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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
エピローグ 精霊少女の招待状
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最終幕 ハッピーエンディング

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの、全然聞いてないわよ!」


 種明かしを受け、抗議の声を上げるシリルお姉ちゃん。今さら往生際が悪すぎます。


「それはそうだよ。言ってないもん」


「う……シャル? あなた、いつからそんなに意地の悪い子になったのかしら?」


 シリルお姉ちゃんがジロリと睨んできますが、ここは軽く受け流してしまいましょう。


「シリルお姉ちゃんは、ルシアと結婚するのが嫌なの?」


 わたしはここで、さらに意地の悪い質問をぶつけます。ですが、この質問に最も激しく反応したのは、別の人物でした。


「え? そ、そうなのか!? シリル……」


 ルシアです。なんて情けない顔をしているのでしょうか。三年以上も仲良く二人で旅を続けておいて、この自信の無さと言ったら呆れるしかありません。


「べ、べべべ、別に、そんなこと、言ってないでしょう!?」


 何故か真っ赤になって首を振るシリルお姉ちゃん。


「だったら、いいじゃない。このままだとシリルちゃん、いつまでたってもルシアくんと結婚しないんじゃないかと思って、みんな心配しているんだよ?」


 そう言ったのは、花嫁衣装のままこちらに歩いて来た、アリシアお姉ちゃんです。


「ア、アリシアまで……。や、やっぱり、皆、グルだったの?」


 シリルお姉ちゃんは、恨めしそうな視線をわたしに向けながら尋ねてきました。


「うん。シリルお姉ちゃんとルシア以外に渡した『招待状』には、今回の企画についての説明書きもあるの」


「そんな……」


「騙してごめんね?」


 わたしが秘技『上目遣い』を駆使してそう言えば、シリルお姉ちゃんはたちまち狼狽えた顔になり、それから大きくため息を吐きました。諦めたようなそんな仕草に、わたしたちはそっと胸を撫で下ろしましたが、それでもシリルお姉ちゃんは強情に首を振ります。


「でも、わたしには、この世界の皆を幸せにする使命があるの。それが終わりもしないうちに、自分だけ結婚なんてできないわ」


「……まあ、シリルなら、そう言うだろうな。俺はそんなこいつにどこまでも付き合うって決めてるんだ。だから、せっかくの心遣いで悪いけど……」


 ついにはルシアまで、シリルお姉ちゃんに調子を合わせるようにそんなことを言い出しました。これはまずい流れです。せっかくここまでお膳立てをしておいて、このままでは……と、わたしが焦りを抱いたその時。


「わたし、幸せだよ?」


 突然、何の脈絡もなく聞こえた声は、わたしのすぐ傍から発せられたものでした。


「え?」


 驚いてシリルお姉ちゃんが視線を下げた先には、彼女と同じ銀の髪をした少女が、不思議そうな顔で彼女を見上げていました。


「わたしの周りには、リオンがいて、シャルお姉ちゃんがいて、セフィリアちゃんがいて……他にも、たくさんのいい人たちがいるもん。だからわたし、幸せだよ」


「……シェリー」


 わずかに身体を震わせながら、シェリーを見つめるシリルお姉ちゃん。その銀の瞳には、今のシェリーとあの日の『彼女』が重なって見えているのでしょう。

 あの日の『彼女』の面影を残す少女。そんな彼女が口にした『わたしは幸せだ』という言葉。それは特別な意味を持って、シリルお姉ちゃんの心に染み込んでいるようでした。


「それに、今日みたいにみんなで集まって、こうしてお祝いするのって、すごく幸せな気持ちになれるのよ? もう一回、お祝いするなら、もっともっと幸せな気持ちになれるかもしれないよ?」


 無邪気に話す少女の言葉に、その場が水を打ったように静まり返ります。しかし、その直後には、そんな沈黙を打ち破るようにアリシアお姉ちゃんが笑い出しました。


「うふふ! 一本取られちゃったね。シリルちゃん! この子の言うとおりだよ。わたしたちにとっての幸せは、シリルちゃんが幸せになってくれることでもあるんだよ? だから、シリルちゃんがみんなを幸せにしたいと思うなら……」


