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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第17章 異形の神と天才の偉業
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第163話 サイコダイブ/あたしの初体験

     -サイコダイブ-


 シリルお姉ちゃんの【魔法】の効果が切れると同時、再び『死神』との終わりのない戦いが始まりました。みんながわたしを信じて戦い続けてくれているのです。なんとしても、セフィリアの心を見つけなければ……。


 激しい打撃音や爆音が響き渡る中、目を閉じたままのわたしは『セフィリアの邪心』を探すべく、意識を波のように周囲へと広げました。実のところ、この作業自体は慣れたものです。というのも、【精霊魔法】エレメンタル・ロウを使う時は、いつもこうやって周囲の『精霊』の気配を探っているからです。

 シリルお姉ちゃんの言わせれば、『精霊紋』を持たない人間には、なかなか理解できない感覚なのだそうですが。


「……セフィリア。どこにいるの?」


 もっとも強く感じるのは、大地の気配でした。ここは【聖地】の中でも大地を司る『エルベルド』なのですから当然でしょう。ここでなら大規模な地属性の【精霊魔法】エレメンタル・ロウだって使えそうです。


 それでも今、わたしがやるべきことは『敵の殲滅』ではなく、『友達の捜索』なのでした。ルシアが言ってくれたように、わたしはここで、友達の残した心を見つけるのです。焦らず、心を落ち着かせて、彼女の想いを感じ取る。

 途方もなく長い時間であるように思えましたが、実際にはそれを感じ取るまでにかかった時間は、それほどでもなかったでしょう。


「見つけた……。でも、これって……」


 わたしがソレを見つけた場所は、ある意味では予想通りであり、ある意味では予想外の場所でした。


「あの水晶……」


 この洞窟内の広大な空間、その中央に位置する巨大な水晶。わたしが懐に入れている金の髪束──彼女の『邪心』と同じ気配は、確かにそこから感じます。


「あの水晶の中なの? なら、誰かにあれを破壊してもらわないといけないわね」


 わたしのつぶやきを受けてのシリルお姉ちゃんの言葉。それに真っ先に反応したのはレイフィアさんでした。


「破壊? あれ、ぶっ壊しちゃっていいの? まじで? じゃあ、あたしがやるやる!」


 どうしてそんなに嬉しそうなんでしょうか? あんなにも圧倒的で、綺麗で、気の遠くなるような長い歳月をかけて生み出された結晶を破壊することに、彼女はためらいとか、そういうものをまったく感じないのでしょうか?


 わたしが思わずそう訊くと、レイフィアさんから軽い調子で返事がありました。


「え? いやいや、そりゃ、あたしだって……。うーん、壊し甲斐がありそうだよねえ!」


「……じゃあ、お願いします」


 なんだか身体から力が抜けてしまいそうな気もしますが、これもまた、適材適所というものでしょうか。あれを壊すのはレイフィアさんに任せるしかなさそうです。


「よーっし! やっぱあんだけでかいと、よっぽど強い【魔法】じゃなければ壊せそうもないよね」


「あのねえ……洞窟の天井が崩れてこないよう、ちゃんと考えるのよ」


 呆れたように声をかけたのは、シリルお姉ちゃんでした。


「失礼だなあ。それくらい考えてるよ。ま、あそこで戦ってる皆は何人か巻き込まれちゃうけど、気合いで避けてくれるよね?」


「レイフィア!?」


「冗談よ。冗談。ほら、あんたはそのちまっこい【魔法】に集中しなってば」


「……ち、ちまっこいって。これがどれだけ高度な【魔法】だと思って……はあ。もういいわ」


 諦めたように息をつくシリルお姉ちゃん。それでも少しだけ心配になったわたしは、一応の手を打つことにしました。


〈渦巻き集いて形を成し、世界を結ぶ〉


凝固ソリッド


 もともとそれなりの強度があるはずの洞窟の外壁や天井を、融合属性魔法でさらに強固な物へと変えていく。多少レイフィアさんが無茶をしても、これならきっと大丈夫でしょう。


