第183話 ドリーム/百聞は一見に如かず
-ドリーム-
「うん。今日のところは、こんなものかな。今日も良く眠ってるね」
わたしは、《純真世界》の魔法を終え、軽く息をつきました。最初の時より慣れてきたとはいえ、それなりに消耗の大きい【魔法】であることに変わりはありません。少しばかりの脱力感を覚えつつも、医務室のベッドで眠りにつくセフィリアの手を握りました。セフィリアの状態は、あれから数日が経った今も大きな変化はありません。
フィリスによれば、今の彼女は、依然として世界に馴染みきれていない《無法》が世界に危害を及ぼさないよう、『眠り』という形でその活動を抑えてくれているのだそうです。
「ねえ、セフィリア。今日はどんなお話をしようか?」
言葉を交わすことはできなくても、わたしの声は、彼女に届いている。その可能性は十分にあるとのことなので、わたしは今日も、彼女と『お話』をすることにしました。
「昨日は……シリルお姉ちゃんたちとわたしが初めて会った時の話をしたよね。それから、わたしがAランクモンスターに攫われて、皆に助けてもらった時の話も……。うん。それじゃあ、今日は……『精霊の森』のお話にしよう」
こうしてわたしは、自分が生まれてから今までのことを、眠り続けるセフィリアに語りかけているのです。
「素敵なところなんだよ。空気もおいしいし、水も綺麗で、何より『精霊』の気配がいっぱいで、わたしやフィリスにとっては、とっても気持ちのいい森なんだ……。でもね、やっぱり、例のごとく、そこでも色々な事件があったの……」
見た目には、ほとんど変化がないように見えるセフィリアですが、こうして手を握っていると、じんわりと温かい手の感覚に、わずかな変化を感じることができるのです。優しい鼓動。心地のいい波動。彼女がわたしの言葉に返事をしてくれているみたいな、不思議な感覚でした。
「そういえば、あの時もフェイルが裏で色々と手を回してたんだけど……セフィリアとノラは関わってなかったんだよね? どうしてなのかな?」
そんな風に質問をしても、答えは返ってきません。それでも、こうして対話を続けることもまた、彼女がこの世界との接点を保ち続けるために、必要なことなのです。だからわたしは、どんなに虚しいことに思えても、ひたすら彼女に語りかけます。
精霊の森のこと。アルマグリッドの武芸大会のこと。人造魔神や集まってきたモンスターとの戦いのこと。天空神殿でのノエルさんとの出会い。マギスレギアでのこと。魔導都市でのこと。……それから、セフィリアと初めて会った日のこと。他にも、話したいことはたくさんあります。
いつか彼女が目覚めたら、今まで話した想い出の地を、ひとつひとつ、一緒に旅して回りたい。それはきっと、楽しくて素敵な旅になるに違いないのだから。
「……そうだ。想い出話ばかりじゃ飽きちゃうかもしれないから、今度は本も読んであげるね」
わたしがそう言うと、彼女の手から伝わる鼓動が少しだけ強くなったような気がしました。
「ふふ! セフィリアは、あまり本とか読んだこと、ないのかな? じゃあ、楽しみにしててね。わたし、こう見えても結構な読書家なんだよ」
わたしは、手持ちの本のレパートリーを思い浮かべます。歴史の本や旅行記のほかにも、料理の本やお伽話、それから……恋愛の本もある。これならきっと、しばらくはセフィリアも飽きないでいてくれるかもしれない。そう思うと、なんだか少し嬉しくなってきてしまいました。
彼女が目を覚ました時には、わたし以上の読書家になっているかもしれない。そして、二人で好きな本を薦めあったりして、貸し借りしたりなんかもできるかも。そんな楽しい未来のことばかり、わたしは夢見てしまいました。
──でも、そんな未来を手に入れるためには、どうしてやらなければいけないことがあります。それは、世界を覆う狂った悪夢を終わらせること。
シリルお姉ちゃんが『世界律の再構築』を行うのに必要な手順は、あと一つです。最後の聖地『ララ・ファウナの庭園』にどんな困難が待ち受けていようとも、負けるわけにはいかないのです。
