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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第17章 異形の神と天才の偉業
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第162話 幻想的な地の底で/適材適所

     -幻想的な地の底で-


 地の【聖地】である『エルベルド』は、南部地域の中でも北西部にあたる場所、『ゼルグの地平』にほど近い山中にあった。山の中の洞窟と言えば、天空神殿があった『天嶮の迷宮』が思い出されるけれど、この【聖地】はまったく雰囲気が異なっている。


 例のごとく、あたしたちは洞窟の手前に着陸した『アリア・ノルン』に、ノエルさんとレイミさんの二人を残して、洞窟の中へと足を踏み入れていた。地底へ続く洞窟を進んでいくと、周囲には不思議な形をした半透明の突起物が並んでいるのが目に入る。


「すごい! 綺麗なところね」


 あたしは照明用の『精輝石』の輝きに映し出された、洞窟内の幻想的な光景に思わず感嘆のため息をもらす。


「ああ、綺麗だ。幻想的な光景だな」


 ヴァリスがそんな風に返事をしてくれた。彼は今、あたしと同じようにこの景色を綺麗だと感じ、あたしと同じように『幻想的』だと考えてくれている。ちょっとした一言だけど、なぜかあたしは、そのことが凄く嬉しくて、思わず彼の顔を見上げた。


「どうした、アリシア? 機嫌がよさそうだな」


「うん。機嫌がいいの!」


 あたしの言葉に、彼は不思議そうな顔になる。当然だよね。面と向かって『機嫌がいいの』なんて言われても、意味不明だろうから。でも、そんな彼の顔がおかしくて、あたしは一人、くすくすと笑ってしまう。そのせいで、ますます不審に思われてしまいそうだったけれど──


「……ふむ。まあ、アリシアの機嫌がいいなら、これ以上のことはあるまい」


 彼は結局、そんな言葉で自分を納得させたみたいだった。


 これから向かう先には、恐らくセフィリアの残した『第三の邪悪』がある。だから、本当なら気を引き締めていかなければならない場面なのだろうけど、今ならどんな相手が来ても負ける気はしなかった。


