第43話 精霊騎士団/妖精との盟約
-精霊騎士団-
実際の『妖精族』に会ってみると、やはり俺が持っている妖精のイメージとは、全然かけ離れたものだったな。まあ、『ゴブリン』みたいな奴じゃないのはまだ良かったけれど。
俺はそんなことを思いながら、しげしげと目の前の『妖精族』、レイフォンを見る。
白い長髪に尖った耳。目つきは多少鋭すぎる感じがするが、かなり整った顔立ちをしている。見た目はかなり若そうで、せいぜい十代後半と言ったところだろうか?
動きやすそうな緑色を基調とした衣服を身にまとい、腰には細かい装飾の施されたレイピアを差している。
「気色悪いな。男のくせに僕のことをジロジロ見るな。いくら美しく見えるからと言って、僕には同性愛の趣味はないぞ」
口調は生意気盛りの少年そのものだ。だが俺も大人なので、こんな憎まれ口に対し、いちいち本気になったりはしない。
ガキのたわごとなんて、軽く受け流してやるのが年長者(?)の義務ってものじゃないか。
「ん? 何か言ったか?」
「うわあ! な、なんだよこれ!? どうなってるんだ?」
怯えたように叫ぶレイフォン。肝っ玉の小さい奴だと言いたいところだが、まあ、自分の胸に剣が突き刺さってたりすれば、驚くのも無理はないだろうな。
こういう技術は、俺が向こうの世界にいる時に得意としていたものだ。でも、これはいくらなんでも出来過ぎだろうと思う。
相手に気付かれるよりも早く、相手に回避する暇すら与えることなく、武器を相手の身体に到達させる。言葉にすれば簡単だが、実際には油断している相手か、実力差のある相手じゃないと、そうそう上手くいくものじゃない。
それに、刺されて初めて相手が気付くなんていうのは、『技術』なんてレベルのものじゃない。恐らくは、召喚後の俺に備わっていたという奪取系【アドヴァンスドスキル】“影の盗賊”(相手に気付かれずに持ち物を奪う能力)が役に立ったということなのだろう。
この世界の【スキル】って奴はほんとに不思議だ。
【通常スキル】については、俺の世界でいう「才能」とまったく同じものだと思う。
でも、【アドヴァンスドスキル】や【エクストラスキル】は違う。
これらは「才能」というより「能力」そのものだ。確かに努力して磨く必要のある要素もあるが、それでもそもそもの出発点からして、まともな人間が本来持ち得る力を超えている気がする。
「おっと、動くなよ?手元が狂って、うっかりお前の身体を“斬心幻想”の斬撃対象に設定してしまいかねないからな」
コクコクと頷くレイフォン。俺の言っていることの意味はわからなくても、言いたいことは理解してくれたらしい。
まあ、俺の『切り拓く絆の魔剣』は、『斬らない』と認識したものに剣を突っこんだまま、『斬る』設定に切り替えることは出来ないから、手元が狂うなんてありえないんだけどな。
そして、俺はゆっくりと剣を引き抜く。
「な、なんだよ、今の。いつの間に刺されたんだ?っていうか、刺したのか?」
呆然としながら、傷一つない自分の胸元を見やるレイフォン。
「どいつもこいつも、人のことを幼女趣味だの同性愛者だの、好き勝手言いやがって……」
「どんなトラウマなの?」
ぶつぶつ独り言を言う俺を見て、アリシアがつぶやくのが聞こえる。ほっといてくれ。
「あなたも口のきき方には気を付けることね。こんなことを言うのもなんだけど、わたしのパーティにはわたし以外に気の長い人間はいないから」
ちょっと前にレイフォンの顔の脇に【魔導の杖】を突き立てたのは誰だったっけ?
