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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第19章 栄華の庭と世界の絶望
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第190話 喧嘩するほど仲がいい?/海千山千

     -喧嘩するほど仲がいい?-


 半壊した『神々の集会場』に集うあたしたち。

 遠くに見えていた炎の壁も既に消失している。エイミアとエリオットくんたちの戦いも、どうやら終わったみたいだった。


 ヴァリスの“超感覚”で確認する限り、二人とも命に別状はないとのことで一安心。


 ──それはともかく

 絶対絶命だったあたしたちを救ってくれたのは、あまりにも意外な三人組だった。


 ノラとシャルちゃんが互いの無事と再会を喜び合って抱擁しあうその脇で、ファラちゃんに襟首を掴まれているのは、黒髪を首の後ろで結い上げ、白銀の騎士鎧で身を包む一人の女性。確か、アレクシオラと名乗った女神様だ。


 旧知の間柄の思わぬ再会は、それぞれの関係性を象徴するような形をとっていたけれど、中でも一番気まずい雰囲気なのは、もちろん、ルシアくんとフェイルだった。


「…………」


 憮然とした顔で黙ったまま、フェイルに目を向け、それからすぐに視線を逸らすルシアくん。一方のフェイルはと言えば、そんな彼の視線など意にも介さず、周囲を見渡している。でも、今やあたしの『目』には、彼の感情も良く見えていた。


 『意にも介さず』というのは、見た目だけの話。実のところ、彼の感情を一言でいえば、『バツが悪い』ということになる。ここに出現した時に自分で口にした通り、この状況を「無様だ」と思っている。そう言い換えてもいいかもしれない。


「…………」


 彼が周囲に視線を巡らせているのは、言うべき言葉やとるべき態度が自分自身でもわからないからに違いない。見ているこちらの方が、いたたまれなくなるような沈黙が続いている。


「……お、おい」


 ようやく、口火を切ったのは、ルシアくんだ。


「……なんだ?」


 つぶやくように応じるフェイル。


「とにかく、状況を説明しろ。何が何だかさっぱりわからん」


 ぶっきらぼうに言い放つルシアくん。とりあえずの感情面は別にして、状況説明という事務的なやり取りから入ろうという考えらしい。


「……それもそうだな」


 そんな彼の提案に、フェイルが納得したように頷く。でも、彼の目は、先ほどからファラちゃんに締め上げられて半泣き気味の女神様へと向けられていた。


〈……うう、な、何か用?〉


 その視線に気づいた彼女、アーシェさんはファラちゃんから逃れるようにフェイルの傍へと駆け寄っていく。


「……この茶番を仕組んだのは、お前だろう。ならば、お前からすべてを説明するべきだ」


 呆れ気味に言うフェイルの顔には、諦めにも近い表情が浮かんでいる。この女神様に真面目な態度を期待しても無駄だということを、彼はすでに悟っているみたいだった。


〈茶番? でも、説明なんて言うほど、難しい話じゃないわ。わたしはハイアークが大っ嫌いなの。だから、大好きなお姉様をアイツに攫われるのが嫌だっただけよ〉


「は?」


 まるで要領を得ない言葉に、ルシアくんが呆気にとられた顔になる。


〈……アーシェ。お主は相変わらずだな。ここで皆が聞きたいのは、お主の個人的な動機ではなく、ここに至るまでの経緯だ〉


 ファラちゃんがこめかみを押さえるように言う。アーシェさんのこんな受け答えは、いつものことらしい。あたしの『目』にも、彼女の思考が恐ろしく直情的だということはわかるけど、それだけに、彼女の行動の理由は心が読めてもわからない。


〈経緯? わたしが何をしたかってことね。えーっと、まず、ハイアークが『竜族』を犠牲にした隔離空間の計画を発表した時、それをこっそりお姉様に教えたでしょう? それから……お姉様が『竜族』を助けに行くのを見計らって、後をつけて……『カルラ』の名を奪ってから隔離空間に突き落として……それからアイツらと一緒に【異世界】の創世に携わって……〉