「こういうのって確か、『鍾乳石』って言うんですよね。この氷柱つららみたいなものも、長い時間をかけて固まった岩なんだそうです」


「なに? あれが、岩なのか? ほほう? どれどれ……」


 シャルちゃんがいつもの物知りぶりを発揮して、そんなことを言うものだから、エイミアが興味津々に鍾乳石へと近づいていく。


「エイミアさん。足場が悪いんですから気をつけてください」


「心配するな。これぐらい、なんてことは……おっと!」


「あ! ほら、危ないなあ……。大丈夫ですか?」


「う、うん。ちょっと転びそうになっただけだ」


「まあ、珍しいのはわかりますけど、ここから先には何が待っているかもわからないんです。気をつけてくださいね」


「わ、わかっているさ」


 エリオットくんに注意されて、むくれたような顔になるエイミア。なんだかあの二人、どっちが年上だかわからなくなってきてるよね。


「やれやれ。あっちでもこっちでも、わが世の春とばかりに仲のよろしいこと」


 レイフィアがつまらなそうに言うのを聞いて、あたしは思わず吹き出しそうになった。……否、吹き出してしまった。


「ぷふ! あはは!」


「ん? なにさ。何がおかしいのよ」


「だ、だって、今の言い方……あははは!」


「なんかむかつく……」


「あはは……ごめんね。そう言えば、レイフィアはどうなの?」


「何が?」


「だから、えっと、……春の話?」


「疑問形で訊くな。わかんないわよ」


 気に入らなげな顔で言うレイフィア。


「この前、一緒にいたヴィングスさんとかは、どうなのかな?」


「……ああ、そういう話ね。ってか、あんた。自分が彼氏持ちになったからって、随分上から目線で物を言うわね」


「ええ!? い、いや、そんなことないよ……」


 そんなつもりは決してなかった。うん、ないはずよ。……たぶん。


「まあ、いいわ。質問に答えるなら、あたしの好みは、あいつとはちょっと違うわね」


 あれ? 案外素直に答えてくれた。駄目元と言うより、面白半分で言ってみただけなのに。


「じゃ、じゃあ……どんな人が好みなの?」


「え? そりゃあ、もちろん……」


 レイフィアはニヤリと笑うと、もったいぶるように間をおいてからこう言った。


「いじめ甲斐のある男かな?」


「……春は遠いね」


 何とも言いようのないレイフィアの好みには、他に言葉も出なかった。


「でも、探せば結構いるもんだよ? そういう奴」


 いればいいってものじゃない。そう言いたかったけれど、彼女に向かって『いじめられる側にも意思があるのだ』とか、そんなことを話しても虚しいだけのような気がしてきた。


 それから歩くことしばらく──


「……なあ、結構な距離を下ってきたと思うんだが、あとどれくらいなんだ?」


 ルシアくんがみんなの様子を気遣いながら言う。正直、あたしもエイミアから【生命魔法】ライフ・リィンフォースによる体力強化をしてもらっているとはいえ、流石に疲れを感じ始めた頃だった。


「もうすぐだよ。地属性の『精霊』の気配が、すごく強くなってきたみたい」


 先頭を歩くシャルちゃんは、振り返りもせずに答えを返してくる。最初は皆も止めようとしたのだけれど、彼女は頑なに自分が先頭を行くと言って聞かなかった。この先に待ち受ける『セフィリアの邪心』との対決を前に、シャルちゃんの気持ちもかなり高揚しているみたいだ。


「……シャル。全部お前が背負うことはないんだぜ? 俺たちは仲間なんだ。頼ってくれよな」


 そんなシャルちゃんに、優しい声で語りかけるルシアくん。するとシャルちゃんは


「……うん。頼りにしてる」


 と、小さい声で振り向きもせずにそう言った。


「へ? あ……お、おう……」


 あまりにも素直で、あまりにも意外な言葉に、ルシアくんも戸惑い気味だ。頼り頼られる、仲間同士の信頼関係。あたしが今、『どんな相手が来ても負ける気がしない』だなんて思えるのも、ここに来てみんなの結束が凄く高まってきているのがわかるからだ。


「……シャルは偉いわね」


 シリルちゃんが感心したような声を漏らす。きっと彼女は、かつてアルマグリッドでライルズさんが『魔神化』したときのことを思い出しているのだろう。


「そろそろです」


 シャルちゃんの言葉とともに、洞窟内の通路の角を折れ曲がったその時。


「うわあ……きれい」


「こ、これは流石に圧巻だな」


 あたしとヴァリス、二人の口から感嘆の声が上がる。他の皆は驚きすぎて逆に言葉が出ないみたいだ。通路を曲がった先には、広大な空間が広がっていた。ここが地底であることが嘘みたいな高い天井。あまりに広すぎて、周囲の壁が肉眼で確認できないほどだった。それよりなにより、この空間の中心にどっしりと腰を据えた巨大なものが、あたしたちに息を飲ませている。


 それは、あたしたちの背丈の十倍はあろうかという高さを誇る、巨大な水晶の塊だった。それ自体がほのかに発光しているせいか、部屋の中が恐ろしく明るく見える。相変わらず地面や天井からは無数の鍾乳石が生えているはずだけれど、そんなものがまるで気にならないくらい、圧倒的な存在感のある水晶だった。


「こんなでっかい水晶、あるものなんだな……」


 ようやく驚きから脱したようにつぶやくルシアくん。


「うん。すごく長い時間をかけて、この大きさになったんじゃないかな」


「どれくらいの時間だ?」


「多分、この世界が生まれてからと大差ないくらいだよ」


 シャルちゃんの説明に、ルシアくんは何かに気づいたように肩をすくめる。


「そりゃ、すごいな。……ただ、そんなものを壊しかねない状況で戦わなきゃいけないのは残念だが、そうも言ってはいられないか」


 彼の黒い瞳が向けられた先には、『第三の邪悪』。


「ってか、なんだあれ?」


 ルシアくんは呆気にとられた顔で、それを指差す。


『最初の邪悪』は、邪神の姿。

『第二の邪悪』は、黒竜の姿。

では果たして、『第三の邪悪』──その姿とは。


「あれって……『死神』じゃなかったか?」


 そう、かつて『精霊の森』で邪霊の凝縮体が生み出した【リーパー】と呼ばれる死神。骨だけの身体に足は無く、ぼろぼろの黒いローブを身にまとい、手には大鎌を持った化け物。


