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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第17章 異形の神と天才の偉業
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第165話 万魔殿への侵入/狂える神

     -万魔殿への侵入-


「──で、潜入作戦となれば、俺の出番ってわけか」


 夕闇の中、俺は高くそびえる城壁を見上げながらつぶやく。


「ねえ、ルシア。どうして夜中じゃなくて、この時間なの?」


 俺の隣で『聖天光鎖の額冠』の隠蔽結界を発動させながら、シャルが訊いてくる。


「夜中の方が警戒されてるんだよ。そこにわざわざ飛び込むことはないだろ?」


 俺が答えると、シャルは納得いかなげな顔になった。


「だから、相手の裏をかいたの? うーん、それはそれで単純すぎるような……」


「もちろん、それだけじゃない。いいか? 夕方ってのは明るいように見えて、自分が思っている以上に視界を奪われているものなんだ。昼間の人通りがなくなったことで集中力も途切れがちになり始めるころだし、逆に深夜に比べれば物音なんかは周囲に聞こえにくいだろ?」


「そっか、物音か……。この結界も音は消せないもんね」


「ああ、そのとおり。なにより深夜の襲撃ってのは、襲撃する側からも集中力を削ぐものなんだぜ? なんたって、人間は夜に眠る生き物なんだからな」


「ふうん……」


 シャルは何やら感心したような目で俺を見上げてくる。シャルにこんな目を向けられるのは、少しばかりいい気持ちがするものだ。俺はすっかり嬉しくなってしまった。


「仲がいいのは結構だけど、気を抜いちゃ駄目だよ」


 そこで、釘を刺すように言葉を挟んできたのは、ノエルだ。普段、この手の荒事にはあまりかかわらない彼女だが、今回は『ある目的』のために同行を申し出てくれた。


「ああ、大丈夫だ。とりあえず国王を見つけて誘拐するなり、どこかに閉じ込めるなりすればいいんだよな? 油断ってわけじゃないが、見たところ警備の連中も大したことはなさそうだぜ」


「頼もしいね。僕としては一国の王様がいる城への無断侵入だなんて、怖くて仕方がないんだ。頼りにしてるよ」


「……何言ってやがる。マギスレギアじゃ王様なんか歯牙にもかけてなかったじゃないか。そもそもその身体、生身じゃないんだろ?」


「やだなあ。気分の問題だよ。こんなに可愛い女の子に頼られて、悪い気はしないだろ?」


「自分で言うな」


 ノエルは、相変わらず掴みどころのない女性だ。そもそも、これが生身の人間(?)じゃないというのだから驚かされる。


『ディ・ラフェイドの魔人形』


 ノエルが遠隔操作する人型の【魔装兵器】であり、個人固有の魔力波動を登録することで、その相手になりすますことができるという代物だ。

 ルシエラから情報を得たというエイミアたちの話を聞く限り、俺たちが国王を説得できる可能性は皆無だ。エイミアは、国王を脅してでも住民への避難指示を出させればいいと訴えたが、ノエルがそれならばと申し出てきた『手段』こそがこれだった。


「それで、どうやって侵入するの? このまま普通に歩いていっても大丈夫そうだけど……」


 シャルの隠蔽結界は優れものだ。それこそレイミの『ラテルスの眼鏡』のような強力な透視用装置でもない限り、まず見破られる心配はないだろう。


「いや、万が一ってこともある。できるだけ人の少ない場所を選んで進んだ方がいいな」


 俺はシャルとノエルの二人を促し、城内への侵入を開始する。タイミングを見計らって城門をくぐり、物陰を選んで移動する。城内を行き来する人間の会話に耳を傾けて情報を把握し、油断なく周囲に視線を走らせて状況を確認する。


 はぐれないようにと俺の服の袖を掴んでいるシャルが、息をのむ気配がわかる。なんだか年端もいかない少女に犯罪の片棒を担がせているような妙な罪悪感が芽生えたが、俺はそんな気持ちを振り切るように、慎重に城内を進んでいく。


