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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第4章 魔神殺しの聖女と英雄
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第34話 仲間を信じること/禁術級魔法

     -仲間を信じること-


 作戦には、俺たち四人以外にも、エイミアほか聖騎士団員二十五名が参加してくれることになった。敵に気づかれないよう少数精鋭に絞っているとはいえ、実に正規の騎士団員の半数近くが参加する形だ。残りの騎士と団員候補たちを副団長のサイアスが取りまとめて、城の留守を預かることになった。


 作戦の詳細はこうだ。


 まず、ヴァリスとシリルが宮殿内の敵の気配や【魔力】の流れなどを各々のスキルで確認し、情報を整理。

 続いてその情報をもとに、五人一組の小隊を編成し、『ラクラッドの宮殿』周囲の適当と思われる場所に散開して待機する。

 その後、陽動作戦として城壁を派手に破壊しながら攻撃を開始し、出来る限り多くの敵を引きずりだす。

 アリシアには手薄になった宮殿内に侵入してもらい、内部の大まかな情報から推測されるシャルの監禁場所を捜し出して俺たちに連絡する。

 位置が分かり次第、俺たちが急行して二人の安全を確保した後、エイミアの“黎明蒼弓”(フォールダウン)で一気に敵を殲滅する。


「むろん、これは理想的に事が進んだ場合の作戦だ。敵戦力、特に『アルマゲイル』クラスのモンスターが複数いるかいないかだけでも状況は大きく変わる。……なにより、アリシア殿の身の安全が保証できない。それでもやるのか?」


「はい。やらせてください。【エクストラスキル】だから、そんなに簡単に見つかったりしません」


 アリシアはそう言うが、はっきり言って危険極まりない。ただでさえ、使いなれないスキルのうえに、極限の集中力を必要とする命がけの潜入になるのだ。彼女の精神力が耐えきれるかが鍵となる。


「アリシア。これを持っていって。気休めにしかならないけれど、身を守ることができるはずよ」


 そう言ってシリルが渡したのは、手首にはめるブレスレットのようなものだ。


「これは何?」


「『ディ・エルバの楯』。わたしの【魔装兵器】のひとつよ。ただ、『魔族』以外が使っても中級魔法を一度か、初級魔法を何度か防ぐ程度の力しかないわ」


「ううん、それでも心強いよ。ありがと、シリルちゃん」


「アリシア……」


 笑いながらブレスレットを手首に着けるアリシアの手は、心なしか震えている。ただ、それでも彼女は、自分の決意を改めるつもりはないのだろう。

 少し前まで、散々みんなで説得したというのに譲らなかったのだ。


 確かに、潜伏系の【エクストラスキル】が使える奴なんて他にいなかったわけだし、理屈からすれば一番の適任者なのかもしれないが、それでも俺は、彼女をそんな危険なところに一人で送り込むのには強い抵抗を感じざるを得ない。


「ふふ、ルシアくん。そんなに心配そうな顔をしなくっても大丈夫だよ。シャルちゃんの居場所をちゃちゃっと見つけて、すぐにこれで連絡するから」


 そう言って指にはめた『風糸の指輪』を翳して見せるアリシア。この指輪の風糸は目に見えないが、シリルの“魔王の百眼”だけは例外だ。だから、アリシアがシャルの監禁場所の近くで待機してくれていれば、俺たちは糸を辿って行くことができるのだ。


「お前がそこまで決意したことなら、もう止めはしない。だが、約束しろ。危険が迫ったら、必ずこの指輪で我に呼びかけろ。いいな?」


 気が付けば、ヴァリスがアリシアの手を取って真剣に語りかけている。


 これはいったい、どうしたことだろう? 


