第172話 姉と妹/失敗できない作戦
-姉と妹-
衝撃の一言に、皆、言葉もない。レイミさんと自分の身体のことだって? 彼女は一体、食事前のこの時間を使って、何を話すつもりなんだろうか? 一瞬ではあったけれど、そんな考えが頭をよぎった。僕の隣では、間違いなく想像力を暴走させているであろうエイミアさんが、凄まじい勢いで顔色を変え続けている。
けれど、冷静に考えればわかる。彼女の話は、もっと真剣なものだ。
皆に動揺が走ったのは、やはり一瞬のこと。エイミアさん以外の皆は、僕と同じ結論に達したようで、ノエルを黙って見つめている。僕はエイミアさんが暴発しないよう、テーブルの下でこっそり彼女の手を掴みながら、言葉の続きを待った。
その後、彼女が語りおえたところで、真っ先に立ちあがったのはシリルだった。彼女の身体は小刻みに震えている。うつむいているせいで長い銀髪に顔が隠れ、その表情はうかがえない。それでも、今の話が彼女に強い衝撃を与えたことは確かだった。
でも、無理もないだろう。そういう言い方こそしなかったけれど、ノエルが『命の複製』などという危険な真似をしたのは、間違いなくシリルのためだ。
さらに言えば、彼女の身体は何度となく『死』に直面したらしい。もちろん、複製ができたからこその危険を顧みない行動の結果という側面はあったのかもしれない。それでも、シリルを護るためには、それだけのことが必要だったのだろう。
「……今まで黙っていて、ごめんね。シリル」
申し訳なさそうに頭を下げるノエル。そんな彼女にシリルは……
「……いつも、そう。そうやって、わたしには内緒で、自分ひとりで傷ついて……。わたしには、その傷跡さえ見せてくれない」
しんと静まり返った部屋に、震える少女の声が響く。
「わたしだって、わかってたわ。自分の立場がどれだけ微妙なものだったかなんて、知ってた。わたしはただの道具なんだから、意志を奪って、傀儡にして、言うことを聞かせればいい。『元老院』の中には、そう考える連中の方がずっと多かったはずだってことぐらい、わかってた」
ノエルは、そうしたいわゆる強硬派の『魔族』たちと暗闘を繰り広げていたに違いない。『魔導都市アストラル』で『幻獣』たちに襲われた時、レイミさんも言っていたはずだ。『幻獣』を使った暗殺は、『セントラル』における権力闘争の常套手段であり、常套手段は『日常茶飯事』なのだと。
では、いったい誰にとっての『日常茶飯事』だったと言うのか?
「でも、わたしが無事にいられたのは、ノエルがグレイルフォール家の後ろ盾を使ってくれたからなんだと思ってたわ」
「うん。それもなくはなかったんだけどね。……でも、必要以上に実家の両親を巻き込むわけにはいかなかった。だってこれは、僕の我が儘なんだから」
「わがまま?」
「そうだよ。僕は十歳の時、君に出会って、君と時間を共にして、そして決めたんだ。僕のすべてを、君のために費やそうって」
ノエルは穏やかな声で、静かに語る。それを聞いて、シリルが顔を上げた。目には涙の痕がある。
「どうして? どうして、そこまでしてくれるの? わたしなんて、あなたにとっては邪魔な子供でしかなかったはずよ。神童と呼ばれて将来を嘱望されたあなたには、わたしにそこまで肩入れするような理由も、必要性もなかったはずでしょう?」
「馬鹿だなあ。そんなことに理由が必要かい?」
「はぐらかさないで!」
甲高い声を張り上げ、シリルが叫んだ。その隣では、シャルが驚いて目を丸くしている。アリシアさんも気遣わしげな顔でシリルを見つめているし、ルシアにいたってはおろおろと狼狽えているようだ。
「ごめんね。もちろん理由はある。いいや、やっぱり理由じゃないかな? でも、別の言葉でなら説明はできるかもしれない」
「……どういうこと?」
涙で泣き濡れた目を擦るようにしてから、彼女はノエルを睨みつける。
「君が可愛かったからだよ」
「え? か、かわいいって……」
先ほどまでの激昂振りから一転、戸惑ったように言葉を詰まらせるシリル。
「……もう一度、言うよ。親が子どもを守る。姉が妹を護る。そんなことに理由が必要かな?」
「ノ、ノエル……」
