第40話 戦い終わって/新たな旅立ち
-戦い終わって-
本当に、馬鹿野郎だ。
置いて行かれる人間の気持ちなんて、考えもしない。
自己犠牲と言えば聞こえはいいが、その実、それこそが何よりも他人を犠牲にしていることに気付きもしない。
かつて、俺がいた世界のこと。
すべてが凍りついた世界の中で、俺は一人取り残されたときのことを思い出す。
ある日の『略奪』から帰った俺の部隊を待っていたのは、エネルギーコアを奪われた『国』の末路。動力システムの完全停止。考えうる限りで、最悪の『敗北』だ。
それこそ神の気紛れでもない限り、生きて再び『国』の皆に会うことは叶わないだろう。その事実を前に、家族同然に育ったはずの同じ部隊の仲間たちは、自らの命を絶った。
だが、彼らは絶望したわけではない。ただ、略奪してきた物資には限りがあったというだけだ。だから、彼らは俺を生かすために死んだのだ。
国を守ることこそ使命であり、唯一絶対であると信じていた彼らにとって、『国』の繁栄にもっとも大きな功績をあげていた俺を生き残らせることは、自分がそのまま生き続けることよりも、大きな希望だったのかもしれない。
でも、俺は違った。俺は仲間と共に生きる道を選びたかった。でも、駄目だった。
あいつらは俺に勝手な期待を押し付けて、自己満足の上に死んでいったのだ。
俺の視線の先には、エイミアとアベルの姉弟の姿がある。
すでに息も絶え絶えのアベルからは、かつて『魔神』が持っていたという【ヴィシャスブランド】“絶縁障壁”の力も失われたのか、二人を隔てるものはなく、エイミアは固くアベルの身体を抱きしめていた。
「ね、えさん。ごめん。また、ひとりにしてしまう。……」
「馬鹿なことを。わたしは一人じゃない。みんながいる。お前が与えてくれた人生を、わたしはちゃんと生きる。……ふふ、もちろん結婚だってするさ。だから、安心しろ」
エイミアは、努めて明るい声を出している。ただ、無理をしていることが明らかな声。
それでも、弟はその声に何かを感じたようで、そのまま安心したように目を閉じた。
「やっと、終わったのかな?」
シリルを抱えたままの体勢で、アリシアがぽつりと漏らす。そう、やっと終わったんだ。
モンスターも、【マリオネット】と化したワイゲルも聖騎士とヴァリスによって倒され、この場に敵となる者はいない。
シャルが攫われてから、ここまで随分と長い時間が経ったような気がする。命がけの戦いの連続が、そんな気分にさせたのだろうか。
「あ、シャ、……フィリスちゃん?」
アリシアの言葉にフィリスの方を見ると、彼女はふらふらと俺の方に歩いて来るところだった。
「ワタシも疲れタ。わたし、……ううん、『シャル』をお願い。ルシア」
そう言ったきり、俺に向かってばたりと倒れこんでくる。慌てて受け止めた俺が見たのは、すうすうと寝息を立てるシャルの寝顔だった。
「無理もあるまい。ここまで緊張の連続だったのだ。休ませてやれ」
珍しく(でもないか、最近は)、気遣いのある発言をするヴァリス。そう言えば、さっきは随分とフィリスと息のあった連携をしていたみたいだよな。
「ふふ、フィリスちゃんもなんだかんだ言って、ルシアにお願いするなんて、可愛いな」
アリシアがそんなことを言うが、いや、たまたま近くにいたからだろ? まあ、俺も正直、倒れ込みたいくらい疲れてはいるんだが、これじゃ仕方がない。頑張るかね。
「と、ところで、その、そちらの子はどうしたんですか?」
聖騎士の一人がおずおずとアリシアに抱えられたシリルの方を見ながら聞いてくる。
そういえば、シリルの奴、銀髪銀眼の少女の姿になってるんだよな。これはこれで、いい目の保養、っていうか、いやいや、それどころじゃない!どうやって誤魔化すんだ?