「結婚しないと……だな?」


 声を弾ませて言うアリシアお姉ちゃんの後を継ぐように言ったのは、ルシアでした。


「ル、ルシアまで……」


「悪い。……でも、本当は俺がもっと早く言ってやるべきだったんだよな。お前の気持ちもよくわかるから何も言わなかったけど……それでも、やっぱりお前は他人のことを優先し過ぎなんだよ」


「で、でも……」


「だから、ここは観念した方がいいんじゃないか? ……いや、そうじゃないか」


 言いながら、思案顔になって急に黙り込むルシア。


「え? ど、どうしたの?」


 不審に思ってシリルお姉ちゃんが声を掛けようとした、その時でした。


「シリル!」


「ふえ! は、はい!」


 いきなり両手を掴まれ、名前を呼ばれたシリルお姉ちゃんは上ずった声で返事をしました。


「……俺と結婚してくれないか? 俺たちはこれからも、ずっと一緒だ。それは変わらないだろう。でも、……こんな形でみんなから祝福を受けて、そんな想いを確かな形にすることも、きっと大事なことなんじゃないかと思うんだ」


「………ル、ルシア」


 真剣な目で見つめられ、頬を赤く染めるシリルお姉ちゃん。


「ひゅーひゅー! 熱いね、この……って、いたた!」


「いい加減、空気を読むことくらい覚えたらどうだ」


 いつの間にか野次馬の中に紛れ込み、冷やかしの言葉を上げかけたレイフィアさんを拳骨で黙らせたのは、エイミア様でした。その隣では、エリオットさんが楽しそうに笑っています。


「ははは……。まあ、シリルもここは空気を読んだ方がいい場面かもね。こっちの彼女と同列にはされたくないだろう?」


「コラー! エリオット! 聞こえてるぞー! 失礼なことを……って、ひゃああ! つめた! 冷たい! なにこれ、なにこれ!」


 再び声を上げかけたレイフィアさんに対し、上空から冷や水ならぬ冷気を浴びせかけたのは、同じくいつの間にか空に浮かぶラーズさんでした。


〈……我の相棒が水を差して済まない。代わりに謝罪させてもらおう〉


 上空からは、実に申し訳なさそうな声が聞こえてきたのでした。


 それはさておき──


「……ありがとう。ルシア。嬉しいわ。それに、ふふ! こんな風に皆から言われたんじゃ、ここはやっぱり空気も読まないといけないかもね」


 花がほころぶように笑うシリルお姉ちゃんの言葉に、レイフィアさんの一幕を挟んで緊張しかけていた場の空気が、ふわっと和むのがわかりました。


「よーっし! そうと決まれば善は急げだ!」


 張り切ったように声を上げたのは、これまたいつの間にか野次馬の中でレイミさんに手を引かれて立つ、五歳の幼女です。何故か彼女、船の中にいた時とは違い、年相応の少女が着るようなとても可愛らしいフリフリのドレスを身に着けています。


「ノエル……。この件って主犯はあなたなんでしょ?」


「違うよ。僕は裏方担当なだけさ。発案者にして実働部隊、主犯格だったのは、間違いなくシャルだよ」


「……そう」


 短くつぶやきながら、ぐるりと身体の向きをこちらに向けてくるシリルお姉ちゃん。わたしは思わず身構えてしまいましたが、彼女は表情をふっと和らげると、ゆっくりとこちらに近づいてきます。


「……ありがとう。シャル。ごめんね? 面倒ばかりかけて。こんなんじゃわたし、あなたにお姉ちゃんだなんて呼ばれる資格はないかもね」


 わたしの身体を優しく抱きしめながら、語りかけてくるシリルお姉ちゃん。わたしからは顔が見えませんが、身体の震えからして泣いているのかもしれません。わたしは彼女の身体を抱きしめかえしながら、大きく首を振りました。


