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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第19章 栄華の庭と世界の絶望
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第184話 世界の絶望/目的の多い人外

     -世界の絶望-


 《天使の星光翼レーザー・ウイング


 【魔法陣】さえ出現させないまま、ルシエラの背中には光の翼が出現する。さすがに彼女も『天使』の異名を持つだけあって、シリルとは別の意味で様になる姿だった。

 だが、この翼はシリルの『聖衣』の機能とは異なり、純粋に空を飛ぶことを目的とした翼だ。ふわりと宙に浮かぶ彼女に、僕はとっさに追撃をしかけようとしたものの、間に合わない。


「それでは、また会いましょう」


 そんな言葉の語尾を引き摺るかのように、凄まじい速度で空へと飛翔していく。


「……まったく、相変わらず規格外だな、彼女は。あれも光属性の【魔法】の中では、かなり強力な部類に入る上級魔法だぞ」


 呆れたように言いながら、エイミアさんは光の尾を引く彼女の姿を見上げていた。


「とにかく、エイミア。悪いが、ラーズの治療を頼む」


「え? あ、ああ、そうだったな……」


 ヴァリスの急かすような声に我に返り、エイミアさんは、いまだ地に身体を横たえたままの青竜へと近づいていく。


「それにしても、彼女の目的がわからないわね」


「ああ。上に向かう前に、できればラーズさんから話を聞いておきたいところだな」


 聞こえてきたのは、シリルとルシアの声だった。僕がそちらに目を向けると、そこにはアリシアさんも加わっているようだった。


「……アリシア。あなたの“真実の審判者”では、何か見えなかったの?」


「……えっと、少なくとも嘘はついていないみたい」


「そう……他には?」


「……わからない。前からそうなんだけど……彼女の考えは複雑というか……ううん、『多すぎて』読み切れないの」


 歯切れの悪いアリシアさんの言葉に、シリルは考え込むように沈黙する。考えが多すぎるというのは、意味が分からないけれど、つまりはそれだけ一筋縄ではいかない相手だと言うことなのだろう。


「ご、ごめんね? 思考そのものが読めるわけじゃないから、細かいところまでは……。でも、……『ここですべてを終わらせる』っていう強い意志があったわ」


「……終わらせる? なんだか物騒ね。とにかく用心に越したことはないわ」


 そこでようやく、シリルは自分の思考を打ち切るようにそう言った。


「ラーズ! しっかりしろ、ラーズ!」


 エイミアさんの【生命魔法】ライフ・リィンフォースによって傷を癒された青竜は、ようやく意識を取り戻したらしく、ヴァリスが必死に呼びかけを続けていた。


「……その声は、ヴァリスの兄者か?」


「ラーズ! 気づいたか!」


「ほらほら、落ち着きなって。身体の傷は治っても、【魔力】の枯渇は深刻なんだ。無理はいけないよ」


 ノエルさんはいつの間にか、【魔装装置】らしき大きな箱を持っていた。どうやら船で待っていたレイミさんに持ってきてもらったのだろう。ラーズの身体に縋りついたヴァリスを落ち着かせると、装置から紐のようなものを伸ばし、ラーズの身体に取り付け始めた。


「何をやっているのだ?」


「うん。【マナ】の補充だよ。さっきルシエラが【マナ】を阻害する網を張っていたとか言っていたでしょう? そのせいで彼は十分な【マナ】を取り込むことができずにいたんだろう。弱った身体には、なるべく純粋な【マナ】の方がいいだろうし、この装置で【瘴気】を除去した【マナ】を送り込んでいるんだ」


「そ、そうか。かたじけない。……だが、そんな装置まであるとはな」


「【瘴気】の多い土地に来ることが決まった時点で、準備はしていたんだよ。何事も備えは万全にってね」


 これもまた、ノエルさんの『万全主義』の為せる業なんだろう。これまで幾度となく、僕らはそれに助けられてきた。

 いずれにしても、膨大な【魔力】を失ったラーズさんが回復するには、まだまだ相当の時間がかかるらしい。


「……あ、兄者。済まぬ。我は、我は……己の制御を至上命題とする『竜族』に、あるまじき真似をした。我は、兄者の後を継ぐ者として恥ずかしい……」


「言うな。我とて、己を制御できなかったことはある。それに今だから言うが、闇雲にすべてを制御することが正しいとばかりは限らんのだ。今回は失敗したのかもしれないが、その失敗からお前が学ぶべきことは多かったはずだ。後悔など、ただではするな。大いに学んで悔いるがいい」


