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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第19章 栄華の庭と世界の絶望
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第185話 栄華の跡に/世界の楔

     -栄華の跡に-


 どいつもこいつも、何かをわかったような気になって、いい加減で適当なことばかり言いやがる。今が世界を救えるかどうかの瀬戸際だというのに、一体何を考えているんだ。俺は呆れる思いで彼らのやり取りを見つめていた。


「この状況で一騎打ちとか、何考えてんだろうな」


「そうね。でも、エイミアの気遣いを無駄にするわけにはいかないわ。行きましょう」


 シリルは流石に切り替えが速い。この場のことは彼らに任せるつもりらしい。


「どうする? レイフィアが一騎打ちの見張り役にはなるとはいえ、それでも他の全員がいなくなるって言うのも極端な気がするが……」


 ここは上空とは言え、『ゼルグの地平』のど真ん中だ。ルシエラの狙いだって、彼女が自分で口にしている通りのものとは限らない。不測の事態に備える必要はあるはずだった。


「……それなら、あたしが残るよ。もし、何かあっても皆を護れるだろうし……」


 俺の危惧することを読み取ったのか、アリシアがそう申し出てくれた。すると、ヴァリスも心得たとばかりに頷きを返す。


「そうだな。目的の場所は、あの奥なのだろう? ならば、何かあってもお互いに連絡は取りあえるはずだ」


 そう言って、二人は頷きあう。


「じゃあ、また後でね!」


「おう。しっかり皆を護ってやってくれ」


 二人はお互いの拳を合わせるようにして、笑いあう。


「じゃあ、こっちはわたしとルシア、ヴァリスとシャルの四人になるわね」


「うん。この先にもまだ何が待ち受けてるかわからないし……」


 シャルが見つめる先には、未だに不気味な姿を見せ続ける巨大な【歪夢】があった。


〈神々の夢の跡……か。恐怖と罪悪感に狂った奴らの心の在り様が、目に見えるようだな。……まったく、見るに堪えんわ〉


 いつの間にか俺の横に立ったファラが、苦々しげに吐き捨てる。


 【歪夢】を鎮めるには、かつてヴァリスが『オルガストの湖底洞窟』でやったように、特定の意思のこもった【魔力】を流し込んでやる必要がある。


 ルシエラの話が本当なら、ラーズの【魔力】のおかげでこの【歪夢】も随分と小さくなったようだが、それにしてもあの時のものにくらべ、依然として十倍以上の大きさはあるんじゃないだろうか。


「……参ったわね。これを処理するには、かなりの【魔力】が必要なはずよ。ヴァリスにはこの先で『クロイアの楔』本体の設置をやってもらわないといけないし……」


 ルシエラから教えられた地下へと続く階段があるという建造物は、歪んだ空間のまさに中心にある。さすがにこのまま進むのは、ためらわれるところだった。


〈ルシア。あれは、わらわたちで斬り捨てよう〉


「え? ファラ?」


 俺は驚いて彼女を見る。苦々しげな顔に変わりは無いが、その目には強い意志の光がある。


〈わらわの同胞たちの醜態がこんなモノを生み出したと言うのなら、それを斬って捨てるのは、わらわの役目だ。〉


「わかった。でも、斬れるのか、あんなもの?」


〈当然だ。お主にもわらわにも、アレが何なのか、十分に理解できておろう。ルシエラとやらが言っていたほどの巨大なものであれば認識も難しかろうが、あの程度なら問題あるまい〉


「お、おう。そうだな」


 まあ、「十分に理解できておろう」なんて言われても正直不安はあるのだが、ここで「いや、全然わからん」なんて言った日には全力で殴られそうだ。俺としては神妙に頷くしかない。


「じゃあ、やるか」


〈うむ〉


 俺は『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を正眼に構え、不定形の空間をまっすぐに見据える。目の前のこれは、『ジャシン』を恐れる『神』の残留思念を材料として、【狂夢】によって具現化された『世界の歪み』そのものだという。