「ナイスよ、シャル!」


「なによ、それ! あたし、どんだけ信用ないわけ?」


 それは自分の胸に手を当てて考えてみて欲しいものです。と、まあ、冗談はさておき、これで準備は整いました。


「それじゃ、いっちょやっちゃいますか!」


 レイフィアさんは一声叫ぶと、竜杖を掲げ、目の前に巨大な赤い【魔法陣】を構築し始めました。よく見れば彼女の足元には、赤い血で四隅に模様が書き込まれています。どうやら自分が動かないことを前提にすれば、ごく小さい範囲で“禍熱領域バーニング”を設定することもできるようでした。


〈禁を破りし破戒の刃。神の喉元を穿つ切っ先。汝が手には、血濡れて輝く破滅の魔剣〉


 あれ? でもこれって、禁術級の魔法なんじゃ……。


「だ、駄目! みんな、避けて!」


 わたしはとっさに叫びましたが、レイフィアさんはケラケラと笑うばかりです。


「だいじょーぶ! 爆発しない魔法だから、進路上にいなければ巻き込まれないよ!」


「その『進路上』を、全く確認しようともしないで撃とうとしてるのが問題なんです!」


「あはは! 頑張れば避けられるって!」


狂える神を殺す魔剣ソード・ザ・アポステイト》!


 放たれたのは極太の真っ赤な閃光。レイフィアさんが両手で突きだした『燃え滾る煉獄の竜杖ゼスト・アヴリル・ウィオラ』の竜の口から吐き出されたかのような、凄まじい力の奔流がまっすぐ巨大水晶へと伸びていきます。


「どわあああ!」


「ぬお!」


 ちょうどその進路付近にいたルシアとヴァリスさんの二人が驚いて道を開けた直後のことでした。真紅の閃光は、そこにいた無数の『死神』を一瞬で塵へと焼き尽くし、巨大水晶へと突き刺さりました。


 そして、閃光が消え去った後には……何も残されてはいませんでした。あれだけ巨大な水晶もドロドロに溶けた挙句、蒸発して影も形も残らず消えてしまったようです。


「こ、殺す気かあああ!」


 ルシアは若干半泣き気味で叫んでいます。


「あはは! あたし、きっとあんたなら避けてくれるだろうって信じてたんだ。うん。これが仲間を信じるってことだよね?」


「信頼の仕方が間違ってんだよ、お前は!」


 やっぱりレイフィアさんと行動を共にするのは、相当な危険が伴うようです。頼りになる仲間でありながら、同時に一番警戒しなければならない相手。それが彼女でした。


「あれ? でもこれってもしかして、シャルが捜してる『邪心』って奴も消し飛ばしちゃったかな?」


 無邪気な顔で聞いてくるレイフィアさんに、さすがのわたしも半眼を向けずにはいられませんでした。


「……大丈夫ですよ。『セフィリアの邪心』は、あの水晶の真下。地下深くにあるみたいですから」


「え? そうなの? まじで?」


 なんでまた嬉しそうな顔を……。


「いやあ、最近はなかなかこうやって、でっかい【魔法】をぶっ放せる機会がなくてさ。真下だっていうんなら、もう一回あたしが地面をぶっ飛ばそうか?」


「いいえ、もう十分です。あとはわたしが『潜る』だけですから」


「え? 潜る?」


 不思議そうな顔で首を傾げるレイフィアさん。けれど、これ以上説明している暇はなさそうです。せっかくレイフィアさんが文字どおり『風穴』を開けてくれた空間も、ぐずぐずしていれば『死神』の群れが覆い尽くしてしまいます。


「あともう少しです! みんな、頑張って!」


 わたしはそう叫ぶと、自分の護衛を『リュダイン』にお願いしながら水晶のあった場所へと駆け寄っていきます。途中でわたしに攻撃しようとする『死神』もいましたが、『リュダイン』の放つ電撃が彼らを吹き飛ばし、わたしはどうにかそこまで無事に辿り着くことができました。