「わたしはシリルよ。ちょっと特殊な【魔法】でね。一時的にこんな姿だけど、気にしないで頂戴」
シリルはようやく身体を起こすと、こともなげにそう言った。
うわ、まるで誤魔化す気なしかよ! と思ったが、意外と聖騎士の反応は淡泊だった。
「そ、そうですか……」
ああ、そうか。上であれだけ凄い【魔法】を見せられちゃ、不思議の一つや二つ、なんでもないわけなんだな。むしろ下手に誤魔化そうとしない方がいいのか。
「……よし、それじゃ、地下牢を探索中の別働隊と合流だ。他にも要救助者がいるかもしれないからな」
エイミアは、アベルの身体をゆっくりと横たえると、気丈にもそう言って立ち上がった。
それから、俺たちは後始末を駆けつけてきた他の聖騎士たちに任せ、地上に出た。
外はすっかり日も暮れ始めており、夕焼けの光がまぶしく『ラドラックの宮殿』を照らしている。
「うわあ、こりゃすごいな」
外に出た俺たちが見たのは、夕焼けの光だけじゃなく、大量のモンスターの死骸だった。
「随分な数のモンスターだな。これ、みんなアベルが集めた奴なのか?」
「そうでしょうね。彼が『魔神』の力を取りこんだと言うのなら、モンスターを集めるのは簡単よ。【フロンティア】でもないのにモンスターを呼び集める性質。それこそが、Sランクモンスターが単体でありながら、国家レベルの災害認定を受ける理由なんだから」
確かに、聞いた話じゃ『魔神オルガスト』が出現した四年前の時も、本体そのものより周囲に群がるモンスターによる被害の方が大きかったって話だ。
「ふみゃ?」
俺の背中から、奇妙な声がする。
「あれ? わたし……、あ、ルシア……」
「おう、気付いたか」
言いながら俺は、背中におぶさるシャルがいつ暴れてもいいように心構えをする。
「なんで、ルシアがわたしを背負っているの?」
「なんでって、そりゃ、倒れたからだろ?」
俺はあいまいな答えを返す。シャルがどこまで覚えているかわからないが、忘れた方がいいこともある。
「……思い出した。わたし、また、もう一人のわたし、に助けてもらっちゃったんだ。もう、大丈夫って伝えたはずなのに……」
予想に反して大人しく俺の背中おぶさったまま、シャルは落ち込んだ声を出す。
「シャル。あなたの中の『精霊』はあなたと一緒に生まれて、あなたと一緒に成長しているの。だから、これからも助け合っていけばいいじゃない。ね?」
「え? あ、うん!」
シリルに言われて途端に元気な声を出すシャル。むう、流石にシリルは手慣れているな。
「ルシア、降ろして」
「うん? 大丈夫か。無理するなよ?」
「平気!」
俺はシャルが暴れだす前に、背中から降ろしてやることにした。少しまだ、ふらついているようだが、どうにか歩けるらしい。まったく、強情だよな。
「今回は、わたしのせいで、みんなに迷惑をかけてごめんなさい」
しおらしく頭を下げるシャル。水臭い言い方をする奴だな、ほんと。
俺は何か言ってやろうと口を開きかけたが、それより先に猛烈な勢いでアリシアが割り込んできた。
「駄目! そこでシャルちゃんに謝られたら、あたしの立場がなくなるから、絶対にダメ!」
「え、ええ?」
戸惑うシャル。まあ、アリシアにしてみればそうだろうな。いくら命がけで潜入作戦を実行したって言っても、もともとがシャルはアリシアをかばって攫われたみたいなところがあるわけだし。って、そう言えば……。
「なあ、ところで、あの時、ヴァリスが急に消えたのは何だったんだ? シリルは空間転移魔法だろうって言ってたけど、ヴァリスって【魔法】は使えなかったはずだろ?」
なんたって、あの時は驚いた。アリシアがピンチだってことで、焦っていたところに急にヴァリスが消えちまったんだからな。シリルに言われるまで、気が気がじゃなかったぜ。
そんな俺の疑問に対し、周囲の反応は様々だった。
一番劇的だったのは、アリシア。なぜか顔を真っ赤にして、あたふたしている。
続いてシャル。何か言いたげに口を開こうとするも、アリシアに止めに入られて口をふさがれ、モガモガともがいている。
ヴァリスにしても、なにやら落ち着かない様子であさっての方向を見ているが、何かを誤魔化そうとしているのが、見え見えな様子だ。
そして、意味ありげな笑みを浮かべ、口を開いたのはシリルだった。
「あれはね、魂のつがいを持った『竜族』だけの特別な【魔法】なの。愛する者のもとへのみ、空間転移ができる【竜族魔法】。ロマンチックよね?」
銀髪銀眼の少女の姿でにんまりと笑いながら、シリルは柄にもなく、そんなことを言う。
うーん、姿が変わると性格まで変わるってわけじゃないよな?これが素なのかな?
「もう! シリルちゃん! そんなんじゃないよ。ヴァリスはあたしの命が危ないから仕方なく、『真名』を呼んでくれただけなんだから!」
「そうなんですか?」
ようやくアリシアから解放されたシャルが問いかけた相手は、なんとヴァリスだ。
「無論だ。命には代えられまい。やむを得ない場面だった」
「そうですか。その後、アリシアさんを抱きしめてたのも、やむを得なかったんですね?」
「ぐっ!」
……衝撃の問題発言だ。なんだって? シャル、もう一度言ってくれ!
