第180話 可愛い人/取り戻したもの
-可愛い人-
登山道の途中で、凍りついていた人々の治療を続けることしばらく。
気づけば、周囲の景色に劇的な変化が起きていた。
「……どうやら、シャルがやってくれたみたいだね」
氷の世界が元の色を取り戻していく様を見つめ、ノエルさんが安堵の息を吐く。
「洪水の心配はないんですか?」
僕がそう尋ねると、ノエルさんはさも心外だという顔をした。
「僕が対策を施したんだ。大丈夫に決まってるだろう?」
「そ、そうですね。すみません。疑うようなことを言って」
自信満々に断言するノエルさんに、僕は謝罪の言葉を返す。
そもそも、上流の水をせき止める形で徐々に凍りついていったのでないかぎり、溶けだした水で洪水が発生する心配はない。それがノエルさんの説明だった。いや、ちょっと待てよ? だとすると、彼女がそんなに胸を張る理由もないんじゃ……?
僕がそのことを指摘すると、何故か彼女は烈火のごとく怒りだした。
「胸を張るなだって? まったく、君って奴は! なんてデリカシーに欠けることを言うんだろうね! 僕は心底傷ついたよ!」
「え? え? い、いや、その、意味が分からないんですけど……」
「うふふふ。まあまあ、すみませんね。エリオットさん。彼女のトラウマが再燃したみたいでして……わたしのせいでもありますし、ご迷惑をおかけします」
何故かレイミさんに頭を下げられた。ますます意味が分からない。
「こらこら、まだ治療は終わってないんだ。わたしにだけ働かせるつもりか?」
「あ、す、すみません」
エイミアさんが呆れたような声をかけてきたので、僕は慌てて作業に戻る。とはいえ、僕には【魔法】が使えるわけではないので、やることと言ったら横に寝かせた人々の容体に変化がないか確認することと、ノエルさんの指示に従って細かい作業を手伝うことぐらいだ。
そして、ようやく作業がひと段落する頃合いになってようやく、頂上へ向かっていた皆が下りてきた。
憔悴しきった皆の様子を見るだけで、山頂で待ち受けていた困難がどれほどのものだったのかが、わかるようだった。
「うん。皆が無事で何よりだ。……お帰り」
そんな彼らに、ノエルさんはいつものとおり、「お帰り」と言う。何が起こるかわからない『氷の世界』のその奥に、自分が世界で一番大切に思う相手を送り出して、帰還を喜ぶ言葉がその一言。言いたいことなら山ほどあるだろうに、彼女はいつだって、僕らの、シリルの帰りをそんなふうに迎えてくれる。
僕は自分が待つ側になって初めて、そんな彼女の偉大さに気が付いた。
「ただいま。ノエル。ちょっと大変だったけど、どうにか無事だったわ」
シリルはシリルで、にっこり笑ってそんな彼女に返事を返す。
「ヴァリス? その腕はどうした」
エイミアさんがヴァリスの怪我に気付き、彼に駆け寄っていく。
「心配ない。シャルにも【生命魔法】をかけてもらったところだ。すぐに治る」
「馬鹿を言うな。辛うじて原形をとどめている程度じゃないか。一体何をしたらそんな……」
呆れたように言いながら、エイミアさんはヴァリスの腕に【生命魔法】を重ねがけする。僕はそんな光景をぼんやりと見つめていたのだが、先ほどから他にも気になるものがあった。
「ルシア……もしかして君が背負っている子って……」
「ん? ああ、セフィリアだよ」
黄金の輝きを宿した長い髪の少女。純白のワンピースをまとった彼女は、まるで死んだようにルシアの背中にもたれかかっている。ちらりと視線を転じれば、そのすぐ隣には、シャルがいた。彼女は何故か、少し悲しそうな顔をしている。
「まさか、その子……」
「いや、セフィリアは無事だよ。眠っているだけだ。……まあ、いつ目を覚ますのかはわからないけど、少なくとも死んではいないらしい」
だとすれば、何故シャルはあんな顔を?