〈ちょっと待てい!〉


 何かを思い出すように言葉を続ける女神様の肩に、スナップを利かせたファラちゃんの手が叩き込まれた。


〈いたた! 何するのよ、お姉さま?〉


〈何するの、ではないわ! 今度は肝心の動機が抜け過ぎておるだろうが! 加減と言うものを知らんのか、お主は!〉


 激昂するファラちゃんは、頭痛をこらえるように顔をしかめている。


〈やーねー、怒らないでよ。わざとに決まってるでしょう?〉


 アーシェさんは満面の、というより会心の笑みで笑う。


〈なおさら怒るわ、このたわけが!……どうしてお主は、わらわから名を奪った? わらわが憎かったのではないのか?〉


〈憎い? そんなわけないでしょう。わたしの憧れのお姉様だもの〉


〈じゃあ、なぜだ?〉


〈えー? だってそんなの、決まってるじゃない〉


 意地悪そうに笑みを浮かべる女神様。くねくねと身体を揺らす彼女は、悪戯を成功させた少女のように得意げだった。


〈む?〉


 ファラちゃんは、そんな彼女の表情に嫌な予感を覚えたらしい。少しだけ怯んだ気配を見せた。


〈神の種族の名前なんて、お姉様が愛しい人と結ばれるのに、邪魔なだけでしょう? だから、後腐れがないように奪ってあげたの〉


〈いい!?〉


 顔を真っ赤にして絶句するファラちゃん。


 ああ、なるほど。あたしとルシアくんはお互いの目を合わせる。これでようやく、あたしたちがファラちゃんの昔話を聞いた時の疑問が解消された。

 グランさんと『真名』の交換をしたファラちゃんは、ハイアークに対し、『ファラ・グラン』だと名乗った。それこそが恐らく、妹が姉の名を奪った理由。


〈ぐぐ……! お主と言う奴は!〉


〈まあ、奪った名前と力の断片は、あの時、お姉様が【魔鍵】になったという嘘をハイアークに信じさせる役にも立ったけど〉


〈……ぬ〉


 付け足しのように続けたアーシェさんの言葉に、ファラちゃんは押し黙る。これを計算してやっているのならともかく、全部その場の『思いつき』なんだから始末に負えない。

 ファラちゃんがいつか、『手のつけられない妹』だと嘆いていた気持ちがよくわかる。


「……じゃあ、俺の世界で、あんたが俺にあんな真似をした理由はなんだ?」


 黙ったファラちゃんに続き、そう問いかけたのはルシアくんだった。


〈もちろん、あなたが愛おしかったからよ。トライハイト〉


「……冗談はよせ。俺は真面目に聞いている」


 顔をしかめてアーシェさんを睨むルシアくん。


〈わたしだって真面目だわ。……あの世界を創世する時のこと。女神ルシアが生み出した『生命』の精神性に、わたしはある仕掛けを施したわ。いつ発芽するかもわからない、小さな小さな種のようなものをね。ハイアークにばれないようにするには、それしか手が無かった〉


「…………」


〈それから、千年近くもわたしは待ったわ。ルシアとヴォルハルトを取り込んだ忌々しい【システム】が何度も作り直されるのを、アイツの手から逃れた暗闇で、わたしはずっと見つめ続けた。……そしてあの時。わたしはようやく、トライハイト──あなたに出会えた。それがどれだけ嬉しいことだったか、あなたにはわからないでしょうね。……千年ぶりに、愛しい息子に会えたような気分だったわ〉


「……俺は、アンタに造られた。そういうことか?」


〈いいえ。わたしは、あなたという『イレギュラー』のきっかけを与えただけ。それでも、わたしの『衝動の結果』であるあなたは、わたしにとって息子も同じ。……そこのノラと同じにね〉


 アーシェさんの言葉に、ノラは嬉しそうに微笑んでいる。……そっか。彼女もまた、自分を認めてくれる人に出会えたんだ。


〈でも、【システム】を破壊するには、あなたはあまりに非力だった。だから……〉


「だから、俺を救い、俺を突き落とし、俺を鍛えた。……勝手なもんだな」


 吐き捨てるように言うルシアくん。


〈そうね。でも、わたし、謝らないわよ。わたしは自分の決断を後悔なんてしないのだから〉


「……謝罪が欲しかったわけじゃない。理由が知りたかっただけだ。……あの時、あの小屋で、俺の寿命が尽きるまで『ナオ』と過ごすことができたとしても、きっと今ほど充実した人生にはならなかっただろう。だから俺は、結果的には、あれでよかったのだと思ってる」