レイフォンもそれを思い出してか(つまり「気の長い奴なんて一人もいない」ということを理解して)、再びコクコクと顔を頷かせている。ふむ。だいぶ素直になってきたな。
「どうやら『精霊騎士団』とやらが来たようだぞ。上空に気配がある」
上空だって? ヴァリスの言葉を訝しく思っていると、やがてバサバサという羽ばたきの音が響き、生い茂る枝葉の間を掻き分けるように降りてくる何体かの影があった。
「すごい……。本物の『グリフォン』だ……」
興奮に目を輝かせて言ったのは、いつの間にか『フィリス』と入れ替わっていたらしきシャルだ。言葉の発音が違うからすぐにわかる。
全部で7体のモンスター、いや『幻獣』か? とにかく巨大な鷲と獣を合わせたような姿をした飛行生物が背に数人の人を乗せて降下してきた。
「なあ、シャル。『グリフォン』って何だ?」
「知らないの?『グリフォン』はね、世界でも数少ない、『この世界』に留まることができた『幻獣』の子孫なんだよ。野生で見かけることはほとんどなくて、『妖精族』や人間に飼育されていることが多いみたいだけど」
さすがに小さい時から本を読んで過ごしてきただけあって、シャルは見た目以上に博識なようだ。
でも、俺に向かって得意げに語りながら胸を張っているところが、なんだか癪に障るんだよな。
後でちょっとだけ意地悪してやろうかな? なんて益体もないことを考えていたら、アリシアにこつんと叩かれた。うむ、やっぱりバレたか。
「我らが母なる『精霊騎士団』のみんな。呼び掛けに応え、よく来てくれたね」
と、レイフォンが別人のように威厳を込めた声で『グリフォン』の背から降り立つ彼ら、……いや彼女らに呼び掛ける。
そう、騎士団とは言っても、降りてきた『騎士』たちは全員が女性だった。鎧はほとんど身につけておらず、緑を基調とした騎士服だけを身に纏っているので、凛々しい印象こそあるが、前に見た聖騎士団のように武骨な感じはまったくしない。
それと、これは重要な情報だが、降りてきた十数人の女性全員がかなりの美形なのだ。
「ルシアくん、鼻の下が伸びてるよ……」
「伸びてない!」
アリシアの言葉を必死で否定する俺。その手の話になるとシリルから【魔導の杖】の一撃が飛んでくることが多いのだ。今回はそんなことにはならなかったが、気付けば、やってきた女性たち全員がレイフォンの前に並び、恭しく敬礼をしているのが目に入った。
「わたくしたちの父たる『妖精族』との盟約です。当然でございましょう」
先頭に立つ金の髪を緩やかに波打たせた女性がレイフォンの歓迎の言葉に応えている。その目には尊敬の光が宿っているようで、ますます意外な感じがする。
「それで、『世界樹』を密伐しようとした愚か者はそちらの者どもですか?」
その女性は鋭い視線で俺の方を睨みつけてきた。うお、怖い。でも、美人に睨みつけられるのも悪くないな、なんて……。
「ルシアくんって……」
何も言わないでください、アリシアさん! 言葉に出さずに心でお願いする俺。
「……後で何かおごってね」
なんとか事なきを得たようだ。
「いや、違うんだ。ルフィール。彼らはたまたま居合わせた協力者だよ。密伐者はそっちで転がっている連中だ」
「そうでしたか。それは失礼をしました。……密伐者どもを連れていきなさい!」
ルフィールと呼ばれた彼女が、鋭い声で周囲の部下らしき女性たちに命じると、密伐者たちは次々と『グリフォン』の上に乗せられ、運ばれていく。
そして、密伐者全員が運ばれた後には、一体の『グリフォン』とその背に乗っていたルフィール、それに部下の女性二人だけが残った。
「申し遅れました、わたくしエルフォレスト精霊王国の『精霊騎士団』所属、第1部隊長ルフィール・シャ-リーウッドと申します。このたびは、レイフォン殿を助けてくださったとのこと、誠にありがとうございます」
ルフィールは礼儀正しく頭を下げてくる。うん。どこかの生意気な小僧とは大違いだ。
「居合わせただけよ。助けてなんかいないわ。わたしたちは冒険者。ギルドを通して『霊草エクサ』の採取任務を受けてここに来ただけ。……目的の草も見つかったし、もう行くわ」
そう言えば、シリルの手には緑色の草が握られている。何の変哲もない草に見えるが、いつの間に採取したんだろう?