「ううん! そんなことない! 初めて会ったあの日から、シリルお姉ちゃんは、ずっとわたしのお姉ちゃんだよ!」


 感極まって、わたしの目からも溢れ出す涙。それからわたしたちは、抱きしめあったまま、人目もはばからず泣き声をあげてしまいました。


「うんうん。良かったね。シャル。ずっとこの時のために頑張っていたもんね」


 セフィリアの嬉しそうな声が聞こえてきます。ようやく落ち着いて身体を離したわたしたちは、改めて段取りを確認することにしました。


「……それにしても、さっきのシェリーちゃんの発言はお手柄だったよね。すごくいいことを言ってたもん」


「ああ、そうだな。我も不覚にも涙腺が緩むところだったぞ」


 仲睦まじく寄り添うアリシアお姉ちゃんとヴァリスさんは、感心したようにシェリーに語りかけています。


「そ、そうかな? えへへ! わたし、すごい?」


「うん。すごいすごい。いい子いい子」


 アリシアお姉ちゃんに頭を撫でられ、満足そうに胸を張るシェリー。けれど、そのすぐ後ろでは、不満そうに頬を膨らませるリオンの姿がありました。


「でも、シェリーってば、本当に楽しみにしてるのは、夕方の会食パーティーでしょ? どんなおいしいもんが食べられるのか楽しみだって、昨日もずっと言ってたじゃないか」


 ああ、リオン。口は災いの元だって、教えてもらったはずなのに……。


「な、ななな! 何言ってんのよー! リオンの馬鹿! バカバカバカ!」


「イタタ! 痛いってば、シェリー!」


「あははは。今のはリオンが悪いよねえ」


 セフィリアはけらけらと笑いながらも、二人の喧嘩じゃれあいを止める気はないようでした。


 一方、これから第二の本番の主役となるシリルお姉ちゃんはと言えば……


「結婚するのはいいけど……、こんなことになるなんて思わなかったから、何の準備もしてないわよ。式って、まさかこのまま始めるわけじゃないんでしょう?」


 ふっふっふ。そのあたりのことに、抜かりはありません。

 わたしの計画は、万全にして完璧なのです!


「シャルお姉ちゃんの笑顔が……黒い」


「……しっ! リオン。こういう時は何も言っちゃ駄目」


 リオンとシェリーが小声で何かを言っているような気もしますが、それはそれとして、わたしはここで、最後の切り札を使います。と言っても、ちょっとした『合図』を出しただけなのですが……


「うふふふふ! 待ちわびたわあ! やっと、やっと! この日のために腕によりをかけて作ったウェディングドレスの出番が来たのね!」


 突如として何もない空間から飛び出してきた、一人の女性。長い黒髪を綺麗に結い上げた彼女は、『一児』の母とは思えないほどに若々しく、少女のようにはしゃぎながらシリルお姉ちゃんの元へと走り寄ってきました。


「え? え? ミ、ミレニア様?」


「駄目よ! わたしのことは、お母さんと呼んでちょうだい! ……ね?」


 勢いのままにがばっとシリルお姉ちゃんに抱きつき、ぐりぐりと頬ずりを始めるミレニア様。


「こ、これっていったい……」


「ああ、本当に今日という日は最高だわ! わたし、ずっと自分の『娘』にウェディングドレスを作ってあげるのが夢だったの! 本当ならノエルに作ってあげるのが先だったはずなんだけど……」


 ようやく抱きついていた身体を離し、ミレニアさんは赤く上気した頬をそのままに、ノエルさんへと目を向けます。


「うふふ。婚期は遠のいちゃったけど、その分、また小さい時みたいに可愛いお洋服を作ってあげられるんだもの。全然問題ないわ!」


「あはは……」


 ああ、それで今日、ノエルさんはフリル付ドレスなんて着ているんですね。引きつったような顔で笑うノエルさんの姿に、わたしはかつてのアリシアお姉ちゃんのことを想い出して、同情の念を抱いてしまいました。


 というか、ミレニア様。確か初めて幼女化したノエルさんに会った時も、驚くどころか同じようなことを言っていたように思います。さすがに「母は強し」と言ったところでしょうか?


