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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第20章 伝わる想いと伝える言葉
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第191話 バッド・オーメン/カルデス・レリクス

     -バッド・オーメン-


 『魔導都市アストラル』に向かうには、本来ならマギスレギアまで戻り、そこから【ゲートポイント】を使う必要があるはずでした。


 ところが、わたしたちがレイフィアさんと合流した際、傍にいたルシエラさんが意外な申し出をしてきたのです。


「『魔導都市』に向かうつもりなら、この許可証を使いなさい。【魔導装置】の認証さえクリアできれば、この近くに設置された【ゲートポイント】からでも、向こう側にいけるはずです」


 【回帰の聖地】である『精霊の森』の近辺にあったのと同様、『魔族』にとって重要な場所であるこの【創世の聖地】の傍には、やはり特別に【ゲートポイント】が設定されているようでした。


「そうだね。ありがたく使わせてもらおうかな。……でも、いくつか問題がある」


 ノエルさんは、ルシエラさんからプレート状の『許可証』を受け取りながら、思案顔で言いました。


「どうしたんですか?」


「うん。【ゲートポイント】を通る以上、『アリア・ノルン』を置いて行くのはやむを得ないとはいえ、セフィリアはそうはいかないよね? 『魔導都市』に行くのなら、僕やレイミも同行した方がいいだろうしね」


 確かに未だに眠り続けているセフィリアを、このまま無人の船に残していくのは不安が大きいところでした。


「それなら、やっぱりマギスレギアに戻って、レオグラフト王にでも彼女の身柄を頼んだ方がいいかしら?」


「うーん……それだと少なくとも半月はかかる。でも、『魔導都市』にはできる限り早く向かった方がいいと思うんだ。なんだか、嫌な予感がする。……こんな不確実なことを言うのは、僕らしくないんだけど……どうにも心が騒ぐんだ」


「でも、『魔導都市』に連れてくって訳にはいかないんだし、仕方がないんじゃないか? それこそ、彼女の身柄を保護してくれる先があるわけじゃないんだろうし……」


 ルシアがそう言っても、ノエルさんはなお、納得のいかない顔をしています。


「ああ。……でも、何故かわからないけど……できるだけ早く『魔導都市』に向かわないと、取り返しのつかないことになる気がしてならないんだ」


 自分でもよく分かっていないのでしょう。こんなに悩んだ顔をしたノエルさんは初めてでした。


「だったら、方法はひとつしかないんじゃないですか?」


「え?」


 唐突に言い出したレイミさんに、一同の注目が集まります。彼女はその視線を受け、何故かお決まりの胸を強調した姿勢を取りながら、含み笑いを洩らしています。


「うふふ。こういう時こそ、実家を頼らなくてどうするんです?」


「な……レ、レイミ。そうは言うけどね。僕はこのことで父さんや母さんを巻き込みたくはないんだよ」


「いいじゃありませんか。何もクーデターに協力させるわけじゃないんです。知り合いの子を一人、預かってもらうくらいのことができないはずはないでしょう?」


「……そ、それはそうかもしれないけどね」


 珍しく理路整然とした言葉を話すレイミさんに、ノエルさんの方がたじたじとなっているようでした。


「そうと決まれば、善は急げです! ああ、わたしも久しぶりに奥様にお会いできると思うと、嬉しくて仕方ありませんねえ」


「やっぱり、それか」


 何故かノエルさんは呆れたような顔でうめいていました。


「よくわからないけど……それじゃあ、セフィリアは『魔導都市』のグレイルフォール家に預けることにするわけね?」


「……うん。そうだね。下手な場所に預けるよりは、ずっと信頼は置けるよ。実際、あの屋敷には防衛用の【魔装兵器】が大量にある。防衛に専念する限り、『元老院衛士団』とだって渡り合えるだろうからね」


 気が進まない顔ながらも頷くノエルさん。


「……セフィリアはどうしているの?」


 そんな会話が気になったのでしょう。それまで少し離れた場所にいたはずのノラが、いつの間にかわたしのすぐ後ろに立っていました。


「うん……」


 わたしはひとつ頷くと、彼女に今のセフィリアの状況を話して聞かせました。


「そうなんだ……。でも、無事でよかった。きっとすぐに目を覚ますよ」


「うん!」


 わたしと同じく、いえ、わたし以上にセフィリアを救いたいと願い続けていた彼女の言葉に、わたしは勇気づけられる思いがしたのでした。


 それから、ルシエラさんとヴァルナガンさんの二人は、わたしたちを【ゲートポイント】のある地点まで見送りに来てくれました。

 地上の『ララ・ファウナの庭園』からさほど離れていない、平原の中央付近。例によって灰色の地面には何もないように見えたのですが、ノエルさんが許可証をかざすと、途端に光の紋様が浮き上がってきました。