「……ノラが助けてくれたんです」
そうつぶやくシャルの声は、悲しみに揺れている。
「ノラ? ……セフィリアの中にいた『蛇神』様だったかな」
ローグ村の守り神だった少女。彼女に何かあったのだろうか。
「とにかく、いったん船に戻ろう。ヴァリスの状態も良くはないし、連れて帰らなくてはいけない人も多い。近くまで船を持ってこないといけないね」
場の雰囲気が暗く沈みかけたところで、ノエルさんがそう言って皆の話を打ち切る。詳しい話なら、後で聞いてみればいいことだろう。僕らは『ファルーク』や『リュダイン』の力も借りて、街の調査隊や冒険者の人々を連れ、山を下りることにした。
──結局、魔導船『アリア・ノルン』には、これまでになく多くの人々を収容することになった。ほとんどが半病人であったため、全員まとめて一番広い訓練室をあてがうことにしたのだが、これがまた大仕事だった。簡易式の寝台や寝具を持ち込む作業を終えて、ようやく一息ついたころには、空には月が昇っている。
休憩がてらに集まった食堂では、シャルがセフィリアを救ったときの話が始まっていた。セフィリアの呪縛を解き放つ【魔法】を使った直後は、シャルたちのいた空間が崩壊を始めたため、かなり危ういところだったらしい。
そこで身を挺して彼女たちを救ったのが、その場に居合わせた『ジャシン』の少女ノラだった。彼女は自分と自分が取り込んできた世界中の『ジャシン』の力を振り絞り、崩壊する世界の中に一本の『道』を生み出した。
結局、シャルたちはその道のおかげで脱出に成功したものの、最後まで『道』の具現化に力を注ぎ続けたノラは、崩壊する世界に飲み込まれて消えてしまったということだ。
「わたしたちのために、ノラが……」
話を終えたシャルは、悲しげにうつむいている。
「大丈夫よ、シャル。ノラは『ジャシン』でしょう? 元々が精神体である彼女なら、その場から逃げることもできたかもしれないわ。『歪み』の力なら、緊急避難的に自分が身を隠す場所だって創れるでしょうし……」
そんなシャルを慰めるように肩を撫でてやるシリル。ノラもセフィリアも、かつては敵だった相手ではあるけれど、彼女たちの境遇を聞けば聞くほど、同情の念ばかりが湧いてくる。シャルが【地の聖地】『エルベルド』で見たという記憶が本当の話なら、彼女たちは僕の村の恩人で、ある意味、僕の命の恩人でもあるのだ。
シリルの言葉に一縷の望みを託し、彼女の無事を祈りたい気持ちは僕も同じだった。
「それで、セフィリアの方はどんな様子だ?」
ルシアがノエルさんに尋ねる。セフィリアだけは訓練室ではなく、船内の医務室の寝台に寝かせつけてある。
「……うん。正直、まだわからない。彼女の存在自体が未知数だからね。ただ、シャルの話を聞く限り、フィリスの言う“天意無法”を世界に馴染ませる試み自体は成功しているのだろうし、後は時間の問題じゃないかな」
「時間の問題か。……いつ目覚めるかはわからないのか?」
「……フィリスが言うには、本当なら何千年もかけて馴染ませるところを、かなり短縮できたはずらしいんだけど……」
シャルが少し不安げな顔で言う。確かに、元々が数千年単位だったのだから、短くなったと言われたところで、なかなか安心できるものじゃないだろう。僕とエイミアさんは顔を見合わせる。ノラの安否も不明なところに、セフィリアまでいつ目覚めるかわからないとあっては、何と言葉をかけてあげたものかわからない。
「だったら、何度でも頑張ればいいだろ? その馴染ませる【魔法】だって一度しか使えないわけじゃないんだろうし、これからはずっと一緒なんだ。目覚めてくれるまで何度でも使ってやればいい。シャルの友達として、近いうちにちゃんと紹介してくれなきゃ困るぜ?」
気楽な調子でそう語りかけたのは、ルシアだった。
「……うん、そうだよね。わたし、頑張る!」
暗かったシャルの顔に生気が戻る。ルシアもなかなかやるものだ。僕は思わず感心してしまった。
「……なんだか、ルシアって随分セフィリアのことを心配してるわよね。柄にもなく気の利いたことまで言っちゃって」
「え? な、なんだよ、いきなり……」
横合いから急にかけられたシリルの言葉に、戸惑うルシア。どうやらまた、恒例のやりとりが始まるらしい。僕は再びエイミアさんと顔を見合わせる。
「そう言えば、山から下りてくるときも、セフィリアのことを背負っている間中、『こうしてみると、可愛い寝顔だな』とか言ってたし……」