〈みんな、そろそろだよ。外部の様子を確認したい人は、食堂まで来てくれるかな。映像を映すから〉
船内放送による呼びかけの声が聞こえてきます。
「……じゃあね。セフィリア」
わたしは、決意も新たに立ち上がると、セフィリアの金の髪を一撫でしてから医務室を後にしました。
これからいよいよ、わたしたちの乗る魔導船『アリア・ノルン』は、北部の結界を越えて『ゼルグの地平』へと入ります。そこから先もそれなりの行程があるとのことで、つい先日、十分な量の食料や水を補給し終えたばかりでした。
つまり、ここから先はもう、後戻りは許されないと言うことです。わたしたちの旅の目的。その最終局面が、間もなく始まろうとしています。
「ああ、やっぱり、全員揃ったみたいだね」
ノエルさんが食堂で出迎えてくれました。どうやらわたしが最後だったようです。
「まあ、さすがに緊張の一瞬なんだろうし、自分の目で見ておきたいもんな」
食堂の座席に腰をおろしたルシアは、食い入るように画面を見つめていました。
「緊張の一瞬、というほどのものじゃないよ。理論的には間違いなく、結界を越えることはできるからね。ただ、【魔力】の消費は激しいし、ここを超えたらヴァリスには改めて補給作業をお願いしたいところだけど」
「ああ、心得た。動力装置の傍に行っていた方がいいか?」
「ううん。そこまで急ぎじゃないよ。……さて、レイミ。そろそろお願いできるかな」
「はいな! それでは、突入開始です!」
食堂の壁一面に表示された外の景色は、特に代わり映えのしない青空と平原がどこまでも続くものに見えます。けれど、ノエルさんによれば、これは『魔族』の結界が『ゼルグの地平』の姿を誤魔化すために移している幻なのだそうです。
「そう言えば、対策なしでここに突っ込んだ場合は、どうなるんだっけ?」
レイフィアさんが思い出したように質問していますが、それは前にもノエルさんがお話ししてくれたような気がします。
「クルヴェド王国の王城の時と同じだよ。いつの間にか、反対方向に進まされることになる。僕があの城の【変革魔法】を無効化する【魔導装置】を即席で創れたのだって、あの【魔法】の原理がこの結界に近かったからさ」
ついでに、『パラダイム』がこの北部結界を無効化して『魔神』を招き入れたのも、同じように『空間の歪み』で結界に干渉した結果なのだそうです。
「さあ、行きますよ」
画面の端に移るレイミさんの顔には、ごつい眼鏡のようなものがかけられています。確かルシアは、あれを『ごーぐる』と呼んでいたでしょうか。
それはさておき、船は音も無くゆっくりと進み、そして、一瞬だけ画面が揺らいだかと思うと、次の瞬間にはあの『灰色の世界』がわたしたちの前に姿を現していました。
「はい。無事に成功だね」
随分あっさりとした、ノエルさんの宣言。
「え? これで終わりなのかい?」
「てっきり、強い衝撃でも来るのかと思って身構えていたのだが……」
エリオットさんとエイミア様が拍子抜けしたような声で言いました。
「だから、言ったじゃないか。緊張の一瞬と言うほどのものでもないって」
そう言いながらも、ノエルさんの目は『灰色の世界』に釘付けとなっています。
「……僕自身は『ゼルグの地平』内の風景を見るのは初めてだけど……、これは何とも凄まじいね。こんなところに長い間いたら、気がおかしくなってしまいそうだ。……良く皆、無事に帰ってきてくれたね」
かつて自分がシリルお姉ちゃんをこの地に送り込んだことを思い出してか、身震いするような仕草をするノエルさん。
「でも、今回はノエルさんのおかげで、随分安全に進めそうで良かった」
アリシアお姉ちゃんはアリシアお姉ちゃんで、同じくこの『ゼルグの地平』では大変な目に遭っているのです。その時の辛さを思えば、こうして船の中から眺めていられる今の状況は、随分と気が楽なのでしょう。
「船の隠蔽機能があるから大丈夫だとは思うけど、この前の『グラウルラプルの道化師団』みたいな索敵能力のある敵もいないとは限らない。ヴァリスには時々、外の警戒をお願いするよ」
