第48話 邪神の揺籃/フェイル
7/27 誰の言葉かがわかりにくい文を一部修正しました。
-邪神の揺籃-
本当に、シリルにこういうことをやらせると、右に出る者はいないよな。
俺は半ば呆れ、半ば感心しながら事の推移を見守っていた。
「それにしても、『創世霊樹』が【魔導装置】だなんて、信じられない話ね」
だいたい、この入りからして絶妙だ。いきなり『邪神の揺籃』とやらの詳細を教えろ、と突っ込まず、周辺から、それも疑問に感じて当然の話題から、それとなく相手に説明を促すんだからな。
「うふふ。流石の貴女でも御存じなかったようね?」
「ええ、驚いたわ。【魔導装置】って確か、伝説にある『魔族』が使っていた特殊な魔法具のことでしょう?」
「魔法具? あんなおもちゃとは格が違いますわ。特にこの『創世霊樹』は、『古代妖精』と『古代魔族』によって創られた、世界最高の【魔導装置】にして、世界の心臓とも言うべきものですもの」
「なるほど。『創世霊樹』が『分断』の影響から世界を守るためのものである以上、当時の彼らが創りだしたと考えるのが妥当と言うことかしら?言われてみれば、当然の推理ね」
「推理などではありませんわ。これは、とある方から教えていただいた紛れもない事実。…いいえ、真実ですわ」
なるほど、やっぱり入れ知恵している奴がいるってわけだ。そうでもなければ、本物の『魔族』と関わりのあるシリルも知らないようなことを彼女らが知っているのは不自然だ。
にしても、会話の流れが実に自然だ。よくもまあ、重要な情報が次々聞き出せるものだ。
同時に、シリルの背後に立つ俺たちにしかわからないことだったが、彼女の長い黒髪の先の方が少しずつ、銀色に染まってきている。
「この『邪神の揺籃』もその、とある方とやらがくれたものなの?」
シリルはあくまで直接的な質問はしない。今の流れなら「とある方って誰?」と言いたくなるだろうが、あえてそういう質問の仕方を避けているようだ。
「ええ。そうですわ」
「どうやって使うのかしら?」
「まあまあ、ものは試し、ですわ。そこの『妖精族』で実験しましょう。ここに辿りつくまでもなくモンスターになったあの連中のかわりに、エサぐらいには役に立ってもらわなくては」
「ルフィール! よくもそんなことを!」
「気安く名前を呼ばないでくださいな。純血種たる『古代妖精』に遠く及ばない『混血妖精』の分際で、世界の守護者気取りでいた貴方達には相応しい役割でしょう?」
「うるさい!そんなことじゃない!モンスターになった連中、だって? お前たちが生み出した【瘴気】のせいだろう!」
「いいえ、彼らは所詮、混血の出来損ないですから【瘴気】だけではモンスターにはなりませんでしたわ。森に漂う『邪霊』にでも取り憑かれたのではなくて?」
くすくすと笑うルフィールさん。前に会った時と違って、ブラック全開って感じだな。
まあ、金髪と黒髪の違いってわけじゃないが、黒さの度合いならシリルの方が上だろうとは思うけど。
とはいえ、シリルの髪はますます銀色に変わりつつあり、背丈も若干縮んできているはずなのだが、優越感に浸るルフィール達はまるで気付いた様子もない。
「エサってことは、それ、生き物なのかしら?」
「ええ、そのようなものね。正確には【生体魔導装置】と言ったところですけど。高い【魔力】や【スキル】を持つ者を喰らうことで、より強い力を発揮できるものですのよ」
おやおや、レイフォンを随分と小気味よくこきおろしていたからなのか、機嫌がいいみたいだな。べらべらと良く喋る。
「……もう、いいかな。だいたい予想がついたし。生体……ね。アリシア、もしかしてあなたには、これが何なのか、わかるんじゃないかしら?」
「……うん。【生体魔装兵器】『アシュバの繭』。能力は精神干渉。……そっか、だからルフィールさんたちって、初めて会ったときから、心の動きがわかりにくかったんだ」
「? なにを言っているの?」
