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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第18章 世界の欠陥と少女の純真
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幕 間 その34 とある賢者の悲願

     -とある賢者の悲願-


 あの日、わたしは自らの危機に際し、様々な手を打った。手違いなど起こさぬよう、万が一にも備えるべく、絶対確実を期して無数の方策を講じた。無駄とも思える手段まで含めれば、その数は恐らく百を超えるだろう。だが、特に根幹をなしていたのは、次の四つだ。


 我が身を護るための自衛手段の用意。

 刺客を誤魔化すための影武者の用意。

 万が一のためのバックアップの用意。

 そして何より、悲願達成のための延命手段の用意。


 他の賢者とわたしの明暗を分けたものは、間違いなく、わたしが有する『万全主義』に他ならなかっただろう。


 わたしの影武者を含めた旧七賢者を抹殺し、リオネル・ハイアーランドが据えた新たな七家の『後釜』たち。


 そのうちの一人には、影武者兼延命手段ともなる『命の傀儡』を配置した。

 傀儡となった歴代の『メゼキス・ゲルニカ』には、あえて『元老院』の権力争いを行わせ、俗物めいた印象を与えることで、奴の警戒心を解くよう心掛けた。


 さらに別の一人には、我が血脈を受け継いだ『バックアップ』を配置した。

 これはむしろ、常に万全を求めてしまいがちな己の心の平穏を得るためだ。その主義ゆえに生まれてしまう、『力み』や『恐れ』といったマイナス要因。

 だが、己の子孫というバックアップの存在があれば、そうした要因は多少なりとも取り除かれ、わたしの行動は『最適化』されるのだ。すべては、『神』の世のため。それが叶うならば、わたし自身の命など塵芥も同じだった。


 それに、優秀な『血族』の存在は、それだけでわたしの心を満足させる。もちろん、優秀であるがゆえに実用性も高い。自覚こそありはしないが、『最高傑作』を護るべく今も優れた働きを見せてくれていることだろう。


 最後に、わたし自身の『自衛手段』だ。数百年の時をかけ、延命に延命を重ねるうちに、一番の懸念は寿命による死ではなく、外的要因による死へと移っていた。

 だからこそ、わたしは『この研究』に力を注いだと言ってもよい。カシム・オルドは愚かな男ではあったが、研究者としてはそれなりに役に立った。最後の最後でわたしの研究を完成させるのに不可欠な要素を提供してくれたのだ。結果として、わたしは外的要因を恐れる必要が無くなった。


『惨劇の天使』によってもたらされた、混沌と狂乱。

 その中にあって、わたしは数百年間にわたり、機が熟すのをひたすらに待った。


 我が傀儡を除く七賢者の後釜たちは、何の疑いもなく『神官長』に従っていた。だが、わたしは違う。なぜならわたしは、奴が『神』を信奉していないことを知っているからだ。

 だからわたしは、組織の内部に様々な糸を張り巡らせ、人脈を築き、信用できるものにのみ正体を明かして絶対の忠誠を誓わせた。


 我らの悲願である『神』の帰還。

 そのための『世界の理』計画。


 その土台として、『元老院』の内部に徐々に形成されていった『神官長』への対抗戦力。そのことは少なからず、奴にも知られてはいるだろう。とはいえ、奴も代替わりを繰り返す『わたしの影』には、大して警戒心を抱いていないようだった。


 そもそも奴の力など、たかが知れている。奴がこの『魔導都市アストラル』で最大の権力を握っていられるのも、単に奴がこの都市の『生命線』を握っているからにすぎないのだ。


 我らが『魔族』の最高神。

 絶対の秩序を司るハイアーク・ゼスト様が遺された、世界最強の【神機】

 空間創造兵器『エデン・アルゴス』


 我らが住まう【異空間】は、文字どおり『世界の秩序』を意味する【神機】の力により、創造されたものだ。あの混乱の【儀式】の後、隔離空間から世界に解放された『竜族』。復讐に狂い、“超感覚”を駆使して世界を飛び回る奴らから身を隠すため、我らは【異空間】の内部に都市を創って生きるより他はなかった。


