第39話 運命の悪戯/ラスト・メモリー
-運命の悪戯-
「嘘だろう?! どうして聖騎士団が? 冒険者が聖騎士団を呼ぶ? あり得ない!……そうか、このゴミか! 僕の貸してやった『アルマゲイル』で聖騎士団の城にでも、ちょっかいをかけたんだな! ちくしょう、順番が違うじゃないか!」
部屋の奥で一人、そんなふうに叫ぶ男がいる。おもちゃのような王冠を被り、血のような赤い髪に血のような赤い目をした白面の青年だ。
半ば錯乱したように、頭に被っていた王冠を石床に、いや、倒れ伏す一人のローブ姿の男に叩きつけている。
わたしは、自分が目にしているものが信じられなかった。
こんなこと、……あり得るはずがないのに。
「……仕方がないかな。よし、これも運命だ。挨拶ぐらいはしないとな」
一転して落ち着きを取り戻した赤髪の青年は、その真紅の瞳でこちらを真っ直ぐに見据えてくる。周囲では聖騎士たちが疲弊しきったシリルたちに回復を施しているが、そんなことはまるで無視しているようだ。
「やあ、久しぶり。……元気だったかい?『姉さん』」
「!! やはり、そうなのか?」
わたしは衝撃のあまり、思わず手にした【魔鍵】『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を取り落としそうになってしまう。
全身から力が抜けていく。嬉しいのか、怖いのか?
そんなことすらもわからないぐらい、多くの感情がわたしの中を駆け巡っていた。
「なんだよ。弟の顔を忘れたのかい?」
「……髪と、目の色が違う。それに、わたしの弟は、死んだはずだ……」
そうだ。わたしはその瞬間をはっきりと見ていたはずだ。
「うん。そうだね。確かに僕は、あのとき、『魔神オルガスト』に《妖魔支配》を仕掛けて、逆に喰われて死んだはず。そう思ってるんだよね?」
そのとおりだ。それは、ギルドが絶対防御を誇る『魔神オルガスト』を滅ぼすために立てた作戦の一環だった。そのために弟は命を落としたはずなのだ。
妖術師系【エクストラスキル】“魔を従えるもの”を持つ者に《妖魔支配》を仕掛けさせる。そして、《妖魔支配》への抵抗反応によって『魔神』が術者を『喰らって』いる間、“絶縁障壁”が一時的に減衰するのを利用して、わたしが使用できる最大威力の“黎明蒼弓”を叩き込む。実際にはもっと複雑な手順があったが、作戦の概要を簡単にいえばそんなところだ。
「酷いよねえ。ギルドの奴ら。僕に初めから死ねって言うつもりだったんだよ。それも、僕が姉さんを護るためには《妖魔支配》を使わざるを得ない状況を作ってから、伝えるんだからな」
わたしと弟は、ギルドの狙いに気付かぬまま、お互いのことを知らされずに作戦に参加した。
そう、ギルドが本当に必要としていたのは、超がつくほどのレアスキルを持つ弟の方だったのだ。
わたしは、その能力を彼に使わせるための『枷』として呼ばれたにすぎない。
なにが、『聖女』なものか。
「本当に、アベル、なのか? でも、どうして?」
「……僕は、『魔神オルガスト』に喰われかけて、生まれ変わったんだよ」
「生まれ変わった?」
「そう。かろうじて僕が生き残ったのは、もちろん姉さんが『魔神』を倒してくれたおかげだけどね。しかも、僕の中には『魔神』の力の一部が流れ込んだ。そういうことさ」
信じられない。そんな奇跡があっていいものか?