「もちろん、君は怒っていい。さっきも言ったけれど、これは僕のわがままだ。実際のところ、君は僕の娘じゃないし、妹でもない。僕が勝手にそう思っているだけで、君にそれを押しつけていいはずがない。そんな理由で勝手に助けられて、勝手に自分の知らないところで傷を負われて、君の気分がいいはずがない」
だから、これを伝えれば君に怒られると思ったんだ、とノエルは続けた。目の前にいる彼女の身体も、『本物』ではない。というより、どれが本物の身体なのか、彼女にもわからなくなりつつあるらしい。
けれど、彼女の意志は、彼女の想いは、今、間違いなくここにある。それだけは、紛れもない本物だ。
「ずるいわよ! そんな言い方して! そ、それじゃあ、……お、怒れるはずがないじゃない……」
いきり立ったように叫び声をあげながら、最後には尻すぼみに言葉を途切れさせるシリル。
「ごめんね。……そうそう、それとこれだけは話しておかないとね。ちなみに、僕の身体のことだけど、今ここに在るものも含めると残りは二体だ。元々は三体だったんだけど、一体はルーゲントおじさまに捕まった時に使っちゃったからね」
「……なんだよ。なんとかの魔人形とか言ってたあれも、やっぱり生身の身体だったのか?」
「うん。あの状況じゃ他に方法もなかったし、それにあの時こそ、今みたいな話をしたら、今回の比じゃないくらいに怒られてたと思うしね」
ルシアに向かってあっけらかんと語るノエルの言葉を聞いて、シリルは脱力したように座席へと腰を落とす。
「……はあ、とんだ姉を持ったものだわ」
「そう言わないでよ。これでも僕、結構頼りになるお姉さんなんだぜ? ね、シャル?」
なぜかシャルに向かってウインクを送るノエル。
「は、はい……ノ、ノエルお姉ちゃん」
──お姉ちゃん。
つっかえつっかえではあったけれど、シャルは確かにそう言った。さっきのノエルの目配せに何か意味があったのかもしれないけれど、その一言が場に投げかけた波紋は、並大抵のものではなかった。
ガタン、と椅子が激しく音を立て、勢いよく立ち上がった人物が二人。
一人は予想通り、アリシアさんだ。
だが、もう一人は意外なことにレイフィアだった。
「あれれ? シャルちゃん? いったいいつの間に、ノエルさんのことを『お姉ちゃん』って呼ぶようになったのかな?」
「あ、あう……」
アリシアさんの水色の瞳に見つめられ、何かを訴えかけるようにノエルへと視線を送るシャル。『だから言いたくなかったのに』と、言いたげな顔だ。
「酷いな酷いな。ノエルさんよりあたしの方がずっと前からシャルちゃんと一緒にいるのに。……ねえ、シャルちゃん。やっぱり、シャルちゃんってあたしのこと嫌いなんでしょ?」
拗ねたように言うアリシアさん。もちろん、からかい半分なのだろうけれど、半分ということは、残りの半分は本気だということだ。
「そ、そんなことありませんよ! そ、その、わ、わたし、アリシア、お、お姉ちゃんのことも大好きですから!」
「そっかあ! ありがとう」
無理矢理言わせて満足なのだろうか? その場にいた誰もが同じ感想を抱いたはずだが、心を読めるはずのアリシアさんは何の反応も示さない。都合のいい時に鈍くなるなんて、随分な反則技だった。
一方、立ち上がったもう一人の人物はと言えば──
「ちょっと待ちなよ、シャル。あんたの誕生日会まで企画してあげたこのあたしを差し置いて、どうしてノエルだけ『お姉ちゃん』呼ばわりなのさ?」
ちょっと待て。アンタもそう呼ばれたかったのか? その場にいた全員が、無言のまま視線だけでレイフィアに総突込みを行った。
「なによ? みんなして、あたしを見て。文句あんの?」
そんな視線に金の猫目をきらりと光らせ、全員をにらみ返すレイフィア。彼女は彼女で、他人の目なんて全然気にしないタイプの人種のようだ。
「まあまあ、それよりそろそろ、食事にしませんか? せっかくシリルさんとアリシアさんが作ってくれた料理が冷めてしまいますよ?」
レイミさんのそんな一言で、ようやく今日の夕食が始まることとなった。
「お? これ、おいしい!」
「ああ、本当ですね。肉も柔らかく煮込まれてますし、野菜には逆に歯ごたえが残っていて……」
