第38話 壊れたおもちゃのように/妖魔召喚
-壊れたおもちゃのように-
「危ない! シリルちゃん!」
あたしの声にシリルちゃんは、なんとか反応してくれた。
一瞬の隙を突いて『アルマゲイル』が黒い触手を鋭く伸ばしてきたのに対し、どうにか身体を捻って避けようとした。
「きゃあ!」
触手のひとつがシリルちゃんの身体をかすめる。
でも、それは見た目以上に強い力を秘めていたみたいで、シリルちゃんの身体は弾き飛ばされるように宙を舞っていた。
「シリルちゃん!」
「う、く!」
あたしは慌ててシリルちゃんに駆け寄る。どうにか五体満足ではいるみたいだけど凄く苦しそうだ。息を大きく吸おうとしたところ、鋭い痛みに身体をくの字に曲げてしまう。 もしかして、あばら骨をやられてる?
「じっとしてて!シリルちゃん」
あたしはそう言うと、シリルちゃんに覆いかぶさるような体勢を取り、腰の道具袋から取り出した【魔法薬】『キュアエキス』を飲ませる。
『キュアポーション』なんかとは違い、これは内服薬だから傷口以外に骨折などの治りを早める効果があるはずなんだけど、【生命魔法】ほどじゃないからすぐには治らない。
その間にも『アルマゲイル』が触手を伸ばしてきたけれど、“虚絶障壁”がそれを防ぐ。
あたしとシリルちゃんは、ほとんど身体を一つに重ねるようにしているため、シリルちゃんへの攻撃であっても『拒絶する渇望の霊楯』はちゃんと発動してくれたみたい。
「おや?【魔法】を使ったふうでもないのに、防ぐんだ?【魔鍵】かな?じゃあ、『アルマゲイル』。その二人は無視だ。先にあっちの“精霊紋”の子を捕まえよう」
『王様』の声が聞こえる。シャルちゃん、…ううん、フィリスちゃんがやられちゃう!
〈隆起する岩塊〉
声とともにフィリスちゃんの【精霊魔法】が発動し、地面から生えた岩の槍が『アルマゲイル』を串刺しにする。
〈炸裂する火球〉
〈凍りつく氷霧〉
〈切り刻む真空〉
そして、声がするたびに『アルマゲイル』に炎の爆発が、凍てつく氷が、風の刃が、何度も何度も叩き込まれ、目玉を覆う触手の数が目に見えて減っていく。
フィリスちゃんの外見も属性の違う魔法を使うたびに、赤や青、緑といった具合に髪や瞳、肌の紋様なんかが色鮮やかに変わっていく。
「す、すごい……」
普通の魔導師なんかじゃ、絶対に真似できないことが起きている。
まったくタイムラグもなく、中級クラスの魔法を複数の属性で何発も連続で放つことなんて、きっと誰にもできないはず。
「く、駄目……」
ようやく身体を動かせるようになったのか、シリルちゃんが上半身を起こして呟く。
でも、なんだかすごく焦っているような?
「シリルちゃん?」
「あのままじゃ、あの子の身が持たないわ」
やっぱりフィリスちゃんは相当無理をしているみたい。シリルちゃんの言うとおり、さっきから【精霊魔法】を放つたびに顔を歪め、肩で息をするようになってきている。
一方、『アルマゲイル』はといえば、信じられないことに、あれだけの【精霊魔法】を受け続けているのに、いまだに身体の再生が続いている。
「短時間であれを倒す魔法となると……『このまま』じゃ無理、か。……アリシア。肩を貸してくれる?」
「うん」
あたしの肩を借りて立ち上がったシリルちゃんには、何か切り札があるみたいだ。
「う、く!」
辛そうなシリルちゃん。
無理をしないでと言いたかったけれど、このままじゃ、みんなやられてしまう。
ルシアくんとヴァリスも、【魔法】の援護射撃がなくなったせいで、こっちまで助けにくる余裕はなくなってきているし、フィリスちゃんの限界も近い。
「ここまでかな? 『アルマゲイル』、本気を出していいぞ。ただし、殺さないこと。骨の2、3本は構わないけどね」
その言葉に、あたしの背筋が凍りつく。あれで、まだ本気を出していないって言うの?