「シャル? どうするつもりだ?」


 ルシアの声を聞きながら、わたしはそこへ『飛び込み』ました。


「え? 消えた?」


 言葉どおり、皆から見ればわたしの身体は消えたように見えたことでしょう。水晶の真下にあったもの。それは、巨大な洞穴でした。ただし、地属性の『精霊』の力が凝縮した『土』のような物が充満しているため、わたし以外の皆にはただの地面にしか見えない空間です。


 そんな中に飛び込んだわたし自身の感覚とすれば、『わずかに粘度のある水の中に入った』というようなものでしょうか。ただし、呼吸は問題なくできます。身体にまとわりつく地属性の『精霊』の力があまりにも濃密なため、そんな感覚がするだけでした。


「……セフィリア」


 わたしは、そんな『水中』をゆっくりと沈み込むように降りて行きます。やがて『地面』に足が着いたわたしは、胸元の『精輝石』の光を頼りに周囲を見まわしました。


「……わたしにしかたどり着けない場所に、あなたの『心』を隠したんだよね?」


 目的の物は、すぐに見つかりました。それもそのはず、その空間にはソレ以外、目立つものは何もなかったからです。わたしはゆっくりと、ソレ──小さなほこらのような建造物に近づいていきます。


 そして、その扉に手を掛けた瞬間でした。わたしの心の中に、映像のようなものが流れ込んできたのです。その映像は、光だけではなく、音を伴い、臭いを伴い、触れている感覚をも伴い、そして何より、強い感情を伴うものでした。


 わたしは、一瞬でそれを理解しました。それは、セフィリアの、あの子の記憶。あの子が生まれた『ローグ村』。そこであの子が過ごした時間が、怒涛のように、暴走する勢いで、わたしの中を駆け巡りました。


「う、うああああ!」


 目もくらむような閃光。胃の中を掻き回されるような乱流。息が詰まるような圧迫感。わたしはその場に倒れ、涙を流して転げまわります。苦しくて、つらくて、孤独な空間でたった一人で、助けもなくて……。


 惜しみなく愛情を注いでくれる両親。優しく接してくれる村人たち。仲の良かった同年代の友達。つつましくも絵に描いたような幸せの中にありながら、誰よりも世界から疎外されていた少女。愛に囲まれているからこそ、悲しくて、怖くて、最初から手に入れてもいないものを喪失していた彼女は、それでも愛を失わないために、独りになることを選んだ。


「セフィリア……」


 わたしは自分の胸元を強く握り、反対側の手で地面に爪を立て、軋む身体の力を振り絞るようにして、その身を起こします。彼女のためにも、わたしはこんなところで傷つき、倒れてしまうわけにはいかないのです。


「……辛かったよね。寂しかったよね。でも、わたしはあなたの友達だから。あなたの感じた悲しみも苦しみも、ちゃんと受け止めるよ。わたしはあなたと『同じ』ではないけれど、それでもきっと、分かり合うことならできる。そう思うから……」


 わたしはあらためて、祠の扉に手を掛ける。今度は何事もなく、その扉を開くことができた。その中には、とぐろを巻いた蛇の石像。そして、その口にくわえられた金の髪束。


 わたしはそっと、その黄金に手を伸ばす。


「待っててくれて、ありがとう。あなたの心。またひとつ、受け取ったよ」


 掴んだ瞬間、周囲に光が満ち溢れた。



     -あたしの初体験-


 あたしが消し飛ばした水晶の下へと、シャルが『潜って』からしばらくのこと。


 洞窟内では、いつ果てるともしれない激しい戦闘が続いている。あたしは足元に描いた陣の中に立ちつくしたまま、矢継ぎ早に周囲の『死神』へと炎の【魔法】を叩き込み続けていた。

 アリシアの“抱擁障壁バリアブル・バリア”がなければ、到底できない戦い方だ。極小の陣の中では、ほとんど身動き一つできないし、敵の攻撃が来れば避ける方法なんてないんだから。