 やがて謁見の間へと続く大階段に辿り着いた俺たちは、その脇の物陰に身を潜めて休憩を取ることにした。


「この先に王様がいるのかな?」


「いや、この時間じゃ謁見はないだろうからな。いるなら執務室だろう。さっき聞こえてきた使用人の話からすれば、部屋自体は謁見の間の隣に設けてあるらしい」


「え? いつの間にそんな話、聞いてたの?」


 シャルが驚きに目を丸くして俺を見る。


「俺がただ何もせず、ここまで移動してきただけだと思ってたのか?」


 声に得意げな響きが出ないようにそう言うと、シャルの目がますます大きく丸くなり、それはやがて尊敬の眼差しへと変わっていく。……やばい。かなり気分がいいぞ。


「ぷくく……」


 何かを言いたげに、俺の方を後ろから軽く叩くノエル。何を言いたいのかはわかるが、俺は聞こえないふりを試みる。


「ああ、ほんと、君って可愛いなあ」


「……」


 無視するぞ。


「シャルに尊敬されるのがそんなに嬉しいのかな?」


「…………」


 無視、無視。


「まったく、シャルがエイミアのことを尊敬しているって言った時の君の顔ったら、なかったよね?」


「………………」


 全身全霊、これでもかと言うくらい無視を決め込んでやる。


「男の嫉妬は見苦しいよと言いたいところだったけど、ああいう嫉妬の仕方だったら、可愛いものだよね」


「…………うう」


 今のは、俺の声ではない。俺は頑張って無視を続けたんだ。だが、何故かシャルの方が音を上げるようにうめき声を出していた。


「そういう点では、シャルも同じかな? まったく素直じゃないんだからね」


「ノエル……」


「ノエルさん……」


 俺たち二人は声を抑えたまま、掴みかからんばかりにノエルに詰め寄る。


「あはは。まあまあ、落ち着いて。あまり騒ぐと見つかっちゃうよ?」


 だが、冗談めかしてノエルがそんな言葉を口にした、その時だった。


〈もう遅い。汝らはすでに、包囲されている〉


 突然響く声。この声の感じには、覚えがある。かつて、『セリアルの塔』で俺に語りかけてきた奴だ。


「ラディスだと? どうしてこんなところで……」


 俺は愕然として周囲を見渡す。気づけばそこには、鎧兜に身を包んだ騎士たちが立っている。いや、そうじゃない。これは……


「【生体魔装兵器】かよ」


〈そのとおり。汝らは一人を除き、招かれざる客だ。しかし、歓迎はしよう。ようこそ──偉大なる我らが現人神あらひとがみの住まう御座へ〉


「ち!」


 どうしてシャルの隠蔽結界が通じなかったのかは不明だが、今はそんなことを考えている場合でもない。俺は腰から『魔剣』を抜き放ち、構えをとる。


〈無駄だ。ここは我が主の御座なり。汝らは既に囚われの身だ〉


「うるせえよ」


 無機質な語り口に苛立ちを覚えながら、俺は周囲の【生体魔装兵器】と切り結ぶべく、一歩足を踏み出そうとした。


〈これは……【事象魔法】コマンドオブルーラーか? まずい! ルシア、下がれ!〉


 ファラの声。だが、一歩遅かった。踏み出した先の空間が奇妙に歪んでいる。いや、『歪んで』いるのは俺の視界だろうか? あらゆる映像が視界の中に滅茶苦茶に映り込み、身体が硬直して動かなくなってしまう。


〈ここは神の御座。全ての空間は我が主のモノ。そして、我が『真眼』もまた、『神眼』となる〉


「ぐ……」


 くそ……抵抗できない。俺の意識が暗転する。


「ルシア! ルシア! しっかりして!」


 ──次に俺が目を覚ましたのは、冷たい石床の上だった。周囲には規則正しい石組の壁と鉄格子。明かりは【魔法具】らしき照明が離れた廊下に一つきり。薄暗く、じめじめとした雰囲気が、ここを『地下』だと認識させる。


「……ていうか、シリル。何でお前までここにいるんだ」


 俺は牢獄の中、横たわる自分の身体を揺する銀髪の少女に向かい、間の抜けた声で呼びかけた。すると彼女は、にんまりと笑う。


「あはは。僕だよ僕。さっきからちっとも目を覚まさないもんだから、シリルの声で起こしたらどうかなと思ったんだけど、まさか本当にこれで起きるなんてねえ」


 どう考えても虜囚の身となったはずのこの状況下で、楽しそうに笑うノエル。俺が呆れながらそのことを指摘してやると、彼女は酷く底意地の悪い笑みを浮かべる。


「いやあ、ごめんごめん。そうだよね。呑気に笑っている場合じゃないや。何せ僕らは、軽はずみに動いて敵の罠にかかっちゃた誰かさんのおかげで、囚われの身なんだからね。いやはや君を人質に取られたんじゃ、僕たちもまったく為す術がなかったよ」


「うう!」


 ぐさりと胸に言葉のナイフが突き刺さる。


「まあ、それも君が僕たちを率先して護ろうとした結果だもんね。うん。君は悪くないよ」


「ぐあ」


 シリルの姿で言われると、余計にきつい。


「もう! 二人とも、そんなことをしている場合じゃないでしょう!? 今はこの状況をどうするかを考えなくちゃいけないんじゃないの?」


「うお! あ、いや、ごめん!」


「ご、ごめんなさい!」


 憤慨した声で叫ぶシャルに、俺とノエルは反射的に頭を下げて謝った。あれ? なんだかシャルの奴、だんだんシリルに似てきていないか?