わたしは思わず、場の状況も忘れてアベルに駆け寄ろうとした。
四年前、わたしを護って死んだ、欠け替えのないわたしの弟。
「エイミア様、駄目!」
アリシアの声に、わたしは我に返って立ち止まる。よく見ればアベルの周囲には、奇妙な結界が展開されている。
「それが、『魔神』の力の一部か?」
わたしの知る『魔神オルガスト』の姿は、水晶玉のような透明な障壁に包まれた巨大な魚だ。
あの結界がもし、それと同じものだというのなら、あれを正面から破壊する方法など、この世にはない。
Sランクモンスターだけが持つと言われる固有能力【ヴィシャスブランド】。
ギルドの分析に間違いがなければ、『魔神オルガスト』の【ヴィシャスブランド】は“絶縁障壁”と呼ばれる能力で、「他の何物にも触れられない」というものだったはずだ。
だが、モンスターが持つ能力である以上、歪んだものであることに変わりはない。
その強力な力の代償として、一生、他の何物にも直接触れることができなくなる。
「まあね。それより、僕と姉さんの再会のシーンを邪魔しないでもらいたいなあ」
言うや否や、それまで沈黙したように立ちつくしていた『ジャミ』が髑髏の杖を振りかざし、巨大な蛇のような黒いうねりがアリシアに向かって跳びかかる。
「きゃああ!」
だが、それは彼女の手前一メートルほどのところで、何かに衝突したように動きを止めた。あれが、『拒絶する渇望の霊楯』の神性“虚絶障壁”の効果なのだろうか。
「やっぱり防がれたか。人質でも取り直さないとダメかな」
……違う。断じて違う。これは、アベルじゃない。優しかったあの子とは違うモノだ。
わたしの身をいつでも案じ、わたしが聖騎士団に勧誘された時も、死の間際でさえも、「僕は姉さんが幸せになってくれればいいんだ」と言ってくれた弟は、もういないのだ。
ショックで心が壊れてしまったのか、『魔神』の力の影響なのか、わからない。けれど、幼児や赤子を攫い、おぞましい実験に利用するなんて、あの子なら絶対にするはずがない。
わたしは大きく息を吸う。
〈還し給え、千を束ねし一の光〉
わたしは【魔鍵】『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を高く掲げ、一息に宣言した。
ターゲット:単体認定Aランクモンスター『ジャミ』。
設定軌道:ターゲットの鉛直線上。
着弾特性:命中と同時に拡散。対象内部の完全破壊。
ここが地下であろうと関係ない。“弓聖”のわたしが弓矢を外すなんてありえない。
かつてわたしが空に捧げた千本の矢は、『千を束ねた一の光』となって地上部分の建物の屋根と床を貫き、軌道を正確に保ったままで『ジャミ』の脳天に命中。その身体を内部から爆散させる。
「うおお! すごいな!」
回復を済ませたらしいルシアの驚きの声が聞こえてくる。そう言えばセイリア城の食堂で、おいしそうに料理を食べていた彼の姿に弟の姿を重ねて見ていたのは、まだ昨日のことだったはずだ。
「姉さん、どういうつもりだい?なんで僕の邪魔をするの?」
「お前こそ、どういうつもりだ。どうして人を傷つけるような真似をする? お前はそんなことをする子じゃなかったはずだろう?」
わたしの問いに、アベルは不思議そうに首をかしげる。
わたしの言葉は、彼の心には届かないのだろうか?
