第21話 小さくて、可愛い奇跡/城塞都市
-小さくて、可愛い奇跡-
氏名:シャル・エンデスバッハ(シャルロッテ・フィリス・パルキア)
年齢:12歳 性別:女 種族:人間(半精霊)
生誕地:パルキア王国の王都『アールディシア』
所有スキル:
【オリジナルスキル】
なし
【エクストラスキル】
“無限の創造主”:創作系の最上級スキル。自由な発想のもとに、物を創ることに天才的な才能がある。
【アドヴァンスドスキル】
“高位契約者”:召喚系の上級スキル。
※召喚獣『リュダイン』:一本角と強靭な鱗をもった馬の形をした『幻獣』。
“聖戦士”:複合スキル
剣士系【アドヴァンスドスキル】“舞剣士”+治癒系【通常スキル】“治癒術士”
剣術に高い才能があり、【生命魔法】の使用も可能。
【通常スキル】
なし
【種族特性】
“魔鍵適性者”:人間種族の共通スキル
“精霊紋”:現在は過剰反応により、危機に対して火属性のみ励起する。
じゃじゃん!
これがあたしたちの新しい仲間のステータス。もっともまだ十二歳だし、【スキル】は成人するまでに変わることがあるから、これは暫定的なものかな?
あたしたちは今、『ファルーク』ちゃんの背中に乗って空を飛んでいる。人数が5人に増えたから心配だったけれど、シリルちゃんが言うには、いつもより多めに【魔力】を供給すれば飛べないことはないらしい。『ファルーク』ちゃんの身体も、なんだか一回り大きくなっているみたい。
じゃあ、シリルちゃんは大丈夫なの?って思うけど、全然疲れているようには見えない。
シリルちゃんの【召喚魔法】の魔力消費量は、召喚系【エクストラスキル】の“血の契約者”と【魔力】の運用効率を高める【オリジナルスキル】“魔王の百眼”があるおかげで、ほとんど反則みたいに少ないんだよね。
そのシリルちゃんですら、高位精霊『ローラジルバ』の召喚後は少し疲れた顔をしていた。
『幻獣』は長時間の召喚が可能だし、乗り物になったりもするし、ある程度は自分で判断して行動もしてくれる分、魔力消費量も少ないんだけど、『精霊』に関しては、この世界に安定した状態で召喚するには、たくさん【魔力】がいるんだって。
何が言いたいかっていうと、今、シリルちゃんに抱きかかえられて、初めて飛ぶ空に興奮気味の可愛い女の子は、いわば『生きている奇跡』なんだってこと。
本来、召喚された『精霊』であれば、この世界で安定した状態を維持するため、召喚契約時に特定の属性に固定してから封印具に収める必要がある。
けれど、『精霊』と人の魂の融合体である“精霊紋”の所持者は、そういった縛りがないから、周囲の空間にその属性傾向さえあれば、地水風火の四属性をどれでも自由に使用できてしまう。
思うだけで火を起こし、想うだけで風を呼ぶ。今となってはすごく希少な、本来の意味での【精霊魔法】の使い手。
あたしは改めてシャルちゃんに目を向ける。でも、ふわりとした短めの金髪を手で押さえながら興味深そうに周囲を見渡すその姿は、年相応の可愛い女の子にしか見えない。この子がそんなにすごい存在だなんて、ちょっと信じられないよね。
でも、色々な属性が使えるようになれば、髪と瞳、それから肌の紋様が属性ごとの色に変わるらしい。うーん、それはちょっと見てみたいかも。
「いい? だからあなたの力は、呪われたものなんかじゃない。むしろ世界そのものである『精霊』に祝福された力なのよ」
「うん。ありがとう、シリルお姉ちゃん」
うう、この子、十二歳とは思えないよ。……人に気を遣われる生活をずっとしてきたからなのかもしれないけど、自分への気遣いに対してすごく敏感。
シリルちゃんもそんなシャルちゃんに感じるものがあったのか、もともと腕の中にいるシャルちゃんをぎゅっと抱きしめた。
あ、シャルちゃん、ちょっと困った顔してる。戸惑い?恥ずかしさ?
いままで、こんな風に接してくれる人はいなかったのかもね。
でも、ああしているとなんだか、……
「お気に入りのぬいぐるみでも抱いているみたいだな、シリル」
ああ、それを言っちゃうかな、ルシアくんてば。
「べ、別にそんなんじゃないわよ!」
ほら、怒っちゃった。シリルちゃんはシャルちゃんから身体を離す。
……あれ? なんだかシャルちゃんも機嫌を悪くしているような?
