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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
エピローグ 精霊少女の招待状
269/270

第9幕 ハッピーウェディング

 翌日、会場となる街外れの平原には、驚くべき施設が組み上がっていました。


 抜けるような青空の下、『大聖堂』の礼拝堂にあったような長椅子が並べられ、正面奥にはきらびやかに飾り付けられた祭壇まで用意されています。恐らくここが、結婚式の式典に使われる場所なのでしょう。


 さらに別の場所に目を向ければ、恐らく会食パーティーに使用すると思われる無数の丸テーブルが所狭しと並べられています。


 ノエルさんに聞いたところでは、新郎新婦とその両親のための控室は【異空間】の技術を応用して用意しており、参列客は何もない空間からゆっくりと姿を現す新郎新婦の姿を堪能することができるようになっているとのことでした。


「さすがはノエルだよな。まさか、ここまで凝った会場をたった一晩で造っちまうんだから」


 ルシアが感心したように、着々と準備が整えられていく会場を見渡しています。


 他の参列者たちより一足早く会場入りしたわたしたちは、これからまさにアリシアお姉ちゃんとヴァリスさんを控室に送り届けるところでした。


 もちろん、二人の『両親役』の人たちも一緒です。


〈何故かはわからないが、我の方が緊張してきたな……〉


 ヴァリスさんの『父親役』である竜王様は、結婚式用の礼装の襟元を気にしながら、落ち着かなげな顔であたりを見回しています。


〈きょろきょろするな。みっともない。もっとこう、泰然として構えてはおれんのか〉


 そんな竜王様の隣では、華やかなパーティードレスに身を包み、顔にうっすらと化粧までした妙齢の美女が、呆れたような顔で立っています。この会場に来た誰が見ても、彼女がヴァリスさんの『母親役』だとは信じないでしょう。


〈そ、そうは言うがな、ファラ……〉


〈ほれ、アリシアの『御両親』を見てみろ。実に堂々としているではないか〉


 ファラさんが視線を向けた先には、四十代くらいの男女がアリシアお姉ちゃんの手を取って、しきりに話しかけているところでした。


「済まないね。アリシア。君の御両親にもどうにか連絡を取りたかったのだが……」


「ううん。いいの。だって、あたしにとっては、おじさんとおばさんの方が本当の両親みたいなものだもの」


 申し訳なさそうな顔で言う男性に、アリシアお姉ちゃんは満面の笑顔を浮かべながら首を振っています。


「でも、本当に良かったわ。小さい頃から人見知りが激しかったあなたが、こんなにも素敵な男性に巡り合えて……」


「あはは。泣かないでよ。おばさん。あたしがこうして幸せでいられるのも、おじさんとおばさんがあたしにこの街で店をやらせてくれたおかげよ。本当に、ありがとう」


 涙ぐむ女性の肩を抱くアリシアお姉ちゃんの目にも、じんわりと涙が浮いているようでした。


「えーっと確か、このあたりだったわよね? ノエルの言ってた『控室』の入口って」


 そんな新婚夫婦を尻目に、シリルお姉ちゃんは何かを確認するように、何もない空間に手を伸ばしていました。


「ああ、ちょうどこの辺が新郎新婦入場にちょうど良さそうな場所だし、間違いないんじゃないか……って、うお!」


 ルシアの驚きの声。彼が何気なくシリルお姉ちゃんに返事しようとしたその時、目の前の空間がグニャリと歪み、一瞬でわたしたちの目の前の景色が大きく変化を見せたのです。


「わあ! すごい。いきなり部屋の中に出ちゃった」


 驚くセフィリアの言葉どおり、いつの間にかわたしたちは、広い部屋の中に立っていました。落ち着いた色合いのソファやテーブル、周囲を照らす【魔導装置】の照明器具に、飲み物が収納されているらしい保冷庫の類など、あらゆる家具が備え付けられています。

 さらに壁面には、お色直しのための化粧台や衣装ケースまで置かれていて、まさに本格的な新郎新婦の控室でした。


〈うーむ。こうした細々とした技術は、『神』よりも『魔族』の方がよほど優れているかもしれんなあ〉


 感心したようにあたりを見回し、しげしげと化粧台などを確認し始めるファラさん。わたしはそんな彼女の後姿を見つめながら、間もなく始まる『大騒ぎ』に向けて心の準備を整えました。


〈鏡……か。ふむ〉


 ファラさんは、鏡に自分の姿を映し、まじまじと見つめているようでした。彼女のドレスは、自分の変身によって生み出したものではなく、実物を竜王様が用意してくれたのだそうです。ファラさんは、人目も忘れて身体の向きを変えながら、衣装の見栄えを確認しています。