「あ、兄者……」


 人間の姿をしたヴァリスが巨大な『竜族』に兄者と慕われ、彼に慰めの言葉をかけてやっている姿は、見ている側としては違和感を覚えてしまうところだ。でも、アリシアさんはそうでもないらしい。楽しそうに笑って言った。


「あはは。そうしてると、ヴァリスもしっかりお兄さんなんだね?」


「まあな。ラーズとは生まれが一年しか違わないのだ。他に同年代の仲間もいなかった我らは、それこそ兄弟のように育ったのだからな」


 昔を懐かしむようにヴァリスも笑う。しかし、そこで消え入るような声を出したのは、倒れたままのラーズだった。


「……うう、姉上さまにも情けない醜態をさらしてしまった。穴があったら入りたい……」


「ぶふ!?」


 僕の隣からくぐもった声が響く。エイミアさんが笑いをかみ殺し損ねた音だ。気になってみれば案の定、アリシアさんの顔が真っ赤に染まっている。やっぱり、違和感と言ったら一番は、彼女が『竜族』から姉上さまと慕われていることだろう。実は彼女、最強なんじゃないだろうか?


「……エリオットくん?」


「い、いえ! なんでもありません!」


 僕の思ったことを読んだかのように、低い声音で半眼を向けてくるアリシアさんに、僕は直立不動で返事を返す。あれ? 彼女って思考そのものまでは読めないんじゃなかったっけ?


「長い付き合いのある相手なら、それなりにわかるのよ。ほら、普通の人でもあるでしょう? 表情や仕草から考えていることが何となくわかるって奴。それと同じね」


 言葉どおり僕の考えを表情から読んだらしいシリルが、そう教えてくれた。つまり、それだけの時を僕らは共にしてきているのだ。共に過ごす時間の中で、僕らはこれまで信じがたいような苦難を次々と経験しながらも、そのすべてを力を合わせて乗り越えてきた。


 いよいよ僕らの旅も最後の大詰めを迎えたところだけれど、ここから先、どんな困難が待ち受けていようとも、ここにいる皆とならきっと乗り越えられる。


 僕はそう確信していた。


 しかし、──世界の絶望。


 この後、ルシエラがそう呼んだモノの強大さを目にしたときばかりは、そんな確信が揺らいでしまったことも否定できない。


 結局、ラーズの治療も続けなければならないという理由もあって、僕らはノエルさんとレイミ、そして船の中にセフィリアを残した状態で、『空中庭園』へと向かうことになった。


「……『ファルーク』。お願いね」


〈キュアア!〉


 シリルの肩で一声鳴いた『ファルーク』は、ふわりと舞い上がりながら、その姿を巨大化させていく。白銀の飛竜。『竜族』とは形こそ違え、頼もしい『竜』の姿だ。ここまで何度となく、彼の背中には乗せてもらったし、風を操る彼の能力には、戦闘面でも大いに助けられてきた。


 さっきからどうしても旅の終わりを意識してしまう僕だったが、ここで気を抜くわけにはいかない。何と言ってもこの先には、あのルシエラとヴァルナガンが待ち構えているはずなのだから。


「アリシア。今のうちに《転空飛翔エンゲージ・ウイング》を」


「うん」


 二人は誓いの言葉を交わし合い、その姿を変化させる。実際のところ、名前の呼びかけだけでもいいはずなのだけど、こうした方が効果が高まるのだそうだ。最初は聞いているだけで恥ずかしくなるような言葉だったはずなのに、慣れとは恐ろしいもので、今ではみんな、冷やかしの言葉ひとつ口にしない。


 やがて僕らは、『ファルーク』の背の上から、驚愕の光景を目にすることになる。


 それはまさに、世界の絶望だった。

 世界最大の【歪夢】にして、この【真のフロンティア】を発生させている主たる原因。


「う、うあああ……」


「あぐ……」


「き、気持ち悪い……」


 【歪夢】を目の前にしたときの気持ちの悪さ。その原因は、以前にファラから聞かされた話で十分に理解している。だから、それと意識してさえいれば、大丈夫なはずだった。でも、この【歪夢】の前には、その程度の気構えなどまるで無意味だ。


