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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第20章 伝わる想いと伝える言葉
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第194話 いろいろと危険な人たち/聖堂騎士

     -いろいろと危険な人たち-


 翌日、セフィリアの身柄をノエルさんの実家に預けたあたしたちは、いよいよ敵の本拠地に向け、乗り込むこととなった。


 別れ際、ノエルさんの御両親は笑顔で手を振ってくれたけれど、あたしにはわかる。せっかく無事に再会した娘が、再び危険な場所に赴こうとしているんだもの。本当なら泣いて叫んででも引き留めたいはずなのに、あの人たちはそんな感情を押し殺し、娘の負担になるまいと無理矢理笑顔を浮かべて見せている。


 ノエルさんも、それは十分にわかっているんだろう。身体を微かに震わせながらも、笑顔で手を振っていた。けれど……そのまま屋敷を後にし、二人の姿が見えなくなったところで、小さく嗚咽を漏らしはじめる。


「ほら、ノエルさん。元気出して。どうせすぐに帰ってこれるんだから、ね?」


「う、うん……」


 あたしが声をかけると、彼女は小さく頷きを返してくる。いつも気丈な彼女だけれど、肉親のこととなれば、いつも通りとはいかないのかもしれない。


「そうそう、いい年こいた大人が恥ずかしいぞ? まあ、私にしてみれば、そんな君の姿も新鮮で面白いものだとは思うけどな」


 今の雰囲気には、あまりにも場違いな言葉。それを聞いた途端、弾かれたようにノエルさんが顔を上げる。真っ赤に血走った目は、泣いていたせいというより、怒りによるものに違いなかった。


「んなあああ! ローナ! なんで! 君が! こんなところまで!」


「あははは。いいねえ。実に新鮮だ。いつも君には驚かされてばかりだから、ようやく溜飲が下げられた気分だよ」


 いつの間にかあたしたちの中に紛れ込んでいたのは、『魔族』の研究者でノエルさんの友人だというローナさんだ。この人も、『裏表がないのに素直じゃない』という、ちょっと不思議な性格の持ち主だった。


「……うう、くそ。なんのつもりだ? 僕らはこれから『大聖堂』に向かうんだ。今や『元老院』ですら比じゃないほどに危険な相手が待つ場所だぞ。遊びじゃないんだ」


「わかってるさ。ちょっと渡しそびれたものがあったから、ついて来ただけでね。すぐに戻らせてもらうよ」


「……あの場所では渡せないものなのか?」


 混乱が続く今の『魔導都市』内では、少し出歩いたくらいで直ちにローナさんに危険が迫るということは無いだろう。それでも、あえてこんな形でついて来てまで渡そうとするモノ。それがまともな物でないことは、ノエルさんにもわかったらしい。


「そりゃ、そうさ。何せ私の犯罪行為の証拠みたいなものだしね。君の父親が実権を握った後のことを考えれば、内緒にしておきたいことなのさ」


 長い黒髪を耳の脇へと振り払うローナさんの顔は、何故か誇らしげだった。そして、彼女は懐から何かを取り出すと、ノエルさんに差し出して見せた。


「はい。これ」


「……えっと、これって言われても」


 黒い宝玉のようなものを受け取り、困惑気味の声を出すノエルさん。すると、ますますローナさんは嬉しげに笑みを浮かべる。


「はっはっは。聞いて驚け、見て驚け。それはな……『魔導都市』内に存在するすべての『幻獣発生装置』のマスターキーだよ」


「ますたーきー?」


 首を傾げるノエルさんに、ローナさんは得意満面な顔で解説を開始する。けれどその内容は、犯罪行為だなんて可愛げのあるものではなかった。


「……要するにコレがあれば、この『魔導都市アストラル』に存在するすべての『幻獣』を自在に操れ、都市の各部に設置された【魔力貯蔵装置】の容量が尽きるまで、無限に彼らを召喚し続けることができる……というわけか」


