第46話 木枯らし吹いた?/悪戦苦闘
-木枯らし吹いた?-
シャルちゃんからフィリスちゃんへ、それからまたシャルちゃんへ。
今回は随分めまぐるしく変わっちゃうから、うっかり抱きつき損ねちゃった。……と言うのは冗談だけど、どうしたんだろう?
どうも、フィリスちゃんはシャルちゃんなら、この状況をなんとかできると思っているみたいだけれど、よくわからない。
「シャル、なの?」
「うん、シリルお姉ちゃん。大丈夫、シャルに任せて」
シャルちゃんはそう言うと、自分の肩に止まっているガラスの小鳥に目を向けた。
あ、もしかして融合属性魔法?
「なにか、良い融合属性があるのか?」
「良く、はないですけど……」
ヴァリスの質問に答えるシャルちゃんは、これから使う【魔法】に自分で良い印象を持っていないみたい。
「まあ、とにかく、手段があるのなら頼むよ。結界があるから安心していたのに、まさか『精霊の森』の中がこんなに酷い状態になるなんて……。一刻も早く、元の美しい森に戻さないと……」
レイフォンくんは綺麗な顔を苦しそうに歪ませている。やっぱり『妖精族』にとっては、森は大切な故郷だものね。もちろん、あたしたちにとっても大事な場所には違いないけど。
「シリルお姉ちゃん。火属性の【魔法】を使ってくれる?」
「え? ああ、いいわよ」
シリルちゃんは荷物から赤い宝玉のついた【魔導の杖】を取り出すと、小さい火を生み出すだけの初級魔法を発動させる。やっぱり、フィリスちゃんでもない限り、森の中で火属性の【精霊魔法】を使うにはこういう「きっかけ」が必要なんだね。
シャルちゃんはそれを見て、『融和する無色の双翼』を手に乗せて目を瞑る。
「じゃあ、行きます……」
シャルちゃんがそう言うと、ガラスの小鳥に色がつきはじめた。最初は緑、それから赤がそれに混じる。
〈乾いた風は古き命の終わりを告げる〉
《枯渇》
言葉とともに、緑と赤の光を灯した小鳥が宙を舞い、あたしたちの周りに光の粉をまき散らす。けれど、大きな変化は起こらない。
「えっと、これで大丈夫なの? シャルちゃん」
髪や瞳を赤と緑が入り混じったような色に変え、一仕事終えたみたいな顔をしているシャルちゃんに、あたしは訊いてみる。
「はい。もう大丈夫です。これで植物に襲われないで進めます。行きましょう」
「って、言われてもなあ」
ルシアくんも腑に落ちない顔で首を傾げている。うーん、あたしにもシャルちゃんには自信がありそうだということ以外、わからないなあ。
「大丈夫よ。さあ、行きましょ?」
一方のシリルちゃんには、例のごとく一目「見た」だけで、これがどんな【魔法】なのかわかったみたい。
あたしたちはゆっくりと歩き出す。すると、頭上を緑と赤の光の粉をまき散らしながら舞う『融和する無色の双翼』もあたしたちの動きに合わせてついてきた。
「うわ、なんだこれ……」
先頭を行くシャルちゃんと並んで歩くレイフォンくんが指差す方向をみると、そこにはザワザワと蠢く植物のモンスターらしきものがびっしりと生えている。
「シャ、シャルちゃん。ほんとにこっちへ行くの?」
「はい」
シャルちゃんは少し緊張した声で短く返事をした。そして、あたしたちが一定の距離まで近づくと、突然、鋭い刺を生やした枝をゆらゆらと振りまわしていた一本の木が、それをこちらに振り下ろしてきた。
「きゃ!」
あたしは、その迫力に思わず叫ぶ。ただの植物が敵意を持って襲いかかってくるのが、こんなに怖いなんて思わなかった。そこにはただ、殺意だけがある。
一体、どうして? 何がそんなにも、憎いというの?
生き物が、世界が、全てが、憎い、にくい、ニクイ……。
自我をほとんど感じさせない分だけ純粋な憎悪が、そこにはあった。
けれど、その枝はあたしたちの周囲を覆う光の粉に触れた途端、シュウシュウと空気が抜けるみたいな音をたてながら枯れていく。そして、枯れながらも接近するその枝をヴァリスが軽く手ではじくと、あっけなく粉々に砕け散ってしまう。
足元を見ればあたしたちの進む先に生えている草花が次々と萎れ、枯れていくのが目に見えて分かる。
「風と火の融合属性《枯渇》。十分に成長して役割を終えた生物は、やがて衰え、そして枯れ果てていく。そんなところかしら。地と水の融合属性《成長》とは真逆の性質になっているとも言えるわね」
シリルちゃんがそんな風に解説してくれた。
「植物を枯らしちゃう【魔法】ってこと?なんだか木枯らしみたいだね」
「ふふ、そんなに単純なものじゃないわよ。生命力そのものを枯渇させているわけだから、植物じゃなくても衰弱、ないしは弱体化させるぐらいの効力はあるはずよ」
シリルちゃんはあたしの表現がおかしかったのか、くすくす笑っている。最近のシリルちゃんは、よく笑うようになったなあと思う。
「凄いじゃないかシャル。やっぱり君は奇跡の子だよ」
「そんなんじゃないです。やめてください」
先頭を歩くシャルちゃんとレイフォンくんはそんな会話を続けている。少しは打ち解けてきたのかな?
