第168話 正当な感情/滅びの拒絶
-正当な感情-
数千、数万というモンスターの群れ。種類も大きさも、ギルドにおけるランクさえも様々な集団が、一丸となってこの街を目指してくる。共通しているのはただ、こちらに向けられる圧倒的な敵意のみ。
そして、集団の中央には、真っ赤な球体。何一つ感情の色を映さない、虚ろな目玉を中央に備えたそれは、ふよふよと浮かんだまま、一定の速さでこちらへと近づいてくる。
「……これはアリシアさんの“抱擁障壁”が無かったら、どうやっても街に被害が出てましたね」
「……ああ、だが彼女にもあまり無理はさせられない。できる限りの敵は、ここに辿り着く前に殲滅するぞ」
僕は最前線ともいうべき場所を定めた後、隣に立つエイミアさんと言葉を交わす。ちなみにレイフィアはと言えば、『燃え滾る煉獄の竜杖』の“禍熱領域”の発動に必要な『陣』を描くため、動き回っているようだ。
「来たぞ!」
〈還し給え、千の光。二重に三重に降り注げ〉
エイミアさんの声と同時、空から無数の光の矢が降り注ぐ。彼女の恐ろしいところは、これらの矢、一本一本を『狙って』命中させてしまう点だった。今も降り注ぐ矢はこちらに進軍を続けるモンスターを次々と地面に縫い付け、ただの一矢として外れることがない。
「わたしも本当に、敵の一体一体を確認しながら狙っているわけじゃないさ。ある程度の集団の位置関係をまとめて把握して、全体の動きをなんとなく予測しているんだ。だから必ずしも、一撃で急所に命中させられるってわけじゃない」
僕がかつて“黎明蒼弓”による射撃術について質問した際、彼女はそう答えてくれた。僕はその時、ただでさえ、とんでもない神業を実現させているというのに、急所に命中させられないことを問題視しているエイミアさんに、心底驚愕したものだった。
「……エイミアさんは、そのまま敵の殲滅をお願いします。『魔神』本体は僕がやりましょう」
「……無理はするなよ」
心配そうなエイミアさんの声。僕はその声に軽く頷きを返しながら、自分の中の因子を解放する。十年前、ローグ村を襲った惨劇『ルギュオ・ヴァレスト』によって、僕の中に植え付けられた忌むべき力。
単体認定Aランクモンスターの中でも、特に強力な存在として知られる飛竜『ヴリトラ』の因子。【歪夢】によって狂わされ、人間に宿る『神』の【オリジン】を激しく憎み、この世界さえ破壊しようとする、モンスターの本能ともいうべき衝動が僕の中に生まれる。
くだらない。馬鹿馬鹿しい。逆恨みにもほどがある。
『お前たち』は、そんなことだから世界に生きられないんだ。思い通りにいかないからと、全てを呪い、全てを台無しにしたところで、それは自身の破滅にしかつながらない。生まれた時から狂っているだって? そんなものは言い訳だ。
僕ならきっと、たとえ狂ったとしても、己の大切な物だけは見失わない。だから、『お前』は僕に従え。僕らの前に立ちふさがる、『お前たち』から、僕の大切な人を護るために。
僕は咆哮を上げる。背に生えた翼、身体を覆う純白の鱗、手に生えた爪に、変形した顎から生える鋭い牙。これらはすべて、僕の力だ。僕はシリルに教わった因子制御の技術をフルに生かし、最大効率でそれらを振るう。
高速で宙を疾駆し、通り過ぎざまに無数のモンスターたちを薙ぎ払う。手にした槍で破壊の力を叩き込み、開いた顎から七色のブレスを吐き散らし、すべてを蹂躙しながら『最古の魔神ナギ』の元へと接近する。
〈キィ、キキキ〉