 確かに最近のヴァリスは、俺たちに対しても仲間意識みたいなものを少しは持ってくれているみたいだが、よりにもよって自分を人間に変えた原因であるはずのアリシアのことをあそこまで心配してくれるとは予想外だ。


「う、うん、わかったよ。ヴァリスの声を聞ければ、心強いもんね」


 アリシアの方がたじたじになっているところも、思えば珍しい光景だ。


  そして、夜明けとともに作戦は決行される。

 セイリア城から出撃した俺たちは、西に数キロの進んだところにある『ラクラッドの宮殿』を視界におさめられる距離まで接近した後、敵に見つからないよう近くの林の中に陣地を定めた。

 シリルとヴァリスの二人は、夜が明けて飛行が可能となった『ファルーク』に乗って宮殿の上空から索敵を開始。状況を把握すると、素早く引き返してくる。


「見た限り、侵入防止用の結界やトラップの類はなさそうよ。少なくとも、【魔法】絡みのものはね。ただ、地下二階までは遠すぎて確認できなかった。ごめんね、アリシア……」


 シリルが申し訳なさそうに謝る。


「敵の戦力だが、予想通り地下に、おびただしい数がいるぞ。気配からすれば、ほとんどがモンスターだろうが、我々の数倍はいる。地上部分には誰もいないようだがな」


 ヴァリスも厳しい顔をしている。

 本来なら兵力も態勢も万全に整えてから来るべきところだろうが、いつシャルの身に危害が加えられるかわからない以上、そうも言ってはいられない。

 周辺地域の誘拐事件解決に繋がる可能性があるとはいえ、ここまで拙速に事に及んだのは、俺たちの仲間を救出する目的があるからだ。


「そうか。ならまずは、アリシア殿が潜入しやすいよう、出来る限り多くの敵を引きずりだすとしよう。出来るだけ派手に城壁でも破壊してやれればいいのだが、あいにく破城鎚までは持ってこれなかったからな。やっぱり、私がやった方がいいのではないか?」


「駄目よ。あなたの“黎明蒼弓”(フォールダウン)は有名すぎるから、敵にすぐセイリア城からの追手だと気付かれる。あくまで最初は正体不明の襲撃を装わないと、シャルが人質に取られるわ」


「ああ、そうか。それは考えていなかった。だが、それでは使える手は光属性上級魔法ぐらいのものだが、それでも聖騎士の仕業と思われれば同じだな」


 エイミアは真剣な顔つきのまま、顎に手を当てて黙り込んだ。

 

「エイミア。わたしたちの仲間の救出なのだから、わたしたちの力をもっと当てにしてくれないかしら?」


「む? だが、宮殿内に突入するのは君たちだぞ? 余計な【魔力】消費をしている余裕もないはずだ」


「御心配なく。禁術級魔法の一つや二つで【魔力】切れになるほど、やわじゃないわ」


「き、禁術級? そ、そうか。それは、なんとも頼もしいな」


 うん? エイミアの表情がひきつっているぞ? なんだか周囲の騎士たちの顔も若干青ざめている感じだし……。

 と、そこへ俺の疑問を感じたのか、アリシアが耳打ちで教えてくれる。


「あのね。禁術級魔法っていうのは、【融合魔法】フュージョン・ソーサリーの中でも『別格』なの。よっぽど高い属性適性がなくっちゃ、発動までに何時間かかるかわからないし、【魔力】消費量も莫大だから、普通は魔導師系スキルの最高峰“大魔導”でもない限り、複数回の使用なんて不可能なんだよ」


 なるほど。なんとなくだが、シリルの言ったことがめちゃくちゃ常識離れしているらしいことだけはわかった。

 身近にいると気付かないけど、シリルって実はものすごい魔法使いなんだな。

 俺が得心いった表情を向けると、アリシアはやっとわかったの?という顔をした。

 その表情にはこれから死地に赴こうというのに、不安も悲壮感もまったく見られない。


「あたしは大丈夫だよ。ほんとにルシアくんって心配性なんだね」


 そりゃ心配もする。しない方がおかしいだろう。


「心配してくれるのは嬉しいけど、信頼されていないのは悲しいな」


「いや、そんなつもりじゃ……」


「うん、わかってる。でも、そういうことなんだよ。あたしはみんなと肩を並べて歩きたいの。護ってもらって心配されるだけじゃ、嫌なの」


 確かに、今までの俺は、アリシアのことを【魔法】も使えない女の子だとみなしていて、護らなければならない存在だと考えていた。でもそれでは、本当の仲間とはいえないんじゃないだろうか? もっとアリシアのことを、信じてやらないといけないのかもしれない。