「いや、今のはへりくだったわけじゃなくて……、うーん、難しいな」
慌てたように言い繕うレイフォンくん。二度もあんな目にあえば、懲りちゃうよね。
「レイフォンくん。大丈夫だよ。今のは面と向かって褒められて照れてるだけだから」
あたしはそんなレイフォンくんに近づき、そっと耳打ちしてあげた。それで、レイフォンくんは、ようやくほっとしたような顔をする。
「にしても、『迷い』の結界ってどんな仕組みなんだ?『妖精族』の【精霊魔法】がどんなものだか知らないけど、こんなことできるものなのか?」
「『精霊の森』は特殊な造りをしているんだ。そもそも、山頂の森なんて珍しいだろう?」
「ああ、そうみたいだな。山全体が森ってわけでもないし、そこに秘密があるのか?」
「そのとおり。時間とともに地形が変わっているのは、地属性の【精霊魔法】によって地面が動いているからなんだ」
「地面が動くって、何も感じないぞ?」
ルシアくんは足元の地面を確かめるように踏みならし、不思議そうに首をひねる。レイフォンくんはそれに対し、得意げに胸を張って解説を始める。
「地面は複数の部分に分かれていて、侵入者が乗っていない周囲の地面だけが動く仕組みなんだ。まあ、実際には風や森の枝葉を利用した錯覚なり幻覚なりも使われているから、そんなに簡単じゃないけど、分かりやすく言えばね」
「ふうん。……原理的には【ヒャクド】の野郎がやってた『国替え』に近いのかもな」
「?」
今度はレイフォンくんが首を傾げる番だった。時々ルシアくんは元いた世界のことを持ち出すみたいで、あたしたちにはわからない言葉を使うことがあるんだよね。
ただ、【ヒャクド】というのが何なのかまではわからないけれど、その言葉を口にした際のルシアくんには、一瞬だけど苦痛と憎しみが織り交ざった感情が垣間見えた。
もう森の中に入って随分と時間が経ったけど、周囲の植物が相変わらずガサガサと音をたてて時折こちらに迫ってくる以外、特に大きな変化はなかった。
植物モンスターは小さいものならシャルちゃんの《枯渇》の力でそのまま枯れちゃうし、大きいものでも素手で簡単に壊せるくらいまでボロボロになってしまうので、道中はあっという間だった。
そう、あと少しで『創世霊樹』の根元だというところで、植物じゃないモンスターが姿を現すまでは。
「嘘だろう! あり得ない! 信じられない! どうしてだよ! なんでこんな! こんな、こんな、こんなことが! くそ! ちくしょう!」
レイフォンくんは動揺のあまり、支離滅裂なことを叫んでいる。
今、あたしたちの目の前にいるのは、五人ほどの人影、……ううん、五体のモンスター。
あたしの【スキル】“真実の審判者”で読み取れる情報は、彼らがギルドのランクでは集団認定Aランクモンスターに分類される『グレイシャーマン』と呼ばれるものであること、そして彼らの生誕地がここ、『精霊の森』であり、まだ生まれてから数か月も経っていないことなどだった。
けれど、彼らの着ている衣服や持ち物などはすべて、レイフォンくんにとっては見間違えようもない、『妖精族』の仲間のもの……。
「生まれたばかり? ……モンスターへの変異は【転生】と同義なのかしら?」
シリルちゃんが手首につけたブレスレット型【魔装兵器】『ディ・エルバの楯』を発動させながら呟く。そう、あたしが見た限り、彼らはここで生まれたはず。でも彼らは、『妖精の森』の『妖精族』なんだ。
『グレイシャーマン』は灰色の髪に赤黒い肌、鋭い爪と牙を生やした人型のモンスターで、俊敏な動きと掌から不可視の衝撃波を繰り出す特殊能力を持っている。
今はシャルちゃんが《凝固》で造った空気の壁を楯に防戦を続けているけれど、この前の『ヘルリザード』なんかよりかなり手強くて、空気の壁が展開しきれない方向に回り込んでくるような知能まである。
でも、なにより戦いにくいのは、牙の存在や髪の色、肌の色などの違いはあれど、彼らには、レイフォンくんの仲間だった頃の面影が残ってしまっているという点だった……。
-悪戦苦闘-
奇襲同然の攻撃を受け、我らは不利な状況に立たされていた。
