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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第3章 覚醒する精霊と湖底の魔鍵 
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幕 間 その4 とある魔女の夢

     -とある魔女の夢-


「シリル・マギウス・ティアルーン。お前は素晴らしい逸材だ。奇跡のように生み出された、まさしく最高傑作だ。お前ならば必ずや、我らの悲願を達成できる」


 声が、聞こえる。かつては嬉しかった言葉。けれど、今はおぞましく聞こえる言葉。

 ああ、これは夢なんだ。わたしはすぐに自覚した。この夢を見るのも、久しぶりのような気がする。


「狂える世界に救済を。迷える我らに導きを。すべてが手遅れになる前に、『世界の理』を我が手に!」


 わたしは、世界を救うために生み出された存在だ。そう思っていた。そう思っていたからこそ、自分の存在を誇りに思えたし、自分のために犠牲になった「実験台」たちの存在も、悲しくはあったけれど受け入れることはできた。世界を救う、そのためならば。


 けれど、ある日、わたしは知る。唐突に、知らされる。

 その日もわたしは、世界を救う大魔法を身に付けるため、『魔導都市アストラル』の中枢近くに設置された魔法訓練施設の中で、詠唱型の【古代語魔法(エンシェント・ルーン)】を練習していた。

 その部屋は、軽く百人は収容できようかという広大なスペースが確保されており、鏡のように輝く床板は、石材でも金属でもない適度な硬さと不思議な弾力を備えた素材で構成されていた。


〈ラフォウル・ルンデ・マナ……〉


 わたしは精神を集中させ、気の遠くなるほど複雑な術式をイメージし、周囲の空間に投影する。徐々にではあるが、そこには白い【魔法陣】の輝きがうっすらと浮かび始めた。

 【魔法陣】が白いのは属性が付加されていない証である。

 本来なら【マナ】を【魔力】に変換するにあたっては、その状態を安定させるために何らかの属性を付加することが一般的ではあるが、特別な効果を【魔法】に持たせようとする場合、かえってその属性が邪魔になることがある。

 とはいえ、属性付加がなければ【魔力】の制御は極めて困難となり、いわゆる無属性の【魔法】というものは、初めから術式の固定された文字媒体のものか、さもなくばごく小規模な【魔法】を除いては存在しないはずだった。


 ……けれど、この『最高傑作』は、そんな不可能を可能にする。


 わたしは額に珠のような汗を浮かべ、必死に【魔力】の制御を続けていたが、そこに見知らぬ『魔族』の大人たちがやってきた。

 その気配に気づいたわたしは、思わず【魔法】を中断してしまう。

 総勢3名ほどの彼らは、どうやら施設の警備の隙を縫って入り込んで来たらしい。

 意匠の統一された黒い上下を身に纏い、装飾品のようなものを腕や腰、首の周りなどに装着している。黒い頭巾からわずかに見える彼らの瞳は、同じく黒い。

 彼らは驚くわたしの姿をまじまじと見つめ、見下すように笑った。


「コレが奴らが騒いでいた『最高傑作』か。ふん。確かに見た目は『古代魔族』のようにも見えるが、紛い物だろう?」


「いや、詠唱型の【古代語魔法(エンシェント・ルーン)】が使えるのなら、そうとも言い切れまい」


「では奴らの言う、『世界の理』が完成するというのか? 冗談ではないぞ。奴らに良いようにされてたまるものか!」


 彼らは、わたしがその場にいないかのように、わたしの目の前で会話を続けている。

 もちろん、当時のわたしは十歳にも満たない子供だったわけだけれど、それでも救世主になるべきわたしを無視するなんて、気に入らなかった。

 それに、言っていることの意味がわからない。


「どうする?千載一遇のチャンスだ。始末するか?」


「確かに危険因子ではある。念のため、排除するに越したことはないが」


「そうだな。我らの脅威となる前に処分しよう」


 わたしを見ている。始末する?排除する?処分する?