「だって、ギルドの奴ら、僕を利用して殺したんだよ?あんな奴らが世界を牛耳っているなんて許せない。だから僕が世界を支配するんだ。姉さんも僕と一緒においでよ。順番が違っちゃったけど、まあいいや」
「……それはできない。どんな理由があろうと、無関係な人を傷つけていいはずがない」
「……そう。口で言ってもわからないなら、姉さんも、僕が『支配』するしかないね」
『支配』? どういう意味だろうか? 私は訝しんだが、答えはすぐに出ることになる。
「ほら、起きろよ、ゴミ!」
唐突に、アベルは足元で倒れたローブ姿の男を蹴りつけた。だが、明らかに致命傷を受けている男が起き上がる気配はない、……はずだった。
「あ、ううう?」
予想に反して起き上った男は、土気色の顔に意志の光に乏しい目をしている。
「まさか、【アンデッド】なの? 【死霊術】も使っていないのに、どうやって……」
ようやく回復したらしいシリル?(何故か髪が銀色だ)が、呟きを洩らしていた。
「違うよ。【アンデッド】じゃなくて、【マリオネット】だよ」
アベルの命令を受け、ローブ姿の男は【魔導の杖】を構えたまま、詠唱を開始する。
〈地より沸き立ち、牙となりて喰らえ〉
《鋼鉄の獣牙》
しかし、その地属性中級魔法が発動するより早く、ローブ姿の男に接近する影があった。
「ふん!」
ヴァリスだ。城での鍛錬の様子については部下から聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ。切れのある動きと気功による高威力の攻撃。
ローブ姿の男は、声もあげずに吹き飛び、壁に叩きつけられて崩れ落ちた。
しかし、生身で受ければ確実に身体の骨が粉々になりかねない一撃を受けながら、ローブ姿の男は再び立ち上がる。相変わらず虚ろな瞳。だが、宮殿の外にいた通常の【アンデッド】と比べれば、若干の知性の光が眼に宿っているのが分かる。
「僕がこの手で殺した者は、みな僕に支配される人形になる。くくく、姉さんも人形にしてあげよう」
つまり、『支配』とは、『殺す』と言うことなんだ。わたしを、殺すつもりなのか……。
狂っているとしか思えない笑みを浮かべるアベルに、もはや言うべき言葉は何もない。
ここに『ある』のは、ただの悪夢。あの子の姿をした、ただの虚しい残響に過ぎない。
わたしにできることはもう、彼の魂を安らかに眠らせてあげることだけ。
わたしは『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』を構え、直接、彼に向って弦を引き絞る。
しかし、青い残像を残しながら放たれた矢は、彼の周囲に張り巡らされた球状の障壁にぶつかり、砕け散るように消滅してしまう。
やはり駄目、か。あの能力がある以上、アベルは一生誰にも触れられず、絶対の孤独の中で生き続けなければならない。
どんな運命の悪戯なのだろう?
わたしの弟を、どうしていつまでもこんな目に合わせる?
わたしは思わず、天を仰いで呪いの言葉を吐きたくなった。
-ラスト・メモリー-
〈満ちる緑、鳥の歌声〉
《生命の賛歌》
そんな声が聞こえ、ワタシの身体に力が戻って行く。疲れが癒され、体力が回復する。
四属性いずれの気配もほとんどないような、この部屋での【精霊魔法】の連発は予想以上にワタシの体力を消耗させていたらしい。
「大丈夫?」
起き上ったワタシの顔を心配そうに覗き込んできたのは、見慣れない鎧を纏った女の人。
お城で見たことがある人だ。たぶん、聖騎士団の女性騎士の人。
「ありがとウ」
ワタシがそれだけ言って立ち上がろうとすると、その女の人はワタシに寄り添うように手を貸してくれた。
「無理はしないでね。かなり消耗していたんだから」
気遣わしげな彼女の言葉に首を振り、ワタシは周囲の状況を確認する。
確か……、【瘴気】が部屋に充満したあたりで気が遠くなって……。
いつの間にか、部屋の中にはエイミアさんとワタシを助けてくれた女性騎士の人、それにほか数人の聖騎士の人たちがいる。
「ははは! 無駄だって言ってるだろ? 僕にはどんな攻撃も届かないよ」
聖騎士の人たちが光属性の【魔法】や剣で、奥にいる赤い髪の人を攻撃している。
けれど、まるで効いた様子はない。彼を覆う障壁は、ワタシの目から見て、ものすごく『歪んで』いる。そして『歪んで』いるがゆえに、正常なるものを一切受け容れない。
ふと、地属性の気配が強まるのを感じた。ローブ姿の男の人の方からだ。