 だが、奴の持つこの『武器』は、言ってみれば自爆スイッチのようなものだ。こちらとしては、奴を自暴自棄に追い込むようなことはできないにしても、多少の無理を押し通すことならできる。奴とて、この【異空間】を消滅させるなどという真似は、そうそうできるわけがないのだから。


 ──闇の中に、光が射しこむ。


 わたしが己が身を安置するこの部屋に、何者かが扉を開けて入ってきたのだろう。いかに傀儡どもに命を繋げ、己の寿命を伸ばし続けているとは言え、【魔力】の消費は少ないに越したことはない。わたし自身は、こうして自室の『玉座』に座したまま、眠り続けていることも多い。


 来るべき日のため、己の余力は残しておくに限る。ゆえに、わたしには様々な『手足』があった。たった今、入室してきた者も、その一人だ。


「メゼキス様。失礼いたします」


 平坦な声。冷静さを保ち続ける女。下賤な人間の身でありながら、我が配下の内では最強の力を有する化け物であり、それゆえに重宝している。


「……なんだ?」


 わたしは玉座の上で腕を振る。すると、室内をまばゆい明かりが照らしだす。部屋の入口から、羽根飾りの多い純白の衣装をまとった一人の女が歩いてくる。やがて女は、我が玉座の前にひざまずくと、何の感情も宿さぬ声で報告を始める。


「……以上が、シリル・マギウス・ティアル-ンの動向でございます」


「首尾は上々、というわけか」


 『世界の理』計画そのものは、実に順調に進んでいる。

 《収束する世界律ラグナ・マギウス》による世界の混乱を避けるため、時を止める【儀式】。【回帰の聖地】『精霊の森』において、シリルの目的がその【儀式】であることが確認できた時点で、わたしは部下に奴らへの干渉をやめさせた。


 人身に堕したとはいえ、『竜族』の協力を得ているらしいことには驚かされたが、計画には何の影響もない。伝え聞く程度の力では、『世界の絶望』は攻略できないからだ。せいぜい『寄り道』させておけばいい。


 『最高傑作』が損なわれる懸念はあったが、【聖地】を巡る程度のことでは、大した危険はないものと判断した。いずれは自分の足で【創世の聖地】に至るというのであれば、下手に手を出すより安全だろう。


 危なかったのは唯一、【地の聖地】が存在する人間どもの王国に、『魔神』が襲撃を仕掛けた時のことだ。忌々しい『パラダイム』の自殺行為ともいうべき愚行は、危うくシリルを巻き込むところだったのだ。やむなくわたしは、シリルを護るよう命じて、自身の有する最高戦力を送り込んだ。


 結果、『パラダイム』は壊滅し、『最高傑作』も無事だった。

 我が求める真なる『世界の理』計画。その実現のため、残る懸念はあとひとつだ。


「ところで……リオネルの狙いは掴めたか?」


「残念ながら、掴めておりません。依然としてシリルに執着しているらしく、聖堂騎士団を動かした形跡はありますが……」


「……ふん。役立たずめ」


 わたしは吐き捨てるように言う。


「申し訳ございません」


 まったく表情を変えず、謝罪の言葉を口にする女。その心の内は、まるで読めない。薄々ではあるが、この女が何かを隠しているだろうことはわかる。リオネルと繋がっている可能性も否定できない。元々、金で動くような女なのだ。


 利用価値こそ高いが、信用はしていない。

 どれだけ強力だろうと、所詮は取り換えの利く駒に過ぎない。


 そもそもわたしは、誰も信じてはいない。信じる必要などない。

 なぜなら、今のわたしには、この数百年間で培い、ここ数年で完成させた最強の『力』がある。強大過ぎるがゆえに使用は控えているものの、いざとなればすべての盤面を独力で覆すことさえできるのだから。

 

「だが、聖堂騎士団か。リオネルの手駒には、理解できないモノが多いな。……貴様は、奴らの『団長』を見たことがあるか?」


「はい」


「どうだ? 貴様ならそやつを殺せそうか?」


 それは、戯れの問いかけだった。


「メゼキス様がお命じになれば、すぐにでも」


 わずかな躊躇もなく答える女。わたしはその答えに満足する。児戯にも等しい問答だが、『即答』というのが気に入った。


 リオネル・ハイアーランドは、この数百年、暗闘を繰り広げてきたライバルともいうべき相手だ。もうじき決着という段になって、わたしは彼我の力を比較してみたくなった。


 奴がいかなる手段でこの数百年の命を長らえてきたのかは不明だが、それでも奴とわたしの有する『力』を比べたならば、今やわたしの方が上であろう。これは絶対の確信がある。


