第22話 初めての適性検査/初めての笑顔
-初めての適性検査-
俺はここに断言する。俺は幼女趣味なんかじゃない。
いたって普通に大人の女性に興味のある健全な男子なんだ。
でもさ、いくら相手が十二歳の少女とは言ってもだよ? あそこまで嫌われたら、ショックを受けて当然じゃないか。俺が何かを話しかけた時の反応といったら、相手が小さいだけに、かえって胸にぐさりと来るものがあるぞ。
「シャルはこんな大きな町にくるの、初めてなんだろ? どうだい、この町は」
「別に」
グサ!
「冒険者ギルドのランク認定試験は俺も受けたけどさ、結構本格的なんだよな」
「そう」
グサグサ!
「ふふふ。もう、そのくらいにしたら?」
冒険者ギルドに向かう道すがら、俺が続けてきた涙ぐましい努力を、シリルはあっさりと鼻で笑った。
「笑い事じゃないぞ。シリル」
「あのね、シャルはまだ私たちと会ってから何日も経っていないのよ? そんなにすぐに打ち解けられるわけないじゃない。それをそんな風に無闇に話しかけてても、逆効果よ」
「そうかもしれないけどさ、だったらシリルはどうなんだよ」
「え? いや、わたしは、その、まあ、『リュダイン』の背で一緒にいる時間も長かったし、ルシアもそのうち慣れるわよ」
「そうか? なんだかそうは思えないんだけどな」
俺はシリルの言葉に首をかしげる。それとなくシャルの様子をうかがってみても、やっぱりこちらには見向きもしてくれないみたいだ。
「ねえ、シリルお姉ちゃん。ギルドに行ってもランク認定試験を受けないなら、何するの?」
「ああ、【ダウジング】よ。シャルに合った【魔鍵】を探さないといけないからね」
「だうじんぐ?」
「そう。ギルドの保管されている【魔鍵】から、あなたの【魔鍵】の在り処を読み取ることができるのよ」
シリルとシャルは、まるで先生と生徒のようなやりとりを続けている。
ううむ、「シリルお姉ちゃん」……か。やっぱり、段違いにシリルに懐いてるんだよな。
そうこうしているうちに、冒険者ギルドにたどりついた。そこで俺たちを待っていたのは、軍事基地もかくやというほどの巨大な施設だ。おいおい、これってどう考えてもこの街で一番でかい建造物だぞ。ギルドじゃなくって国の持ち物なんじゃないか?
「まあ、そう思うのも無理はないわね。そもそも、どうしてこのカルナックに、あんなに高い外壁があるか、わかる?」
「いや、外敵の侵入を阻止するんだろ?」
「じゃあ、その外敵って何? ここホーリーグレンド聖王国は治安もいいし、隣国との戦争も起きていないわ」
「と、言われてもなあ……」
俺にはさっぱり思いつかない。
「正解はね。モンスターよ。それも、ただのモンスターじゃない。Sランクモンスター『魔神オルガスト』」
「Sランク!? そんなとんでもないのがいるのか?」
「今はいないわ。『魔神オルガスト』は、四年前に『魔神殺しの聖女』エイミアに退治されるまで、この地方で猛威をふるっていたモンスターなの。それでモンスター退治を生業とすることの多い冒険者ギルドも規模が大きくなっていったってわけ」
「なるほどな」
「じゃ、入るわよ」
つまり、冒険者ギルドって奴は、そういう脅威があればあるだけ勢力が強くなるのか。
……ギルドと言えば、ひとつ気になることがあるんだよな。
魔力波動登録にライセンス認証、依頼・任務の情報管理などなど。俺が見た限り、この世界では間違いなくオーバーテクノロジーじゃないのか?
というより、ギルドだけ極端に技術が進んでいるっていうのは、違和感ありまくりだぞ。
「オーバーテクノロジー? まあ、ギルドは開放的に見えても、一般には隠された秘密が多いから、そうなるのかもしれないわね」
俺の問いに対し、シリルはそんな風に答えたが、彼女自身は何か知っているんだろうか?
