第4話 旅に出よう!/初めての【魔法】
-旅に出よう!-
「二人の世界に浸ってないで、あたしにも説明してよ、どういうことなの?」
と、あたしから声をかけられた二人は、あわてたようにこちらに向き直った。
まさか、シリルちゃんが彼氏を連れてくるなんて!
と、まあ、冗談はさておき、あたしは改めて彼、『ルシア』を見た。“鑑定者”系の能力としては規格外の【オリジナルスキル】で、ざっと読みとれる内容は次のとおり。
氏名:ルシア・トライハイト
年齢:0歳 性別:男 種族:人間(?) 生誕地:ラズべルドの【聖地】
所有スキル:
【オリジナルスキル】
“混沌の導き”:確率を変動させる能力?
【エクストラスキル】
“剣聖”:剣士系最上級スキル。天才的な剣の才能がある。
【アドヴァンスドスキル】
“影の盗賊”:奪取系上級スキル。対象に気づかれずに持ち物を奪う才能がある。
【通常スキル】
なし
【種族特性】
“魔鍵適性者”:人間種族の共通スキル。
“転生者”:???
「って、ところなんだけど。これってつまり、シリルちゃんが【聖地】で召喚したってことよね?」
紙に情報を書き出しながら、説明する。
「ええ、流石ね。でも、この?ってなにかしら」
「う~ん。あたしにもはっきりと見えない部分があるって感じかな」
感覚的なものなので、あたしにもうまく説明できないけれど、「見えてはいるけど読み取れない」みたいな?
難しい文字を前にしたみたいな感覚。おそらく彼が、『異世界人』だからかな。
「まあ、わかるところの情報だけでも十分ね。よかったわ。この世界で、問題なく生きていけるわよ。ルシア」
なんだかシリルちゃん、まるで自分のことにように喜んでる。これはひょっとして、冗談じゃないのかも。
「う~ん。よくわからないけど、【オリジナルスキル】があるってことは、結構すごいことみたいだしな。ほっとしたよ」
「それもそうだけど、はっきりしない【オリジナルスキル】より、はっきりとわかるものがあるわ。【エクストラスキル】“剣聖”よ」
「“剣聖”?」
「ええ。剣士系最上級スキル。剣の扱いに関しては、いわば天才的な才能があるってこと。ろくに訓練しなくても、その辺の傭兵に勝てちゃうぐらいには強いんじゃないかしら?」
「本当かよ。俺、剣なんか持ったことないぜ?」
「まあ、この世界に【転生】したから授かった能力なんだろうし。……でも本当によかった。【転生】させちゃったうえに、ろくな【スキル】もなかったら、申し訳なさ過ぎだもの」
やっぱり、シリルちゃんは責任を感じているみたい。抱き合った時にわかったことだけれど、彼に対して、「凄く申し訳ない」とか、「力にならなきゃ」とか、そういう思いを感じた。
「そっか。でも、この“影の盗賊”ってのは、イメージ悪いよな」
「まあ、【スキル】の名前だからね。別に盗賊じゃなくても、奪われた物を取り返すとか、そういう任務には役に立つ才能よ。もっとも、こっちは【アドヴァンスドスキル】だから、多少は練習が必要だけど」
シリルちゃんは、ルシアくんがこの世界でどうやったら生きていけるのか、真剣に考えているみたい。「任務」ってことは、冒険者も考えているのかな?
「ようし、そういうことなら、このアリシアちゃんにお任せあれ、よ。あたしの力も貸してあげる」
「そういうことならって、アリシア。抱きついた時、わたしの心を読んだわね」
「だから、あたしが読み取れるのは、意識の方向とか感情の動きとかだけなんだってば。責任感みたいなものを感じ取れれば、だいたいわかるわよ」
拗ねたように返事をしてみたけど、実はあたしは喜んでいる。だって、彼女の言葉には、あたしを非難する響きなんてないもの。小さいときから、そばにいるだけで心を読まれる『化け物』扱いされてきたあたしにとって、それはすごく心地いいこと。
かつて、会ったばかりの頃、あたしがそう言うと、彼女は不思議そうにこう言ったんだ。
「何も言わなくても、自分の気持ちを察してくれるなんて、そんなのもう、親友みたいなものじゃない?」
その時から、あたしは彼女の親友になったんだ。
だから、あたしは、親友の力になりたい。彼女は今、すごく悩んでいる。
そして彼、ルシアくんの方を見る。目が合うと、吃驚したように目をそらされた。
やっぱり、怖がられちゃったかな?