宙に浮いた真紅の球体。僕の身の丈の三倍はあろうかという巨大な体躯から、かすれた音が聞こえ、奴の瞳が僕を見据えた。同時に、それまで一心不乱に街を目指していたモンスターの群れのうち、一定範囲内にいた連中が、いっせいに僕を見た。
感情などないはずの、彼らの瞳が僕を映す。
「な、なんだ?」
かつて感じたことのないような悪寒が、背筋に走る。モンスターたちは大半が低ランクだ。たとえ何匹束になったところで、僕の敵ではない。脅威にはなりえない。だというのに、僕はその視線がたまらなく恐ろしかった。
「クッ!」
僕はそんな恐怖を振り払うかのように、周囲のモンスターへと槍を振りかざす。そのまま『轟音衝撃波』を放射状に展開し、数十体の敵をまとめて吹き飛ばした。
〈ルゥルゥルゥルゥルゥルゥ!〉
途端、奇妙な声が響き渡る。戦場となっているこのあたり一帯は、大規模な農地を含む平原地帯だ。そんな広大な平原いっぱいに響き渡るかのような声に、僕は歯の根が震えるほどの恐怖に見舞われた。
ここにいたって、ようやく僕はこの声の正体を理解する。これは、仲間を殺されたことに対する『恨み』の声だ。自分たちを滅ぼそうとする、『理不尽』な敵に対する復讐の念だ。
そしてそれらの念は、先ほど僕が抱いていた想い──逆恨みもいいところだ、という感想を根こそぎ否定するものだった。彼らが抱く感情は、正常であり、正当なものだ。誰だって、仲間を殺されれば相手を憎む。恨みを抱き、復讐を望む。その気持ちは、誰にも否定できず、誰にも責めることができないものだ。
「うう……」
だからこそ、怖い。悲しみにも似た恨みの視線は、僕の心を無数の針となって串刺しにしていく。
「ぐがっ!」
背後から、鈍器の一撃が僕の頭に叩きつけられる。大したダメージではない。
「うぐっ!」
正面から火炎が吐きつけられ、歪んだ鉤爪が鱗を引っ掻き、ごつごつとした怪物の尾が僕の身体を打ち据える。だが、『ヴリトラ』の因子を発現させた肉体を【気功】で強化しているこの僕には、そんな攻撃など蚊が刺したようなものだ。
「ぐあああ!」
けれど、そんな事実などお構いなしに、僕の心と体は、甚大なダメージを受け続けた。もちろん僕も、黙って攻撃を受けてはいない。がむしゃらに槍や尾を振り回し、ブレスを吐いて敵を蹴散らした。
だが、そうやって敵を倒せば倒すほど、僕の身体に浴びせられる敵の攻撃の負荷は高まっていく。
ルシエラから得た情報では、『敵の攻撃は時間が経つにつれ、その威力を増してくる』というものがあったけれど、その理由までは定かでなかった。
でも、今になって、それがわかった。
『魔神ナギ』の持つ【ヴィシャスブランド】“絶滅負荷”。己を滅ぼそうとする存在に対する、過剰なまでの『恨みの力』。無数にあふれるモンスターたちは、そうした力の源泉であり、媒体なのだ。
彼らに敵対する者は、彼らを滅ぼせば滅ぼすほどに激しい負荷に襲われて、行き詰まりを迎え、最後には死に至ることとなる。
「エイミア……さん」
身体が軋むような負荷を受け続けながら、それでも僕が考えることは一つだ。依然として彼女は、街に迫るモンスターの群れをその光の矢でもって、『滅ぼし』続けている。
その数は、僕が滅ぼした敵の比ではないだろう。
この『魔神ナギ』が彼女の元まで到達したときのことなど、恐ろしくて想像もできない。
僕は周囲に群がるモンスターを振り払うと、虚無の瞳で虚空を見つめ、ふよふよと前進を続ける『魔神ナギ』に魔槍の一撃を叩き込む。
「あぐ!」
途端に強力な負荷が身体にかかるが、僕は力を緩めない。
「止まれえええええ!」
