第28話 彼女の秘密/彼の言葉
-彼女の秘密-
「わたしはね、『魔族』の【因子所持者】なの。あの忌まわしい『混沌の種子』は、わたしという『最高傑作』を生み出すためだけに造られ、実験という名のもとに、数千、数万という数の人間を、数百年にわたって犠牲にし続けたのよ」
シリルは、淡々とした口調でそう言った。それは、「他人事のように」ではなく、「他人事でもなければできないぐらい」に、皮肉に満ちた言い方だった。
それはそうだろう。自分が生まれるために、長年にわたって多くの人間が犠牲になったというのなら、シリルの性格からいっても、「生まれる前の自分に責任は無い」なんて風に割り切って考えることはできなかったはずだ。
「『魔族』には、善も悪もない。そんな考え方は彼らには無意味。目的のために合理的と思えるのなら、どんなことでもするのが『魔族』よ。だからこそ、他の何よりも罪深くさえある。その『罪』そのものが、ここにいるわたし……」
「そうか、なるほど」
「そういうことだったんだね」
「うん……」
「ふん」
四者四様の反応だったが、シリルは呆気にとられたような顔をしている。
まったく、こいつときたら、肝心なことが分かっていない。
「え? それだけ? あの、わたし、今、すごく重要なことを言ったはずなんだけど?」
仕方がない。俺が代表して言ってやるか。
「ばーか」
「な! どういう意味よ!」
「そのままの意味に決まってる。『混沌の種子』は『魔族』が造ったもので、『魔族』の【因子所持者】を造るために人間を使って実験がされていたっていうんだろう?」
「そうよ。わたしのために、何千、何万という人たちが犠牲になった。これまでみんなと同じ人間の振りをして、みんなの仲間みたいな顔をしてきたけれど、本当は、わたしにはそんな資格なんてないの。こんな大事なことを今まで黙っていて、ごめんなさい…」
シリルは、そう言って頭を下げた。まったく、やめてほしい。どうしてこいつは、こうなのだろう。一人でなんでも思いつめて、背負いこんで。
「だから、どうだって言うんだよ。そんなのお前のせいじゃないだろ?」
「でも、わたしは……!」
シリルはばっと頭を上げると、なおも食い下がってくる。ある意味、これまでずっと、コンプレックスだったんだろう。だから、その気持ち自体はわからないでもない。
だからこそ、そんな問題はささいなことだと、俺たちにとっては、シリルがシリルであることに変わりはないのだと、伝えてやらなきゃならない。
「それを、さもこの世の終わりみたいな顔しやがって。お前自身がどんな存在かなんてのは、今更だろうが。俺たちがそんなことで態度を変えるとでも思っていたのか?……見損なうなよ」
俺の言葉に、他の三人も同意を示すように頷いてくれる。
シリルは俯くと、しばらくその言葉を噛みしめるようにしていたが、やがて顔を上げた。
「……わかったわ。ありがとう」
シリルはまだ、納得しきれていないような顔をしていたが、とりあえず、こちらの言いたいことはわかってくれたみたいだ。
「まず、……そうね。ギルドについて言うなら、ルシア、あなたは前に、ギルドの技術はオーバーテクノロジーじゃないかって言ったわよね?」
「ああ、支部間で情報を共有可能なデータベースとか、ライセンス証一枚で依頼管理とか、他の商店や施設なんかとは、まったく比べものにならないからな」
「人間の世界にとっては、ね。『魔族』にとってはそんなの当たり前の技術よ。このライセンス証にも『魔族』の使う古代文字が彫りこんであるわ。『魔族』が特殊な方法で古代文字を彫りこんだ器具は、【魔力】さえ使えれば誰でも使用できる【魔装兵器】や【魔導装置】になるの。もっとも、『魔族』以外が使っても、弱い力しか使えないけどね」
シリルは紋様の刻まれた金属板、ライセンス証を翳しながら説明する。なるほど、ギルドの登録システムやら鑑定装置ってのは『魔族』の【魔法】なのか。随分と汎用性の高い【魔法】なんだな。
「つまり、ギルドには『魔族』が絡んでいるのか?」
そのこと自体はコルラドが話していた内容からすれば、想像はついた。
「ええ、ギルドには、創立当初から『魔族』の息がかかっているわ。目的のために人間社会に根を這わせ、都合良く監視するとともに、【歪夢】の消去を人間たちに効率よく行わせるためのシステム。それがギルドの本質よ」
「いったい何が目的だというのだ。世界を分断し、人間を操り、『魔族』は何をしようとしている?」
ここにきて、ヴァリスが口をはさんでくる。『竜族』にとっても、『魔族』ってのは特別な存在なんだろうか?