〈そう、それはよかったわ。……でも、意外だったのはその後よね〉


 言いながら、アーシェさんはシリルちゃんへと視線を転じる。その目には、感心したような光がある。


〈あなたには、本当に驚かされたわ。……シリル。ハイアークによって完全に隔絶された無謬の【異世界】。いくらトライハイトが『イレギュラー』だったからと言って、その境界線を越えてこちらの世界に【召喚】するなんて、今でも信じられないような奇跡よ〉


「……わたしは、必死だっただけ。苦しくて辛くて、神様でもなんでもいいから、自分を助けてほしいと、身勝手に、我が儘に願ってしまっただけだもの……」


 それを恥じているとばかりに、シリルちゃんはうつむき加減でつぶやいた。


〈……そう。あなたもちゃんと、『足掻いた』のね? 諦めるのではなく、貪欲に未来へと手を伸ばした。だとすれば、彼が【召喚】されたのは、奇跡なんかじゃなく、当然の結果だわ〉


 先程よりもさらに感じ入ったように、シリルちゃんを見つめるアーシェさん。

 けど、そこであたしはふと疑問に思う。


「で、でも、それじゃあ、アーシェさんが困ったんじゃないのかな? ルシアくんは千年間待ち望んだ逸材だったんでしょう?」


 あたしの問いかけに、アーシェさんがこちらを振り向く。


〈むしろ、ちょうど良いと思ったわ。あのまま鍛えていても、限界があったのは確かだし……何より、こちらの世界には、わたしがいざと言う時のために残した『聖剣』があったから〉


 彼女は踊るような動きで、フェイルの腰に差した剣を指差す。


「……ルシアでなくて、生憎だったな」


 それを受け、フェイルが皮肉に満ちた言葉を吐く。けれど、アーシェさんはけらけらと笑っていた。


〈いいえ。最高よ。さすがのわたしも、まさかルシアがお姉様の『扉』になるなんて夢にも思わなかったし、そのおかげで貴方という新しい『息子』にも出会えたんだもの〉


「勝手に人を息子にするな。反吐が出る」


〈やーねー、反抗期なのかしら?〉


 どこまでも冷たく突き放すようなフェイルの返事にも、アーシェさんはまったく動じた様子もなく、ぬけぬけと言い放つ。それを聞いたフェイルは、何かを言おうと口を開きかけ、結局、諦めたように口を閉ざす。