「あ、ああ、こほん。……じゃあ、状況を整理しようか。さっきの声の主が『ラディス・ゼメイオン』だとすれば、あの口ぶりからして、この城こそがまさに『パラダイム』の本拠地だったという説が濃厚だね」


 ノエルは気を取り直して『元の姿(?)』に戻りつつ、いきなり結論らしき言葉を口にする。


「じゃあ、魔法王国マギスディバインみたいに、このクルヴェド王国も『魔族』が裏で牛耳ってやがるってわけか?」


「なら、いいんだけど……ね」


 意味深につぶやくノエル。彼女には他に思うところがあるらしい。


「『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』も没収されちまったみたいだしなあ……あ、そうだ。ファラはいるか?」


〈何が、『あ、そうだ』だ! ……まったく、この大たわけが。わらわの【魔鍵】を奪われるとは何事だ! なんとしても早急に取り返すぞ〉


 うあ、藪蛇だった。【魔鍵】が無いせいか、声しか聞こえないものの、すごい剣幕だ。俺は首をすくめて謝罪する。


「ごめん、ごめん。武装解除されてるってことは……シャル、お前もか?」


「うん。「……『差し招く未来の霊剣エレメンタル・ブレード』を取られちゃった」


 シャルが悲しげな顔で答える。アルマグリッドでガアラムさんに造ってもらって以来、ずっと旅を共にしてきた愛着のある剣なのだから、当然と言えば当然だ。それを思うと、なおさら今回の失敗に胸が痛む。


「そんな顔しなくていいよ。さっきのは冗談だ。実際、まさか城の中がこんなことになっているとは想像もできなかったし……、そもそも何故君が倒れたのか、傍にいた僕にもさっぱりわからなかったんだ」


 ノエルは、そう言って慰めの言葉をかけてくれた。


「ああ、ありがとう。でも、何故か『指輪』は没収されてないみたいだぜ? ここまでは連中も気付かなかったのかな。どうする? シリルに助けを求めてみるか?」


「……そう言えば、彼らは目に見える武器以外には興味も示さなかったな。僕らをこうして閉じ込めているのも、指輪をあえて残したのも、僕らに助けを呼ばせるつもりなのかもしれない。彼らが『魔神』を呼び寄せたのなら、それを邪魔しかねない僕らを放ってはおかないだろうし……」


「でも、何もしないわけにはいかないだろ?」


「うん。罠かも知れなくても、できるだけここの状況を正確に伝えたうえで、助けを呼んだ方がいいね」


 ノエルの頷きを受け、俺はシリルに念話で呼びかけを行う。詳しい事情を説明すると、彼女は烈火のごとく怒りだし、続いて心配そうに安否を気遣ってくれた後、すぐに助けに行くと言ってくれた。


〈気をつけろよ。奴らの狙いは、お前かもしれないぞ〉


〈うん。そっちこそ、いつもみたいに無茶だけは、しないでね?〉


 そんなやりとりを最後に、念話を終える。


「……助けに来るってさ」


「そう。でも、隠蔽結界が通じない以上、どんな方法で助けに来るつもりだろうね? エイミアとエリオットは『魔神』への備えもあるし、ヴァリスも戦力としては外せないだろう?」


「いや、それが……そんなに時間をかけるつもりはないから全員で行くってさ」


「え? なんだって!?」


 ノエルは地下牢に響き渡るような声を上げる。


「な、なんだ? 何で大声を……」


 鼓膜にキンキンと響く声に、俺は耳を押さえて首を振る。

 念話でやり取りを交わした時、俺はいつものとおり、冷静な雰囲気で語るシリルの言葉に何の疑念も抱かなかった。いつだって彼女は俺より深慮遠謀を備えていて、俺なんかでは思いもつかない手段で問題を解決してしまうのだ。今回だってきっと、何らかの秘策があるに違いない。