 説明を聞き終えたノエルさんは、呆れたように首を振る。


「そのとおり。どうだ? すごいだろう?」


「……すごいだろう? じゃない! なんだ、それは!? 君はクーデターでも起こす気だったのか? いいや、この都市を壊滅させるつもりか?」


 激昂したように叫ぶノエルさんに、ローナさんは耳を塞いでうるさげな顔をする。


「いやいや、君なんて『魔導都市』にドラゴンを呼び込んだんだろ? まったく、君こそどんな破壊工作活動家だって話じゃないか?」


「うう……。で、でも、一体何のつもりでこんな……」


「まあ、自分が開発した装置なんだし、やってみたら面白いかな?って思っただけさ。でも、造ってはみたものの、私には使い道もない玩具だし、せっかくだから餞別代りに君に恵んでやろうかと思ってね」


 茶目っ気たっぷりに笑うローナさん。もちろん、これは言葉どおりに捉えていいものじゃないだろう。彼女はきっと何年も前から、ノエルさんのために準備を続けていたに違いないのだ。


「まったく君って奴は……まあ、有難く使わせてもらうよ。でも、ここまでしてもらって……僕は君にどうやって報いたらいいんだろうな?」


「ん? 礼がしたいなら話は簡単さ。……後で美味い紅茶でも淹れてくれよ」


「……はは。是非、そうさせてもらうよ」


 そう言って、危険な二人の女性テロリスト(?)は、親愛の握手を交わしたのだった。


 ──しかし、異変は何の前触れもなく訪れる。


 あたしたちはローナさんと別れた後、早速ラーズさんに連絡を取ることにした。彼は今、都市内部での破壊工作活動を終えて、『魔導都市』外縁部ギリギリの場所に身を潜めているはずなのだ。そして、ヴァリスの【魔法】でごく簡単な合図を送り、ラーズさんによる上空からの攻撃を皮切りに、一気呵成に『大聖堂』へと突撃をかける──それが今回の作戦だった。


 けれど、今まさに目の前で起きてしまった途方もない『異変』を前にしては、そんな作戦も変更を余儀なくされてしまう。


「うわあああ!」


 逃げ惑う人々。破壊される建物。燃え上がる炎。『大聖堂』のある都市中心部からさほど遠くない街中に、巨大な何かの影が見える。『魔族』も人間も関係なく、生物も非生物も関係ない。目に映るものすべてを破壊しようとする、凶悪な化け物。


 空を旋回するその影は、もちろん、ラーズさんではない。『竜族』などより遥かに巨大なその怪物は、禍々しい漆黒の翼を十枚ほど広げ、六つの瞳にはそれぞれ六種類の色を宿している。巨大な顎からは純白の光が放たれ、つい今しがた起動したらしい『魔導都市』の防衛障壁を一撃で破壊する。


「ははは……嘘だろ? なんだあれ?」


 ルシアくんが半笑い気味につぶやく。今まさに多くの人が住む都市が蹂躙されようとしているというのに不謹慎なようだけど、それを咎める人はいない。 


 それだけあの化け物の存在は、馬鹿げている。

 【魔装兵器】を手に必死で応戦を続ける『魔族』たちもいたけれど、そんな彼らを嘲笑うかのように、純白の光が街を縦断しながら一閃する。直後、光の通り過ぎた場所に沿うように、猛烈な爆炎が巻き起こる。


「くそ! あの街には一般人だっているのに!」


「お待ちなさいな!」


 ノエルさんが焦って駆け出そうとするのを、レイミさんが引き留める。


「このまま見ているわけには!」


「都市の住民なら、ラーズさんの襲撃があった時点で大半が地下壕に避難しているはずです。あの程度の攻撃では、地下深くまで届きませんよ」


 ノエルさんとは対照的に、冷静な声を出すレイミさん。けれど、そんな彼女の意外な一面に驚いている暇はなかった。


「とはいえ、あのままじゃこの都市そのものが崩壊しかねないぞ!」


「……アリシア。あれが何か、わかるか?」


 ヴァリスに問われ、あたしは改めて化け物に向けて目を凝らす。あまりにも複雑に入り組んだ力、無数の要素の複合体。数百年をかけてあらゆる【因子】を身体に詰め込み熟成させ、最新の技術すべてをその身に埋め込まれて暴走する──破壊の化身。


