第18話 守るための戦い/容赦なき殲滅
-守るための戦い-
いやはや傑作だった。まさかアリシアが、あんなセリフを言った直後にジグルドさんがやって来るなんて、いくらなんでもタイミングが良すぎる。
わたわたと誤魔化してはいたようだけど、どう考えても聞かれているよな、あれは。
俺はその時のことを思い出し、ついにやにやと笑ってしまう。
「いて!」
膝の裏に蹴りを入れられた。
「ルシアくん? 何がそんなに楽しいの?」
振り向くと、アリシアが満面の笑みを浮かべて立っていた。
「いや、ははは……」
見る者に恐怖しか与えない、そんな笑顔も世の中にはあるんだなあ。
そんな俺の感想を知ってか知らずか、ようやく笑みをおさめると、彼女はこんなことを言い出した。
「それにしても、全然貴族らしくない人だよね。あたしが想像していたのって、『余に歩かせるつもりか! 下賤の民が、はやく馬車を用意せい!』って感じだったのに」
また随分な固定観念だな。
「そんな人だったら、アリシアはとっくに牢屋行きじゃないか?」
「あうう…そうでした。ああ、あの瞬間の決まりの悪さを思い出しちゃった。穴があったら入りたいよう」
アリシアは水色の髪をぶんぶんと振り乱しながら、唸っている。そんな様子に再び笑いがこみあげそうになるが、あわてて堪えた。まあ、無駄かもしれないが、そうっとアリシアの様子を窺うと、
「もう、ルシアくんなんて知らない!」
と怒って俺から離れて行ってしまう。うむ。やっぱり駄目だったか。
「暢気なものだな」
と声をかけてきたのはヴァリス。彼は目の良さを生かして周囲の警戒に当たってくれているようだ。まったく、頭が上がらない。けど、俺が暢気にしなくちゃならないのも仕方ないんじゃないだろうか。
「うーん。でもさ、ほら、あれ」
俺は顎でとある方向を指し示す。
そこには、武人さながらに颯爽と歩くジグルドさんと周囲を固める冒険者の一団がある。
別途報奨金がもらえると聞いて、俄然やる気を出したアランさんをはじめとする冒険者たちは、少しでも依頼主に気に入られようと、さっきからあんな具合なのだ。
「なんか、ああいうの見てると、冒険者も色々なんだなって思うよな」
「そうだな。ライルズなどとは比較にならん」
どうやらヴァリスも自分を打ち負かしたライルズには、一目置いているらしい。
まあ、確かに「あれ」と「これ」を比較したら駄目だろうな。
どうせ周囲は見晴らしのいい丘陵地帯だし、ヴァリスじゃなくても敵の襲撃には後れは取らないだろうから、連中に任せておこうか。
一方でシリルは『リュダイン』とかいう角の生えた『幻獣』の上で居心地悪そうにシャルロッテを抱えている。
「さっきからあの子、一言も喋らないから、シリルもやりにくそうだな」
「そうか? 我にはよくわからぬ」
うん。ヴァリスに沈黙の気まずさを理解してもらうのは無理があったか。でもまあ、シリルのことだ。それほど苦にもしていないんじゃないかな。
そうして旅を続ける中、三日目に差しかかったころのこと。それまで順調に進んできた旅に、何の前触れもなく異変が起きた。
ここは街道だから、時々、旅の馬車なんかとすれ違うことがあるんだが、突然、そんな馬車の中からシリルとシャルロッテに向かって火の玉が飛んできたのだ。
「危ない!」
誰かが叫ぶ。しかし、火の玉は二人のところに到達するといきなり爆発した。
あれは、試験の時に見た火属性中級魔法の《爆炎の宝珠》じゃないか!
「ウソだろ! こんな急にかよ!」
アランさんが叫ぶ。冒険者の連中はあわてて武器を手に取り、【魔法】の準備を始めるが、当たってしまった【魔法】はどうしようもない。
二人は無事なのだろうか?
煙が晴れた後には、それまでと変わらない二人の姿があった。シリルはシャルロッテに覆いかぶさるように身体を丸くしているが、怪我をした様子はない。
ほっと息をつく間もなく、馬車から出てきた連中は、ためらいもなく俺たちに襲いかかってくる。
完璧に予想外だ。盗賊やモンスターの襲撃なら、警戒さえ怠らなければ対応できた。
でも、まさかすれ違う馬車に攻撃されるなんてのは、考えてもいない事態だ。
やっぱり、もともと狙われていたんだな。この二人。
……というか、シャルロッテが狙われているのか? いや、まさかな。
『幻獣』に乗っていて目立ったから、狙ったってところじゃないか?