そして、限界が近づいたフィリスちゃんの【精霊魔法】が弱まった、まさにその時だった。
『アルマゲイル』の身体が一気に膨れ上がった、……みたいに見えた。
気が付けば、ほとんどの触手を失い目玉部分の本体さえ傷ついていたはずのモンスターの身体は、まるで手品のように一瞬で無数の黒い触手に覆われ、目玉の傷もあっさりと塞がってしまったのだった。
「あ! うう……」
その声は、あたしのものか、フィリスちゃんのものか。いずれにしても、それは絶望の声だった。あれだけ頑張ったのに、全部無駄だったの?
どんなに傷つけても、その気になれば一瞬で元通りなんて、そんなの反則じゃない!
「あははは! だから僕は『アルマゲイル』が好きなんだ。戦闘力自体は決して高くないけれど、無限の再生力を前に、何をやっても無駄なんだと、人々は絶望の声を上げる。愉快だな。たまらないよ」
愉快そうな『王様』の声。無邪気な少年のような顔をしているのに、愉悦に満ちた真紅の瞳に宿る狂気は、寒気を覚えるぐらいおぞましかった。
悔しい。こんな奴に……。
「無駄なんかじゃ、なかったわよ。フィリス、アリシア、それにみんなの頑張りは。わたしに、貴重な時間をくれた」
そんな絶望を打ち破る、力強い声。
あたしはその声に勇気づけられる思いで、声の主を見た。
……えーと、あれ? この、ものすごく可愛らしい女の子、だれ?
小柄な身体に銀色に輝く髪。幼さの残る顔立ちに意志の強そうな深みのある銀の瞳……。
もちろん、言うまでもなく、シリルちゃんだ。あたしの『目』には、はっきりそれがわかる。でも、信じられないくらいに印象が違って見えた。
渦巻く【魔力】に白いローブと銀の髪をなびかせたシリルちゃんは、両手を前に突き出しながら胸を張って詠唱を開始する。体格としては小柄になったはずなのに、凛としたその立ち姿に、あたしはこれまで以上の心強さを感じていた。
〈ゼルグ・メンダス・キルリス・アサード。アウラシェリエル・ジオ・ラド・ソリアス〉
聞きなれないけれど、とてもきれいな旋律を伴った言葉がシリルちゃんの口から紡ぎだされる。
〈絶望の門より来たる死神の鎌。惨劇の天使が抱くは暗黒の剣〉
《命貫く死天使の刃》!
シリルちゃんが突き出した掌から、一瞬のうちに幾重にも折り重なった複数の黒い【魔法陣】が出現する。上級魔法や禁術級魔法なんかでもあり得ない、不思議な出現の仕方だ。
そして次の瞬間、連なる【魔法陣】を貫くように、深い闇色をした刀身が長く伸ばされ、いまにもフィリスちゃんを捕えようとしていた『アルマゲイル』、その中心部の眼球に深々と突き刺さる。
それは、禁術級の闇そのものを刀身サイズに凝縮した『禁忌の刃』。
ただ、刺さっただけ。なのに、これまで焼いても斬っても凍らせても串刺しにしても、ものともせずに再生したモンスターが、ただそれだけで、動きを止めた。
単体認定Aランクモンスター『アルマゲイル』は生命活動のすべてを停止し、再生も何も起こらない。黒い触手は動きを止め、らんらんと輝いていた瞳からは光が失せ、宙に浮かんでいた身体が地に堕ち、真っ白に変色してピクリとも動かなくなる。
「馬鹿な! なぜ再生しない? 一撃で、だと? なんだ、なんなのだ今のは!貴様は、いったい何者だ!」
そう叫んだのはワイゲルの方だった。『王様』の方は目を丸くして固まっている。
「うるさい、わね。『命を貫いた』んだから、死ぬのは当然でしょ? それより、自分の心配をした方がいいわよ」
今のでシリルちゃんはかなりの力を使ったのか、もうあたしの支えなしには立っていることも辛そうだ。でも、シリルちゃんの言うとおり、これで形勢は逆転したんだ。
見ればルシアくんもヴァリスも、それぞれが【キメラ】の最後の一体を相手取っているみたいだし、敵の最大戦力だったモンスターを倒したんだから、もう大丈夫だよね?。