 神のケモノ『クロスクロスクロス』


「……あの化け物の全身に見え隠れしている球は……カシムが研究していた【魔術核】か? くそ! 僕が感じた予感は『これ』だったのか!……メゼキス・ゲルニカめ! 最後の最後に、とんでもないものを!」


 悔しげに叫ぶノエルさん。


「……どうするつもりだ? 俺としては、この都市がどうなろうと知ったことではないが」


「ばーか。ここは【異空間】だ。この都市がぶっ壊れれば、俺たちだってただじゃ済まないぞ」


 フェイルとルシアくんは相変わらず憎まれ口を叩きあっているけれど、昨日までのぎこちなさが無くなっているみたいだ。それはともかく、ルシアくんの言うとおり、あの化け物を放置するという選択肢は、今のあたしたちにはありえない。


「あれが生き物なら、わたしの【魔法】で一撃で倒す方法もあるけれど……」


 シリルちゃんが悩みを滲ませながら言う。この先を考えれば【魔力】の消費は控えたい。けれど、街も守らなければいけない。彼女の心にはそんな葛藤がある。


「……ううん。それは無理だよ。ほら、見て」


 あたしは十枚羽根の巨大怪獣を指差す。その皮膚からは、ぼこぼこと不定形の塊が生み出され、それはそのまま不気味な化け物の姿と化して空を舞い、または、地に落ちていく。


「あれは、ほとんど無限にも近い数の『命』を持ってるの。だから、シリルちゃんの魔法でも一撃じゃ厳しいと思う」


「……そうね。むしろ、骨折り損になりそうだわ」


「だったら、代わりにあたしが残ろうか? ああいう大量の敵を焼き尽くすんなら、あたしの方が得意だし」


「レイフィア? いいの? あなたには関係のない街でしょう?」


 突然口を挟んできたレイフィアに、シリルちゃんが驚いた顔で問い返す。


「そんなの今さらでしょうが。周囲の被害とか気にせず、全力で市街地戦闘とかやってみたかったんだよねえ! 大聖堂みたいなところでちまちま戦うより、よっぽどいいよ!」


「……街の施設も、なるべく壊さないようにしてもらいたいんだけどね」


 目を輝かせて拳を握るレイフィアに、ノエルさんは呆れたように言いながらも、感謝の視線を送っている。


「……戦力を分散するのもきついけど、仕方がないわね。レイフィア一人と言うわけにはいかないし……ヴァリス。ラーズにも助けを求めましょう」


「心得た。だが、ラーズと言えど、あれだけの敵が相手だ。単独で戦うにはきついだろうな」


「それなら、わたしが残ろう。上空の敵なら“黎明蒼弓フォール・ダウン”が有効だしな。この偽りの空でも力が使えることは、前回来たときに確認済みだ」


 シリルちゃんとヴァリスのやり取りを聞いて、エイミアがすかさず申し出てくる。となれば当然、もう一人。


「もちろん、僕も残ります。空中戦なら僕にも戦いようがありますからね」


「……それでもあんな風に量産される敵が相手じゃ、圧倒的に戦力が足りないな。癪だけど、早速コレを使うしかないか……。となると、僕も居残り組だね」


 やれやれと息を吐いたのは、ノエルさん。彼女の声に呼応するように、周囲には次々と『幻獣』たちの姿が現れる。


「……『ファルーク』。空中戦だし、あなたもここで戦ってくれる?」


〈キュアアア!〉


 シリルちゃんの呼びかけに、巨大化した白銀の飛竜が元気よく雄たけびを上げる。


「じゃあ、『リュダイン』もノエルさんたちの護衛をお願い」


〈グルグル!〉


 一本角の金獅子もまた、やる気を示すかのように胸を張って電撃を迸らせる。


「……うん。まあ、戦力としてはこんなものだね。じゃあ、『ファルーク』と『リュダイン』は僕が預からせてもらおう。上手くすれば、都市の【魔力貯蔵装置】の【魔力】も彼らに転用できるかもしれないしね」