でも、彼からはそういう意識を感じない。どっちかっていうと、照れてる感じだ。さっき言ったように、あたしに心は読めないけれど、感情から推測できるものはある。
どうやら彼は、女性そのものに慣れていないみたい。
心が読めるなんて聞けば、程度の差はあれ恐れの感情を抱くのが普通なのに、まずそっちの緊張が先なんだ? ルシアくんって、面白いな。どんな環境で育ったんだろう?
よし、ちょっとからかっちゃおう!
「じゃ、ルシアくん。もっと詳しい事を知りたいから、あたしを抱きしめてくれないかな?」
「ええ! いやなんでそんなことに?」
「さっき、あたしが、シリルちゃんにやったみたいにしてくれればいいからさ」
「ほ、本気ですか? ええっとそれじゃ、失礼して……」
驚いたことに、彼は中途半端な敬語を使いながら、本当に近づいてきた。触れられれば心が読まれるかもしれない、という状況で、怖くはないのだろうか。
なんだか、嬉しくなってきてしまう。今までは心を許せる相手はシリルちゃんだけでいいと思っていたけど、やっぱり他にも友達ができれば、嬉しいんだ。
この二人と一緒にいれば、これからもこんな気持ちでいられるだろうか。
「ふぎゃ!」
と、いよいよあたしの目の前まで来たルシアくんが、あたしの身体に手を回そうとしたそのとき、彼の体は勢いよく後ろに引っ張られ、そのまま盛大にひっくり返ってしまった。
「馬鹿なことしてるんじゃないの! これ以上感情や意識を読み取っても、記憶を探れるわけじゃないんだし、意味がないでしょうが」
なんだか、シリルちゃん。ご立腹の様子。嫉妬とかって言うよりは、シリルちゃんって前からこういうことに潔癖症なんだよね。でも、わかってても、からかっちゃおうか?
「シリルちゃん。そんなに嫉妬しなくてもいいじゃない。別にルシアくんをとって食べたりしないよ、あたし?」
「べ、べつに、嫉妬なんかしてないでしょ!?見ればわかるんじゃない。アリシアなら」
「そだよ? 本人の無意識に感じてる感情だって、見えちゃうから困りものなんだよね」
「な、ななな……」
シリルちゃんが顔を真っ赤にして震えている。まあ、無意識とか言っちゃうと、反論できなくなっちゃうからね。ちょっとずるかったかな?
「ごめん。嘘、冗談。からかっちゃった、てへ!」
「てへ!じゃないわよ!そういうやり方は良くないわよ、本当に」
あ、本気で言ってる。確かに、ちょっとやりすぎだったかも……。
「ご、ごめんなさい……」
あたしは声を震わせながら、俯き加減でシリルちゃんに謝った。
「あ、わ、わかればいいのよ。そんなに深刻にとらえなくても、ね」
シリルちゃんは途端におろおろと、あたしを慰めてくる。ほんとに優しいんだから。
……そんなシリルちゃんが悩んでいる。生まれ持った力のせいで誰も信用できず、人との関わりを避けて生きてきたあたしを救ってくれたシリルちゃんが、今、一人で色々な責任に押しつぶされそうになっている。なら、今度はあたしが助ける番なんだ。
「ねえ、シリルちゃん。あたしも一緒についていっちゃ駄目かな?」
あたしは、前からずっと、言いたくても言えないでいた言葉を、ようやく口にした。
-初めての【魔法】-
ルシア・トライハイト。ずっと前から自分の名前みたいな気がしてくるぐらい、しっくりくる名前だ。
その名前を教えてくれたのは、目の前の女性だった。
アリシア・マーズという名の彼女は、はっきりいって、美人だ。シリルのような妖艶さと無邪気さが同居する神秘的な美しさとは違うが、透き通るような水色の髪を肩のところまで伸ばし、愛嬌のある顔立ちに花が咲いたような笑みがなんとも可愛らしい。
しかし、一方では、体つきは極めて女性らしくもある。
いや、これもはっきり言おう。胸が大きくて、腰がくびれていて、つまりはそう、スタイルが良いのだ。
それはともかく、いきなり「旅に出よう!」と言いだした彼女に呆気にとられ、立ち尽くしていると、シリルが呆れたように声を出した。
「何を言ってるのよ。わたしは『冒険者』なのよ。一緒に旅をするなんて、危険に決まっているじゃない」
「大丈夫。足手まといにはならないよ。“鞭術適性+”の【通常スキル】ぐらいあるし、相手の能力が見るだけでわかるなんて貴重だよ?」
「あのね。鞭使いのスキルぐらいじゃ、冒険者はやっていけないわよ。何より自分の身を自分で守れる強さが必要なんだから」
それはそうだ。よくわからないが、鞭を使うことに適性があるぐらいで、自分の身を守れるかは怪しいところだ。
しかし、アリシアは、「んっふっふ」とでも表現したくなるような含み笑いをして、言葉を続けた。
「あたし、自分の【魔鍵】を持ってるのよ。それもサージェス系防御型のね」
「! ……初耳ね」
「最近見つけたの。自分で自分を鑑定して、心の奥まで探って探って、ようやくね。冒険者ギルドにストックされてたものだったから、あんまりお金はかからなかったけどね」
「あなたがそこまでするなんて……。で、どんな【魔鍵】なの?」
と、俺の知らない【魔鍵】という単語が飛び出してから、話の雰囲気が変わってきたような気がする。ここで話の腰を折ってはいけないだろうから、【魔鍵】については後で聞こう。
「名前はね。『拒絶する渇望の霊楯』。神性は“虚絶障壁”。見えない結界であたしの認識する脅威を自動で防ぐことができるの。結界の強度も【魔鍵】だから、折り紙つきだよ」
「信じられないわね。本当なの?」
この後、本当かどうかを確かめる、と言う二人について外に出た俺が見たものは、この世界に来て、いや、俺が記憶のある限りで、初めてみる【魔法】だった。
二人は、店の裏手にある人通りの少ない路地で相向かいに距離を置いて立つ。
ん? あの距離で何をするつもりなんだ?
