第31話 夢って儚いものなんだね/武人練磨
-夢って儚いものなんだね-
ホーリーグレンド聖王国、その精鋭中の精鋭である聖騎士団。
その騎士団長にして、Sランクの『魔神オルガスト』を滅ぼした伝説の英雄。
『魔神殺しの聖女』。エイミア・レイシャル。
あたしは、ルーズの町まで伝わってくるその勇名を聞いて、その存在にずっと憧れていた。だって、あたしとほとんど違わない歳の女の子でありながら、騎士団長なんだよ?
憧れるのは当然だよね? 理想的な女性だって、幻想を抱いちゃうのも無理ないよね?
初めてその姿を見かけた、オルガストの湖でのこと。
【エクストラスキル】“弓聖”と“閃光の聖騎士”を備え持っているのが目に入り、実際にすごい技でモンスターの大軍を殲滅するのを見て、鳥肌が立つぐらい感動した。
でも、でも、その人がまさか、たった今、こうしてあたしの目の前で、シリルちゃんにえんえんと説教をくらって縮こまっている人と同じ人だとは、到底思えない。
「いや、その、確かに、私も悪かったとは思うが、そろそろ許してはもらえないか?」
「何が悪かったか自覚してないくせに、口先で誤魔化すのは感心できないわ。いい?人の口に入る物を作ろうと言うのなら、そもそも味見ぐらいちゃんとするものでしょう?」
「いや、味見なら、したぞ? 問題なかったはずなのだが……」
「嘘おっしゃい! だいたいどうやったらこんな部分的に味の酷い料理なんて作れるのよ。どうやって作ったか、一から手順を教えてもらえないかしら?一つ一つチェックしてあげるから!」
「いや、そこまでしてもらうわけには……」
「ダ・メ・よ! いい? 料理っていうのは、単なる栄養補給じゃないのよ?おいしい物を食べることって、生きる楽しみにもつながっているの。いわば、人の幸せの一部なのよ?それを、こんないい加減な料理を見せられて、黙っていられるわけがないわ!」
普段の冷静な姿からは考えられないくらい、すごい剣幕で声を張り上げるシリルちゃん。
うーん、前々からキャンプでの料理の時にも細かいこだわりを見せていたけど、まさかここまで我を忘れちゃうほどとは思わなかったな。
副団長のサイアスさんや周りの聖騎士の人たちも唖然として固まっているし、シャルちゃんなんか、びっくりして目を丸くしちゃってるよ。
「む、むう、そうか。そう言われれば確かにな。人の幸せの一部か。うん。このエイミア、今の言葉には深く感じ入った!どうだろう、シリル殿。よければ、私に料理を教えてはくれまいか?」
「もちろんよ! あなたがちゃんと食べられるものをつくれるようにならなくちゃ、これからも無駄になる食材が減らないんだから、しっかり身につけてもらうわ」
ああ、シリルちゃん。話の展開がすごい事になってるのに、自分で気付いてないのかな?
たまらず、ルシアくんがシリルちゃんのローブの裾を引く。
「お、おい、シリル。いいのか? そんなこと約束しちゃって?」
「え? なにがよ?」
「いや、だからさ、団長さんに料理を教えるってことは、ここにしばらく滞在することになるんじゃないか? ほら、その、すぐに身につくとも考えにくいしさ」
最後の部分を言いにくそうに話すルシアくん。エイミア様、…ううんエイミアさん?
……もういいや、エイミアも気にはしていないみたいだけれど。
「え? あ、えっと……」
「よし、無論滞在の間の費用は心配しないでほしい。わたしの婚期を早めるためだ、是非、協力してくれ」
シリルちゃんも一度勢いで了承しちゃった手前、いまさら撤回はできないみたい。
って、さっきからエイミアってば婚期の話ばかりしてるけど……。
「エイミア様って結婚する予定でもあるんですか?」
「アリシア殿。わたしも乙女だ。結婚ぐらい夢見るさ。だが、なかなか料理の腕が上がらなくてな。このままでは嫁の貰い手が見つからないかもしれない」
きりりとした真剣な表情で話しながら、軽く頬を赤らめるエイミア。
はう、どんどんあたしの中の『聖女エイミア』像が崩れていくよう。だいたい、こんなに美人なんだし、有名なんだから、嫁の貰い手ぐらい幾らでもあるはずなんだけどなあ。
そういえば、ヴァリスも彼女の強さには、かなり感じ入っていたはずだけど、イメージが崩れたんじゃないのかな?
