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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
エピローグ 精霊少女の招待状
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第2幕 永遠の眠る遺跡

 セフィリアが退治してきた『グランドイーター』の亡骸を始末し、冒険者ギルドで多額の報酬を受け取った後、わたしたちはそのまま宿に戻ることにしました。

 ちなみに、今回の件で彼女は、Bランク冒険者からAランク冒険者に格上げになっています。


「もう、勝手に夜中に抜け出してこんなこと……何を考えてるの? 前にも言ったよね? 目立ちすぎちゃ駄目だって。あんまりやりすぎると、パーティ加入の勧誘が増えたりして面倒なことになるんだからね」


「うん。ごめんなさい……」


 わたしが頬を膨らませて言うと、セフィリアは身体を縮こまらせて上目づかいで反省の言葉を口にします。……うう、可愛い。で、でも、ここで負けては彼女のためにならないのです!


 しかし、心を鬼にしたわたしが更に言葉を続けようとしたその時、彼女は機先を制するように別の話題を口にしました。


「そ、そう言えば、シャル! 『あの子たち』はどうしたの?」


「セフィリア?」


 わたしもそうはさせまいとばかりに、半眼で問い返す。


「う……」


 頭を掻きながら、ばつが悪そうに視線を横に逃がすセフィリア。

 ノエルさんの母、ミレニアさんに作ってもらった可愛らしい衣装とあいまって、彼女のそんな姿は、わたしの庇護欲のようなものをくすぐります。


「……もう、仕方ないなあ。じゃあ、今日のところはこれで許してあげる」


 やっぱり勝てませんでした。


「あ、ありがとう、シャル。大好き!」


「きゃあ!」


 いきなり抱きついてきたセフィリアに、わたしはバランスを崩しながらよろよろと歩く。うーん。この子が目が覚めてからこの二年半の間、こんな風にひたすらずっと、わたしにべったりなんですよね。


 こんなことで将来、ちゃんといい人を見つけたりできるのかな?

 わたしは自分のことを棚に上げて、そんな心配をしてしまいました。


「あの子たちなら、まだぐっすり寝てたわよ」


「うそ? でも、もうこんな時間だよ?」


 抱きついたまま目を丸くするセフィリアの身体を、わたしは引き剥がすようにしながら溜め息を吐く。


「あなたのせいでしょ? 昨日の夜遅くまで一緒になってカード遊びに夢中になったりするから……おかげでわたしまで寝坊しちゃったわ」


「……でも、わたしは平気だよ?」


 不思議そうに首を傾げるセフィリア。実のところ、目覚めてからのセフィリアからは、かつてのような超常的な現象を引き起こす能力は失われていました。

 しかし、一度タガが外れてしまったせいなのか、彼女の身体強度や回復能力に関しては、今でもなお、人間離れしたものがあります。加えて、ほぼすべての魔法に対して極めて高い耐性まで得てしまっている彼女は、その可憐な外見に似合わず、ガッチガチの肉体派戦士系冒険者なのでした。


「あなたの体力は底なしでしょ? そういうところを自分基準で考えないで。とにかく、次からはあの子たちに夜更かしさせるのは禁止だからね?」


「はーい」


 まったく、精神年齢で言えば、彼女も『あの子たち』と大して変わらないのではないでしょうか。


 そうこうしているうちに、わたしたちは宿に辿り着きました。一階の店主に会釈をしながら二階に上がり、扉を開くと案の定、出てくる前と何も変わってはいないようでした。依然として、3つあるベッドの1つにこんもりとした盛り上がりができています。


