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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第20章 伝わる想いと伝える言葉
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第196話 世界を飼うケモノ/竜を駆るモノ

     -世界を飼うケモノ-


 漆黒の十枚羽根を広げた化け物『クロスクロスクロス』は、とにかく巨大だ。

 こうやって奴の間近で空を飛び、奴が身体から吐き出してくる化け物を打ち倒していると、その大きさがよくわかる。


 時折、敵の隙を見ては『轟音衝撃波』を本体めがけて叩き込んではみるものの、敵の体躯が巨大すぎる。『小さな傷』をつけているだけでは、大したダメージは望めない。そして、そんな傷すらも、わずかな時間で見る間に修復していくのだから始末に負えない。


「ラーズがいなかったら、この都市も間違いなく壊滅してるな」


 僕は悔しい思いと共に、そちらに目を向ける。六色の複眼が埋め込まれた化け物の顔。ラーズはレイフィアを背に乗せたまま、その眼前を縦横無尽に飛び回り、凍結のブレスを浴びせ続けることで、化け物が先ほどの破壊のブレスを吐けないようにしてくれていた。


 地上にいるエイミアさんも『謳い捧ぐ蒼天の聖弓カルラ・リュミエル・レイド』を抱え、敵の複眼に百本を一本にまとめた矢などを撃ち落とし続けている。


 実のところ、アリシアさんから聞かされた『クロスクロスクロス』の能力のうち、厄介な部類に入るのが、あの六色複眼によるものだ。あの複眼から放たれる光は、周囲の空間に満ちた【マナ】を、その色に応じた属性に書き換えてしまう。


 赤い光で地上の火事による炎が勢いを増し、蒼い光で周囲の空気が凍えるほどに冷たくなる。緑の光で暴雨風が吹き荒れ、茶色い光で大地が割れて泥沼と化す。白い光は生み出された化け物たちの肉体を強化・回復し、黒い光は視界を遮る闇を生む。


 エイミアさんは戦況に応じて次々と光を放つ複眼を破壊し続けているが、同じく再生を続ける複眼を前に、いたちごっこのような状況が続いている。


 『ファルーク』が率いる(?)『幻獣』の群れは、『クロスクロスクロス』の左手側に回り込み、右手側を担当する僕と同様、敵の手駒を減らし続けている。


 時折、怪物の四本の剛腕が唸りを上げて振るわれると、僕らは大きく後退することを余儀なくされる。一本一本の腕の太さが、こちらの身長を大きく上回るのだ。防御など不可能だし、半端な回避も意味がない。


 そうして間合いを空けられる都度、奴は身体の傷をさらに回復させ、全身から魔物を生み出し、光線を撒き散らして都市を破壊していく。


「くそ! 関節への攻撃なら、どうだ!」


 僕は奴の振るう腕の動きを見極め、その肘に『轟音衝撃波』を叩き込む。だが、化け物は苦悶の声一つ上げず、どころか、関節そのものをあらぬ方向に捻じ曲げながら、したたかに僕の身体を打ち据えてきた。


「ぐああ!」


 全身に走る鈍い衝撃。目がくらみ、上下左右の感覚を失った僕に、複数の魔物が噛みついてくる。


「離れろ!」


 僕は全身に【気功】を巡らせ、身体を独楽のように回転させてながら七色のブレスを吐いた。周囲の魔物たちを焼き尽くし、凍らせて、切り刻みながら吹き飛ばし、僕はどうにか平衡感覚を取り戻した。しかし、その直後には奴の皮膚に、丸い球体が浮かび上がり、そこから細い光線が放たれる。


「ぐあ!」


 脇腹に突き抜ける鋭い痛みに、僕はたまらず身をよじる。


「くそ……どこからでも攻撃できるのかよ!」


 僕は『キュアポーション』を脇腹にふりかけながら、思わず舌打ちする。あの球はカシム・オルドが生み出した【魔術核】だろうか? そうしている間にも、化け物の皮膚からは立て続けに光線が放たれ、回避しきれないものが僕の身体に焼け焦げを生み出していく。