アリシアの言葉に首を傾げるルフィールさん。波打つ金髪がさらりと流れるその姿は、『妖精の森』で見た時と同じなのに、まったく綺麗に見えない。
「精神干渉? なるほど、それなら人間の精神から【瘴気】を生みだすのにも使えるわね。それに、あなたの後ろのいる団員たちが死人みたいな目をしているのも、これのせいかしら?」
シリルの言葉に、俺は改めて他の騎士団員たちを見る。うん? 別に普通の顔に見えるけどな? と思ったのも束の間、注意して見れば何となく違和感がある。
……そうだ、最初に感じたとおり、この場にはあまりにも不似合いな笑顔なんだ。
「何をわけのわからないことを……」
「あなただけ、『効き』が甘いのは、思考が単純で操りやすいからかしらね?」
「? シリルさん。これから世界を支配するわたくしに、そのような口の利き方は感心しませんわね」
だが、ルフィールさんのそんな言葉にもまるで取り合う様子を見せず、シリルはただ、ため息をついた。
「悪いけど、『あなた』はもうお呼びじゃないわ。どこに隠れているか知らないけれど、わたしの『この姿』を見れば、精神干渉なんてものが効かないことくらい、わかるでしょう?」
「な、なんですって!……その、姿は?」
ようやく気付いたのか、あんたは。
変化は緩やかだったとはいえ、元の姿とはまったく違う姿なんだぜ?気付くだろ、普通。
シリルの姿は、すっかりあの、銀髪銀眼の少女の姿へと変化していた。
「コレを見たときから、だいたいの推測はできていたわ。あなたとお喋りしたのは、ちょっと時間を稼がせてもらいたかっただけ。急激に変わると負荷が大きいからね」
前回のラドラックの宮殿の時は、急激に変わったせいで体力の消耗も激しかったらしい。
だが、時間稼ぎをしてまで、あえてこの姿になったってことは、それだけ状況が厳しいってことなんじゃないのか?
「変わる?何を言っているの?」
「正直、何が目的なのか、さっぱりわからないけれど、『セントラル』じゃないことは確実かしらね。まだ、現れないつもり?なんなら無差別に仕掛けてもいいのよ?」
シリルはルフィールの言葉を無視するように、この場にいない誰かに向かっての言葉を続ける。
すると、ようやく反応があった。
「そんなことをされても、つまらないな」
〈レディウム・サーシャ。虚像を結べ〉
詠唱とともに、ついさっきまで誰もいなかったはずのルフィールの隣に、一人の男が姿を現す。漆黒の全身鎧を纏い、黒髪を長く伸ばしたその男は、顔に白い包帯のようなものを巻きつけていた。ただ、その隙間から覗く瞳の色だけが血のように赤い。
「あ、ああ、フェイル様。……いつの間に?」
突然、隣に現れた男の名を呼ぶルフィールを無視するように、彼、フェイルとやらは、鎧姿の肩を器用にすくめて見せた。金属音一つしないのが不気味なほどだ。
「さすがは『最高傑作』だ。そこまで見事に『古代魔族』の性質を体現するとはな」
「やっぱり『魔族』ね。なんのつもり?あなたが『セントラル』でないにしても、これはやりすぎでしょう? 【瘴気】で『創世霊樹』を狂わせて、世界を滅ぼしたいの?」
「いや、単に面白そうだと思っただけだ。実際、楽しくはあったな。単なる【魔装兵器】に『邪神の揺籃』などと大層な名前を付け、日常に不満を持つ不幸な連中をたぶらかし、世界を支配した気分にさせて、その道化ぶりを楽しむ、という遊びだよ」
「そ、そんな……、それじゃあ、『創世霊樹』の制御の話は?」
顔を青褪めさせながら、震える声で問いかけるルフィールさん。
「そんな真似ができるわけがない。狂わせてやるのがせいぜいだ。もっとも、森の植物や『妖精族』の死体を『邪霊』を使ってモンスターに変えたり、『アシュバの繭』の材料補充を『エサやり』と言いかえてみたりと、いろいろ趣向を凝らしてやったのだ。感謝してもらいたいものだな」
「な、ななな、なんですって! で、でも、実際に森の結界は操れていたはず……」