「シャルちゃん。それはちょっと違うと思うよ」


 わたしの内心の感想に対し、久しぶりにアリシアお姉ちゃんからのツッコミが入りました。しかし、そうこうしているうちに、もう一人、ミレニア様の華々しい登場の陰に隠れる形で姿を現した人物がいます。


「え? う、嘘? メルクリオ様まで?」


 驚愕に固まるシリルお姉ちゃん。


「……いや、どういうことだ? 今や『魔族』の最高指導者をやってるような人が、なんでこんなところに?」


 ルシアもまた、開いた口が塞がらないようです。

 言うまでもないことですが、『魔導都市』の再興に多忙を極めるメルクリオ様に来ていただくことが、一番『日程調整』に難があった部分でした。


 しかし、この日だけはどうあっても彼に来ていただかないわけにはいきません。


「何を驚くことがある。シリル。……自分の娘の結婚式に顔を出さない父親など、いるはずがないだろう?」


 相変わらずの穏やかで優しい笑みを浮かべ、メルクリオ様はシリルお姉ちゃんに歩み寄っていきます。


「……メルクリオ様」


「お父さん、だろう? いい加減、この呼び方にも慣れて欲しいものだな。……私とて、いきなり幼女化したもう一人の娘の姿に、頑張って慣れようとしているのだから」


「幼女化して悪かったね」


 憮然とした顔でつぶやくノエルさんに、メルクリオさんは苦笑気味に笑いかけています。

 やはり、メルクリオ様はミレニア様と違って常識人のようで、娘の変貌ぶりには戸惑いを隠せなかったようです。


「……お、お父さん。でも、本当に大丈夫なの? 仕事の方は……」


「なあに、心配いらないさ。この日のために出発前は三日ほど寝ずに仕事を片付けてはきたが……お前に会わないよう、船の中で隠れている間には睡眠もとれていたからね」


 こともなげに笑うメルクリオ様。


「うふふ! そんなことより、早速衣装合わせを始めましょう? 船の中でも微調整はしてみたけど、やっぱり身体に合わせて見ないとね」


 一方、楽しそうにシリルお姉ちゃんの腕を引くのは、ミレニア様でした。


「ちょ、ちょっと待って? そ、その、もしかして……ドレスって、ミレ……じゃなかった、お、お母さんがデザインしたもの?」


「まあ! 当たり前じゃない! わたしが娘に着せるドレスを、他人にデザインさせたりなんか、すると思う?」


「あ、え、う……でも、そ、それは……」


 狼狽えるシリルお姉ちゃんの気持ちもわからなくはありません。何せミレニア様がデザインする服は、確かに可愛らしくはあるのですが……何と言うか、そう、セフィリアの普段の服装を見てわかる通り、若干露出が多いのです。


 ミレニア様いわく、『健康的な色気』は可愛らしさに不可欠なのだそうですが、それでも恥ずかしいことには変わりがありません。彼女の作る衣装を喜んで着ているのは、恐らくレイミさんとセフィリアの二人ぐらいのものでしょう。