「嘘だ!嘘だ!嘘だ! そんな馬鹿な!貴様ら、何なのだ。【キメラ】も、『アルマゲイル』も、ただの冒険者風情に倒せるものか!」
ワイゲルは、着ているローブの裾を振り乱しながら地団太を踏んでいる。
「ワイゲル。うるさいぞ。目の前の現実はさっさと受け入れるんだよ。大体、『アルマゲイル』はもともと僕の手駒だろうが。次はお前の番だ。早く次の手駒を見せてくれないか?」
「なにを暢気なことを! 我々の計画が台無しにされたのですぞ?」
ワイゲルは、今にも『王様』に掴みかかりかねない勢いで叫ぶ。『王様』に対しては無礼ともいえる振る舞い。けれど、問題はその剣幕の凄さなんかじゃなく、その言葉の内容だったみたい。
『王様』は血みたいに赤い瞳をすうっと細めると、それまで一貫して座りっぱなしだった玉座から立ちあがった。
「台無し? もう種切れ? じゃあ、お前にはもう用はないな。だいたい、【キメラ】をつくるとかさ、しょぼい研究だと思っていたんだ。僕の力がなければ素材のモンスターも手に入らないし、拒絶反応も抑えきれないわけだろう? 挙げ句の果てに、混ぜたところで僕のAランクモンスターみたいに強いのもできないんだから、『吾輩の』研究だなんてよく言えたものだよ」
「しょ、しょぼいだと! き、きさま、貴様まで、吾輩の崇高なる研究を馬鹿にするのか!」
醜い仲間われだ、と最初は思った。けれど、『王様』がワイゲルに対して抱いた感情が見えた時、あたしは勘違いに気付いたんだ。彼は、決して相手を仲間だなんて思っていない。その感情は「殺意」なんて言えるものじゃない。
それは、壊れたおもちゃを捨てようとする程度の軽い気持ち……。
「ぐあああああ!」
挑発に乗って『王様』に掴みかかったワイゲルの背中から、一本の剣が生えていた。
「ゴミはゴミなりに扱ってやらないとね」
いつの間にか、『王様』の手には一本の剣が握られていた。
-妖魔召喚-
ワイゲルと名乗る男の造った【キメラ】というモンスターには、パターンがある。
二つの長所の組み合わせ、または短所の補い合いのどちらかだ。だが、完全にバランスのとれた融合などあり得ない。
『歪んだ』がゆえに発生したモンスターに整合性を求める方が無意味なのだ。
いびつな力に相乗効果も補い合いもありはしない。
【キメラ】であるがゆえの敵の正体の掴みにくさについても、あらかじめアリシアに敵の能力を教えられた以上、対処は簡単だ。
唯一手こずる要因があるとすれば、その数の多さだった。したがって、今や最後の一匹となった目の前の【キメラ】を仕留めることなどたやすいこと。
我は耐斬撃用気功『防刃の鱗』を纏い、巨大な獣型【キメラ】に接近。そのかぎ爪の一撃を捌きながら、下から顎に拳を叩き込み、浮き上がった胴体の下に潜り込んで水平に肘打ちを叩き込む。
我は追撃の手を緩めず、壁にまで吹き飛ぶ【キメラ】を追いかけるように走り込み、その頭部にとどめの一撃を加えた。
「ぐああああああ!」
と、その時、この悪趣味な【キメラ】の生みの親とも言うべきワイゲルの叫び声が響き渡った。
「邪魔なゴミだ」
赤髪の男はそう言うと、胸を剣で刺し貫かれて倒れ伏し、パクパクと口を開閉させるワイゲルを足で脇に蹴り飛ばす。仲間を仲間とも思わない、人を人とも思わない、無造作な真似だ。
「外道の所業だな」
我の吐き捨てるような言葉をまるで無視し、赤髪の男は薄く笑う。
「それにしても、本当に大したものだな君たちは。特に『アルマゲイル』を殺した【魔法】、あれはなんだ?威力からすれば禁術級と言っても過言じゃなさそうだけど、発動までの時間が短すぎるし、【魔法陣】も不思議な出現の仕方をしていただろう?」
「随分と、余裕じゃない」
見覚えのない銀の髪の少女が言う。シリル、なのか? なるほど、ルシアの言うとおり、【古代語魔法】を使うと姿が変わるのか。だが、かなり消耗しているように見えるのは、先ほどの【魔法】のせいだろうか?
