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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第2章 冒険者ギルドと新たな出会い
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幕 間 その2 とある受付嬢の一日

     -とある受付嬢の一日-


 わたし、リラ・ハウエルの一日は、惰眠を貪る兄を叩き起こすことから始まります。


「ぐは! 相変わらず、刺激的な起こし方をしてくれるな。妹よ」


 ここ、ツィーヴィフの町のギルドには、すぐ近くにギルド職員専用の宿舎があるので、そうそう朝早く起きなくとも仕事には間に合うのですが、それにも限度と言うものがあります。

 のろのろと身支度を始めるものぐさな兄を尻目に、パンとサラダとスープを用意し、テーブルに食器を並べ、席に着いて食事をとります。

 そして、わたしが自分の朝食を食べ終わる頃になると、ようやく食い意地の張った兄がやってきて、わたしの用意しておいた食事をガツガツと食べ始める。それがいつもの朝の光景です。


「いやいや、妹よ。事あるごとに『兄』の頭に否定的な言葉を付けるのはどうかと思うぞ?」


 至って妥当な表現だと自負していますが。


「自負までしてんのかよ。まあ、なんだかんだいって、しっかり俺の朝食を用意しておいてくれるところが、可愛いんだよな。素直じゃないというか」


 わたしは食が細いので、食べきれないものがあるだけです。残飯処理係は必要でしょう。


「へいへい。で、今日だけど、午前中に引き継ぎを終えたら、午後には出発するつもりだから、よろしくな」


……。


「おいおい、そんなにさびしそうな顔するなよ。ほんの2、3か月出かけてくるだけだろう?お土産ならちゃんと買ってきてやるって」


 わたしは愚かな兄の戯言を無視して、部屋を出ました。試験官と違って、受付嬢の朝は早いのです。

 わたしはいつもどおり、ギルドの受付に到着し、他の事務職員にあいさつしながら自分の受け持ち部署、窓口の椅子に腰かけました。

 席の前にある操作端末に右手を当てて、魔力波動を読みこませ、装置を起動します。

 はじめてギルドの業務に携わった時は、最先端の魔導技術の結晶とも言うべき、これらの装置に驚きを隠せなかったのですが、慣れてしまうとなんだか虚しいものです。


「いらっしゃいませ。ツィーヴィフ冒険者ギルドへようこそ!」


 わたしはここ数年で身に付けた営業スマイルで愛想を振りまきながら、応対を開始します。わたしの接客術は、自分で思うよりずっと向上していたらしく、わたしがこのギルドに来てから立ち寄ってくれる冒険者の数が増えたともっぱらの評判なのが、わたしのひそかな自慢です。


「はっはっは。リラさん。今日もお綺麗ですね」


「リラちゃん、何かいい仕事ないかい?」


 次々と声をかけてくれる冒険者のみんな。わたしもかつては冒険者で、カウンターの向こう側に立っていたんだと思うと懐かしい気持ちもあり、できるかぎり皆さんのお力になりたいと強く思うのです。


「ところで、リラちゃん。ライルズさんは今日、出発するんでしょ?お休みでももらって、兄妹水入らずで過ごせばよかったのに」


 と、同僚の女性に言われましたが、風来坊の兄がいなくなるのはいつものことです。

 別に、いまさらどうとも思いません。

 それにしても、相変わらず単細胞の兄には困ったものです。

 ギルドの試験官は、その多くがBランク以下の冒険者なのですが、Aランク冒険者で 

ありながら、「期待のルーキーが現れたときに真っ先に戦ってみたい」という馬鹿な理由で試験官の仕事をしているのは、戦闘狂の兄ぐらいのものでしょう。


 それも、前回のシリルさんが連れてきたお二人のおかげでだいぶ満足できたらしく、今度は遠く『鋼の街アルマグリッド』で年に1回開催される武芸大会に出場したいなどと言いだしたのです。

 そのため、わたしは急遽、後任の試験官募集のための手配をするはめになりました。まったく手間のかかる兄です。


「ところで、ライルズさんは、まだ来ていないの?今日は引き継ぎのはずでしょう?」


 聞かれてわたしは、嫌な予感とともに立ち上がり、その場を同僚に任せると、試験用の戦闘部屋に向かいました。


〈焼き穿ち、貫け炎〉


炎の矢(フレイムアロー)》!


 私が部屋に入るなり、【魔法】で生み出された炎の矢が目の前を横切るのが見えました。


「うおわあ!」


 叫び声をあげながら、あわてて避ける一人の男性。

 冒険者が身に付けることの多い簡易型軽量板のプレートメイルを纏う大柄な人影は、きっと後任の試験官の方でしょう。

 応募書類には戦士系Bランク冒険者の「ガイル・ガストール」と名前の記載がありました。手には湾曲した長剣のようなものを持っていますが、あれは【魔鍵】でしょうか?