「さあ、新婦の控室はこっちよ!」


「そ、その、お、お母さん? ちょ、ちょっと待ってってば……」


 ずるずると引き摺られるように歩き出すシリルお姉ちゃん。


「そうそう、そっちの坊やたち二人? あなたたちにも衣装の替えを用意しているわ。娘の衣装合わせの作業も手伝ってもらっていいかしら?」


「え?」


 シェリーとリオンの二人は、戸惑うように顔を見合わせています。わたしはそんな二人の肩を叩き、付いていくように促してあげました。


 やがて、騒がしかった彼らが『控室』となる【異空間】に姿を消すと、その場にはちょっとした静寂が訪れました。


 とにもかくにも、これで用意は万全です


「なあ、シャル。いっこ、いいか?」


「なに?」


 おずおずと問いかけてくるルシアに、わたしは誇らしげに胸を張って応じます。


「俺の衣装って、このままでいいのか?」


「…………え?」


 目が点になるわたし。


「え? じゃないだろ? って、もしかしてお前、シリルの衣装のことしか頭になかったんじゃないだろうな?」


「あははは……」


 乾いた笑いで誤魔化すわたし。そんなわたしに、ノエルさんから溜め息混じりの声がかけられます。


「まだまだ修行が足りないみたいだね」


 わたしには、返す言葉がありませんでした。



──そうしてついに、わたしたちの悲願ともいうべき、この日二つ目の『結婚式』が始まったのです。


 会場準備を再び整えるにあたっては、ノエルさんの指揮下で数人の『魔族』の人たちがスタッフとして働いていました。そしてその中には、ノエルさんの悪友のローナさんや『カリスマ魔族』のランディさんの姿もあります。


 ただし、前者は遊び半分で『幻獣』を使った演出の練習を繰り返しては、怒り狂ったノエルさんに駄目出しをされており、後者はレイミさんの手にした鞭に怯えながら、肉体労働に従事しているという有り様ではありましたが……。


 ちなみにルシアの服装については、町に戻ってどうにか貸衣装を見繕うことができました。若干サイズが合わないような気もしますが、それはこの際、仕方がありません。


「がはは! まあ、我慢するんだな。男は所詮、こういう場面じゃ添え物だぜ。ってか、誰が野郎の晴れ姿なんざ見たがるってんだ?」


 式が始まる前、少し不満げな顔のルシアに対し、身も蓋もないことを言ったのはヴァルナガンさんです。ですがその直後、彼の頭に光魔法が激突しました。


「いってええ!」


「すみませんね。ルシアさん。この馬鹿が失礼なことを。衣装など関係なく、あなたたちはお似合いの夫婦になれると思いますよ」


「あ、ああ……ありがとう」


 あまりの痛みに頭を抱えるヴァルナガンさんを尻目にして、涼しげな笑みと共に頭を下げるルシエラさん。三年前からは考えられないほど、情感に満ちた声と表情で語る彼女の姿に、ルシアも呆気にとられていたようでした。


 それはさておき、貸衣装を持ってルシアが『控室』に入ってから、しばらく。ようやく準備が整ったのか、レイミさんがいそいそと司会台へと向かいます。


「それでは、みなさーん! お待たせいたしました! 我らがアイドル! シリルさんの可愛い可愛い花嫁姿のお披露目でーす!」


 アリシアお姉ちゃんたちの結婚式の時とはうって変わった、砕けた言葉による司会進行でした。


「……というか、新郎新婦の入場なのに、完全に新郎のことを忘れてるよね、あれ」


 近くの席に腰かけたノエルさんが、自分の分身ともいうべきメイドさんの『迷司会』ぶりに頭を抱えて唸っています。


 なにはともあれ、レイミさんの言葉にどっと笑いに包まれた会場でしたが、それも二人が姿を現すまでのことでした。


 特別に演出された照明の光の中、【異空間】の『控室』から会場の『入口』部分に最初に姿を現したのは、銀髪の少女です。手に持った籠から花を振りまきながら、照れくさそうに笑って歩くシェリー。


 背中の部分が大きく開き、スカートが思った以上に短いことは見なかったことにするとして、とにかくミレニア様の趣味全開と言った可愛らしい衣装を着ています。採寸などは船の中で済ませていたらしいのですが、それでもこの式に準備を間に合わせてしまうあたり、ミレニア様の女の子の衣装に対する執着は並々ならぬものがあるようです。


 文字どおりシェリーが振りまく『花の道』に、次に姿を現したのは、ルシアでした。両親にあたる人物がこの世界にいないルシアですが、そこはやはり、彼の母親を自称するアーシェさんが彼と共に入場してきていました。