「……『世界の理』」
「『世界の理』?」
「ええ、『神』なき世界で我々の道標となる唯一のもの、だそうよ。それこそ、彼らは神様みたいに繰り返しその言葉を口にしていたわ。それが何なのか、わたしは知らないし、知りたくもないけれど」
シリルの声は、嫌悪の念に満ちていた。
「そんな連中に、わたしは小さい時から『最高傑作』だなんて呼ばれて、浮かれていた時もあったけれどね。結局、目的のために必要な出来の良い道具としてしか見られていないことに、気付くのに時間はかからなかった。あんな連中の因子が、わたしの中にあるだなんて、……本当に虫唾が走る」
「でもあのときの話だと、『上』っていうか『魔族』の人たちは、シリルちゃんのことを『不可侵領域』って言っていたんでしょう?どういうことなの?」
今度はアリシアが質問する。そう言えばアリシアは、シリルが『魔族』の因子をもっていることは知っていたんだっけか。
「……二度と誕生しないかもしれない貴重な存在だからよ。目的のためにわたしが必要なら、わたしの機嫌を損ねるわけにはいかないでしょう? 『魔族』にとって、『世界の理』という目的は、それぐらい絶対的なものなのよ」
『世界の理』ね……。また、大層な言葉が出てきたもんだ。
何かを絶対視して、それ以外の思考を放棄して、そいつにひたすら頼りきりになるってのは、確かに楽なことかもしれないが、どいつもこいつも、どうしてそれが奈落の縁を踊り歩いているようなものだってことに、気がつかないんだろう?
俺は、かつて自分が元いた世界のことを思い出しながらも、実際には別の疑問を口にする。
「『魔族』の【因子所持者】なんかに何の意味があるんだ? 『魔族』って奴は人間より優れているんだろう? 劣る者と因子を混ぜたところで意味なんかないじゃないか」
「……たぶん、意味はあるわ。自在に【魔法】が使える『魔族』を生み出したい。そういう願望に通じるという意味がね」
「何を言っている。『魔族』は【魔法】に長けた種族だ。使えぬ『魔族』などおるまい」
シリルの返事に、今度はヴァリスが口をはさんだ。
「いいえ。現在の『魔族』は、器物に刻んだ古代文字に、その意味を理解したうえで【魔力】を流し込むことで発動するタイプの【古代語魔法】しか使用できないの。つまり、コルラドが持っていた【魔装兵器】のような物を介してしか、【魔法】を発動させられないことになるわね」
シリルが言うには、現在の『魔族』の間では、古代の『魔族』が持っていた言語と精神イメージによる本来の【古代語魔法】の力は、世界を分断した大混乱に乗じて、『人間種族』に盗まれたのだと言い伝えられているらしい。
もっとも、この言い伝えにはシリル自身も懐疑的であり、『魔族』にとって不名誉な事態を隠すための嘘かもしれないとのことだ。
正確な原因は不明だが、いずれにしても今の『魔族』には、理論に基づく文字を媒介にした【魔法】しか使えないということになる。
「人間と魔族の【因子所持者】を作れば、人間に盗まれた力を現在の『魔族』に組み込み、全盛期の『古代魔族』とも言うべき存在を生みだすことができる。彼らはそう考えたのよ」
「でも、シリルみたいな存在は二度とできないかもしれないんだろう? それじゃあ、『魔族』全体が本来の【古代語魔法】を使えるようにはならないんじゃないか?」
実際、突然変異種なんてものは一代限りと相場が決まっている。確かに貴重な存在には違いないだろうが、特別に保護されるに値するものでもないはずだ。
「……そうね。それは、まあ、研究目的ということになるかしらね。実例があれば応用も利くかもしれないでしょう?」
「う~ん。そう言われればそうか」
なんだか釈然としない気もするが、そんなものか。仮にシリルが何かを隠しているとしても、構わない。そんなことで俺のシリルに対する信頼は、少しも揺らいだりはしないのだから。
-彼の言葉-
まさか、こんなに早く話すことになるなんて思わなかった。あの、馬鹿な男が得意げに口を滑らしたりしなければ、もう少しの間、気ままな冒険者として、みんなと旅ができたかもしれないのに。