叫びながら、僕は魔槍を滅茶苦茶に振り回し、奴の眼球部分に叩きつける。しかし、風の刃も『轟音衝撃波』も、不気味な弾力を備えた眼球を傷つけるには至らず、『魔神』の前進は止まらない。僕は身体ごと奴の動きを阻止しようと試みたが、宙を進むその動きは、緩慢ながらも信じられないくらいに力強い。
「ぐ、ぐうううう!」
既に僕の全身は、血に塗れていた。身体のあちこちで鱗が裂け、翼が傷つき、手や足に生えた鉤爪も何本かは欠けてしまっている。それでも僕は、『魔神』の前進を食い止めようと足掻き続けた。
だが、無情にも、徐々に『魔神ナギ』とエイミアさんとの距離は縮まっていく。エイミアさんはどうしているだろうか? 振り返る余裕を持たない僕には、遠方に降り注ぐ光の雨の気配を感じ取るくらいしかできない。
下手をすれば、僕の危険を察知したエイミアさんが、僕に近づいて来てしまう恐れさえあった。
「うう、このままじゃ……」
思わず焦りの言葉が口から漏れた、その時だった。
「よっ! 水も滴るいい男! かっこいいじゃん!」
気の抜けたような声が聞こえる。今のはもしかして、『血が滴る』をかけたつもりの言葉なんだろうか? 血濡れた身体を意識しつつ、僕は内心で呆れてしまう。まったく、彼女はどうしてこうも、緊張感を台無しにしてくれるのだろうか?
だいたい、助けに来てくれるならもっと早くても良かったんじゃないか? 彼女のことだから、わざと遅れてきて、僕が苦しむ姿でも眺めて悦に入っていたとしても不思議じゃない。
「エリオット? あたしはさあ、アリシアほどじゃないけど、人が何を考えてんのか当てるの……得意なんだよねえ」
やばい。寒気がする。周囲から浴びせられる『恨み』の視線なんか比じゃないくらい、圧倒的な危険が僕の身に迫っている。
「うわああ!」
僕は情けない悲鳴を上げながら、大急ぎでその場を離れる。僕の耳に、彼女が【魔法】の詠唱を始める声が聞こえたからだ。
〈加熱せよ、過熱せよ、禍熱せよ〉
〈罪を貫く天命の刃。磔台の背教者。空より舞い降り、大地を穿つは、無限の信仰〉
《疑いなき狂熱の神槍》!
瞳を焼くほどに赤い光。空から降り注ぐ幾筋かの閃光は、あらゆるものを焼き貫く、極熱の串となって『魔神』の身体に突き刺さる。巨大な赤い球体が、冗談みたいに巨大な赤い柱によって、大地に繋ぎとめられた。
『魔神』の身体の貫くもの。その周囲を檻のように囲んだ状態で地面に突き立つもの。それらの紅い光は、凄まじいまでの高熱を発し続け、周囲の空間に陽炎のような揺らめきさえ引き起こしていた。
「ちっ! うまくかわされたかあ!」
「かわされたって……本気だったのか!?」
僕は手持ちの『キュアポーション』を頭からかぶりながら、驚愕の声をあげる。
「え? あたし、そんなこと言った?」
「…………」
冗談だとも言わずにしらばっくれる彼女には、思わず絶句してしまった。あのまま同じ場所に立っていたら、間違いなく僕もろともに串刺しだたったはずだ。
「そんなことよりほら! いくよ!」
レイフィアさんが叫んだ瞬間、周囲に炎が吹き荒れる。
〈ギャアアア!〉
周囲のモンスターたちが炎に巻かれ、たちまち辺りには彼らの悲鳴が響き渡る。
「ダ、ダメだ!」
僕は叫ぶ。『魔神ナギ』からあまりに近い距離でモンスターを倒せば、彼女にも負荷がかかる。僕でさえ、ここまでのダメージを負うような攻撃に、彼女が耐えきれるはずもない。
「ん? 駄目って何がさ? 言っとくけど、あたしは頭脳派なんだよ? 間違っても『魔神』になんか近づくはずないじゃん」
「え?」