 今までの【歪夢】が子供だましに見えるくらい、禍々しい。これこそが【真の歪夢】だ。僕は吐き気をこらえながら、ソレを見つめていた。


「……空中庭園ね。まさか、まじで庭園そのものが空中に浮いているとは思わなかったな」


 この中では唯一、ルシアだけが平然とした顔でソレを見つめている。


 彼の言葉どおり、『ファルーク』が上昇してきたこの宙域には、『空飛ぶ島』が存在していた。そして、僕らの心を苦しめる最大の要因、【真の歪夢】はその島の中央部に鎮座している。見た目としては、複雑怪奇な色合いを混ぜ合わせた不定形の歪み、といったところだろうか。


「……うーん。なんだか気が進まないなあ」


 珍しく弱気の発言をしたのは、レイフィアだ。僕が意外に思って彼女に目を向けると、シリルが問いかけた。


「あなただって【歪夢】を見たことはあるでしょうに、やっぱりそれでもアレは怖いものなのかしら?」


「へ? 何言ってんの? あたしの仕事場は『ゼルグの地平』だったんだよ? まあ、流石にあれは気持ち悪いけど……でも、今さら【歪夢】なんかが怖いわけないじゃん」


 これもまた、慣れという奴だろうか? 彼女は、あの【歪夢】を恐れているわけではないらしい。


「じゃあ、なんなのよ」


「あたしが嫌なのはさあ……ルー姉とヴァル兄だよ」


「ふうん。でも、それもまた弱気よね」


「いやいや! 弱気って言うけどさ。あの二人、本気で化け物だよ。この前戦ったときだって、あんなの手抜きもいいとこだしね。あれと敵対すると思うと、気が進まなくもなるわよ。……あ、そうだ! やっぱ、あたしだけ、帰ってもいい?」


 そんなことを言い出すレイフィアに、シリルはにやりと笑ってみせる。


「心にもないこと言わないの」


「う……」


「それに大丈夫よ。あなたは独りじゃない。わたしたちだっているんだし、力を合わせれば勝てるわ」


「………う、うん」


 すごい。これは驚きだ。レイフィアは傍目にもわかるほど顔を赤く染めている。


 でも、シリルの言うとおりだ。僕たちは一人じゃない。ならば、世界の絶望だろうが、世界最強の二人組だろうが、僕らを阻めるものなど何もないのだ。


 そして『ファルーク』は、空飛ぶ島へと着陸を果たしたのだった。



     -目的の多い人外-


 島の中央にたたずむ不気味な空間を除けば、空に浮かぶこの島には、いたって普通の景色が広がっている。立木の類は多くはないものの、植生する植物はどれも灰色ではない。足元の地面には青々とした草が生い茂り、小さな虫なども這っている。


 周囲を見渡せば、そこかしこに人工物と思われるものがあるが、奇妙な形をしており、用途不明のものばかりだ。恐らくは象徴的なものなのだろう。日の光に照らされ、七色に輝くものなどもあることから、その材質もただの石ではないようだ。


 そう、この『空中庭園』には、日差しが降り注いでいる。それが何を意味するかと言えば、この島には灰色の雲が無いのだ。これはわたしにとっては大きな利点になる。わたしの使う『謳い捧ぐ蒼天の聖弓カルラ・リュミエル・レイド』は、青い空が認識できるかどうかで、その威力が大きく変わる。ましてや、これだけ空に近い場所なのだから、なおさらだった。


「でも、どうして【歪夢】本体がある場所が、こんなに清らかなんだろうな?」


 あたりを警戒しながら、ルシアがもっともな疑問を口にする。


「わたしの“魔王の百眼”で見る限り、この島を中心とした一帯から【マナ】が湧き出しているのには、間違いないわ。本来ならあの【歪夢】に汚染されてもおかしくは無いんだけど……この島そのものが【マナ】の極めて強力な浄化能力を有しているみたいね」