隣で舌鼓を打つエイミアさんにあわせるように、僕は言う。実際、出された料理はどれもかなりおいしいものだった。
「うむ。これはうまい。アリシア。すごいじゃないか」
「えへへ。ありがと」
ヴァリスに感心の目を向けられて、嬉しそうにはにかむアリシアさん。あれ? ということはもしかして……。
「今日の料理はすべて、アリシアさん一人でつくられたんですよ」
レイミさんの種明かしの言葉に、僕たちはいっせいにアリシアさんを見た。どうやらヴァリスだけは先に知らされていたみたいだけど、これにはさすがに驚いた。すると、皆の視線を受けたアリシアさんは、照れたように笑う。
「あはは……。クルヴェド王国で仕入れた材料が良かっただけだし、ほとんどシリルちゃんの言うとおりにつくっただけなんだけどね」
「ううん。そんなことないわ。わたしはちょっとアドバイスしただけだし、アリシアの料理の腕前自体、すごく上達したと思うわよ」
シリルがアリシアさんの謙遜を否定するように言えば、
「いやあ、ほんとにおいしいよ、これ。シリルが作った料理も相当なもんだけど、これもそれに負けてないんじゃないか?」
ルシアも褒め言葉を口にする。だが、言いながら彼がシリルへと目を向けると、たちまち彼女は顔を赤くして、そっぽを向いてしまう。
「……まったく、あの二人は見ていられないな」
エイミアさんが、こっそり僕の腕を掴みながらつぶやく。
「ははは……」
二人の初々しさを上から目線で眺めているようなエイミアさんの物言いがおかしくて、僕は少しだけ笑ってしまう。
「な、なんだ、エリオット。何がおかしい?」
「いいえ。なんでもありませんよ」
そう言って僕は、エイミアさんの青い瞳を覗き込むように目を合わせる。すると、その意図を察したのか、彼女は僕から目を逸らせまいと頑張るのだけれど、その頬が少しずつ赤くなっていくのが分かった。
「……そこのお二人さん。いちゃつくのは部屋でも戻ってからにしてよね」
「うわわ!」
呆れたようなレイフィアの声に、我に返る。駄目だ。つい、人の目があることを忘れてしまった。居住まいを正しつつ、横目でエイミアさんを見れば、彼女は彼女で顔を赤くしたまま、恨めしそうに僕のことを睨みつけている。
まずったかな。あの分だと、しばらく機嫌を直してくれないかもしれないぞ。
-失敗できない作戦-
まったくエリオットめ。これでわたしは、部屋に戻った後、レイフィアから冷やかしの集中砲火を浴びることが確実になってしまったではないか。
まあ、それはともかくとしよう。
それより、ルシアたちの件だ。実際、ここ最近のあの二人に関して言えば、先ほど思わず口にした言葉、『見ていられない』がまさにぴったり当てはまる状況だった。
クルヴェド王国の王城内において、ルシアが言った(言わされた)愛の告白。ルシア自身はシリルの身体を乗っ取っていたという『シェリエル』とやらに話しただけのつもりのようだが、傍から見ればまるわかりだ。
アリシアに教えられるまでもなく、シリルはあの言葉を、はっきりと意識を持って、聞いていたのだとわかった。気づいていないのは、彼自身ぐらいのものだろう。
混乱するクルヴェド王国から、船を発進させた翌日のことだ。
ルシアもシリルも何者かに身体を乗っ取られたということもあり、ノエルの勧めで身体や精神に異常がないかを調べる検査を受けさせられていた。この船にはそうした設備も設けてあるらしい。というより、ノエルとレイミの二人によって、日々改良が加えられているらしく、今の『アリア・ノルン』は出発時のものとはまるで別物に進化しているとのことだった。
それはさておき、事の起こりはその検査の時だった。
「うん。とりあえず二人とも、身体には異常ないみたいだね。精神に関しては、検査もなかなか難しいんだけど、魔力波動やら何やらには、おかしなところは……ないみたいだし……」
などと言いながら、ノエルは何やらためらうようにして言葉を途切れさせる。まあ、無理もない。おかしなところなら、あるからだ。それはもう、ありすぎて困るくらいにある。
「な、なあ、シリル? 本当にどうしたんだ?」
「…………」