「いやいや、シリル。その言葉の前に『あんなに怖かった割には』って言ったはずだぞ。それがあるのとないのとじゃ、全然意味が違うじゃないか」
「そうかしら? 逆にムキになって否定するところが怪しいわ。やっぱり、あなたって、ああいう子が好みなんじゃないの?」
今回はシャルの前で演技をしているというのではないのだろう。そんな必要がある場面でもない。けれど、言っていることは前回の焼き直しみたいなものだ。つまり、あれはあれで、彼女の本音だということだろうか。
「……あーあ。あの時と『今』とじゃ、状況が違うってことに、気付いてないみたいだね、シリルちゃんも」
どこか楽しげなアリシアさんのつぶやきが聞こえてくる。最初はその意味を計りかねていた僕だったけれど、目の前で続く展開があっさりとその疑問を氷解させる。
「ああ、もう、いい加減にしてくれって。……いいか、シリル。お前、大事なことを忘れているぞ」
「な、なによ?」
拗ねたような顔で訊き返すシリル。そんな彼女に向かって、彼は大きく息を吸うようにしてから、こう言った。
「俺が誰のことを可愛いと思おうが、俺の気持ちは決まってるんだ。お前が心配することなんかないさ」
「ふえっ!?」
喉から空気が漏れるような奇妙な音と共に、シリルの顔が真っ赤に染まる。
「だ、だからだな……心配しなくても……俺は、お前のことが一番可愛いと思ってるよ」
「…………な、な、う」
陸揚げされた魚のように口をパクパクと開閉し、意味不明な呻き声をもらすシリル。それはそれとして、この状況は間違いなく、『彼女』の好物だ。
「うおおお! う、羨ましいいいい! 一度でいいから言われてみたい! ああ、もう、さいこー!」
「いやあああ! レイフィア! う、うるさいわよ!」
シリルは、頭を抱えて叫び出す。耳まで赤く染めた彼女の目には、恥ずかしさのあまり涙が溜まっているようだ。
「『俺には、お前が一番可愛く見えるよ、お前しか目に入らないんだ』だって! きゃーきゃーきゃー!」
「そ、そこまでは言ってないだろ!」
ルシアはそう否定するが、ほとんどそこまで言ったも同然の台詞だったと思う。まさか、これだけ他の皆が集まっている場所で、あそこまで大胆な台詞が言えるなんて大したものだ。思わず尊敬してしまいそうだった。
などと思っていると、横合いから袖口をぐいぐいと掴まれる。
「どうしましたか、エイミアさん?」
「……エリオット。頼むから君は、皆の前であんなこと、言わないでくれよ?」
恥ずかしそうな顔でためらいがちな言葉を口にするエイミアさん。そんな彼女に、僕は思った通りの言葉を口にする。
「大丈夫です。言うまでもなく、僕はエイミアさんが一番可愛いと思っていますから……って、いたた!」
頬を膨らませたエイミアさんに、脇腹をつねられてしまった。
-取り戻したもの-
食堂での食事を終えた後、わたしは彼の耳を手で掴み、引っ張るようにして歩き出す。
「いたたっ! 痛いですって。心配しなくても逃げたりしません。ちゃんと大人しくついていきますから、離してくださいよ」
もう何と言うか、この言い方からしていただけない。気に入らない。どうしてこんなに上から目線なのだろう? 育て方を間違った、と言うほど育ててはいないけれど、どうしてこうなったのか首を傾げたくはある。
昔の彼はもっとこう、素直で純真だったはずだ。
「あの、どこに行くんです?」
「わたしの部屋だ」
わたしはむすっとした顔のまま、それだけ告げる。すると彼は、何かに納得したような顔でそれ以上の反論をしてこなくなった。なんだか、ますます気に入らない。
わたしは乱暴に自分の部屋の扉を開け、エリオットを先に入れると後ろ手にしっかりと扉を閉める。
「レイフィアはどうしたんですか?」
彼女はわたしと同室だが、後しばらくは戻ってこない。ついさっき、『風糸』でそう頼んだからだ。
「それだと、後でからかわれませんかね?」
「心配ない。わたし自身に対しても含め、この件について口外しようものなら、わたしにも『考え』がある、と話してやったら快く了解してくれたよ」
「……あはは。まさかあのレイフィアが恐怖に屈するなんて……」
若干顔色を青褪めさせたエリオット。わたしはそんな彼に、部屋の中央に置かれたテーブル席に腰かけるよう促す。
「さて、それじゃあ話をしようか」
テーブルをどかして対面の椅子に腰をおろし、わたしは切りだした。