「任せておけ。……では、アリシア。【動力装置】に行こうか」
「うん。そうだね。やっぱり補給は早めがいいだろうし……」
ヴァリスさんとアリシアお姉ちゃんは、二人連れだって食堂から出て行きました。ノエルさんが言うには、動力の補給については、今ではあの二人が自主的に適宜、行ってくれているとのことでした。
「実際、ヴァリスの【魔力】には助けられているよ。この結界を越える装置もそうだけれど、何より最初の想定では【魔力】の不足がネックだったんだ。この船にここまで多彩な機能をつけられたのも、彼のおかげだね」
「さすがは『竜族』ってところだな」
ルシアがしみじみと頷いていると、いきなりレイフィアさんが大声を出しました。
「あ、思い出した! 『竜族』と言えば、結局、ラーズくんは来てくれないのかな?」
レイフィアさんの言う『ラーズくん』とは、ヴァリスさんの後に『竜の谷』の門番役についていた青竜のことです。前に『竜の谷』に行った時、レイフィアさんの発案で彼にわたしたちへの協力をお願いできないか、竜王様に打診したことがあったのでした。
「まあ、やっぱりヴァリスほどの外界への想いもなかったのかもしれないわね。竜王様も無理強いはさせないつもりだと言っていたわけだし。あわよくばって考えは、わたしにもなくはなかったけど、ヴァリスがいれば十分よ」
シリルお姉ちゃんはそうは言いますが、発案者のレイフィアさんにしてみれば、うまく行かなくてがっかりと言ったところなのでしょう。露骨に残念そうな顔をしていました。
「ちぇ! 意外とラーズくんも薄情だなあ。あんなにアリシアのことを姉上様って慕ってたくせに」
この場にアリシアお姉ちゃんがいたら、叫び出しかねないようなことを言うレイフィアさん。
けれどこの時、わたしたちはあの『青竜ラーズ』さんとあんな形で再会することになろうとは、夢にも思わなかったのでした。
-百聞は一見に如かず-
【創世の聖地】とされる『ララ・ファウナの庭園』は、位置的にはちょうど【真のフロンティア】の中央部に存在しているらしい。少なくとも『地上』の庭園は、冒険者ギルドの『2号ベースキャンプ』からそれほど離れた場所でもないとのことで、何度か冒険者たちにより探索が行われたこともあるとのことだ。
『ゼルグの地平』侵入から二日。目的地も近づいたとのことで、わらわたちは再び食堂兼会議室に集まり、外部の映像を確認していた。
灰色の空。灰色の大地。草も木も水でさえも、まともな色をしていない。だが、無理もない。この空間には南部の世界よりも【瘴気】の濃度が若干高く、そのために『精霊』の類が一切存在しないのだ。世界の調整役である『精霊』がいなければ、世界はどこまでも歪に形を変えていく。
「そう言えば、シリルの着てる『紫銀天使の聖衣』も、その庭園で入手された布地を使ってるって話だっけ?」
「ええ、そうよ。聞いた話だと、庭園には【瘴気】を浄化する作用のあるものが数多く安置されていたらしいわ」
「【瘴気】に満ちた世界のど真ん中に、そういうものがあるってのも、なんだか意味深だな」
「そう言えば、そうね。何か理由でもあるのかしら?」
ふむ。ここはひとつ、わらわが教えてやらねばならんようだな。わらわは、ルシアとシリルの二人の会話に割り込むように口を開いた。
〈『神』の【事象魔法】は文字どおり、世界の【マナ】に直接命令を下すことで、世界そのものを自由に改変するものだ。当然、作用させる【マナ】が純粋であればあるほど、効果の高い【魔法】が使用できる。上空に【湧出宙域】があったのなら、その手の道具を『地上の庭園』に置いておく意味もあったのだろう〉
すると、今度はそれにノエルが反応する。
「……なるほど。だとすれば、こんな感じかな? 上空には神々が集う庭、地上には『神』を崇める『魔族』が祈りをささげる庭──なんとも象徴的な感じがするね」
言い得て妙だ。ノエルの言うとおり、何かと『魔族』の連中は、宗教的と言うべきか、象徴的なものを造ることを好むようだ。そう考えれば、地上の庭園とやらはまさに、『魔族』の神殿のようなものなのかもしれない。