ワタシはとっさに風属性の障壁を解き放つ。
〈隔て遮る暴風〉
間一髪で、ヴァリスさんに迫っていた鋼鉄の牙は、吹き荒れる風の壁に弾き飛ばされた。
「すまん。助かった。……あの一撃を受けて【魔法】を中断しないとは、痛みを感じないとでも言うのか?」
ヴァリスさんの後半のセリフは、ゆらりと立ち上がるローブ姿の人、ワイゲルさんに向けてのものだ。あの人はもう、生きてはいない。不気味に歪んだ、命ではない命。
ヴァリスさんが突撃するのもかまわず、再び【魔法陣】を組み上げるワイゲルさん。激しい攻撃も意に介さないまま、吹き飛ばされつつも【魔法】を完成させてしまう。
ワタシは再度、それを防いだけれど、やっぱり体力が回復しきれていない。長くは持ちそうもない。
「一撃で完全破壊しない限り、【魔法】の発動も止められないのか!」
ヴァリスさんは一声唸ると、自らの拳に気功を集中し始める。なら、その間、ヴァリスさんを護るのがワタシの役目。今度はさらに強力な障壁をヴァリスさんの前に構築する。
「ほうら、モンスターならまだまだいるよ」
一方、赤髪の男の人の声と同時に、虚空から何体かのモンスターが現れるのが見えた。
「もう、いい加減にしろよ。……終わりにしようぜ」
でもそこに、不意にそんな声が響く。ひどく静かな声。これは、ルシア?
「……へえ、驚いたな。あの至近距離で『ジャミ』の【瘴気】を浴びて、よく生きてるねえ」
【瘴気】。それは言うなれば、【世界の毒】。
常に薄く世界に分布しているから、人間には気付かないかもしれないけれど、ワタシたち『精霊』とっては、それに捕らわれた瞬間、モンスターと化してしまうほどの猛毒。
特に高い濃度のものは『精霊』だけでなく、あらゆるものに害を及ぼし、『浄化』の概念が強い光属性魔法でもなければ打ち消すこともできない。
「鍛え方が違うんだよ」
ルシアはそんなことを言うけれど、そんなことぐらいでどうにかなるのだろうか?
確かに、彼が身に付けている黒い装甲板型魔法具『放魔の装甲』には、身体に受けた有害な効果を体外に逃がすという効果があるみたいだけれど、だからってあんなに濃密な【瘴気】を浴びても生きていられるものだろうか?
もっとも、ワタシが『精霊』だからそう思うだけかもしれないけれど。
「で? 立ち上がったからどうだっていうの? 君ごときが、さ!」
その間にも光属性魔法が次々と放たれては、赤髪の人の障壁に激突して消滅している。
「くそ! 駄目か!」
「なんなんだ、あの障壁は!」
聖騎士の人たちが悔しげに叫ぶ。
「みんな、俺がやる! 周りのモンスターの相手を頼む!」
「なに? ……ああ、わかった、任せたぞ!」
ルシアの声に、聖騎士の中でも若い人が何かに気づいたような顔をする。そして、周囲の聖騎士たちは赤髪の人から距離を置き、代わりに出現したモンスターへ挑みかかる。
「へえ、何が始まるのかな?」
「終わりが、だ」
ルシアは、手にした『切り拓く絆の魔剣』を横向きに構え、赤髪の人の目の前を横切るように駆け抜けながら、切り払う。
「無駄だって……!! なに!?」
彼がルシアを嘲笑しようとした次の瞬間、一筋の青い閃光がその右肩に突き刺さる。
そして、そのまま吹き飛ばすようにして彼の身体を後方の壁へと縫いつけた。
「ぐあああ!一体何が…」
彼の障壁には、横一線の『傷口』がぱっくりと口を開けている。それは、剣の刃の幅ぐらいの小さなものだったけれど、エイミアさんの矢は正確にそこを通り抜けていた。
「僕の“絶縁障壁”が……! お前、一体何をした!」
「斬ったんだよ。俺の【魔鍵】でな」
「な!」
その一言に、赤髪の人はこれまで見たこともない怒りの形相になった。
「……なんで、そんなことができる! なら、どうして! あのとき、お前はいなかったんだ!どうして僕が! どうして僕だけが! 犠牲にならなきゃいけなかったんだよ!」
「アベル……」
エイミアさんが悲しげに呟く。どうやらエイミアさんとあの人(アベルさん?)は知り合いみたいだ。
「お前は! お前があの時いれば、『魔神オルガスト』の障壁だって、斬れたんだろうが!そうすれば、あんなことに、……こんなことに、ならずにすんだんだ!」
矢で壁に縫いつけられたままの肩から血を流しながら、なおも叫び続けるアベルさん。
ルシアに障壁を斬り裂かれてから、急に人間らしい感情が表れ始めたみたいに見える。
斬り裂いたのは障壁だけじゃない、ということだろうか?
