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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第5章 精霊の国と歪む世界
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第42話 ファースト・コンタクト/ワースト・インプレッション

     -ファースト・コンタクト-


 上手くいって良かった。

 属性融合については、これまでたくさん練習していたけれど(ルシアと剣の稽古をする時の剣も《凝固(ソリッド)》で作ったものだったけれど)、実戦で使うのは初めて。

 《凝固(ソリッド)》は空気や水や炎みたいな形のないものを固めてしまう力なんだけど、自分でもこんなにもたくさんの水を固められるとは思わなかったので、びっくりです。

 でも、もっとびっくりしたのは固めた水の上に現れた男(?)の人の姿。

 足元の「固い水」が珍しいのか、何度も踏んづけては感触を確かめているみたいだけれど、髪は真っ白だし、耳も尖っているしで、お伽話で呼んだ『妖精族』そのものです。

 生でその姿を見ることができるなんて、すごく感動しました。


 でも……。


「おい、そこの緑髪のチビ。今【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)使ったの、お前だろう? なぜ密伐者なんかといる?」


「……!!」 


 チビ、チビ、チビ、ちび、ちび! わたしが今、一番言われたくない台詞を言われた…。


「返事をしろ。僕の言葉、聞こえてるだろう? ってうわあ!」


 《凝固(ソリッド)》を解いてあげました。もちろん、向こうに水が流れるように制御したけれど。

 ずぶ濡れになって尻もちをついているその人に、ずんずんと距離を詰めていくわたし。

 ……いけない。ここまで自分の気持ちが抑えられないのは、初めてです。


「え? えっと……」


「わたしは、チビじゃありません。訂正してください。撤回してください。謝罪してください」


「いや、どうしたんだ突然? 僕たちの仲間じゃないのか? その割には、みょうちくりんな恰好みたいだけど」


「……」


 …………みょうちくりん?


 なんですか、それは?

 わたしの中で、……何かが切れた音がしました。


「う、うわあ! 嘘だろう? なんだこの速さ!? ぐぎゅ!」


「ちょ、シャル、お前、落ち着けって!」


 ルシアに肩を掴まれて、わたしははっと我に返る。

 気が付けば、なぜか首だけを残して地面に埋まっている『妖精族』の人の姿が目の前にありました。


 それから……。

 

「つまり、わたしたちをさっきの連中の仲間だと思って、ついでに攻撃してきたというわけね?」


「わ、分かってくれたようで、よかった。じゃあ、さっそく……」


「で、あなた名前は?」


「名前ってそれより……、ああ!わかったよ。僕の名前はレイフォン・レイヴンウッド」


「で、レイフォン。あなたが次に何をしなくちゃいけないか、わかる?」


 シリルお姉ちゃんは、レイフォンさんを冷たく見下ろしながら質問する。


「いや、ええっと、……ごめんなさい?」


「謝る相手が違うでしょう?あなたは仮にもレディに向かって酷い事を言ったのよ?少しは自覚したらどうなの?」


「レディっていったいどこに……。って、はい! わかりました! 謝ります!チビとかいってごめんなさい!」


 シリルお姉ちゃんに睨み付けられたレイフォンさんは、うんうんと首だけを頷かせ、わたしに向かって必死に謝罪の言葉を口にする。

 

 そう、いまだに彼の身体は、首から下が地面に埋まったままになっているのです。

 わたしが無意識のうちに地属性の【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)を使ってやってしまったみたいでした。


「そっちは別にいいです。よくはないけど、……もっと許せないのは、服のこと。シリルお姉ちゃんとアリシアさんに選んでもらった服を馬鹿にしたことだから」


 二人とも可愛いって言ってくれて、わたしも気に入っているこの服のことを馬鹿にされて、わたしは頭が真っ白になってしまった。


「あ、ああ、いや、そうじゃないんだ。その、てっきり同じ『妖精族』だと思ったから。なのに、耳も尖っていないし、髪の色も違うからな。だから、その、服のことじゃない。

その服自体はむしろ、とっても可愛いじゃないか」


「え?」


 うう、そんなふうに褒められると今度は逆に恥ずかしい……。

 

 ……ザク!


