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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第19章 栄華の庭と世界の絶望
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幕 間 その36 とある最高神の末路

     -とある最高神の末路-


 散り散りとなった己の意識を必死にかき集め、世界に繋ぎとめる。


 所詮、奴らは僕という『最高神』の本質を知り得ていない。僕と他の神々との決定的な違い。それは他ならぬこの僕が、世界に複数の【想像世界エクスターナル】を有する点だ。


 僕は『支配』の力で他の『神』から奪い取った【想像世界エクスターナル】をバックアップとすることで、気兼ねなく全力でこの世界に力を振るい、己の理想を吐き出すことができる。その意味では、あのラディスとか言う異端の『神』も、十分に僕の役に立ってくれた。


 僕の世界に置いてきたルシアとヴォルハルトに関しては、その力を【ヒャクドシステム】に組み込む関係上、そのままにしては来たけれど、あの女狐──アレクシオラの奸計にしてやられ、バックアップを失った今となっては、再びあの世界に戻り、あいつらの【想像世界エクスターナル】を奪ってくるしかないだろう。


〈支配者たるこの僕に逆らったことを、後悔させてやる。あの女狐も、僕のものにならなかったファラリエルも、あの忌々しい人間どもも!〉


 怒りに震えながらも、僕は残された【想像世界エクスターナル】を媒介に、この世界での自分の存在を安定させる。このまま他の神々のように、無様に【魔鍵】へと意識を封じ、『魔族』による【オリジン】の成熟を頼りに眠りにつくなど耐えがたい屈辱だった。


〈……くそ! 元の世界に戻ろうにも、力が足りない。……ファラリエルとアレクシオラ。精神性の女神の『刀傷』が原因か!〉


 いくら身体を移し替えても、魂に刻まれた傷は容易には癒えない。こうなれば、残る手段はあと一つだ。傷を癒やすのに十分な量の【オリジン】を『補充』すること。他の神々であれば自身の【オリジン】が『魔族』などの中で成熟し、力を増すのを待たねばならない場面だろうが、この僕は違う。


 この世界には、眠りについた他の神々の【オリジン】があるはずなのだ。ならば、それを奪えばいい。僕には他人の【世界】すら乗っ取ることのできる『支配』の力がある。ならばそれを使って、他人の【オリジン】を乗っ取ればいい。


 しかし、そんな僕の目論見は、なかなか実を結ばない。


〈何故だ? どうしてこの世界には、【オリジン】がないんだ?〉


 僕は激しく狼狽えた。あり得ない。これは異常事態だ。僕の与えた力の欠片『エデン・アルゴス』で創ったらしい【異空間】の都市には、多くの『魔族』が集まっている。だと言うのに、それらの『魔族』には【オリジン】がほとんど存在しないのだ。


 あのメゼキスとか言う『魔族』もそうだったが、どうやらアレが出来損ないだったというわけでもないらしい。僕は訳が分からなくなって、世界中に『意識の網』を広げてみた。だが、やはり同じだ。


 けれど一番不可解だったのは、非力なはずの『人間』たちの魂に【オリジン】の残骸らしきものがあることだ。しかし、僕としては『ジャシン』への恐れにけがれ、まるで役に立ちそうもない『それ』を掻き集めてみる気にはなれなかった。


〈どうなってる? 僕がいなくなってから、この世界に何が起きたって言うんだ? そ、それに……さっきから、何なんだよ! この絡みつく糸みたいなものは! くそ! 情報が足りない! 誰か、誰かいないのか!〉


 僕は不快感に身悶えながら、『魔族』の都市を飛び回る。

 そうしているうちに、僕は見覚えのある奴に気付いた。


〈おい、何をやっている?〉


 そこは建物の地下奥深く。一人の『魔族』が奇妙な構造物をいじっている。【僕の世界】にもあった【機械装置】にも見えたが、もう少し単純な造りをしているようだ。


「ひはははは! もうすべてが終わりだ! ひゃはは! 『神』のいないこの世界など、滅んでしまえ! さあ、さあ、さあ、わたしが数百年をかけて生み出した最強の『幻想生物』よ! 今こそ目覚めの時だ!」


 男は狂ったように叫び続けており、僕の声にも気づいた様子はない。


「思い知れ! ただの道具が! 思い知れ! 背教者どもが! 我こそは『神』の意志を世界に伝える者ぞ! さあ、行くがよい。『クロスクロスクロス』! 凡百の屑どもが! 数百の【魔術核】を体内に備え、数百年分の生命力と【魔力】を蓄えし『神の獣』に抗う術など、もはやない!」