     -禁術級魔法-


 さあ、作戦開始。


 シャル……、どうか無事でいて。


 わたしはシャルのことを思い浮かべる。彼女は、夜の中庭で【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)の練習をしていたところを、目を付けられて攫われた。

 もう夜も遅い時間だったのに、一人前の冒険者になるために頑張っていたんだろうな。


 そんなシャルを、あの忌まわしい『混沌の種子』なんかの実験台にするために連れ去ったですって? そんなこと、許せない。絶対に、許さない。

 わたしはそんな怒りを自らの構築する【魔法陣】に込めるかのように集中力を高めた。


 周囲でエイミアや他の騎士たちが息を飲むのが分かる。わたしの極限まで研ぎ澄まされた感覚は、些細な物音でさえ逃さない。


〈其は灼熱の魔王の吐息。其は極寒の神々の息吹。永劫の闇より生れしは無限の災禍〉


 今、わたしが掲げる掌の少し前方の空間には、巨大な白い円形の【魔法陣】がひとつと、その先に重なるように、2つの黒い【魔法陣】が互い違いの方向に回転しながら浮かび上がっている。

 禁術級魔法においては、世界の【マナ】を【魔力】に変換する白い【魔法陣】が1つのほかに、属性を付加する【魔法陣】が2つ必要になる。

 そのため、属性適性のない魔法使いでは、発動までに実に8時間の時間を要する。もちろん、それだけの時間、【魔力】の集中を維持することは命に関わる自殺行為だ。だからこそ、このレベルの【魔法】を指して『禁術』級魔法と呼ぶ。


「よし、できたわ」


「ええ!? まだ、10分も経っていないぞ!?」


 騎士たちがざわざわと声を上げる。けれど彼らも魔法使い。わたしの【魔法】が完成していることくらい、見ればわかるだろう。【闇属性禁術級適性スキル】“黄昏の闇姫”を持っているとしても、10分での発動はかなり短い方だから驚くのも無理はない。


「さ、それじゃ準備はいい?」


 わたしは、周囲の騎士たちが頷くのを確認すると、荒れ狂う【魔力】の渦を制御し、わたしが望む事象を引き起こすべく、それを解放した。


終わりなき災禍の濁流エンドレス・カラミティ》!


 放たれたのは、すべてを闇に塗りつぶす漆黒の奔流。それは音を立てることもなく、ただし、凄まじい勢いで『ラクラッドの宮殿』に押し寄せる。

 嵐で氾濫した川からあふれた濁流を彷彿とさせる分量の、いわば『闇の水』が城壁に叩きつけられた。それでも、相変わらず何の音も聞こえない。


 わたしは最初、派手に爆発する魔法で敵をおびき出そうと考えたけれど、それでは城まで崩壊する恐れもあるし、なにより、『その程度』じゃわたしの気が済まない。

 

 やるのなら、徹底的に、完膚なきまでに、やる。

 

 わたしが選択した【魔法】は、そんな思いを形にしたかのような結果をそこに刻みこむ。

 闇の奔流が去った後には、城壁に黒い穴が穿たれていた。

 しかし、それで終わりではない。文字通り、最後まで終わりがないのがこの【魔法】。 

 何かに『喰われた』ように開いた穴はそれほど大きなものではない。だがしかし、穴の周囲に纏わりつく黒い闇が城壁そのものを侵食し始める。そして、広大な宮殿を覆う城壁が、たった一か所に開いた穴を起点に崩壊を始めた。

 すべてを破壊しつくすまで終わらない、災厄の連鎖。

 数十秒後、崩れかかった部分もあったとはいえ、依然として堅牢に組み上げられていたはずの城壁は、周囲全長数キロに及ぶそのすべてが、跡形もなく完全に崩れ去っていた。


「うああ、ウソだろ、おい」


「こ、これは、驚いたな……」


 騎士たちは驚愕のあまり固まっているし、エイミアですら茫然としてしまい、動けないままでいるようだ。


「ほら、来るわよ。準備して!」


 わたしは、そんな彼らを正気に戻すように大声で呼びかけた。いきなり大質量の【魔力】が押し寄せ、城壁部分が轟音とともに崩壊したのだ。中の連中が気付かないわけがない。


 しばらくすると、ぞろぞろと敵らしき姿が地下から這い出して来るのが見えた。

 これが人間なら、大混乱に陥っていてもおかしくない状況だし、わたしもそれを狙っていたのだけれど、出てきたモノは人間ではなかった。

 否、かつては、人間であったはずのものだ。完全な骸骨と化したものもいれば、腐りかけの身体を引きずるものもいる。各々が手に武器らしきものを持ち、眼窩の空洞から虚空を見つめ、うろうろとあたりを見回す。