「……アリシア。わかる?」


 シリルちゃんに問われて、あたしは巨大水晶の前に浮かぶ『死神』らしきものに目を凝らす。


「……えっと、暴走する意識? 敗北の象徴? ごめんなさい。よくわからない……」


 あたしの【オリジナルスキル】である“真実の審判者”は、あたしが対象と同調した際に感じたことが、イメージとなって頭の中に浮かんでくる。けれど難しいのは、それを言葉に直すことだった。知らないものを知っている言葉に置き換えること。それは簡単なようですごく難しく、言葉に上手く直せないということは、本質的にはあたし自身、理解しきれていないということにもなりかねない。


「暴走する意識……ね。とにかく、その言葉を頼りに正体を探ってみるしかなさそうね」


 シリルちゃんも油断なくソレを見据えている。敵であるはずの『死神』は、大鎌を構えて宙に浮いたまま、微動だにしない。


 ところが……


「あ、あれ? 目がおかしいのかな……?」


「視界が、ぼやけている? ううん、これは……二重に見える?」


 シャルちゃんとシリルちゃんが狼狽えたような声で言ったかと思うと、


「な、なんだ、これは! どういうことだ?」


 ヴァリスがひときわ大きな声を上げた。 


「うわあ……つまり、あれが“暴走”ね。わかりやすくっていいんじゃない?」


 面白そうに笑うレイフィアの声には、呆れるしかない。どうしてアレを見て、そんな言葉が出るんだろう?

 あたしたちの目の前には、続々と、それはもう続々と、その数を増やしていく『死神』の姿がある。その勢いは止まるところを知らず、広間の中心にある水晶の周囲を埋め尽くさんばかりに出現し続けている。


「……いけない! あれ、放っておいたら無限に増えていくよ!」


 あたしはようやく気付く。“暴走”という言葉で最初に思い浮かぶのは、ライルズさんが【人造魔神】となった時の【ヴィシャスブランド】“炉心暴走ファイア・スタンピード”。あれは、『無限』に熱を上昇させていく力だった。


「……レミル! 皆を護って!」


 あたしは一斉に殺到してくる無数の『死神』を見て、慌てて“抱擁障壁バリアブル・バリア”を発動させる。


「うう! もの凄い圧力……」


 “暴走”という言葉のとおり、『死神』たちは無数に増殖し、嵐のような勢いで立て続けにあたしの障壁へと大鎌を叩きつけてくる。


「大丈夫? アリシア」


「う、うん」


 シリルちゃんの問いかけにはそう答えたものの、正直かなり苦しい。この『死神』たちの振るう鎌には、見た目以上の不思議な力が込められているみたいで、一太刀受けるごとにあたしの精神が削られていくような、嫌な感覚が胸を走る。


「……これじゃ、とにかく数を減らさないと駄目ね」


 シリルちゃんは、そんなあたしの様子に気づいたのか、早速自分の正面に【魔法陣】を構築し始める。白く輝く【魔法陣】を見る限り、無属性の【古代語魔法エンシェント・ルーン】を使うつもりみたい。


「こんな地底では流石に“黎明蒼弓フォールダウン”も難しいが……」


 言いながらエイミアは、間近に迫る『死神』たちに向けて『謳い捧ぐ蒼天の聖弓カルラ・リュミエル・レイド』を引き絞る。放たれた蒼い光の矢は、吸い込まれるように次々と『死神』に命中し、命中した『死神』は弾かれるように後方へ吹き飛ばされる。


