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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第3章 覚醒する精霊と湖底の魔鍵 
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幕 間 その3 とある魔法具店主の災難

第3章が9話分と短めになったからというわけでもありませんが、明日も幕間を1つ追加更新予定です。

     -とある魔法具店主の災難-


 城塞都市カルナック。

 かつてここは、Sランクモンスター『魔神オルガスト』や『魔神』に引き寄せられるように集まったモンスターの群れとの戦いにおいて、最前線基地としての役割を果たした堅牢なる軍事拠点でした。

 そんななか、強大なモンスターと戦うための必須アイテムである【魔法具】を取り扱う店の重要性がどれほどのものであったのかは、今更説明するまでもないでしょう。


 そのカルナックのメインストリート。一等地に店舗を構え一流の冒険者向けの武具から一般向けの護符の類に至るまで、様々な商品を取り扱うことで、わたくしの経営する『カルマの魔法具店』は、街の内外を問わず絶大な人気を誇っています。


 わたくし、デリック・カルマも幼いころから創業者である父に商売のイロハを叩き込まれて参りました。


 ですが!そんなわたくしの自信を粉々に打ち砕く出来事があったのです。

 最初は、店に出入りするお客様の中に、恐らくは恋人同士かと思われる男女二人連れを見つけ、彼らの一階での買い物における羽振りのよさに、これはよいカモ……もとい上得意様となっていただけそうだと判断し、声をお掛けしたところから始まりました。 


「うそつき」


 『星光のドレス』のお値段を提示した際の彼女、アリシア様の一言はそれでした。

 数年前に一度開拓されたきりの『天嶮の迷宮』でしか採取できない貴重な材料『星雲の光糸』を旅の商人から入手し、“魔工士”の聖地とも言うべき街『鋼の街アルマグリッド』でも指折りの職人に製作させたこの品は、誰が見ても決して安いものではありません。

 むろん、こういった値段交渉の際はお互いの腹の探り合いの部分がありますから、彼女の一言もそういった駆け引きのつもりなのだろうと思い、慣れないなりに頑張る初心者を相手取るつもりで、微笑ましいとすら感じながらも交渉を続けました。


 しかし、彼女には気負いも迷いも感じられません。確信をもった瞳で、まるで初めからこちらの仕入れ値を知っているかのような(そんなはずはないのですが)言葉すら使ってくるのです。


「そっか、サービスしてくれないんだ。うーん、やっぱり買うのやめようかな?他にもいい店はいっぱいあるんだし、ね?ヴァリス」


「アリシアがそう言うのなら、それがよかろう」


 ……うう。このくだりは今でも夢に見るほどです。自らの勝利を疑わず、敗北者を憐れむように決断を迫る彼女。結局、わたくしは血の涙を呑む思いで仕入れ値ギリギリの値段で妥結することとなってしまったのでした。


 これが、わたくしの一つ目の悪夢です。

 しかし、次こそが本番だったと言ってもよいでしょう。


 次に現れたのは一目で一級品と分かる白を基調としたローブに身を包み、艶やかな黒髪を長く伸ばした魔導師の女性でした。彼女は連れあいの黒髪黒眼、黒づくめの男性を引っ張りまわすように店の二階のフロアを一回りすると、様子を観察していたわたくしに目をとめ、まっすぐにこちらに歩いてきたのです。


「あなたがデリック・カルマさん?」


「はい。店主のデリックと申します。名前を存じていただけて光栄です」


「ああ、前にわたしの仲間がお世話になったって聞いたからね。覚えているかしら? アリシアっていう水色の髪の子なんだけど」


「ア、アリシア様……、はい、もちろんですとも!」


 忘れようはずもありませんでした。ただ、そのお仲間ということは、こちらのお二人も『オルガストの湖底洞窟』攻略メンバーだということでしょうか。

 いずれにしても、ここは気を引き締める必要があるでしょう。

 

「いやはや、今後の活躍が期待される皆さまにたびたびご来店いただけるとは光栄の極みです。ささ、どうぞ三階にご案内いたします」


 わたくしは、シリル様とルシア様と名乗られたお二人を案内しようとしましたが、ふと、黒づくめの男性、ルシア様と目が合いました。すると、彼は何故かわたくしに申し訳なさそうな顔をして、目を伏せてしまいました。


「そうそう、その前に見てほしいものがあるのだけれど」


 そう言ってシリル様がわたくしの前に差し出したのは、うちの店の商品のひとつでした。

 