「ひい!!」


 レイフォンさんの顔のすぐ横の地面に、【魔導の杖(スタッフ)】が突き刺さっていました。

 シリルお姉ちゃんが、すごく怖い顔してる……。


「なにを首から上だけの分際で、シャルを口説いてるのよ、あんたは」


「く、首から上だけの分際って、僕だって好きでこうなったわけじゃ……」


 自分の境遇を改めて認識し、落ち込んだ顔をしているレイフォンさん。さすがに、ちょっと可哀そうなので、地面から出してあげることにしました。


「よかったの? シャル」


「うん」


「ああ、助かった。ありがとう、ええっと、シャル?」


 レイフォンさんは、服に付いた土汚れを払い落しながらお礼の言葉をかけてきました。特に白い髪に付いた汚れは目立つので、念入りに払い落しているようです。


「はい。シャル・エンデスバッハです」


「ふうん。どうみても同族じゃないな。それに、いくら『世界樹』の傍だからって、【印】も結ばずに【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)を使えるはずもないし、そもそも水を凍らせずに固めるなんてどうやったらできるんだ?」


「あの、ええっと……」


 どうやって説明したらいいんでしょうか? わたしの中の『フィリス』のことも、【魔鍵】『融和する無色の双翼マーセル・アリオス・クライン』のことも、口で説明するには難しすぎます。


「それは後。そもそもこいつらは、一体何なの?」


 シリルお姉ちゃんがそう言って指さしたのは、気絶して倒れているところをルシアとヴァリスさんの二人にロープでぐるぐる巻きにされた冒険者らしき人たちです。


「密伐者だよ。まったく、こういう人間の愚かさにはあきれるばかりだ。『世界樹』の重要性を知らないはずはないだろうにね。『樹皮を剥ぐぐらい、枝を切り落とすぐらい、いいだろう』とは恐れ入る。それこそ、生皮を剥いで腕を切り落としでもしてやれば、自分の言ってることの愚かさの一割でも理解できるんじゃないか?」


 レイフォンさんは、気絶した冒険者たちを睨みつけながら吐き捨てるように言いました。

 なんでも、『世界樹』は属性の親和力を高める力に優れていて、魔法発動時間の大幅な短縮や属性魔法の強化が可能となる優秀な【魔法具】の材料になるので、裏では高値で取引されるらしいのです。

 でも当然、『世界樹』を切れば世界を滅ぼしかねないわけで、国際的にも密伐は禁止されているはずなんです。


「じゃあ、こいつらは犯罪者なわけだ。どうする?役所にでも突き出すか?」


「無理ね。証拠はないし、役所でしらを切られればどうしようもないわ。まあ、わたしたちの目的は『霊草エクサ』なのだから、見つけたらさっさと帰りましょう」


「でも、じゃあ、こいつら野放しにするのか?」


「なら、『殺す』?」


「……」


 シリルお姉ちゃんの過激な言葉に、ルシアがぐっと押し黙る。


「その必要はない。僕らとエルフォレスト精霊王国の間には、盟約が結ばれている。少し前に僕が発した信号を受けて、もうすぐここに『精霊騎士団』が来ることになっているんだ」


「なるほど。じゃあ、安心だな」


 レイフォンさんの言葉にほっとしたような顔をするルシア。ただ、シリルお姉ちゃんは浮かない顔をしています。


「そう、君たちも一応、取り調べを受けてもらうことになる。君たちが本当に密伐者でないかどうかはわからないんだからな」


「……わたしたちは、正規のギルドを通した依頼を受けているわ」


「その辺の話は、『精霊騎士団』にしてくれ。僕が知りたいのは、シャルの【魔法】のことだ。彼女が『精霊』に関係があるのは間違いないだろうけど、場合によっては、『精霊騎士団』には僕から取り計らってあげてもいい。教えてくれるかな?」


「援軍が来るからって、随分と強気になったものね。さっきまで土に埋まって泣きそうだったくせに」


「う、うるさい! それを言うな!」


 レイフォンさんは顔を真っ赤にして叫んでいます。冷静なタイプに見えて、意外とそうでもないみたい。プライドが高いんでしょうか?


「『精霊騎士団』の取り調べなんて、どうとでもなるけれど……だいたい、あなた【精霊紋】を知らないの?」


「なんだい、それは?」


 『妖精族』の間では、有名な話ではないみたいです。だとすると、ますます困りました。そのまま話しても、信じてくれるかどうか。どうやって、証明したらいいんでしょう?