「ふん。"操作"ではなく"減衰"だよ。そもそも、お前たちが最初から結界のある『精霊の森』の中枢に辿り着けたこと自体、おかしいとは思わなかったのか?」
「なら、初めから……、わ、わたくしたちを騙していたというのですか!」
「何を怒っている? 世界を支配する『邪神の揺籃』に、それを制御する自分。実に胸躍る設定だったろう? まあ、もっとも、お前が少しでもそれを信じた時点で精神を『固定』してやったのだがな。だが、安心しろ。もう『解除』してやった」
「ああ、う、うそ……。それじゃあ、わたくしたちは……」
あまりにも無情なフェイルの言葉に、膝から崩れ落ちるルフィールさん。
見れば、他の騎士団員の女性たちも同じ有様だった。恐らく、『解除』されたのだろう。
「そこの娘が言った通り、この肉塊は生体をベースにすることで精神干渉を可能にした【魔装兵器】だ。『創世霊樹』を制御するためではなく、お前たちを制御するための道具だな。まあ、お前たち自体がもともと道具なのだろう? なら、おあつらえ向きではないか」
「あ、ああ……、うああああああああああ!」
ルフィールさんの悲痛な叫び声が木霊する。
俺は、この男とだけは友達になれそうもない。彼女達は、言ってみれば精神を凌辱されたようなものだ。表情こそ窺い知れないが、言葉を聞く限り、この男はそれを楽しんでいやがったのだ。男の風上にも置けないクズだ。
「あなた、本当に『魔族』なの? 意味もなく人工的に【瘴気】を造り、直接『創世霊樹』に流し込むことまでしておいて、面白いからやった、なんてまったく合理的じゃないわね」
「くくく。俺が合理的でないのは、お前が合理的でないのと同じだよ。まあ、お前の言う『セントラル』の連中も、ありもしない『世界の理』とやらを信じている時点で、合理的とは言えまいがな」
「わからないわね。あなた、何者なの?古代の【魔導装置】のことを知っている以上、それなりに中枢に近いところにいたのでしょう?でも、こんなことをしてただで済むと思っているのかしらね」
「関係ないな。言っただろう? 俺は、お前と同じで『魔族』じゃあないからさ」
だったらなんなんだよ、お前は!
俺はそんな突っ込みを入れる代りに、そいつの胸に剣を突っこんでやったのだった。
-フェイル-
「随分と野蛮な仲間がいたものだな。『最高傑作』」
彼は、ルシアの『切り拓く絆の魔剣』で胸を刺し貫かれながらも、平然とした声でそう言った。例のごとく、ルシアは『斬らない』認識で剣を刺したのだろうけど、この場合はあまり関係なかっただろう。
「ルシア。それは幻覚、というか立体映像の類でしょうから斬っても無駄よ。……自分だけ安全な場所から眺めているのはさぞかし気分がいいでしょうね」
「まったくだ」
彼は悪びれた様子もなく、肩をすくめる。漆黒の全身鎧は重そうな金属製に見えるのに、音一つたてないのは、それが精巧な立体映像に過ぎないからだ。
遠隔投影用の【魔導装置】だろう。わたしはそう思った。けれど……。
「だが、お前は疑問に思わないのか? ここには『アシュバの繭』以外に【魔導装置】はない。お前なら『見れば』わかるだろう。ならば俺がこうして虚像を投影しているのは、詠唱タイプの【古代語魔法】ということにならないか?」
先ほど姿を現わす際、確かにフェイルは古代語を詠唱していた。わたしの“魔王の百眼”でも、何らかの力の流れがあったことは確認できたけれど……、そんなはずはない。
「あなたも『成功作品』だとでも? 嘘よ。そんな話、聞いたことがない」
「俺はな、『パラダイム』の連中が、『セントラル』に対抗してお前を超える存在を生みだすべく、造り出した存在だ。まあ、いわばお前の犠牲者の一人と言ったところだな」
「な、なら、あなたにも『できる』の?」
わたしは、思いもしなかった希望に縋るように尋ねた。
幼いころから、わたしだけが背負い続けた宿命を、他にも担える人がいる?