「? そちらを先にお買い上げですか?」


「まさか。こんな不良品、買うわけにはいかないわよ」


 聞き捨てならない言葉でした。我が店にそんな粗悪品があるはずはありません。わたくしは流石に抗議の言葉を返そうとしましたが、彼女の方が先に口を開きました。


「この商品の解説をお願いできる?」


 わたくしの目の前に出されているのは、『仙火の短剣』と言う魔法具です。赤い刀身は【魔力】を込めると発熱し、対象を『焼き切る』ことができるというもので、耐用年数は短いものの、十分に実用性のある武器です。

 しかし、それを話すと、彼女はあろうことかその刀身部分を握ったまま、柄をこちらに差し出してきました。


「じゃあ、はい。【魔力】こめてみて?」


「ええ? 火傷してしまいますよ?」


「しないわ。不良品だもの」


「……、熱かったらすぐに手を離してくださいね」


 わたくしも意地になっていたのでしょう。つい、相手の挑発に乗ってしまいました。

 しかし、結果としては、わたくしがどんなに【魔力】を込めても彼女はまったく熱がるふうもなく、刀身を握ったまま、顔色一つ変えませんでした。


「そ、そんな馬鹿な……」


 彼女が何かのトリックを使っているのではないかと思いましたが、その後、彼女に言われるがまま店内を回りつつ、差し出されたいくつかの商品は、『仙火の短剣』ほどではないにせよ、多かれ少なかれ、問題のある状態だったのです。


「これはね。陳列の仕方が悪いのよ。反属性の魔法具を隣の陳列棚に置くなんて問題外よ。それに、人気があるからって魔法具を仕入れ過ぎ。仮に反属性じゃなくたって、商品同士が近すぎる。それから……」


「わ、わかりました!とにかく上へ参りましょう!」


 確かに最近、魔法具の仕入れを増やし過ぎていたようです。配置は注意していたつもりですが、こうも商品が多いとお客様が陳列棚から出し戻しした際の影響で配置が変わっても、気付かない場合があったかもしれません。

 わたくしは大慌てでお二人を三階にお連れしました。魔法具店の店員が、客から魔法具の陳列方法について駄目出しされている。そんな光景を他のお客様に見せるわけにはまいりません。

 三階に上がるや否や、わたくしはもう、恥も外聞もなく頭を下げました。こんなことが外部に知られれば、店の信頼は地に堕ちます。


「ど、どうか! このことは内密に!なんでも差し上げます。どうか、どうか!」


 しかし、シリル様は呆れたように首を振りました。


「別に脅したいわけじゃないの。アリシアが世話になったみたいだから、お礼をしに来たのよ?」


「お礼、ですか?」


「ええ。あの子。容赦なかったでしょう?だから迷惑料、かな? で、不良品の発見と今後の対処法を教えてあげるってわけ」


 「お礼」というシリル様の言い分はよくわかりませんでしたが、言いふらすつもりはないようで、ほっといたしました。


「な、なるほど、ありがとうございます。しかし、何故、不良品がわかったのですか?」


「わたしは目がいいのよ。さて、それじゃあ……」


 ここからが、わたくしのもうひとつの悪夢の始まりでした。それからびっちり二時間以上、シリル様による「魔法具店の心得」なる講義が始まってしまったのです。


「……それから、メンテナンス不足は最悪よ。時々【魔力】を流してやらないと、いざという時にすぐ使えないものだってあるのよ?冒険者がここで買ったもので身を守ろうとして、そんなことになったら、どう責任を取るつもり?人の命がかかっているの。自覚はないのかしら?」


「な、なあ、シリル。それぐらいで勘弁してやったらどうだ?」


「勘弁? 何言ってるのよ。わたしは『いいこと』をしているのよ? そうでしょう?」


 ルシア様の制止の言葉もまるで聞きいれてくださいません。ルシア様は改めてわたくしの顔に目を向けると、「ごめん、俺の力じゃ無理っす」という文字が視覚化できるぐらいの同情の視線を注いでくださいましたが、何の救いにもなりません。


 シリル様は “魔工士”もかくやと言うぐらいに魔法具に関しての知識が豊富なようでしたが、それでも素人に講義されているという事実は、わたくしの心をへこませるには十分でした。


 最後には、わたくしからルシア様の装備品として、魔法具『放魔の装甲』(それなりに高価なものです)を格安でプレゼントすると提案して、どうにかお帰りいただけました。

 確かに『脅し』ではありませんでしたが、結果は同じですよね……。

 店の評判は守れそうですが、大赤字です。


 商人としての矜持、魔法具取扱者としての矜持。二つを粉々に砕かれ、赤字まで出してしまうという悪夢ではありましたが、よく考えて見れば、わたくしが成長するよい試練だったのかもしれません。


 ……そうとでも考えないと、やり切れませんです。はい。


6/4誤字修正

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