 ならば俺は、いや、『俺たち』は、彼らの恐怖を、彼らの罪悪感を、そして何より彼らの未練を斬って捨てる。


斬神幻想ソード・オブ・ウィル


 大上段に振り上げた『魔剣』を、俺はまっすぐに振り下ろす。蒼い光の筋が走り、その左右で歪んだ空間が上下にずれる。続いて無数の『亀裂』が交差するように出現し、それは瞬く間にその密度を増していく。縦横無尽に蒼い剣閃は数を増やし続け、そして、ついには【歪夢】そのものを斬り散らした。


「……ふう。なかなかしんどかったな」


 剣閃のイメージを維持し続けるのに、随分と集中力を使ってしまった。だが、肩で息をする俺に、ファラが感心したような言葉をかけてきた。


〈ふむ。上出来だ。……というか大したものだな。前々から思っていたことではあるが、お主は人間にしては、『世界を客観的に見る』ことに長けておる〉


「そうかしら? 彼って感情的と言うか……主観的で冷静さに欠ける部分も多い気がするけれど……」


 せっかくのファラの褒め言葉を、どうしてお前が否定するかな……。俺は恨みがましげにシリルを見る。すると彼女は、悪戯っぽく笑みを返してきた。むう、確信犯か。


〈何をいちゃついておるのだか……。まあ、よい。恐らくルシアは【異世界人】であるがゆえに、【想像世界エクスターナル】を有する『神』に近い感覚で世界を捉えることができるのだろう〉


 いずれにしても、俺たちの行く手を阻んでいた【歪夢】は消えた。今やはっきりと見える目的の建造物は、周囲に並び立つ石造りの構造物とは異なり、銀色に輝く巨大な門構えをしていた。


「いかにも『魔族』が造りましたって感じの建物だな」


「そうね。見た感じだと礼拝堂と言うより、迎賓館のようにも見えるけれど……」


 門をくぐり、大きな扉を押し開ける。千年近く無人だったとは思えないほど、すんなりと音も立てずに開く扉。その向こう側には、シリルの言うとおり、迎賓館という言葉が似合う造りのロビーが広がっていた。


「もしかしたら、『神様たちの集会場』なのかもしれないね」


 シャルがシリルに寄り添うように歩きながら、そんなつぶやきを口にする。豪華なシャンデリアの吊るされたエントランスに、弧を描く二階への階段。その奥には会議場でもあるのかもしれない。


〈ふん。この手の派手な装いは、ハイアークの好むところだったな〉


 忌々しげな言葉を吐き捨てるファラ。


「ん? ハイアークって誰だっけ?」


 俺がそう訊くと、ファラは「何言ってんだこいつは?」と言いたげに、心底呆れたような顔で俺を見た。


「なんだよ。何で俺をそんな憐れむような目で見るんだ?」


〈まったく、お主という奴は……。忘れたのか? ハイアーク・ゼスト。四柱神の中でも最強の力を誇る『秩序の神』だ。恐らくは、お主の世界を創った中心的人物だぞ〉


「ああ、そうだっけ」


〈そうだっけではないわ。ということはとりもなおさず、【ヒャクド】かもしれんやつなのだぞ? というか、わらわはお主の話を聞いて、十中八九奴が【ヒャクド】に間違いないと思っておるぐらいなのだからな〉


 なるほど。確かに、それは大物だ。ただ、名前に関しては前に一度か二度、聞いたことがあるだけだったし、覚えてなくても無理はないと思う。しかし、ふと視線を転じてみれば、一体何がおかしいのか、シリルとシャルがこちらを見ながらクスクスと笑っていた。


 あれ? やっぱり覚えてないのって、俺だけなのか?


