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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第1章 剣と魔法の幻想世界
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第3話 生き抜くために/彼の名前

     -生き抜くために-


 まったくもって、危機一髪だった。ありえない。全く本当にありえない。


「どんな償いだってするわ」って、あんな美少女が男に言っていいセリフじゃない。

 この世界には【魔法】があるという話だが、あれこそ魔法なんじゃないだろうか。


「殺そう」とか、物騒な言葉でも口にすれば、雰囲気を変えられるんじゃないかとは思ったが、まさか自分の口から「目を瞑って」なんて言葉が飛び出すとは、いやはや恐ろしい。


「好きなようにしてくれていいの」だなんて、無防備にもほどがあるだろ!

 

 危うく男として、間違ったことをしてしまうところだった。常日頃から「かくあるべし」と考えていた男の姿。そう、俺は弱きを助け、強きを挫く、婦女子には優しく紳士的であるべきだと、そんな『理想の俺』を思い描いて生きてきたはずではなかったのか。


 でも、あれは反則だ。目を瞑った少女の顔が瞼に今も焼きついて離れない。

 目を開けても脳裏には、やはり彼女の可憐な顔立ちが……、とそこまで考えたところで、どうやら室内のベッドで横になっているらしい自分の姿に気がついた。

 

「あれ? ここはどこだ?」


「ルーズの町の宿屋よ」


 疑問の声に間髪いれず返答がある。鈴の鳴るようなその声は、聞き覚えがあるようで、少し異なっているように聞こえた。

 あわてて身を起こし、声のした方を見るとそこには、妙齢の美女がいた。周囲には木製の簡素な家具や水差しなどが置かれており、彼女はベッドの脇の椅子に腰かけている。


 俺と同じ黒い髪に黒い瞳、抜けるような白い肌に白と黒のローブ。年齢としては二十歳を少し過ぎたところか。自分とほぼ同じ年代と思われるが、同時に少女のようなあどけなさも感じさせる。

 木製の椅子に腰かけて同じ目線の高さで向かい合う彼女は、何故か、おかしそうに微笑んでいる。はじめて会ったはずなのに、どこかで会ったことがあるような……。

 と、そこまで考えて、はたと気がついた。


「えっと、もしかして、シリル?」


「……よく、わかったわね」


「そりゃ、まあ、雰囲気はそっくりだし。それも魔法なのか?」


「似たようなものね。あなたにわたしがお願いできる立場じゃないのはわかっているけど、あそこで見たわたしの姿のことは、誰にも話さないでもらえるとありがたいかな」


 あそこで見たわたしの姿、か。思い浮かべてみる。銀色の髪に同じく銀の瞳。大きめのサイズのローブを身にまとい、周囲に咲き誇る花々までも霞ませてしまう可憐な容姿。

 そして、勢いで思わず言ってしまった言葉に従い、素直に目を閉じる彼女の姿。


 ……よし、確かに忘れた方がよさそうだ。


「ああ、わかった。ってか、結局何がどうなったんだ?」


「わたしも失念していたけど、召喚された直後は肉体や魂が新しい世界に順応するまでは、体力の消耗が激しいはずなの。あなたもよく、あれだけの長時間話ができたと思うけど」


 なるほど、そう言えばなんだかやたらと頭がぼうっとしていたし、身体もだるい気がしていた。もっとも、身体については、別の理由で慣れていない(・・・・・・)からだと思っていたのだが。

