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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第20章 伝わる想いと伝える言葉
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第197話 掌中の戦い/最悪の遊び

     -掌中の戦い-


 大聖堂の大広間で始まった戦いは、そのすべてがシェリエルの掌の上にあるといっても、過言ではないのだろう。恐らく彼女は、その気になればただの一瞬で、俺たちを消し炭にすることだってできるはずだ。


 実際に相対して、ようやく俺たちは彼女の異常さを実感した。勝てるわけがない。絶対神ハイアークを目の前にした時でさえ、勝機と活路を見いだすべく戦っていた俺も、馬鹿馬鹿しいまでに『存在の規模』が違う相手を前にしては、そんな気概さえ打ち砕かれそうだった。


 それでもなお、俺がどうにか戦い続けられている理由があるとするならば……


「ルシア! そいつ、また大きくなった! 身体だけじゃなく【魔力】もよ! やっぱり、敵の数が減れば減るだけ、残りの敵にその『強さ』が割り振られる……。厄介ね」


「ああ。だが、それなら、もっとも効率のいい戦い方はひとつだろ?」


「ええ、もちろん。そうだわ」


 俺とシリルは、ほとんど以心伝心で会話を続けている。互いの考えが手に取るようにわかる。だから、俺たちは独りじゃないし、独りじゃなければ、どんな敵とだって諦めずに戦える。


 ──彼女とともにあること。それが俺の今を支える、俺の『強さ』だ。

 ならば、こんな他の仲間の犠牲を糧に強くなる化け物なんかに、負けるはずがない。


「何体ならいける?」


「敵の強化の割合からすれば……わたしの【魔法】なら、控えめに見て十体が適当かしらね」


「そうか。……俺も『ひとまとまりの斬断』が使えればいいんだが……悪いが一体が限界だな」


 会話を続けながら、俺はこちらに吐き出される紫の炎を斬り散らし、返す刀で単眼魔人の蛇の腕を斬って捨てる。さらに踏み込み、その首を斬り落としたところで、別の気配が近づくのに気付いた。


 そして、俺の身体のすぐ傍に、真っ赤に開いた世界の【傷跡】が現れる。


「うおっと、危な!」


 俺がのけぞるように下がった直後、突進を仕掛けてきた単眼魔人が【傷跡】に引き寄せられ、その身体を両断される。


「フェイルか!」


「油断をするな。死にたいのか?」


「うるせえよ。でも、助かったぜ!」


 俺は再び敵の放つ赤と青の炎を斬り裂き、あらためて周囲を見渡す。もともと百体近い数がいた単眼魔人たちは、今や三十体近くにまで減らされている。だが、シリルの言うことが確かなら、その分、奴らは初期に出てきた時の三倍近い強さを得ていることになる。


「とにかく、いったん体勢を立て直したいところだけど……」


 間合いが近すぎて、シリルが【魔法陣】を構築している暇もない。俺も彼女に向けて放たれる炎を必死に斬り散らしているが、護ってばかりでは勝てないのも現実だ。先ほど二人で決めた案を実行するにも、まずは間合いを取ることが不可欠だった。


「だったら、ワタシたちに任せて!」


 シャルの声……いや、これはフィリスか。その隣には仲良くノラも並んでいる。

 二人は揃って単眼魔人たちへと手を掲げる。


〈歪む世界〉

〈戻る世界〉


 二人の声が広大な『祈りの間』へと響き渡る。


 すると一瞬だけ、遠くの壁面がすぐ傍にまで迫ってきているような錯覚に襲われ、次の瞬間には、驚くべきことが起きていた。


「間合いが……」


「空間の歪みに彼らを『引っ掛けて』、そのまま元に戻したのね……。大した連携だわ」


 感心したようにつぶやくシリルの言葉に、俺も何が起きたのかをようやく悟った。三十体の単眼魔人たちは、いつの間にかはるか向こうの壁面付近にまで移動させられていたのだ。