「攻撃は有効のようだが、いかんせん数が多すぎるな……」


「ならば我が片付けよう。……アリシア」


「うん!」


 《転空飛翔エンゲージ・ウイング》さえ使えれば、ヴァリスは無敵だ。あたしだって今まで以上に強い護りの力も使えるし、敵の数がどんなに多くても問題ないはずだった。


 お互いの『真名』を呼び合い、想いを交わす。光が二人を包み込み、ヴァリスの姿が搔き消える。すると直後には、あたしの前に黄金の竜鱗を模した輝きを身にまとう、勇壮華麗な戦士の姿が現れる。

 

「よし! 行くぞ!」


 みなぎる力を爆発させながら、すでに視界を埋め尽くさんばかりに数を増やした『死神』の群れへと身を躍らせるヴァリス。凛々しくて頼もしい。その後ろ姿に、あたしは思わず見惚れてしまう。


「あの分なら、一人で全滅させちまいそうだな」


 呆れたように言いながら、ルシアくんは手にした魔剣を一振りし、手近にいた『死神』を斬り裂く。するとほぼ同時に、周囲にいた二十体近い『死神』たちが斬り散らされて消えていく。ルシアくんこそ、『ひとまとまりの斬断』があるのだから、ああいう同じ種類の敵ばかりなら簡単に全滅できてしまえそうだ。


「僕も新しい自分の力を試させてもらわないとな」


 エリオットくんも不敵に笑いながら、全身に純白の鱗を出現させ、純白の竜翼を羽ばたかせて飛翔していく。


「やれやれ、男連中にはまいったな。あの勢いで突っ込んだら、シリルの【魔法】に巻き込まれかねないだろうに」


 呆れたように笑うエイミアも、近接戦闘用の小太刀『乾坤一擲ラスト・インパクト』を構えながら、前衛の回復と後衛の防御、両方を同時にこなせそうな場所へと進み出ていく。


 うん。これだけ頼もしい皆がいて、あたしたちが負けるはずがない。数十体、数百体の『死神』たちが次々と蹴散らされていくのを見て、あたしは胸のすく思いがした。


「……そんなに単純に済めばいいけどね」


 けれどシリルちゃんは、【魔法陣】の構築を続けながら、そんな言葉をつぶやいていた。



     -適材適所-


竜剣牙斬サーベル・ファング》!


 我は手に収束した破壊の閃光をそのまま黄金の刃に変えて、周囲の敵を切り刻む。実際には《竜魂一擲ソウルブラスト》による無差別攻撃の方が殲滅しやすいのかもしれないが、敵の数があまりにも多い。まだまだ余裕はあるとはいえ、一応は【魔力】を節約しておく方が無難かもしれない。


 宙に浮かぶ『死神』の群れは、その姿だけを見れば酷く不気味なものだ。黒い外套はぼろぼろに擦り切れ、白いしゃれこうべに開いた二つの眼窩からは、虚ろな闇が覗いている。振りかざす大鎌は血に汚れて錆びついており、かつて『精霊の森』で見た【リーパー】を思わせる。


「二人とも、気をつけろ! 鎌の攻撃は危険だぞ」


 この連中があの時の【リーパー】とどこまで同じかは不明だが、あれが文字どおり『死の鎌』ならば、かすり傷ひとつで致命傷になる恐れがある。我には強力な光の竜鱗があり、その心配はないが、他の二人はそうはいくまい。そう思っての忠告だった。


「消えろ!」


 ルシアは自分に振り下ろされる大鎌を、手にした『魔剣』で斬断する。と同時に、周囲にいた複数の『死神』が一斉にその身体を斬り裂かれ、塵のように消滅していく。


「僕だってこんな単調な攻撃に当たるほど、腕は鈍っていないよ!」


 エリオットは、自分に向かって一斉に群がってくる敵を冷静に見極めると、間近で振り回される大鎌を紙一重で次々と回避しながら、『魔槍』の一撃を叩き込んでいく。時折放たれる『轟音衝撃波』のためか、洞窟内にびりびりと轟音が響き渡った。


「エリオット! あまり派手にやるなよ! 洞窟が崩れる!」


「あ! は、はい!」


 エイミアからの忠告の声に、慌てた顔で頷くエリオット。ここは地底の洞窟だけあって、あまり破壊力の大きい攻撃は使いづらい。我の【竜族魔法インターナルバースト】にしても、近接戦用のものを主体に使用せざるを得なかった。