本来であれば我の持つ【種族特性】“超感覚”により、敵の奇襲攻撃など受ける前に感知できるはずなのだが、今回ばかりは勝手が違った。
なにしろ森の中にあるほとんどの植物がモンスターと化しているのだ。そのあまりの多さに『グレイシャーマン』の接近自体が紛れてしまっていた。
初撃の衝撃波攻撃こそシリルの【魔装兵器】『ディ・エルバの楯』が辛うじて防いだものの、モンスターとは思えぬ連携の取れた動きで、二体ほどがこちらの背後に回り込む。
「く! 囲まれたか。シリルとシャルは内側に下がれ。前の三体は我が相手をする!」
我は全身に耐打撃用“竜気功”『流体の鱗』を纏い、赤く輝く瞳でこちらを睨みつけてきている三体の『グレイシャーマン』に向けて突進する。
突進を受けた三体は左右に散開して避けようとするが、反応の遅かった一体に狙いを定め、気を込めた拳を繰り出す。回避の動きを先読みした、確実に命中する間合いの一撃。
「ぐお!」
しかし、我の身体は右側からの強い衝撃に大きく揺らぎ、攻撃を命中させることはできなかった。右へ散開したはずの一体が衝撃波を放ってきたのだ。
以前相手をした『ヘルリザード』より高度な連携だ。気功による防御がなければ、今の一撃でかなりのダメージを受けていただろう。
続く攻撃を避けるため、我は大きく後ろに跳び下がるが、まるでその動きを読んでいたかのように、先ほど攻撃を当て損ねた『グレイシャーマン』が追撃をしかけてくる。
まずい!体重が後方に傾いているこの姿勢では、対応ができない。奴は衝撃波では我に大したダメージを与えられないと気付いたのか、鋭い爪を振りかざしてきた。
〈ゴガァ!〉
しかし、すんでのところで見えない壁にでもぶつかったかのように後方に弾き飛ばされる『グレイシャーマン』。
「ヴァリス! 下がって! シャルが《凝固》で壁をつくるわ!」
「承知!」
どうやらシャルが空気の壁を作ってくれたようだ。《枯渇》の力では離れた間合いから衝撃波を放つ『グレイシャーマン』たちには効果が薄いため、切り替えたのだろう。
しかし、聞いたところによればシャルの《凝固》は目に見える範囲にしか作用させられないらしい。つまり、前方以外は無防備なままだ。
我は瞬時にそれを判断すると、後方へ振り向く。すると、そこには何かを叫ぶレイフォンの姿があった。
「おい!お前、セドルなんだろう? そっちはアンリか? どうしてしまったんだよ、お前たち!」
「レイフォン! 何やってるんだ! 危ないだろうが!」
茫然と立ちつくしたまま叫ぶレイフォンの傍で、ルシアが剣を振るっている。どうやら敵の放った衝撃波まで『斬り散らして』いるようだ。つくづく非常識な【魔鍵】だが、問題はレイフォンの様子だろう。
「一体、どうしたというのだ?」
「ヴァリス……、あのモンスター、レイフォンくんの仲間の人たちだったみたいなの!」
「なに?」
そうか。『グレイシャーマン』は妖魔に分類される。つまり、『妖精族』のなれの果てか。
だが、モンスターと化した以上、手心を加えてやる余裕などない。我はとっさに頭上を見上げると、今まさに落下してこようとする『グレイシャーマン』の足を掴み、手近な木に叩きつける。
先ほど前方にいたはずの三体のうちの一体だ。空気の壁の上を越えてきたか。だとすると、他の二体も何らかの方法で空気の壁を迂回してくるに違いない。我は素早く視線を周囲に走らせたが、乱戦状態のため、気配による敵の察知が難しい。
「だめ!」
今度はアリシアの声だ。声のする方を見れば、彼女はしっかりとシャルの身体を抱え込んでいる。回り込んできていた二体の攻撃を『拒絶する渇望の霊楯』の効果を使って防いだのだろう。
我は気功を足に込めて一気に加速すると、二人の元まで跳躍し、『グレイシャーマン』のうち、一体に回し蹴りを放つ。が、またも別の一体が横から放った衝撃波が我の身体をとらえたため、その蹴りは命中こそしたものの角度が甘く、軽く弾き飛ばすのが限界だった。
「うぐう!」
今度は足に気功を集中させ過ぎたためか、『流体の鱗』の効果が弱くなっていたらしい。我は思った以上のダメージを受けていた。
〈満ちる緑、鳥の歌声〉