「よし、シリル! 今のうちだ!」


「ええ!」


 シリルが【魔法陣】の構築を開始する。


「フィリス! ノラ! 今の、あと何回か頼めるか?」


「うん!」


「任せて!」


 二人の元気のよい返事に、俺は一安心しつつ、嫌な気配を感じて別の方向に目を向ける。


「……おい、フェイル! 不用意に飛び出すな! 敵の数を減らし過ぎても厄介なんだ!」


「……ふん。好きにしろ」


 例のごとく空間を渡って敵に迫ろうとしたフェイルは、俺に呼び止められて不機嫌そう吐き捨てた。態度の悪さに腹が立つが、まあ、理由ぐらい説明してやる必要があるだろう。


「いいか? 今のあの連中。すでに一体一体が単体認定Aランクなみに強くなっちまってる。もし今のまま戦い続けて、残り一体まで減らしたりなんかしてみろ。その三十倍の強さの敵だ。『魔神』なんか比較にならない化け物の出来上がりだぜ」


 自分で言ってて薄ら寒くなるような話だ。シェリエルは、こんな化け物を事もなげに生み出せるというのだから。だが、こうやって遊び心に満ちた敵を用意してみせる彼女の性格こそ、つけ入る最大の隙にはなりそうだった。


「で? ならばどうする」


「強くなり過ぎず、それでいて同時に倒しきれる数まで、敵を減らす。その後、残った敵を同時に殲滅する」


 俺がそう言うと、ノラが不安そうな声を出した。


「で、でも、同時なんて難しいよ。少しでもタイミングがずれたら、最後の一匹には攻撃が効かなくなるかもしれないんでしょ?」


「その辺は、ぶっつけ本番で行くしかないな。少なくとも、シリルの【魔法】の発動に合わせて攻撃するのが最善だろう」


 俺がシリルを指し示す頃には、彼女の目の前の【魔法陣】もだいぶ完成しつつあった。


「よし、できたわ。行くわよ!」


〈ミュウル・セリアル・トード・ランカ。カルデス・レギア・リンデス・ヴァスター〉

〈運命を告げる時の鐘。訪れたるは破滅を導く凶兆の星〉


 言葉とともに、彼女が構築した白い【魔法陣】から、冷たい輝きを帯びた光球が出現する。


〈アル・テア・トリア……〉

〈第一の星、第二の星、第三の星……〉

 

十輝星ザイス・ファーラン


 シリルの詠唱に合わせるかのように、出現した光の球が複数に分裂する。そして、そのまま単眼魔人たちへと飛んでいき、その身体に直撃する。かつて『ゾルケルベロス』の三つの頭を撃破した時と同じ【魔法】だった。


 爆発するわけでも燃え上がるわけでもなく、貼りつくように奴らの身体に接触した十個の光球は……


審判の日の災厄(セイス・ヴァスター)》!


 号令と共に激しく爆ぜる。


 発動の瞬間、俺とフェイルは示し合せたかのように別の敵へと接近し、その身体に【魔鍵】の一撃を叩き込む。


〈歌え世界に、わたしの色を──掲げよ世界に、わたしの意志を──〉


聖歌色彩カラフル・メロディ


 フィリスの歌う旋律に合わせるかのように、複数属性の【精霊魔法】エレメンタル・ロウが連鎖的に発動し、数体の敵を飲み込んでいく。


〈この剣は悲しみを絶ち、この光は憎しみを穿つ。力を貸して……わたしの同胞〉


絶縁の聖剣ソード・オブ・ソリスト


 ノラの手の中に、光でできた長大な剣が生まれる。華奢な少女の手には不似合いなほどの大きさ。だがノラは、それを軽々と横薙ぎに振りまわし、十体近い敵をまとめて斬り裂いた。