「『霊草エクサ』ですか? よく見分けられましたね。地元の人間でも判別は困難なはずなのですが……」
ルフィールは驚いた顔をしている。
「もういいでしょ?じゃあね」
何故かシリルはかなり不機嫌な様子だ。一刻も早くこの場を去りたい。そんな感じだ。
「あ、せめてお名前だけでもお教えいただけないでしょうか?」
まあ、ルフィールはあんなに礼儀正しく名乗ったのに、名前も告げずに立ち去るのも失礼ってものだろう。当然の質問と思ったが、シリルは何やら答えるのを渋っているようだ。
「……はあ、仕方ないわね。わたしは、シリル・マギウス・ティアルーン。それからこっちは、……」
と、今度は矢継ぎ早に俺たち全員の紹介を始めるシリル。
だが、ルフィールの視線はシリルに留まったままだ。
「ひょっとして、あなたは、『氷の闇姫』でいらっしゃいますか?」
「その通り名は嫌いなのよ」
「すみません。『精霊騎士団』の間でも、召喚系【エクストラスキル】“血の契約者”を持つ冒険者である貴女の御高名は常々聞き及んでいたところです。お会いできて光栄ですわ」
「おお、流石はAランクの冒険者。やっぱりシリルって有名人なんだな?」
「意味が違うのよ。少なくともこの国ではね……」
シリルは、項垂れるようにしてため息をついた。
-妖精との盟約-
ああ、やっぱりこうなったわね。運が悪いというか、巡り合わせが良くないというか、なんだかここ最近、こういうことが多い気がする。わたしの日ごろの行いが、悪いはずなんてないのに……。きっとルシアね。そうに違いないわ。
そんなわたしの胸中など露知らず、目の前の金髪美人は興奮気味の目でわたしを見つめてきている。
「“血の契約者”。素晴らしい【スキル】ですわ。わたくしども『精霊騎士団』にもそれほどの【スキル】を持つ者は数人しかおりませんのに……」
やめて!うっとりした目でわたしを見るのは、ほんとにやめて!
「なあ、シリル、どういうことなんだ?」
ルシアが訳が分からないと言った顔で訊いてくる。
ああ、もう! 説明しないで済ませられればいいのに。
「『精霊騎士団』はね、エルフォレスト精霊王国の騎士団の中でも、召喚系【スキル】を持つ者しか入れない特殊な組織なの。逆にいえば、そういう素質のある人材を集めているとも言えるわね」
「はい、そのとおりです。その点、最高ランクの素質を持ったシリル様なら、我が騎士団に喜んで迎えさせて頂きたいところなのですが……」
「おお、すごいじゃないか。一国の騎士団にスカウトされるなんて、エイミアみたいだ」
「嫌よ。以前も勧誘されて断ったことがあるのだから、勘弁してよね」
わたしは、ルシアの言葉に多少むっとしたけれど、知らないのだから仕方がないかな。
「もし、騎士団が駄目ならせめて子作りだけでもいかがでしょう?そうです!ちょうど、こちらのレイフォン殿は『華麗なる風水使い』とまで呼ばれる【精霊魔法】の使い手なんですから、シリル様とのお子なら、男女どちらにしても素晴らしい素質を持って生まれてくるに違いありませんわ!」
「こ、子作り!!」
ルシアの驚愕の声が森に木霊する。アリシアは何を感じたのか、くつくつと笑っているし、シャルも驚いてわたしの顔を見上げてくるしで、わたしの頭の中は真っ白になった。
「ぬお!待て、止せ!何をするつもりだ、貴様は!」
ヴァリスがわたしの身体を羽交い締めにする。けれど、意識があれば関係ない。
今、わたしの目の前には、直径数メートルはあろうかという巨大な白い【魔法陣】と、それより小さめ、と言っても十分大きい二つの黒い【魔法陣】が宙に浮かんで回転している。
「あれ?」
呟いてわたしは、その【魔法陣】を消去する。
「シ、シリル様? い、一体何が……」
ルフィールが真っ青な顔でわたしを見る。その目は恐怖におびえ、半分涙さえ浮かべているように見えた。気付けば、他の二人の騎士団員の女性はおろか、『グリフォン』までもが怯えきった瞳でわたしを見ている。
「……ああ、ごめんなさい。いきなり初対面で誰それの子供を産めだとか、信じられない台詞を聞いたショックで、思わずこの森一帯を焦土にしてしまうところだったわ」
自分の口から洩れている言葉らしきものが、どんな意味を成しているのか、いまだにはっきりと認識できない。ただ、わたしの言葉を受けて周囲の皆が唾を飲み込んだ音だけは、はっきりと聞こえた。