「……で? 口ぶりからすると、ファラはそいつのことを良く知っているみたいだな?」


 何となく恥ずかしくなった俺は、話題を転じるようにファラに尋ねる。


〈……かつて世界に存在した七万七千七百七十七柱の『神』で、奴の存在を知らんものなどおるまい。奴はいわば、神の中の神だったのだからな〉


 ファラは流暢な言葉でそう話してはいるものの、俺はなおも引っ掛かりを感じた。地下へと続く階段を探しながら、再び彼女に問いかける。


「いや、個人的に知ってるんだろ? 有名人を知ってるって言い方じゃなかったぜ?」


〈むぐ……。無駄に鋭い奴め。まあ、知ってはおる。一応わらわも、カルラ神族では有力な『神』だと目されていたし、直接言葉を交わす機会ならあった〉


 などと言いながら、ファラの言葉はなおも歯切れが悪い。


「もしかして、昔、その人とお付き合いしてたとかじゃないですよね?」


〈ぼふ!〉


 それまで黙って床を眺めていたシャルの問いかけに、奇声を発するファラ。そして、見る間に顔を赤くしながら否定の言葉を繰り返す。


〈違うぞ! それは断じて違う! た、確かに奴は何度となくわらわに言い寄っては来たが……わらわは、ああいう傲慢な奴が大嫌いだったのだ!〉


「言い寄られていたですって? 最高神に? 凄いじゃない」


 とうとう、シリルまでもが会話に加わってきた。彼女はそれまで“魔王の百眼”で周囲に隠蔽された階段が無いかを探っていたはずなのだが……。


〈凄くなどない! 何とも思っていない奴に言い寄られたところで、いい迷惑だろうが!〉


「そうよね。どうせその時にはファラにも『いい人』がいたんだろうし、迷惑なだけだったわよね?」


〈うあああ! 結局はそれかああ!〉


 シリルのからかいの言葉に、真っ赤になって叫ぶファラ。


 だが、俺がそんな光景をのんびりと見つめていた、その時だった。


「──騒がしいな。道具の分際でよくもまあ、べらべらと喋るものだ」


 この世のすべてを見下したかのような、尊大な声音。俺は全身の毛が一瞬で逆立つような感覚を覚えつつ、声がした方に目を向けた。

 一階のロビーの奥。客間ともいうべき部屋の扉が開かれている。先ほどまでは閉じていたはずの扉。どうやら声は、そこから響いているようだった。


「エージェントとて、所詮は人間だ。裏切ることもあるだろうとは考えていた。だが、わたしが知る限り最強の『魔神』、『ラグナドパズス』が倒され、『世界の絶望』たる【真の歪夢】までもが消されてしまう事態など、万に一つの可能性でしかなかったはずなのだがな」


 部屋の奥は薄暗く、声の主の姿は見えない。


「明かりをつけるわ」


 シリルの小さな詠唱の言葉と共に、小さな光の球が出現し、部屋の奥を照らしだした。明るくなった室内で、俺たちの目に飛び込んできたモノ。それは、おぞましくも禍々しい化け物の姿だった。



     -世界の楔-


 『神々の集会場』


 その奥にあって、当時の佇まいを想像させる整然とした室内。千年間放置されていた割には、塵ひとつない。客間だけあって、洒落た調度品が壁際に並び、寝台も置かれている。部屋の中央には小さなテーブル。その向こう側に置かれたソファに腰かけるように、ソレはいた。


「はじめまして、と言うべきだろうな。人間どもよ」


 艶やかな黒髪を腰の後ろまで長く伸ばした男。元老院の貴族が身に着けることの多い、刺繍の入ったローブを華奢な身体に纏っている。人形のように整った顔立ちは、わたしの知る誰かに似ているようにも見えた。


「何者だ? どうしてこんなところにいる」


 ヴァリスの問いかけに、その男はゆっくりと立ち上がった。おどけるように両手を広げ、気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「くくく。何者? ああ、この人形のことか。これはな、第二十三代メゼキス・ゲルニカ──戦闘特化型の一品だよ。万全を期すために、万が一貴様らがこの建物に侵入できた際には、【ゲートポイント】を通じて送り込む手筈になっていた。まあ……この場所を転移先の座標に設定するのには、多少手間取ったがな」


「二十三代? 随分前じゃない。あなた、頭は大丈夫?」


「黙れ、道具。お前はわたしに使われておればよいのだ」


「な!」


 あまりの物言いに、わたしは言葉を失う。メゼキス・ゲルニカ。元老院の副議長にして、『世界の理』計画の中核を担う人物。彼はわたしのことをただの道具、『最高傑作』としてしか見ていない。


「……わたしは道具じゃないわ。仮にわたしが道具だと言うのなら、あなたは自分の道具に反逆されるほど無能なのかしら?」


 反発の気持ちから、挑発の言葉を口にするわたしに、メゼキスは軽く首を傾げ、それからおもむろに立ち上がる。


「ふむ。少々調整が必要なようだ。邪魔な虫けらどもは蹴散らすとして……、とりあえず『魔導都市』へ持ち帰った方が良いかもしれないな」


 メゼキスはこちらに向かって腕を伸ばす。けれど、間合いは遠く、その動作には【魔力】が集約する気配さえない。いったい、何をするつもりなのだろうか?