 駄目だこれは。魂の感触からすれば、あの時接触したメゼキスという男に間違いないようだが、完全に気が狂っている。僕に心酔する『魔族』の姿は見ていて心地よかったけれど、ここまで行くとかえって興ざめだ。


 もっとも、この男について言えば、不完全な延命魔法による肉体の維持に無理があったのか、僕が接触した時点でも既に正気を失っていたようなものだった。いずれにしても白けた気分となった僕は、その場を後にしようとした。


 だが、その時──僕は地下室の中に、新たな気配を感じた。


「……メゼキス・ゲルニカ。汝はもう用済みだ。我が主、リオネル様のために、よくぞここまでやってくれた」


 その声に、ようやくメゼキスは振り向く。


「貴様は、聖堂騎士団長か! おのれ、リオネルの犬めええええ!」


 でっぷりと肥え太った体に無数の配管らしきものを付けたまま、狂った男は不倶戴天の敵を見つけたかのように憤る。


「リオネル様からのお言葉だ。心して聞け」


 聖堂騎士団長と呼ばれたモノは、気の触れた相手の姿など微塵も気にも留めず、無機質な声で告げる。


「『我が願いの成就。その障害となる最たるものは、『混沌』であった。だが、この数百年、汝が我の『仮想敵』であり続けてくれたおかげで、この都市の政情は安定を保つことができた。ゆえにご苦労だった。礼を言おう』──以上である」


「うるさい! だまれええ!」


 白亜の鎧を着こんだモノは、メゼキスの叫びにまともな反応を返さない。ただ、命令を忠実に遂行しているのみ。そんな姿には、僕が【ヒャクドシステム】に組み込んだ【機械兵】を想起させるものがあったが、それだけではない。その奥には、メゼキス以上に狂った信仰が感じられる。


「あの御方の憧れ……『惨劇の天使』が帰還した以上、『ここから先』に安定など必要ない。むしろ、『混沌』こそがあの御方の望みなのだから」


 がちゃりと音を立て、白い鎧騎士は背中に背負う赤黒い剣を抜き放つ。それは、この僕でさえ底知れないものを感じてしまうほど、禍々しい剣だった。


「ひゃははははは!」


 しかし、事の成り行きを見守る僕の前で、メゼキスは狂ったように哄笑する。


「無駄だよ! 今さらもう遅い!『クロスクロスクロス』は、この『都市』を破壊する! 貴様にもリオネルにも、逃げ場などない!」


 身体に繋がる配管のようなものを引きちぎり、メゼキスは一歩、また一歩と自分から白亜の鎧へと近づいていく。


「ぎひひひ……哀れな人形め。その信仰は造られしもの。仮初のモノ。真実は、貴様自身の中にはない!」


「我が主の命を遂行する」


 不気味な剣が振り上げられ、振り下ろされる。ただそれだけで、僕を慕い、僕のために数百年の時をかけ、僕にすべてを捧げ続けた『狂信者』は、その命を失った。無論、クズの一人がどんな死に方をしようが、僕の知ったことではない。


 だが、わずかとは言え憐憫の情はある。複数の身体を有していたらしいこの『魔族』の最後に、僕は自身を重ねてしまったのかもしれない。


〈……ふん。『魔族』同士の小競り合いか。つまらないものを見たな〉


 僕は一人、誰にも聞こえないはずの声でつぶやくと、今度こそその場を後にしようとした。だが、その時──。


〈そう? 私は結構、面白かったけどな〉


 美しい女性の声。僕は、一瞬でそれに心を奪われた。何かに縛られたように、動けなくなった。声のした方に意識を向ければ、そこには一人の女性がいる。美しい銀の髪。無邪気な笑顔。なにより彼女には、一切の穢れが無い。


〈……き、君は?〉


 無意識に、そんな言葉が口から出た。見た限り、彼女は僕と同質の力を持っている。つまり、同族だ。意外なことに、この世界にも穢れを知らない『神』が他にも残っていたらしい。


〈私? 私はシェリエル〉


〈シェリエル? 聞き覚えのない名だな……〉


 もちろん僕だって、あの当時、世界に存在した七十七万七千七百七十七柱の『神』の名前すべてを知っているわけではない。けれど、こんな世界で穢れを持たずにいられるような強力な『神』ならば、僕が名前を知らないのは不思議なことだ。


〈そう? それなら、これを機会に覚えてね?〉


 彼女はそう言って、屈託のない笑顔で笑う。


 そんな場合でもないのだが、僕は彼女にますます心を奪われた。かつてのファラリエルのような……いや、それよりもさらに天真爛漫で自由で、穢れのない美しさに満ちた女神。


 そんな女神を支配して、僕の思うがままにできたなら最高だ。ああ、支配したい。束縛したい。美しい彼女が組み伏せられて、僕の意のままになるところが見てみたい。どす黒い欲望が、僕の中から溢れ出す。