そう思って彼の方を見ると、彼はなんと、「壊滅的」料理を口に運んでいるところだった。
「ヴァ、ヴァリス? 大丈夫なの?」
「ああ。味の悪い物の見分けはつく。“超感覚”……いや、“天より見下ろす瞳”があるからな」
ん? ああ、『竜族』だってばれないように、【種族特性】を似た性質の人間の【スキル】に言い換えたのか。
どっちにしても便利な能力だよねえ。……って、ちょっと待って!
確かそのスキルって、索敵・警戒用の最上級スキルなんじゃ……。
索敵・警戒を要する料理って、一体? 確かに、早く改善してもらった方がいいかも。
そして、改めて料理人の人たちがつくった料理(あらかじめ用意してあったみたい。大変だね、この城のみんなも…)を食べた後、あたしたちは、しばらく歓談を続けることになった。
最初はエイミアの方から、『開拓』の時のことを色々と聞かれて、主にシリルちゃんが受け答えをしていたんだけど、話が途切れたところで、あたしは思い切って前から聞いてみたいと思っていたことを尋ねた。
「『魔神オルガスト』ってどんなモンスターだったんですか?」
「ああ、一番よくされる質問だな。あのモンスターの姿については、この国の者にすら、あまり知られてはいないからな。……というより、みんな忘れたいんだろう」
「え? そうなんですか」
「ああ。もったいぶっていても仕方ないから話すが、あれは、言ってみれば『巨大なガラス玉に入った巨大魚』だ」
うう、想像はできるけど、そんなのがモンスターなの?
「ちなみに移動方法は宙に浮く場合と転がる場合とがあった。だが、あれが放つ【魔力】は、見た目よりはるかに禍々しいものだ。それに『ガラス玉』と言ったが、その実体は強力無比な結界だ。それでいて中からは強力な水流や氷雪、果ては闇属性による攻撃まで繰り出してくるのだから、始末に負えない」
「確か、何度か討伐軍が組織されて、戦ったけれど全滅したって話だったわよね?」
シリルちゃんはもう、敬語を使う気ないみたい。
まあ、気分的にはあたしもそうなんだけど……。
「全滅というのは言い過ぎだな。実際には全滅する前に勝ち目がないと判断して、逃げる者が多かった。こちらの攻撃がまったく通じないあの姿を前にしては、無理もないが……」
なんだかエイミアは悲しそうな顔をしてる。後悔? ううん、残念に思う気持ち、かな?
「そんなのに、どうやって勝ったんです?」
「奴の能力を分析し、対応策を練り、それに必要な仲間を揃えて戦ったのさ。もっとも、それをしたのはギルドの連中で、私はその作戦にどうしても必要だと言われて、ギルドをやめて聖騎士団に入隊中だったにもかかわらず、無理矢理参加させられたようなものだったがな」
ルシアの質問に答えるエイミアには、なんだかギルドへの嫌悪感みたいなものがある。なんだか、シリルちゃんと似ているかな?