「くそ! ふざけた真似を!」


 ルシアが毒づきながらわたしの前に飛び出し、『魔剣』を振るう。


「ほう? 今のが分かったのか?」


 わたしには、何が起きたのかさっぱりわからない。けれど、今の口ぶりからすれば、わたしは何かをされそうだったのだろう。そして、“魔王の百眼”を有するわたしにも、“超感覚”を有するヴァリスにも感じ取れなかった何かを、ルシアは感じ取ったのだ。


「ルシア、今のは一体……」


「……今のは暗器だよ。暗殺用の道具だ。俺の世界にもあった。物とすれば、目にも見えないほどの極細の糸だ。力加減ひとつで、捕縛にも切断にも使える厄介な武器だな。でも、扱いが難しすぎて、誰にでも使えるようなものじゃない」


 わたしが気付かなかったということは、その糸とやらには、【魔力】が無かったのだろう。つまり、メゼキスは、それを『技術』として扱うだけの腕を有しているということになる。


「……だが、そんなことは問題じゃない。あいつの影を見るんだ」


「え?」


 わたしはルシアに言われて、メゼキスの身体から床に伸びる影に目を向ける。


「な、なんなの?」


 影の中には、大小無数の人間の腕や眼球のようなものがボコボコと湧いているように見える。


「うう……気持ち悪いです」


 シャルが口元を抑えるようにして言うと、メゼキスはちらりと自分の影を見下ろした。


「久しぶりに力を使ったせいか、元になる者どもの『残留思念』がざわついているようだな」


「残留思念だと?」


「戦闘特化型のこの人形には、わたしが数百年をかけて『接収』した者どもの戦闘技術、魔法技術をつぎ込んである。元老院衛士団を引退した者どものうち、それなりに手練れだった団員や、エージェントどものうち、不要になった者どもの再利用だな」


 その言葉を言い終えるや否や、メゼキスの姿が霞むように消えた。


「“孤高の隠者”の潜伏能力か? だが、無駄だ!」


 素早く反応したのはヴァリス。彼は《転空飛翔エンゲージ・ウイング》の効果である程度であれば敵の【スキル】を読み取れるうえ、“超感覚”も通常以上に強化されている。武器かどうかも判別しにくい『糸』ならともかく、気配を消して高速で移動する相手ぐらい、捕捉できないはずはない。


 ヴァリスは身に纏う黄金の闘気を残光として曳きながら、気配のする方へ身をひるがえす。そしてそのまま、その人影に拳を叩きつけた。だが、甲高い音とともに、メゼキスの手甲に受け流される。


「無駄だよ。この人形は、『強さ』という概念そのものと言っていい存在だ」


「く! だが、これならどうだ!」


 ヴァリスは、そのまま相手の腕を掴んだ。そのまま片足を相手の足の間に踏み込み、密着しながら器用に折り曲げた肘を相手の鳩尾へと落とそうとする。だが、メゼキスは体さばきのみで、巧みに攻撃の方向性をずらしてしまう。


「古強者が数十年をかけて培った知識・技能。……だが、虚しいものだな。数百年の間、わたしはそれを、ただの一瞬で奪い取ってきた」


 愉快げに笑うメゼキスの声。


「おいおい……あの状態のヴァリスと接近戦ができるって、どうなってるんだ?」


 愕然とした声で問うルシア。わたしは自分の“百眼”を凝らし、敵の姿を食い入るように見つめる。そして、一つの結論に達した。


「……恐らく【ゲートポイント】だかを経由して、『魔導都市』から【魔力】を供給し続けているのよ。でなければ、彼の装備の頑強さは説明できない。ううん、ひょっとしたら身体強化だって同じ手段でやっているはずよ」