《生命の賛歌》
「大丈夫ですか? ヴァリスさん」
「ああ、助かった」
シャルの【生命魔法】だ。我はシャルに礼の言葉を言いながらも、再びこちらに鉤爪を振りかざしてくる一体の攻撃を回避し、その腕をとって遠くへと投げ飛ばす。
とにかく間合いをあけなければ、不利な状況が続く。アリシアはともかく、守備に不安のある魔導師二人を五体のモンスターから守るのに前衛が我とルシアの二人ではかなり厳しい。と、そのとき。
〈我が拳に鋼鉄の加護を〉
「ちくしょう、やめろ! みんな! 正気に戻れ!」
レイフォンは手にしたレイピアを腰にしまうと、金属色を帯びた拳で『グレイシャーマン』たちに殴りかかった。どうやら拳に地属性を纏わせての攻撃のようだが、素早い動きが特徴のモンスターに対しては有効な手段とはいえない。
案の定、繰り出した拳はあっさりとかわされ、爪による一撃がレイフォンの身体に迫る。
「そんなものが効くか!」
怒りに任せた声で叫ぶレイフォンに命中した爪の一撃は、しかし、甲高い音を立てて跳ね返される。鋼鉄と化したのは拳だけではなかったようだ。
そして、そのまま戦況は膠着状態に陥っていた。
敵はAランクとはいえ所詮は集団認定レベルでしかない。最初の不意打ちを防ぐことができた以上、本気を出せば勝てない相手ではない。しかし、相手が元『妖精族』でレイフォンの知人であると思うと、「手加減はできない」と割り切っていたはずの我でさえ、無意識のうちに致命的な攻撃を行うのを避けてしまうのだ。
「くそ! どうにかならないのかよ」
恐らく一番戦いづらいのはルシアだろう。彼の武器はその攻撃力の高さから、相手に致命傷を負わせる可能性が高いものだ。そのためか、もっぱら敵が放つ衝撃波を斬り裂くことに専念しているらしい。
しかし、なぜあんなことができる? 衝撃波を斬り『散らす』という原理も不可解だが、不可視の衝撃波をどう感知しているのか?
「勘だよ、勘!」
我の問いかけにやけくそ気味に答えるルシア。それもまた、天性の才能というものか…。
「みんな!こっちへ下がって!」
そこでようやく、シリルの声がする。構築している【魔法陣】が闇属性だったのは見てとれたが、その大きさからして禁術級というほどではない。だとすれば【闇属性禁術級適性スキル】“黄昏の闇姫”を持つシリルにしては、時間がかかり過ぎているような気もする。
〈束縛するは闇の鎖。訪れ来たる凶兆の魔手はすべてを奪う〉
《強欲の縛鎖牢》!
声とともに、見覚えのある【魔法】が発動する。確かこれは、かつて『ゴブリン』の群れを文字通り『喰い散らかした』上級魔法だ。……いや、アレンジ版か?
あのときと同じく虚空に唐突に出現した暗黒の球体。そこから伸びる無数の闇色の鎖。
しかし、『ゴブリン』などよりはるかに素早い『グレイシャーマン』たちは、俊敏な動きで難なくその鎖を回避する。いや、回避しようとした。ところが、その動きがガクンと止まり、その隙に鎖が彼らの身体をぐるぐる巻きに拘束する。
いつの間にか、周囲には再び赤と緑の入り混じった光の粉が舞っていた。
なるほど、《枯渇》の効果で瞬間的に脱力させたのか。こんな使い方まであるとは…。
恐らくこれで決着はつくだろうが、シリルもよりによってレイフォンの目の前で、残酷な【魔法】を選んだものだ。そう思いながらも、我の心は別の感情に支配されていた。
シリルの【魔法】の力は、こうした戦闘における確実な決定打となっている。
シャルの【精霊魔法】もまた、攻撃系、支援系の能力として高い汎用性を備えている。
ルシアの【魔鍵】の攻撃能力の高さは言うに及ばず、アリシアの【オリジナルスキル】の有用性や【魔鍵】の防御性能はパーティに欠かせないものとなっているだろう。
ひるがえって、我はどうか。前線において戦線を支える役割を自らに課してはいるが、集団が相手となると仲間を守りきることができない。どころか、打撃の効かない性質の敵が現れれば、ルシアに任せるしかないのだ。なんとも、情けないではないか。
やはり、我のような“竜気功”による身体強化に頼る戦い方には、どうしても限界があるのだろうか?