 俺はふと、自分の手を見下ろし、二度三度と握ったり開いたりを繰り返す。

 うん、まあ、動くよな。そりゃそうだ。だが、この感覚に慣れるまではだいぶ時間がかかりそうだ。


 そこまで考えたところで、思い出したことがあった。


「そうだ。『殺そう』なんて言っちゃったけど、そんなつもりはないからな」


 物騒なことを言ってしまったから、訂正しておかないとと思ったのだが、彼女はそんなことはわかっていると言いたげな顔をした。


「そうね。そうだと思った。じゃあ、目を瞑らせて、何をしようとしていたの?」


「え? いや、それはだな……」


「い・か・が・わ・し・い、ことかしら?」


 少女の姿をしていた時より、ずっと女性らしい体つきとなった艶やかな黒髪の美女が悪戯っぽく囁く様は、背筋にゾクッとくるような妖艶さを感じさせた。


「そ、そんなわけないだろ!」


「ごまかしても無駄よ。さっきから寝言で全部話していたもの」


「グハァ!」


 穴があったら入りたいとはこのことだ。きっと軽蔑されたに違いない。

 さっき考えていたと思ったことは自分が口走った寝言だったのか……。軽くショックを受けて俯いていると、ケラケラという笑い声が響いてきた。


「あはは。面白い人ね。あなたって。そうね。償いの方法の考え方を変えましょう。わたしがあなたに何をしてあげられるか、が重要よね」


 姿形は初めて会ったときと変わっても、話し方やら雰囲気はやっぱり同じだ。

 償い……か。彼女は前から何度もそんな言葉を繰り返しているが、俺としてはだんだん微妙な気持ちになってきた。

 もちろん、彼女の言うとおり、俺はいきなり【転生】させられてしまうとか、とんでもない目にあっているのは事実だろう。だが、それが、俺にとって悪い事なのかと言うと、まだ、わからないというのが正直なところだ。

 そんな状況で、あまり何度も謝られると、なんだかこちらが騙しているような気にもなってくる。

 俺としては、そんな気持ちをごまかすように、言葉を返すしかない。


「まあ、その方が建設的だよな。いや、もちろん、いかがわしい事じゃなくてだぞ?」


「うふふ! ええ、わかってる。とりあえず、どうしたらいいかしら?」


「そりゃ、この世界で生きていくしかない以上、この世界のことを教えてもらわなきゃ話にならないかな。なんつったって、俺が頼りにできるのはシリルだけなんだ」


 これは、まぎれもない本音である。現実問題として、右も左もわからない、初めての世界では、彼女の助けなしに生きていくことはできないだろう。


「いっそのこと、わたしが養ってあげるってことでいいかしら?」


 シリルのそんな提案は、ある意味では大変魅力的に聞こえるが、それをやったら俺の中の大事な何かが、なくなってしまう気がする。ので、あわてて否定した。


「いやいや!女の子に養ってもらうなんてのは流石に男としてのプライドが許さない。最初は助けてもらうにしても、いつかは自分の力でも生活していけるようにならないとな」


「ふふっ。『理想の俺』だったっけ?」


「やめろ! やめてくれ! ていうか頼むから、その寝言だけは忘れてくれ」


「どうかしら、わたしにも、できることとできないことがあるからなあ」


 彼女は、大人っぽい外見に似合わない少女のような、けれどそれでいて、とても魅力的な口調と仕草でそう言って笑った。



     -彼の名前-


 彼が生き抜くために、わたしができることをしよう。

 そう決めた。彼はすごくお人好しな青年だ。あの寝言を聞いてわかった。

 でも、それにただ、甘えちゃいけない。

 わたしは全心全霊でもって、彼の力にならなければならない。彼にこの世界での『居場所』を創ってあげなくてはいけないんだ。


「まずは、あなたがどんな【スキル】を備えているか、何ができるのかを確かめなくちゃね」


「【スキル】?なんだそれ?」


「【スキル】を知らないなんて……本当に何から何まで違うのね。でも、この世界に【転生】した以上、何らかの才能があなたの中に根付いたはずなの。それを【スキル】と呼んでいるってわけ」


 この世界に生まれた人間であれば、誰もが例外なく備えている【スキル】。それは人が生き抜くために、世界から与えられたもの。彼もこの世界に『生まれた』以上、世界から何らかの【スキル】を与えられているはず。


「ふうん。まあ、いいか。ところで、いい加減名前がないのもなんだしさ、何か適当な名前で呼んでくれよ」


「駄目よ。問題はないかもしれなくても、召喚獣とは違うのだから、それはやめておきましょう。あなたの本当の名前がいいわ」


「いや、でも名前はなくなったんだろ?」


「それでも、人間である以上、この世界での(・・・・・・)あなたの名前があるのかもしれない」


「そんなもの、どうやって調べるんだ。自分でもわからないのに」


「そうね。とりあえず、“鑑定者”のところに行ってみましょう」


「鑑定者?」


「ええ、通常は【スキル】の種類と有無を調べるだけだけど、わたしの知り合いには、特別な【スキル】で相手の名前や素性を見抜くことができる子がいるから」


「見抜くって、そんな……」


 彼はなお、理解できないという顔をしているけれど、こればかりは彼女に会わせてみなければわからない。『名前』があるはず、というのはわたしの仮説だけれども、彼女に会えば、彼のことが何か分かるかもしれない。

 この世界で彼が生き抜くためにはまず、何よりもこの世界における彼自身の情報が重要。


 わたしは、手早く荷物をまとめると、宿の受付で手続きを済ませ、彼のことを引きずるように宿を後にした。

 