「シャルはぬいぐるみじゃないです。変なこと言わないで、ルシア」
あ、呼び捨てだ。怒ってる怒ってる。シリルちゃんに抱きつかれた時は困ったような顔をしていたのに、いざ引き離されるとご機嫌斜めになっちゃうんだね。
「へ?いや、シャル? なんでそんなに怒ってるんだ?」
わからないだろうなあ、ルシアくんには。鈍感だし。
そこであたしは、ふとヴァリスの方を見る。
彼は、『ファルーク』ちゃんの背中の上で、……立っていた。危ないよう。
あたしたちはみな、『ファルーク』ちゃんの胴体にまかれたロープに身体を固定して座っているのに、彼だけはどんな平衡感覚かわからないけど、さっきからずっと立っている。
皆はもう気にならないみたいだけど、あたしはもう一度声をかけてみることにした。
「えっと、ヴァリス? 座らないと危ないよ?」
「我は、かつては自らの翼で空を自由に舞っていた。それが今では、他のものの翼を借りねば飛ぶこともできない……」
あ、そうだった。人間の姿に見慣れてしまったから、気にしていなかったけど、そうなんだ。あたしが彼の『真名』を呼んでしまったあの時から、彼は空を飛ぶ翼を失ったんだ。
「ご、ごめんなさい。あ、あたし、ごめんなさい」
え? え? なんでだろ、涙が出てくる。風に金色の髪をなびかせたまま立つ彼の姿は見とれてしまうほど綺麗なのに、どことなく寂しげで、あたしはすごく申し訳なくなってしまう。
ヴァリスはそんなあたしの顔を見て、少し戸惑ったみたいな表情を見せた。…あれ?
「……お前が気に病むことではない。我は自分の境遇を確認しただけだ。それに……」
「それに?」
「この身体になって、今まで知らなかった、知ろうともしなかった、多くのことを我は知った。これはこれで、貴重な経験なのだろう。だから、お前が気に病む必要はない」
あたしにはヴァリスの感情は読み取れないけれど、今の彼が、あたしを慰めようとしてくれていることはわかる。あの、ヴァリスが! すごく驚いたけど、すごくうれしい!
「あ、ありがと」
でもなんだか恥ずかしくて、まともに言葉にできたのはこれだけだった。
あたしは気分を変えるため、あたりを見回す。眼下には起伏に富んだ丘陵地帯が広がっていて、低木がまだらに生えた草原になっている。吹く風が気持ちよくて、こんな中を旅できるなんてすごく楽しい。
独りでルーズの町の店に閉じこもっていたときにはこんなこと、考えられなかったな。
気心の知れた仲間と、気ままな旅、か。本の中の物語で呼んだ冒険譚を現実のものとして感じられる。期待と希望がどんどん大きくなってくる。
あたしたちは、とりあえず国外へ向かっている。やっぱりシャルちゃんを連れて、パルキア王国内をうろつくのは危険だもんね。ギルドの依頼に関しては、他のギルドでも情報は確認してもらえるし、中途解約がわかれば、少しは報酬ももらえるんだって。
そんなわけなので、次の目的地はパルキア王国の隣国、ホーリーグレンド聖王国のカルナックという都市に決定。結局、初依頼でケチがついちゃったけど、その分大都市で次の依頼を吟味するんだって、シリルちゃんは意気込んでいるみたい。
そうそう、ホーリーグレンド聖王国といえば、『世界で最も有名な女性』がいる国だよね。
『魔神殺しの聖女』聖騎士団長エイミア・レイシャル。
五年前に若干17歳の若さで聖騎士団に入団しながら、その一年後には世界を震撼させたSランクモンスター『魔神オルガスト』を数人の冒険者とともに退治した生きる伝説。
いまでは騎士団長さんになっちゃったから、冒険者として一緒に仕事をするなんてありえないだろうけど、一目でいいから見てみたいな。噂ではすごい美人だって話だし。
さあ、今度は、どんな出来事があたしたちを待っているんだろう?
-城塞都市-
まさか自分の口からあのような言葉が出るとは、思いもしなかった。
我は、自分をこのような姿に貶めた人間を憎んでいたのではなかったのか。
いや、どころか憎むにも値しない下等な存在だと見下し、そのことで自己を保っていたと言った方が正しいのかもしれない。
その我が、人身となったことを指して「貴重な経験だ」などと口走るとは、どういう心変わりだろう。
そもそも、あの娘、なぜ、我の何気ない言葉にいちいち心を乱したりするのか。
心が読めるのではなかったのだろうか?