「ぶふ!? あはははははは! いやあ、なるほどねえ! 反抗期か!」


 ルシアくんは、とうとう堤防が決壊したのか、フェイルの無愛想な顔を指差しつつ、お腹を抱えて爆笑しはじめた。


「…………」


 ジロリ、と彼を睨むフェイル。あれ? これって……


「ぶははははははは! 格好つけて澄ました顔で『反吐が出る』とか言っちゃって、反抗期って! ぎゃはははは!」


 えっと……いくらなんでも笑いすぎなんじゃ……


 と、その時だった。しゅらり、と金属が擦れるような音がする。


「ははは……って、あっぶねえ!」


 ルシアくんの焦りの声と共に響いたのは、剣と剣がぶつかり合う音だ。


「いきなり、何しやがる!」


「笑い声が耳障りだ。ちょうどいい。以前は殺し損ねたが、今度こそ殺してやろう」


「はあ? 殺し損ねただ? 自分で負けを認めやがったくせに何を言ってやがる」


「ああ、あの時は俺も血迷っていたのだろう。だから今度は迷いなく、間違いなく、しっかり殺してやると言っている」


「やれるもんならやってみやがれ!」


 つばぜり合いを続けながら、毒づき合う二人。あたしはそんな光景を呆気にとられて見つめた後、我に返って隣のヴァリスに問いかける。


「……えっと、ヴァリス。これって止めなくてもいいのかな?」


「放っておけ。子供同士のじゃれ合いを邪魔する理由もあるまい」


「うん、そうだね……」



-海千山千-


 そんなやり取りをしているうちに、エイミアとエリオットの二人が、ようやく姿を現した。


「二人とも、無事でよかった!」


 アリシアが嬉しそうに二人へと駆け寄っていく。


「ああ、心配かけたな」


 飛びついて来たアリシアの身体を受け止め、にこやかに笑うエイミア。一方、ルシアはエリオットへと近づいていく。


「まったく、二人とも妙な意地を張りやがって……」


「あはは。やっぱりばれてたか」


 呆れたようなルシアの言葉に、ばつが悪そうに頭を掻くエリオット。


「あの……レイフィアさんはどうしたんですか?」


 シャルの問いかけには、エイミアが自分たちの歩いてきた方を指差して答える。


「ああ。まだ、あっちにいるよ。何と言うか……『あの場』に残ることができるなんて、彼女も大したものだよ」


 何故か呆れたような顔で首を振っている。


「で? こうして無事に戻って来たってことは、勝ったのか?」


 ルシアがそう訊くと、エイミアとエリオットは揃って微妙な顔をした。お互いに顔を見合わせ、何と言うべきか考えているようだ。


「ん? 違うのか?」


「……いや、勝つには勝ったよ。僕もエイミアさんも、間違いなく、あいつら二人に戦いでは打ち勝った」


「じゃあ、何だよ?」


 すると今度は、エイミアが肩をすくめて応じる。


「いや……なんというか、ある意味では『わたしたち』の完敗だったかなと思って……」


「つまり、勝ちを譲られたとか、そういう話か?」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」


 要領を得ない言葉を繰り返すエイミアに、ルシアは諦めたように首を振り、話題を別に転じる。もちろん、最初に話すべきはお互いの状況だ。特にエイミアたちには、この場にいるはずのない人物の存在について、説明してやる必要があるだろう。


 そうして、慌ただしく情報交換をすることしばらく──

 シリルから連絡を受けてやってきたノエルたちと合流を果たした我らは、ここに来た目的を果たすべく、準備に取り掛かる。


 ──最後の楔。


 長かった聖地の巡礼も、とうとう最終目的を果たす時が来た。我は《転空飛翔エンゲージ・ウイング》により増幅された自身の【魔力】を余すとことなく『クロイアの楔』本体に流し込む。


 すると、金に輝く小さな楔は、これまで同様、空間に溶け込むように消えていく。


「……ふう。さすがに本体の『設置』は骨が折れるな」


 我は全身を襲う脱力感を覚えながら、大きく息をつく。ハイアークが建物を根こそぎ吹き飛ばしてしまったせいもあり、我らの頭上には真っ青な空が広がっている。


「でも、流石は『竜族』だね。あのメゼキスだって『楔』を使うための【魔力】の確保には相当の労力と時間をかけていたみたいだったのに、こんなにあっさりやってしまうんだから」


 感心したように声をかけてきたのは、先ほどまで具体的な設置場所や【魔力】の注ぎ方などを我に指示していたノエルだ。どうやら治療は終わったらしく、彼女の傍らにはラーズの姿もある。


「メゼキス……か。結局奴は、何がしたかったのだろうな?」


 状況を引っ掻き回すだけ引っ掻き回しただけで、何がしたかったのかすら、良く分からない。


「難しいことなんてないわよ。あいつが自分で言っていたでしょう? ……長年の悲願だった『神』を召喚して、世界を自分の理想通りに造り替えようとした。でも、身の丈に合わない所業の代償として、自らの身を滅ぼした。……そんなところね」


 シリルは吐き捨てるように言う。


「それはわかる。だが、やり方が回りくどすぎる気がしてな」


 最初に相対した『メゼキス』は、恐ろしく強かった。あれほど強力な手駒を持ちながら、あえてそれを捨て駒にし、あんな風に奇襲を仕掛ける必要などあったのだろうか。


「……僕は何となく、彼の行動には親近感を覚えるね。……要するに『万全主義』に徹したということなんだろうさ。裏方でいれば、それだけ危険が少ないってわけだ」


 我の疑問に、ノエルは遠い目をしてつぶやく。


「だが、最後には出てきたわけだろう?」


「同じことだよ。部下の『エージェント』に裏切られることでさえ、想定していた結果だね。万全主義を求めるなら、最後の最後に信用できるのは『自分』だけだ。僕のように自分を複数造りたくなるのも、わからなくはないよ」