アリシアからじゃなく、 ヴァリスの方からアリシアを抱きしめていただって?
「シャ、シャルちゃん!」
アリシアは再び顔を真っ赤にしているし、ヴァリスもシャルの言葉に動揺を隠せないようだ。つまりは、シャルの話は掛け値なしの本当のことだってわけか。
それから、俺たちは二人が本気で怒りだすまでアリシアとヴァリスをからかいつつ、セイリア城への帰路についたのだった。
-新たな旅立ち-
それからさらに一週間、わたしたちはセイリア城での滞在を続けた。
エイミアの料理の腕(というより料理に対する考え方)が良くならなかったということもあるけれど、いろいろと事後処理に翻弄されたせいもあった。
無論、わたしたちは聖騎士団の人間ではないので、本来なら事後処理を手伝ったりする必要はない。
けれど、ここまで深くかかわった以上、事の顛末を知りたい気持ちもあったし、結果としては聖騎士団にシャルを助けてもらったようなものだから、恩返しの意味もあった。
残念なことに、『ラクラッドの宮殿』の地下牢には、シャル以外の生存者は見当たらなかった。シャルの場合は、攫われてまだ一日目で、極めて珍しいサンプルだったということも助かった要因なのかもしれない。
「もっとも、それが攫われた理由なんだから、運がよかったとも言えないのだろうけど」
「そうだな。だが、残念だ。攫われた子供の親御さんたちに、どんな顔で報告をすればよいのかわからない」
エイミアは、表情を曇らせてため息をついた。
自分もあの宮殿地下で辛い思いをしたはずなのに、そんなことはおくびにも出さない。
つくづく強い人なんだな、とわたしは思う。
「ん? シリル? 今度は材料に気をつけたつもりなのだが……まずかっただろうか?」
「ううん。大丈夫よ。ようやく安心して料理をしてもらえそうでよかったわ」
今日は食堂に集まっての彼女の料理のお披露目会。やっとのことで、彼女の料理は「まとも」になったのだ。うん、我ながら、とてつもない偉業を成し遂げた気分だわ。
「シリルちゃん……、もう慣れちゃったけど、相変わらず聖女様に抱く感想としては間違ってるよ、それ」
アリシアが呆れたように言ってくる。
もう! 人の心の中にまで口を挟まなくてもいいじゃない。
「シリルお姉ちゃん。また、口に出してたよ?」
え? ……シャルのそんな指摘は、もう何度目のことだろうか。
ふむ、最近そんなことが多いわね。どうしたんだろう。わたしはもっと、冷静で、自分の内心を隠すのがうまい性格だったはずなのに。いつから、こうなったんだろう?
「感激です!素晴らしい!よもや団長のお作りになった料理がここまでの味になろうとは!」
サイアス副団長の言うことも、わたしの感想と大差ないような気がするけれど、どんな形であれ、エイミアはみんなに褒められてすごくうれしそうだ。
「そうだろう。そうだろう。これでわたしの婚期も早まるな。きっとこれで、……アベルも安心して眠ってくれるだろう」
エイミアの言葉にしんと周囲が静まり返る。
あの『ラクラッドの宮殿』でエイミア自身が止めを刺したアベルは、本来なら重罪人である。すでに死亡しているとしても政府にも報告しなければならないはずであったが、彼女はただ、人知れず彼の遺体を埋葬しただけだった。
でも、四年前、『魔神オルガスト』を倒すために犠牲となり、その後、心も身体も半ば怪物となってよみがえった彼の有様を知る者からすれば、そのことに異を唱えるべくもない。
「それはそうと、あの宮殿地下にあった研究書だとかを元に、あのワイゲルって奴の身元を調べてたんだろ? 何か分かったのか?」
ルシアがそんな空気を変えるかのように質問した。
こういうところでは、なにげに機転が利くのよね、この人も。
「ええ、そうですね。どうやら彼は、もともとギルドに所属する研究員だったようです」
やっぱり、予想通りね。『魔族』の後を追うかのような中途半端な研究内容からすれば、その可能性は高いと思っていたけれど。
「カルナックギルドでも、その研究内容の実用性の無さから、あまり認められてはいなかったようで、最終的には当時のギルドマスターから追放処分を受けたようですね」
「そりゃ、そうだろ。いくらなんでも、あんな非人道的な研究じゃあな」
「いえ、ルシア殿。それもありますが、追放自体は権力争いの結果、と言った方が良いようです。そしてこれは、……彼の残した記録からの推測なのですが……」