「でも、本当に大丈夫ですか? あんなとんでもない化け物……」


 シャルちゃんが心配そうにノエルさんを見上げて言った。


「あはは。君たちの方こそ、気をつけていくんだよ。敵はあの怪物よりもさらに手ごわいかもしれない相手だ。……レイミ。シリルを……ううん、皆を頼んだよ」


「はいな。メイドさんにお任せあれ!」


 おどけた敬礼をして見せるレイミさんに、あたしたちは思わず笑みをこぼす。泣いても笑ってもこれが最後。だから、ここから先、どんな困難が待ち受けていようと、あたしたちは負けるわけにはいかないんだ。


「……皆、気をつけてね」


 あたしは改めて精神を集中し、あの『クロスクロスクロス』の能力について、読み取れる限りのことを読み取って皆に話した。


「なるほどね。相手にとって不足はなしか。まあ、世界最強の冒険者としては、これぐらいじゃないと歯ごたえもないかな?」


「ちゃっちゃと片付けて後を追うから、焦らず慎重に進むんだぞ」


「まったく都市を征服できそうな戦力が手に入った途端、都市を護る戦いを始めることになるなんてね。これだから人生は面白いんだよ」


 エリオットくん、エイミア、ノエルさんの三人は、力強い言葉で頷きあっていた。



     -聖堂騎士-


 空に向かって、閃光の【魔法】を放つ。大した威力があるわけではないが、我の【魔力】の特徴を色濃く出したこの【魔法】なら、どんなに遠方にいようとラーズには“超感覚”で感じ取れるだろう。


 そして、案の定、いくらもしないうちに彼方から蒼い竜が飛来する。


〈ヴァリスの兄者! これは一体、何事だ?〉


 もっとも、我の【魔力】うんぬんの前に、これだけの異変が起きているのだ。ラーズもこちらを気にしていたには違いない。舞い降りるなり、空を飛ぶ化け物を顎で指し示すように問いかけてくる。


「『魔族』が生み出した神のケモノ……だそうだ。同族の住む町を襲わせるという考えは理解しがたいが、とはいえ、この街には無辜の民も多い。ノエルたちに協力してやってはくれないか?」


 『魔族』は、『竜族』にとっては長年の怨敵ともいうべき相手だ。そんな連中が住む町を守ってほしいという我の申し出に、難色を示すかと思われたラーズは、意外なことに即答で頷いた。


〈委細承知だ。兄者! ここはノエル殿の故郷ではないか。ならば、兄者に言われるまでもない。あの程度の敵、我が蹴散らしてくれよう!〉


 胸を張って答えるラーズの言葉に、我は違和感を覚えた。ノエル殿の故郷だから、というのはどういう意味なのか? 我が首を傾げていると、すでに発動済みの《転空飛翔エンゲージ・ウイング》の効果のためか、我の心を読んだようにアリシアが耳打ちをしてきた。


