第164話 目立つ者たち/一方的な情報交換
-目立つ者たち-
クルヴェド王国。
『ゼルグの地平』以南における北西部に位置する小国であり、地の聖地『エルベルド』があることからもわかるとおり、肥沃な大地に恵まれた農業立国でもある。
首都であるレヴォノスは、この国でもほとんど唯一と言ってよい『都市』であり、農業に従事する者を除く人口の大半がここで生活しているらしい。国中で収穫された農産物が集約され、交易に供されるための流通拠点としての側面が強い都市でもある。
「こんな事態だって言うのに、街そのものはいたって平和そうですね」
「そうだな。この街にもギルドが無い以上、『魔神』襲来の事実自体が知らされていないのかもしれない」
僕とエイミアさんは、色とりどりの野菜や果物が所狭しと並べられた市場を歩いている。なんといっても、この国で一番多くの人間が集まる場所だ。僕ら二人の役目は、この街の現状を把握し、万が一のための避難をどうやったら人々に促すことができるのかを検討することだった。
「手っ取り早いのは、国王にでも面会して話をすることなんだろうけど……」
「まず、信じてもらえないでしょうね。そもそも、面会自体が困難でしょう」
「いや、面会ならできるさ。いざとなれば、強行突破してでも直談判することも考えるべきだ。この国の場合、王の一言さえあれば、避難はかなりスムーズにできるはずだからな」
エイミアさんの言うとおり、この国の王は、他国に比べても極めて強い権力を有している。ただ正確には、権力と言うより『信仰力』と言った方がいいのかもしれない。
そう、信仰だ。現国王ディアガ・クヴェドス十三世は、ほとんど神と言ってもいいくらいに国民全員から崇められている存在だった。
「公の席にもほとんど姿を現したこともないのに、その言葉は『神託』のように国民に伝えられ、誰もがそれに絶対服従している。……ここまで集めた情報だけでも、王の影響力はかなりのものだと窺える。逆に言えば、王さえ説得できれば……」
「で、でも、エイミアさん。強行突破なんてしたら、かえって敵視されてしまって信用してもらえないんじゃ?」
かなり過激な発言を続けるエイミアさんに、僕は周囲の目を気にしながら小声で訊き返す。市場には人通りも多く、喧騒に満ちているためか、僕らの話し声もそうそう誰かに聞き咎められたりはしないだろう。
だが、逆に言えば盗み聞きされていることに気付きにくい状況ではあるのだ。
「ああ、もちろん、それは最終手段だろう。とはいえ現実問題として、わたしたちだけで『魔神』三体を同時に相手にするのは難しい。あまり期限まで猶予もないのだし、手段を選んでいる余裕はないぞ」
「……そうですね」
こうして会話を交わしていても、焦りが募るばかりだ。『魔神』を倒す、国を救うだなんて言ったところで、冷静に考えてしまえば、そのひとつひとつが途方もない難事だということに気付かされる。
「そろそろ戻ろうか。今頃ノエルたちが『魔神』の進行ルートを特定してくれているはずだしな」
「ええ、わかりました。ん? ……あっ!」
「どうした、エリオット? って、きゃあ!」
僕は視界の端に映ったものを認識すると同時、エイミアさんの腕を引っ張って物陰へと移動する。
「な、ななな! なんだ、エリオット。こ、こんなところで突然……ど、どうした?」
狼狽えまくったエイミアさんの挙動は可愛らしくもあったけど、今はそれどころではない。先ほど見えたもの。もし僕の見間違いでなければあれは……
「すみません。……多分、この街にヴァルナガンとルシエラが来ています」
「なに!?」
「しっ! 静かに。視界の端に映っただけですから、気付かれてはいないと思いますが……間違いなくあの二人組でした」
群衆に紛れても抜きん出て背の高い大男と純白の羽根飾りをあしらった衣装をまとう金髪の美女。そんな目立つ二人組を、たとえ一瞬でも視界に収めたなら、見間違えるはずもない。
「……なるほど。だが、それを言うならわたしたち二人も似たようなものだよな?」
「え?」
蒼く鮮やかな髪の女性、エイミアさんは意味ありげ言葉を言いながら、意味ありげな視線を僕の後方に送っている。
「……ですね」