 ところが、よく耳を澄ませてみると、何やら小さなうめき声が聞こえてきました。


「う、うーん……」


 小さな男の子の声。苦しげではありますが、可愛らしくもある声です。


「うふふ! よーし、ほら、起きなさーい!」


 セフィリアは何がそんなに楽しいのか、勢いよくベッドに突進すると、そこに掛けられていた布団を思い切りまくり上げたのでした。


「むにゃむにゃむにゃ……」


「う、うーん、うーん……」


 露わになったベッドの上には、二人の子供。


 一人は少女でした。彼女は身体を丸めてすやすやと寝息を立て、お気に入りの枕に頭を乗せたまま、気持ちよさそうに眠っています。

 もう一人は少年です。お腹に乗った異物の圧迫感に耐えかね、呻き声を上げながら、それでも頑張って眠り続けています。


「ほら! そろそろ、起きて!」


 セフィリアが二人の身体に触れ、乱暴に揺することで、ようやく彼らは目を覚ましました。


「むにゃ? うーん。よく寝たあ……」


 パジャマ姿でムクリと起き上り、眠そうに目を擦っているのは、7歳くらいの銀髪の女の子です。


「う、うう、なんでかな? お腹が痛いような……」


 続いて自分のお腹をさすりながら起き上ったのは、同じく銀髪銀眼の少年です。一見して仲睦まじげに見える二人の少年少女ですが……


「ん? あー! やっぱりだ! シェリー! また僕のお腹を枕にしてたでしょ!」


 ようやく気付いた事実に、憤慨したような叫び声を上げる少年。するとシェリーと呼ばれた少女は、にへへと笑いながら少年の額を指先で突きました。


「だって、リオンのお腹、とっても気持ちいいんだもん!」


 悪びれもなく笑う少女。すると、リオンと呼ばれた少年は、毒気を抜かれたように表情を和らげ、けれども何故か悔しそうに息を吐きます。


「うー! またこれだよ。卑怯だよ、シェリー」


「卑怯? なんのこと?」


 はい。見た目通りに仲睦まじい男の子と女の子でした。わたしは二人の頭を両手でぽんぽんと叩きます。


「はいはい。じゃあ、二人とも顔を洗って身支度を整えなさい。そしたら1階で朝ごはんにしましょうね」


「はーい!」


 二人は声を揃えて返事をすると、よほどお腹が減っていたのか、我先にと洗面所に飛び込んでいきました。


「いつ見ても可愛いよね、あの子たち。やっぱり、連れてきて良かった」


「そうね……」


 セフィリアの声を聞きながら、わたしはあの二人と出会った時のことをぼんやりと思い出していました。


──ゼルグの地平。


【狂夢】なき後のこの世界においても、依然として最難関にして最大級の【フロンティア】です。

 しかし、3年前に『世界の絶望』と呼ばれる最大級の【歪夢】が消滅したことで、この北部地域を覆う灰色の雲は消え、草木も含め、大地には徐々に色鮮やかな命の気配が戻ってきました。


 各地の遺跡に巣食う大量のモンスターの退治や無数に点在する【歪夢】の消去には、まだ相当な時間がかかるとはいえ、もはや『絶望の地平』の名は相応しくないのかもしれません。


 セフィリアと二人で冒険者となって2年弱。二人での戦い方にも自信がついて来たわたしたちは、腕試しの意味でこの『ゼルグの地平』を訪れました。


 かつては魔法王国マギスディバインから【魔導列車】に乗らなければ行くことのできなかったこの場所も、その時には既にギルドの許可を得て【結界】を超えるための【魔導装置】を身につけさえすれば、誰でも開拓に出向くことができる場所になっていたのです。


 とはいえ、依然として『ゼルグの地平』内には3柱の『魔神』が残っているとされており、ギルドもそれなりの実力者でなければ許可を出してくれないため、……少しだけレイフィアさんにも『協力』してもらい、審査官の人を脅……もとい、説得しなければなりませんでしたが。


 それはさておき、その日、わたしたちが向かった遺跡は、シリルお姉ちゃんから教えられた、誰にも知られていない小さな施設です。わたしたちが『ゼルグの地平』に向かうと話した時、シリルお姉ちゃんが「それならついでに」と、ある依頼をしてくれたのです。


 それはそれとして──


「あははは!」


 道中で襲いくるモンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げるセフィリア。わたしはと言えば、そんな彼女の後ろを歩き、時々背後や上空から飛来するモンスターの迎撃を『フィリス』に交代して任せたり、『リュダイン』に周囲を護ってもらったりしていました。