「無理やりって、ギルドメンバーじゃないのに?」
「ギルドはね、その気になれば一国に圧力をかけるぐらい、簡単にできるのよ」
「シリル殿の言うとおりだ。表向きは独断行動だったが、実際には上からの命令だったよ。もちろん、その時の私はまだ、二十歳にもなっていない小娘だ。逆らえるわけもない」
「そんなの酷い……」
「まあ、私も死にたくはなかったからな。ギルドの作戦に従って、死に物狂いで戦った。結果、……決して少なくない犠牲はあったが、あれを滅ぼすことができた」
「そうだったんですか……。あたし、そんな苦労も知らずに聖女様、聖女様って騒いでいた自分が恥ずかしいです」
本当、勝手に幻想を持って、勝手に幻滅して、なんて最低な行為だろう。
やっぱり、この人は本当に英雄なんだ。だけど、当たり前だけど、一人の人間でもある。
「ははは、いや、私の名前なんかで、みなが少しでも希望を抱いてくれるならそれでいい。わずか四年で、この国はここまで復興したんだ。私は英雄なんて言われているが、実際にこの国を復興させてきた人々の方がよほど凄いと思うよ」
あたしは改めて、この風変わりな『聖女様』に憧れ直すことになった。
-武人練磨-
聖騎士団の城『セイリア城』。
聞いた限りでは、たった50人程度の聖騎士と100名程度の騎士候補たちのみが駐留する城でありながら、難攻不落を誇るとされている。
『魔神オルガスト』討伐後も、荒廃した国には様々な動乱があったということだが、この城を中心とする聖騎士団の活動でそのほとんどが鎮圧されたのだそうだ。
それだけの強者が集まる場所にいながら、何もせずに時を過ごすなど、我にできるはずもない。
シリルが半泣き状態のエイミアと厨房に籠っている間、我とルシアは騎士団の訓練に参加させてもらうことになった。……いや、あえてエイミアのことには触れまい。
「見事なお手前であった、ヴァリス殿。今度は私のお相手をお願いつかまつる!」
次の相手が目の前に来たようだ。まだ年若い男に見えるが、50名の精鋭に名を連ねているのだ。只者ではあるまい。
先ほど我が相手をした者は、地に倒れて荒く息をしているが、まだ団員候補だという話だ。今度は、そう簡単にはいかないだろう。
その聖騎士はゆっくりと正眼に剣を構える。時折その剣に不思議な紋様が見え隠れするところから、恐らくは【魔鍵】の一種だろう。油断はできない。
「せいや!」
掛け声とともに剣が振るわれるが、間合いの遥か外側だ。
だが、案の定、剣から放たれた光の筋が飛来し、我は大きく右へと回避行動をとる。
ところが、その聖騎士は我の動きを読んでいたかのように間合いを詰めてくる。さらに繰りだされる鋭い斬撃も、我の回避する方向に伸びるように迫ってきた。
我は気を柔軟かつ強靭に変化させ、耐斬撃用気功『防刃の鱗』を発動させる。相手が【魔鍵】ということで防ぎきれるか心配ではあったが、光を飛ばしてくるという性質からいっても、『切り拓く絆の魔剣』の“斬心幻想”ほどではないだろうと推測した。
相手の斬撃をどうにか受け流し、回し蹴りを放つ。銀色の甲冑に鈍い打撃音が響き、相手がたたらを踏むが、大してダメージにはなっていないようだ。続く横殴りの斬撃をしゃがみこんでかわすと、そのまま水平に足払いを仕掛ける。
しかし、相手はその一撃を跳躍してかわしながら、頭上から再び光の筋を飛ばしてきた。
かわしきれないその光を、気を纏わせた腕で払ったものの、鋭い痛みが走る。
「ぐ、完全には防ぎきれないか!」
我は大きく跳び退りながら、右手に生じた裂傷を“竜気功”で癒す。周囲の騎士たちから驚きの声が上がる。
「なんと!気功術で治したのか?」
驚く相手に次の閃光を放つ暇を与えまいと間合いを詰めようとするが、今度は目の前に金色に輝く【魔法陣】が出現した。
「く、しまった!」
〈邪を滅せよ、光の矢〉
《銀の光条》
【魔法陣】の前に生み出された数本の光の矢が我に迫る。光属性の初級魔法か!