 ……とはいえ、彼女のような美人がしっかり着飾った挙句、周囲に手を振って愛想を振り撒いたりすれば、間違いなく新郎の影がますます薄くなるのですが……今さら彼女にそれを言っても無駄でしょう。


〈……アーシェの奴。本当に好き勝手やりおって〉


 少し離れた席からは、ファラさんの諦めたような声が聞こえてきます。

 とはいえ、ルシアはルシアで堂々と背筋を伸ばし、凛とした態度で歩いています。貸衣装もそれなりに見栄えがよく、男性としては十分に華のある姿でした。


 そして、いよいよシリルお姉ちゃんの登場です。先に現れたのは、彼女の手を引くようにして歩く、父親のメルクリオ様でした。さすがに社交界で鳴らしているせいか、優雅な所作で娘の手を取り、歩みを進めています。


 そんな彼に手を取られ、恥ずかしそうに頬を染めながら姿を現したシリルお姉ちゃん。それはもう、陳腐な表現になるかもしれませんが、『天使か妖精』を思わせる可憐な花嫁姿でした。


 これまたミレニア様の趣味全開と言ったウェディングドレスは、美少女と美女の中間といった年頃のシリルお姉ちゃんの魅力を最大限に引き出すべく、絶妙の加減で白い素肌を垣間見せ、それでいて、決して下品にはならないように彼女の全身を飾りたてています。


 特に幾重にも布を組み合わせたようなスカートは、後ろの方こそ長さがあるのに、動くたびに太もも近くまで見えてしまいかねないような切れ込みがありました。


「……おお、こりゃすごい」


「はあ……ため息が出ちゃうわ」


 会場のあちこちから感嘆の声が上がります。シリルお姉ちゃんはその声に気付いたのか、ますます頬を赤らめ、少しだけ身をよじるような仕草をして見せましたが、残念なことに、それではまるで逆効果です。


「い、色っぽい……」


「い、いやあ……素晴らしい」


「たまんねえな。こりゃあ」


 ライルズさんやリラさんの旦那さん。それにヴァルナガンさんと言った『男ども』は、興奮気味にそんな言葉を口にしています。直後に彼らのパートナーから制裁を受けたようですが、まあ、それはこの際放置しておきましょう。


 最後に姿を現したのは、シリルお姉ちゃんの長いスカートの後ろを掴み、地面に引き摺らないようにするという大役をミレニア様から仰せつかった、リオンでした。ミレニア様に付き添われる形でスカートを掴む彼は、傍目にもわかるほど顔を真っ赤にしています。


「リオン! 頑張ってー!」


 そんなリオンに無邪気な声援を送っているのは、わたしの隣に座るセフィリアでした。


 皆の声援や感嘆の声に見送られながら、中央の祭壇に向かう二人。『両親』の手を離れ、中央で向かい合った二人は、互いに誓いの言葉を交わし合い、そして……お互いが指に着けた『絆の指輪』をあらためて交換し合いました。


 そのまま、ゆっくりと距離を詰める二人。すでに夕方に差し掛かった会場。夕焼けの光がシリルお姉ちゃんの純白の衣装と銀の髪を黄金色に染め、二人の顔を鮮やかに照らし出していました。


 この世界を救う重圧に苦しみ、この世の不幸を一身に抱え込んでいた彼女が掴んだ、本当の幸せ。それは彼女の輝くような笑顔にこそ、はっきりと表れているようでした。


 やがて二人は、長いような、でも短いような誓いの口づけを交わした後、照れくさそうにわたしたちに向き直り、二人そろって御礼の言葉を口にします。


 拍手喝采。会場のあちこちから喜びに沸きかえる声が響き渡っていました。


 その後の夕食会では、今回結婚した二組の夫婦を主役席に並べ、ノエルさんが手配した料理を囲んでの大騒ぎが始まりました。


 会場を見渡せば、ライルズさんが「次こそお前に勝ってやる」とばかりにエリオットさんに絡んでいる姿があったり、その傍で「お互いにバトルマニアな相棒を持つと大変ですね」と言葉を交わし合うアイシャさんとエイミア様がいます。