〈へえ、意外意外。こんなに早く片付けちゃうなんて、加減を間違えたかな?〉


 感心したように言うシェリエルの言葉どおり、俺たちは大した時間もかけず、この不気味な魔人どもの駆逐に成功していた。


 だが、そんな短い時間のうちに繰り広げられていた、もう一つの戦いはと言えば……


「クハハ! 弱い! 弱い! 彼女の偉大さの前には、『神』とて所詮はその様か!」


 哄笑を上げるリオネルの手には、巨大な鉄槌が握られている。


〈……あれは厄介だな。おかげで迂闊に近づくこともできんわ〉


 一方、奴に相対する二人の女神は、消耗を隠せない顔で立ち尽くしていた。

 ファラは黒髪に白いローブ姿で蒼く輝く剣を掴み、アーシェは全身に白銀の甲冑をまとい、手には紅く輝く剣を掴んでいる。


「おい、ファラ! 大丈夫か?」


〈心配無用だ。お前たちはシェリエルの動きから目を離すな!〉


 ファラは強がりともいえる口調で首を振る。しかし、アーシェはと言えば、俺に向かって小さく手を振りながら、こんな言葉を口にした。


〈ねえねえ、お姉様? やっぱり、あの子たちにも助けてもらった方がよくない?〉


〈よくない! お主にはプライドは無いのか、たわけめ! 大体、さっきまでブチ切れておったのはお主だろうが!〉


〈え? そうだっけ? てへ! 忘れちゃった!〉


〈ぐぬぬ……、お主という奴は……〉


 深刻な状況にそぐわない、呑気なやり取り。アーシェなど、少し前までの怒りの気配はどこへやらだ。これもまた、移り気の激しい女神の“神性”ゆえなのだろうか。


「……貴様らは、僕を馬鹿にしているのか? 先ほどから僕に手も足も出ないくせに、よくもそんな態度が取れる」


 リオネルは苛立ちを隠しきれない声で言う。依然として奴の周囲には、フェイルの斬撃を防いだ『シュレインの守護盾』を初めとする、いくつかの武具が浮かび上がっている。奴の言う【擬似魔鍵】とやらだろう。


〈ふん。よくも『ヴァルガー』の力など、引っ張り出してみせたものだ。確かに、他の『神』を滅ぼすことにのみ特化した、かの狂える『神』の神性“陥魂葬砕ソウルクラッシュ”は厄介だ。しかし、そんなものを貴様ごときがいつまで扱いきれるかな?〉


「……ふん」


 しかし、リオネルはファラの挑発の言葉を意にも介さず、鉄槌を手にした腕とは反対の手で、『ライオネルの斧槍』を掴む。すると、その直後──再び雷光と共にその姿が搔き消えた。


〈うざったいわねえ! さっさと斬られなさいよ!〉


 アーシェは痺れを切らしたように叫ぶと、熟練の剣士さながらの動きで真紅の剣を真横に薙いだ。だが、世界を斬り裂く赤い閃光は、金属同士がぶつかる甲高い音と共に、その動きを止めてしまう。無論、剣を食い止めたのは、それまで電撃と化していたリオネルだ。否、より正確に言えば、彼の身体の前に浮かぶ『シュレインの守護盾』だった。