「ルシア!ぼうっとするな。敵が来る!」
ヴァリスの言葉に、俺ははっとなって『切り拓く絆の魔剣』を構える。
馬車の中からは、武装した兵士のような連中と、先ほどの【魔法】を使ったと思われる【魔導の杖】を携えた魔導師風の男が出てくる。
気がつけば、その馬車の後ろからも別の馬車が続いており、同じく武装した連中が出てきていた。
その数20人以上。こちらの倍を超える人数がいる。他にも加勢が来るかもしれない。
「おいおい、ウソだろ? 聞いてないぜこんなの!」
アランさんは混乱したように叫ぶ。後で聞いたところによれば、彼とその仲間は最近になってようやくDランクからCランクに上がったらしく、こなしてきた依頼も難易度の高いものではなかったらしい。
「いいから、戦列を整えて!」
シリルが叫ぶ。たちまち乱戦状態になった。兵士たちは剣や槍で手近にいる冒険者に襲いかかりながらも、目指す方向はシリルの方だ。……いや、シャルロッテの方、か?
それでもさすがにCランクまできた冒険者らしく、アランさんたちは徐々に態勢を立て直していく。
「くそ、喰らえ!」
〈吹き荒れよ、礫の嵐〉
《石の散弾》!
アランさんが左手に持つ【魔導の杖】から茶色に明滅する【魔法陣】が展開されるや否や、地面から石の塊が持ち上がり、細かく砕けて敵に殺到する。
が、しかし、敵の兵士たちは手にした大楯でそれを防ぐと、後方に位置した弓兵が一斉に矢を放ってきた。
俺は、自分に飛んできた矢をかろうじて撃ち落とすと、周囲を見渡した。
矢に当たり、何人かの冒険者がうめき声を上げて屈みこんでいる。そこへ、すかさず支援系冒険者が【生命魔法】を使い、その傷を癒していく。
しかし、間髪いれずに槍を持った兵士たちが接近してくる。
「やられてたまるか!」
アランさんは右手の剣で敵の兵士が突き出す槍の穂先を斬り飛ばしたものの、直後に大楯を持った兵士から体当たりをされて体勢を崩してしまった。そこへ更に別の兵士が斬りつけようと接近してくるのを仲間の冒険者の戦斧がかろうじて阻む。
統一された装備に、連携のとれた攻撃。まるで訓練された正規軍の兵士を相手にしているみたいだ。そのうえ、数も負けているとあっては苦戦は避けられそうもない。
慣れない乱戦の中で、俺は自分がどう動くべきか判断しかねていた。
「く、援護して!」
シリルの声だ。見れば数人の兵が『リュダイン』の周囲に集まっている。やばい!
ちくしょう、俺は何をやっているんだ。自分の身を守って、ひと安心している場合じゃないだろう。
これは護衛の任なんだ。守るための、戦いなんだ。
見ればヴァリスは、ジグルドさんのもとに駆け寄り、周囲の兵士たちをその武器ごと弾き飛ばしているところだった。あっちは何とか大丈夫だろう。
『リュダイン』は優れた『幻獣』のようで、近くに群がる兵士たちを蹄で蹴飛ばし、近寄せないでいるが、鱗におおわれた体は少しずつ傷ついている。
俺は猛然とダッシュした。俺の行く手を阻もうとする兵士もいたが、【魔鍵】でもないかぎり、『切り拓く絆の魔剣』を阻むことなんてできない。楯も剣もまとめて切り裂きながら、シリルのもとに駆け寄った。
「もう! 遅いわよ!」
「ごめん!」
「わたしが【魔法】を完成させる時間を稼いで!」
「了解!」
俺は『切り拓く絆の魔剣』を構え、敵の連中とシリルたちの間に陣取った。さっきから俺が敵を武器ごと斬り裂いているのを見たためか、連中は警戒して近寄ってこない。
「なにをぐずぐすしておるか!護衛の女が【魔法陣】を構築しているぞ。早く狙わんか!」
魔導師らしき男が叫ぶのが聞こえる。どうやら乱戦になったこともあり、味方を巻き込むのを恐れてか先ほどのような【魔法】は使用してこない。代わりに、なにやら周囲に赤い障壁のようなものが見えるが、あれは防御の【魔法】なんだろうか?