サイアス副団長はそう言うと、エイミアの方をちらりと見た。それに対し、エイミアも軽く頷きを返す。
「カルナックのギルドマスターは二年前に変死しています。そして、恐らくその事件にはワイゲルとアベル殿が関係しているらしいのです」
「当時のギルドマスターは、四年前の『魔神』討伐戦の作戦指揮に関わっていた。アベルにとっては復讐だったんだろう。きっかけはわからないが、ワイゲルとは利害が一致したと言ったところだと思う」
なるほど、どおりでカルナックほど規模の大きいギルドにしては、コルラドのような小物がマスターをしていると思った。前のマスターの変死のおかげで、文字通り運よく成り上がっただけだったわけね。
「これで、約束は果たしたわね。そろそろ出発の準備をしましょうか?」
「む、もう行くのか? 君たちは色々な意味でわたしの恩人になったんだ。遠慮なく、いつまででも滞在してもらって構わないぞ?」
「そうはいかないわよ。わたしたちは『冒険者』なんだからね」
わたしはエイミアに片眼を瞑って見せた。手間のかかる生徒ではあったけれど、頑固な部分もあるとはいえ素直だし、気さくで明るくて、楽しい女性である彼女と過ごした一週間は、それなりに楽しかった。
「おお、シリルのウインクなんて、はじめた見た!」
「変なことで感心しないで!」
ルシアに言われて自分のしたことに気付き、赤面するのを誤魔化すように叫ぶ。
「あはは! 君たちは本当に楽しいな。『冒険者』……か。うん。さみしくはなるが、仕方ない。だが、気が向いたらいつでも来てほしい。わたしたちはいつでも君たちを歓迎する」
「我々からもお願いします。特にルシア殿とヴァリス殿のお二人のおかげで、うちの騎士たちも随分と練習熱心になりましたからな」
エイミアとサイアスが名残を惜しむ言葉をかけてくれる。不思議なものね。
わたしたちは、単なる冒険者でしかないはずなのに、一国の精鋭騎士団を率いる人たちとこんなふうに接する機会があるなんて。これもひとつの縁なのだろうか?
「世話になったな。我からも礼を言わせてもらおう」
ヴァリスがお礼を言っている。それも仲間内じゃなく、よその人に。なんだか、手塩にかけて育てていた息子が急に大人になったみたいな、そんな感じがした。
「シリルちゃん。その感想もどうかと思うよ……」
「え? 口に出てた?」
「ううん。大丈夫。でも、ヴァリスに知られたらきっと拗ねちゃうから、気を付けなよ?」
アリシアは、茶化すように笑った。
「あ、あの、その……」
消え入りそうな声を出したのはシャル。さっきから何度か口を開こうとしては躊躇っているのが見えたけど、なんだろう?
そばではアリシアが励ますように両拳を胸の前で握っているから、彼女には分かっているんだろう。
「えっと、その、エイミア様、サイアス様……」
「どうしたのかな?」
「ん? なんだい?」
泣く子も黙るホーリーグレンド聖王国最精鋭の聖騎士団団長と副団長の二人が、揃って相好を崩しながら少女を見つめている様は、なんというかある意味とても珍しい光景かもしれない。
「助けてくれて、ありがとうございました! わたし、きっといつか、恩返しに来ます!」
シャルは一息にそう言って、勢いよく頭を下げた。うん、えらいわよ。
「いや、気にすることはない。我らは当然のことをしたまでだ」
サイアス副団長が微笑みを返しながらそう言う一方で、
「うん。待ってるぞ。きっと返しに来てくれ!」
エイミアが力いっぱい断言した。
「ちょっと、団長閣下、そんな言い方はないのではないですか?」
「何を言うか。お前はシャルにまた来てもらいたくはないのか? 否! わたしなら是非、来てもらいたい。だから、貸しは貸したままにしておくのだ」
「なるほど、流石は団長閣下。冴えておられますな!」
「え? え、え?」
何が冴えておられますな、よ。シャルが戸惑っちゃってるじゃない、まったく。
それにしても、本当にシャルは年上に可愛がられる素質があるわよね。ちょっと将来が心配だわ。
「で、どこに向かうつもりなのだ?」
「そうね。流石にこの国でも目立ち過ぎて仕事がしづらいから、隣国のエルフォレスト精霊王国にでも行くことにするわ」
そう、わたしたちの次の目的地は、『精霊』の故郷とも言われる【聖地】があるエルフォレスト精霊王国。