「よし! みんな離れて!」


 シリルが何度目かのちまっこい魔法、《爆ぜ散る天空の星々ルヴァン・リュネイド》を発動させる。さすがのシリルも、連続でこの手の【魔法】を使うのは厳しいらしく、辛そうな顔をしているようだ。

 途端に始まる無数の小爆発が、たちまちのうちに『死神』の数を減らしていくのを眺めながら、あたしは軽く息をつく。


「みんな、こっちだ! 今のうちに回復するぞ!」


 エイミアの【生命魔法】ライフ・リィンフォースで治療を受ける皆の顔も、かなり疲労が見え始めていた。体力的にはこうやって回復できても、鎌の一撃を受けないようにあの大群の中で戦い続けるのは、精神的にきついに違いない。


「大丈夫かなあ、シャル。随分かかってるみたいだけど……」


「あら? もう弱音を吐いちゃうんだ? だらしないわね」


 自分も苦しそうな顔をしているくせに、よく言うものだと思ったけれど、ついムキになってしまったあたしは、とっさに反論の言葉を返す。


「はあ? そんなわけないじゃん。今のはあんまり遅いから、単にシャルのことを心配しただけだし!」


 言った瞬間、シリルの顔に意地悪そうな笑みが浮かぶ。あれ? 何か失敗したかな?


「やっぱりシャルのことが心配なんだ? あなたってやっぱり、本当は優しい子なのかしらね」


「な、何よ、その『優しい子』って……あんたちょっと、年下のくせに生意気だよ」


「反論しないんだ?」


 生暖かい目で笑うシリルに、なんだか背中がむず痒くなってくる。


「ああ、もう! それより! 気を抜いてる場合じゃないんじゃないの?」


「大丈夫よ。どうやら、もう終わったみたいだから」


 言われてみれば、いつの間にか周囲から『死神』の姿が消えている。


「あれ? なんだ、終わってみれば案外あっけないんだねえ。今までの【聖地】の中じゃ、一番危なげなく目的達成できたって感じ?」


「ああ、そうだな! 味方に後ろから撃ち殺されかけたことを除けばな!」


 魔剣を鞘に収め、憤慨した顔で歩いてくるルシア。いったいどうしたんだろうね?


「やあねえ、何をそんなに怒ってんのさ?」


「こ、こいつ……!」


「駄目だよ、ルシア。彼女に常識を期待するのはやめよう」


 エリオットが怒りに震えるルシアに慰めの言葉をかけているけれど、なんだか失礼な言い方をされているような気がする。


「無自覚なところが怖いよね、レイフィアって……」


 アリシアのつぶやきも意味が分からないけれど、ひとまず無事に終わって何よりだね。あたしは水晶のあった場所から歩いてくる、シャルの姿を見つめながら、ほとんど無意識に安堵の息を吐いていた。


「シャル! 大丈夫? 怪我はない?」


 さっきまでの疲れた様子が嘘のように、足早に駆け寄っていくシリル。自分こそ心配してたんじゃないか。


「あ、シリルお姉ちゃん。うん。大丈夫だよ。ちゃんとセフィリアの『心』も見つけてきたから」


 微笑むシャルの顔は、ここに来る前とは少し印象が違って見える。なんというか、一気に何年分もの経験を積んで大人っぽくなった、みたいな?