「こんな身体では、わたくしにもこの程度の協力しかできませんし、今さら言うのもなんですが……どうか、世界を救ってください」


 どうやらルシエラさんも身体が復元したとは言っても、今のところはまともに動くのも困難な状態らしく、ヴァルナガンさんに支えられてどうにか立っていられるような有様でした。


「がはは! せいぜい頑張んな。俺としても、ようやくルシエラといちゃつくことができるって時に、この世界が滅んじまってたんじゃ困るからなあ!」


 豪快に惚気ながら笑うヴァルナガンさんには、誰一人返す言葉もありませんでした。


「…………」


 しかし、そんな静寂も一瞬後には、相変わらず空気を読まない『彼女』によって、あっさりと打ち破られてしまいます。


「ひゅーひゅー! 愛されてるねえ、ルー姉! あたし、二人の幸せを祈っちゃう!」


「……身体が治り次第、殺しに行きますから覚悟なさい」


「おお、こわこわ! だいじょーぶだって! どうせそんときには、ルー姉も幸せいっぱいで、そんな気分じゃないだろうしね! あははは!」


「がはは! そりゃあ、いい。でもよお、レイフィア! お前もいい女なんだから、男の一人や二人、さっさと見つけたらどうだ?」


「うっさいな。大きなお世話!」


 けらけらと笑う彼女は、なぜか酷く嬉しそうに見えました。


「ふん。いい気なものだな。これから向かう先は敵の中枢だろう。これでは先が思いやられる」


 そんな和やかな空気を一瞬で台無しにしてしまう言葉を吐いたのは、この場では一番浮いて見える人物──フェイルでした。これまでもそうでしたが、彼が一言発するだけで、その場の雰囲気が恐ろしくギクシャクしてしまうのです。


 しかし、そんな彼にも弱点はあるようで……


「フェイル。そんな言い方は駄目だよ。これからみんなで、一緒に頑張るんだから。ね?」


〈自分が仲間外れだからって、妬くものじゃないわよ? そういうときはもっと積極的にこう言わなきゃ。……『僕も仲間に入れて』ってね?〉


 真紅の髪の少女と黒髪の美女の二人に畳み掛けるようにたしなめられ、からかわれて、フェイルはたちまち黙り込みます。もう言い返す気力もない。そんな感じでした。


「ね、ねえ……ちょっと聞きたいんだけど……」


 それまで黙っていたアリシアお姉ちゃんは、何故か躊躇いがちにノエルさんに問いかけました。


「ん? なんだい?」


「その……【ゲートポイント】って、ラーズさんも通れるの?」


 彼女が見上げるその先には、蒼く巨大な身体で地に降り立った青竜ラーズさんの姿があります。


「うん。まあ、これくらいの大きさなら問題ないよ。……ただ、向こう側の施設が大変なことになるかもね。『魔族』の都市に『竜族』が現れたとなれば大問題だ。一気に混乱が起こるのは間違いない」


「むしろ、その混乱を狙っている。そういうことか?」


「積極的にそうしたいわけじゃないんだけど……でも、他に手はないしね。……ラーズさえ了解してくれるなら……できれば『魔導都市』の空を存分に飛びまわって、大いに注目を集めておいてもらいたいんだ」


〈うむ。ヴァリスの兄者や姉上さまのためならば、否やはない〉


 力強く断言するラーズさん。


「でも、それなりに危険は伴うよ。恐らく、『幻獣』たちは一斉に君を狙うだろうし、未知の【魔装兵器】の存在も考えられる」


 けれど、そんな懸念を口にするノエルさんに、ラーズさんは胸を張って返す。


〈心配は無用だ。我は誇り高き『竜族』。……これまでのような無様は見せぬ。油断することなく、我が力を最大限の最大効率で振るい、『魔族』どもを恐怖と混乱に陥れてやろうではないか〉


「あはは……。まあ、都市には一般市民もいるから、ほどほどにね。でも、君がそうしてくれると凄く助かる。僕らがグレイルフォール家に向かうのを隠すこともできるし、何より『幻獣』発生装置の標的を僕らから外すことができる。……まったく、我が友人ながら厄介な装置を作ってくれたものだよ」