 ……『フィリス』。そのものずばり、『精霊』であるもう一人のわたしなら、レイフォンさんを納得させられる話ができないでしょうか?

 わたしは、自分の心の中に問いかけてみることにしました。



     -ワースト・インプレッション-


〈ワタシが表に出た方が、いいの?〉


〈うん。お願い〉


〈そう……。じゃあ……〉


 そして、ワタシは数日ぶりに『シャル』の身体で意識を表面化させた。

 実体を持った身体を操るのには慣れなくて、『シャル』の中から世界を覗き見している時の方が実は楽だったりする。けれど、自分の言葉でみんなと会話ができるのは、それはそれで楽しいので、時々こうして表に出ることもある。

 それに今回は珍しく、『シャル』の方からワタシを頼ってくれたから。

 何をすればいいのかわからないけれど、頑張らないと。


「初めましテ、ワタシは『フィリス』といいマス」


 とりあえず、目の前にいる白髪の男性に挨拶をする。『フィリス』としては、初対面なので、挨拶はこれで良かったのだろうか?


「う……、う、う、う……」


「う?」


 やっぱり、何かまずかった? 確か、レイフォンと名乗ったその男性は、口を大きく開けたまま、二歩、三歩、後ずさりを始めた。


「う、う、嘘だろ! そんな馬鹿な!」


 突然、耳をつんざくような大声を上げるレイフォンさん。どうしたのだろう?


「『精霊』なのか? でも、こんな、なんでこの世界に? 召喚精霊でもないし、そもそもこんなに完全な形で? あり得ない……」


 ぶつぶつと言いながら、ワタシの顔をじっと見つめてくる様子は、鬼気迫るものがある。


「ほら、そんなに睨んだら『フィリス』が怖がるでしょう?」


 シリルお姉ちゃんはワタシとレイフォンさんの間に立ちはだかってくれた。

 やっぱり相変わらず、ワタシにも優しくしてくれるんだ。


「で、でも! これは何なんだ?」


「はいはい、説明するわ。まったく、『シャル』も前触れもなく『フィリス』と入れ替わることはないでしょうに。まあ、手間は省けるけどね」


 そんなことを言いながら、シリルお姉ちゃんはレイフォンさんに【精霊紋】についての説明を始めている。


「『フィリス』ちゃん! 久しぶり!」


「まだ、数日しか経っていないと思いマス」


 アリシアお姉ちゃんが遠慮なくワタシを抱き締めてくる。どうも、『シャル』には嫌がられることが多いせいか、ワタシに入れ替わった時をチャンスだと思っているみたいだ。

 『シャル』も本心では嫌がっているわけじゃないし、アリシアお姉ちゃんの【オリジナルスキル】“真実の審判者”なら、それもわかるはずなのだけれど、それでもめったに無理強いしないのがアリシアお姉ちゃんのいいところなのかもしれない。


「うりうり!」


 でも、いくらワタシが嫌がらないからって、頬ずりするとか、やりすぎだと思う……。


「そんなことが……。なら、僕は……」


「『精霊騎士団』に話をつけてくれる気になった? わたしたちも余計な時間は取られたくないしね」


 レイフォンさんは、シリルお姉ちゃんの言葉が聞こえないかのようにその脇を素通りすると、ワタシの目の前までやってきて、そのまま膝をついてワタシの手を取った。


「ああ、僕は、この日を夢見ておりました!信じられない……『完全なる精霊』。千年前に失われて久しいはずの伝説の存在を、まさかこの目で見ることができようとは。僕は『森の妖精族』のレイフォン・レイヴンウッド。ようこそ、祝福されし世界の愛娘よ!」


「え?」


 ワタシはあまりのことに、硬直して動くことができない。何を言っているのだろう? 