まあ、本人が話したくない話を無理に聞き出すわけにもいかないし、そこまでの興味もないんだけどな。
中に入ると、やはり最初に広い待合スペース、奥に受付カウンターという基本的な作りはツィーヴィフのギルドと同じだった。
「ようこそ、カルナック冒険者ギルドへ。どんなご用件でしょうか?」
そう声をかけてきたのは、愛想のよい笑顔を浮かべる栗色の髪の女性だった。やっぱり、こういうところの受付には、美人を配置する決まりでもあるんだろうか。
「わたしはシリル・マギウス・ティアルーン。冒険者よ。これがライセンス証」
そう言ってシリルが例の紋様が刻まれた金属板、ライセンス証を受付嬢に渡すと、受付嬢は手元の装置にそれを差し込み、怪訝そうな顔をした。
「シリル様はツィーヴィフの町でパルキア王都『アールディシア』への護衛依頼を受けてらっしゃるようですが、こちらはどうされたのでしょうか?」
「ええ、それなら依頼人が急遽、依頼を破棄してきたの。もうすぐギルドにも中途解約の情報が入るんじゃないかしら」
「そうでしたか。では今のところ保留と言うことですね。情報が入り次第、中途解約分相当の報酬をお支払いします」
ふうん、本当にあのライセンス証一つで受けた依頼の情報管理ができてしまうんだな。
【魔法】がらみなんだろうが、一体どういう仕組みなんだ?
「それで今日お願いしたいのは、【魔鍵】適性検査なの」
「シリル様は【魔鍵】をお持ちでなかったのでしょうか?」
「そうじゃないわ。この子の検査よ」
シリルの言葉に、視線を少し下げる受付嬢。そこには当然、シャルがいる。色素の薄い金髪に水色の瞳。真剣な眼差しで見上げるその視線を受け、受付嬢は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて相好を崩してシャルに声をかける。
「あら、可愛いお嬢さん。適性検査は初めて? 大丈夫、お姉さんが優しく教えてあげる」
おいおい、さっきまでの礼儀正しいキャラクターはどこへ行ったんだよ。
当のシャルはと言うと、受付嬢の態度の豹変に驚いているようだったが、気を取り直すとぺこりと頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
「可愛い……。よし、お姉さんに任せておいて。ギルド中の【魔鍵】をかき集めてきてあげるわ!」
なんなのだろう、これは。シャルの奴、やたらと年上の女性にもてるんだな。ううむ、女性ってのはああいうのに弱いのだろうか? よくわからない。
「ふう、話が早くて助かるけれど、あそこまで態度が変わるなんて、わたしにはわからないわね」
シリルが呆れたように呟くが、いや、お前だって自分で気づいていないだけかもしれないけれど、シャルと話してる時の顔と言ったら、始終緩みっぱなしだぞ?
まあ、とは言え、普段と比べての話だけどな。……あんな表情のシリルを頻繁に見られるようになったことについては、シャルに感謝してもいいかもしれない。
そう思い、なんとなくシャルを見るが、やっぱりこちらには見向きもしてくれない。
「さ、こっちよ」
受付嬢のお姉さん、俺とシリルの存在なんて、もはや眼中にないみたいだな……。
なにはともあれ、通された先は個室になっていて、話によればギルドに来たパーティが時間いくらで借りられる多目的室なんだそうだ。いいのか? そんな部屋、ただで使って?
「さ、それじゃ、ええっと、確かこれがサージェス系だったわね。一番多いのがこれだから、これから試してみたらどうかしら」
そう言って受付嬢がシャルに差しだしたのは、古ぼけた杖のようなものだった。
「ちょっと聞きたいんだけど、そういえば、【魔鍵】ってどうやって【神の種族】の判別をしてるんですか?」
「え?」
受付嬢は、今初めて俺の存在に気がついたとでもいうように、こちらを見上げてきた。(さっきからずっとシャルの目線に合わせるようにしゃがみこんでいたのだ。)
「もちろん、最初の判別は既に【魔鍵】を持つ冒険者が【ダウジング】で確認しますけど、後はちょっとした印をつけて区別していますから、ギルドの人間には分かるんです」
質問の意味を多少誤解されたみたいだな。まあ、俺はそもそもの判別方法を知りたかったんだが、それも教えてくれたので良しとしよう。
「それじゃ、どうぞ。触ってみて何か感じることがあれば、そのまま話してみてね」
「はい、わかりました」
シャルは年齢の割には、礼儀正しい言葉づかいをする。ただ、それが年上のお姉さま方には、たまらないらしい。アリシアなんかは、「あのギャップがいいんだよね!」とか、よくわからないことを言っていた。
「……『水』?」
「え? それだけ?」
「はい」
「そう、それじゃ、系統が違うのね。ええとじゃあ、次はマーセル系ね、どうぞ」
流石に規模の大きいギルドだけあって、次々と【魔鍵】が出てくる。『神』の力が封じられているなんて言う割には、数は結構多いんだな。
「まあ、適合者はそれほど多くないけどね。見つけられない、手に入らない場所にあるってことも多いけれど、適合する【魔鍵】自体が存在しない場合もあるし」
シリルは小声で俺に説明してくれる。その間にもシャルは真剣な顔で【魔鍵】を手に取っていた。
「……ええっと、『魔神の湖』、『底に沈む洞窟』、『混濁する回廊』?」
「詳しい情報が出たわね。そっか、シャルちゃんの【魔鍵】は、マーセル系だったのね。うん、将来は芸術家さんかな?」
「そうですか……」
受付嬢、いつのまにか「ちゃん」づけだよ……。それはともかく、なんだかシャルの表情が明るくない。もしかして、マーセル系なのを気にしているのか?