「シャル。あんたもしかして、この下で『大人の階段』を昇って来たんじゃ?」


「え? なんですか、それ?」


 きょとんと不思議そうな顔をするシャル。


「なんですかって、そりゃあんた、はつたいけ……いたた! 何すんのよ!」


 あたしは痛みに顔をしかめつつ、叩かれた頭を押さえてシリルを睨む。


「何すんのよ、じゃないわよ。……まったもう、そういうレイミあたりが大喜びしそうなことを言わないでくれる?」


 冗談の通じない女だよね、ほんと。


 それからあたしたちは、船で待つノエルから預かってきた『クロイアの楔』の補助装置をヴァリスの力で設置した後、再び地底洞窟の景色を楽しみながら地上へと歩いていく。


 だが、地上で待つ魔導船『アリア・ノルン』に戻ったあたしたちを待っていたのは、思いもよらぬ知らせだった。


「──『魔神』が動き出した?」


 船に戻るなり、ミーティングルームに集められたあたしたちは、ノエルから聞かされた情報に耳を疑った。


「うん。『魔族』の通信を傍受して確認した情報だから、間違いないよ。彼らも北部の『魔神』の動きには注意を払っていたらしいからね」


 ノエルは深刻な顔で頷きを返す。


 つい最近、北部の『ゼルグの地平』と南部地域を隔てる結界が消失したとの話を聞いたばかりだけれど、今度はそこから『魔神』が南下してきたと言うのだ。


「結界はまだ直っていなかったの?」


「どうやら原因がわからないらしくてね。……それより問題は、『魔神』の動きなんだ」


 そう言ってノエルは、ミーティングルームの壁面に地図のようなものを表示させる。表示された図の上部、三分の一には大きく『ゼルグの地平』と表記されており、南部は国名や簡単な地形などが書き込まれている。


「北部地域の奥深くにいることが多い『魔神』が、こんな短期間で南下してきたこともそうだけど……それだけじゃない」


 地図の上に赤い記号が三つ、表示される。


「『ゼルグの地平』で現存が確認されている六柱の『魔神』のうち、三柱が南下してきている。『魔神クロックメイズ』、『魔神ファンドス』、『魔神ナギ』。いずれも一筋縄ではいかない凶悪な連中がね」


「……偶然とは、思えないわね」


 事態の深刻さを理解したのか、シリルの声も緊張をはらんだものになっている。


「ああ、絶対に偶然じゃない。何故といって、その三体は全部が全部、ここ、『クルヴェド王国』に向かってきているんだからね」


「そんな……」


「嘘だろ?」


「三体の『魔神』が一つの国に? そんなもの、草木一本残さず滅びろと言っているようなものだろう。わたしの国だって『魔神オルガスト』一体に滅ぼされかけたんだぞ」


 口々に驚く皆の目の前では、赤い記号から赤い矢印が左斜め下、つまり南西方向に向かって伸びていく。恐らくこれが予想される進路ということだろう。


「彼らの移動速度は速くない。まだ余裕はあるし、この船なら十分ここから離れられる余裕はあるけど……」


 どうする? と言外に問うノエル。もちろん、とんずらするのが一番に決まっている。歩く災害とも言える『魔神』が来るまで待っていてやる道理もないし、あたしたちには目的があるんだから……などいう結論が、このお人好し連中の間で出るはずもない。


 ──どうせあたしが何を言っても無駄だろう。そんな思いであたしは静かに首を振る。そして、しばらく沈黙が続いた。


「『セントラル』の【魔導装置】に原因不明の故障が発生して、人為的としか思えない動きで『魔神』が南下してくる。……そんなの、どう考えても『パラダイム』の仕業でしょうね」


 そう口火を切ったのは、シリルだった。


「うん、そうだね。間違いないだろう」


「だったら、目的はろくでもないことだろうな」


 ルシアが吐き捨てるように続ける。


「うん。僕も、彼らに常識……というか良識を期待しちゃ駄目だと思うよ」


「このままだと、たくさん犠牲が出ちゃうよね?」


 アリシアが不安そうに言う。


「三柱も『魔神』がいれば、かつてない規模のモンスターが集まってくるだろうね」


「……ギルド側は対策をとらないのか?」


 ヴァリスが尋ねる。


「『魔神』退治の対策かい? どうだろうね。この国にはギルドがほとんどない。対策を取るにしても、時間はかかるだろう」


「それなら、『魔族』はどうでしょうか? ここまでの事態となれば、さすがに看過してもいられないんじゃないですか?」


 シャルが冷静な口調で問いかける。


「『魔神』が相手である以上、結局は子飼いの『エージェント』頼りになるんじゃないかな。でも、『セントラル』の連中がわざわざ人間の辺境国家を救うために、優秀な持ち駒を失うような危険を冒すかどうかは、ちょっと怪しいものだね」