「打ち砕け……『ヴァルガーの鉄槌』」


 攻撃を防がれ、アーシェの身体が硬直した隙を狙い、魂砕きの『鉄槌』が振り下ろされる。


〈アーシェ!!〉


 鋭い叫び声を上げ、真横から飛び込むように蒼い斬撃を放つファラ。すると、今にもアーシェを打ち砕かんとしていた『鉄槌』は、ガラスのような音を立てて砕け散った。


「馬鹿な! 【魔鍵】が砕けただと?」


 飛び散る破片を見つめ、驚愕に声を震わせるリオネル。


〈あっはっは! 馬鹿ねえ? そんな紛いものの【魔鍵】ごとき、それこそ『理不尽』の象徴のようなお姉様に壊せないわけがないでしょう?〉


〈そんなことを言っている場合か、このアホウ!〉


 ファラはそのままアーシェの襟首をつかむと、飛びさがるように後退して態勢を整える。


〈お姉様! ちょっと首、苦しい!〉


〈助けられておいて、何を言うか! 無茶ばかりしおって!〉


〈大丈夫よ。わたし、お姉様なら助けてくれるって信じてたから!〉


〈むぐ……。だ、だが……一歩間違えれば、死んでおろうが……〉


 信頼に満ちた目を向けてくるアーシェに、ファラは珍しく狼狽え気味に言葉を失う。


〈でも、お姉様が本気を出せば、あんな『鉄槌』ごとき、脅威でもなんでもないわ。そうでしょう?〉


「……【擬似魔鍵】『アニエスの霊剣』」


 『鉄槌』を失ったリオネルは、すぐさま驚愕から立ち直ると、新たな【擬似魔鍵】を召喚する。


〈アニエス? また厄介な『神』の力を……〉


 アーシェが警戒の色を強めたところを見る限り、あの剣も侮れない力を秘めているのだろうか。


〈ふうん。やっぱり、カルラ神族って特殊だね。仲間の危機に際して、力が跳ね上がるだなんてね。……面白い面白い面白い面白い〉


 可笑しそうに笑うシェリエル。


 俺たちとしては、できればすぐに加勢に入りたいところではあったが、シェリエルは再びハイアークの『破滅の槍』を宙に生み出し、俺たちに差し向けている。「手を出すな」ということだろうか。


「シェリエル! あなた、一体どういうつもりなの? どうしてこんなことを!」


 相変わらず狙いの読めないシェリエルの行動に、シリルが叫ぶ。


〈ん? うん。ただの遊びだよ。手に入れてはみたものの、『永遠』って退屈なんだよね。……まあ、馬鹿が私の考えを理解していないから、余計にそうなっちゃったんだけど〉


 意味不明な答え。しかし彼女は、この件に関し、こちらにそれを理解させるつもりなどないらしい。


「……遊び? 退屈? ふざけないで。あなたの遊びのせいで、どれだけの人間が苦しんでいると思っているの?」


〈うーん、その台詞。もう聞き飽きちゃった〉


 怒りに震えるシリルの声も、シェリエルはまるで意に介さない。


「……許さないわ。あなたには、わたしが『鉄槌』を下してあげる」


〈鉄槌? あなたが? わたしに? あはは! 面白い面白い〉


 シェリエルは楽しげに笑う。そして、椅子に腰かけたまま、小さく伸びをした。


〈……いいよ。じゃあ、もう少し身を入れて……遊んであげる!〉



     -最悪の遊び-


 わたしの心の中には、目もくらみそうなほどの怒りが溢れている。


 ここにいるわたしは、リオネルの……ひいては彼女の『因子』を受け継いで生まれた存在だ。そんなわたしを生み出すために、多くの実験体が犠牲になったという。だけど、よく考えてみればわかる。


 ……だったら、『混沌の種子』による実験には、まるで意味がない。『魔族』の因子を抽出して、人間に混ぜるための実験なんて、何の意味も持たない。わたしと同じ存在を造るには、リオネルの血を引く子供でなければならないのだから。


 リオネル自身が言った通り、そうやって生み出された『真の実験体』以外の実験体たちは、完全な無駄死にだ。メゼキスの思惑通りの【スキル】をわたしに持たせる狙いはあったにせよ、リオネルにとってはまるで無意味な実験で死んでいったことになる。


 そして、そんな話を愉快げに聞きながら、『遊び』の一言ですべてを片付けてしまう『彼女』。こんな存在がわたしの『元』だったなんて、この上なくおぞましい。そして同時に、どうしようもなく許せない。


 最初から手加減抜きで、全力の【魔法】を発動させる。それがどこまで有効かは未知数だけど、でも、このまま何もしないで手をこまねいているわけにはいかない。


「さあ、受けてもらうわよ」


 『紫銀天使の聖衣』の【魔力】変換機構を最大限に発動させるべく、わたしは背中に銀の翼を大きく拡げた。しかし、彼女は面白そうに笑うだけで、椅子から立ち上がりもしないまま、わたしの姿を見据えている。


 わたしは怒りに心を沸騰させながら、同時に頭からは冷静さを失わないよう努めた。

 永遠を手に入れ、世界そのものを手足とする彼女を倒すために、必要なものは何か?

 圧倒的な【オリジン】に、隔絶した【魔法】の才を有する彼女を倒すための鍵は何か?