 それもまた、地上の庭園からその手の【魔導装置】などが多く発掘されたのと同じ理由だろうか。そう思いながらも、わたしには若干腑に落ちない点があった。


「わからないのは、別のことよ。巨大には違いないにしても、どうしてこの程度の【歪夢】が、地上の【フロンティア】の発生源なのかしらね……」


 わたしと同じ疑問は、シリルも抱いていたらしい。つぶやくように言いながら、首を傾げている。するとそこへ──


「今度は早かったですね。もう少し準備をしてから来てもよろしかったのでは?」


 ルシエラだった。彼女の隣には、ヴァルナガンもいる。にやにやと笑いながらこちらを見つめる彼には、なんとなく前回までとは違う雰囲気が感じられた。


「早すぎると不都合だったかしら?」


「いいえ。こちらはもっとずっと前から、準備を進めていましたから。……なにせ、あなたには、この世界を救っていただかないといけませんし」


 珍しくルシエラは、シリルの皮肉に皮肉で返してくる。

 ……ん? 待てよ。まさか……


「わたしをメゼキスの元に連れて行くんじゃなかったの?」


「ええ。それが命令ですから。……ですが、連れて行く前に何かをしてはならないとは言われていません。彼からは『世界の絶望』を見せさえすれば、あなたの試みは不可能なのだと綺麗さっぱり諦めてくれるはずだと言っていました」


「……意味が分からないわ。確かにこれだけ巨大で禍々しい【歪夢】なんて初めてだけど……わたしがこの程度のことで、絶望なんてするわけがないじゃない」


「そうでしょうね。でも、それは、先ほどの青竜のおかげでもあると思いますよ」


「え?」


 目を丸くして驚きを露わにしたシリルに、ルシエラは淡々とした言葉で説明を続ける。


「元々の『世界の絶望』の大きさですが、この島全土を覆いつくすばかりか、下辺部に至っては『地上の庭園』の建造物の屋根付近まで達していました。そこまで巨大な【歪夢】を消すには、どれだけ膨大な【魔力】が必要なのだと思いますか?」


「まさか……そのためにラーズを挑発したと言うのか?」


 声を震わせて訊き返したのは、ヴァリスだった。


「ええ。もっとも、【歪夢】の巨大さだけが問題なら、時間さえかければ同じく『竜族』であるヴァリスさんの存在で十分とは思いましたが……この宙域を縄張りにするギルド非公認の『魔神』までいるとなれば、念を入れるに越したことはありませんからね」


 ラーズの消耗ぶりを見る限り、あの『魔神』はかなりの強敵だったに違いない。巨大な【歪夢】のある場所で、そんな『魔神』と空中戦を繰り広げてこれを倒すなど、確かにわたしたちの手には余る事態だったかもしれない。


 そう言えば、地上を出発する前、ラーズはこんなことを言っていた。


「あの人間どもは、『竜の谷』で我を生かした後、こう言ったのだ。再戦を望むなら、次は大陸北部の宙域にある巨大な空間の歪みの中で待つと。遥か上空を飛行して結界を越え、しらみつぶしに飛びまわり続けていれば、恐らくそれは見つかるだろうと」


 あいまいで、あやふやな約束ごとだ。当然、ラーズがそれを鵜呑みにする保証などないはずだった。


「もちろん、大してアテにしていたわけでもありません。任務のついでのタダの保険です。でも、運良くうまく行って良かったですね」


「やり方は気に入らないけど、まあ、いいわ。助けてくれるって言うのならね。……気配からすれば、あの【歪夢】の奥がこの【創世の聖地】の中心なんでしょう? わたしはそこで『クロイアの楔』の設置を終えたら……そのまま『魔導都市』に戻って世界律の構築を始めるつもりよ。それでいいわね?」


 意外なほどの割り切り方だ。いつも慎重なシリルらしくもない。そもそも、話がうまく行き過ぎている。どんな罠があるか分かったものじゃないだろうに。


「結構です。わたしたちも人間ですからね。『魔族』の思うとおりの世の中を望むわけではありません。人間社会のため、是非とも世界はあなたたちの手で救ってもらいたいものです」


 淡々とした言葉は、あまりにも無機質に聞こえるものの、内容自体は至極もっともな言い分だった。


「何言ってんの? ルー姉があんなこと言うなんて……」


 だが、そのことにレイフィアが不思議そうな声を出した直後。


「……ですが、条件があります」


 彼女がそう付け加えた、その瞬間だった。それまで黙って話を聞いていたヴァルナガンから、圧倒的な殺気がこちらに向かって放たれる。


「ち! どういうつもりだよ!」


 ルシアは彼の殺気に対して敏感に反応し、既に腰の鞘から『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を抜き放っている。しかし、ヴァルナガンはつまらなそうに吐き捨てる。