だが、それなら条件はシリルも同じように思うが……とそこまで考えて、思い当たる。
まさか、あのスプラッタな魔法を使う気か! あんなお子様の前では目に毒だぞ!
と、思う間もなく、魔導師の言葉に触発された連中が襲いかかってきた。
-容赦なき殲滅-
油断していたわけじゃない。でも、他のことに気を取られていたことは確か。
普段のわたしなら敵の【魔法陣】構築なんて、例え相手が馬車の中にいようと、すぐに感知できたはず。
でも、でも、その時のわたしには無理だった。
なぜなら、わたしの腕の中にいるシャルロッテ……、彼女が可愛すぎたから。
はじめは差し出された手を無視したり、話しかけても返事をしなかったりと、わたしとしてはやりにくいと思いつつも、黙っている方が気楽だとさえ感じていた。
わたしは別に子供好きでもなんでもないし、沈黙自体もそんなに苦にはならない。
でもわたしは、気づいてしまった。腕の中の彼女は、なんの反応もないように見えて、何も考えていないわけじゃないってことに。
たとえば、『リュダイン』に乗り降りする時。彼女は親しみと感謝の気持ちを込めて、そのたてがみを撫でている。
わたしが「お疲れではありませんか?」などと聞いてもあまり反応を示さなかったのに、二日ほどたって、つい気安さから「疲れてない?」と聞いた時、彼女はそれまででは考えられないくらい、大きく首をコクコクと頷かせたのだ。
それからわたしは、彼女に話しかけるときは、小声で親しげに話しかけることに決めた。
すると、どうだろう。相変わらず言葉は話してくれないものの、首を振ったり傾げたり、驚くほど豊かに行動で自分の気持ちを表してくれるようになった。
自分に懐かなかった動物が、急に懐いてくれたような、くすぐったいこの気持ちはなんなのだろう。そんなことばかり考えていたら、向かい側の馬車から火の玉が飛んできた。
通常の防御が間に合うタイミングではない。わたしは、あまり使いたくはなかったけれど、手首に触れて『障壁』を発動させようと構え、……自分とは異なる『力』の波動を感じて、それを中止した。
目の前で爆発する火の玉の爆風は、わたしたちには届かなかった。一瞬ではあったけれど、わたしたちの周囲に展開されたのは、そう、ちょうど今、あの魔導師風の男が自分の周りに展開しているもの。
火属性中級魔法《防火の隔壁》によく似た障壁だった。
たとえ【火属性禁術級適性スキル】“紅蓮の女王”の所持者であったとしても、【魔導の杖】なしでは発動に数秒かかるはずの中級魔法クラスの障壁が、一瞬で展開されたのだ。
しかし、今はそんなことを考えている場合じゃない。わたしはすぐに【魔法陣】の構築に取り掛かるが、周囲に敵兵が群がってきている。
「『リュダイン』。少し辛抱して!」
わたしは乗っている『幻獣』にそう呼びかけ、続けてようやく傍に駆け寄ってきたルシアにも文句を言うと、時間稼ぎを任せて【魔法陣】の構築を続ける。
この連中は間違いなく、シャルロッテを狙っている。こんな可愛い子を殺そうとしている。許せない。絶対に許さない。
わたしの【魔法】は、ほどなく完成する。なぜなら、これは上級魔法じゃなくて中級魔法。ただちょっと、アレンジを加えたので若干の時間が必要だっただけ。
わたしが翳した掌の先では、小さいけれど「2つ」の白い【魔法陣】が黒く明滅を始める。【魔法陣】の数が増えたのも、アレンジによるものだ。
〈すべての者の影を縛れ〉
《拘束する陰影》
わたしが発動したのは、敵一体の影に干渉し、生み出した闇の獣に攻撃させる中級魔法《喰らう陰影》をアレンジしたもので、周囲すべての影から『手』を生み出し、対象の足を掴んで動きを止める【魔法】だった。もちろん、ただ掴むだけではなく、少しではあるけれど掴んだ場所から体力を吸い取り、弱らせる効果もある。
それをわたしは、『無差別に』放った。
「うおお! なんだこれ? 力が抜ける!」
ルシアが驚いて叫び声をあげるが、死ぬわけじゃないんだし我慢してもらおう。
続けてわたしがしたのは、懐の筒を取り出すこと。もちろん召喚用の封印具だ。でも呼びだすのは『ファルーク』じゃない。
