第6幕 円柱都市
その後、王城マギスレギアでもさらに『数人のメンバー』と合流を果たしたわたしたちは、いよいよ最後の街に向かうこととなりました。
「次で最後か。シャルにばかり面倒な役割を押し付けて申し訳なかったね」
目的地である『鋼の街アルマグリッド』へ向かう船内で、ノエルさんがわたしにそんな声をかけてくれました。船内に設けられた広い談話スペースには、いくつかのテーブルが置かれており、この旅で集められた皆さんが思い思いの席で会話を続けています。
ラーズさんだけが残念ながら外を飛ぶか、甲板に腰を落ち着けるかするしかないため、時々レイフィアさんが顔を出してあげているようですが、今は彼女もヴァルナガンさんたちと同じ席で談笑(正確にはルシエラさんのからかい)を続けているようです。
ノエルさんに声を掛けられた時は、ちょうどわたしがレイフォンさんの子、ミリーちゃんを抱かせてもらっているところでした。わたしはミリーちゃんを隣にいるセフィリアに預けると、とことこと床を歩いてくるノエルさんの脇に手を差し入れるようにして彼女を持ち上げ、近くの席に座らせてあげました。
「うん。ありがとう。……この扱いにも、だいぶ慣れたよ」
「いいえ、どういたしまして。うふふ!」
「あはは。まあ、僕もこんな身体だからね。あまり表立っては動けなくて……」
やれやれと息をつくノエルさんの元に、早速レイミさんが茶器を持ってやってきて、お茶を注いでくれました。
「本当ならメルクリオお父様の跡を継いで、『魔族』の指導者になるべきところですのにねえ」
そう言いながら自分の分のお茶を用意したレイミさんは、同じく隣の席に落ち着くつもりのようです。従者にはあるまじき振る舞いですが、先ほど彼女自身がメルクリオ様のことを『お父様』と呼んだことからもわかる通り、彼女は今やノエルさんの姉妹のような立場となっていました。
一度、『それならメイド服はいらないのでは』と問いかけたところ、ものすごい勢いで三時間近くにわたり、『メイドさんの素晴らしさ』なるものを語られてしまったため、わたしの中ではそのことは禁句になっていたりします。
それはさておき、ノエルさんはお茶を一口飲み込んだ後、ふと柔らかい笑みを浮かべました。
「……本当に馬鹿な真似をしたと思っているよ。エリオットもエイミアも、よくこんな僕を許してくれたと思う。誰かの犠牲の上の幸せなんて、誰も望まないって言うのにね」
「うふふ。あのままお亡くなりになっていたら、あなた自身にとっても、こんなに幸せな日々は来なかったんですよ?」
レイミさんが指し示す先には、サイアス団長と談笑するエイミア様や彼女から団長に紹介されて恐縮するエリオットさんの姿があり、からかい過ぎたルシエラさんから攻撃魔法を突きつけられてぶんぶんと首を振るレイフィアさんと、ルシエラさんを必死でなだめるヴァルナガンさんの姿がありました。
そしてわたしたちの傍らには、セフィリアに抱かれたミリーちゃんのほっぺを代わる代わるつついては笑いあうシェリーとリオンの姿があり、それを微笑ましげに見守るレイフォンさんとルフィールさんの仲睦まじい姿があります。
「うん。だから、僕はこれから精一杯働いて、皆をもっともっと幸せにしてあげなくちゃいけないと思っているんだ。……今回の件は、シャルの発案ではあるけれど、その第一歩だと思ってる」
さらに別のテーブルで、『作業』に勤しむ数人のメンバーを見やりながら、ノエルさんは決意を込めてそう言ったのでした。
──鋼の街アルマグリッド。
ここもまた、わたしたちにとっては思い出深い街です。武芸大会のこともそうですが、ガアラムさんたちとの出会いやライルズさんの事件、街を襲うモンスターとの戦いなど、様々なことが思い出されます。
そう言えばルシアは、この街の外縁部に立つ黒光りする高層住宅街を見て、随分と大げさに驚いていたんだっけ? わたしはその時のことを想い出して、一人クスクスと笑ってしまいました。
するとそれに気付いたのか、わたしの袖をシェリーがぐいぐいと引っ張ってきました。見下ろせば、何故か心配げにわたしの顔を見上げています。