 ノエルさんは、そう言って笑うと、改めて全員に『向こう側』へ渡ってからの行動の手順を説明してくれました。


「……前回乗り込んだ時とは、状況も全然違うんだよな」


 突入作戦とも言うべきノエルさんの話には、ルシアも少しだけ緊張気味の顔をしているようでした。


「怖じ気づいたのか? ならば、ここに残ればいいだろう。俺としては、足手まといならいない方が気が楽だ」


「ああ? 後からしゃしゃり出てきて仲間面してるだけの癖に、何を自分が仕切るつもりで語ってやがる。お前こそ、お得意の不意打ちで俺の背中を斬るつもりじゃないだろうな?」


 売り言葉に買い言葉、と言ったところでしょうか。しかし、今回ばかりは……


「ルシア。今のは少し、言い過ぎよ」


「え?」


 ほら、怒られました。


「過去に因縁があったことは確かだけれど、それでも共闘することを決めた相手に向かって、背中から不意打ちされることを疑っているだなんて言葉、言うべきじゃないわ」


「うう……」


 冷静な声でたしなめられ、しょんぼりと下を向くルシア。他ならぬシリルお姉ちゃんに怒られたのがショックみたいで、酷く傷ついたような顔をしています。なんだか親に叱られた子供みたいで、少し可愛く思えてしまいました。


「う……と、とにかく! 仲間を疑っていたら、勝てるものも勝てなくなるでしょう?」


 シリルお姉ちゃんの顔を見れば、わたしと同じ感想を抱いてしまったのか、少し狼狽えているようでした。


「あ、ああ。そうだよな。……俺が悪かったよ」


「わ、わかればいいのよ……」


 心を鬼にしようと頑張っているようですが、シリルお姉ちゃんの声からは、先ほどまでの力が無くなっていました。


「フェ、フェイル……」


「…………」


「わ、悪かったな。疑うようなことを言って」


 渋々と、ものすごく嫌そうに謝罪の言葉を口にするルシア。けれど、フェイルはそんな彼に呆れたような視線を送るだけでした。


「く、くそ……何も無視することないだろうが……」


 悔しげに歯噛みするルシア。


「あの二人の関係も、なかなか複雑だよねえ」


 いつの間にか、わたしの隣まで歩み寄ってきたアリシアお姉ちゃんが、小さな声で囁いてきました。


「顔には出してないけど、フェイルも戸惑っているみたい。まさかルシアから謝罪なんかされると思わなかったから、リアクションに困っているんだよ」


 謝罪ひとつでそこまで面倒な話になるなんて、何とも前途多難なことです。


 しかし、そんな中でも相変わらずノエルさんは厳しい表情を崩していません。彼女の言う『悪い予感』とは、一体何なのでしょうか?


     -レリクス・カルデス-


 転移装置を起動し、まず最初に『向こう側』へ送り込むのは、青竜のラーズ。彼には僕から前もって、様々なことをレクチャーしてあげた。きっとうまく立ち回ってくれることだろう


 それにしても……僕は先ほどから奇妙な感覚を覚えていた。『万全主義』であるはずのこの僕が、こうして拙速ともいうべき行動に出ようとしていること自体、自分でも理解できない。でも、何故か今は、こうしなければならないような気がするのだ。


 今まさに、『魔導都市』で途方もない何かが起きようとしている。……そう、『起きよう』としているのだ。僕の魂の奥底にある何かが、それについて警告を発している。不確かな物なのに、どうしても無視できない感覚だ。


 ヴァリスに背負われたセフィリアに目を向け、僕は軽く息をつく。何はともあれ、彼女を僕の実家に預けるのが先だ。


 目の前で、蒼い竜の姿が消えていく。ルシエラからは、この【ゲートポイント】は『元老院』の議事堂がある敷地内に通じているのだと聞いている。


 正確には、『研究所』にもほど近い場所に建つ、一見して小さな物置に見える小屋だということだ。つまり、ラーズが向こうに出現した瞬間。その物置は弾け飛ぶことになる。恐らくその周辺を警備している衛士は腰を抜かすことだろうが、それくらいの方が丁度いい。


 『元老院』の敷地内では、僕らの【魔力波動】は感知されてしまうのだ。一応は妨害装置も用意してはいるものの、それも絶対ではない。できる限り混乱に乗じて、その場を脱出する必要があるだろう。