一人ではなく、二人であれば、『あれ』も容易にできるはず……。
「抽象的な物言いだな。だが、意味はわかる。……できないよ。できるわけがない。製造目的が違う。コンセプトが違う。ゆえにお前以外の誰にもできない。お前は逃げられない。お前だけが負わなければならない、お前だけの責任だ。でなければ、他の犠牲者たちも浮かばれまい」
フェイルの言葉のひとつひとつが胸に突き刺さる。儚い希望が、……砕け散る。
わたしのために犠牲になった多くの生命。逃れられない運命。忘れかけていた使命。
そして、目の前にいる彼もまた、わたしに絡みつく鎖のひとつ……。
「……黙れよ、お前」
低く、それでいて鋭いルシアの声。彼はちょうど、手にした剣をフェイルの胸元から引き抜いているところだった。
「人の心を弄んで、そんなに楽しいか? さっきから聞いてりゃ、お前の言葉はシリルを追い込むためのものばかりだ。意図が見え透いてるんだよ」
「あ、……」
その言葉に、はっと気を取り直す。危うく相手の術中に嵌まるところだった。
精神干渉が可能な【魔装兵器】を前に、心を惑わされてはいけない。わたしは“魔王の百眼”で改めて『アシュバの繭』に意識を集中すると、こちらに向かって流れてこようとする不可視の波動を確認し、自分の【魔力】で遮った。
そこで初めて、フェイルの目が不愉快そうに細められる。顔に巻き付けられた白い包帯のせいでほとんど表情は窺い知れないけれど、それだけは気配で分かった。
「ふん、失敗か。惜しいな。『古代魔族』を操り従えるのも面白いと思ったのだが」
そう言うと、フェイルはガチャリと金属音を立てながら肩をすくめた。
「! どういうことだ? 先ほどまで、気配などなかったはずだ」
ヴァリスが訝しげに呟く。気配が、突然現れた?【魔法】で虚像を投影していたのではなかったの? わたしたちが抱いたそんな疑問に対する答えを示したのは、つぶやくように聞こえたアリシアの言葉だった。
「フェイル・ゲイルート。人間と『邪霊』と『魔族』の【因子所持者】。能力は、【エクストラスキル】“砂塵の魔導騎士”。それから、【オリジナルスキル】“虚無の放浪者”。……すべてを、“減衰”させる力」
アリシアが、ここまで初対面の相手の素性をその場で喋ってしまうことは珍しい。相手の素性を見抜くような真似は、普段なら間違いなく嫌われ、疎まれることに繋がるため、彼女は自分の能力で読み取ったものを意識しないように抑えていることが多いのだ。
「そこまで見抜かれるとはな。……ふん、“同調”系の【オリジナルスキル】の類か。お前、気持ち悪いな。この化け物め。他人の素性を暴きたてて、いったい何が楽しいのやら」
フェイルが口にしたのは、今までアリシアが何度となく言われ、傷ついてきた言葉だ。
けれど、今なら分かる。さっきのルフィールの時と同じく、このフェイルという男は、相手の心理を読み、その相手が傷つくであろう言葉を選んで話しているのだ。
「気持ち悪いのはあなたの方だよ。どうしてそうやって人の心を傷つけることが平気で出来るの? 自分の方こそ数えきれない傷を心に抱えているくせに、誰よりもその痛みが分かるはずなのに、どうして?」
「分かるから、さ。俺の痛みを他の人間にも味わわせなければ、留飲も下がるまい。……まあ、と言うよりは、その方が『面白い』だろう?」
アリシアの言葉も通じた様子はない。ここまで醜く歪んでしまえば、もう誰の言葉も届かない。彼は、少なくとも彼の心は、れっきとしたモンスターだ。
「とことん腐ってるよな、お前。俺の世界にもそんな奴がたくさんいたよ。『自分の傷を相手にも』って奴がさ!」
ルシアはそう言って、さっきまでフェイルの胸に刺していた『切り拓く絆の魔剣』を構え直した。もちろん、相手が立体映像だったのかどうかはともかく、『斬らない』認識だった以上、血などは付いてない。
でも、『斬る』認識で攻撃すれば、仮に『精霊』のように肉体のない存在なのだとしても関係ない。
『存在』がある限り、『切り拓く絆の魔剣』に斬れないものなんてないはず。
「無駄だよ。俺の“虚無化”能力は文字通り無敵だ。肉体に『邪霊』の因子を持つこの俺は、“虚無の放浪者”の力で、自身の存在そのものを極限まで希薄化できる。ルフィールから聞いた『精霊』を斬る力とやらがあろうと、存在自体がないものまでは斬れまい」
フェイルはそう言って目だけで薄く笑って見せる。
恐らく、さっき突然姿が見えるようになった時も、姿が見える程度に“減衰”の効果を弱めただけなのだろう。詠唱の言葉は、わたしに対する単なるフェイクだったのね。
……『今の』世界に最も近しい存在『邪霊』。実体のない精神体としての存在。
精神ではなく肉体にその因子を持たせるだなんて、『混沌の種子』にも不可能なことだ。
どれだけ酷い実験をすれば、そんな存在が生み出せるというのだろう?