「シャル。マーセル系もその『神性』は色々よ。手に入れてみるまではわからないわ」
シリルもそれを悟ってか、シャルに慰めの声をかける。
「でもシリルさん。危険じゃないですか? 今の【ダウジング】からすると、シャルちゃんの【魔鍵】は『オルガストの湖底洞窟』にあるとしか思えないんですけれど」
受付嬢は心配そうな口調で言った。オルガスト? ってまさか……。
-初めての笑顔-
「そんなに近くにあるなら好都合よ。場所柄としても色々と都合がよさそうだしね」
わたしはそう言って、シャルを見る。シャルは少し不安そうにしながらも、わたしのことを信頼のこもった目で見返してきた。
「そうですか。気を付けてくださいね」
受付嬢は本当に心配そうだ。まあ、安全面を考えたらシャルを置いて行くべきなのかもしれないけれど、適合者がいないと、その在処までたどり着けない可能性もある。
それに『湖底洞窟』なら、シャルの“精霊紋”の練習にも都合がいい。
「確か『オルガストの湖底洞窟』は【フロンティア】よね?それならついでに、任務として仕事をしてくるわ。登録よろしく」
「ええ、それは構いません。ただ、あそこはちょっと特別でして……、基本的に【歪夢】の消去か、単体認定Bランクまたは集団認定Aランク以上のモンスター排除以外では、報奨金が出ないことになっているんですけど、よろしいですか?」
「え?どうして?」
モンスターの発生源である【フロンティア】系の任務は、【歪夢】の消去のほかにも、そこで倒したモンスターをライセンス証に『登録』することで、その数や質に応じた報奨金が出ることになっている。でも、ランク限定なんて聞いたこともない。
「あそこは過去にSランクモンスター発生源になったということもあって、聖騎士団が定期的にモンスターを除去しているんです。ですので、聖騎士団の討伐に便乗した偽装討伐登録を避ける意味もありまして、……申し訳ありません」
「なるほどね、そういうこと。わかったわ」
「そうそう、実は今度の聖騎士団の討伐作戦ですけど、一週間後に予定されているんです。ですから【魔鍵】の捜索も、その後にした方が楽ですよ」
「ありがとう。参考にさせてもらうわ」
わたしたちは受付嬢に礼を言うと、冒険者ギルドを後にした。
そして、アリシアとヴァリスの二人との待ち合わせ場所である噴水広場に戻る。ここ、カルナックは大都市だけあって道行く人の数もかなり多い。
「なかなか戻ってこないわね。あの二人」
「まさか迷子ってことはないと思うけどな。ヴァリスがいるんだし」
あ! …いいタイミング。
「それ、どういう意味かな?」
「うわ!」
ルシアは突然後ろからかけられた声に、もの凄い勢いで跳びあがる。
わたしが振り返るとそこには、頬を膨らませたアリシアと、呆れたような顔をしたヴァリスの二人が立っていた。
「ヴァリスよりあたしの方が町の中のことには慣れてるんだよ? なのに、そんなこと言って……。ルシアくんがあたしのことをどう見てるか、ようく、わかったからね!」
「いや、えっとそう言う意味じゃなくてだな、えっと……」
ルシアは大慌てでアリシアのことをなだめにかかる。
ふと、わたしは、自分の袖口に小さな振動を感じてそちらを見る。するとそこには、わたしの腕を掴んだまま、下を向いてフルフルと震えるシャルの姿があった。
あれ? もしかして、笑いをこらえてる? よし、それなら。
「シャルは、ルシアみたいになっちゃ駄目よ。もっとも、あんなに高く跳びあがるなんて、真似したくてもできないだろうけど」
「ぷ、くくく!」
よし、後一押し。
「そうそう、人のことを言うくらいなんだから、ルシアは迷子になんかならないわよね?……実は、買ってきほしいものがあるの。わたしたちは先に宿に戻るから、お願いできるかしら?」
「え? いや、その……、なんでそんなことに? ちょっとシリルさん? 今日はどうしたんですか? あれ? 俺、なにか悪いことしましたっけ?」
当然のことながらルシアにとって、ここは『異世界』の町。町の構造自体にまるで素人の彼を一人で歩かせたりしたら、数分後には立派な迷子の出来上がりだ。
そのことがわかっているのか、動揺のあまりルシアの口調は不自然な敬語になってしまっていた。
……ごめんなさい。ここはひとつ、犠牲になってちょうだい。
「あは、あははははは!」
と、ようやく待ちわびていた笑い声が響きわたる。
「え? シャル?」