〈くくく……〉


 僕のそんな精神状態に応じるように、僕の精神体からは『支配の力』が溢れ出し、彼女に向かってどろどろと流れていく。


〈ん?〉


 彼女はまだ、気付かないのだろうか? 僕の力に軽く触れ、くすぐったそうな顔をしている。


〈どうしたの?〉


〈…………〉


 おかしい。大体、ほとんど自制が効かなくなっているこの僕の『支配の力』に触れておきながら、『くすぐったい』はないだろう。並みの『神』ならとっくに支配に屈していてもおかしくは無いのだ。


〈な、何者なんだ? そもそも、君の……『神の種族』はなんだ?〉


〈種族? ああ、そんなものないよ。だって私、『神』とかじゃないし〉


 僕が発した『支配の力』を手の先で楽しそうにもてあそび、軽やかな声で笑う彼女。


〈『神』じゃない? でも、だったら……その力は……〉


 明らかに僕らと同じ力を持ちながら、『神』ではない? しかし、『ジャシン』であるとも考えにくい。彼女には、穢れなど微塵もないのだから。


〈力? ……ああ、ごめんごめん。驚かせないようにと思って隠してたのに、少しだけ見えちゃってたんだね。じゃあ、もう隠さなくてもいいかな?〉


〈え?〉


 彼女が何を言っているのか、僕にはわからない。けれど、その直後のことだった。


〈え? え? ひ、ひいい! うわあああああ!〉


 僕は一瞬で恐慌状態に陥り、悲鳴を上げた。信じられない。

 なんだこれは! なんなのだ、この化け物は! おかしい。異常だ。狂ってる。こんなものが、この世界に存在していいはずがない!


〈あらら、そんな顔すると、いい男が台無しだよ?〉


〈う、ああ……な、なんなんだよ、あんた。『神』でもないのに、どうして……そんな……〉


 僕は震える声で問いかける。しかし、彼女は僕の問いなど無視するように笑うだけだ。


〈私ね。実は、心残りだったんだ〉


〈な、なにが……?〉


〈あなたが、この世界からいなくなったことが〉


〈ぼ、僕が?〉


 意味が分からない。だが、この『存在』がもし、僕に好意を持っているのだとすれば……これを利用しない手はない。


〈可愛いなあ〉


 彼女は口元に手を当て、クスクスと笑う。むしろ『おぞましい』と呼ぶべき次元の美しさを備えた彼女の姿に、僕は震え上がるような恐怖を覚えた。


〈……ぼ、僕もこの世界が忘れられなくてね。だから戻ってきたんだ〉


 必死で恐怖を抑え込み、相手の反応を確かめるように、そんな言葉を口にする。上から目線は気に入らないが、今は力の差が絶望的だ。どうにか機嫌を取るしかない。


〈うんうん。そうやって『儚い希望』にすがる姿。本当に可愛い〉


〈え?〉


 彼女は、何を言ったのだろう? 僕は理解できない。いや、理解するのが怖かった。


〈うん。やっぱり君は、とってもとっても『おいしそう』だね。デザートには、ちょうどいいかも〉


 ここにきて、僕はとうとう耐えきれなくなった。思わず声を張り上げる。


〈な、なんなんだよ! お前は! いい加減にしろ! 僕を馬鹿にしているのか! くそ! デザート? どういう意味だ! 僕の質問に答えろ!〉


〈あはは。怒った怒った。面白い面白い。うん。いいよ。……教えてあげる〉


 僕は後悔する──彼女にそんな質問をぶつけたことを。

 なぜなら、彼女から返ってきた答えは、そのまま『絶望』を意味するものだったからだ。


〈君で七十七万七千七百七十一番目の……お食事なの。ほら、さすがにそろそろ『デザート』でしょ?〉


 この世界に戻ってきてから、ずっと感じていた『絡みつく糸』。

 その発生源ともいうべき存在が、目の前にいる。

 神々なき世界において、『魔族』の中に眠っていた【オリジン】。

 そのすべてを『穢れ』を除いて根こそぎ奪い、我がものとした存在。

 

 異世界へと消えた『四柱神』。

 存在を地に落とされ、『神』ではなくなったラディス・クヴェド。

 『魔族』ではなく人間に、己の【オリジン】を分け与えていたトリス・シャクナ。

 そして、隔離空間に閉じ込められていたファラリエル・カルラ。

 

 それらを除く七十七万七千七百七十柱の『神』の【オリジン】

 その行く末は、彼女の『胃袋』の中だった。


〈いただきまーす!〉

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