 そこまでして求めたものが、ああも理不尽で自分勝手な『神』とあっては浮かばれまい。そう思わないではなかったが、そこで別の懸念を口にしたのはシャルだった。


「で、でも、もしノエルさんと『同じ』なんだとしたら……彼も、他の身体がまだ残っていて、生きているっていう可能性もあるんじゃないでしょうか?」


「そうだね。でも、彼はもう死んだようなものさ。信仰の対象が滅びた以上はね」


「自暴自棄になって、何をやらかすかわからない。そんな気もするけどな」


「それは考えても仕方ないよ。せいぜい……用心することにしよう」


 ルシアが不安げに口にした言葉にも、ノエルは軽い調子で答えを返す。とはいえ、彼女が『せいぜい用心する』と言った時の『用心』が並大抵のものでないことは、ルシアも我も身に染みて知っていることだ。


「で? この後はどうする?」


 ルシアの問いかけに、ノエルは小さく首を振る。


「正直、状況が混乱し過ぎていて判断に迷うね。予定ではこの後、『魔導都市』での【儀式】に合わせて、ここの『楔』を起動させるつもりだったんだ。シリルを中心とした一帯を除く、世界全ての時間停止。まあ、ここで『楔』の制御を担当する僕の時間も止めないようにしないといけないけどね」


「でも、その前に……どうしても乗り越えなければいけない大きな障害がある」


 シリルは、ノエルの言葉の後を継ぐように言葉を続けた。


「リオネルと聖堂騎士団……だよね?」


 アリシアは【水の聖地】での聖堂騎士団の猛威を思い出してか、心配そうな声音で言う。


「それもそうだけど……何よりも危険なのは『彼女』だわ」


 それから、シリルが語った話は、驚愕の一言に尽きた。前々から異常だとは感じてはいたものの、まさか『シェリエル』がそこまで常軌を逸した存在だとは思いもしなかった。

 『世界を手足と為す』など、身の程知らずもはなはだしい考えだが、そんな考えを思いつくこと自体が恐ろしい。


「だから……ラーズ。単独で『魔神』に打ち勝ち、『世界の絶望』と呼ばれるほどの【歪夢】でさえ消滅寸前にまで追い込んだ貴方の力は、この先、間違いなく必要になるわ」


「……無論、協力はさせてもらうつもりだ。『竜族』の誇りにかけて、我は戦うと誓おう」


 シリルの呼びかけに、頷きを返すラーズ。だが、その眼には、なおも悔恨の念が垣間見えた。


「……兄者。ノエル殿から話は聞いた。まさか兄者が竜王様からの使命だけでなく、世界の命運をも担おうとしていたとは……。それに比べ、我としたことが……」


「もう止せ。先ほども言っただろう。自分を卑下してなんになる。そんな様では、今後、我がお前を頼りにしたくとも、できないではないか」


「……兄者」


「ふふふ! あたしもラーズさんのこと、すっごく頼りにしてるからね。一緒に頑張ろう?」


「……あ、姉上さま!」


 感極まったような目を向けるラーズ。アリシアに向けるその目には、かつて我の背を追いかけてきていた頃以上の憧れの色があるように思えた。


「うう……姉上さまは、よしてよ」


 そんな視線を受け、彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。


「……それから、そっちの三人。できれば貴方たちにも協力してもらいたいわ」


「シリル?」


「ええ!?」


 シリルの思いがけない言葉に、ルシアを始めとした数人が驚きの声を上げる。


「……世界と無理矢理連結させられて、ようやくわかったの。彼女……『シェリエル』こそが、世界を蝕む【狂夢】の中心なのよ。そんな彼女からこの世界を取り戻そうというのなら、手段は選んでいられない。というか、何処まで手を尽くしたところで……それこそ『万全』には程遠いわね」


 彼女はそう言って目を伏せる。


〈なあ、アーシェ〉


〈なあに? お姉様?〉


〈いや、『なあに?』ではない。わかっておるだろう?〉


〈わからないわ。望みがあるなら、言ってくれなくちゃ〉


 意地の悪そうな顔で笑う情念の女神。こんな場面だというのに、おどけたように笑っている。いつ如何なるときも、彼女はこの調子なのだろうか?