“聖騎士”と言い、“魔導騎士”といい、武術と魔法の融合ほど厄介なものはない。
が、しかし、それは我の身体に着弾するより早く消失する。
「なに!?」
その驚愕により生じた隙を見逃す我ではない。相手の懐に潜り込むと、甲冑の隙間から手刀を刺し込み、内臓に到達する前に寸止めした。
「うあ!」
うずくまる騎士に慌てて周囲の仲間が【生命魔法】をかける。
「勝者、ヴァリス殿!」
その宣告とともに周囲から歓声が上がる。どうやら目の前の聖騎士は、団内でも比較的実力の高い者だったらしい。
「いや、驚きましたぞ。気功術の達人とはお聞きしていましたが、よもやここまでとは」
「いや、まだ修練が足りぬ。最後の【魔法】に至っては、防ぐのに装備の力を借りねばならなかったのだからな」
そう、飛来した《銀の光条》を掻き消したのは、我が今身にまとっている闘衣の効果によるものだったのだ。
あの『カルマの魔法具店』でデリックに勧められた製品であり、奴は確かこう言っていた。
「これは『波紋の闘衣』という防具です。複数の魔法繊維を組み合わせて作られたものですが、その組み合わせの結果、偶然の産物としてできたもので、世界にこれ一着しかありません。ただ、使いこなすには極めて高い気功術の適性が必要でして、お値段はあまり高くなっていないのですが……」
と言いつつ、二千万ガルドを要求してきたのを、アリシアが千二百万ガルドまで値切ったのだったな。
いや、それはともかく、この闘衣、使用者が身体の気功を高めることで、周囲に気の波紋を生み出し、毒や【瘴気】、それに初級魔法程度なら簡単に吹き散らすことができるという効果がある。一方で、物理的な攻撃には無力な面もあるが、破れても引き裂かれても、気功の力を込めることで自動修復することまでできるという。
今の我にはこの上なく有用な防具だが、これに頼らざるを得ないこと自体、未熟の証明だろう。
だが、我がそう言うと、それまで訓練を見学していたサイアス副団長が声をかけてくる。
「ヴァリス殿。それは違います。我々はモンスターのように強い肉体も異常な能力もありません。ゆえにこそ、その弱さを補うために知恵を使い、武器や防具を身にまとう。そうして、我々はモンスターに立ち向かう力を身に着けてきた。ですから、道具に頼ることを恥じる必要はないのです」
「そうですよ。それを言ったら【魔鍵】もそうですし、特注の聖騎士団の鎧もそうです。裸で戦うわけにはいかないんですから」
先ほど戦った聖騎士がそう言って笑う。ふむ。確かに一理ある。我は今では人間の身の上だ。ならばその流儀に従うべきなのだろう。
そしてふと、同じく訓練を続けているはずのルシアの方に視線を向ける。
「ああ、彼ですか。最初こそ団員候補と互角ぐらいでしたが、あの分なら中堅の聖騎士と渡り合えるようになるのも遠くはないでしょう。上達速度からすれば恐らく、“剣聖”所持者なのでしょうが、何度でも立ち上がり、決してあきらめない。本当に大したものです」
確かに奴は、我との訓練の時もそうだった。痛みを感じていないわけでもないだろうに、何度痛めつけられても平気で立ち上がり、シャルに【生命魔法】をかけてもらってまで、挑みかかってきたのだ。
「どおおりゃあ! こなくそう!」
「うおおお!」
「しかも、なんだか楽しそうに戦うものですから、おかげで若手の騎士たちがすっかり彼に感化されてしまいましたよ」
「……」
どうやら、相手の武器ごと斬り裂いてしまいかねない“斬心幻想”の効果を抑えて戦っているようだが、確かに楽しそうではある。
「流石は『オルガストの湖底洞窟』を開拓した冒険者の方々です」
サイアスの口ぶりには、地位の高い人間にありがちな冒険者を蔑むところは見当たらない。むしろ、敬意に満ちた物言いである。
「結局、貴殿らは何が目的だったのだ? まさか、団長の料理の腕前を上げてもらいたかったわけでもあるまい」
大して興味があるわけではなかったが、我はなんとなく間を持たせようと、サイアスに問いかけをした。
「いや、もちろん、それは是非お願いしたいところです。全団員の願い、いや悲願と言ってもいいぐらいのことですから」
軽口を言うサイアスに、続きを促すように視線を向けると、彼は短めの赤い頭髪を軽くかき混ぜながら、肩をすくめる。
「まあ、実際のところは単に、団長が興味を持たれただけです。昨日の夕食後にも話が出ましたが、【歪夢】の頭上の湖をどうやってやり過ごしたのか。それが一番気になっていたようですね。まさか、石の柱と氷魔法で、とは団長も大変驚かれたようですけれど」
なるほど、エイミアたちも【歪夢】のある場所には、到達したことがあったわけか。
「現実問題として、我々聖騎士団のメンバーには、あなた方のような方法は使えるべくもありませんでしたので、定期的なモンスター討伐を次善の策としていたのです」
つまり、【歪夢】の消去をしなかったのは、高ランクモンスターとの戦闘による損害を恐れてのことではなく、やむを得ずのことだったというわけだ。ならば、その長年の懸案事項を解決した冒険者に興味を持つのも無理からぬ話か。
シリルたちもシャルの件があったせいか、身分の高い人間に対する警戒心を高めていたようだが、今回に限っては杞憂であったようだ。