ギルドの上層部に監視されているも同然のわたしと、これまでと同様に旅を続けてほしいなんて、とても言えない。少なくとも、今までと同じ関係ではいられないに違いない。
「態度が変わったりするはずがない」ってルシアが言った時、わたしは自分の心の中が見透かされたみたいで驚いたけれど、そういう問題じゃない。
どうしても言えなくて誤魔化した、わたしの果たすべき責務。使命。
『魔族』は、わたしにそれを強制したことはないけれど、それは『強制する必要がない』からだ。
いずれはしなければならないこと。こうして現実から逃げていても、いつかは逃げられない時が来る。『魔族』の言う『世界の理』なんてどうでもいいけれど、それだけは運命みたいなものだから。
わたしと旅を続けていれば、みんなはいつか真実を知ることになる。知らなければいいはずのそれを、知らせてしまうことになる。それぐらいなら、別れた方がいい。
どうしようもない事実を前に、悩み苦しむのは、わたしだけでたくさんだ。
だから……。と、わたしが口を開きかけたそのとき、
「あたしは、何があってもシリルちゃんと一緒だからね! 親友でしょ?」
アリシア……。
まったく、この子だけは油断ならないわ。わたしの感情を読んで先回りするなんて。
親友……ね。そう、初めて会ったとき、わたしが『半魔族』だと見抜いたはずなのに、それでも普通に接してきてくれた、欠け替えのない友達。
でも、あなたには、もう、こんなにも仲間がいるじゃない。
「わたしも、シリルお姉ちゃんと一緒がいい。わたしを一人前の冒険者にしてくれるんだもんね?」
シャル……。
できれば、わたしだってその約束ぐらい果たしておきたい。でも、今、決断しなければ、わたしはずるずると「その時」を迎えるまで、みんなから離れられなくなってしまう。
だから、ごめんなさい。でも他のみんなもいるから、大丈夫よね?
「我が同行する際に、ああも屈辱的に頭を下げさせておいて、今さらそれを撤回するなど許されると思っているのか?」
ヴァリス……。
あなたも随分変わったわよね。素直じゃない言い回しは相変わらずだけど、あなたの中にも仲間を気遣う気持ちが芽生えてきているのを、わたしは知っている。
きっとわたしがいなくたって、みんなでやっていけるはずよ。
「さっきからみんな、何言ってるんだ?なあ、シリル。わかるか?」
ルシア……。
って、え? もしかして、この流れでわかっていないの?
わたしはどう答えていいかわからず、言葉を返せなくなってしまったし、他のみんなも流石に絶句してしまっている。さすがに鈍いにも、程があるんじゃないかしら?
「あ、そうだ! 今の話からするとシリルって、【古代語魔法】が使えるんだろう? 見せてくれよ」
「な、なに言ってるのよ。今はそんな場合じゃないし、それに……」
「使うと初めて会った時みたいになっちまうからか?」
「え? どうして?」
そこで、ルシアはにやりと人の悪そうな笑みを浮かべる。
「ああ、コルラドに【虫】を飛ばしてた時、髪の毛の先が銀色っぽく変わるのが見えたからな。あれって、あいつの、えっと【魔装兵器】だっけ? に何かしたんだろ?」
そうか。あの時、ほんのわずかとはいえ、他者の所持する【魔装兵器】への干渉なんてことをしたから、「発現」してしまったんだわ。
「恥ずかしがることはないだろ? 綺麗だったんだぜ、あのときのお前」
な! 突然、何を言い出すのよ! いきなりの言葉に、頭の中が真っ白になる。
「ええ!? あの時は綺麗だったって、それって、どういうことなの? シリルちゃんとルシアくんて、もしかして、そんな関係に!?」
「ち、違うわよ! そんなわけないでしょ! って、何を想像してるのよ。やめてってば、なんでにやにやしているのよ、アリシア!」
「そんな関係って、どういう関係?」
「シャ、シャル……。な、なんでもないわよ?」
うう、シャルだっているのに、なんなのよ、この状況!