「ああ? 決まってんだろうが、殺し合いだよ!」


「どういうことだ?」


 話の内容がまるで見えてこない。するとルシエラが再び口を挟んできた。


「あなたたちが世界を救うには、わたしたち二人を倒す必要がある。そういうことです」


「意味が分からないわね。だったらどうして、わたしたちを手助けするような真似をしたのよ。いったい何が狙いなわけ?」


 シリルが詰問口調でまくしたてると、ルシエラは軽く肩をすくめた。


「わたくしの『目的』は、『困難な目的を達成すること』です。……世界最強の冒険者となり、世界を裏から牛耳る『魔族』の元で様々な任務をこなす。『魔神』を殺し、『竜族』を倒す。元老院のメゼキスに仕えつつも、神官長とも繋がりを持つ。そうしてさらには『魔族』全体さえも騙しとおして、人間のために世界を救おうとするあなたたちを導き……最後には、それを阻止する。──どうです? この上なく困難な目的ではありませんか?」


 立て板に水のような言葉に、わたしたちは唖然としたまま言葉も出ない。

 似たような話なら、かつてクルヴェド王国で会った際にも聞いたことはあった。だが、あの時は、まさかここまでのものとは思わなかった。


 かつてレイフィアは、彼女のことを『合目的主義者』だと言った。だが、彼女の場合、その目的そのものが完全に破綻してしまっている。


 無表情にして無感情、無機質で人形のような女。そんな外見に騙されてしまっていたが、この女、本当にとんでもない。ヴァルナガン以上に性質たちが悪い。こんな女が相手では、説得も何もあったものではないだろう。


 ──彼女には目的意識が無い。目的そのものが多すぎて、特定の目的を果たそうという気概が無い。目的を達成することそのものが目的であり、真の意味で手段と目的を履き違えた人間なのだ。


 アリシアが彼女の考えを理解しきれなかったのも、無理からぬことと言えた。

 だが、それでも引っかかる点はある。


「最後には、と言ったな?」


 わたしは問う。彼女の言う最後。それはつまり、『最終目的』ということではないのか?


「いえ、深い意味はありませんよ。世界には永遠など存在しません。それはこの『栄華の跡』を見るまでもなく、明らかでしょう。ですから、ただ、ここで『終わり』にしようと思ったまでです」


 彼女の言葉は、わたしの微かな期待をあっさりと裏切った。

 彼女の言う『最後』。それは『最終目的』の達成ではなく、目的を達成すること自体を最後にするということのようだ。つまり、彼女の目的そのものは、ここにきてもなお、曖昧なままだと言うことになる。


「何を考えておいでですか? 言っておきますが、わたくしはこの場で、あなたたちを皆殺しにするつもりです。余計な考え事をしている暇などありませんよ」


 彼女の手には、いつの間にか光り輝く剣が握られている。


「ここでわたしたちを殺せば、この世界は救われない」


 わたしは小さくつぶやく。

 

「今さら命乞いですか?」


「いいや。違う。お前の目的を果たさせてやると言っている」


 なぜかわたしの口からは、そんな言葉が出た。


「先ほどお前は、『自分も人間だ』と言ったな? だから、この世界を人間の為に救ってほしいと……」


 能力ではなく、考え方そのものが化け物じみたこの相手を前に、わたしはそれでも、人としての在り方を問う。


「……言いましたね」


 わたしが何を言おうとしているか、計りかねているらしい。ルシエラは怪訝そうな顔をしている。


「だったら、シリルたちをこの先に進ませろ。……お前の倒すべき『困難な目的』には、わたしがなってやる」


「……なるほど。大した自己犠牲の精神です。ですが、その条件は飲めませんね。あなた一人でわたくしの『困難な目的』になど、なれるとお思いですか?」


「なれるさ……」


 わたしは、手を空にかざす。蒼く澄み渡る天空は、わたしたちの周囲を包んでいる。


〈還し給え。百を束ねし一の光〉


 わたしは腕を振り下ろす。天から飛来し、近くの建造物に直撃した矢は、突き刺さると同時に爆散し、それを跡形もなく消し飛ばした挙句、その下の大地までもを深くえぐる。爆風と土煙が去った向こう側に、珍しく驚愕の表情を浮かべるルシエラの姿が見えた。