二人は船内の一室に設けられた寝台型の【魔導装置】から起き上がりながら、言葉を交わす。いや、交わすと言っても一方的にルシアが話し続けているような状態だ。
それなりの広さがあるこの部屋には、二人の検査結果が気になるためか、船内の全員が顔を揃えている。そんな彼らの視線は、ひたすら様子のおかしいシリルへと向けられていた。
「ノエル。本当に異常はなかったのか? なんだか、シリルの具合が悪そうなんだが……」
真っ赤な顔でうつむいたままのシリルのことを、『具合が悪そう』と言うルシア。わたしたちは、全員揃ってため息を吐きたくなった。
「あーいや、まあ、ね。少なくとも精神を乗っ取られたとか、そういう類の問題はないよ」
「そうか?」
乾いた声で言うノエルに、疑り深い目を向けるルシア。
「なんなら、本人に聞いてごらんよ」
「…………!」
ノエルの一言に、それまで伏せていた顔を勢いよく上げて、彼女を睨むシリル。
「お? なんだ。少し顔は赤いみたいだけど、意外と元気そうだな」
ルシアは彼女の機敏な動作を見て、安心したように言う。
「べ、べべべ、別に! だ、だだだ大丈夫よ。し、心配しないで……」
突然大声を張り上げたかと思えば、尻すぼみに声を小さくする彼女は、明らかに情緒不安定だ。当然、そんな態度は彼の心配を大きくする。
「……やっぱり、変だな。もしかして……」
ルシアは寝台から降りると、顔を赤くしたまま再び目を伏せ、挙動不審な振る舞いを続けるシリルの傍へと近づいていく。
「な、なに?」
動揺も露わに、震える声で問うシリル。ルシアは彼女の前にかがみこむと、その顔を覗き込むようにして言った。
「うん。顔も赤いみたいだし……熱でもあるんじゃないか?」
言いながら、彼女の額に手を伸ばそうとする。だが、さすがにここが限界だった。
「さ、さわらないで!」
ほとんど半泣き気味な顔で叫び、自分の額に伸ばされる彼の手を払いのけるシリル。そしてそのまま、勢いよく立ち上がると、脱兎のごとく部屋を出て行ってしまった。
後に残されたのは、大きく払われた手を伸ばしたまま、ぽかんと口を開け、彼女が出て行った扉を見つめるルシアの姿。
「え? な、なんなんだ? いったい……」
ショックを受けたような顔で、呆然とつぶやく。
「あーあ。やっちゃったね」
「はい。あれはまあ、やりすぎですよね」
アリシアとシャルが呆れたようにぼやく。と同時に、わたしはとっさの判断で身体を動かし、とある人物の口を塞ぎにかかった。
「ふえ? もが! もがが!」
彼女、レイフィアは楽しそうに猫の瞳を輝かせ、今にもルシアに声を掛けようとしているところだったのだ。
「やめないか。今の彼には、わずかな言葉が致命傷になりかねないんだぞ?」
わたしの腕の中でバタバタともがく彼女は、その一言でようやく抵抗を諦めてくれたようだった。
「だから面白いのに……」
不満そうにわたしを睨みあげてくるが、わたしがにらみ返すと、諦めたように息を吐く。まったく、何処まで性格が悪いのだろうか、彼女は。
「……ルシア。言っておくけれど、シリルには本当に、どこも異常はなかったからね」
念押しをするようにノエルが言うと、ルシアは気の抜けたような顔で彼女を見上げる。
「……だ、だったら、俺は今、素であいつに拒否されたのか?」
「へ? あ、い、いや、それはその……」
あまりにも哀れっぽい声を出すルシアに、口ごもるノエル。とはいえ、馬鹿馬鹿しい限りだ。彼自身はまるで自分が不幸のどん底にいるような顔をしているが、それがどれだけ的外れなことであるかを知るわたしたちにしてみれば、『お腹いっぱい』としか言いようのない状況だった。
「ま、まあ、ルシアさん。彼女も昨日の今日で疲れているんですよ。誰だって、人に近づいてほしくない時くらい、あるものです。そう気になさらないでくださいな」
「そ、そうか。そうだよな」
レイミの機転の利いた言葉で、彼もどうにか落ち着きを取り戻したようだ。とはいえ、これも所詮はその場しのぎにしかならない。
わたしたちの中心的な存在でもあるシリルとルシア。二人がこんな状態では、船全体がなんとなく落ち着かない雰囲気となってしまうのは間違いない。なんとかならないものだろうか?