 ですが、よく見れば、鏡に映った彼女の背後には、ぼんやりと浮かび上がるもう一人の女性の影がありました。


〈な、なに……?〉


〈うふふふふふふ! 自分のドレス姿に見入るお姉様! 可愛いわあ!〉


 女の幽霊、もといアーシェさんは、虚空から出現するなりファラさんを背後からしっかりと抱きしめています。


〈どわあああ! な、なななな! アーシェ? なんでお前が!〉


〈なんでだなんて、水臭いことを! お姉様の晴れの舞台に、わたしが来ないなんてこと、あるはずがないでしょう?〉


 いえ、少なくともファラさんの晴れの舞台と言うわけではないはずですが……。その場にいる全員がそう思いつつも、誰一人として彼女にそんなツッコミを入れられる人はいないのでした。


〈あら? そう言えば、わたしとしたことが……お義兄にいさまに挨拶するのを忘れていたわ〉


 意地の悪い顔でそう言うと、アーシェさんはファラさんの身体から離れ、身に纏うドレスの裾を優雅に広げて竜王様に一礼しました。


〈ちょっと待て! 誰がお義兄にいさまだ!〉


〈お久しぶりですわね。お義兄にい様。相変わらず姉が迷惑ばかりかけていると思いますけど、仲良くしてくださっているようで何よりですわ〉


 ファラさんの抗議をさらりと無視し、アーシェさんは竜王様ににこやかに笑いかけています。


〈あ、ああ。アーシェ殿か。そう言えば、三年前は慌ただしかったこともあって、あまり挨拶もできなかったな。改めてファラを助けてくれたこと、礼を言わせてもらおう〉


〈いえいえ、わたしは自分がしたかったことをしたまでですもの。礼はいりませんわ。ただ、そのかわり……〉


 声の調子が一段、低くなるアーシェさん。


〈な、何かな?〉


〈……お姉様を不幸にしやがったら、全身の鱗を残らず引っぺがして尻の穴に突っ込んで差し上げますから、心しておくことですわね〉


 ……えっと、気のせいでしょうか? 

 一瞬、アーシェさんの顔が悪鬼羅刹のような形相に変化し、ドスの利いた声でとんでもない言葉を口にしたように思ったのですが……


〈……しょ、承知した〉


 歯の根も震えんばかりの様子で、返事をする竜王様。


〈うふふ! なら良かったですわ。わたしの大好きなお姉様をお任せするに足る、素敵なお義兄様ですものね? これからもよろしくお願いしますわ〉


 先ほどの声と表情が嘘のように、明るく笑うアーシェさん。彼女は今後、こちらの世界に滞在する時間が多くなるとのことであり、それもまた、竜王様とファラさんにとっては先が思いやられる話かもしれません。


──それから、わたしたちは新郎新婦と両親(アーシェさんは自分も親族だと言い張って残りました)を残して『控室』を後にしました。アリシアお姉ちゃんの花嫁衣装のお披露目は、式典の時間までお預けです。


「それにしても、随分早い時間から始めるのね? 普通、もう少し遅い時間から初めて夕食会に繋げるのが、このあたりの風習なんでしょ?」


 参列者の座る席に向かいながら、シリルお姉ちゃんがそんな疑問を口にしました。


「なんでも、途中で別の『予定』が入っているらしくて……」


 わたしはその疑問に適当な答えを返します。少なくとも、嘘は言っていませんでした。


「それにしても、ラーズに参列してもらうのも、ちょっと大変だよな」


 ルシアが呟きながら目を向けた先には、式典会場の最後列に当たる場所に、ひときわ大きく確保された『指定席』がありました。


「まったく、みっともないなあ! 図体ばっかり大きいくせに、なんでそんなに涙もろいわけ!?」


 『指定席』からは聞き慣れた女性の罵声が聞こえてきます。


〈うおお! 仕方がなかろうが! ヴァリスの兄者が人間社会のしきたりにおいても、晴れて姉上さまと結ばれることになった善き日なのだ。こんなに嬉しいことはない!〉


 他の参列者たちを唖然とさせているのは、もちろん、レイフィアさんとラーズさんの二人(?)組でした。


「……相変わらずだな、あの二人」


「そうね。邪魔をするのも悪いし、放っておきましょうか?」


 ルシアとシリルお姉ちゃんは、いたって穏当な結論に達したとでも言うように、そちらから目を逸らしたのでした。


「……やっぱり、まだ来てないのかな」


 わたしの隣でぽつりと小さくつぶやいたのは、セフィリアでした。


「どうしたの?」


「……うん。ノラとフェイル」


「ああ。……そうね。まだ見当たらないわね」


 セフィリアに言われて、わたしは改めて会場を見渡してみました。けれど、それらしい人影は見当たりません。あの二人ならどこにいても良く目立つので、来てくれてさえいればすぐにわかるはずなのですが……。


