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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
エピローグ 精霊少女の招待状
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第1幕 冒険者の街

 語るべきことはたくさんあるけれど、まずはわたしたちの旅の終わり──その後について簡単に述べようと思います。


 シェリエルたちが消えたあの時、世界を覆ってきた狂える夢は、正しい世界律として再構築されました。これでもう、新たな【歪夢】は二度と発生しないことでしょう。世界の自然もバランスを取り戻し、少しずつですが確実に緑の大地が増えてくるはずです。


 結果として、『クロイアの楔』による時間停止を行わずに済んだのは、幸いなことでした。成否はともかく、【自然法則エレメンタル・ロウ】に下手に干渉し過ぎれば歪みが生じ、いつかセフィリアのような『世界の欠陥』が出現してしまう恐れはあるのですから。


 ……いずれにせよ、『ララ・ファウナの庭園』において補助装置と本体の調整役となる予定だった彼女が『不在』の状況では、『時間停止』は難しかったかもしれません。


 とは言え、奇跡のように発動した『世界律の構築』も完全ではなかったようで、シリルお姉ちゃんはその後も一、二か月は、『魔導都市アストラル』で『調律作業』に従事することになりました。


 そのため、他の皆も『魔導都市』での滞在を続け、それぞれが自分にできることに携わりました。『クロスクロスクロス』による破壊と混乱からの復興。壊滅した元老院の立て直し。『魔導都市』に暮らす人々が解決しなければならない問題は山積みでした。


 そこで、新たに就任した『魔族』の指導者は、都市にギルドのような仕事のあっせん所を造り、種族を問わず優秀な者を募って報酬を与え、様々な任務に就かせるという大胆な改革に着手したのです。


 さらにその指導者は、マギスレギアのギルドを媒介に、『魔族』たちが新たな一歩を踏み出すべく、『魔導都市』から世界に飛び出していくのを支援する施策も展開しました。

 問題だった『竜族』との確執も、竜王様やラーズさん、ヴァリスさんの呼びかけによって解消し、晴れて『魔族』たちは外の世界を大手を振って歩けるようになったのです。


「はっはっは! ついに時代が僕に追いついたということかな? 『竜族』が街に襲撃を仕掛けてきた時は生きた心地がしなかったけど、いやあ、万々歳だ!」


 意気揚々と店の商品をまとめ、真っ先にマギスレギアの城下町に繰り出して行ったのは、レイミさんの知り合いでもある自称カリスマ魔族のランディさんでした。


「……そ、それはいいですけど、どうしてわたしが?」


 当時、城下町への案内役を務めさせられたわたしは、彼のテンションに若干引き気味でした。彼はわたしの問いかけに対し、当然のように笑って答えます。


「決まっているじゃあないか。シリルさんは復興関連で忙しそうだしね。となれば、後は君しかいないというわけだよ、シャルちゃん」


「わたししかいないってことはないかと……ルシアも暇そうでしたし」


「わかってないなあ。むさい男に案内なんかさせても息が詰まるじゃないか。君みたいに、キュートで可愛らしい女の子に案内されてこそ、インスピレーションが湧くってものだよ」


「……はあ。まあ、報酬がある以上、案内はちゃんとやりますけど……あまり変な目でわたしを見るようなら、後でレイミさんに言いつけますからね?」


 牽制のつもりでそう言うと、ランディさんは盛大に顔から血の気を失わせ、ブルブルと身体を震わせ始めました。


「シャ、シャルちゃん! あの人には『口実』さえあれば十分なんだ! たとえ冗談でもそういうことは言わないでくれ! うああああ! あの人、どっかからこっち覗いてないよな?」 