 圧倒的な怪物に対し、僕らは良く連携して戦っているとは思うが、それでもこのままでは勝ち目はない。ジリ貧もいいところだ。これだけの巨躯が相手では、そもそもどうやって決定打を与えたものか。


〈エリオット! 今は余計なことを考えず、集中するんだ。ノエルの作戦を信じろ!〉


 そんな僕の不安を見透かしたように、指に着けた『風糸の指輪』からエイミアさんの声が聞こえる。あれだけ巨大な敵を相手にするにあたって、僕らは互いの戦況がわかるよう、それぞれお互いの指輪を繋ぎっぱなしにしたうえで、音量も最大になるように調整していた。


〈はい。そうでしたね〉


 そうだ。ノエルは今、地上で戦況を確認しながら作戦を練ってくれているはずなんだ。こんな冗談みたいな怪物の能力を詳細に分析し、無限に出現する『幻獣』の群れを操りながら都市の被害を最小限に抑えつつ、確実な突破口を見出す。常人なら不可能ともいえる難事を前にその頭脳をフル回転させているのだ。


 だったら僕らは、彼女の分析に少しでも役立つように、敵を足止めすると同時に撹乱し、時間を稼ぎ続けるしかない。


「よし、やってやる!」


 僕は【因子加速アクセラレータ】を制御して竜翼を全開に広げ、鋭い鱗の並んだ尾を伸ばすと、新たに出現した一団に突進を仕掛ける。どいつもこいつも一匹としてまともな生き物の形をしていないけれど、牙を生やして爪を伸ばし、炎を吐いて攻撃してくる点だけは共通していた。


「うおおお!」


 槍を振るい、尾をかざし、ブレスを吐き散らして、敵を蹴散らす。そうやって戦いながら、僕は敵の本体の表面をよく観察してみた。間近で戦うからこその手がかり。それを得るためだ。


「……なんだ?」


 僕は気付く。まばらに毛が生えた身体の表面。その皮膚の下をもぞもぞと何かが這い回っている。見るのもおぞましい光景だが、僕はその動くものの気配を追いながら、その行く先を塞ぐようにして、『轟音衝撃波』を叩きつける。


 すると、弾け飛んだ皮膚の下──赤黒い血だまりの中に何かが見えた。


「虫……なのか?」


 飛び出してくるかとも思われたその『虫』は、呆気にとられた僕の目の前で、傷口の辺りに何かを吐き出した。そしてそのまま、体内へと潜るように消えてしまった。すると、『虫』が吐き出した何かに触れた傷口は、見る見るうちに塞がっていく


 まさか、これがこの化け物の再生能力の秘密なのだろうか?


 僕は、見たままをエイミアさんやノエルに伝えた。


〈身体の中を這いまわる虫……ね。でかしたよ。エリオット。君のおかげで、おぼろげながら敵の正体が見えてきた〉


 ノエルからは、そんな反応が返ってくる。


〈いいかい? さっき話にも出たけれど、『クロスクロスクロス』は、複数の命を持つ怪物だ。だからシリルの『必殺』の【魔法】でも倒せない。でも、もっと正確に言うならば、……アレは複数の生命の『群体』なんだよ。君が見た『傷を治す虫』とやらもその一つだ〉


〈群体?〉


〈そう考えれば、あれだけの巨体を維持できる点にも説明がつく。奴らが無限にも近い化け物を生み出し続けられるのも、ある意味、あの巨体そのものが一つの世界……生態系を構築しているからに違いない〉


〈なるほど……〉


 ノエルの言葉には難しい部分もあったけれど、理解はできる。単体を相手にするより、組織を相手にする方が厄介だ。先ほどの虫のように完全分業制をとる奴らは、どこを潰してもすぐに他の部分がそれを補うのだろう。