 彼は、熱情に潤んだ瞳でワタシを見上げ、ワタシの手の甲に向けて顔を近づけてくる。 


「な! ちょっと、あなた!」


 振り向いたシリルお姉ちゃんが、制止する声が聞こえる。


 ……うん、これは駄目だ。ワタシの中の『シャル』が全力で嫌がっている。

 つまりそれは、ワタシ自身が嫌がっているということ。……だって、嫌だもの。


「うわあ!なんだこれは!」


 ワタシが表に出ている時、基本的にはシャルの【スキル】や『融和する無色の双翼マーセル・アリオス・クライン』は使えない。けれど、今回のようにワタシとシャルの意識が強くシンクロした場合になら、話は別。だって、ワタシたちは、「二人で一人」なのだから。


「ふむ。戦闘には使えないと思っていた《成長(グロース)》の融合属性も、こんな使い道があったか」


 ヴァリスさんが空を見上げながら、感心したように言う。


「そんなこと言ってないで、早く降ろしてくれ!」


 ワタシたちの頭上から声がする。地と水の融合属性《成長(グロース)》によって地面から生えてきた無数の樹木。それがレイフォンさんの身体を絡めとり、空高く持ち上げてしまっていた。


「なるほど。やっぱり精霊の力が強い場所の方が融合属性の力も強くなるのね。慣れてきたせいもあるかもしれないけれど、初めの時とは植物の成長の度合いが桁違いだわ」


 シリルお姉ちゃんものんびりとした声でそんな感想を口にしている。


「よし、それじゃさっさと目的の『霊草エクサ』を見つけて帰るとしようぜ」


「うん、お腹もすいちゃったし、そうしよう!」


 ルシアとアリシアお姉ちゃんまで、すごく息の合ったコンビネーション(?)で調子を合わせてきた。


「いや、ほんとごめんなさい! 謝りますから降ろしてください!」


 頭上から聞こえてくる声は、悲痛な嘆願へと変化してきている。


「『フィリス』に不埒な真似をする奴には当然の罰よ」


「不埒なって、僕はただ、敬意を表そうと!」


 シリルお姉ちゃんの言葉に心外だと叫ぶレイフォンさん。


「だいたい、あんな【魔法】が使えるんなら、なんとかなるんじゃないか?」


「こんな縛られた態勢じゃ、【印】が結べないんだよ!」


 ルシアの疑問に対する返事からすると、レイフォンさんは手を使わないと【魔法】が使えないらしい。『妖精族』の【魔法】の特徴なのだろうか。


「仲間がいるんでしょ?助けてもらえばいいじゃない」


「駄目だ! 僕は仲間内では、『華麗なる風水使い』として通っているんだ! こんな無様なところを見せたら、僕は生きていけない!」


 その言葉に、みんながいっせいにため息をつく。『華麗なる』って、自分で言うものだろうか?


 それから……。


「うう、助かった。今日はなんて日なんだ。土に埋められたり、樹に絡まれて持ち上げられたり……」


「おいおい、さっきまでこの日を夢見てたって言ってたんじゃなかったか?」


 ルシアが呆れたように言うと、レイフォンさんは思い出したように目を輝かせた。


「そうだ! そうなんだよ。最長老様からお伽話で聞かされていた『完全なる精霊』が、目の前にいるんだ!」


 大きな声をあげてワタシを見るレイフォンさん。今度は何だろう?


「先ほどは申し訳ありませんでした。『完全なる精霊』よ。御無礼をお許しください」


 いまにも土下座せんばかりに頭を下げてくるレイフォンさん。

 やめてほしい。嫌だ。本当に嫌。

 頭を下げて、へりくだって、そんなことをされても嬉しくない。悲しくなるだけ。


「レイフォンさん。やめてあげて? シャルちゃんも、……フィリスちゃんも、そういうふうに偉い人扱いされるの、大嫌いなんだよ。だから、もう少し普通に接してあげてほしいな」


 ワタシたちの気持ちを察してくれたアリシアお姉ちゃんが指摘してくれたけど、レイフォンさんはきょとんとした顔をしている。


「何を言っているんだ。『妖精族』に生まれた者として、『精霊』に敬意を払うのは当然だろう? それに敬意を払われて嫌がるなんてこと、あるはずがない」


「もう!さっきの樹木の【魔法】だってそれが原因なんだよ?それとも、また木登りでもしてみたいの?」


「い、いや。そ、そうなのか?」


 頷くワタシ。身分の高い人扱いされるのは、トラウマみたいに嫌な思い出しかないから。

 

「でも、『完全なる精霊』なんだぞ?今の時代からしたら神様みたいな存在じゃないか」


 この人、本当に苦手だ。ワタシは神様なんかじゃないのに。

 内心でため息をつくと、ワタシは『シャル』と替わることにした。


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