「話と言っても……さっきの件ならもう十分反省してますよ?」
「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」
じろりと睨むと、エリオットは首をすくめて怯えた仕草を見せる。むう、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまったじゃないか。けれど、今はそれどころじゃないのだ。
「……そうじゃない。そうじゃなくて……聖堂騎士団との戦いのときのことだ」
「え? 戦いのときって……」
わかっていない顔のエリオットに向かって、わたしは軽く手を伸ばす。
「え?」
襟首を掴んだ。そしてそのまま、ぐいとこちらに引き寄せる。実際には、彼ではなく、わたしが腰を浮かせて近づいた形だった。目と鼻の先ほどの距離まで顔を近づけ、わたしは言う。
「……あの時、君が死ぬかもしれないと思った時、わたしは怖かった。アベルが死んだ時は、考える暇もなくあの子は《妖魔支配》を始めてしまっていたし……だから、わからなかったんだ」
「わからなかった?」
「ああ。目の前で、愛する人が死のうとしているのに、自分には何もできない。それがあんなにも恐ろしいものだとは、思わなかった。君の体温が失われていくのを感じて、わたしがどれだけ気が狂いそうだったか、君にはわかるか?」
「…………」
「なのに君は……わたしに笑顔でいてほしいと言ったんだ。……君の気持ちもわかる。安心させてくれようとしたのかもしれない。でも、あの状況であの言葉は……本当に辛かった。堪えたよ。ますます胸が苦しくなった」
「……エイミアさん」
わたしは、何を言っているのだろう? こんなところでこんなことを言って、何になる? 自分でも言っている通り、あれが彼の思いやりだということぐらい、わたしにだってわかっている。同じ状況になれば、自分でも同じことをするかもしれない。
なのに、『自分があの時辛かった』などという話を彼にして、いったいどうするというのか? あの時、死にゆく彼の方がよほど辛かったに違いないのに……。
「……ごめん。忘れてくれ。わたしがどうかしていた」
わたしは、ゆっくりと彼の襟首から手を離し、再び椅子に座ろうとする。けれど、できなかった。
「エイミアさん。ごめんなさい。本当にごめんなさい。あの時、僕が油断しなければ……、もっと早く胸の傷の異常に気付いていれば……あんなことにはならなかったんです。そのせいで、エイミアさんにすごく心配をかけてしまった」
離れかけたわたしの身体を引き寄せるようにして抱きしめ、エリオットは言う。身体に回される腕は力強く、密着する身体から感じられる体温は温かい。肩越しに彼の息吹が感じられる。彼は、生きている。わたしにはそれが、たまらなく嬉しかった。
「エ、エイミアさん? 泣いて……るんですか?」
泣いてなんかない。そう言おうとして、わたしは思いとどまる。
「泣いてるよ。決まってるじゃないか。こんなに嬉しいことが他にあるか? 君が生きてるんだぞ? 生きて、ここにいるんだ。こんなに、こんなに……嬉しいことは他にはないよ」
涙声になりながら、わたしはどうにかそれだけ口にした。
「……はい。僕も嬉しいです。エイミアさんがこうして、僕にありのままの感情をぶつけてきてくれて、……甘えてくれて、それが何よりうれしいんです」
「ば! な! わ、わたしは別に……甘えて、なんて……」
それ以上は言葉が続かない。反論のために身体を離そうとしたわたしの唇を、彼のそれがしっかりと塞いできたからだ。一瞬、身体が硬直する。それでも、嬉しさのあまり、わたしの身体からは再び力が抜けていく。
時間にしてみれば、そんなに長くはなかったのかもしれないが、永遠とも刹那ともいえない口づけを終え、わたしたちはそれぞれの椅子で居住まいを正す。照れと恥ずかしさのあまり下を向きつつも、エリオットの方を見れば、彼もまた、勢いに任せてしまった自分の行動が照れ臭いのか、頬をわずかに赤くしている。
なんとなく気まずいような、気恥ずかしいような気配が漂いかけた、その時だった。
「えーっと、そろそろいいかな? いいよね?」
まるでタイミングを見計らったかのように、扉が開く。現れたのは当然、レイフィアだ。
「レ、レイフィア……」
「ん? だってほら、はっきり時間決めて無かったじゃん。だから言われた通り、適当に頃合いを見てたんだけど……」