 これまでの間、わたしは、ずっとそれだけを考え続けてきた。絶対に敵わないだろう強大な敵を前に、見苦しく足掻いてでも勝機を見いだす。彼らと相対し、会話を続けている間も、無為に無策に言葉を連ねていたわけじゃない。


 そして、わたしはついに、その答えを得た。

 それは、わたしのすぐ傍にあったのだ。


〈歪み、狂い、混ざり、弾けよ。汝は世界。汝は異世界。想いは世界を繋ぎ、世界を超える〉

〈ナグラ、アシュバ、ルギュオ、ルヴァン。サウラ・エデン。サウラ・カイエン。ハティア・エデン・リクス、エデン・アークス〉


〈……ん? これは?〉


 不思議そうに首を傾げる彼女。彼女が世界を己の手足とするのなら、わたしはその手足を奪うだけだ。


 秩序を狂わせ、関係性を喪失させ、そして再び絆を結び、世界を超える。

 フェイル、ノラ、シャル、ルシア。

 わたしの仲間たちの在り方こそが、彼女に届く唯一の道。


「……わたしたちを舐め過ぎたことが、貴女の敗因よ」


幻想の世界律ハティア・マギウス》!


 一瞬で意識が飛びそうになるほどの【魔力】の喪失。わたしの周囲に広がる純白の【魔法陣】は、今や『祈りの間』全体に展開されている。


「シリル?」


「だ、大丈夫! あなたは、前だけを見てて!」


 わたしは心配して声をかけてくれたルシアにそう言葉を返すと、膨大な【魔力】を制御し、望みの結果をそこに生み出す。


〈……え? これってまさか?〉


 そこで初めて、それまで余裕の笑みを浮かべていたシェリエルの顔が驚きに染まる。

 と同時、それまで強烈な圧迫感をもって部屋全体を押し包んでいた彼女の『力』が、萎むように収束していくのがわかった。頭上に浮かぶハイアークの槍もまた、その姿を霞ませていく。


〈なんだ? 何が起きた?〉


〈なになに? なんでこんなことが……〉


 驚きの声は、リオネルと交戦中のファラとアーシェからも聞こえてきた。そして、リオネルもまた、戦うことも忘れてシェリエルへと視線を向ける。


〈……力が消えた? ううん、【寝床】との繋がりを妨害されて、使いづらくなったって感じかな?〉


 シェリエルは自身の手を握ったり開いたりしながら、何かを確かめるようにつぶやく。


「そ、そんな……馬鹿な……」


 驚愕に声を震わすリオネル。


〈隙あり!〉


 そんな彼にアーシェが剣を叩きつけるも、虚空に浮かぶ『シュレインの守護盾』がそれを防ぐ。先ほどのわたしの【魔法】も対象を限定したためか、リオネルにまでは効果を及ぼすことはできなかった。

 でも、シェリエルさえ無力化できれば十分だ。わたしは【魔力】の使い過ぎで朦朧とする意識の中、術の成功を確信する。


〈なにこれ? どうやってこんなことをしたの?〉


「……わたしはね。シェリエル。生まれてからずっと、与えられた使命に従って【狂夢】のことばかり考えて生きてきたの。あなたの今の【寝床】について、わたしはこの世の誰よりも深く理解しているわ。……そこで眠っていた、あなた自身よりもね」


〈…………〉


「収束させることができるなら、収束させないまま、その力のベクトルを操ることだって、不可能じゃない。……あなたが油断しているのなら、なおさらね」


〈…………〉


 わたしの言葉に、シェリエルは黙ったまま、うつむいている。


「あなたの負けよ。シェリエル!」


「う、嘘だ! シェリエル様が貴様ごとき人形などに、敗北するはずがない! でたらめをぬかすな! 溶かせ……『アニエスの霊剣』」


 わたしの言葉に、激昂したリオネルが手にした『アニエスの霊剣』を振りかざす。


〈気を付けなさい! この霧には『魂を溶かす力』があるわよ!〉


 アーシェの警告の声が聞こえたと同時、リオネルの『霊剣』から霧のようなものが溢れ出し、こちらに向かって流れてくる。わたしは慌てて『ディ・エルバの剛楯』を展開したが、その『霧』はそんな障壁などまるで無視して押し寄せてくる。


「く!」


 霧から逃れるように、わたしが後退しようとした、その時だった。


性質喪失エレメンタリィ・ロスト》!