「《偽り欺く劫火の魔人》。そのアレンジバージョンって感じかな?」
つまり彼女は、この分身を遠隔操作しているのだろう。確かに、これなら『魔神ナギ』の被害を受けずに戦える。でも、分身に禁術級魔法を使わせるとか、滅茶苦茶だった。僕がそんな疑問を口にすると、彼女はこともなげに言いかえしてくる。
「だから時間がかかったんじゃん。あんたが思ってるみたいに、ただ遊んでたわけじゃないんだよ?」
「すみません」
僕は反省の言葉を口にする。確かにちょっと、下衆の勘繰りにもほどがあったかもしれない。
「ま、一番かっこいいタイミングを見計らってたのは否定しないけどね」
「おい!」
「ほらほら、あんたもそろそろ身体の傷が回復してきたんじゃないの? さっさとその『魔神』、ぶっ殺しちゃいなよ」
周囲のモンスターを焼き払いながら笑う彼女に、僕は身体の力が抜けてくる思いがするのだった。
-滅びの拒絶-
周囲に群がるモンスターの群れ。わたしは手にした小太刀『乾坤一擲』で襲いくる敵に応戦しながら、時折光の雨を戦場のあちこちに降り注がせる。頑張っては見たものの、敵の数はあまりにも多かった。すでに一万を超える矢を撃ち落としているのに、倒したそばから分裂されてしまうのだ。
結果として、倒しきれなかった敵は街へと迫り、アリシアの“抱擁障壁”に阻まれて、渋滞を引き起こしている。
わたしとすればあまり細かい狙いをつける必要が無くなったおかげで負担が軽くなった部分はあるが、その分、数千体のモンスターの攻撃を防ぎ続けるアリシアの負担が大きくなる。
「やはり、先に本体を片付けないと厳しいのか?」
わたしが目を向けた先には、エリオットとレイフィアの姿がある。一時は冷や冷やする場面もあったが、彼らは彼らで周囲の敵を殲滅しつつあるようだし、実際のところ、最初の頃より敵の数は減りつつある。
「とはいえ、わたしの『捧げ矢』も無限じゃない。……アリシア。聞こえるか?」
わたしは『風糸の指輪』を使い、城門前にいるはずのアリシアに呼びかける。
〈うん。聞こえるよ〉
アリシアから返事があった。風糸を介して聞く限り、それほど疲弊した様子はないようだ。
「大分、敵の攻撃を許してしまっているが、大丈夫か?」
彼女の負担の度合いによっては、戦い方を考えなければならない。
〈うん。全然平気。最初に空から『魔神』の攻撃を受けた時は大変だったけど、モンスターくらいなら大丈夫。……あたしとレミルのこの力は、護るものが多ければ多いほど、強くなる力だから〉
アリシアからは、頼もしい言葉が聞けた。街の住人全員を護る巨大な障壁を生み出し、数千体のモンスターの攻撃に耐える彼女には、わたしと出会ったばかりの頃の繊細でか弱そうな印象は微塵も感じられない。
「よし、じゃあ、少し任せる。わたしは『魔神ナギ』の本体を叩いて来よう」
〈うん。お願いね。街の人たちも外の様子に気付いて怖がってるみたいなの……〉
アリシアのその言葉を最後に通信を終えたわたしは、『謳い捧ぐ蒼天の聖弓』をいったん背中に戻すと、依然として襲いくるモンスターたちに向けて灰色の小太刀『乾坤一擲』をかざす。
吐きつけられる炎を四属性耐性のある『乾坤霊石』の小太刀で弾き、身体強化の【魔法】をかけた脚力で、一気に『魔神』目がけて駆けつけようと試みる。だが、その時だった。
〈エイミアさん! 来ちゃ駄目です!〉
風糸を介し、エリオットの声が響く。彼から敵の能力を説明されたわたしは、接近を取りやめざるを得なかった。
〈魔を降し、邪を滅するは輝く双剣〉
《聖光の双刃》!