〈むぐぐ……! わ、わかった。……頼む。わらわたちに力を貸してくれ。お主の力が必要なのだ〉


 悔しそうに歯ぎしりしながら、ファラ殿はアーシェ殿に頭を下げる。すると彼女は、にやにやと笑いながら、ますます身体をくねらせる。


〈うーん、どうしようかしら? 別に、わたしはこの世界に執着があるわけじゃないしー?でも他ならぬお姉様の頼みだしー?〉


〈ぬぐぐぐ!〉


 どこまでも人を食ったような態度に、ファラ殿の顔が徐々に赤みを帯びていく。


〈ハイアークは片付けたんだし、正直、ここには用が無いのよねえ……〉


 ちらちらとファラ殿の顔色を窺いつつ、焦らし続けるアーシェ殿。

 だが、とうとう……


〈ぬがあああ! いい加減にせんかあああ! 四の五の言わずに黙ってわらわの言うことを聞け! この性悪娘があああ!〉


〈え? あ、ちょっと、お姉様? うそ? 昔より気が短くなってない? きゃああ!〉


 堪忍袋の緒が切れたファラ殿は、アーシェ殿の襟首をつかむと、ガクガクと前後に揺さぶりながら声を荒げ、叫び続けている。


〈わかった! わかったから! 協力させていただきますから、揺らすのは止めてええ!〉


 『神』でも目を回すということがあるのだろうか? ようやくファラ殿から解放されたアーシェ殿は、ふらふらとよろめきながら大きく息をついている。


〈ふん! まったく、性格の悪いところは相変わらずだな!〉


〈姉様こそ……口喧嘩で勝てないと暴力に訴えるところは相変わらずだわ……〉


 蒼い顔で首を振るアーシェ殿。だが、そんな二人のやりとりに異を唱える者がいた。


「勝手に話を進めるな。俺は何も承知していない」


 フェイルだった。その言葉を受けて、一同の間に緊張が走る。先ほどは何の意図があってか、こちらを助けるような真似をしたこの男だが、これまで何度も殺し合いを演じ、時に煮え湯を飲まされてきたような因縁の相手なのだ。


 そうやすやすと共闘するなどという話になるはずがない。しかし、きょとんとした顔でアーシェ殿は意外な言葉を口にする。


〈あれ? まだいたの? 用が無いなら、もう帰って良いわよ?〉


「なんだと?」


 フェイルは、唖然とした顔で聞き返す。


〈ここから先は、あなたの自由意思よ。あっちに戻りたければ戻ればいいし、わたしは何も束縛しないわよ〉


 突き放すような言葉。フェイルは調子を狂わされたように黙り込んだ後、それでも意地を張るように言う。


「……ふん。なら、そうさせてもらおう」


 だが、その直後のことだった。


「……フェイル。行っちゃうの?」


 いつの間にかフェイルのすぐ隣に立ち、その袖を引くようにしながら奴の顔を見上げているのは、真紅の髪の少女だ。


「ワタシ、この世界を護りたい」


 懇願するような目でフェイルを見上げる少女、ノラ。


「……この世界は、かつてお前を拒絶した世界だ。それを護ると言うのか?」


「……かもしれない。でも、ワタシと友達になってくれた子がいる世界なの。ワタシを娘だと言ってくれた人がいた世界なの。……そして、ワタシを救ってくれた、あなたが生まれた世界なの……」


 ノラは声を震わせて、必死に訴えかけている。そんな彼女のことを、フェイルは無表情のまま見下ろしている。


「手を離せ」


「フェイル……!」


 涙に濡れた顔を上げるノラ。しかし、袖を掴む彼女の手を振りほどいたフェイルは、そんな彼女の涙を拭うように頬を撫でた。


「いちいち泣くな。面倒だ。……わかった。まあ、俺が生きた世界が得体の知れない奴の思惑に踊らされていたのだとすれば、そいつには報いをくれてやる必要があるだろうな」


 投げやりな言葉を吐くフェイルに、ノラはたちまち顔を輝かせて叫ぶ。


「ありがとう、フェイル! ……大好き!」


 感極まったように抱きつくノラ。


「……嘘だろ? なんだあれ?」


 呆然とした顔でつぶやくのは、ルシアだった。彼の目には、自分に抱きつく少女を戸惑い気味に見下ろし、身体から引き剥がそうとしては、その手に力を入れられないでいるフェイルの姿が映っている。


〈うふふ。それじゃあ、みなさん。はぐれ者とひねくれ者とつまはじき者のわたしたちだけど、どうかよろしくね?〉


 彼女は、この結果を予測していたのだろうか。情念の女神は、衣装の裾を優雅に広げて一礼してみせたのだった。

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