「【アンデッド】かよ……」


 誰かが呟く。この世界でもっとも忌まわしき存在の一つ。【アンデッド】。

 通常のモンスターが【歪夢】により存在を歪まされた『幻獣』や『精霊』、『妖精』等であるのに対し、この【アンデッド】だけは、人間によって人為的に作り出されている点が何より性質が悪い。


「“妖術師”のほかに、“死霊術士”までいるというわけか」


 エイミアが忌々しげに吐き捨てる。

 いずれも人間が持ち得る【スキル】の中ではレアな分類に入るものである。

 片や、生きとし生けるものの天敵たるモンスターを召喚し、従属させる外道の業。

 片や、残留【魔力】を媒介に、生物の死体に偽りの命を与えて使役する鬼畜の業。


 特に後者は【死霊術】(ネクロマンシー)と呼ばれ、死者の魂を冒涜する禁忌の術として、あらゆる国を超えて厳に使用を禁止されている正真正銘の『禁術』だ。


 そんな術により生み出された【アンデッド】が数十体、わらわらと出現し、宮殿の周りを埋め尽くしている有様は、とてもこの世のものとは思えない。


「状況確認に【アンデッド】を出すとはな。卑劣な連中め。だが、ちょうどいい。アリシア殿、我々が奴らと交戦している間に隙をみて潜入を開始してほしい」


「はい!」


 エイミアの言葉にアリシアが威勢よく返事をする。


「アリシア。気をつけてね」


「うん。頑張る」


 そう言うと、アリシアは大きく息を吸い込み、すうっと気配を消した。

 もちろん、姿が掻き消えたわけではないけれど、目の前に居ながら存在感が急激に希薄になったような印象さえ受ける。これなら、よほど視界の中心に姿を収められない限り、気付かれる心配はないだろう。


「かかれ!」


戦士の剛腕(パワーアーム)》!

疾風の健脚(スピードスター)》!


 聖騎士団の団員たちは、各々が強化系【生命魔法】ライフ・リィンフォースを発動させると、一斉に【アンデッド】に攻撃をしかけた。本来であれば光属性魔法こそが【アンデッド】にはもっとも有効な攻撃手段のはずであるが、最初は使用を控えることにしている。


 【アンデッド】の最大の特徴は、『遠隔操作』だ。加えて同時に一体までが限度ではあるが、五感の一部を共有し、さらには術者の能力の一部を使用させることまで出来る。つまり、今この場には【アンデッド】の身体を借りた術者自身がいる可能性があるのだ。そのため、聖騎士団員は特注の鎧ではない別の鎧を身に着け、正体を隠している。


 一方、エイミアも“黎明蒼弓”(フォールダウン)こそ使用しないものの、『謳い捧ぐ蒼天の聖弓カルラ・リュミエル・レイド』を構え、次々と矢を放つ。通常なら命中させるのも至難の業と思われる遠距離から放たれたそれは、立て続けに【アンデッド】を射抜いていく。

 【アンデッド】は、その身体にかけられた【死霊術】(ネクロマンシー)、いわば偽りの【生命魔法】ライフ・リィンフォースによって強引に肉体を動かしているため、頭を切り落とされようが、構わず戦いを続ける悪夢の兵士だ。

 エイミアはその特性を理解したうえで、一矢、また一矢と不死の軍団兵の膝関節や肩関節に正確に命中させ、その動きを封じることを主眼に攻撃していた。


「本当に、気をつけて……」


 わたしは、【アンデッド】に気付かれないように宮殿の入り口へ向かうアリシアの後姿を見つめ、祈るようにもう一度、呟く。


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