周囲に群がるモンスターを光属性魔法で斬り裂きながら、わたしは時折エリオットたちの戦いぶりに目を向ける。周囲の敵の密度さえ下がれば、『魔神』めがけて“黎明蒼弓”を使うことだってできるはずだった。
ただ、レイフィアの禁術級魔法が『魔神』の身体を貫いている様子を見る限り、決着は間もなくに思える。周囲のモンスターの分裂もほとんど起こらなくなっているようだし、エリオットが繰り返し放つ『轟音衝撃波』は、確実に『魔神ナギ』の本体を傷つけ始めている。
「……まあ、今回はエリオットに花を持たせてあげるとして、わたしは雑魚を一掃することに専念するかな」
〈還し給え、千の光〉
わたしは街の周囲に群がるモンスターへと光の雨を降り注がせ、矢の数に匹敵するだけのモンスターたちを撃ち貫いた。敵の数は、かなり減少してきている。勝利まで、あともう間もなくだ。
わたしはそんな風に考えた。だが、このとき、わたしは敵の能力である『滅びの拒絶』という言葉の意味を理解していなかったようだ。
「これで、とどめだ!」
エリオットは気合いの言葉を発しつつ、魔槍の一撃を『魔神ナギ』の眼球部分に叩きつけ、反対側まで刺し貫いた。すると、さすがにこれが致命傷となったのか、ぼろぼろと崩れていく『魔神ナギ』。
しかし、異変はその直後に起こった。
〈ルオオオオオ!〉
『魔神ナギ』の亡骸が崩れて消えたその瞬間、残ったモンスターたちが一斉に叫び声を上げ始めたのだ。
「な、何だ、これは?」
いぶかしく思う暇もなく、異変はさらなる異変を呼ぶ。わたしから見て斜め前方にいたモンスター。集団認定Bランクにあたる猛獣『グランドウルフ』。群れの中いた一匹の身体が、突然爆発したように膨れ上がった。
それはそのまま真っ赤に染まり、ぼこぼこと不定形の状態から、徐々にその輪郭を丸く、真円状に変えていく。表面がのっぺりとした赤く巨大な球体は、人の背丈の三倍ほどはあるだろうか。見覚えのあるその身体の中央に、左右に走る不気味な割れ目。
「うわ!」
ばくりと開いたそれは、人間で言うなら瞼に相当するものだったのだろう。中から現れたのは、虚ろに揺れる黒い瞳。
「再生した?」
その姿は、紛れもなく『魔神ナギ』だ。わたしはその姿に、反射的に攻撃を仕掛けようとして思いとどまる。奴の瞳が完全にわたしを捉える前に、この場を退避しなければならない。すでに一万匹以上の敵を仕留めているわたしの場合、エリオットの言う『負荷』を喰らうわけにはいかないのだ。
「くそ!」
奴の身体が宙に静止したまま、ぐるりと回転してこちらを向いてくる。駄目だ。退避が間に合わない。
「《爆炎の宝珠》、八連発!」
甲高い声と共に、わたしと『魔神』の間に着弾する光球。それは大きな爆発音を立てて、奴の視界を遮った。直後、わたしの身体は真横から勢いよく持ち上げられる。
「大丈夫ですか? エイミアさん」
エリオットはわたしの身体を抱えるようにして、空を舞う。……なんだろうこれは。もしかして、わたしは戦う度にエリオットに『お姫様抱っこ』をされねばならない運命なのだろうか?