 そうしている間にも、ヴァリスとメゼキスの激しい格闘戦は続いていた。あれだけ目まぐるしく動き続けられては、わたしもシャルも【魔法】での援護は難しい。けれどここで、ルシアが動いた。


「よし、行くぞ」


〈おう〉


 ファラと声を掛け合った彼は、二人の戦いの流れを見極めつつ、ここぞと言うタイミングで接近すると、不意打ち気味に『二人まとめて』斬り裂いた。


「きゃあ!」


 シャルが驚いた声を出したけれど、どうやら彼女は忘れているようだ。『斬るべきものを斬り、斬らざるべきものを斬らない』というあの剣の性質を。かつて暗殺者に狙われたテントの中で、ルシアが彼女の『心臓に剣を突き立てた』時と同じことが、この時も起こっていた。


「ふむ……特定対象に対する限定的な斬撃を具現化する【事象魔法コマンドオブルーラー】か」


 無傷なヴァリスとは対照的に、ざっくりと身体を斬られたメゼキスは、血を撒き散らしながらも平然とした顔のまま後方に飛びさがる。ヴァリスはすかさず追撃しようと試みたのだが、その動きが途中で止まる。


「再生した、だと?」


「いいえ、あれは【生命魔法】ライフ・リィンフォースよ。『魔族』には、あの手の【魔法】は使えないはずなのに……」


 その身にほとんど【オリジン】を持たない『魔族』には、【魔導装置】を介さない【魔法】を使うことはできない。なのにどうして……そこまで考えたところで、わたしは思い至る。


「ま、まさか……」


「くくく。カシム・オルドの唯一の功績は、【魔術核】の技術を生み出したことだろうな。人間どもの【魔導の杖スタッフ】など、比較にもならん効能だよ」


 メゼキスは腰の鞘から右手で長剣を抜き放ちつつ、左手から猛烈な炎を放ち、ヴァリスを大きく後退させる。明らかに上級クラスの威力があるであろう炎魔法。そんなものを無詠唱で発動させることなど、本来なら不可能だ。


「だが、あらかじめ決められた術式を【魔術核】に組み込んでおき、『魔導都市』から供給される膨大な【魔力】で運用したならば、話は別だろう?」


 そんなわたしの疑問を読んだかのように、メゼキスは得意げな顔をしてみせる。そんなメゼキスに対し、今度はルシアが打って出た。


 が、しかし──


「くそ! なんだ、こいつ! 剣の技量までとんでもないな!」


「当然だよ。貴様が相手にしているのは、数百年にわたり、武の道を極め尽くした最強の戦士だ。それでもなお、わたしが有する『力』のほんの一端を担うに過ぎない人形だがな」


 ルシアの剣をことごとく回避しながら、余裕の表情で【魔法】を放つメゼキス。

 元老院の副議長という、明らかに戦闘に関わりを持たない立場でありながら、彼は異常な強さを有している。“剣聖”として剣技を極めつつあるルシアでさえも、まるで問題にしない技量。それがどれだけのものなのか、改めて考えるまでもない。


「『リュダイン』、お願い!」


 シャルの声に合わせ、巨大化した金の子猫は、一本角の獅子となってメゼキスへと躍りかかる。シャルはさらに続けて『差し招く未来の霊剣エレメンタル・ブレード』を抜き放つと、七色に輝く刀身を足元の床に突き立てた。


〈突き上げる岩塊〉


 シャルの目線の先、ちょうどメゼキスの背後に当たる場所で、次々と床の石材が変形し、鋭い石の錐となって突き上げる。だが、メゼキスはルシアとヴァリス、そして『リュダイン』の波状攻撃を剣でいなし、または【魔法】で牽制しながら、背後に迫る石の錐を振り返りもせず軽やかに回避する。