「シャルちゃんが笑った……」
「……初めて見るな」
そう、私たちと会って以来、初めてシャルが大きな声をあげて笑ったのだ。そしてようやく、四人の注目を集めていることに気付いたシャルは、恥ずかしそうに口を閉じる。
「シャル。いいのよ。わたしたちは仲間なんだから、何も遠慮することなんてないの。可笑しかったら笑っていいし、言いたいことがあれば何を言い合ってもいいの。ほら、ルシアだって、わたしにあんなに言われたのに怒ってないでしょ?」
「傷ついてはいるけどな……」
「あはは!」
やっと打ち解けた笑いを見せてくれた彼女に、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
普通の貴族なら、周囲にかしずかれることに慣れてしまっていただろう。
普通の子供なら、周囲に子供として扱われることを当たり前に受け入れられただろう。
でもシャルは、どちらでもない。貴族の家にほぼ軟禁状態に近い形で育ち、王族の生まれであることを理由に気を遣われ、けれど決して普通の貴族のように扱われてこなかった。
そんな彼女はきっと、人から気を遣われる分、いやそれ以上に、人に気を遣うことを覚えてしまっていたに違いない。
なかなか彼女がわたしたちに打ち解けられないでいたのは、きっとそれが原因なのだ。
宿へ向かう道すがら、わたしは二人にも、シャルの【魔鍵】の在処とギルドで聞いた聖騎士団の討伐予定の情報について話をした。
すると、アリシアがこんなことを言い出した。
「じゃ、ちょうど一週間後のその日にしようよ」
「確かにモンスターが減った方が楽だから構わないけど、それだと聖騎士団と鉢合わせになるかもしれないわよ。モンスターだって、そんなにすぐに増えないんだから翌日でもいいんじゃない?」
「駄目。だって、聖騎士団の任務ってことは、もしかしたら、あのエイミア・レイシャルも来るかもしれないんだよ? 一目見るチャンスじゃない!」
ああ、そういうことね。まったく、ミーハーなんだから。
「その、エイミア・レイシャルというのは何者だ?」
と、珍しくヴァリスが聞いてくる。前までは、あまり人間のことに興味がないみたいな態度だったのに、最近は少し変わってきたみたいね。
「この国の聖騎士団の団長よ。わたしたちの目的地、『オルガストの湖底洞窟』から発生したと言われているSランクモンスターを退治した伝説の英雄ね」
「そうそう、若干十七才で聖騎士団に入団して、次の年には『魔神オルガスト』をやっつけちゃったんだから。今はその功績で騎士団長さんだし、ほんと凄いよねえ」
「Sランクというのは、『魔神』クラスのモンスターのことか? 確かに、『竜族』の間でも『魔神』クラスともなれば、十分に警戒を要するモンスターだ。人間の身でそれを倒すほどの強者がいるというのなら、一度見てみたい」
「でしょう?」
アリシアがヴァリスの言葉に喜々として、相槌を打つ。
すると今度はルシアが質問してきた。
「なあ、その聖騎士団ってのはなんなんだ?」
「この王国の騎士団の中でも精鋭中の精鋭よ。なにしろ、【アドヴァンスドスキル】“聖戦士”か【エクストラスキル】“聖騎士”を持っていて、なおかつ厳しい入団試験をクリアしないと入れないんだから」
ちなみに“聖戦士”は生命魔法の【通常スキル】“治癒術士”と剣術の【アドヴァンスドスキル】“舞剣士”を、“聖騎士”は融合魔法と生命魔法と剣術の【アドヴァンスドスキル】“魔導師”、“強化治癒者”、“舞剣士”に加えて、何らかの【光属性適性スキル】を併せ持つ複合的スキルだ。
「じゃあ、そんなに何人もいないんじゃないか?」
「そうね。聞いた話では騎士団と言いつつも、団員は50人程度だそうよ」
逆にいえば、たったそれだけの人数で騎士団一つに匹敵する力を持っていることになる。
単純に考えて、団員全員が傷の回復と身体強化が可能な【生命魔法】を使えるというのは、それだけで脅威以外の何物でもない。
そんな騎士団に若干十七歳で入団したのだから、彼女はまぎれもない天才なのだろう。
わたしもヴァリスと同じく、人間の身でSランクモンスターを倒すような存在に興味がないと言えば、嘘になる。
「わかったわ。それじゃ、一週間後まで、この町でゆっくりしましょう」
ここのところ、のんびりと一つの町に腰を落ち着ける機会がなかった。あまり長居をし過ぎるのは色々と不安があるけれど、少しくらいならいいかもしれない。