「そんな難しい話はいいじゃん。百聞は一見にしかずだよ。もうすぐ着くんでしょ?」
レイフィアが気楽な調子で鼻を鳴らす。確かに、彼女の言うとおりだ。推測で議論を続けるより、現物を目にした方が話は早いはずだった。
それから間もなく、わらわたちは目的の場所と思われるモノの前に辿り着く。
──千年前、栄華を誇った庭園。
神が集い、『魔族』が集いし、【創世の聖地】。
「うわあ……こりゃ酷いね。これが遺跡? っていうか、何にもないじゃん」
『アリア・ノルン』の食堂兼会議室。その壁面には、『眼下』に広がっているはずの景色が映し出されている。レイフィアの言うとおり、かつて神々を崇め称える神殿であっただろう建造物は、見るも無残に破壊されていた。
灰色の草原の中に転がる、無数の瓦礫。石畳と思しき床面には亀裂が縦横に走っており、無事な箇所などひとつもない。
「どういうこと? ここもあの『シェリエル第三研究所』みたいに地下に広がる遺跡なのかしら?」
「……どうだろうね。映像から確認する限り、瓦礫はほとんど風化していない。つまり、あの破壊はごく最近のものだ」
シリルの疑問に答えながら、ノエルは手元の操作盤に指を走らせている。
「……ほら、多分これが破壊の『原因』だと思うよ」
壁面に表示された映像が切り替わる。粉々に飛び散る瓦礫の一角に、一際巨大な塊が落ちているようだ。映像は徐々に大写しにされ、ようやくその正体がはっきりする。
「こ、これは……」
翼を生やした巨大な体躯。四つの足それぞれに鋭く巨大な爪を生やし、大きく裂けた顎の牙が白く鈍い輝きを放っている。半開きの口からは力無く舌が横に垂れており、血走った目には生気の色もない。
「モンスターか?」
「……ううん。違うよ」
ヴァリスの声に、アリシアが首を振る。
彼女には、アレの正体がわかるのだろうか?
「では、なんだ?」
「うん。あれは……『魔神』だと思う。肉眼で見ないとそれ以上はわからないけど、でも、あれはモンスターじゃなくて、『魔神』だよ」
アリシアの言葉に、場の雰囲気が静まり返る。あれが『魔神』だとするならば、それをあんなにも無残に殺してのけた存在が、他にいるかもしれないと言うことになる。
『魔神』の胴体に風穴を開け、鋼のようにも見える全身の鱗をズタズタに斬り裂き、その肉体の半分を『氷漬け』にしてのけた何者かが、この場にいるかもしれないのだ。
「ん? あれはなんだ?」
ルシアが何かに気付いたようだ。わらわも彼が指を差した方に目を向ける。映像の端に、何か蒼いものが映っている。
「え? あれって……」
「ラーズ!」
「きゃ!」
ヴァリスの叫びに、アリシアが短い悲鳴を上げる。ノエルがすかさず映像を操作し、中央に捉えた蒼い影。それは、かつて『竜の谷』で会った青竜ラーズの姿だった。
「ノエル! 船を降ろしてくれ!」
「うん。わかった。……レイミ。お願いできるかな?」
〈はいな〉
操縦室にいるレイミから返事が聞こえると同時、船の高度は徐々に下がり始めた。
「他に敵がいないとも限らない。慎重にね」
とはいえ、ヴァリスは気が気でないようだった。先ほど画面に映ったラーズの姿は、『魔神』ほどではないとはいえ、ボロボロに傷を負った酷い有り様だった。
「よし、行くぞ!」
慌ただしく準備を整え終えたわらわたちは、庭園の一角に倒れたままの青い竜へと駆け寄っていく。
「ラーズ! 何があった! どうしてお前がここにいる?」
真っ先に駆け寄るヴァリスの声にも、ラーズは反応を見せない。どうやら気絶しているらしい。
「ヴァリス。落ち着いて。わたしが確認するわ」
ルシアやエリオットたちに周囲の警戒を任せ、シリルは青竜の身体の周りを歩き回り、傷の具合などを確認する。
「ど、どうだ? エイミアに【生命魔法】をかけてもらうべきではないのか?」
「まあ、それも必要でしょうけど……彼が気絶しているのは怪我のせいじゃないわ」
「なに? では、何だと言うのだ?」
シリルは青竜の身体に手を当てたまま、小さく首を振る。