〈それじゃ、“狂鳴音叉シンパシイ”でも有効打にはならないんでしょうね〉


 一部にしか共鳴させられないなら、意味はない。けれど、僕のそんな呟きを聞いたノエルは、いきなり大きな声で通信をかけてきた。


〈そうか! その手があったか!〉


〈え?〉


〈エリオット! 悪いけど、君には新たな役割がある。こちらに戻ってきてくれないか?〉


〈は、はい〉


 彼女は何かを思いついたらしい。僕はすぐさまその場を離脱すると、彼女の待つ地上へと向かった。


「やあ、悪かったね。呼び戻したりして」


 ノエルは黒い水晶球を手にしたまま、着地した僕に笑いかけてくる。『幻獣発生装置』のマスターキーだというソレを使って無数の幻獣たちを制御しながらも、彼女には余裕さえ感じられる。


「これだけ『幻獣』がいれば、しばらくは戦況を維持できそうだけど……でも、この都市の【魔力貯蔵装置】の容量だって無限じゃない。長年溜めこんだものとはいえ、いつかは尽きるからね。早めに打開策が見つかってよかったよ」


「それはいいが、エリオットがこちらに来たせいで、上空の戦況が厳しくなっている。話は手短に頼む」


 エイミアさんは相変わらず頭上を見上げ、矢を撃ち落とし続けている。


「そうですね。早くしましょう!」


〈そうそう、早くしないと、あたしとラーズくんにも限界が来ちゃうぞ、こら!〉


 こちらと通信を繋ぎっぱなしにしているレイフィアからも、そんな言葉が聞こえてくる。しかし、言葉とは裏腹にラーズの凍結のブレスと彼女の炎魔法の組み合わせは、相反するように見えてその実、逆に功を奏しているようだ。

 寒暖の差ともいうべきコンビネーションで次々と敵を駆逐し、『クロスクロスクロス』にさえ、反撃の糸口を掴ませていない。


「これからしばらく、僕とエリオットは無防備になるからね。エイミア、君には護衛を頼む」


「護衛?」


〈コラー! 聞いてんのー?〉


 やれやれ。僕はどうにかレイフィアをなだめると、ノエルに言葉の続きを促した。


「一体で『群体』を為す奴は、一個の閉じた生態系だ。でも、だからこそ、隙がある。奴の生態系を維持できなくなるだけの異物が入り込めば、それだけで奴の身体は機能しなくなるはずだよ」


〈ふーん。なんだ。案外簡単なんじゃん。じゃあ、さっさとやっちゃってよ〉


 本当に意味が分かっているのだろうかと疑いたくなる台詞を吐くレイフィア。さすがに僕も呆れてしまったが、ノエルは根気よく説明を続ける。


「ここで鍵になるのが、エリオットの“狂鳴音叉シンパシイ”なのさ。奴らの性質により近いモノを造るには、共鳴という手段はもってこいだからね」


「だが、具体的にはどうするんだ?」


 エイミアさんが油断なく矢を放ちながら尋ねる。


「もちろん、『幻獣』に“狂鳴音叉シンパシイ”を施すやり方はお勧めできない。奴らと同化するんじゃなく、奴らを騙し、その生態系内で、奴らを滅ぼすに足る致命的な振る舞いをやってのけなきゃいけないんだ。つまり……『そいつ』はそれなりに頭もよくなきゃいけないのさ」


 ノエルの言葉に、僕は嫌な予感を覚える。


「ま、まさか……」


「うん。まさにこの『僕』こそがうってつけだろう?」


 胸を張って笑うノエル。でも、言っていることは狂気の沙汰だ。というより、自殺行為だろう。


「いやいや、そんなことはないよ。忘れたのかい? 僕にはまだ、二体の身体が残っている。ここで『これ』を使ったからと言って、死ぬわけじゃない。心配なら要らないさ」


「そうはいきませんよ。二つあるものが一つになるってことは、それだけ死に近づくだけじゃないですか。危険であることは同じです」


「エリオットの言うとおりだ。簡単に引き算で考えていいものではないだろう」


 僕とエイミアさんは口々に反対するものの、ノエルはなおも引く気配を見せない。


「でも……君らの身体はひとつだろう? そんな君たちが最前線で戦ってるんだ。この程度のことを危険だなんて言ったら、僕は君たちに顔向けできないよ」


 あくまで真剣な顔で言うノエルに、僕は言葉を失う。確かにやむを得ないのだろうか? 