 別の場所では、ミレニア様が嫌がるノエルさんの食事の世話を甲斐甲斐しく続ける姿があり、ローナさんがそんな彼女を指差しながら笑い転げています。また、その近くでは、メルクリオ様がレイミさんと二人でしみじみと言葉を交わし合う姿があります。


 さらに別の場所では、レイフォンさんとルフィールさんのまわりに、代わる代わるみんなが集まっていました。もちろん、お目当ては二人の娘、ミリーちゃんです。


 最初にあいさつを交わしながら彼らに近づいて行ったのは、ハンスさんとミスティさんの夫婦でした。声こそ聞こえてはきませんでしたが、可愛い赤ん坊を指差しつつ、ハンスさんが何かを言っています。するとその直後、頬を赤くしたミスティさんに平手打ちを喰らってしまいました。どうせ調子に乗って、恥ずかしい言葉でも口にしたのでしょう。


 次に近づいて行ったのは、意外なことにレイフィアさんです。彼女も可愛い赤ん坊には目が無いのか、小さなほっぺをプニプニと突いては、悦に入って喜んでいます。


 微笑ましい光景ではありましたが、そんな彼女の姿を羨ましげに、そして恨みがましげに遠くから見つめるラーズさんの姿が悲しいところです。彼はどうやら、先ほどヤジを飛ばそうとしたレイフィアさんに冷気を浴びせかけた件で『お仕置き』を受けているらしく、会場の端で完全な放置状態となっていました。


 一方、この会場でもっとも自由奔放な振る舞いを見せているのは、やはり何と言ってもアーシェさんです。


〈お姉様! 聞いたわよ? 今度、お義兄さまと結婚式をやるんですって?〉


〈どわああ! アーシェ! き、貴様いったいいきなり何を言うか!〉


〈ああ、ちょうど良かった。アーシェ殿。我は実際の結婚式なるものを見るのは、これが初めてでな〉


〈だいじょーぶ! わたしが全部お膳立てをしますわ!〉


〈勝手に話を進めるなあ!〉


 そんな風に自分の姉をからかっていたかと思えば


〈なあに? フェイル。せっかくの結婚式なんだから、もう少し明るい顔で飲みなさいよ。っていうか、飲みが足りないのよ! 飲ーみーがー! もっと飲めー! きゃはは!〉


「ちょ、ちょっとアーシェ母様? 母様こそ、酔ってない?」


「放っておけ、ノラ。この女はいつだって酔っているようなものだ。まともな言動を期待するだけ無駄だろうさ」


〈むー! 母様に向かって、随分な口の利きようじゃない? ふーんだ! いいもんね。それじゃあ、あなたの『兄弟』に、あっちの世界であなたとノラがどれだけ仲睦まじく暮らしているか、ぜーんぶ、暴露してきちゃうんだから!〉


「な! 何を言っている? 根も葉もないことを!」


 酔っ払ったような調子でノラとフェイルに絡んだり、かと思えば──


〈うふふ! おめでとう! トライハイト! 母さん、とっても嬉しいわ!〉


「うわっと! ナ、ナオ! お前なあ……空間転移でいきなり目の前に現れるとか……心臓に悪いぜ」


〈うふふふ! でも、これからが大事な時期なのよ。結婚したからって油断していると、シリルはこんなに可愛い女の子なんだもの。他の男に浮気されちゃうかもしれないわよ?〉

 

「ちょ、ちょっと何言ってるのよ! ほ、他の男なんて、そんなことあるわけないじゃない! 絶対、浮気なんてしないんだから!」


「お、おい、シリル! 声が大きいぞ」


〈うふふ! かかったわね?〉


「あ! ……うう」


 主役席の二人をからかったりと、まさに文字どおり神出鬼没な女神様でした。


 そんな楽しい夕食会も、日が暮れて、そろそろ終わりに差し掛かった頃のこと。


 既に頭上には満天の星空が広がり、照明で照らしだされた会場には酔いつぶれて転がる数人の男たちが、死屍累々の姿をさらしています。特にエリオットさんとヴァルナガンさんとライルズさんの三人は、飲み比べを始めてしまったらしく、呆れたように女性三人の介抱を受けています。