 戦士系、魔導師系、索敵系などの種類を問わず、あらゆる【スキル】を有しているかのような、異常な戦い方だった。


「ちっ! こうなれば出し惜しんでなどいられないか……」


 ヴァリスが小さくつぶやくと、目に見えて爆発的な黄金の輝きが彼を包む。【儀式】のために温存していた【魔力】をフル稼働させることにしたらしい。


 《闘気竜装ゴールド・ダイヴ


 発動したヴァリスの【竜族魔法インターナル・バースト】は、触れる物すべてを破壊する黄金の闘気を纏うものだ。

 これにはさすがに、強化されたメゼキスの身体も耐えきれなかったらしい。ヴァリスの拳や蹴りを受け流そうとして触れた箇所が次々と血しぶきをあげ、人形のようなメゼキスの顔が青白い色に染まっていく。


「これでトドメだ!」


 《凱歌竜砲ブレス・キャノン


 ヴァリスが構えた手のひらから、黄金色の魔力光が放たれた。破壊の閃光はメゼキスの身体を粉々に吹き飛ばし、轟音と共に奥の壁面に大穴を穿つ。


 わたしはそれを安堵の思いで見つめつつ、同時に、奇妙な不安を抱いた。そもそも『わたし』はどうして、こんなに悠長に戦いを見つめてしまっているのか? 


 実際、わたしはここまで、彼に対して一度も攻撃を仕掛けていないのだ。胸が熱い。心が苦しい。何が起きているのか、まるで理解できない。わたしの身体は、金縛りにあったように動かなくなっていた。


「く……いったい、これは……」


 どうにか身体を動かそうと試みて、わたしは気付く。

 ……わたしの背後に、誰かがいる。


「万全主義者のわたしとしては、このような不完全な真似はしたくなかったのだがな。今さら場を移す余裕もあるまい。……いずれにせよ、『神』を呼び戻す【儀式】を行うとなれば、他の者に任せるわけにもいかぬ。その栄誉に相応しきは、『わたし』だけなのだから」


 首に回される腕。こめかみに突きつけられる【魔装兵器】の銃口。それだけでわたしは、身動きを封じられてしまった。いったい、いつの間に現れたのだろうか?


「な! シリル!」


「シリルお姉ちゃん!」


「おのれ!」


 わたしの異変に気付いた三人が、振り返りざまに悔しげな声を上げる。


「お見事、とい言ったところかな? ……さて、諸君。お分かりと思うが、武器を捨ててもらおう。言っておくが、こちらの人形は、魔力感知と魔力操作に特化したタイプだ。妙な動きをすれば、すぐに見破れるぞ」


「卑怯者が!」


 ルシアが悔しげに叫ぶ。けれど、わたしは首を振った。


「駄目よ! いい? こいつはわたしの力を必要としてるの。だから、わたしを人質になんてできないはずよ!」


「人質? 勘違いしないでもらおう。わたしは効率を優先しているだけだ。もともと、『万に一つ』とはいえ、『二十三代』が敗北する可能性もゼロではなかった。だが、逆にこうすることで、奴らの動きを確実に止めることができた。ならば、これこそが最善なのだよ」


「……随分と用心深いのね。でも、無駄なことだわ。わたしは絶対に、あなたの言いなりになんかなるつもりはない。それこそ殺されたってね」


 しかし、わたしのそんな反論の言葉にも、彼はまるで動じない。


「そんな必要はない。お前はただ、新たな『世界の楔』となれば良いのだよ。そのための『クロイアの楔』だ。【狂夢】の修復など、土台となる【自然法則エレメンタル・ロウ】さえ押さえられれば、いつでも叶う」


「だから、そんなことはさせないって……く、う!」


「もう遅い。……先ほどからお前の懐の『楔』は、起動状態となっている」


 彼がそう言った、次の瞬間だった。それまでわたしの懐で熱を帯びていた『楔』が、唐突にまばゆい光を放ちはじめた。


「きゃあ!」


「できれば『魔導都市』へ持ち帰って十分な調整を行いたかったところだが……ことこの状況に至っては止むを得まい。この術式に関しては、時を止める場合ほど膨大な【魔力】も必要ない。【ゲートポイント】越しにでも用は足りよう。さあ、最高傑作よ。人柱となって、この世界に新たなる『秩序』をもたらすがいい!」


「……うああああ!」


 まばゆい光と共に、わたしの意識が白く染まっていく。

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