 少なくとも話によれば、彼女のもうひとつの身体は、まだしも安全な場所にあるらしい。この未曾有の化け物を葬る上では、とるべき選択肢として他にはないのかもしれない。


「わかってくれてよかったよ。じゃあ、さっそく始めよう。ちなみに、敵のサンプルは今、僕が『幻獣』に命じて持ってこさせる。それを共鳴の材料にしよう」


「では、わたしは引き続き、この場で敵を殲滅していればいいか?」


「うん。頼むよ。ことが始まれば、『幻獣』の制御はどうしたって甘くなる。地上の敵は数も少ないし、『リュダイン』に任せておけば良さそうだけど、上空の戦況は厳しさを増してくるだろうからね」


 『クロスクロスクロス』の周囲に群がるノエルの『幻獣』も、再生を繰り返しながら戦っているものの、あのペースでは遠からず限界が来るだろう。


「承知した」


〈ふーん。なるほどねえ。なーんか、怪しいけど……〉


 快諾するエイミアさんとは対照的に、レイフィアは不信感を声に滲ませている。


「レイフィア。君はもうちょっと仲間を信じなさい」


〈へいへい〉


 エイミアさんの説教じみた言葉に、レイフィアが肩をすくめた気配がした。


「じゃあ、ちょうどサンプルも来たようだし、始めようか?」


「え、ええ……」


 ただ、僕はこの時、レイフィアが不審に思ったことについて、よく考えるべきだったのかもしれない。



     -竜を駆るモノ-


 青竜ラーズ殿の背の上には、レイフィアが乗っている。


 どうやらあの竜の背は、思ったよりも安定しているらしい。ラーズ殿は冷たさを感じない不思議な氷を背中に生み出し、それで彼女の身体を固定してくれたようだ。


「なーんか、拘束されているみたい」


 などと言いながらも、レイフィアは『竜族』の背中に乗るという世にも珍しい体験に、声を弾ませながら空へと飛び立って行った。


 よく見れば、ラーズは彼女を覆うように闘気の結界まで張ってくれているようだ。ひたすら上空の戦況を睨みつつ、必要に応じてあちらこちらに矢を落とす関係上、二人(一人と一匹?)の姿は嫌でもわたしの目に留まる。


「ほら! ぐずぐずしないで、さっさと行く!あいつの口が開きかけてるよ!」


〈む、むう、わかっている!〉


 何と言うか、彼女はどこまでも自由奔放だ。あの度胸は真似できない。しかし、意外なのはラーズだろう。ああも上から目線で指示されては、プライドの高い『竜族』なら反発もあるだろうに、悪態をつきながらも実に協力的だ。


「あの馬鹿みたいなブレスを吐かれたら、街の被害もやばいことになるんだし、ちゃっちゃと氷で塞いじゃってよ!」


 言いながら、自身は周囲に群がる魔物の群れに火属性魔法を叩き込んでいる。どうやら彼女、ラーズの背の上に【陣】を描いているようだ。それもまた、何と言うか……凄い話だが。


〈むうう! よし、承知した!〉


 やけくそ気味に声を上げ、群がる魔物たちの攻撃をひらりとかわしながら、『本体』の口元に接近。今にも極太のブレスを吐こうとしたところに、強烈な氷のブレスを吐きかけ、その口を塞いでしまう。


 だが、前回まではこれで抑えきれたものが、今回はそうはならなかった。腹に響くような、くぐもった爆発音が響く。口内で暴発した力が『クロスクロスクロス』の喉を引き裂き、口を塞いだ氷までもを撃ち砕く。