「さ、それじゃあ、僕らも行こうか」


 僕の言葉に従い、皆が地面の紋様の上に集合する。アリシアが障壁の準備を整えたのを確認し、僕は転移装置を作動させた。


 ──灰色の景色が消滅し、次に現れたのは、予想通りに大混乱に陥った『元老院』の敷地内の景色だった。


「うああああ! 『竜族』だああ! ついに! ついに、この日が来ちまったんだ!」


「くそ! どうしてだ? 馬鹿の一つ覚えの力しかない奴らが、どうして転移装置なんて!?」


 上空を舞う青竜の姿に怯え、逃げ惑う『魔族』たち。僕らはシャルの『聖天光鎖の額冠』による隠蔽効果などを駆使しつつ、彼らに気付かれないようにその場を後にする。


「……馬鹿の一つ覚えとは、随分な言われようだな」


 道中、ヴァリスが不機嫌な声で言うものだから、僕としては『魔族』代表で謝罪する羽目になってしまったのだが、敵がこちらを侮ってくれるのは悪くない。僕はラーズを治療している間も、その後も、彼には色々な話をしてあげた。


 そうしてわかったのは、『竜族』は『魔族』が考えているよりも遥かに頭がよく、また、多種多様な応用の利く能力を有しているということだ。今も彼は、“竜の咆哮”を駆使して衛士団を含む『元老院』の連中の混乱を最大限にあおっているが、同時に“超感覚”を用いて、極力彼らに被害が出ない形で施設を破壊するという器用な真似までしてのけている。


 以前彼が苦しめられたという空間兵器に対する対策も、僕がレクチャーしてあげてあるし、しばらくは『魔導都市』全体を翻弄し続けてくれるはずだ。


「あはは……やっぱり、ラーズさんって凄いんだね」


 走りながら、呆れたようにつぶやくアリシア。そんな彼女にからかいの言葉をかけたのは、やはりレイフィアだった。


「でも、そんな青竜くんから姉上さま呼ばわりされるアリシアの方が凄いじゃん!」


「ううー! もう、それはやめてってば!」


 そのまま敷地を駆け抜け、『元老院』を脱出した僕らは、頃合いを見計らって足を止め、背後を振り返る。白亜の城塞のように優美な佇まいを見せていた『元老院』の建物は、ラーズによる『破壊工作活動』の結果、見るも無残な姿をさらしていた。


 こうしてみると、今や『元老院』もかつての権勢を失いつつあるのかもしれない。実質的な中心人物だったメゼキスを失い、『元老院衛士団』もその数を大きく減じているのだから無理もない。


 そう考えると、今の『魔導都市』において僕らが真に警戒すべきは、神官長リオネルと彼の配下にある『聖堂騎士団』ということになるだろう。

 だが、僕の胸中に今もわだかまる『嫌な予感』は、それだけではないような気がしてならない。


 とは言え、現実を見るならば、『元老院』は未だに『幻獣』による迎撃の手配もできていないらしく、ラーズは時折挑発するように建物の屋根に止まり、“咆哮”を繰り返していた。


「何と言うか……随分楽しそうだな」


「まあ、今まで散々酷い目に遭わされているみたいだし、うっぷんを晴らしているのかもね」


 ルシアにそんな言葉を返しながらも、僕はラーズが『ほどほど』にしてくれるのを祈りたいような気持ちになっていた。場合によっては街中を飛び回って撹乱するよう伝えてはいるが、やりすぎれば混乱する人々の暴走で死傷者が出てしまう恐れもある。


「さて、それじゃあ皆。そろそろ僕の実家が見えてくるはずだよ」


「え? もう到着ですか?」


 シャルが驚いた顔で言う。


「グレイルフォール家は由緒正しい『七賢者』の末裔だからね。屋敷も一等地にあるってわけさ」


 政治の中枢である『元老院』に近い場所に屋敷を構えることは、魔貴族にとっての一種のステータスでもある。僕らの向かう先には、立派な塀に囲われた一際大きな屋敷があった。


 金属質な『元老院』の建物とは異なり、古風な形の貴族の屋敷。もちろん、材質そのものは強化魔法や偽装魔法がかけられているため、見た目通りのものではない。

 けれど、久しぶりに見た我が家の変わらぬ姿に、流石の僕も安堵の息をつきたくなった。


「何者だ! 止まれ!」


 門に近づくと、二人の衛兵から声を掛けられる。手に【魔装兵器】の槍を持った彼らは、酷く緊張した顔をしている。どうやら『元老院』の方で起きた騒ぎには、気づいているらしい。


 そんな彼らを安心させてやるべく、僕が一歩前に進み出ようとした、その時だった。


「あらら! いけませんねえ。そんな物騒な物、しまってくださいな。ケリー? ジョナサンも」


 腰を振り、胸を強調しながらも、ゆっくりと彼らに近づく変態メイドが一人。ただそれだけで、その場の空気が一変する。ずずいと迫られた二人の衛兵は、怯えを含んだ表情で後ろに下がり、背中が門にぶつかると、絶望的な表情さえ見せていた。