──その日、わたしとエリオットは日課となっている午後の訓練を終えた後、訓練室の一角に設けられた休憩スペースで向かい合っていた。テーブルには先ほどレイミが注いでいってくれた果実ジュースの入ったカップが置かれており、わたしはそれを軽く口に含むと、爽やかな酸味と甘味を楽しみながら、喉へと流し込んだ。
「うーん。なんとかと言っても、こればかりは難しい問題ですよね」
「なにが難しいものか。どう見てもシリルの気持ちはわかっているのだし、さっさと告白でもなんでもさせてしまえば、丸く収まる話じゃないのか?」
難しい顔で唸るエリオットに、わたしは疑問を投げかける。だが彼は、軽く首を振って答えた。
「あの状況じゃ、それも難しいって話ですよ。ルシアが傍を通るだけで、真っ赤になって離れて行ってしまうんじゃ、どうしようもないじゃないですか」
「なら、いっそのこと逃げないように取り押さえてだな……」
「いやいや、何を言ってるんですか。まさか本気じゃないでしょうね?」
む。呆れたような顔で見られてしまった。なんだその、『微笑ましいけれど、ちょっと困った人だよな』みたいな顔は。
「ま、まさか本気なわけがないだろう。冗談だ」
「……まあ、それはともかく。確かに、このまま放っておくわけにはいかないでしょうね。何と言っても、これから向かう先のことを考えれば、二人の精神状態が不安定なのは困りますからね」
そう、わたしたちが次に向かう目的地『クアルベルド』には、恐らくセフィリアの『最後の邪悪』が待ち受けているはずだ。それを思えばエリオットの言うとおり、この件は意外と笑い話では済まない問題なのかもしれない。
「取り押さえるのは論外としても……何らかの形で二人を二人っきりにする方法を考えてみましょうか」
「ああ、そうだな」
なんだか最近、話の主導権をエリオットに握られっぱなしのような気がするが、それはそれで悪い気はしない。わたしたちはひとつ頷くと、そのまま『作戦会議』を始めたのだった。
──それでは、本作戦の概要を説明しよう。
ターゲットはシリル・マギウス・ティアルーンだ。もちろん、我々の究極とする目標は彼女一人をどうこうすることではない。しかし、もう一人のターゲットであるルシア・トライハイトに関して言えば、これはもうほとんど『攻略』できたも同然である。
ゆえにわれらは戦力の大半を、シリル一人に向けるべきなのだ。これについては、異論は無かろう。問題は、その手段である。彼女は警戒心が強い。ここ最近は特に、その傾向が顕著となってきている。
したがって、我々の採るべき戦略はただひとつだ。すなわち──電撃作戦。
警戒されようと看破されようと、関係なく、ただの一瞬。反応の暇すら与えない速度で、一気呵成に目的を完遂する。それには我ら全員の団結力が問われることにもなるだろう。息を合わせること。和を乱さないこと。それが肝要だ。ゆえに……特にそこの猫目の女! 君には特に何度でも言って聞かせるが、もし君のせいで事が上手くいかなかった日には……ふふふ、わたしが君に『新しい世界の扉』を開かせることになりかねないぞ?
「ひ、ひい……怖いよう」
何故か怯えた顔でわたしを見るレイフィア。
「いや、『何故か』じゃないと思いますけど……。なんだってそんな、軍隊式なんですか?」
エリオットは呆れたように言うが、こういう失敗が許されない作戦を前にしては、皆に適度な緊張感を持ってもらうのに、雰囲気作りが物を言うことも多いのだ。これはわたしが騎士団に所属していた時の経験から言って、間違いない。
わたしは部屋に集まった皆──ルシアとシリル以外のほぼ全員だ──に噛んで含めるように言い聞かせた。だが、エリオットはなおも怪訝な顔をする。まったく、何が不服だと言うのだろうか?
「……失敗が許されない作戦って言っても、言ってしまえば結局、二人をどうにか言いくるめて同じ部屋に誘導した挙句、閉じ込めてしまおうってだけですよね?」
「こらこら、身も蓋もないことを言うな。特にシリルを閉じ込めるとなれば、相当な用意が必要なんだぞ」
「……まあ、扉の鍵に【魔導装置】を使ったところで彼女にはあっさり解除されてしまうだろうし、それこそ力業で押さえた方が無難だろうけどね……」
ノエルが何故か呆れたようにつぶやいている。
「いや、だから、『何故か』じゃないんですってば……」
やれやれと肩を落とすエリオットの言葉に、その場にいた他の皆からも笑いが起こった。