〈馬鹿な……無理矢理ブレスを吐いただと? 自殺行為ではないか!〉


 だが、ラーズの驚きをよそに、化け物の喉の傷は徐々に塞がっていく。


「くそ! ブレスが放たれる!!」


 わたしはとっさに“黎明蒼弓フォールダウン”を放つ。千を束ねた一の光は、『クロスクロスクロス』の頭上に突き刺さり、その顎を閉じさせる。だが、完全とはいかなかったようで、漏れ出たブレスが足元の都市に直撃し、猛烈な爆炎が吹き上がる。


「にしても……今の一撃を脳天に受けてほとんど無傷とは……」


 呆れるしかない。身体の他の部位に比べ、頭の周囲は恐ろしく硬いらしい。ラーズの渾身の力を込めた攻撃でもって、ようやく表面を破壊できる程度なのだ。


「つまり、それだけ重要な器官がある場所なんだろうが……」


 などとつぶやくうちに、先ほどの一撃を受けた一帯が、猛烈な勢いで炎を吹き上げはじめた。


「まずい! 【赤の瞳】の光か!」


 見れば、化け物の六色の瞳の内、赤い瞳が怪しい輝きを放っている。わたしはすかさず、その瞳に矢を撃ち落として破壊する。その隙にラーズが氷のブレスで消火にかかる。

 いかに地上は無人だとは言え、火事で表層が崩れれば、地下にいる人々に害が及びかねない。


 しかし、そうやってこちらが都市のことに気を取られているうちに、せっかく与えた敵へのダメージもみるみる回復されてしまう。


〈キュアアア!〉


 それを悟ったのかはわからないが、右手側で戦っていたはずの『ファルーク』が風の刃で無数の魔物を斬り裂きながらこちらに飛来し、再び別の色が輝き出したらしい複眼に風の弾丸を叩き込む。


「でかした、ファルーク!」


〈ふむ。『幻獣』とはいえ、やはり我ら『竜族』に姿が似ているだけあってか、大したものだ!〉


 レイフィアとラーズは、『ファルーク』への賞賛の言葉を口にする。


〈キュア! キュア!〉


 心なしか嬉しそうにいななく『ファルーク』。

 だが、その時だった。


 これまで沈黙を続けていた『クロスクロスクロス』の部位──胴体に開いた『巨大な口』が、ここで初めて動きを見せた。


〈ゴアアアアアアア!〉


 放たれたのは、叫び声。天を揺るがし、地を唸らせる、超弩級の咆哮。それはそのまま衝撃波となって、わたしたちへと殺到する。


〈ぬぐうううう!〉


「うく……!」


 ラーズが苦悶の声を上げて吹き飛ばされ、背に乗るレイフィアも目を回して呻く。わたしたちのいる場所にも、猛烈な衝撃波が吹き荒れはしたものの、防衛用に配置されていた『ゾルケルベロス』の巨体のおかげでどうにか吹き飛ばされずに済んだ。


「く、くそ……」


 とはいえ、耳鳴りがする。大きく平衡感覚を狂わされ、まともに立っていることも困難だった。


 見れば、ノエルが操っていた『幻獣』たちは根こそぎ吹き飛ばされ、打ち砕かれて、一掃されてしまっている。恐らくは『ファルーク』もやられてしまったのだろう。あまりに多くがやられてしまったこともあり、ノエルによる次の【魔力供給】にも、若干の間が空いてしまうだろう。


「どんどん状況が不利になっていくな……」


 足元の都市は、今の衝撃波でますます酷い破壊にさらされている。ここでわたしは、自分の奥の手を使うことも検討しないではなかったが、自分の右腕を見て、諦めざるを得なかった。


 【生命魔法ライフ・リィンフォース】を施しただけあって、ルシエラ戦で粉々に砕けた骨も復元され、見た目にも異常ないようには見える。しかし、わずかに残る腕の痺れが、本調子でないことを証明していた。