 組織的に見ても、それは明らかだ。


 わたしには、『元老院衛士団』がいる。かの組織は今や、ほぼ七割方がわたしの手の内だ。さらにわたしは、『幻獣』発生装置の制御権をも有している。つまり、『数の力』でもわたしが奴を圧倒していると言ってよい。


 リオネルの保有する最大の武器は、いわずもがなの『エデン・アルゴス』だが、先にも触れたように、あれは自爆兵器としてしか使えまい。

 他には、『大聖堂』そのものが考えられるが、これは信者数こそ多いものの、武力は皆無であり、そもそも戦力には数えられまい。


 となれば残るは、『聖堂騎士団』のみ。かの騎士団は、遥か数百年前から謎のベールに包まれたままだ。表舞台で力を振るったことは数える程度でしかない。裏では奴らの仕業と思しき事件も起きてはいるが、まるで尻尾がつかめない。


 そのことが唯一、わたしの心に棘となって刺さっている。

 わたしの計画は、完全で完璧なものでなければならない。わずかでも不安要素があってはならない。『万全主義』にもほどがあるかもしれないが、しかし、それがあの日、我が同志たる本来の『七賢者』が奴に殺されていく中にあって、わたしの命を救ったものなのだ。


「聖堂騎士団の所在さえ掴めれば、貴様に命じてやっても良いのだがな」


 残念ながら、リオネルの聖堂騎士団は、その本拠地の場所すら不明だ。『大聖堂』から出撃する姿が目撃されたことはある。しかし、『大聖堂』の内部も、わたしの手の者に監視させてはいるが、武装集団の存在自体が確認できていない。隠し部屋があるという形跡すらないのだと言う。

 そもそも、無数の信者どもが礼拝するために出入りしてはいるものの、建物内に常駐する人手と言えば、ごく少数の『神官』たちのみなのだ。


 ──とはいえ、そればかりは、これ以上考えても詮無きことだ。神出鬼没であるという点さえ押さえておけば、聖堂騎士団とて恐れるに足りない。


 それよりは、目前に迫った『悲願』にこそ目を向けるべきだろう。


「……ルシエラ。わかっているな? 貴様は、奴らを【創世の聖地】で出迎えてやるのだ。シリル・マギウス・ティアルーンも、あの『世界の絶望』を見れば眼が覚めるだろう。くだらぬ夢を捨てて絶望し、己が道具としての本分を思い出すだろう。しかるのちに、我が元まで連れてまいれ」


 わたしは気分よく、歌でも歌うようにそう告げた。


「【ゲートポイント】の使用は?」


 しかし、ルシエラは、事務的な言葉を無機質に告げてくるのみだ。


「……問題ない。最近のリオネルは特に警戒が甘い。元老院議長の命令書なら、容易に偽造できる」


「承知しました。それでは、わたくしの今回の任務を確認いたします。──【創世の聖地】『ララ・ファウナの庭園』にて、シリル・マギウス・ティアルーンを迎え、彼女らに『世界の絶望』を見せつけた後、絶望した彼女を『魔導都市』まで連行する──以上でよろしいでしょうか?」


 どうでもよい言葉まで忠実に繰り返すルシエラに、わずかな苛立ちを覚えはしたが、間違いではない。わたしは鷹揚に頷いてやった。するとさらに、欲の皮の張ったこの女は、わたしの苛立ちをあおる言葉を口にする


「で、報酬はいかほどでしょう?」


「……好きなだけ要求しろ。どうせこれが、最後の任務だ。我が悲願さえ叶えば、貴様のような下賤な人間の力など必要なくなる」


「ありがとうございます」


 優雅に一礼し、部屋を後にするルシエラ。馬鹿な女だ。我が悲願──『神』の帰還さえ叶えば、用済みの駒など真っ先に抹消するに決まっていると言うのに。

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