もっと戦闘用のもの。わたしの呼び名の由来の一つ。
召喚系【エクストラスキル】“血の契約者”を持つわたしでも、召喚の呼びかけを省略することは難しいほどの高位の精霊。
〈真白き世界より来たれ、わが友『ローラジルバ』〉
呼びかけにより筒から現れたのは、宙に浮かぶ白い衣を纏った半透明の女性の姿。
わたしが今、もっとも頼りにする召喚精霊。
そこにあるだけで、圧倒的な冷気をまき散らす存在感は、まさに氷の女王さながら。急速に全身から奪われていく【魔力】はかなりの量だけれど、わたしにしてみれば、耐えられないほどじゃない。
影に拘束され、敵味方誰ひとり動けない状況の中、わたしは命じる。冷厳な氷の裁きを。
「『ローラジルバ』。わたしが指し示す奴を順番に氷漬けにしなさい」
「ひ、ひい!」
「な、あああ、なんであんな高位精霊が……」
「あ、あれが『氷の闇姫』……」
敵味方問わず、恐れと驚きの声をあげているのが聞こえてくる。しかし、『ローラジルバ』はわたしの指さす方向を寸分たりとも誤らず、氷の吐息を吹きかけていく。
「ゆ、ゆるしてくれ!俺は命令されただけなんだ!」
「ちょ、ま、うわああ!」
次々と悲鳴を上げながら凍りつく男たち。命令されたからって、こんな小さい子を殺すことが正当化されるとでも思っているのかしら?
そして、残ったのは魔導師風の男のみ。でも、この状態では詰んだも同然ね。あの程度の障壁魔法を壊せないほどわたしの『ローラジルバ』は弱くないし、わたしの【魔力】もまだ十分残っている。
「シリルちゃん! そいつ、杖を壊そうとしてる!」
突然聞こえたアリシアの声。その意味を理解した瞬間、わたしは心の中で舌打ちをする。
杖を壊す。それが意味するのは、【解放魔法】。それは、魔法補助具を破壊することで、そこに込められたイメージを即座に解放する、魔導師にとっての奥の手とも言えるもの。
当然、高価な魔法補助具を犠牲するわけなので、めったに使われることはないけれど、一切のためを抜きに中級魔法が放てるので、極限状態では利用価値が非常に高い。
「悪あがきを!」
わたしは『ローラジルバ』に命じて氷の壁を展開させる。敵の火属性の中級魔法程度を防ぐには、これで十分。でも、アリシアの声がなかったら危ないところだった。
『ローラジルバ』は、ほとんどタイムラグなしで【精霊魔法】を行使できるけれど、召喚精霊である以上、わたしの指示がなければ、障壁の展開などしてはくれない。
炸裂した【解放魔法】は、やはり先ほどと同じ《爆炎の宝珠》
当然、氷の障壁は爆風をすべて防ぎ、まき散らされる炎もあっという間に消えうせる。
奥の手をあっさりと無効化された魔導師は、驚愕の表情を顔に張り付けたまま呻いた。
「う、ああ……。ま、待ってくれ! わしはただ、伯爵に命令されただけなんだ!」
「伯爵? 関係ないわ。問題は、あなたがこの子を殺そうとした、ことでしょ?」
自分の声が氷のように冷たくなっているのを感じる。
「この子、だと?そいつの正体を知らんのか!そいつは王家にありながら悪魔憑きとして生まれた忌むべき呪い子なのだぞ!」
「呪い子、ですって?」
わたしはその言葉を聞いた次の瞬間、『ローラジルバ』に命じて男の頭の部分のみを凍らせてやった。こうされると、全身を氷漬けにするよりもむしろ、絶対に蘇生できない。この男だけは生かしてかえす気にはなれなかった。気になることも言っていたが、そんなこと、必要であればジグルドに聞けばいい。
やっぱりさっきの《防火の隔壁》のような障壁は、この子のものだった。正確には『使った』わけではないけれど。わたしには、『力』の流れが見える。だから、あれが何なのか、理解していた。
「ごめんね」
そう言いながら、わたしは彼女のローブの腕をまくる。やはり予想通り、彼女の肌には、赤い紋様が刻まれていた。
『亜人種』。その中でも極めて特別な存在。『混沌の種子』に原因を持たず、生まれつき、肉体ではなく魂の中に『精霊』の因子を持つ【因子所持者】。それが彼女、シャルロッテだった。