「……信じられないけど、【魔力】の枯渇が原因でしょうね」
「枯渇、だと?」
「ええ、人間の場合なら、自分の適性を超えるレベルの【魔法】を無理矢理使おうとした場合なんかに起きる症状だわ。まあ、人間なら死んでいるところだけど、『竜族』の並外れた生命力が幸いしたわね」
「そ、そんな馬鹿な! 『竜族』の【魔力】が枯渇するだと? ありえん!」
今度はヴァリスの方が激しく首を振る。だが、グランを知るわらわにも、これは信じられない話だ。常に世界から【マナ】を取り込み、体内で爆発的に増幅させることができる『竜族』は、それこそ無尽蔵の【魔力】を有する存在だ。それが枯渇するなど、本来ならあり得ないはずだった。
「事実は事実よ。……ただ、原因の一つとして考えられるのは、この『ゼルグの地平』の中は南部より【瘴気】の割合が高いということもあるかもしれないけど……」
だが、いかに世界が灰色に染まるほどの【瘴気】があるとはいえ、それを遥かに上回る【マナ】もまた、存在しているのだ。でなければ、人間がこの『ゼルグの地平』内で活動すること自体が困難だっただろう。
「ラーズ……お前に一体何があったのだ……」
ヴァリスが呆然とつぶやいた、その時だった。
「な! お前!」
「どうしてここに!?」
ルシアとエリオットの鋭い声が響き渡る。
「え? どうしたの? ……って、げげ! ルー姉!」
彼らとは逆方向を警戒していたレイフィアがこちらに駆け戻るなり、ぎょっとした顔で叫ぶ。
「随分と遅かったですね。『彼』の周りに【マナ】の流れを阻害する網を張るのにも、そろそろ飽きてきたところでした」
感情のない、平坦な声音。灰色の平原をこちらに向かって真っすぐ歩み寄ってくるのは、羽根飾りが多い純白の衣装に身を包む、一人の女だった。
「ルシエラ……。あなたがラーズを?」
「いいえ。今回は違います。わたくしは彼に再戦のチャンスを差し上げたのですが、結果はこのとおり。まあ、遥か上空を経由することで『魔族』の結界を乗り越えたのは大したものでした。しかし、『魔神』に行く手を邪魔された程度のことで怒り狂い、【魔力】を使い果たしてしまうなど、未熟にも程があるとは思いませんか?」
「……わかるような、わからないようなことを言うわね。あなたの目的は何?」
要領を得ない言葉に、シリルが再度問いかけるも、彼女はそれに答える気は無いようだった。
「……いずれにしても、貴様らがラーズをこのような目に遭わせた原因か。覚悟はできているのだろうな?」
ヴァリスは声に怒りを漲らせ、ルシエラを睨みつける。
「これは心外です。世界を救おうとするあなたたちにとって、最大最強の障害を『二つ』、取り除いて差し上げた親切心を理解していただけないとは」
などと言いながら、相変わらずルシエラの声にも表情にも、ほとんど変化はない。敵であるはずのわらわたちの前に、ヴァルナガンも伴わずに姿を現しておきながら、随分と余裕を見せている。
「……まさか、あなた。わたしたちと敵対するつもりが無いの?」
同じくそれをいぶかしく思ったのだろうシリルが、確認するように問いかける。だが、ルシエラは、ここで初めて首を振った。
「わたくしが受けた任務は、あなたがたに『世界の絶望』を見せつけた後、あなたをメゼキス・ゲルニカ本人の元まで連行することです。あなたがそれに従うなら、確かに敵対はしないでしょうが……」
「ふざけんな! メゼキスだろうがリオネルだろうが、信用できない『魔族』の連中なんかにシリルを渡してたまるかよ!」
ルシアは叫びながら剣を構え、ルシエラに切っ先を突きつける。
「まあ、そうでしょうね。ですが、戦いの前に、あなたたちに『世界の絶望』をご覧に入れましょう」
「世界の絶望だと?」
「ええ、まあ……百聞は一見に如かず、ですね。あなたたちの目的地でもある『空中庭園』に、ソレはあります。そこの『竜族』のおかげで大分小さくはなっていますが、それでも十分に鑑賞に堪える代物だと思いますよ」
ルシエラは、しなやかな手を頭上に伸ばし、白い指先で天を指差していた。