「ん? 誰だ、あれ? 見慣れない二人組だな」


「え?」


 聞こえてきたルシアの声に、わたしはそちらに目を向けました。気づけば、わたしだけではなく、会場中の視線がそちらに向けられています。街がある方角とは真逆の、つまり、【風の聖地】がある方角から、二人の男女が歩いて来ているのです。


 一人は、真紅の髪を緩やかに波打たせ、すらりとしたロングドレスに身を包む女性でした。妖艶な美しささえ醸し出す彼女は、隣を歩く男性に腕をからませ、にこやかに笑いながら歩いています。


 一方、彼女の隣を歩く男性はと言えば、誰がどう見ても『嫌々ここに来ています』ということが明らかな仏頂面をしていました。しかし、短めに切られた髪を綺麗に整え、結婚式用の礼装を纏った彼は、会場中の女性が見惚れてしまうほどの並外れた美貌を誇っており、そんな無愛想な表情でさえ魅力の一つに変えてしまっているようです。


「……えっと」


 呆気にとられたまま、二人を見つめるわたしたち。

 すると、赤毛の女性の方がわたしたちに気付いたようで、顔を輝かせてこちらに腕を振ってきました。


「あー! シャル! フィリス! それにセフィリアも! みんな! 久しぶりー!」


 妖艶な外見に見合わない、無邪気な少女の声。彼女はとうとうお淑やかに振る舞うことに我慢できなくなったのか、男性から腕を離すと、ドレスの裾を持ち上げるようにしてこちらに向かって駆け寄ってきます。


「あれ? 嘘……? もしかして……」


 あまりの外見の変化に驚きが隠せませんが、ここまで来れば間違いありません。


「ノラ?」


「うん!」


 言うや否や、『ジャシン』の少女(?)ノラは、わたしとセフィリアを同時に抱きしめるように飛びついてきました。


「きゃ!」


「あはは! ノラ! 久しぶりー!」


 あまりの勢いによろめきそうになったわたしですが、さすがにセフィリアは微動だにせず、しっかりと彼女の身体を受け止めていました。


「ど、どうしたの? その身体……」


 抱きしめられた際に感じた柔らかく弾力のある感触に、わたしはかすかな嫉妬を抱きつつ、尋ねました。


「うん。やっぱり、パーティに出るんだから大人っぽくしないといけないと思って。……えっと、変……かな?」


 ドレスの裾をもじもじと掴み、自分よりずっと年上に見える美女が心配そうな顔で聞いてくる姿は、とても可愛らしくはあるのですが、同時にかなりの違和感を感じてしまうところです。


「う、ううん。変じゃない、と思うよ」


 しどろもどろに何とか返事をしたところで、わたしはちらりともう一人の男性に目を向けました。こっちの彼女がノラだということはつまり……


「……おいおい、本当か? お前、まさか、フェイルなのか?」


 ルシアはそう言ったきり、顎が外れんばかりに大口を開けて固まっています。他の皆も同様で、かつての黒い長髪に黒の全身鎧といった陰気な姿からは想像できない『彼』の変貌ぶりに絶句しているようでした。


「………………」


 しかし、彼──フェイルは仏頂面のまま、返事もしようとはしませんでした。所在なげに視線を動かし、どこか助けを求めるようにノラを見ています。いえ、正確には助けを求めているというより、『この空気をお前が何とかしろ』と言いたげな視線でした。


 しかし、それに気付いたノラが何かを言うよりも早く──


「ぶは! ぶははははは! いやあ! 驚いた! 大したもんだな? 人間、変われば変わるもんだぜ!」


 お腹を抱えて爆笑し始めたのは、ルシアでした。


「おい、貴様……」


「いやいや! 皆まで言うな、皆まで。俺には全部、わかってるぜ? そりゃあ確かに、こーんな美人の隣にあんな陰気な姿じゃ立てないもんなあ?」


 何かを言いかけた彼の言葉を遮り、底意地の悪い笑みでねちっこい言葉をかけるルシア。


「く! 帯剣さえしていれば、斬り捨ててやるものを……!」


 悔しそうに歯噛みするフェイル。するとノラは、するりと彼の傍まで近づき、その腕を取るようにして、たしなめの言葉を口にします。


「駄目だよ、フェイル。せっかくのおめでたい席なんだから、仲良くしないと……」


「めでたいも何も……お前が泣いて付いて来てほしいとせがむから、仕方なく来てやっただけだ。俺には関係ない」


 フェイルは仏頂面もそのままに、彼女から視線を逸らすようにして吐き捨てました。しかし、そんな彼の態度には慣れているのか、ノラは彼の逸らした視線の方向に回り込み、その瞳を見上げるようにして微笑みかけています。