 彼のトラウマはかなり根深いようでした。


 それはさておき、世界は救われ、『魔族』も前向きな変化を見せはじめ、すべてが順調にいっているようではありましたが、依然として残っている問題もあります。


 それは、【歪夢】とその周辺の【フロンティア】の問題でした。

 【狂夢】の修復により、『神』の残留思念から新たな【歪夢】が生まれることは無くなったものの、既に出現済みの【歪夢】に関しては、やはり『開拓』が必要なのです。


 つまり、世界には依然としてモンスターの巣窟が無数に存在し、『冒険者』の果たすべき役割は、今なお大きいままだということです。


 だから、わたしは『冒険者』として旅を続けることにしたのです。ルシアやシリルお姉ちゃんたちと離れ、皆に頼らなくても一人前の冒険者として頑張っていきたい。それこそが行き場を失くしたわたしを仲間に加えてくれて、冒険者として育ててくれた皆に恩を返すことにもつながると思ったのです。




 ──そうして、あれから三年が経ちました。


「……うん。目が覚めた」


 わたしは宿屋のベッドの中、一人つぶやくと、ムクリと身体を起こします。わずかに残る眠気を払うように頭を振ると、この三年で伸びてきた金髪が身体の周りでバサバサと揺れ動いていました。


「……うーん。また乱れてる。本当は切っちゃいたいんだけどなあ……」


 跳ねる長髪を整えながら、わたしはベッドから足を下ろしました。この髪については、『せっかく綺麗に伸びたのだから、そのままにしてほしい』という強い要請を受けていることもあり、後しばらくは切れそうもありません。


「まだ、寝てるのね。ほんとに、寝坊助なんだから」


 隣のベッドにこんもりと盛り上がる膨らみは、その主が未だに熟睡を続けていることを示していました。わたし自身、昨日の夜更かしが効いているせいか、かなり遅い目覚めにはなってしまいましたが、さらに輪をかけて眠り続けるつもりのようです。


「仕方ないなあ……。じゃあ、『リュダイン』。留守番をよろしくね?」


〈グルグル!〉


 起こすのも可哀そうだと判断したわたしは、金の子猫の姿をした『リュダイン』をその寝台の上に乗せ、自分だけ身支度を整えると、とりあえず宿屋の階下に降りてみることにしました。


「あ! シャ、シャルさん! ちょうど良かった。た、大変なんです!」


 一階の食堂に顔を出すなり、わたしにそう声をかけてきたのは、かつてはこのツィーヴィフの町の冒険者ギルドにおいて、看板娘として名を馳せていた受付嬢、リラさんでした。今でこそ看板娘の役だけは後進(?)に道を譲っているものの、波打つ金髪と大きな茶色の瞳が素敵な彼女は、ギルド内では依然として根強い人気を誇っています。


「どうしたんですか? リラさん」


「あ、い、いえ、その……彼女が……」


 アタフタと慌てたように話しかけてくるリラさんは、まるで子供みたいに可愛らしい。話によると最近、同じギルドの男性と結婚したとかで、それが無ければ今でも彼女が看板娘だったに違いないでしょう。


 と、まあ、それはともかく。


「……何をしでかしたんですか?」


 わたしは、そう尋ねました。『しでかした』という言葉が既に、わたしの心情を表していると言ってよいでしょう。


「は、はい。その、昨日、ギルドに来ていた他の冒険者に馬鹿にされたのが気に入らなかったらしくて……」


「まさか、喧嘩でもしちゃったんでしょうか? それだけはしないようにって言っておいたのに」


「いえ! そうではないんですが……とにかく、来ていただいていいですか?」


「はい」


 わたしはリラさんに促され、宿を出るとそのまま冒険者ギルドに向かいます。やがて、見えてきた冒険者ギルドの建物の前には、かなりの人だかりができていました。


「みんな! ちょっとどいて!」


 リラさんの言葉に、人垣が左右に割れます。そしてわたしは……その向こうにあるモノを見て、それはそれは深いため息をついてしまったのでした。


「あ、シャル。おはよー!」


 そこには、金の髪をショートカットに切りそろえた可愛い女の子が一人。幼さが抜け切らない顔に、冒険者とは思えないような可愛らしいドレス。短めのスカートで、健康的な白い肌を適度に露出したその衣装は、野次馬の男性たちの視線を釘づけにしています。