「い、今のって、禁術級闇魔法の【魔法陣】よね?」
「う、うん。一瞬でそれとわかるレベルまで【魔法陣】が完成するとか、信じられない…」
女性騎士たちが小声で会話を交わし合っているのが聞こえる。
しかし、ルフィールはわたしの言ったことが良くわかっていないみたいだった。
「あ、あの、何が御不満なのでしょうか?王国は素質ある女性と『妖精族』との婚姻には莫大な奨励金を出してくださいますし、レイフォン殿もこのとおり、お美しい方です。何より尊き『妖精族』の子を産むことは、王国の全女性の憧れですのに……」
「……それ以上言ったら、ほんとにやるわよ?」
「あ、も、申し訳ございません!」
わたしの声に込められた本気の度合いを察したのか、慌てて謝罪するルフィール。
「な、なあ、話がさっぱり分からないぞ?」
この状況でわたしに質問できるルシアって、度胸があると言うかなんというか。
「ヴァリス、もう大丈夫だから、離してくれる?」
まず、いまだにわたしを羽交い締めにしているヴァリスに呼びかける。すると彼はすぐにわたしを解放してくれたけど、安堵したように大きく息を吐くのが聞こえた。よっぽど緊張していたみたいね。
「わたしには、まったくもって、欠片たりとも理解できないし、関わりたくもない話なんだけど、この国ではね、召喚系の素質がある女性と『妖精族』を結婚させて、素質ある子供をつくるって風習があるの」
「え?『妖精族』と人間の間に子供ってできんの?」
「ええ。『妖精族』や『魔族』って実は、肉体的には人間とそんなに違わないのよ。ただし、『妖精族』と人間との間に生まれてくる子はなぜか、男なら『妖精族』、女なら召喚系の【スキル】持ちの人間になるらしいわ」
「はい。そうして生まれてきた人間の女性は『精霊騎士団』に所属し、『妖精族』は【聖地】を護る『妖精族』の戦士となるのです」
わたしの言葉を引き継いで、説明を続けるルフィール。その声は、自分がその『精霊騎士団』の一員であることを誇りに思う気持ちにあふれているようだった。
「なるほどな。それで騎士団員の女性たちは美形ぞろいなんだな。うんうん」
ルシアの言葉に、面と向かって美形と言われた形になった女性三人は、はにかんだような笑みを浮かべる。ルシアはわたしと目が合うと、「しまった」と言うような顔をした。
……よし、なんだかとっても不愉快だから、後で酷い目にあわせよう。
「まあ、実際のところ、『妖精族』には女性が産まれない状態が続いているらしいから、一概に否定してばかりはいられない風習なのかもしれないけれど」
「なぜ、否定するところから始まるんですか?」
なおも、不思議そうな顔をするルフィール。これが、文化の違いというものだろうか?
「それで、母なる『精霊騎士団』とか、父たる『妖精族』とか呼び合っているんだね」
今の話を理解したらしいアリシアが口を挟んでくる。けれど、何故だかその顔には怪訝な表情も浮かんでいるみたいだ。
アリシアはともかく、教育上、あまりシャルには聞かせたくない話だったのだけど。
シャル? ……そうだった。もっと心配なことがあるんだった。
「じゃあ、とにかく、わたしたちはこれで! みんな、行くわよ!」
わたしは急いでそう言うと、シャルの手を取ってその場を去ろうとした。
しかし、そこへ割り込む別の声。
「待ってくれたまえ。僕の話が終わっていない。ルフィール、君も聞いてくれ。そこの彼女、シャルはその身に『完全なる精霊』を宿す奇跡の存在だ! このまま行かせるわけにはいかない。我々には彼女の力が必要なんだ!」
「『完全なる精霊』ですか? しかし、本当にそんなものが……」
「僕が見たんだ。間違いない。彼女がいれば、『アレ』もなんとか出来るかもしれないんだ」
「そう、ですか……」
瞬間、周囲の気配が変わった。
「申し訳ありませんが、我々に御同行いただけませんか?」
「お断りよ。シャルを子作りの道具に使おうったってそうはいかないわ」
「いえ、そんなことはいたしません」
「この状況で信じろっていうの? 無茶言わないで。できるわけないでしょ」
わたしは呆れたように肩をすくめた。
なぜなら、周囲には騎士三人が召喚した『精霊』たちが宙に浮かび、背後ではそれまで寝そべっていた『グリフォン』までもが戦闘態勢をとっており、退路は完全に断たれていたのだから。