「そんな寂しいこと、言わないの。……ね?」


「…………好きにしろ」


 その瞬間、わたしは信じられないものを目にしてしまいました。驚きです。びっくりしました。わたしは自分が見た物が信じられず、シリルお姉ちゃんの袖を引っ張りました。


 くるりと振り向くシリルお姉ちゃん。


「まさか、彼がね……」


 シリルお姉ちゃんの顔には、わたしと同じく驚愕の表情が張りついています。

 驚いたことに、ノラに真正面から顔を覗きこまれた彼は、顔を横に背けつつ、わずかにその頬を赤くしていたのです。


「あれ? そういや、お前。顔にあの紅い紋様みたいな奴、出てないのな?」


 しかし、ルシアは何事もなかったかのように、別の問いかけをしています。


「……濃度の調整なら済ませている」


「なるほどねえ」


 しかし、そう言った直後。ルシアは再び意地の悪い顔で笑います。


「でも、失敗だったんじゃねえの?……そのせいで赤面したのも隠せなかったわけだしな」


「……くだらん戯言を抜かすな。いつ誰が赤面しただと?」


「おいおい、今さら凄んで見せても怖くないぜ? 初心な少年よろしく、彼女に見つめられて赤くなるような姿を見ちまった後じゃなあ?」


 からかうようなルシアの言葉に、今度は怒りで顔を赤くしたフェイルがギロリと彼を睨みつけます。


「やはり貴様は、ここで殺してやった方がよさそうだな」


「やれるもんならやってみやがれ!」


 声を荒げ、睨みあう二人。けれど、その時でした。


「もう! フェイル! 駄目って言ったじゃない! フェイルはワタシと一緒じゃ、お祝いの席にも出たくないの? いい加減にしないとワタシ、怒るからね!」


「ルシア! 今日がどんな日だか、忘れたの? この世界に四年もいるくせに、未だに常識が身についていないのかしら? だったら……骨の髄まで叩き込んであげるわよ?」


 紅の髪と銀の髪。二人の女性から同時に浴びせかけられた言葉は、それぞれのパートナーの頭に昇った血を、一瞬で下げる効果があったようです。


「い、いや、そうは言っていない。……というか、怒ると言いながら泣くのは止めろ。くそ! わかった。大人しくしてやるから、とにかく泣き止め」


「シ、シリルさん? いや、今のは、その……茶目っ気みたいなものでな? お、俺たちだってこんなめでたい席で喧嘩をおっぱじめようとか、そんな気はさらさらないって! な、なあ、フェイル?」


「あ、ああ……」


 どうやら、かつて世界を救った立役者ともいうべき二人の男性は、揃って相棒の尻の下に敷かれてしまっているようでした。


「ははは! 仲がよろしくて結構なことだな。……だが、まあ、それはさておき、そろそろ式が始まるようだぞ。皆、席に着いた方がいいんじゃないか?」


 と、そこに朗らかな笑い声で話しかけてきたのは、こちらの騒ぎを聞きつけてきたらしいエイミア様です。


「この男前が、まさかフェイルとはね……。こりゃあ、僕も負けていられないな」


 彼女の隣では、何故かエリオットさんがフェイルの立ち姿をしげしげと眺めつつ、妙な対抗意識を燃やしているようでした。



──それから。


 ノエルさんが手配したらしい音楽の演出に合わせ、式典会場が色とりどりの照明に照らされる中、式典の開会が宣言されました。ちなみに式典の司会者は、驚くなかれレイミさんです。


 いつもの露出の激しいメイド服の代わりに着ているのは、やはり胸元の大きく開いたドレスです。ドレス自体は比較的地味めな色合いを基調としており、司会者として目立たないように気を遣ってはいるようですが、会場の男性たちの多くは、そんな彼女の白い胸元にちらちらと視線を向けています。


 ……男の人って、みんなこうなんでしょうか?