想像しただけで、背筋が寒くなる。
しかし、フェイルからわたしを庇うように立つルシアは、まったく動じた様子もない。
未知の存在を前にして、誰もが感じるだろう怯みや恐れ。彼にはそれががない。
未知のものを未知のまま受け入れ、「まあ、いいか」で済ませてしまう。そうでありながら対象から目を逸らすわけでもなく、まっすぐに見据えたままで自分のできる最善を尽くしてみせる。
「何が無駄なんだよ。上から目線もほどほどにしておけよ? そんなもん、やってみなきゃわからないだろうが。やって駄目なら、できるまでやるだけだ」
その背中が、今はすごく頼もしかった。
『魔族』の追求する合理性とは真逆の台詞。それまでうすら笑いを浮かべていたフェイルですら、思わず怯んだ様子を見せてしまうほどの意思の強さ。
振り上げられ、振り下ろされる『切り拓く絆の魔剣』。
大きく後方に跳び下がり、回避するフェイル。鎧の金属音が聞こえないところからすれば、“虚無化”自体は一瞬でできるみたいなのに、なぜ避けたのか?
「どうした?斬れないんじゃなかったのかよ?」
その言葉に、返事もなく肩をすくめるフェイル。しかし、これまでの退廃的な印象と違い、純粋に何かを楽しんでいるかのような軽い仕草だ。
「貴様は、何者だ? ……いや、答えてもらう必要はない。それではつまらないからな。くくく、面白い。どうやら貴様は俺にとっての天敵のような存在だな。心理もまるで読み切れない。ここが退き時というわけか」
「逃がすと思うか?」
「認識できないものを追うことはできまい。それに、置き土産も用意してやる」
フェイルの言葉に、わたしは嫌な予感を覚える。先ほどから周囲を漂う『邪霊』たち。
不気味なのは、本来なら生きとし生けるものの天敵としての彼らが、わたしたちを前にして沈黙を続けていることだ。この場には妖術師系の【スキル】所持者もいないというのに、どうして彼らは襲いかかってこないのか?
わたしが今の姿になったのも、どこかに隠れているはずだった『魔族』の他に、周囲を漂う彼らにも備えてのことだった。元の姿のままでは、手持ちの【魔装兵器】『ディ・エルバの楯』なども、十全にその機能を発揮できないのだ。
「『邪霊』とは、精神体そのもの。それも、個にして全、全にして個である『精霊』と性質を同じくする存在だ。ゆえに、精神干渉によってこんなこともできる」
次の瞬間、『邪霊』たちの気配が消滅した。消滅して、そして再び現れた。
わたしたちの正面、フェイルの頭上の空間に、禍々しく凶悪な力の集合体として。
「くっ!」
わたしはとっさに懐から取り出した透明な石を放り投げる。もちろんただの石ではなく、爆弾型の【魔装兵器】である『ファーランの烈光』というものだ。そして、それは狙い通り、『アシュバの繭』に命中し、爆発した。
「遅い。先ほど俺が実体化した時点で、すでに準備は終わっている。何が起こるかは俺には想像もつかんが、まあ、その方が面白い。くくく、せいぜい『最高傑作』のスペックを見せてもらうとしよう。……実際のところ、俺は最大の『失敗作』だといわれている。つまり、俺がお前の犠牲者であること自体は真実だよ。それはよく、自覚してもらいたいものだな」
そんな言葉とともに、急速にフェイルの姿が掻き消えていく。
爆煙が晴れた後には、半壊した【生体魔装兵器】『アシュバの繭』があったけれど、フェイルの言うとおり、手遅れだったのだろう。
わたしたちの目の前に浮かぶ『邪霊』の集合体は、その禍々しさをますます強めていた。