だが、あの娘の涙を見たときに我の胸に走った痛みはなんだったのか。あの涙を、そのまま見ているに忍びないという我自身の心の動きが、まったくわからない。
自身の強大な【魔力】を完全に制御することが求められる『竜族』の我に、これまで自分のことで理解できないことなどなかったはずだ。それが今は、わからない。
「そろそろ、到着するみたいだよ。ヴァリス。町の近くまではいけないから、このあたりからしばらく歩くんだって。歩きもいいよね?」
我の心のうちも知らず、アリシアは先ほどの涙が嘘のように笑みを浮かべている。
「ふん。いちいち人目を憚らねばならないとは、不自由なものだな」
「また、そういうこと言う。空飛ぶ召喚獣なんて珍しいんだよ? モンスターが襲ってきたと誤解されたら大変じゃない」
非難めいた口ぶりだが、アリシアは相変わらず笑顔のままだ。
「ん? なに、ヴァリス。あたしの顔に何かついてる?」
「……いや、なんでもない」
我は、考えることをやめた。……まったく、どうかしている。
どうして『竜族』たる我が、いちいち人間の小娘の言動などを気にかけなければならないのだ。
「さあ、ここで降りるわよ」
シリルの声に、我はまだ宙に浮かぶ『ファルーク』の身体から飛び降りる。
「こらあ、危ないでしょ!もう!」
「シャルは、真似しちゃ駄目だからね」
「うん、シリルお姉ちゃん」
「ようし、俺も行くか、って痛っ!わかったよ!降りるまで待ちます」
上から聞こえてくるそれぞれの声。出会ってからまだ一月も経っていないはずだが、ずいぶん長い時間を共に過ごしてきているかのような気分にさせられる。
はじめは竜王様の命を受け、渋々ながら彼らと行動を共にしていたに過ぎなかったはずだった。か弱き人身にこの身を変えられ、本来なら一息で消し飛ばせるような相手にも苦戦を強いられる。我にとって、それは耐えがたい屈辱だったはずだ。
しかし、気がつけば、そんな状況に馴染んでしまっている自分がいる。
そして全員が降り立つと、シリルは『ファルーク』を封印具におさめて軽く息をついた。
「やっぱり、少し疲れたわね」
「当り前だよ。『ファルーク』って、普通の召喚獣より【魔力】が必要なんでしょう?なのにいつもより多く人を運ぶんだもの」
「今回は長時間だったから、疲れただけよ。さ、行きましょ」
そう言ってシリルは歩き出す。確かに、隣国とはいえ、ここまで半日以上はかかっている。にもかかわらず、『少し疲れた』程度で済ますというのは、人間としてはかなりのものなのだろう。かつての道中でジグルドが『リュダイン』を召喚していた時も、十年来の契約だとは言いながらも、時折休憩が必要だったのだ。
「シャル、疲れてない?」
「うん、平気だよ」
「シャルちゃん、大変だったら、少し休憩してもいいんだよ?」
「ううん。大丈夫です」
「シャル。なんなら俺がおぶってってやるぞ?」
「嫌」
『二人』の言葉にシャルはぶんぶんと首を振る。この少女もようやく言葉を話すようになったとはいえ、身ぶり手ぶりで意思を伝えていたころの名残か、やたらと動作が大きい。
「きゃあ、可愛い!」
アリシアがその様子に、思わず抱きつく。
「く、苦しいです。それと、……シャルは一人前の冒険者になるんですから、子ども扱いしないでください」
「え?あ、ごめんね?」
アリシアは、はっと気づいたようにシャルから身体を離す。
「いえ、いいです。歩けますから、このまま行きましょう」
シャルはそう言って、しっかりとした足取りで歩きだす。
「な、なあ、ヴァリス。俺ってシャルに嫌われるようなこと、何かしたかな?」
不意にかけられた声は、先ほどシャルに見向きもされずに一言どころか一文字で返事を済まされてしまい、落ち込んでいるルシアのものだ。
「気にするな。多感な年代なのだろう」
我のちょっとした慰めの言葉に、驚いた顔をするルシア。
「そっか、そうだよな! うん。ありがとう、ヴァリス」
相変わらず妙なことで礼を言う男だ。
しばらく歩く、と言っても都市からそれほど遠いところに着陸したわけではないらしい。気づけばもう、入口に到着していた。
「へえ、こりゃまた、今までの町とはずいぶん違った趣だよな」