「それじゃ、手加減していくけど、嘘だというなら今のうちに言わないと、本当にけがをするわよ?」
「大丈夫。ほら、現物もあるんだし、ね?」
そういってアリシアが掲げたものは、手首につけたバックラーだった。いや小楯と言っても小さすぎる。小手の幅を若干広げたぐらいにしか見えないぞ。確かに不思議な光沢を放つ金属のようだけれど、あんなもので何を防げるのだか。
「さてと。いくわよ」
〈貪り食らえ、沸き立つもの〉
《黒の虫》
シリルの声とともに、前方に掲げた手のひらから少し離れた空間に、なにやら不思議な文様が浮かび上がる。白い光を放つそれが、黒く明滅するや否や、彼女の足元から雲霞のごとく黒い「何か」が沸き起こり、アリシアめがけて飛びかかっていく。
「ひゃああああ! 虫! 虫! むしいいいいいい!」
何かものすごい絶叫が聞こえたが、黒い何か(どうやら虫らしい)は、アリシアの周囲1メートル程度のところで動きを止めていた。どうやらそれ以上近づけないようだ。
「な、なんで、よりにもよって、こんな魔法使うのよう!」
「苦手なものは、克服してこそ、でしょ?」
シリルは悪戯っぽく笑うと指を鳴らす。すると黒い羽虫の群れは姿を消した。
「シリルちゃんのいじわる。ほんとはこれを見てすぐに、本物だってわかったんでしょ? シリルちゃんにも【スキル】があるもんね」
「だって、ほんとに持ってるなんて思わなかったし、なんだか引くに引けなかったから、つい、ね」
「子供っぽいんだから、もう!」
なんだか年頃の少女の会話のようだが、見た目は二人とも二十歳を超えた女性である。
「「今、失礼なことを考えたでしょ!」」
二人は同時に振り向いた。アリシアはともかくシリルまでとは、女の勘は恐ろしい。
それはともかく、だ。
「すっごいな。今のが、【魔法】なのか?」
「え? ああ、そうよ。闇属性の初級魔法《黒の虫》。そんなに強い魔法じゃないわ」
「そうか、じゃあ、もし、アレまともに食らったらどうなるんだ?」
「そうね。まあ、全身の皮膚を食い破られるくらいだから、手当てが間に合えば死にはしないでしょ」
て、おい!
この女は、そんな危険なものを友達にぶつけようとしたのか。とんでもない奴だ。
「何よ。あれが本物だってわかったから使ったのよ?」
「うん。実際、さっきのが中級魔法でも十分防げたと思うよ?」
どうやら二人の常識は、俺なんかとは全く違うようだ。ま、それはともかく、【魔法】か。手も触れずにあんなことができるなんて、凄い力だ。俺にも使えたりしないだろうか。
「それは無理ね。属性適性どころか、魔導師系スキルもない以上、【魔法】は使えないわ。……でも、確かにそれは今後の不安要素ではあるわね。“混沌の導き”だっけ?あの確率を変動するとかいう能力が何なのかわからない以上、ルシアにも【魔鍵】が必要ね」
「なあ、さっきも言っていたけど【魔鍵】って何なんだ?」
「そうね。それはこれから『冒険者ギルド』へ向かう道すがらにでも教えてあげる」
シリルはそう言うと、俺たちについてくるよう促した。
あれ? いつのまにかアリシアが一緒に来ることは決定事項になっているみたいだな。
まあ、仲間が増えるのはいいことだけど。