 そう思っていたのだが──何事にも計算違いはあるものだ。


「……はあ。真理の研究を主眼とする『パラダイム』も、『恋する乙女に怖いものはなし』という永遠の真理には届かなかった。……なんて言えれば格好いいのかもしれないけどなあ」


「え? 何言ってんだ?」


 俺がノエルの諦めたような言葉の意味を理解したのは、それから間もなくのことだった。


 地響きとともに、何かが崩れるような音がする。



     -狂える神-


「無茶はお前の方だろうがああああ!」


 瓦礫の山の中、ルシアの絶叫が響き渡る。


「うるさいわね。せっかく助けにきてあげたのに、なによその態度?」


 わたしは不満な気持ちを隠そうともせず、ルシアを睨む。


「あのなあ! これじゃかんっぺきに! 破壊工作活動だろうが! いくらなんでも正面から禁術級魔法で城をぶち抜いて助けに来るとか、あり得ないだろう!」


 彼は、城の入口から地下牢の階段付近にまで広がる瓦礫の山を腕を振って指し示し、興奮冷めやらぬ声を上げる。まったく、わたしも甘く見られたものね。その辺に抜かりはないと言うのに。


「大丈夫よ。ちゃんとヴァリスに気配を確認してもらってから撃ったから、犠牲者はいないはずだもの」


「そういう問題じゃないだろうが!」


 どうやら彼は、わたしの『助け方』が気に入らなかったらしい。でも、助けられておきながら、助け方にまで注文を付けるなんて、贅沢すぎるんじゃないだろうか?


「いや、わたしは言ったんだぞ? やめようと。いくらなんでも国家の中枢たる王城の『壁抜き』なんて、絶対やるべきじゃないと、わたしは言ったんだ……」


「はい。今回ばかりは、エイミアさんの方がずっと常識人でした。止められなかったのは仕方ないですよ。僕らは無力なんです……」


 何故かエイミアとエリオットまで、そんなふうに言ってわたしを非難する。


「いったいどうしたって言うんだ? いつものお前らしくないぞ?」


 不思議そうに言うルシア。でも、何がおかしいのかしら? わたしはいつもと同じく、作戦を考え、成功する見込みを立ててから行動に移しただけなのに。


「あはは! シリルちゃんも自分の気持ちを自覚してはいるんだろうけど、そういうところが天然なんだよね」


「な、何よ、アリシアまで……」


 アリシアの言っていることは良く分からないけれど、なんだか少し恥ずかしい気持ちにさせられてしまう。


「……ここが『パラダイム』の本拠地だというのなら、いっそのこと、このまま叩き潰してしまった方がいいのではないか?」


 話の流れを変えるように、ヴァリスがそんな提案をしてきた。


「そうだね。国民への避難指示はできないとしても、『魔神』を呼び寄せることは止められるかもしれない。どうする?」


 ノエルが問いかけるように周囲に視線を送ると、全員が賛同の頷きを返す。


「俺の【魔鍵】も取り返さないといけないからな。でも、『魔神』の方は大丈夫なのか?」


「あのまま速度が変わらなければ、まだ少し余裕はあるはずだよ」


「よし、じゃあ決まりだな。行くぜ!」


 そう言って先頭に立とうとするルシアを、ノエルが呆れた顔で引き止める。


「あのねえ、君。君は自分で言った通り、【魔鍵】がないんだよ? 大人しく皆に護られてなさい」


「……うあ、そうだった。でも、おかしいな? 俺って【魔鍵】がないと、ここまで何もできない人間だったのか?」


〈わらわのありがたみが分かったか?〉


〈ああ。よーく、わかったよ〉


 わたしにも『絆の指輪』を介して、ファラとルシアのそんなやり取りが聞き取れた。ルシアは、何やらしみじみと頷いている。


「うーん、そう考えると……出会った当初、シリルがどうして、あんなにも俺のために必死になって【魔鍵】を探そうとしてくれていたのかが、よくわかるな」


「べ、別にそんなこと……あ、あのときは、わたしも色々と混乱してたし……」


 世界を救おうとして重圧に押しつぶされ、友達を失うことを恐れて何かにすがろうとした結果、わたしは彼を【召喚】してしまった。わたしの弱さの『被害者』である彼のため、あの時のわたしは随分と無茶をしたものだった。