 それはさておき、さすがにここではレイミさんも真面目な調子で司会進行を勤め上げ、いよいよ新郎新婦、入場の段になりました。

 照明の光が『入口』に当たる場所に向けられ、霧のような演出と共に【異空間】の控室から今回の主役が姿を現しました。


「……綺麗よ。アリシア」


「うん。……こりゃ、綺麗だな」


 わずかに涙ぐんだ声でつぶやくシリルお姉ちゃんと呆けたように頷くルシアの二人。


 でも、無理もありません。この日のためにわたしたちが手を尽くし、魔法王国マギスディバインでも最高の服飾職人に頼んでウェディングドレスを作成してもらったのです。今のアリシアお姉ちゃんは、輝かんばかりの美しさに溢れていました。


 でも、何より綺麗だったのは、その幸せそうな笑顔そのものでしょう。おじさんとおばさんに手を引かれ、隣を歩くヴァリスさんに照れくさそうな笑みを向けるアリシアお姉ちゃんは、まさにこの式典の主役であり、一番輝いている女性でした。


 もちろん、ヴァリスさんも負けてはいません。本来なら花嫁の添え物になることが多い花婿という立ち位置にありながら、すらりと背の高い長身に純白のスーツを纏い、洗練された動作で歩く彼の姿には、会場のあちこちから溜め息が洩れています。


「アリシア! ヴァリス! おめでとう!」


 皆の祝福の声を受けながら、バージンロードを祭壇へと進む二人。絵に描いたような幸せの景色。誓いの言葉を交わし合い、お互いに指輪を指にはめ、そして……見つめ合ったまま口づけを交わす。


「……なんだか素敵だね。うーん。わたしも結婚したくなってきた!」


 女性の憧れの1つともいえる光景を前に、さすがにセフィリアも感動を覚えたのか、そんなことを言い出しました。


「あはは。でもセフィリアは、その前にお相手を見つけなくちゃだよね」


 わたしがからかうようにそう言うと、セフィリアはむふふと含み笑いを浮かべ、悪戯っぽくわたしに指を突きつけてきました。


「その言葉、そのままシャルに返しちゃう!」


「う……」


 この子、いつの間にこんな顔ができるようになったのかしら? そう言いたくなるくらい「してやったり」といった顔で笑うセフィリア。


 それはともかく、後に控えた会食パーティーを除けば、式典もいよいよ大詰め。

 それは同時に、第二の本番のスタートにもなるはずでした。


 二人が何度目かのお色直しに『控室』に戻ると、わたしたちはいそいそと『準備』のために動き出します。と言っても、大半はノエルさんが手配済みであり、わたしたちはただ、その時を待つばかりなのですが。


「それではこれより、改めて新郎新婦の入場です! 皆さん、よろしいですか? 特に会場にお集まりの独身女性の方は、心してくださいね? これから花嫁が持ってまいります花束。これを祭壇から後ろ向きに花嫁が投げます。投げられた花束を……」


 いわゆる『ブーケトス』に関するレイミさんの説明が終わり、いよいよその時がやってきました。


〈フィリス。準備はいい?〉


〈うん。任せておいて。完璧に制御して見せるから〉


 わたしはシリルお姉ちゃんとセフィリアと一緒に、祭壇に立つ花嫁の後ろへと並びました。この場にいる女性たちには、すでに話を通してあります。後はフィリスの『制御』にゆだねるのみです。


「それでは、アリシアさん。お願いします!」


「それ!」


 アリシアお姉ちゃんの掛け声とともに、宙に舞うブーケ。


「ほら、シャル! こっちに来るわ! チャンスよ……って、あれ?」


 わたしにブーケを取らせてあげよう、と考えていたシリルお姉ちゃん。しかし、彼女が気付いた時には、その周りには人っ子一人いませんでした。まるで蜘蛛の子を散らすように人ごみが無くなり、ぽつんと一人立ち尽くすシリルお姉ちゃん。


 呆気にとられた彼女の手の中に、フィリスの制御する風に乗った『ブーケ』がぽすんと収まる。


「え? え? うそ? どういうこと?」


 目が点とは、まさにこのことでしょう。意味が分からず目を瞬かせるシリルお姉ちゃんに、レミルさんからの追い打ちがかけられます。


「次なる花嫁は、シリルさんに決まりです! みなさん、盛大な拍手をどうぞ!」


「え? え? い、いったい何が……」


「お、おい、なんだよ! いて! いてて!」


 戸惑うシリルお姉ちゃんの傍に、エリオットさんとヴァルナガンさんの二人がルシアを引き摺るように連れてきて放り出します。


「ま、まさか……」


 ここでようやく、シリルお姉ちゃんは何かに気付いたような顔になったのでした。

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