「シャルお姉ちゃん、大丈夫? 何か変な物食べた?」
「馬鹿だなあ。シェリー。シャルお姉ちゃんはシェリーみたいに食い意地張ってないから、そんなことしないよ」
「なんですってー! リオン! 今、何て言ったー!」
「わー! シェリーが怒ったー!」
騒がしく駆け回る二人の子供たち。今回はエリオットさんとエイミア様も含め、六人で街の中へと入ることになりました。向かう先はもちろん、『ヴィダーツ魔具工房』です。
「ん? あれ? もしかして、シャルかい? ああ、エリオットも一緒か。久しぶりだねえ!」
ようやくわたしたちが懐かしいお店の前に辿り着き、感慨深い思いで見上げていると、突然背後から声をかけられました。
「え?」
驚いてそちらを振り向くと、そこには買い物袋を胸に抱えた一人の女性が立っています。
「あ、ミスティさん!」
「ふーん。また随分大人っぽくなったじゃないのさ! それなら男どもが放っておかないよ?」
けらけらと笑う彼女は、赤茶色の髪を緩やかに波打たせ、勝気そうな茶色の瞳を嬉しそうに輝かせています。そのまま足早にわたしたちの傍を歩いて通り過ぎ、そしてそのまま……お店の扉を勢いよく蹴り開けました。
「あんた! シャルが来たわよ! 出迎えてあげな!」
店の奥に威勢の良い声をかけた後、彼女はわたしに向かって軽くウインクをしながら店の奥へと入っていったのでした。
今やヴィダーツ魔具工房には、入ってすぐのスペースに所狭しと商品が並べられています。ミスティさんの後に続いて入ったわたしたちは、ショーケースの中に並ぶきらびやかな【魔法具】の数々に思わず目を奪われてしまいました。
「すごい。綺麗な【魔法具】ばかりだね」
「ははは! 気に入ってくれて何よりだよ。これからは武器にもデザイン性が重視される時代になるはずだからね」
セフィリアが目を輝かせて言った言葉に、奥から返事がありました。遅れて現れたのは、職人用のツナギを着た、まるで女性のような顔立ちの男性でした。
「そうなんですか?」
セフィリアが満面の笑みで聞き返すと、途端、彼は相好を崩して嫌らしい笑みを浮かべ、彼女の元に歩み寄っていきます。
「そうそう! 僕の【魔法具】は、君みたいに可愛らしい女性の美しさをより引き立てるためにこそあるんだ!」
熱く語りながら、セフィリアの手を取る男性。セフィリアには意味がわからないらしく、きょとんとした顔でされるがままになっていましたが、彼がその手に自分の顔を寄せ、口づけをしようとするところまで来たところで、わたしの『我慢の限界』が訪れました。
「……『リュダイン』。お願い」
〈グルルル!〉
「のえ? ぎょわあああ!」
号令一下、わたしの足元をトコトコと歩いていた頼もしい相棒が、電光石火の動きを見せ、不埒な男の足首にかじりつきました。もちろん、電撃のおまけ付です
「相変わらずですね、ハンスさん」
「あはは……君はますます大人っぽくキュートになったのに、手厳しさは増してきたんじゃないかい?」
ぴくぴくと痙攣しながらも、歯の浮くような言葉を続けるハンスさん。これでも彼は、かつてわたしの『差し招く未来の霊剣』を作ってくれたガアラムさんの孫にして、現在の工房主なのです。
「まったく、何をやってるんだか……」
買い物袋を奥の部屋に片づけてきたミスティさんは、呆れたような顔でこちらに戻ってきました。
「でも、意外です。今の場面なら真っ先にミスティさんが怒りそうなものなのに」
ハンスさんとミスティさんは、わたしたちがこの街を離れてから間もなく、結婚して夫婦となっているのです。わたしの知る彼女の性格なら、今の場面は鞭が唸りを上げるところでしょう。
「あはは。まあ、いい加減、この男のこういう態度には慣れちゃったのさ。最近じゃ一鞭くれたくらいじゃ、むしろ喜ばれてる気もするし……」
「あっはっは! ミスティの愛の鞭なんだ。喜ばずにはいられないさ!」
いつの間にか立ち上がり、腰に手を当てて笑うハンスさん。『リュダイン』の電撃を受けて、この速度で復活するなんて大したものです。もしかして、『新しい世界の扉』でも開いているのではないでしょうか?