 わたしの前に、真紅の髪の少女の姿が出現した。そして、彼女の中に眠る『ジャシン』の力──“喪失”の作用を持った【ヴァイス】が発動し、放たれた『神の霧』はただの霧へと無力化されていく。


「ありがとう、ノラ! ……ルシア、フェイル。この状態も長くは持たないわ。だから、早く!」


「了解だ! お前の造ったチャンス、無駄にはしないぜ!」


「いい加減、この茶番にも飽きた。ここで終わりにしてやろう」


 二人は思い思いの言葉を口にしながら、蒼い輝きと赤い輝きを帯びた剣を手に、椅子に腰かけて呆然としたままのシェリエルめがけて斬りかかる。


「おのれ! 貴様ら! 彼女には指一本、触れさせぬ!」


「あなたの相手はこっちよ!」


 リオネルが再び新たな【擬似魔鍵】を振るうが、ノラの使う『ジャシン』の力は、的確にそれを封じていく。ファラとアーシェの二人でさえ圧倒したリオネルの【擬似魔鍵】も、ノラの【ヴァイス】とは相性が良くないのだろう。


「く!」


 悔しげに声を荒げるリオネル。

 結果、リオネルの攻撃は届かず、ルシアとフェイルは止まらない。そのまま、シェリエルへと肉薄し、輝く剣が振るわれる。


〈──あは?〉


 しかし、まさにその一撃が叩き込まれようとした、その時だった。


〈あはははははは!〉

 

 突如として鳴り響く、狂ったような哄笑の声。彼女の座るテーブルセットが、まるでその声に耐えきれなくなったかのように粉となって崩れていく。


「嘘だろ!?」


 渾身の一撃を指先で掴まれ、驚愕の声を上げるルシア。


〈あは?〉


 にやりと笑うシェリエルの銀の瞳。


「がは!」


 空間を渡り、彼女の背後に出現したフェイルが苦痛の声を上げた。シェリエルは振り向きもせず、破れた神官衣から覗く白い脚を振り上げている。そのつま先は、フェイルの鳩尾に突き刺さり、彼の身体は背後の壁面へと嫌な音とともに激突した。


〈あははは! うふふふふ!〉


「くそ! 離せ!」


 ルシアは剣を引こうと力を入れるものの、彼女の華奢な手は、刃を掴んだままびくともしない。それどころか、逆にそのまま引き寄せられ、逆の腕から放たれた掌底がルシアの胸元に叩き込まれる。


「ごは!」


〈あは! 面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い!〉


 口元から血反吐を吐きながら吹き飛ぶルシア。


 蹴りを受けたフェイルは壁に激突して崩れ落ちたままぴくりともせず、倒れたルシアも立ち上がる気配はまるでない。


「……な、なんなの、これ?」


 今度はわたしが言葉を失う番だった。それまでの絶大な力の大半を封じられたはずのシェリエル。しかし、彼女はそんなことなど意にも介さず、暴虐の限りを尽くし、わたしが知る限り最強クラスの二人の戦士を血の海に沈めてしまった。


 ……目の前の光景に、まるで理解が追いつかない。


〈あー面白い! まさか、ここまで面白いことをしてくれるなんて思わなかったなあ! いいよ、シリル。あなた、最高!〉


 嬉しそうに笑う彼女からは、依然として力が失われたままだ。


「ど、どうして……」


〈ん? どうしてって……シリルは勘違いしてるみたいだけど……私は力が欲しくて『神』の【オリジン】を集めたんじゃないんだよ。私が『永遠』を手にするのに、たまたま必要な『材料』がそれだっただけ〉