 とはいえ、この格好では確かに、冒険者としての彼女の実力を侮りたくなるのも無理はないでしょう。


「……セフィリア。それ、あなたがやったの?」


「うん。だって、このおじさん。わたしが強いって、いくら言っても信じてくれないんだもの」


 憤慨したような顔でセフィリアが指差す先には、驚愕の表情で尻餅をつき、膝をガクガクと震わせた中年の男性がいました。しかし、男性はセフィリアを見ているのではなく、彼女の背後にあるモノを見ているようでした。


「ま、まさか……本当にやっちまうだなんて……」


 それは、巨大なモンスターの首でした。人を丸呑みにしてしまえそうな巨大な口からは、だらりと垂れた赤い舌と鋭い刃のような牙が覗いています。

 一目見てわかりました。これは凶悪な単体認定Aランクの中でも、特に有名な『グランドイーター』と呼ばれるモンスターです。何故有名なのかと言えば、このツィーヴィフの町の近辺にある【フロンティア】『エルダーサンズの地下遺跡』に固有の敵──いわばボスモンスターとでも言うべき存在だからです。


 ダンジョン最深部に巣を張り巡らし、侵入してきた生き物を周囲の地面ごと食い散らかす強大なこのモンスターは、これまで何度か編成された討伐隊をことごとく返り討ちにしてきた難攻不落の化け物だったはずでした。


「だから、言ったでしょ? わたしは強いんだから、これくらい楽勝だって」


 言いながら、自分の身長よりも大きいモンスターの首をひょいと片手で持ち上げるセフィリア。この時点で、それまで興味本位で集まっていた住人達の大半が驚きの声を上げて後ずさっていました。


「う、うあああ……」


 そう言えば尻餅をついた彼は、昨日、セフィリアのことを馬鹿にしていた冒険者のようでした。ですが、今となっては可哀そうなくらい怯えています。さすがにここは、助け舟を出すべき場面でしょう。


「……セフィリア。そこまでよ。駄目じゃない。そんな風にみんなを怖がらせちゃ」


「ほえ? ……あ、うん」


 セフィリアは自分の失敗に気付いたのか、慌ててモンスターの首を地面に落としました。もちろん、それでは逆効果です。ズシンという重い音が周囲に響き、今度こそ住人達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまったのでした。


 と、そこへ、新たな声が割り込んできます。


「ははは! こりゃ、すげえ。もう開いた口が塞がらないな。さすがは、俺たちを武芸大会で負かしてくれたシャルの仲間だけのことはあるぜ」 


「その言い方、ひがみにしか聞こえないわよ?」


 ギルドの建物から出てきたのは、紅い鎧の軽戦士と水色のローブをまとった女性魔導師の二人組でした。


「あ! お久しぶりです!」


「おう、シャルか。いつ、この街に来たんだ?」


 片手を上げて会釈をしてくれたのは、日焼けした肌と短く切った金髪が印象的な男性、ライルズさんでした。


「はい。昨日です。お二人ともお元気そうで何よりです」


 わたしが頭を下げてそう応じると、今度は彼の隣にいる女性が笑いかけてくれました。ライルズさんの恋人でもある、アイシャさんです。綺麗な濃紺の髪を長く伸ばし、控えめで大人しそうな印象の彼女ですが、超一流と言っても過言ではない戦闘系のAランク冒険者でもあります。


「ふふ。相変わらず、礼儀正しい子ね。……ライルズも元気なのはいいんだけど、妹さんの結婚相手への嫉妬とか八つ当たりとか……ここ最近、特に酷いのよね」


「おい、こら! 俺は嫉妬なんかしてねえ! あいつが妹を護るに足る奴か、稽古をつけてやってるだけだろうが!」


「はいはい、わかったわよ」


 声を荒げるライルズさんを慣れた様子でなだめるアイシャさん。


「あはは!」


 この二人には、この二年半の間にセフィリアと二人で各地を旅して回っていた時にも会ってはいるのですが、相変わらずのようです。


「そこ! 笑うんじゃない。……んで? リラから聞いた話じゃ、俺たちに用があるんだろ?」


「はい。……できれば直接、これをお渡ししたくて」


 わたしはそう言うと、ポーチから取り出した『招待状』をライルズさんとアイシャさんの二人に手渡したのでした。

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