僕は諦めたように、ゆっくりと振り返る。
「いよう! 久しぶりじゃねえか。この前はレイフィアの奴にも会ったし、つくづく縁があるんじゃねえの、俺たち」
身体に鎖を巻きつけた大男がげらげらと笑いながら、手を振っている。
「縁と言うより、必然でしょうね。恐らく、あなた方も目的は同じでしょう。……仕事でもないのに、ご苦労なことですが」
ルシエラは相変わらず抑揚の少ない声で、悠然と歩み寄ってくる。僕らは思わず身構えたが、彼女は意にも介さずいたって冷静に言葉を続けた。
「そんなに警戒しないでください。現在は緊急事態です。……それとも、やはりご存じないのですか?」
「……『魔神』のことか?」
「よかった。説明する手間が省けました」
『魔族』がこの事態を収拾しようと動くなら、『エージェント』である彼らを投入してくる可能性は十分にあった。でもまさか、このタイミングで鉢合わせするとは思わなかった。
「実は先程、冒険者ギルドの名を使って王城に顔を出したのですが、あえなく追い返されてしまいましてね。途方に暮れていたところなのです」
言葉とは裏腹に、彼女にはまったく困った様子はない。それだけに会話を続ける彼女の意図は読めず、僕らも迂闊には動けなかった。
「ったくよう、人がせっかく親切に教えてやっているってのに、聞きゃしねえんだからな。まあ、いいんじゃねえの? 俺は『魔神』をぶっ殺せるならそれでいいし、こんなしみったれた国の人間がいくら死のうが自業自得だろうが」
よほど酷い追い返され方をしたのか、ヴァルナガンは憎々しげに吐き捨てる。
「馬鹿の言うことはともかく、わたくしたちの受けた依頼は、『魔神』の討伐と可能な範囲での被害の防止です。あまり被害が大きければ報酬も目減りするでしょうし、今の状況はあまり好ましくないのです」
「……そんな話をわたしたちにして、どうする?」
「おわかりでしょう?」
「さあな」
エイミアさんは、はぐらかすように返事を返す。
「なるほど、わたくしの口から言わせたいと、そういうわけですね。いいでしょう。それでは、お願いします。ここはひとつ、わたくしたちと共同戦線を張って、『魔神』退治と行きませんか?」
相手に言わせたところで意味がある話でもない。これは単にエイミアさんの嫌がらせのようなものだったと思うけれど、ルシエラにはどうでもいいことらしい。こともなげに、そんな提案を口にしてきた。
「……わたしは君の何が嫌いかって、そうやって自分の感情を見せようとしないところが、気に入らないんだよな」
「わたくしは、あなたのように明け透けに自分の感情をぶつけてくる人間が苦手ですね」
火花、ともいえない何かが、二人の間では散っているように見えた。
「がはは。女同士、仲が良くて結構なことだ。……なあ、俺たち男は拳で親睦でも深めるとするか?」
「お断りだよ。拳ならいくらでも叩き込んでやるけど、親睦なんか必要ない」
「がはは! つれないねえ」
相変わらず野蛮な男だ。身体をゆすって笑うたび、撒きついた鎖がガシャガシャと音を立てる。
「難しい話ではありません。わたくしたちは『魔神ファンドス』を相手にしましょう。あなたたちには、『魔神クロックメイズ』か『魔神ナギ』のいずれかをお願いします」
「……レイフィアから聞いた話だと、その三柱の中では『魔神ファンドス』が一番格が低いらしいな?」
エイミアさんが言うと、ルシエラは軽く肩をすくめてみせた。彼女もこんな風におどけた仕草をして見せるものなんだなと思いはしたが、その実、恐ろしく似合っていなかった。
「当然です。わたくしたちは二人なのですよ? あなたたちの方が人数が多いのですから」
「……まあ、それはそうだが」
そう言われてしまえば、確かにその通りだ。妥当な提案と言ったところだろう。と思っていたら、ヴァルナガンが笑いながら後を続ける。
「ま、一番弱い奴を先にぶっ殺せば、二体目はお前らじゃなく、俺たちの獲物になるだろうからな」
「……戦闘好きも、そこまで行けば、いっそ尊敬したくなるよな」
僕が呆れたように言うと、ルシエラが嘆息したように応じてくる。
「ええ、困ったものです。いちいち全力で暴れる馬鹿の暴走を抑えるのも一苦労ですし、任務でもなければ絶対に『魔神』など相手にしたくはありませんね」