 それを思い出すと、かなり恥ずかしい。

 と、そこへ──


〈君たちには、いまだに理解が足りない。我が『真霊』……否、『神霊』の名において、君たちに理解させてあげよう。……ここはあの御方の御座であり、世界の中心である〉


 和やかな雰囲気に水を差す、ラディスの声。


「随分と余裕じゃない。北部の結界を消したり、『魔神』を呼び寄せたり、なりふり構わない手段に出ているのも、実は追いつめられているからでしょう?」


 わたしの挑発的な言葉にも、ラディスは冷淡に応じるのみ。


〈君たちがここに侵入した時点で、もはや勝敗は決している。我が主の御座にありながら、我が主を超えることなど叶わぬ。だが、銀の魔女よ。君が真実を……否、『真理』を知りたいと思うのならば、謁見の間まで来るがいい〉


 それきり、ラディスからの呼びかけは途絶えた。


「は! 上等じゃん! 正面から来いってか? 笑わせてくれちゃうよね。そんなに言うんなら、あたし、やっちゃうよ?」


 声の消えた先を睨みながら、レイフィアが言う。


「随分元気じゃない。じゃあ、あなたが先頭で行く?」


 わたしが皮肉っぽく言えば、レイフィアはきょとんとした顔で言い返してくる。


「は? 何言ってんの? そんなの必要ないでしょ? あたしがこっから謁見の間を丸ごとぶっ飛ばしてやるんだからさ。馬鹿正直に行くことないでしょーが」


 さも当然とばかりに胸を張るレイフィア。ああ、なんだかいつもの彼女ね。


「あなたも大概無茶を言うわね。それが仮にできたとしても……」


 だが、彼女の過激な言葉に対するわたしの苦言が言い終わらないうちに、『それ』は起きた。


「え? なに、これ?」


「な、何が起こったんだ?」


 わたしとルシアは、いきなり変化した周囲の景色に戸惑いの声を出す。


 意味が分からない。一瞬前まで地下牢から一階に上がった廊下にいたはずなのに、今は赤い絨毯が敷かれた立派な大広間にいるのだ。


「まさか、空間転移? で、でも、こんな一瞬でなんて……そんなの【事象魔法コマンドオブルーラー】でもなければ無理なはず……」


 思わず独り言が口から出た。周囲には、わたしとルシア以外、人っ子一人いない。アリシアたちの姿さえ、消えてしまっている。恐らくここは王城の謁見の間だろうに、不気味なほどに静まり返っている。


〈ようこそ『世界の中心』へ。この儀が終われば世界は変わる。我ら『パラダイム』こそが『世界の中心セントラル』となる日が訪れるのだ。……特に銀の魔女よ。叶うならば君には是非、新たな『ラディス・ゼメイオン』を継いでもらいたいものだな〉


 再び響く『真霊』の声。耳に心地よく、いつまでも聞き続けていたくなるような声。


「ふ、ふざけないで! 今のは何をしたの? あなたは何者なの? それに、あなたたちの目的は何なの?」


 精神支配にも近いそんな感覚を振り払うように、わたしは声を張り上げ、矢継ぎ早な問いを繰り返す。


〈ここまでは、我が『真算』の読みどおり。まさか君がここまで迅速にルシアを救出しようとは思わなかったが、結果は同じ。君たち二人には特別な役割を……〉


 先ほどと同じ声が、言葉を続けようとしたその時。


「──そこから先は、我が答えよう。それが主たるものの務めだ」


 新たな声が響く。声のした方には、赤絨毯の先に王が座るための玉座がある。そちらに目を向ければ、ぼんやりと視界がかすみ、気づいた時には、一人の人物が腰を掛けていた。


 一見したところでは、かなり派手な印象の人物だ。豪華絢爛な衣装に身を包み、濃い銀色の髪と宝石のような真紅の瞳。どこまでも人の目を引く圧倒的な美貌でありながら、病的なまでに白い顔には染みひとつなく、表情らしきものが一切存在しない。


 外見だけは完全無欠の王者の風格を漂わせているのに、決定的に欠けているものがある。それは、『覇気』と呼ばれるものだ。彼には、他人を支配する気などない。従わせようという気概などない。そこにはただ、世界そのものを裏から操り、『台無し』にすることそのものに喜びを見いだす、昏い意思だけがある。何故かわたしには、そう見えた。


「あなたは?」


「我が名は、ラディス・クヴェド。この国の王である」


 玉座に腰かけたまま、若々しい外見に似合わない、枯れた声音でつぶやく男。


「この国の王は、ディアガ・クヴェドス十三世でしょう?」


「そうだ。『それ』も我だ。この国の支配者。それに連なる者ども。それらはすべて、『我』である」


 意味が分からない。この男は何を言っているのだろうか? 