〈シャル。自分だけ随分楽してるよね……〉


 わたしの心の中に、そんな声が聞こえてきます。


〈ごめんね、フィリス。セフィリアを見てたら、どうしてもね……考え事ばかりしちゃって〉


 わたしは戦いを任せきりにしてしまった自分の相棒に謝りました。


〈うーん、確かにセフィリアのあの身も蓋もない戦い方を見てたら、真面目に戦うのが馬鹿馬鹿しくなりそうだけど……〉


 目の前では今もなお、セフィリアが素手で巨大モンスターと正面から殴り合い……というか、一方的に殴り倒している姿があります。彼女も殴り返されているはずなのですが、蚊に刺されたほどにも感じていないらしく、けらけらと笑いながら大暴れを続けていました。


〈それもあるけど……そうじゃなくって前途多難だなって……〉


〈あんなに強いのに?〉


 わたしの言葉の真意は、彼女に『常識的に行動する』ことを覚えさせることの困難さを表してものだったけれど、『精霊』のフィリスには、その感覚はいまいち分からなかったようです。


 それはともかく、わたしたちはその後、とある遺跡に辿り着きました。

 シリルお姉ちゃんいわく、『もうひとつの永遠が眠る遺跡』です。


 シリルお姉ちゃんに指示された通りに進んだ先には、……円筒形の二つの容器がありました。液体に満たされた二つの円筒の中には、十歳に満たないだろうと思われる、少年と少女の姿が浮かんでいます。


「……シェリエル第四研究所。そこには、シェリエルによる『試作品』が置かれている──シリルお姉ちゃんの言ってた通りだね」


 銀の髪の少女と銀の髪の少年。


 この施設は、シリルお姉ちゃんがシェリエルの記憶から読み取った情報の中にあったそうです。彼女が面白半分に戯れとして創ったモノ。


 もともとは、『子ども』というものに興味を持ったシェリエルが、自分と従者の肉体を元に子どもの姿をした複製体を創ってみたというだけのものでした。

 他にわたしが知っている『実例』のとおり、『ラフォウル・テナス』に頼ることなく複製体を創るのは、並大抵のことではありません。ですが彼女はさらに、創った『子ども』の肉体に『ある仕掛け』を施したのです。


「──『本体』が持つ【魔力波動】を読み込み、それを元に新たな『自我』を確立させる複製体。『あの二人』とは別人であって、でも同時に、別人ではない意識……」


 シリルお姉ちゃんは、この仕掛けを指して、こう言いました。彼女が無意識のうちに求めた、『もうひとつの永遠』なのだと。


「もし、この子たちに二人と同じ力や記憶が備わっていたら? 二人を目覚めさせることが正しいことなのかな?」


 わたしがシリルお姉ちゃんに依頼されたのは、その是非を確かめてきて欲しいということでした。わたしの判断を信用すると言ってくれたシリルお姉ちゃんが、少しだけ悲しそうな顔をしていたのが思い出されます。


 わたしが独り言を続けていると、セフィリアが首を振ります。


「……そんなこと、関係ないよ。この子たちが何を元にして生まれたのであろうと、この子たちはこの子たち。世界に祝福された、掛け替えのない命だもん」


 驚いて振り返れば、セフィリアは円筒形の容器に眠る子供たちのことを、母親のように包容力のある目で見つめていたのでした。


「……掛け替えのない、命」


「そう。わたしやシャルと同じ。せっかくこうしてこの世界に生まれてくれたんだもの。この子たちには、この世界のことを大好きになってもらいたいな」


 無邪気に笑うセフィリアの声に、わたしは胸を締めつけられる思いがしました。


 『こんな世界なんていらない』、そんな風に語っていたシェリエル。最後の最後に本当に大切なものに気付き、世界律を修復して果てた彼女がこうして『生まれ変わった』というのなら、今度こそ大事なものを見失わないように生きてもらいたい。


 わたしは二人を連れて帰る決断をしたのでした。

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