「……ヴァルナガンやルシエラなら、『魔神殺し』の実績もあるらしいですし、倒せるかも知れないですけど……」


 エリオットは確か、ヴァル兄のことをライバル視してるって話だっけ? それも凄い話だよね。


「彼らがどれだけ強くても、三体同時じゃ被害は防げないよ。もちろん、『セントラル』の通信の中でもそうした意見は交わされているみたいだし、可能性はあるけど……」


「モンスターによる直接的な被害だけでも数千人、いや軽く数万人規模の人死にが出そうだな。そのうえ、混乱が拡大すれば、間接的にはその数倍の犠牲者は覚悟する必要がある。いずれにせよ、このままでは『クルヴェド王国』は滅びるしかないわけだ」


 エイミアは、苦々しげな声で言う。


「……まあ、この国が滅びたところで僕らには関係ない、という考え方もあるけどね」


 などと言いながら、ノエルはそれまでじっと黙っていたあたしの方に、意味ありげな視線を向ける。


「……なによ?」


「別に?」


 小憎たらしい顔だ。そっぽを向きながらも、目だけはこちらを見つめているのが、なんだかとっても気に食わない。


「ああ。もう! まどろっこしいなあ! 『魔神』でもなんでもぶっ殺して、国でもなんでも救えばいいでしょうが! くっだらないことを、うじうじ言ってんじゃないわよ!」


 我慢できなくなったあたしは、皆に向かってそう叫んだ。……すると


「偉い! 良く言った!」


「いやあ、驚きました。まさかあのレイフィアが……どんな人でも成長するもんですね」


「ふむ。人は見かけによらないとは、このことだな」


 男どもが、わざとらしい驚愕の目であたしを見る。


「自ら救国の英雄にならんと名乗り出るとは、見上げた志だな」


「感動しちゃったな。ねえ、みんな、今のは本当にレイフィアの本音の発言だよ」


「すごいです、レイフィアさん。わたし、尊敬しちゃいます」


 エイミア、アリシア、シャルの三人が感心したような眼差しをこちらに向けてくるけれど、これは先ほどの男どもに輪をかけてわざとらしい。


 そしてとどめは、当然のごとく彼女だった。


「へえ、意外だわ。……ううん、本当はわかってた。あなたならきっと、そう言ってくれるって、わたし、信じてたわ!」


 きらきらと銀の瞳を輝かせ、胸の前で手まで組んでみせる彼女に、あたしは半眼を向ける。


「……シリル。あんた、『絆の指輪』を使ったわね?」


 あたしを除け者にして、皆に通信を繋いでいたわけだ。そう言えば、このやりとりが始まる直前、全員が下を向いて考え込むような仕草をしてたけど、あれが要は『打ち合わせ』だったわけね。


「まあ、とにかくだ。レイフィアの勇気ある発言のとおり、俺たちはこのまま、この国から逃げ出すべきじゃないな。『パラダイム』のこれまでの行動からすれば、これはこの国の危機というより、『世界』の危機かも知れないんだから」


 ルシアがそんな言葉で全体をまとめると、あたし以外の全員が楽しそうに頷きを返す。……なんなの、これ? もしかして、これが昔あたしが読んだ『ともだちのつくりかた』って本にあった『いけないこと』のひとつ、『いじめ』って奴じゃないだろうか?


 そんな事実に気づいた途端、それまでの苛々した気持ちは消え、まったく別の感情がわき起こってくる。


「……おお! これが『いじめられる』ってことかあ! される側になるのは、あたし、生まれて初めてかも!」


 初めての経験に嬉しくなって声を張り上げたあたしに、みんながものすごく奇妙なものを見るような目を向けてきた。

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