竜族』が住まう『竜の谷』。
このルーズの町からは、歩いて3日ほどの距離にある【フロンティア】と呼ばれる未開拓の地域のひとつにあたる場所。
他の【フロンティア】が未開拓なのは、モンスターの出没が多くて、その原因を『取り除き切れていない』からだし、いつかは開拓されるかもしれない土地だけれど、『竜の谷』は、『永遠のフロンティア』なんて呼ばれ方もしてる。
つまり、絶対に人が関わってはいけない場所ってこと。『竜族』は人間を襲うことはないけれど、歴史上、人間側がその領域を侵すようなことをした場合は、苛烈な報復をしてきたりもしているんだから。
それなのに、シリルちゃんは、「どうやったら、『竜の谷』に入れるか?」を考えている。
決意と迷い、試行錯誤の繰り返し。そんな感情が読み取れれば、いやでもわかってしまう。
いくらシリルちゃんが普通の人より強くったって、『竜族』が相手じゃ危険だよ?
あたしはそう思ったけれど、シリルちゃんの中には「行かない」って選択肢はないみたい。すべてはルシアくんのため、か。
あたしもそんな「シリルちゃんのため」にできることをしよう。
何ができるかはわからないけれど。 仕方がない!
『竜の谷』だろうと、どこだろうと、シリルちゃんのためなら、どこまでだって行くよ。ちょっと怖いけど……。