「だ、大丈夫だ。でも、厄介だな。モンスターを無限に分裂させる能力があるうえに、倒した敵の分だけ威力が増す攻撃まで仕掛けてきて、挙句の果ては一体でもモンスターが残っていれば、本体を倒しても復活するときたものだ」
「はい」
心の動揺を悟られないようにしつつ、状況から推測できる限りの情報を並べると、エリオットは同意するように頷く。
「これじゃあ、打つ手がないぞ」
だが、エリオットはわたしのこの言葉には、首を振った。
「いいえ。手はあります」
「なに?」
「僕は考ました。奴は、どうして『目玉』なんだろうって」
「何で目玉って……それは疑問に思うことなのか?」
彼の考えることはわからない。だが、どうやら冗談ではないらしい。
「はい。モンスターの肉体から再生する。宙を浮かんで移動する。それらの特徴から、奴の身体がシンプルな球の形をしているのはわかります。でも、その後、わざわざ眼を開く。さらに、奴の目玉に見られさえしなければ、負荷も発生しない……」
彼に言葉は少し回りくどくはあったが、どうにか言いたいことはわかった。
「なるほど、そうか。現にわたしは、レイフィアの魔法の煙幕のおかげで助かっているわけだしな」
「ええ、奴はその能力を『視界』を頼りに使っています。あの分裂能力も同じでしょう。現に僕とレイフィアさんが激しく攻撃を始めたと同時に、敵の分裂速度が遅くなりました」
さすがはエリオットだ。バトルセンスを司る【オリジナルスキル】“闘神の化身”は伊達ではない。今までの一連の戦いの中で、すでにあの『魔神』を攻略する方法を思いついているようだ。
「レイフィアさんに頼んだのも、その一環です。……おかげで着地できなくなっちゃいましたけど……」
エリオットは眼下に広がる火の海を見つめながら、つぶやく。
「だが、いつにも増して彼女の魔法は凄まじいな。いったいどういうことなんだ?」
「どうやらかなり広い範囲に“禍熱領域”を設置したみたいで……」
「それでこの火の海か」
「はい」
かなり広大な範囲が炎に包まれている。確かに戦闘開始直後、彼女が火属性の加速魔法《猛進の火車》を使って飛び出して行ったのは見たが、まさかこのためだったとは。
「あははは! たっのしい! わはははは! あたし、一度でいいから目一杯広いところで、全力で魔法をぶちかましまくってみたかったんだよねえ!」
分身なのか本体なのか不明だが、彼女は火の海の中で滅茶苦茶に魔法を撃ち放っている。
「あの調子では、いくら彼女でもそのうち【魔力】切れを起こすぞ」
「でもあの戦い方なら分裂は起こりにくいみたいです。あと一息でしょう。このまま残りのモンスターの殲滅、手伝ってもらっていいでしょうか?」
「……このままか?」
わたしはエリオットに抱きかかえられたまま、頬をふくらませるように言った。さすがにこの体勢で戦うのは、恰好がつかない。
「す、すみません。でも、降ろすわけにもいかないですし……」
「……でも、別の抱え方もあったんじゃないか?」
わたしが半眼で言うと、エリオットはわたしから顔を逸らしてそっぽを向いた。
「へ? い、いや、思いつきませんでしたね……って、いたた!」
「君は最近、ちょっと調子に乗りすぎだぞ?」
わたしは身体強化を施した指先で、彼の額を指ではじいた。そして、軽くため息をつくと、エリオットに背中から弓を外してもらい、それを掴む。
「うん。レイフィアのおかげで、大分敵も少ないな。よし、じゃあ、これで最後だ」
〈還し給え、千の光。二重に三重に降り注げ〉
わたしは残った敵集団に、三千本の矢を落とす。今回の戦いでは、随分と『捧げ矢』を消耗してしまったが、仕方がない。また、毎朝の日課の中で取り戻して行けばいい。
「さて、とどめぐらい、君がやってくれるんだろう?」
『魔神』以外の敵を全滅させたわたしが悪戯っぽく言うと、エリオットは力強く頷いた。
「はい。少しは恰好いいところを、エイミアさんに見せたいですしね」
さりげなく、ドキッとするようなことを言って、彼は『魔神』本体の元へと急降下していく。敵の傍まで接近すると、さすがに視界に入っていなくとも能力は発動するらしい。心と体を締めつけるような負荷がわたしとエリオットを襲う。
だが、周囲のモンスターの『視線』がなくなったせいか、思ったほどではない。
「今度こそ、とどめだ!」
そして、エリオットが螺旋型にひねりを加えた『轟音衝撃波』を叩き込んだこところで、わたしたちはついに、滅びを拒絶する最凶最悪の『魔神ナギ』を滅ぼすことに成功したのだった。