感情のない、平坦な口調は変わらない。だが、今の言葉からは、表情を変えることのない仮面の向こうに、うっすらと感情のようなものが滲んで見えた気がする。
そもそも僕たちは彼女とこんなに長い間、言葉を交わしたことはなかった。だから、これは彼女が変わったのではなく、今まで僕らが気付かなかっただけなのだろう。
エイミアさんも、そんな彼女に何かを感じたのか、おもむろにこんなことを尋ねた。
「君はどうして、『魔族』のエージェントなどをやっている? 先ほどから報酬がどうとか言ってはいるが、君らなら『魔族』などの言いなりにならなくとも、お金くらいどうにでもなるだろう?」
「……この場面でそれを聞いてくるところが、なおさら苦手にさせられますね。勘違いしてはいけませんので言いますが、あなたたちへの捕縛命令こそ保留になってはいるものの、わたくしたちは立場的には敵同士なのですよ? 今回が例外なだけです」
呆れたような言葉を口にするルシエラだが、エイミアさんには悪びれた様子はない。
「だから訊くなら今のうちなんじゃないか。敵になってからでは訊けないだろう?」
「……」
しれっとした顔で言い返すエイミアさんを見て、沈黙するルシエラ。
「がはは! 確かにそうだよなあ。ルシエラ、お前ともあろうもんが、一本取られたんじゃねえの?」
ヴァルナガンが愉快気に笑う。ルシエラはそんな彼に冷たい一瞥をくれると、諦めたように頷いた。
「……いずれにしても、まずは場所を移しましょうか」
気づけば、僕たち四人は市場の中で注目を集めてしまっていた。
-一方的な情報交換-
「さて、共同戦線となる以上、情報交換と行きたいところですが、あなたたちにとって下手な情報のやり取りは、手の内をさらすことに繋がるのではないですか?」
市場を抜けた先に会った喫茶店の窓際に腰かけるなり、ルシエラは意外にもこちらを気遣うような言葉を口にする。
「大丈夫。心配するな。わたしは君たちに聞きたいことだけを言う。こちらからの情報は、全部エリオットから話をさせてもらうよ」
「え? なんでですか?」
わたしの隣に腰かけたエリオットが不思議そうにこちらを見る。やれやれ、彼はそんなこともわからないのか。よし、教えてやろう。
「決まっている。わたしが喋り出したら調子に乗って何もかも、洗いざらい話してしまいかねないからな」
「……そんなこと、胸を張って言わないでくださいよ」
がっくりと肩を落として言うエリオット。すると、その相向かいの椅子に窮屈そうに腰かけた大男が、身体を揺すって可笑しげに笑った。
「がはは! 相変わらずいい女じゃねえか、エイミア」
「……エイミアさんを馴れ馴れしく呼び捨てにするな」
エリオットはそうつぶやくと、射殺さんばかりの視線をヴァルナガンに向けている。以前はそんな彼の態度の理由もわからなかったが、今ならわかる。彼の気持ちに少しばかりのくすぐったさを覚えつつ、わたしはルシエラに呼びかける。
「では、こうしよう。一問一答だ。お互いが順番にな。ただし、答えられない質問には、素直にそう話せば質問を変えることができる。……これでどうだ?」
「いいでしょう。……では、お先にどうぞ」
「いや、質問なら、もうしたはずだ。まずはそれに答えてくれないか?」
わたしがそう言うと、ルシエラは青い双眸を一瞬だけ大きくした後、呆れたように息を吐いた。
「この状況で、わたくしたちが『エージェント』をしている理由を聞いて、どうするというのです? 『魔神』とはかかわりのない話ですよ?」
「おいおい、質問しているのはこっちだぞ?」
「……ますます、あなたが苦手になりました」
ルシエラは諦めたように頷くと、おもむろに口を開く。
「大した理由ではありません。強いて言うなら……それが『難しい』からです。いくら金銭が得られようとも、簡単すぎる仕事しかできないのであれば、つまらないでしょう? 少なくとも現在のこの世界で、『魔族』以上にわたくしたちに困難な任務を与えることのできる存在はありません」
淡々と無機質に言葉を続けるルシエラ。
「つまり、『魔族』に心酔して付き従っているわけでもなく、致命的な弱みなどを握られて従わされているわけでもない。そういうことか」