 ここルーズの町は、わたしが召喚の舞台とした人跡未踏の【聖地】から数キロと離れていない場所にある小さな宿場町だ。

 世界に数ある【聖地】の中で、あの場所を選んだのも、わたしの唯一の親友たる彼女がいる町が近くにあるからであり、召喚に成功したら真っ先に報告しようと思っていた。

 まさか、こんなことになるなんて思いもしなかったけれど。


 そんな街並みを二人で歩いていると、彼がふと聞いてくる。


「ここは、この世界じゃ小さいほうの町なのか?」


「ええそうよ。大きな都市はこの百倍はあるんじゃないかしら」


「なるほどね。でも、そんな小さな町にそんなすごい能力のある人がいるのか?ええっと、だってあれだろ? 【オリジナルスキル】っていう世界でも一人しかいないような能力なんだろ?」


 そう、彼女の能力“真実の審判者”は、個人固有の【オリジナルスキル】である。

 二人と同じ使い手がいない【オリジナルスキル】持ちは極めて珍しく、その能力も価値の高いものが多いため、都会で暮らせば引く手数多なはずなのだ。

 でも彼女の場合、むしろその能力がゆえにこんな町で暮らすことになっている。それが皮肉な感じがして、わたしは彼の言葉に返事が返せなかった。


 そして、わたしたちは一軒の小さな店の前に立っていた。


『マーズ鑑定屋』 


 きわめてシンプルなその名前も、彼女が必要以上に人を寄せ付けたくないからこそのものである。そこでわたしは、彼に向き直り、注意した。


「彼女は初対面の人を信用しないから、あまり無闇に話しかけないでね。わたしの知り合いなら鑑定はしてくれると思うけど、とにかく極度の人見知りだから」


「あ、ああ。わかった。気をつける」


 しつこいくらいに繰り返してしまったせいで、若干引き気味に返事をされたが、これぐらいで丁度いい。なにしろ彼女は……


「お帰りなさい、シリルちゃん!遅かったじゃない! もう、心配したのよ?」


 そういって店に入るなり抱きついてきた。それだけにとどまらず、彼女はわたしの頬に自分の頬をすりすりと擦りつけてくる。

 ふと、振り向くと、別の意味で彼が引いていた。


「いや、俺もな? 別に他人の恋路を邪魔する気はないからさ。うん。無闇に話しかけたりしないよ?」


「……わかってて、言ってるでしょう」


 わたしは呆れ顔で返す。彼女、アリシアの方はと言えば、わたしに抱きついたまま、ぼうっと彼の姿を見つめている。できれば、動きにくいから離れてほしい……。


 『鑑定開始』と言ったところかな。普通の“鑑定者”の【スキル】では、相手の手を取ったり、相手から情報を聞き出してからでないと鑑定できないのだけれど、アリシアの場合、相手を視界に入れるだけで能力が発動する。

 その人間の氏素性、はては好意や悪意、一部の思考まで読み取れてしまうこの能力は、アリシアにとっては苦痛であり、人間不信に陥ったのもこの能力のせいである。

 そのため、アリシアは極端に他人から視線をそらす傾向があったはずだけれど、その彼女がわき目も振らず彼を見ている。


「どう? なにか珍しいものでも見えた?」


 わたしは彼女を身体から引き剥がしながら、試しにそう聞いてみた。


「すごい。すごい。すごい。すごい。信じられない。嘘でしょう? ねえ、いったいどういうことなの?」


 それはそうだろう。何といっても異世界人なのだ。普通であるはずがない。


「ほらほら、感嘆してばかりいないで、わたしにも教えてよ。まず、彼の名前は?」


「え? 名前? えーっと、うん。『ルシア・トライハイト』だね」


ルシア・トライハイト。初めて聞く彼の名前。どこか不思議な懐かしさを感じる響きだ。  

 やっぱり、彼は世界から名前を与えられていた。

 それが向こうの世界の名前と同じなのか違うのか、何らかの関係性があるのかわからないけれど、『幻獣』や『精霊』のように誰かに名を与えられなければならない存在だということでない以上、一個の独立した人間として、彼はここにいる。名付け親もいないだろう、この世界に。


「そっか、俺の名前は『ルシア・トライハイト』なのか。うん。なんか、そう言われるとしっくりくるな」


「そうね。じゃあ、あらためまして。よろしく、ルシア」


「ああ、よろしくシリル」


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