 このままあの時のように落ちてきた矢を掴んでも、制御しきれず暴発させるのがオチだろう。わたしは歯噛みしつつも、周囲に迫る魔物たちに矢を撃ち落とし、無駄と知りつつも牽制の攻撃を『クロスクロスクロス』に放ち続ける。


 すると、その時だった。上空を飛翔するラーズが、レイフィアに何かを語りかけているのが聞こえてきた。


〈レイフィア、悪いが一度、汝を降ろさせてもらえないか?〉


 ラーズの控え目な声。なんとなくだが、彼はレイフィアに対し、腰が引けたようなところがある気がする。


〈なによ? あたしは足手まといだっての?〉


 苛立ちを露わにした声で言うレイフィア。手にした『燃え滾る煉獄の竜杖ゼスト・アヴリル・ウィオラ』で今にも青竜の背を叩かんばかりの不機嫌さだ。……と思った時には、実際にがつがつと叩いている。


〈い、いや! そうではない。現状でも十分我は力を振るえているし、汝のおかげで周囲に群がる魔物どもを気にせず、『アレ』への攻撃を存分に繰り返せているのだ。冷気と炎の使い分けも功を奏しているのは間違いないし、ノエル殿の作戦だ。問題はないのだが……〉


 随分と言い訳の言葉が多い。不思議なことに、彼はレイフィアのことを恐れているようでもある。


「……ふふ。そう言えば僕、彼にレイフィアはアリシアの天敵みたいなものだって、言ったことがあったかな?」


 わたしの胸中の疑問に気付いたかのように、ノエルがつぶやく。なるほど、やっぱり彼女の差し金か。敬愛する『姉上さま』の天敵ともなれば、彼が恐れるのも無理はない。


〈……じゃあ、なんなのよ?〉


〈それは……あくまで、安全策を取って戦う場合の話だ。ここまで強大な怪物が相手となれば、我とて捨て身でかかる必要がある。それに汝を巻き込むわけにはいかぬ〉


 ひらりひらりと宙を舞い、敵を殲滅し続けるラーズ。まさか、彼からそんな言葉が出るとは思いもしなかった。ただ恐れているというわけでもないのだろうか?


〈……つまり、あんた。あたしが我が身可愛さに、その捨て身とやらに付き合いきれなくなるとでも言いたいの? あんまし馬鹿にしないでよね!〉


〈な、なんだと? なぜ、そんな話になる?〉


 不思議そうに問い返すラーズ。『竜族』として生きてきた彼にはわからないようだが、レイフィアが次に言う言葉なら、わたしにだってわかる。


〈あのねえ……決まってんじゃん。あたしたち、『仲間』だろ? 仲間が命を賭けて戦おうって時に、びくびく震えて安全なところに隠れてろって? それが侮辱じゃなくて、なんなのさ!〉


〈い、いや……な、ならばどうすれば……〉


〈どうすれば、じゃない! まだ、わかんないの? あんたが捨て身で戦おうっていうのなら、あたしも最後まで付き合うって言ってんの! あたしはあたしで、全力全開、命燃え尽きるまでぶっ飛ばさなきゃ気が済まないんだよ!〉


 彼女が一息にそう言うと、ラーズが沈黙する気配があった。


〈……我は〉


〈ん?〉


〈人間というものを……まるで理解していなかったようだ。……レイフィアよ。誇り高き人間の戦士よ。我は汝を尊敬しよう〉


〈そ、そう? ま、尊敬してくれんのはいいけどさ……〉


 いや、彼は何を言い出すんだろうか? わたしは話の展開に戸惑うばかりだ。言葉の調子を聞く限りでは、レイフィアも若干たじろいでいるようだ。


〈無論、汝は『竜族』ではない。気持ちの問題もある。『竜族』のしきたりを元に『伴侶』であることを強制はできないが……それでも構わぬ。……我が『戦友』として、汝に我が『真名』を預けたい〉