「うーん。ノエルさんが何をしたかはわからないけど……ラーズさん、ノエルさんのことをものすごく尊敬しちゃってるみたい」


「なに?」


 驚いてラーズを見れば、確かに尊敬の眼差しをノエルに向けているのがわかる。


「あはは。君がいてくれれば心強いよ。さっそく作戦を練ろうか?」


〈ああ。どんなことでも指示してくれ。お主ほどの知恵者が立てる作戦だ。万に一つの間違いもあるまい!〉


 随分な熱の入れようだ。そんなラーズを見ていると、なんとなく気分がよくない。


「うふふ! もしかして、ノエルさんに嫉妬してる?」


「……アリシア。そういうことは口に出さないでくれるとありがたい」


「あはは。ごめんね」


 我とアリシアがそんな会話を交わしている間にも、彼らは作戦の詳細を詰めたらしく、早速ラーズが上空へと舞い上がっていく。


「やっほー! いっくよー!」


 ……その背に、レイフィアを乗せて。


「……なんだと?」


 我は目を疑った。誇り高き『竜族』ともあろうものが、人間を背に乗せて飛ぶなど信じがたい。我がノエルに視線を向けると、彼女は軽く肩をすくめる。いかに治療をしてやった恩義があるとはいえ……真に恐るべきは、彼女の口の巧さということだろうか?


 それはさておき、依然として『クロスクロスクロス』は激しい破壊活動を続けている。ラーズの襲来のおかげで住民の避難はあらかた終わっているとはいえ、容赦ない化け物の姿には、あんなものを生み出した『魔族』の正気を疑うばかりだ。


 漆黒の十枚羽根。六種の瞳。四本の剛腕。頭部の他に、胴体に開いたもう一つの巨大な顎。そんな禍々しい気配を放つケモノに向けて、炎でできた双頭の大蛇が襲いかかる。


 ラーズに乗ったレイフィアが使ったのだろうが、アレンジされたその火属性上級魔法は、頭部にあった二つの瞳を削り取る。しかし、咆哮をあげるその化け物は、失われた瞳を瞬く間に再生させた。あれもカシム・オルドの生み出した【魔術核】とやらの作用だろうか? そしてそのまま、怒りに満ちた瞳を空を飛ぶ蒼い竜に向け、巨大な腕を叩きつけてくる。


 ひらりとその攻撃を回避したラーズだったが、彼我の身体の大きさのためか、まるで暴風の中を舞う木の葉のようだ。


「さあ、『ファルーク』。君はこっちの『幻獣』たちと一緒に、あの化け物の左側を牽制してくれ」


〈キュアア!〉


 ノエルの指示を受け、銀の飛竜は一声鳴くと、飛行型の『幻獣』の一団を引きつれて、大空へと舞い上がっていく。


「『リュダイン』は地上に降りてきた奴らの殲滅を頼む」


〈グルグル!〉


 金の獅子は飛行型を除く『幻獣』たちの先頭に立ち、勇ましく駆け抜けていく。


「よし、わたしも早速、上空の敵の殲滅にかかるとするか」


 エイミアは弓を構え、魔物を腹から生み出し続ける『クロスクロスクロス』を見据えた。


「……ん? ほら、君たち。何をやってるんだ。早く行きなさい」


 無数の『幻獣』たちを操りながら、ノエルは平然とした様子で語りかけてくる。だが、その内心には焦りもあるに違いない。何しろ敵の進路がグレイルフォール家に向かえば、タダでは済まない。


「ノエル! 気を付けてね!」


「ああ、君こそ気をつけて」


 シリルとノエルのそんなやり取りを最後に、我らは再び『大聖堂』に向かって走り出した。行く手を遮るものなど無い。今や『元老院』は手持ちの『幻獣』すべてをノエルに奪われ、街は竜とケモノの相次ぐ襲来に大混乱に陥っている。


 ゆえに、この後、我らの前に立ちふさがるものがあるとすれば……『ソレ』だけだった。


 天を衝く尖塔。巨大な外壁に囲まれたその奥に、荘厳な佇まいを見せる『大聖堂』。外壁に設置された門をくぐって敷地内に入る我らの前に、『ソレ』は静かに姿を現す。


「……聖堂騎士団長レオン・ハイアーランド」


 我のつぶやきに、こくりと頷きを返す人物。金の意匠が施された純白の鎧を身に纏い、手には歪んだ穂先の槍を握っている。顔を覆い隠す兜には十字型の隙間が空いているが、その奥は影となっていて、瞳の有無すら確認できない。