「……わたくしたちを仲間に引き込む余地がないか、探ってらっしゃるのですか? ならば無駄なことです。わたくしたちは、任務に必要な相手とは手を組んでも、本当の意味で『誰かの仲間』になることはありえません」
「仲間にならない……か。君たちは、『お互い以外』には、仲間はいらないということかな?」
わたしの言葉に、ルシエラは突然、身体の動きを止めた。
「……それは、二つ目の質問です。次はこちらの問いに答えてもらいます」
十秒ほどの沈黙が続いた後、そんな言葉が返される。
「あなたたちに、『魔神』が倒せますか?」
「馬鹿にするな。『魔神』なら倒したことがある」
わたしは『魔神殺しの聖女』だ。
「そうでしたね。それは失礼」
「じゃあ、わたしの質問だな。今回の件は誰の命令で動いている?」
「もちろん、『セントラル』の……」
「わたしは『だれ』と聞いた」
「……答えられません」
「わかった。では、趣旨を変えて君らと同じ質問をしよう。……この国の民に被害を出さず、『魔神』を倒せる自信はあるか?」
「敵が一体だけならば可能です。……あなたたちは、二体の『魔神』を同時に相手にできますか?」
「できるかもしれないが、危険が大きいな。ましてや音に聞く『魔神ナギ』がいるとなれば……」
「困難でしょうね」
わたしが濁した言葉の後を継ぐように、ルシエラが言う。ノエルを通じて得た情報ではあるが、『魔神ナギ』は『ゼルグの地平』においても最悪の部類に入る『魔神』だという。一説には、『最古の魔神』とも呼ばれる一柱だ。
「となると当然、被害を防ぐにはこの都の連中を避難させることが不可欠なわけだが、何か手はないのか?」
「難しいですね。何故かこの国には、ほとんどギルドがありません。他の冒険者の力も借りられないうえ、この国の王も『ギルド』の権威が通じない相手ですから、現時点で有効な説得方法は思いつきません」
ルシエラは淡々と言葉を続ける。彼女には任務として受けている、『被害をできるだけ少なくする』という目的はあっても、それは絶対条件ではない。できないのならば仕方がない。そう言いたげな口ぶりだった。
「説得も何もないだろう。人の命がかかっているのだ。最悪、脅してでもなんでも、住民の避難に協力させるべきだ」
「この国の中枢を敵にまわしてまで、この国を救うと言うのですか? 無茶もいいところですね。それが本来の任務ではない以上、わたくしには選び難い選択肢です」
言外に『やるならそっちで勝手にやれ』と、彼女は言っているのだろうか? とも思ったが、どうやらそうでもないらしい。ルシエラは付け足すように、こんな言葉を口にした。
「ですが、あなたたちにもそれはお勧めしません。先ほどわたくしたちが王城に訪問した際に感じたことですが……あの城は異常です」
「異常? どういう意味だ?」
わたしが聞き返すと、ルシエラは隣に座るヴァルナガンに顔を向けた。
「受けた印象……感覚的なことですからね。わたくしではなく、この馬鹿の方が『理解』しているでしょう」
「おうよ! 任せとけ!」
先ほどから代名詞のように馬鹿呼ばわりされているというのに、ヴァルナガンは怒るどころか、嬉しそうに胸を張った。──いや、きっとこの男は、本当に馬鹿なのだろう。
「なんつーか、あの城全体がきな臭いんだよな。人を人とも思ってねーというか、あいつら多分、俺らの話を信じたとしても、国民の命なんざ平気で見捨てるんじゃねえか?」
「民衆を顧みない特権階級のエゴという奴かな」
「ああ? エゴ? なんだかわかんねえが、それとは違う感じだったな。むしろ、『国民なんか死んじまえ』って感じか? うーん、上手く言えねーな……ま! いっか」
ヴァルナガンの言っていることはさっぱり要領を得ない。わたしは何となく苛々してきたものの、ここはぐっとこらえて我慢する。だが、我慢できなかったのはわたしの隣に座るエリオットだった。
「おいおい、言ってることが支離滅裂じゃないか。あんた、ほんとに馬鹿なんだな」
「んだと、てめえ! 誰が馬鹿だ!」
店中に響き渡りかねない声を上げるヴァルナガン。いや、何でこのタイミングで怒るんだ?