「う、うああ……レ、レイミ様……いや、こ、これは違うんです!」


「ひ、ひ……もう、もう、勘弁してください、アレだけは、アレだけは……!」


 ほとんど涙ながらに訴える二人の衛兵は、まだ年若い青年だ。それでもレイミなどよりはよほど体格の良い男性のはずなのに、蛇に睨まれたカエルのような有様だった。


「ノエル……。彼女、何をやったわけ?」


「僕に聞かないでよ。……はあ、仕方がないなあ」


 僕は半眼で問いかけてくるシリルに生返事を返しつつ、彼らを救ってやるべく改めて前に進み出た。


「ほらほら、レイミ。彼らをそんなに虐めるな。……ご苦労だったね二人とも。ただいま」


 間に割り込むようにしながら僕がにっこり笑いかけると、二人の青年は顔を輝かせて背筋を伸ばし、敬礼を返してくる。


「おお! お嬢様! お帰りなさいませ!」


「ああ! よくぞ御無事で! さっそくお館様と奥方様にお伝えしてまいります!」


 慌ただしく僕らを案内する二人の姿を見つめつつ、僕は改めて安心する。両親もどうやら無事のようだし、衛兵たちもいつもと変わりはないようだ。

 シリルを護るための闘争に身を投じる中、できるだけ巻き込まないようにと帰宅を控えていた僕だったけれど、それでも『帰るべき場所』の存在は大きいのだと改めて思い知らされる。


 特にこれまで『嫌な予感』を覚えていただけに、なおさらその気持ちは強かった。


「お嬢様! ああ、良かった! どうかお部屋へ……」


「お、お帰りなさいませ、お嬢様……」


 変わらぬ屋敷。変わらぬ衛兵。変わらぬ使用人たち。彼らから『お嬢様』と声を掛けられるたびにくすぐったい気持ちにはなるけれど、確かに変わらぬものがここに在る。懐かしさで胸を熱くしながら、僕は廊下を歩き続けた。


 しかし、僕は案内された廊下を進んだその先で、無残にも変わり果てたモノを見せつけられることになる。


 最初に目に留まったのは、部屋にいた人物が身に着けた白衣。けれど、耳に聞こえてくる『声』に、僕の視線はすぐにそちらへ向けられる。


〈バウバウ!〉


〈キュロロロ……〉


〈クーン、クーン〉


「…………」


 あまりのことに言葉が出ない。確かに、ここに来るまでの間、使用人たちの態度がぎこちなかったことは気になっていた。そして、本来なら父と母が待っているだろう応接だか居間だかに案内するのではなく、僕の私室があるはずの場所に案内されたことも不可解ではあった。


 感慨深く廊下の様子などを見つめていたため、そのことに気付くのが遅れたことは確かだが、それにしてもその先に、まさかこんなモノがあるだなんて、予想外にも程がある。


「やあ、いらっしゃい! よく来たね。歓迎するよ」


 そんな陽気な声さえも、僕の耳を素通りしていくようだった。


 僕は、自分で言うのもなんだが、こう見えて可愛いものが大好きだ。小さい頃からぬいぐるみの類はよく集めていたし、そんな僕の私室は、さながら動物園のようだと父や母に笑われたこともあった。


 だが、だが……よもや本当に、『動物園』になってしまう日が来ようとは、夢にも思わなかった。


「……い」


「ん?」


「『いらっしゃい』じゃあない!! なんだ、これは! ここは僕の部屋だぞ! どうして君がいる! いいや、百歩譲ってそれはいいとしてもだ! 僕の部屋に所狭しと溢れている、こいつらは一体なんなんだあああ!」


 絶叫だった。喉よ破れよとばかりに、僕は全力で叫ぶ。背後で僕のあまりの剣幕に他の皆がびっくりしている気配がするが、そんなことを気にかけている暇はない。


 目の前の光景。──狼型の『幻獣』が涎を垂らして室内を歩き回り、虎のような『幻獣』がカーペットで爪とぎをしている。僕のベッドの柵には鳥の姿の『幻獣』が羽根づくろいをしてくれているし、蛇のような『幻獣』がしゅるしゅると音を立てて、インテリアの一部に巻きついている。


「おいおい、何って、決まってるだろう? わたしの可愛い実験体たちさ。通常のものと比べても、よりリアルに『生物』らしく作ったんだ。すごいだろ?」


 僕のお気に入りのチェアに腰かけ、僕のお気に入りのティーカップでお茶を飲みながら、僕の悪友──ローナ・ジェレイドはにこやかに笑いかけてきた。

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