特別変わった様子もなく、普段通りの口調で言うレイフィアを見て、わたしはほっと胸をなでおろす。どうやら今の場面を見られていたわけではなさそうだ。
──だが、その直後。
「ところで……もうやることもやったんだしさ、部屋割り変更とか考える?」
「なに?」
意味の分からないことを言い出すレイフィアに、わたしは瞬きを返す。
「だからさ。エイミアとエリオット。今後何かと同室の方が『都合』がいいんじゃない?」
「………」
ああ、なるほど。彼女がさっき言った『やることもやった』とは、そういう意味か。
「貴様! やっぱり覗き見していたな! そこに直れ! 今すぐその根性を叩き直してやる!」
「わわ! ちょ、ちょっと待ってってば! だって、仕方ないじゃん! 頃合いを見るったって、中の様子がわかんないと何とも言えないし、夜ももう遅いんだよ? こんな時間に健気にお部屋の外で待ってたあたしを責めるのか、エイミアは!」
「む……」
そう言われると言葉もない。まあ、我が儘を言って追い出したのはわたしなのだし。
「うん。そういうことだから、さっそくノエルかレイミあたりに部屋替えについて相談してこようっと!」
くるりと振り向いて、部屋から出て行こうとするレイフィア。
「って、ちょっと待て! いやいや、駄目だ、それは! ほら、エリオットもぼーっとしてないで止めろ!」
「……エ、エイミアさんと同室。それもいいかも……って、は!! はい!」
今、エリオットが何かをつぶやいていたような気がするが、聞こえなかったことにしよう。わたしは頭を一つ振ると、廊下を駆け出したレイフィアを追いかけていく。
──翌日。
わたしたちは、凍りついていた人々をレムリアの街に連れて帰ったことで、一躍ヒーロー扱いを受けていた。街の水路に並々とした水が戻ったせいもあってか、街全体が活気を取り戻したようで、町長を始め、街の住人総出で盛大なパーティーが開催されることとなった。
「うーん、まあ、せっかくみんな喜んでくれてるみたいだしなあ。クアルベルドへの『装置』の設置は急ぎでもないんだろうし、少しぐらい滞在してもいいんじゃないか?」
「そうね。せっかくシャルが楽しみにしていた景色が戻ったんだもの。少しくらい観光しても、ばちは当たらないと思うわ」
そんなルシアとシリルの言葉もあって、わたしたちもそのパーティーに参加させてもらうこととなった。街の酒造組合が張り切って蔵出ししてきた秘蔵の醸造酒が振る舞われ、街中の至る所でお祭り騒ぎが始まっていく。
わたしも酒に強い方ではないが、せっかくなので一杯いただいた。なるほど流石は酒造で栄えた町だけのことはある。かなりおいしい。
「……セフィリア。目が覚めたら、また一緒にここに来ようね」
シャルは『リュダイン』の背に乗ったまま、街を一巡りしてきたらしい。眠ったままのセフィリアも一緒に乗せており、しきりに彼女に語りかけているようだ。
早く目を覚ますといいな。そんな姿を見ていると、わたしもそう祈りたくなる。
他にも、屋外にテーブルや椅子を並べて行われているパーティーの席には、皆が思い思いの場所にいるようだ。アリシアとヴァリスを見れば、同じ料理の皿を分け合いながら、仲睦まじく楽しそうに会話を交わしている。
ルシアとシリルの姿は見えないが、どこか別の場所に行ったのだろうか。
それはそれとして……何と言ってもパーティー会場のど真ん中で一番目立っているのは、他の誰でもないレイフィアだった。
「だからさ、あたしはその時、やってやったわけよ! どっかーんってさ!」
色々と事実を歪曲しながら、面白おかしく自分の活躍を町の人々に語って(騙って?)聞かせるレイフィア。自分は一滴も酒を飲まないくせに、恐ろしい勢いで周囲の人間に強引に酒を勧め、次々と酔い潰している。……まあ、あれはあれで楽しそうだから放っておくか。
ようやく取り戻した平和な日常に、人々が喜びを謳歌する姿を見ていると、わたしたちがこれから為すべき使命の重さを痛感する。ここの【聖地】に『装置』を設置できれば、残るはひとつ。
創世の聖地『ララ・ファウナの庭園』。
ノエルの話によれば、唯一この【聖地】だけが北部の『ゼルグの地平』内部にあると言う。依然として聖堂騎士団などの妨害は考えられるが、ここまで来ればあともう一息だ。目の前の幸せな日常を護るため、そして何より、わたしたち自身の幸せを護るため、この使命を果たしてみせる。
陽気な夜の空気を肌で感じながら、わたしは決意を新たにするのだった。