「これでもまだ、わたしを役者不足だと言うつもりか?」


「……なるほど。以前見た時とは桁違いの破壊力ですね」


 それはそうだ。あの時は『ゼルグの地平』の灰色の雲のおかげで、黎明蒼弓フォールダウン”の威力自体が大分落ちていたのだから。


「わかりました。いいでしょう。あなたがわたくしの『最後の敵』です」


 ルシエラは、呆れたように頷いた。


「とはいえ、別に一対一でなくても、わたくしは構いませんが」


「いいや、これはわたしの我が儘だ。否が応でも一騎打ちで戦わせてもらう」


 だがここで、ヴァルナガンが舌打ちとともに口を挟んだ。


「おいおい、そりゃあねえだろ? 勝手に話を進めてんじゃねえよ。俺は全員まとめてぶっ飛ばしてえんだよ!」


 何故か苛立ったように叫ぶヴァルナガン。だが、その言葉というより、こちらを舐めきったようなその顔を見て、わたしの中で『何か』が切れる。


「……貴様は、わたしが『何者』か、知らないのか?」


「ああ?」


「……教えてやる。わたしは、『魔神殺しの英雄』の姉であり、聖騎士団の元団長であり……そして、誇り高き『冒険者』だ。わたしの方こそ、貴様らを二人まとめて相手にしてやろうか?」


 わたしは腰の鞘から『乾坤一擲ラストインパクト』を引き抜き、ヴァルナガンへとその切っ先を突きつける。かつて、年老いた冒険者が自分の後を継ぐだろう息子のために用意した、一振りの小太刀。何の因果か今こうしてわたしの手にあるこの重みは、わたしに冒険者としての誇りを思い出させてくれるものだった。


「……がははは! こりゃあ、いい! 最高だぜ、エイミア! すまなかったな。俺はお前を馬鹿にしたことを、素直に謝る。……じゃあ、エリオット。なんならてめえは、俺と一騎打ちと行くかい?」


 ヴァルナガンは愉快げに笑う。


「……当たり前だ。お前なんか、僕一人で十分だ」


 エリオットも強い口調で言い返している。

 しかし、こればかりは申し訳ないことに、結果としてわたしの我が儘に彼を付き合わせる形になってしまった。


「いいんですよ。僕だって、あいつとは一対一で決着をつけたいと思っていたんですから」


 エリオットは、そんなわたしの胸中を見透かしたように、そんな言葉をかけてくれた。だが、それとは別に心配そうな声をかけてくる者もいる。


「でも、奴らは危険な相手よ。いくらなんでも一対一なんて危険だわ」


「おや? シリルはわたしの実力が信じられないか?」


「そうは言ってないけど、全員で当たった方が勝率は高いでしょうに……」


「万が一にも君に何かあれば、世界は救えないんだ。当然だろう?」


 口ではそう言ったものの、わたしの本音を言えば、少し違う。このまま多勢に無勢で彼女を倒すことに、何故か抵抗を感じていただけだ。


「で、でも……」


 だが、そこで、なおも不安げな顔をするシリルの肩を叩いた者がいた。


「わっかんないかなあ! だから、シリルはダメなんだよ」


「レイフィア。あなたにはわかるって言うの?」


「教えてあげない。ただ、あたしからも、ひとつ。……ルー姉。これからあたし、この島の四方に陣を描いてくる」


「なら、あなたは戦うのですか? 一騎打ちではなく?」


「嫌だなあ、信じてよ。あたし、絶対に一騎打ちの邪魔はしないよ。あたしがするのはただ、こいつらがエイミアたちに助太刀しようとしたら、焼き尽くしてやることだけだよ」


「…………」


 ルシエラは黙り込む。かつて平然と自分を裏切っておきながら、この場面で自分を信じろと言うレイフィア。場合によっては今の仲間さえ攻撃するつもりだとの過激な言動には、わたしたちまで絶句してしまった。


「がははは! レイフィアも、ますますいい女になったじゃねえか!」


 だが、ヴァルナガンだけは、何がおかしいのか爆笑している。


「じゃあ、頼むぜ! 俺らの決戦の舞台に、とっておきの『禍熱領域バーニング』を用意してくれよなあ!」

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