〈うへ? な、何を言ってんの? この青竜くんは?〉


 明らかに狼狽えた声を出すレイフィア。


〈我が名は、『ラーズ・グレイシャル』。さあ、レイフィアよ。我が名を呼んでくれ。そして、我に汝が名を教えてはくれないか?〉


〈ちょ、ちょっと? いや、意味わかんないんですけど!?〉


〈我と共に、最後まで戦ってくれるのではなかったのか?〉


 懇願するような、ラーズの声。


〈うう! た、確かに、そんなことを言った気もするけど……〉


〈やはり、ヴァリスの兄者には遠く及ばぬ我では……役者不足だろうか?〉


〈い、いや、そんなことじゃなくてさ……〉


〈ならば……〉


〈……うーん。戦友で良いんだよね?〉


〈ああ、そうだ〉


 あくまで静かな調子で言葉を返すラーズ。


〈ま、『竜族のともだち』ってのも、悪くはないのかなあ……。仕方がない。では『ラーズ・グレイシャル』。あたしの名は、レイフィア・スカーレットだ。よろしく頼むよ」


〈承知! レイフィア・スカーレット。我は汝が翼となって、汝が前に立ちふさがりし、すべての敵を打ち倒そうぞ!〉


 途端、爆発的に膨れ上がる青銀の闘気が彼ら二人を包み込む。


〈おお! なんか、パワーアップって感じ? いいじゃん、これ。すっごく便利! ラーズ、あんた最高!〉

 

〈フハハ! そうか。最高か! うむ、そうだろう。そうだろう! 万事、我に任せておけ。我の翼は、レイフィアをどこまでも高みに連れて行こうぞ!〉


〈おっけー! じゃあ、パワーアップ一発目。いっくよー!〉


 はしゃぐレイフィア。しかし、パワーアップとやらの影響なのか、彼女は自分の口にしている言葉にも、陥りつつある既成事実ともいうべき『状況』にも、まるで気付いてはいないようだ。


〈来たれ、すべてが凍てつく氷獄の世界へ。還れ、すべてを焼き尽くす炎獄の世界へ〉


 青竜の背の上で、真紅に輝く『竜杖』を掲げるレイフィア。人竜一体となった彼らの正面に、禁術級魔法を遥かに超える馬鹿げた規模の巨大な【魔法陣】が出現する。

 複雑な紋様が描かれた【魔法陣】。青銀色と赤銀色に輝く二対の円環は、その中心に凄まじい【魔力】を収束させていく。


凍てつく紅蓮の息吹グレイシャス・スカーレット》!


 唱和する声が響いた直後、赤と青、二色の光が互いに絡まり合うように渦を巻き、敵の胴体に開いた巨大な口へと突き刺さる。途端、巻き上がる凄まじい爆発。

 煙が晴れた後からは、胴に開いた風穴を抑えるように身をよじり、背中の十枚羽根の半数を失った『クロスクロスクロス』の姿があった。


「……ようやく一矢報いたといったところか」


 わたしは思わず安堵の息をついたが、異変はすぐ傍で起きていた。


「は、はは……。随分と仲良くなったものだね、あの二人、も……」


 苦しげな女性の声。


「もうやめましょう! ほら、あいつだってもう倒せそうじゃないですか!」


 エリオットの叫び声に驚いて振り向けば、辛そうに表情を歪めるノエルの姿があった。


「いいや、駄目だよ。見てごらん。もう回復が、始まっている。一撃で全身を……吹き飛ばすならともかく、外部からの、攻撃で、あれを滅ぼすのは、至難の……業だ」


 苦しそうにうめくノエル。

 彼女の姿は、かろうじて人の形を保ってはいる。だが、顔には醜い紋様が浮かび上がり、頭には角まで生えている。


 『サンプル』とやらとの共鳴のせいだろうか?

 彼女は今や、異形のヒトガタとなりつつあった。

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