そこへ、ルシアが静かに語りかけた。何かを悟ったような、落ち着いた声色で。
「なあ、アベルって言ったっけ? お前さ、本当は自分が討伐メンバーに選ばれた理由、わかってたんだろ?他の奴はともかく、自分の能力を知っていたお前自身ならな。なのに、なんで逃げなかった? 姉を連れて逃げることぐらい、できたんじゃないのか?」
「うるさい! お前に何が分かる!姉さんは、あのときようやく聖騎士団に抜擢されたばかりだったんだ。あれしか、道はなかった。姉さんの幸せのために、ぼくは!」
「ア、アベル。お前……」
エイミアさんは衝撃を受けたように、身体をぐらつかせた。
ルシアは呆れたように大きく息をつくと、それまでとはうってかわった鋭い視線でアベルさんを睨みつける。
「お前はそれ、お前の大事な姉さんに確認したのか?お前が生きていることより、自分が聖騎士でいられることの方が幸せだって、お前の姉さんは言ったのかよ!」
「そ、そんなことは!」
「馬鹿野郎が!何が姉さんの幸せのためにだ。お前は自分勝手な思い込みを押しつけて、自己満足に浸っていただけだろうが!どいつもこいつも……、くそ!」
ルシアは、今まで見たこともないくらい、怒りの感情をむき出しにして怒鳴っていた。アリシアお姉ちゃんもシリルお姉ちゃんもびっくりした顔で見ている。
「ルシア殿。そのぐらいにしてくれ。わたしの言うことがなくなってしまう」
エイミアさんは、ゆっくりとアベルさんに近づいていく。一方のアベルさんは赤い瞳に涙を浮かべながら、茫然とその姿を見つめていた。
「……アベル。ごめんなさい。お前がそんなふうに思っているだなんて、気付いてやれなかった。わたしはお前が生きていてくれるだけで、幸せだったよ。孤児院を出てから、姉弟二人で冒険者として旅を続けていた、あの懐かしい日々は今でもわたしの宝物だ。なのに、わたしが何も気づいてやれなかったせいで、お前を死なせてしまった……」
「ね、姉さん……。……ううう。今のうちに、……僕を、殺してくれ」
「え?」
「僕はもう、人間じゃない。だんだん、頭がおかしくなってきているんだ。僕に『刻み込まれた』【ヴィシャスブランド】は、僕が誰かと心を通わせることも、誰かと直に触れ合うことも許してはくれない。だから最後に、僕に触れてほしいんだ。その思い出があれば、僕は眠れる」
「ア、アベル……!アベル、アベル……」
エイミアさんは、その青い瞳から涙を流し、震える声でアベルさんの名前を呼ぶ。
やがて、エイミアさんは決意を固めたように胸を張ると、右手首を左手でつかむようにして、【魔法陣】を構築し始める。
「ルシア殿。ありがとう。最後に弟に触れることができるのは、君のおかげだ。障壁を切ったことだけじゃなく、ね」
〈わが手に宿れ、光の刃〉
《霊光の刃》
光属性初級魔法による力を腕に宿すと、エイミアさんはアベルさんの前に立った。
「さよなら、アベル……」
万感の思いがこもった言葉とともに、光を纏ったエイミアさんの右腕は、障壁の『傷口』から、そのままアベルさんの胸を貫いていた。