ルシアの言うとおり、「町の入口」と言っても、前に滞在したツィーヴィフの町などとは全く違う。まず、最初に目につくのは巨大な石を規則正しく積み上げて築き上げられた堅牢な外壁だ。都市をぐるりと囲んでおり、街道とぶつかる壁面には物々しい門扉がある。
旅人の往来が多い都市らしく、門扉は開いたままだが、いざ閉め切られれば堅く侵入者を拒む造りになっていることは疑いようもない。
現在も門兵のような人間が道行く者のチェックを行っているようだ。
「あなたがたの身分と、カルナックへの訪問目的を教えてください」
そう話しかけてきた兵士は、まだ若そうな青年であったが、それなりに礼儀を心得た物言いをしてくる。聞いた話によれば、このホーリーグレンド聖王国の国柄自体が秩序と品格を重んじるところがあり、末端の兵士にもそうした教育が行き届いているのではないか、ということらしい。
「わたしたちは冒険者です。これがライセンス証。カルナックへはギルドに仕事を探しに来ました」
「はい、確かに。どうぞお通りください。ようこそ、カルナックへ!」
すんなりと確認は終わり、我々はカルナックの内部へと進んだ。
「簡単に入れたね」
「ええ、冒険者なら大抵の町は歓迎してくれるからね。もっとも、門兵のチェックで中に入れない人なんて、よっぽど怪しい奴ぐらいじゃないかしら」
「でも、やっぱり冒険者は違うんだね。シャルも早く冒険者になりたいな」
「そうね。でも、まずは、ランク認定試験に耐えられるようにならないといけないから、【精霊魔法】の練習と、それからできれば【魔鍵】も欲しいところね」
どうやらシリルの頭の中では、着々とシャルを冒険者に育て上げるプランが出来上がっているようだ。ルシアの時は冒険者になるのを快く思っていなかったように思うが、どういうことなのだろうか。
そう思い、何気なくシャルの方を見る。しかし、目が合った途端、怯えたように視線をそらし、あまつさえ我から死角になるようにシリルの影に隠れてしまった。
どうやら我は、怖がられているようだ。かつて竜身だった頃は、我と遭遇したあらゆる種族が、我のことを同じように恐れ、怯えて逃げ去っていた。
人身となってからは、そのようなこともなく、むしろ、道行く人間、特に女からジロジロと視線を向けられることもあり、姿一つでこうも違うものかと嘆いたものだ。
だが、それでもだ。ルシアではないが、意味もなく怖がられる、それもこんな年端もいかない少女に怯えられるというのは、あまり気分のいいものではない。
「厳つい顔してるから、怖がられちゃうんだよ?少しは笑顔でも浮かべれば違うのに……」
シャルの様子に気づいたアリシアが声をかけてくるが、我は内心の思いを表に出さず、軽く肩をすくめるにとどめたのだった。
街に入ってしばらく歩くと、市街の中心部にあたるであろう大きな十字路に着いた。
十字路の中央には如何なる技術を使って造られたのか、巨大な噴水がある。噴水の中央には弓持つ人間の女の銅像が建てられており、噴水自体が周囲の路地より高い段差の設けられた場所にあるため、比較的遠くからでもこの銅像が目についた。
「あれ、エイミア様の像だよね?うーん、かっこいい!」
「はいはい。そのくらいにしてね。それじゃ、二手に分かれましょ。この町の宿を確保する組とギルドに行く組ね。集合場所はこの噴水の前。わたしとシャルはギルドに行くけれど、後はどうする?」
はしゃぐアリシアに苦笑を返しつつも、シリルはいつになく機嫌がよさそうだ。
「じゃ、あたしとヴァリスで宿を探すよ。ルシアくんも女の子二人をちゃんと護衛してね」
「へいへい」
アリシアの提案で班分けがされたものの、我とて宿探しなどわからないのだが……。
「ふふん。だから、一緒に行くんでしょ。ヴァリスだってもっと人間社会のお勉強ができた方がいいだろうし、宿の取り方くらい簡単なんだから、一緒にいこ?」
どうやら先程『ファルーク』の背で、我が「貴重な経験」という言葉を使ったことを意識してのことのようだ。人間社会の勉強? そんなものが我に必要なのだろうか?
だが、他にすることもない以上、宿探しとやらに付き合ってやってもよかろう。
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