〈リオネル様からのお言葉である……『天使の器よ。大儀であった。ようやく世界はひとつとなる。【異世界】も【異空間】も関係なく、すべてのすべては天使のための箱庭となる』〉


 意味不明な言葉。それに反応したのはシリルだ。


「天使……シェリエルのことね? 彼女はこの奥にいるの?」


〈……天使、天使、天使! 我が主は……リオネル様は……なぜ、どうして……アンナモノニ!〉


 シリルの問いかけに、レオンは激しく感情を乱すかのような声を上げる。


「くだらん。さっさと斬り捨てて先に進むぞ」


 吐き捨てるような言葉。それと気付いた時には既に、純白の鎧を着たレオンの背後には、漆黒の全身鎧が出現していた。


「フェイル!」


 振り下ろされる真紅の聖剣。背後からの不意打ちに、レオンは全く反応できない。世界を斬り裂く剣閃は、かつてエリオットの『轟音衝撃波』でさえものともしなかった奴の鎧を、紙でも裂くように斬断する。


 ごとり、と鈍い音を立てて倒れるレオン。


「嘘? 一撃で?」


 シリルが驚きに声を震わせて言う。


「敵だった時は大変だったけど……味方にすれば、こんなに頼もしい人もいないのかも……」


 シャルもまた、呆気にとられて固まっているようだ。


「うふふ! 凄いでしょ? フェイルはとっても強いのよ?」


 そんなシャルに、嬉しそうに笑いかけるノラ。

 ──だが、その時だった。


「危ない!」


 何かを感じ取ったアリシアが、とっさにフェイルに向かって障壁を発動させる。


「なに!?」


 フェイルへと『背後から』繰り出された聖槍の一撃は、かろうじてアリシアの障壁に防がれる。


「ち! 新手がいたか」


 その場から飛び離れるようにして、距離を置くフェイル。

 だが、その陰から現れた敵の姿は──


「レオン、だと?」


 我の“超感覚”には、肉眼で見える以上の情報が入ってくる。加えて、アリシアとのつながりによって、わずかではあるが“真実の審判者”に類似した力も使える。そんな我だからこそ気付く。この敵は、先ほどと寸分たがわぬ『レオン』だ。


 我がそれを皆に告げると、レイミが含み笑いを洩らす。


「うふふ。命の複製の技術ですかねえ? ……でも、どんな形であれ、一個の『存在』として生まれながら、そんな操り人形のような境遇、わたしには見るに堪えませんね!」


 黒い鞭が唸りを上げて『レオン』を襲う。当然、レオンも黙って受けたりはしない。手にした槍を叩きつけ、あらぬ方向に鞭を弾く。だが、その直後にはルシアの身体がその懐に潜り込んでいる。


「一度で駄目なら二度斬るまでだ!」


 斜め下方から斬り上げるように放たれた斬撃は、先ほどのフェイルの時と同じく、奴の鎧をものの見事に斬り裂いた。ぐらりと、揺れながら倒れる鎧騎士


〈我はレオン。無謬にして至高の存在……我らが絶対の主、リオネル様に使える騎士なり〉


 声と共に大聖堂の中から、暴力的な光の奔流が押し寄せてくる。あれはまさか……【擬似魔鍵】『ダインレイフの聖槍』の光か? だとすれば、アリシアの障壁でも確実に防ぎきれるかどうか。