 すでに子供たちは寝る時間になっていたため、リオンとシェリーはセフィリアが街の宿まで送っていきました。


「あー楽しかった!」


「こういうのも悪くはないな」


 アリシアお姉ちゃんとヴァリスさんも、おじさんとおばさんを家まで送りつつ、帰るところでした。


「ふふ! 今回はシャルちゃん。大活躍だったね」


「我からも礼を言わせてくれ、シャル。ありがとう」


「ううん。わたしなんて、大したことはやってないから……」


 わたしは首を振るようにして言いましたが、アリシアお姉ちゃんはわたしの身体をしっかりと抱きしめ、優しく語りかけるように続けます。


「シャルちゃんは優しいね。そういうところ、ほんとにシリルちゃんに良く似てる。でも、だからちょっとだけ心配かな? シャルちゃんも……自分の幸せを忘れないでね」


「……うん」


 わたしは、しっかりとアリシアお姉ちゃんを抱きしめ返しました。


 すっかり夜も更けた会場には、片付けの手配を始めたノエルさんたちの他は、主役だったルシアとシリルお姉ちゃんの二人を残すのみとなっています。


「……シャル。今回は本当にありがとう」


「まったく、随分と成長したもんだよな。シャルも。まさかお前に結婚式の世話をされることになるとは思わなかったぜ」


 星空の下、歩み寄ってくる二人に礼を言われ、わたしは再び首を振ります。


「ううん。二人には、返しきれないほどの恩があるもの。だから、これくらい全然大したことないよ」


 すると二人は、困ったような表情でお互いの顔を見合わせ、それから、ゆっくりとシリルお姉ちゃんが進み出てきます。何故かその両手は腰の後ろに回されていて、奥にいるルシアもなんだか意味ありげに笑っています。


「な、なに……?」


 わたしが戸惑い気味に問いかけると、その直後──


「はい! これ」


 目の前一杯に広がる花。鼻孔をくすぐる優しい香り。


「え?」


「シャル。今度は、あなたが幸せになる番よ。わたしたち、全力で応援してあげるからね」


「そうだぜ、シャル。まさか……俺たちだけ結婚させておいて、それで済むとか思ってないよな?」


「え? ええ?」


 眼前に突きつけられた花が引き戻され、わたしの目の前には、胸元にブーケを抱えたシリルお姉ちゃんの、輝く月のような笑顔があります。


「わたしたちがもっともっと幸せになるには、あなたの幸せだって不可欠なんだからね?」


 どうやら、この物語を『ハッピーエンド』で締めくくるには、まだまだ時間がかかりそうでした。

 これにて、「異世界人と銀の魔女」は完結となります。

 平成23年から連載を開始し、はや2年半以上。長く続いてきたこの物語もようやく完結させることができました。これもひとえに、ここまで読んでいただいた読者の方々と感想をくださった皆様のおかげだと思っています。


 あらためてここに、感謝を申し上げたいと思います。


 200万文字を超える超大作ともいうべき文章量になってしまいましたが、感想を下さる皆さんのおかげもあって、書いている間はとにかく楽しかったように思います。


 まずはやり遂げたという気持ちでいっぱいですが、また新しい小説を考えて掲載することになりましたら、よろしくお願いします。


 なお、現在でも、もう一つ「少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』」という小説を掲載中です。本作を最後までお読みいただき、少しでも作者のほかの小説を読んでみたいと感じていただけたなら、こちらもお読みいただければ幸いです。

(2014年1月3日追記 少年魔王の『世界征服』と英雄少女の『魔王退治』も完結しました。現在連載中のものは「異世界ナビゲーション」になります)

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