 

〈……ラディス・クヴェドだと? まさか……シリル、ルシア。気をつけろ。あれは恐らく、『神』のなれの果てだぞ〉


 心の中に、突然、ファラの声が響く。


「え? 『神』のなれの果て?」


 ルシアは思わず声に出して返事をしてしまったらしい。それを聞き咎めてか、再び『真霊』の声が聞こえてきた。


〈無礼であろう。我が主を愚かなる他の神々などと同列に扱うな〉


「よい。『真霊』よ。我は気分がいい。訊かれた問いにも、まだ答えきれておらぬ」


〈……主がそう仰せであれば〉


 大人しく引き下がる『真霊』。


「我は『現人神あらひとがみ』。世界の内に在りながら、世界と異なる存在である。『神』のように【想像世界】エクスターナルなどに頼らずとも、世界の歪みに御座をつくり、そこから世界を睥睨へいげいするもの」


「……それじゃ、まるっきり『ジャシン』だわ」


「彼らは変革者だ。我のいしずえとなるべき者たち。ゆえに我が子らは、彼らの【ヴァイス】を集め、我に捧げた」


 やはり火の聖地での『真霊』の言葉は、そのまま事実だったようだ。でも、だとするならば──


「大して集まらなかったでしょう? 世界各地に【聖地】は無数にあるけれど、そのいずれにも『ジャシン』の姿はなかった。違う?」


 わたしが探るように言うと、ここで『真霊』が割りこんでくる。


〈先代の『真算』の策は、不完全であった。ただ、それだけのこと。……ゆえにこその、『魔神』の招聘しょうへい


 やはり彼らは、各地の『ジャシン』がセフィリアによって取り込まれていることを知らないようだ。


「控えよ、『真霊』。……黙っているようにとの我の言葉を忘れたか? やはり、汝に二つの【刻印】は重過ぎるようだ。早く次の『真算』を用意するべきかな」


〈……申し訳ございません〉


「では、答えを続けよう。我は世界に『真理』をもたらす。世界に存在するすべての『完全なもの』を破壊し、『出来損ない』に造り変える」


「出来損ないに?」


「完成とは、停滞と同義だ。不完全な物こそが完全たりうる。世界に不完全が満ちた時こそ、永遠の進歩と発展がもたらされるのだ」


 男はそう言って手をかざす。ただそれだけで、空間が歪み、【マナ】が【瘴気】に変化する。わたしの“魔王の百眼”には、その様子がはっきりと見えていた。


「……あなた、狂ってるわ。わざわざ世界を出来損ないにしておいて、何が進歩と発展よ。馬鹿言わないで」


「ククク」


 ラディス・クヴェドと名乗った男は、顔立ちこそ整っているものの、その身に纏う狂気は隠しようもなく、見ているだけで気持ち悪くなるような不気味さがあった。

 ……いや、多分それだけじゃない。あの『セフィリア』を目にしたときに感じたものに近い、嫌な感覚だった。


「くだらないわね。あなたこそ『神』の力を失った『ジャシン』の出来損ないなんじゃない?」


 わたしは彼の異様な雰囲気に飲み込まれないよう、意識して強い言葉を言い放つ。けれど、彼はまるで意にも介さず、不安と恐怖をあおるような不気味な声音で言葉を続ける。


「我が【刻印】を得れば、汝も理解するだろう。『真理』……否『神理』をな」


「刻印? なんのこと?」


「ここにいる『真霊』は、我が心。否──この城においては『神霊』と呼ぶべきか。もっとも今では、我が頭脳──『神算』でもある。それと、城内に散らばる我が眼──『神眼』のことも忘れてはならない」


 言いながら、男はようやく玉座から立ち上がる。


「彼らは我の傍に在ればあるほど、その力を増す。何故なら彼らは、『変革する神理の刻印クヴェド・ラディス・ゼメイオン』。……ルシアよ。汝の持つ【魔鍵】と同じだ」


「ああ? 馴れ馴れしく呼ぶなよな」


 相変わらず彼は強い。わたしが必死で気持ちの悪さに耐えている中、彼だけは平然とした顔をしている。


「『神眼』を通じ、我は汝を見ていた。……我は汝に興味がある。ゆえに、刻印候補の『銀の魔女』のみならず、汝をもこの場に招いた」


 なんだろう? ものすごく嫌な予感がする……。


「異世界で生まれし、異形の者よ。汝は、我が『器』に相応しい」

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