「みんな、こっち!」


 とても防ぎ切れないと思った時には、我らは全員、光の軌道からずれた場所に寄り集まって立っていた。


「な、何が起きた?」


「……ノラか」


 きょろきょろとあたりを見回すルシアとは対照的に、フェイルは落ち着いた声音で呟く。


「うん。皆とワタシとの距離を“喪失なく”したの。……皆を護れてよかった」


 真紅の髪の少女ノラ。『ジャシン』としての彼女が有する能力は“関係喪失コネクション・ロスト”。あらゆる関係性を失なわせる力だ。


〈うふふ。『ジャシン』だろうとなんだろうと、要は力の使いようよ。せっかくの力だもの。自分の望むように、衝動の赴くままに使いなさいな〉


 衝動の女神アーシェ殿は、そんなノラに愛おしげな視線を送っている。


 光の奔流が過ぎた後。大聖堂の中からは、鎧姿の騎士が一人。またしても、『レオン』だ。


「くそ! どうなってやがる!」


〈ぬう……一体ずつしか出てこないのでは、『ひとまとまりの斬断』とはいかぬか〉


 毒づくルシアの隣では、ファラが難しい顔で唸っている。


「仕方がないわね。とにかく敵を牽制するわよ! シャル!」


「うん! シリルお姉ちゃん!」


 レオンに第二射を撃たせないよう、シリルとシャルは攻撃魔法を立て続けに放ち始める。

『ダインレイフの聖槍』の光も、エリオットのものと同じく、多少の溜めがなければ撃てないようだ


「うーん。どうしましょう? ただの複製なら全滅させればいいんでしょうけど、この分だと、スペアは『無限』に近い可能性もありますよ?」


 レイミは困ったように言うものの、手にした鞭を振り回し、余裕たっぷりにレオンを見つめていた。彼女には、言葉とは裏腹に何か考えがあるのだろうか。


「レイミさん。何かわかったことでもあるの?」


 我と同じことに気付いたのか、アリシアが問いかける。


「うふふ。いえ、根本的な解決策じゃありません。ただ、さっきの敵の出現の仕方から言って……そこの入口は空間が別の場所に繋がっていますね。つまり、『彼ら』はもっと別の場所から分身を送り込んできているのでしょう」


 ノエルから聞かされた、ハイアークの【神機】『エデン・アルゴス』による空間創造。その能力の一端だということか。


「でも、だとすればどうする?」


「ヴァリスさんの“超感覚”なら、現物がどこにいるのかわかるんじゃありませんか?」


 ルシアの問いにレイミは、ちらりと我に目を向ける。「できますよね?」と言いたげな顔だ。


「無論、できるとも。……待っていろ」


 我は神経を研ぎ澄まし、索敵の範囲を『大聖堂』全体へと広げる。

 そして、気付いた。


「地下だ。そこに……大量の『気配』がある」


「なるほど。って言っても、まずはここは突破しないとな!」


 シリルとシャルの牽制の【魔法】が途切れたタイミングを狙って、ルシアが一気に敵へと肉薄する。またしても彼は、敵に気取られることなく、その懐に入り込み、その鎧を中身ごと斬断する。そう、中身だ。奴らには、中身がある。おぞましいことこの上ない、そんな中身が。


 我は黙ってその場にしゃがみ、地に掌を押し当てた。


竜声破砕ボイス・ブレイカー


 掌から物体を破壊する振動を放つ魔法。同時に、声を振動に変えて共振させることで、どんなに強固な物体でさえも粉々に打ち砕く。我が【魔法】の発動を終えると、地面の一部が割れ砕け、地下の空洞が露わとなる。


「って、ちょっと待て! どうするつもりだ!」


 自分で開けた穴へと飛び降りながら、我はルシアに返事を返す。


「お前たちは先に行け! どうやら生半可な戦いでは、奴を殲滅できそうもない!」


 ここは我が一人で引き受ける。そう言おうとした刹那──


「一人で行くなんて、許さないんだから!」


 頭上から金の燐光をまとった女性が落ちてくる。


「アリシア!」


 我は慌てて彼女の身体を受け止める。

 だが、同時に落ちてきたもう一つの人影にまでは、手が回らない。


「な! なぜお前まで?」


「……うふふ。アリシアさんと二人きりでなくて残念でしたか? でも、敵が『複製体もどき』なら、わたしの助言も役に立つかもしれませんよ?」


 危なげなく着地を決めながら、レイミは胸を強調するポーズをとっていた。

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