「そうだな。残ったのは僕一人か。まあ、このゴミがもう少し楽しい余興を用意していれば、よかったんだけどな。せっかく、これまで付き合ってあげたのに興ざめだよ」
「それで、観念したわけ?大人しく捕縛されるつもりなら、殺しはしないわよ?」
シリルが呆れたように言うと、アリシアが血相を変えて彼女の肩を掴む。
「駄目だよ、シリルちゃん! あの人は駄目!」
「ア、アリシア? どうしたの?」
「あの人のあの力。……あれは【スキル】じゃないの。あれは……そう、【種族特性】。“邪を統べるもの”。あの人には、【アンデッド】もモンスターも、そのランクもほとんど関係ないんだよ! なんでも使えるし、いつでも【召喚】できちゃう!」
「【種族特性】? じゃあ、彼は人間じゃないの?」
「まあ、仕方ないか。【キメラ】って言葉をしゃべらせたりできるから、ただのモンスターを使役するより面白かったけど、やっぱり自前が一番かな。よし、……おいで、『ジャミ』」
赤髪の男は、二人の会話など耳に入っていないかのように、虚空に向かって声をかける。
すると、その視線の先に『歪み』が出現した。
【妖魔召喚】
後から聞いたところによれば、それは【アドヴァンスドスキル】クラス以上の妖術師にのみ使用可能な、あらかじめ支配しておいたモンスターを召喚する高等技術を言うらしい。
〈ウォォォォン〉
魂が凍りつくような唸り声とともに、『歪み』は収束し、禍々しいモンスターが姿を現す。一言で言い表すなら、それは人型のモンスターだ。だが、まるで【アンデッド】のように骨ばかりで構成された肉体に、血の色に染まったボロボロの外套を身に纏い、手には髑髏の杖を携えている。
「ギルドで言うところの単体認定Aランクモンスター『ジャミ』。同じランクでも、さっきの『アルマゲイル』より戦闘力は高いはずだよ。まあ、君たちも実力的には高ランク冒険者みたいだし、ちょうどいいだろ? さあ、遊ぼうか」
「く、ううう」
かなりまずい状況だ。あの姿からして、『ジャミ』は恐らく【魔法】に似た力を使うタイプのモンスターだろう。加えて、物理攻撃がどこまで通じるかも未知数だ。
しかし、【魔法】を使えるシリルとフィリスはともに大きく消耗し、立つこともままならない状況。そしてルシアはといえば、……? 奴はどこだ?
「遊ぼうか、じゃねえんだよ。ふざけやがって」
気付けば、赤髪の男のすぐそばに、ルシアがいた。
手にした『切り拓く絆の魔剣』を赤髪の男の首筋に突きつけている。
「さっさと、あの『ジャミ』って奴を下がらせろ。死にたくなければな」
「死にたくなければ? 僕を殺す? ははは! 身の程知らずが。そんなことができると、本気で思っているのかい?」
「ハッタリはよせ。俺は、はらわたが煮えくりかえっているんだ」
ルシアは手にした剣を首筋に強く押し当てると、怒りのこもった眼で睨みつけた。
「ルシアくん。駄目!離れて!」
異変に気付いたアリシアが叫ぶ。しかし、突如として赤髪の男を中心に球状の結界のようなものが膨れ上がり、傍にいたルシアは大きく後方に弾き飛ばされてしまった。
「うん? もしかして、そこの水色の髪の君、人の心でも読めるのかい? いいね。ますます、欲しくなってきた。君たちは全員、僕に支配されるべきだ」
奴がそう言った次の瞬間、『ジャミ』から凄まじい【瘴気】がほとばしる。息もできなくなるほど、濃密な邪悪そのものの気。まずい!これに対抗できるのは、“竜気功”が使える我ぐらいのものだ。
「きゃあ!」
「うあああ!」
「くそ!アリシア!」
「あたしは平気! でも、シリルちゃんが!」
見ればシリルはアリシアの腕の中でぐったりと脱力してしまっている。
どんなに密着しても部屋に漂う【瘴気】自体はアリシアの【魔鍵】でも防げないのか?