 シェリエルは指先で光を弄んでいる。そしてそのまま、彼女は次の獲物を物色するように視線を巡らせる。


「……駄目! シャル! 逃げて!」


 血を吐いたまま倒れたルシアを回復させようと、駆けていくシャル。


「うあ!」


 必死の形相で走る彼女の胸を、シェリエルの指先から放たれた閃光が貫いた。


「シャル!!」


 明らかな致命傷。あふれ出す血は、『祈りの間』の床を見る見るうちに染めていく。


〈あはは! どうしたの? もう三人も死んじゃったね? これでおしまい?〉


「シェリエル! あなた!」


 絶望が目の前を赤く染めあげる。視界がぐらぐらと揺れている。先ほどの大魔法で失われた【魔力】が大きいせいか、まともに立っていられない。


 けれど、彼女は首を振る。


〈駄目だよ、シリル。それじゃあ、私には届かない。目の前で仲間が死んだくらいで、何を諦めてるの? 私は至高、私は最強、私は無敵、私は万能……〉


 意味が分からない。彼女は一体、何を言おうとしているのか?


〈こんな現実は認められない? あはは。だったら……『認めなければ』いいじゃない。……私と同じ癖に、そんなこともわからないの?〉


 意味の通じにくい彼女の言葉。けれど、その瞬間、わたしはようやく悟るべきことを悟る。沸騰した心は一瞬で冷え、代わりに激流のようにあらゆる思考が頭を巡る。


「……わたしは、あなたから【狂夢】とのつながりを奪った」


〈うん。実を言えば、取り返すのは簡単だけどね〉


 茶化すように言う彼女。その言葉の真偽は、わたしには確かめようがない。


「……『奪った』ということは」


〈うんうん!〉


 彼女は、わたしの言葉を待っている。


「わたしにも! 世界を変える力があるということ!」


 こんな現実は認めない。ルシアが死に、フェイルが死に、シャルが死んだ。そんな現実、わたしは絶対に認めない。そう思った、その瞬間だった。


「ぐ、うう……」


 むくりと、ルシアが立ち上がる。続いて壁際に倒れ込むフェイル、ルシアの傍で血を流していたシャルまでもが意識を取り戻していた。床を汚していた血液すら、跡形もなくなっている。それはまさに、起こった事象を遡らせる究極の【事象魔法コマンド・オブ・ルーラー】。


〈あはは! 上出来、上出来。そうでなくちゃ、遊びはつまらない。一度殺して終わりじゃ、あっという間だしね。じゃあ、みーんな、準備はいい? 何度でも、何度でも、何度でも! ……殺して、殺して、殺してあげる!〉


 シェリエルの十本の指に、光が宿る。


「ちっくしょう。何だよアイツ。滅茶苦茶じゃねえか!」


 毒づきながら、ルシアは必死で剣を振るう。


「どうして? 弱ってるんじゃなかったの?」


 呆然としながらも、シャルは自身の周囲に空気の壁を展開する。


 放たれた十本の閃光は、恐るべき威力でわたしたちを襲った。展開した障壁が薄紙同然に貫かれる。ルシアの【魔鍵】による斬断も、刀身で光線を受けることができなければ意味をなさない。致命傷こそ免れたものの、シャルもルシアもたちまち重傷を負ってしまう。すぐに回復を施しても、繰り返し放たれる閃光は、休む暇さえ与えてくれない。


〈力は使い方だよ。シリル。少ない力でも、圧縮して狭い出口から放出させてやれば、ほら、こんなにも威力が高まる〉


 ルシアが頭を貫かれて即死する。音もなくシェリエルに接近していたフェイルもまた、虚無化中にもかかわらず彼女に素手で腕を掴まれ、石畳にめり込むほどの勢いで叩きつけられて即死する。


「く! 認めない!」


 事象の否定──否、それは『事象の遡及』と呼ぶべき力。

 わたしは使い慣れない【狂夢】の力に振り回されながら、どうにか二人を復活させる。


〈いつまで持つかな? あと何回、楽しませてくれる? 面白い面白い面白い面白い!〉


 もう滅茶苦茶だった。わたしが最後の切り札のつもりで発動した渾身の【魔法】も、彼女にとっては単なる『遊び道具』でしかない。彼女のこうした余裕こそが付け入るべき隙だなんて、とんでもない。


 最悪の遊び。目の前で何度も何度も大切な人が殺されていく光景を前に、わたしは自身の無力を嘆くしかなかった。

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