 わたしは恐怖した。この世にわたしを殺そうとする存在がいるなんて。

 それも、「危険かもしれないから」とか、「脅威となるかもしれないから」だなんて、そんな身勝手な理由でわたしを殺そうとしているなんて。

 わたしの前に犠牲になった「実験台」たちも、こんな恐ろしい思いをしたのだろうか。

 人間の世界に突如生まれた『亜人種』たちは、忌み嫌われ、恐れられ、最悪の場合は殺されもしたらしい。

 周囲の大人たちがわたしを褒めてくれる際、「実験台」のそうした末路のことを引き合いに出すのを聞いたことがある。

 その時は、酷い話だと思いながらも自分に結び付けて考えたりはしなかった。

 けれど、自分が同じ立場に立たされて初めて、わたしは自分自身がどれだけ罪深く、どれだけおぞましい存在であるかを知ったのだった。


 『魔族』に存在する二つの派閥。わたしを生みだした組織に対抗するもうひとつの組織。

 彼らの正体はそこの諜報員であり、対立組織が生み出したという『最高傑作』の情報を入手するために潜入してきたらしい。

 対立する組織に潜入してきただけあって、彼らは3人とも全身を【魔装兵器】で武装していた。わたしを殺すことなど簡単、ということなのだろう。


「わたしは世界を救おうとしているのに、どうしてわたしを殺すの?」


 わたしは、とうとう我慢できなくなってそう言った。すると、男たちの一人が面白そうな顔をしてわたしを見た。嫌な、笑いだ。


「これは傑作だ。世界を救う?くははは! そんなもの、我ら『魔族』にとっては当然のことだ。問題なのはその先だよ。今は亡き『神』に代わり、世界の絶対者たるべきは、奴らではなく我らだ。そのためには、奴らの『最高傑作』であるお前は邪魔なのだよ。まあ、心配するな。手遅れになる前に、我らがお前より優れた道具を作ってやるのだからな」


 わたしはその言葉を聞いて、錯乱した。どうしたらよいかわからなくなった。

 わたしは世界を救うための存在。けれど、それは単なる手段であって目的ではなかった。

 わたしを生みだした大人たちは、世界を救うためじゃなく、自分たちの目的のためだけに多くのものを犠牲にしてきたんだ。わたしは、そういう存在なんだ。


「まあ、せいぜい苦しまないように壊してやろう」


 男たちの一人が、小さな筒のようなものを取りだすと、筒からは棒状の光が伸びた。

 【魔装兵器】『ディ・クレイドの白刃』。

 対象を断ち斬る魔力の刃を生みだす武器だ。あれで、わたしを斬ろうというのか。

 そして、なんのためらいもなく、魔力の刃はわたしの頭上に振り下ろされる。


 ……わたしの記憶は、そこで途絶えた。


 気がつけば、わたしは血の海の中に一人立ちつくしていた。

 輝きを保ち続けた訓練施設の床板は、べっとりと血糊で汚れ、周囲には元は3人の男たちだったものと思しき物体が散乱している。

 訓練施設の扉が開かれる無機質な音。雪崩れ込んでくる複数の足音。この惨状を目の当たりにした大人たちが驚き、呻く声。すべてが遠い夢の中のようだ。


 そして、再び同じ言葉が聞こえてくる。


「シリル・マギウス・ティアルーン。お前は素晴らしい逸材だ。奇跡のように生み出された、まさしく最高傑作だ。お前ならば必ずや、我らの悲願を達成できる」


「狂える世界に救済を。迷える我らに導きを。すべてが手遅れになる前に、『世界の理』を我が手に!」


【魔装兵器】で武装した3人の『魔族』をたった一人の幼女が殲滅した。

その「成果」に歓喜の色を隠さず快哉を叫ぶ、わたしの組織の大人たち。


 それまでわたしを暖かく見守り、育ててくれていると思っていた彼らが、自分を単なる道具としてしか見ていないという事実に、このときわたしはようやく気がついた。

 わたしに対する優しさは、大事な道具を手入れするぐらいのものでしかない。

 わたしに対する愛情は、苦労して作った作品への愛着のようなものでしかない。

 誰も「わたし」という存在を見てはくれない。


「やはり、これだけの力を発揮し得たのは実戦という緊張感があってこそ、なのだろうな。ふむ。ならば、こうしよう。シリル・マギウス・ティアルーン。お前は人間の世界に行き、『冒険者』になるのだ」


 冒険者? なんだろうそれは? でも、なんだかとてもいい響きの言葉だ。


「最低限の防御用の【魔装兵器】は持たせてやろう。それにギルドの依頼もその時のお前の実力に見合ったものをあてがってやる。お前の実力ならばまず、任務で死ぬことはあるまいが、『奴ら』のこともある。姿を変える必要があるな。それから……」


 その声は、喜々としてわたしを冒険者とするための算段を口にしている。そんな口調すらも、今ではもう気持ち悪くて仕方がない。

 結局、わたしは彼らの思惑に乗ることにした。 少しでもこの、おぞましい場所から離れられるのなら、それでいい。

 狂える世界の救済は、いずれにしても避けて通れない道。けれど、せめてそれまでの間ぐらい、わたしがわたしとして生きる時間を手に入れたい。そう思った。


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