 加減を知らない兄から連続で攻められ続けているにも関わらず、ほとんど怪我らしい怪我もしていないというのは大したものです。

 しかし、わたしが部屋に入ってきたからなのでしょうか。

 目の前の戦いは、やや唐突とも思えるような形で終わりを迎えました。


「そら、これでどうだ!」


 ガイルさんは気の毒にも、傍迷惑な兄が短剣から放つ爆炎の直撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまいました。

 『静寂なる爆炎の双剣サージェス・フォルム・ソリアス』の神性“炉心火速(ファイアスターター)”は、本来、『音の出ない爆炎』を放つことで反動を利用した超加速を実現する能力なのですが、爆炎自体も音がしないというだけで、熱や衝撃波を備えていますので、こういう使い方もできるのです。

 もっとも、使いどころを誤れば自爆技にもなりかねませんので、この無鉄砲な兄ですら、よほど余裕があるときか、あるいは逆に自爆覚悟の時のどちらかしか、使わないみたいですが。


「おお、妹よ。遅かったじゃないか。早くこいつに【生命魔法ライフ・リィンフォース】をかけてやってくれよ」


 余裕綽々と言った様子で声をかけてくる能天気な兄の姿に、わたしは軽く怒りを覚えました。


 見れば、部屋の真ん中には、ぐったりと横になるガイルさんの姿が。怪我はしていないようですが、息も絶え絶えと言った様子です。なまじ身体が大きいだけに、かえって吹き飛ばされて地面にぶつかったダメージが大きいのでしょう。

 わたしはため息をつきながら、体力を回復させる【生命魔法ライフ・リィンフォース】《命の雨(ライフレイン)》をかけてあげました。


「いやあ、助かりました。流石は、音に聞く『爆炎の双剣士』だ。俺なんかじゃ、まったく歯が立ちませんでしたよ」


「いや、いい線いってたぜ、お前さんも。ただ、せっかく【因子所持者(ハイブリッド)】だっていうんなら、その辺の力ももっとうまく使わないとな」


「ははは……」


 よく見れば、ガイルさんの肌はところどころ岩のように硬質化しているようです。『ロックギガース』あたりの因子があるのでしょうか? いずれにしても、因子の力を使えだなんて、無神経なことを言うものです。人によってはモンスターの因子なんて、コンプレックスにしかならないはずなのに。


「俺の知り合いにゃ、完璧に『それ』を制御している奴もいるからな。まあ、そいつは特殊な例とはいえ、せっかく持って生まれた才能を使わないんじゃもったいないだろ?」


「才能、ですか。……そうですね」


「それじゃ、引き継ぎも済んだことだし、そろそろ出発すっか!」


 これが引き継ぎ?

 また、この非常識な兄は滅茶苦茶なことを。いくらなんでも、後任の方に失礼すぎます。

 けれど不思議なことには、こんな横柄な兄なのに、たいていの人は彼に好感を抱くことが多いようで、人間関係が悪くなったことは一度もないのです。


「よし、それじゃ、リラ。ちょっと町を散歩しようぜ」


 何を馬鹿なことを。わたしには仕事があります。


「いいから。休みなら俺が申請しておいてやったぜ。まったく、素直じゃないんだからな」


 ああ、なるほど。それで同僚はあんなことを。わたしはまんまとはめられたようです。

 とはいえ、こうなっては仕方ありません。行くとしましょう。


 それから、わたしたちは何の目的もなくあちこちと町を散歩し、買い物や昼食を済ませ、いつもどおりに何気なく、くだらない会話を交わし、いつしか町の出口にまでやってきていました。


「さて、行ってくるか。アルマグリッド武芸大会は、賞金もいいけどよ。なにより強い奴が多いからな。楽しみだぜ」


 ……わたしには、本当はわかっているんです。兄は本当は、本来の冒険者の仕事がやりたいはずで、命のやりとりのある戦場で戦いたいはずなんだって。

 でも、彼は命の危険を冒さない。他ならぬわたしのために。

 だからこうして擬似的に戦闘ができる仕事ばかりをしているのだし、2、3か月帰ってこないくらい、仕方のない事なんだって。

 それでもわたしは意地を張り、休みも取らず、見送りもしないでいようとした。

 そんなわたしの考えなど、兄にはすっかりお見通しで、結局、こうなってしまった。


「よし、じゃあ、俺が留守の間、ちゃんといい子にしてろよ?変な男にひっかからないようにな?」


 また、わたしを子供扱いして……。


「うん? どうした妹よ。いつもみたいに蹴りでも入れてこないのか?」


 たまには、いつもと違う仕返しをしてやりたい。だから、わたしはそんな兄に、精一杯の笑顔を浮かべて見せてあげた。すると案の定、兄は驚いて目を見開き、あたふたと狼狽しはじめました。


「え?え? リラ?どうした?何があった! 熱でもあるのか?」


 まったく、人を何だと思っているんでしょう?

 ……いってらっしゃい。お土産、買ってこないと許さないからね。


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