「俺はな、他人から虚仮にされたり、馬鹿にされたりすんのが一番嫌いなんだよ。そういうことは思っていても、口に出すんじゃねえ」
「思うのはいいのか……。というかアンタの隣の彼女が、さっきからずっと連呼してる言葉だと思うんだけどな」
だが、エリオットからの至極まっとうなこの指摘に対し、ヴァルナガンはにやりと笑う。
「いいんだよ。こいつのは、ただの照れ隠しなんだからな」
「…………」
思わず絶句する。ルシエラほど『照れ隠し』という言葉が似合わない女性も、そうはいまい。
「……話が脱線してしまいましたね。さて、次はこちらの質問の番ですが……あなたたちは今、どちらに滞在していますか?」
「え?」
ルシエラの唐突な質問に、わたしは思わず目が点になってしまった。
「……い、いや、いくらわたしでも、そんな直球の質問に答えるわけがないだろう?」
彼女らしくもない質問に、わたしは思わず鼻を鳴らす。すると、ルシエラは軽く目を閉じ、気を落ち着けるようにゆっくりと息を吐いた。
「……それは失礼。では質問を変えましょうか。残る二柱の『魔神』。仮に片方を相手にするなら、どちらと戦うつもりですか?」
「決まっている。強い方だ。その方が少しでも民衆への被害を抑えられるのだろうからな」
「……あくまで人々を護るため、ですか。大した志ですね。任務でもないのに、ご苦労さまです」
抑揚のない声で、賞賛の言葉を口にするルシエラ。なんだか、白々しささえ感じてしまう。
「『魔神ナギ』とは、一度だけ戦ったことがあります」
「なに? 本当か?」
「ええ。ですから、ここから先は参考までに聞いておいてください。もっとも、本来なら敵であるところのわたくしの言葉を信じるかどうかは自由ですが」
そう前置きをしたうえで、ルシエラはかつて自分たちが『最古の魔神』と戦った時のことを話してくれた。
「……倒すことが前提ではありませんでしたから、最後はそのままやり過ごしてしまいましたが……あのまま戦っていても勝ち目は薄かったでしょうね」
天使ルシエラと悪魔ヴァルナガンの二人をしても、なお『勝てなかった』と言わしめる化け物。聞けば聞くほど、『魔神ナギ』は驚異的な存在だった。
「あれは本来なら、ギルドに所属する腕利きのSランクたちをかき集めて戦うべき相手です。特に少人数で戦うには、不向きな敵でした」
「……貴重な情報、ありがたく頂戴しよう」
「どういたしまして」
お互いの情報交換は、こんなところだろう。どちらかと言えば一方的にこちらばかりが情報を得ていたような気がする。実際、その点については、ルシエラも珍しく困ったような顔で言及してきていた。
「……まったく、あなたと話していると調子を狂わされますね。つい余計なことまで話してしまったようです」
その隣ではヴァルナガンが豪快に笑う。
「がはは! 俺としちゃ、ルシエラの珍しい姿が見られて、面白かったけどな」
しっかりと自分たちの分だけの会計を済ませ、喫茶店を後にする二人を見送りながら、わたしは自分の頭の中を整理するように考えを巡らす。
あの二人も、話の分からない人間ではなさそうだ。だが、逆に言えばああいういわばビジネスライクともいうべき態度は、こちらに取りつく島を与えない要素でもある。敵対するとなれば、あれを説得する試みは至難を極めるだろう。
わたしがそんな考えを口にすると、エリオットは不満げな顔になる。
「説得する必要なんてないですよ。あくまで僕らの邪魔をすると言うのなら、受けて立つまでです」
「まあ、あの二人に関してはな。でも、こんな混沌とした状況だからこそ、誰が味方で誰が敵なのかは見極める必要があると思う。思わぬところに思わぬ敵が潜んでいないとも限らないんだからな」
わたしはこのとき、自分の発したこの言葉が、後に現実のものになろうとは、まったく思ってはいなかったのだった。