「ところで、お祖父さまはどこに行ったの? 奥にはいなかったわよ?」
「ん? ああ、爺さんなら、あの二人と一緒に『浮遊石』を確認しに行ったところだよ。モノが大きすぎるんで、現場で調整するんだってさ。でも、もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」
どうやらガアラムさんは不在のようです。わたしもこの三年間で、何度かこの工房には顔を出してはいるものの、いつも温かな笑顔で迎えてくれる彼との再会はいつも楽しみにしていました。
「エリオット。そう言えば、わたしたちは本当に久しぶりだよな?」
「そうですね。もう二年近く、ここには来ていませんからね」
エリオットさんにとっても、この街は武芸大会のたびに拠点にしていたこともあり、エイミア様と再会した場所でもあることから、懐かしさはあるのでしょう。感慨深そうに店内を見渡しています。
わたしたちは勧められた席に腰を掛け、ガアラムさんとその他『二人』の帰りを待つことにしました。しかし、遊びたい盛りのリオンとシェリーは、ただ待つだけでは退屈なようで、店内の商品を歩き回って眺めています。
「お! これって『光剛結晶』でできてるみたいだぞ。シェリー、知ってる? 『天嶮の迷宮』って、2年半前に開拓されたんだよ。おかげで最近じゃ、この結晶が出回る量も増えてきたんだぜ」
とある商品の前で、リオンが自慢げに本で読んで得た知識をひけらかしています。しかし、シェリーはニヤリと腹黒そうな笑みを浮かべると、彼の頭をぽんぽんと叩きつつ、胸を張って言いました。
「2年半前じゃなくて、1年半前よ。リオンはほんと、いい加減だよね?」
「え? そ、そうだっけ?」
シェリーの駄目出しを受け、顔を赤くするリオン。
「ちなみに開拓者はルシア・トライハイトって言って、シャルお姉ちゃんの知り合いなんだからね!」
えっへん、とばかりに彼女がまくしたてた、その時でした。
「そうそう、俺なんだぜ。よく知ってるなあ。お嬢さん。最近の子って皆、こんなに頭がいいのか?」
彼女の頭上から、若い男性の声が降ってきたのです。
「……ほえ?」
ぽかんとした顔のまま振り返り、声の主を見上げるシェリー。彼女の銀の瞳が、優しい光をたたえた黒い瞳と真っ直ぐにぶつかりました。彼は、シェリーの頭を一撫でしながら彼女に笑いかけています。
「ごめんな? 驚かせちまったか?」
「あ、あう……」
頬を赤くして後ずさるシェリー。そしてそのまま、恥ずかしそうにモジモジと下を向いてしまいます。
「当たり前でしょ? ちょっと自分の名前が出たからって、いきなり後ろから声を掛けたりして。……恥ずかしいわよ?」
「うう、面目ない」
照れ臭そうに頭を掻く男性の隣には、輝くような銀髪の女性がクスクスと笑いながら立っていました。
「シリルお姉ちゃん!」
わたしは椅子から一気に立ち上がると、彼女の元まで一気に走り寄り、その身体にしっかりと抱きつきました。
「え? シャル? ……って、きゃ!」
よろけながらも、わたしをしっかり受け止めてくれるシリルお姉ちゃん。
「まさか、こっちに来ているなんて思わなかったわ」
彼女の胸元から顔を離して見上げた先には、以前と変わらず愛らしい笑顔があります。優しく微笑む彼女の顔に思わず見惚れてしまったわたしですが、よく見れば、銀の髪は以前より少しだけ短くなっていて、顔つきもどことなく大人っぽくなっているようです。
「よう、シャル。久しぶり」
「うん。ルシアも久しぶり」
シリルお姉ちゃんから身体を離しつつ、わたしはルシアにも笑顔を向けます。彼は元々大人だったせいもあり、外見上は三年前からそれほど変化はないように見えます。
「この子たちが例の……?」
シリルお姉ちゃんの視線の先には、呆気にとられて固まったままのリオンとシェリーがいました。
「うん。わたしとセフィリアの、大事な仲間だよ」
わたしがそう言うと、シリルお姉ちゃんは表情を和らげ、二人に優しく微笑みかけます。
「……そう。よかったわ。……シェリーとリオン、で良かったわよね?」
腰をかがめ、二人に視線の高さを合わせるシリルお姉ちゃん。
「う、うん」
「はい」
自分たちと同じ銀の髪をした女性に見つめられ、戸惑ったように頷きを返す二人。特にリオンは、顔を真っ赤にしてシリルお姉ちゃんに見惚れているようでした。するとすかさず、それに気付いたシェリーが頬を膨らませます。
「む! 何よ、リオン! 鼻の下を伸ばしちゃって。だらしがないんだから!」
「わわ! い、痛いって、ほっぺを引っ張らないでよ!」
自分がルシアを目の前にして赤面していたことを棚に上げるあたり、シェリーの我が儘ぶりは『彼女』譲りなのかもしれません。
「ふふ! ……今度こそ、そのまま末永く、二人仲良くできるといいわね」
「え? 今度こそ?」
シリルお姉ちゃんのつぶやきに、首を傾げる二人。
「ううん、なんでもないわ」
にっこり笑って二人の頭を一撫ですると、シリルお姉ちゃんは立ち上がってわたしを見ました。
「ありがとう。シャル。心のつかえが取れたような気分だわ」
「ううん。わたしこそ、二人に会えて良かったもの」
実際、二人と一緒に行動するようになって、わたしとセフィリアの二人旅はますます楽しくなりました。
「わたしも二人に会えて良かった。だから、ありがとうね。シリルさん」
「セフィリアも……。ふふ。わたしの方こそ、シャルの友達になってくれてありがとう」
シリルお姉ちゃんは、そう言ってセフィリアにも笑いかけました。
「確かに、一人旅なら不安もあったけど、セフィリアが一緒にいてくれたおかげで俺たちも大分安心できたからな。シャルを守ってくれて、ありがとな」
「ううん。だって友達だもん。それに、わたしの方がシャルにはいっぱい助けてもらったから、今度はわたしが助ける番よ」
ルシアに向かって、可愛らしく胸を張って言うセフィリア。
「そうか。じゃあ、引き続きよろしくな」
「うん!」
「……それで、シャル。わたしたちに何か用があるんでしょう?」
「うん。実は……」
わたしは『招待状』を取り出し、シリルお姉ちゃんに手渡しました。
「ヴァリスさんとアリシアさんの、結婚式の招待状だよ」
そんな言葉を添えて──