シリルも意識こそあるようだが、もはや自力で立てる状況には見えない。部屋中に満ちた【瘴気】は【魔鍵】に守られたアリシアと結界に守られた赤髪の男を除く全員に影響を及ぼしている。
「おのれ!」
我は全身の“竜気功”を一気に爆発させると、『ジャミ』めがけて飛びかかった。
しかし、『ジャミ』が髑髏の杖を一振りすると、そこから蛇のようにうごめく不定形の塊が飛び出し、我の腕をからめ捕る。
「ぬうう!」
我は腕に力を込めるが、びくともしない。急激に重くなっていくその塊に、我は引き摺られるように倒れ込んだ。これは【瘴気】の塊なのか? やはり、【魔法】の援護なしに戦える相手ではない。
「くそおお!」
今度はルシアが重い身体を無理矢理動かすように立ち上がり、『ジャミ』の背後に近づいて『切り拓く絆の魔剣』を振り下ろす。
〈ギィィィィィ!〉
『ジャミ』は再び身の毛もよだつような叫び声をあげる。
ルシアの体力が消耗していたためか「一刀両断」とはならなかったが、さすがに『切り拓く絆の魔剣』の神性“斬心幻想”を受けて無傷というわけにはいかなかったらしい。
が、しかし、この場合はそれが裏目に出た。
「ぐあああ!」
『ジャミ』は切りつけられたその傷口から、猛烈な勢いで【瘴気】を噴出させたのだ。
間近にいたルシアはたまったものではない。たちまち倒れ込み、苦しみもがきだした。
いまや、この場でまともに立っていられるのは、アリシアと赤髪の男だけになっている。
「どうやら君の【魔鍵】も、仲間の分まで【瘴気】を防ぐようには出来ていないようだな。だが、なんにしても君らの負けだ。悪いようにはしないよ。降参してその【魔鍵】も外してもらえるかな? 少なくとも、モンスターに殺させたりはしない」
「あ、うう……」
「そうそう、なんなら手始めに、君が大事そうに抱えている、その子に浴びせる【瘴気】を致命レベルにしてあげようか?」
「わ、わかった! わかったから、シリルちゃんには手を出さないで!」
ぐ、こんなときに口惜しい。我は声も出せず、完全に脱力しきった身体でその有様を見つめるしかできない。駄目だ。外すな! くそ、もうどうにもならないというのか……。
だが、あたかもそんなタイミングを見計らったかのように、それは起こった。
〈祝福の光、聖なる輝き、満ち満ちて、すべての汚れを清め給え〉
《清浄なる浄化の光》!
響き渡る凛とした力強い声。続いて視界全体に広がる眩い閃光。
そして、光が消えた頃には、部屋に満ちていたはずの【瘴気】が、残らず浄化されていた。
どうやら今のは光属性魔法、それも上級クラスの浄化魔法のようだ。
だが、そんなものを一体誰が?
「すまない。【魔法】の完成に時間がかかった。さあ、負傷者に【生命魔法】を!」
部屋の入口にあらわれた甲冑姿の女騎士エイミアの言葉を受けて、数人の聖騎士たちが室内になだれ込んでくるのが見える。
まさに、救いの女神、といったところか。我は柄にもなく、そんなことを思った。