ルシアが変な言い回しをするから、アリシアの妄想が加速してるじゃない!
と、再び人の悪そうな笑みを浮かべるルシア。
「ま、今のは冗談だ。少しは頭がほぐれたか?」
「沸騰しそうだったわよ。ばか!」
「ははは、そりゃいい。で、本題に入るとだな。もちろん、外見のことじゃない。お前はとにかく、いい奴だよな」
ん? 今度は何を言い出すつもりだろう?
「生真面目で、責任感が強くて、頭がよくて、なにより理性的だ」
な、なんなのよ、もう。
「だからといって、冷たい人間なんかじゃない。見ず知らずの人でも見捨てておけない情の篤さがあるし、気遣いもできるし、何より優しいしな」
ちょ、ちょっと、もうやめてよ。なんだか、恥ずかしい……。
「それでいて、必要な時には、あえて冷たい事を言って憎まれ役まで買って出るんだから、底抜けにお人好しと言うしかないよな」
うう、くすぐったい! もう、かんべんしてよ。わたしは、そんなによくできた人間なんかじゃないんだから。
「さらに加えて美人で気立てが良くて、料理洗濯掃除含めて家事全般、なんでもござれだ!」
あれ? 急に話が変わったような……。
「いや、最後のは忘れてくれ。とにかくさ、お前は俺がこれまで出会った中でも、最上の部類に入る女なんだよ。それを俺が逃がすわけがないだろ?」
「な、う、え? あの、うう……」
うう、今度こそわたしの顔は耳まで真っ赤になっているに違いない。それじゃ、まるで、こ、こ、告白みたいじゃない。突然、こんなみんなの前で、何を言い出すのよ、こいつは!
「他のみんなだって同じだよ。どんなに逃げようとしても無駄なことだ。四人に包囲されてるんだから、逃げられっこない。……だろう?」
ルシアはみんなを見回しながらそう言って、笑う。さっきまでの人の悪そうな笑みとは違う、心の隙間にすっと入り込んで、暖かいもので満たしてくれるような、そんな笑み。
「あはは。シリルちゃん。一本取られたね」
アリシアが笑いながら、わたしの肩をぽんぽんと叩く。
ヴァリスはといえば、呆れたように肩をすくめてあらぬ方向に視線を向けているし、
シャルの方を見れば、目を丸くしてわたしとルシアを交互に見ている。
うう、なんでだろう? なんだかシャルの視線が一番怖い気がする。
『逃げられない』か。結局、その言葉がわたしの胸にすとんと落ちた。
逃げられないということも、悪い事ばかりじゃないのかしら?
逃げられないのなら、仕方がないのかな?
そこまで考えて、わたしは驚いた。あれ?なんで、そんな話になってしまったんだろう?
そういう問題じゃなかったはずなのに。頭が混乱して、訳が分からない。
気付けば、わたしはこんなことを口走っていた。
「もう、勝手にすればいいでしょ! わ、わたしはちょっと、外の風に当たってくるから!」
このままここにいたら、泣き出してしまいそうだ。目頭が熱くなってきているのがわかる。恥ずかしくなって、わたしは急いで立ち上がった。
その際、わたしを見上げてくるルシアの顔が目に入った。
もう、どうして、この人はこんなに優しいんだろう。鈍い時はとことんまで鈍いくせに、こういうときには誰よりも人の心を察してくれる。
彼を召喚してしまったことは、わたしにとっては大きな過ちだったし、その償いのためになら、どんなことでもしようと思っていた。けれど、気がついてみれば、逆にわたしの方が彼に助けられてばかりいる。
まったく、あなたの方が、よっぽどお人好しじゃない。