 だが、どれだけ数が多いと言っても、一体一体は大した強さもない。たとえ攻撃方法が制限されていようが、この分なら間もなく殲滅させられるだろう。この時の我は、そう信じて疑わなかった。


「ったく、もうちょっと他の敵との間合いが離れていた方が、全体を認識できるんだけどな!」


 敵の大群との近接戦闘では、ルシアの『ひとまとまりの斬断』も自分を取り囲む敵しかまとめて斬り裂けないらしい。それでも一振りで十体以上の敵を斬り裂いているのだ。戦果としては十分だろう。


 エリオットも、以前の戦いで発現した単体認定Aランクモンスター『ヴリトラ』の【因子】をうまくコントロールできるようになってきたのか、半人半竜の状態に変化しながら炎や氷、雷などの七色のブレスを『死神』たちに吐きつけている。


 それでも『死神』たちは、声もなく、怯みも見せずに近づいてくる。ただひたすらに、目の前の相手へと斬りつけてくる様は、まるで人形のように見えた。無機質に、単調に、だが確実に殺人の意図をもって、大鎌を振り回し続けている。


「くそ! しつこい奴らだ!」


|《闘気竜装》(ゴールド・ダイブ)


 我は全身に破壊の閃光を直接まとい、周囲の風を従属させて宙に浮かぶと、『死神』どもがもっとも密集する箇所めがけて飛び込んだ。頭上から振り下ろされる大鎌は我に触れた途端に砕け散り、我の体当たりを受けた敵はもとより、我が纏う燐光にかすめた敵でさえ、その身体を半壊させて崩れていく。


 我はこの時、人身でありながら『竜族』としての力を思う存分振るうことができていた。


〈ヴァリス。すっごく嬉しそうだね〉


 心の中に、魂の繋がりを通じてアリシアの声が聞こえてくる。だが、我が嬉しいのは、力を振るえることではない。アリシアとのこうした繋がりを心に感じながら、『彼女のために』力を振るえることこそを、我は嬉しいと思うのだ。


 それはさておき、これだけの大群が相手では、我ら三人ではカバーできない部分は出てくる。だが、それも──


「なんであたしの仕事が、男どもが討ち漏らした連中のお掃除なのさ! こんなの、つまんない!」


 レイフィアが不満げに言いながら、《爆炎の宝珠バースト・ボール》などの比較的規模の小さい【魔法】を立て続けに放っている。時折、そんな火球の一部に強力な爆炎が付加されているように見えるのは、シャルが【精霊魔法】エレメンタル・ロウによる属性増幅をかけているからだろう。

 しかし、属性増幅と言えば、術者二人が発動タイミングを見極め、息を合わせる必要があるはずだ。一体いつの間に、あの二人にそんな真似ができるようになったのだろうか?


「へへん! これも『アリア・ノルン』での特訓の成果だもんね! あたしらコンビは最強よ! ねえ、シャル?」


「は、はい! レイフィアさんに合わせるのって、ものすごく苦労しましたけど……」


 どうやら頑張ったのはシャルらしい。これまでの苦労が滲み出ているかのような彼女の言葉に、我は思わず笑いを零しそうになった。だが、今は戦闘中だ。気を抜くわけにはいかない。敵はまだまだ多いのだ。

 ──そんなことを考えた時、我は思い至る。そもそも、我らはこれまで、敵の『死神』をいったい何体撃破したのだ? 数十体? 数百体? ……わからない。


 やがて戦いを続ける我らにも、疲労が蓄積し始める。

 すでに撃破した敵の数は、下手をすれば千体を越えているかもしれない。だというのに、敵の姿は一向に減る様子を見せない。いや、正確に言えば、減ってはいるようだが、その分だけ増えているような……。


「……やっぱり。本当に文字どおり『無限に』増殖するんだわ」


 シリルが純白に輝く複雑な【魔法陣】を完成させながら、つぶやく声が聞こえる。


「とにかく一度、対策を取らないと駄目ね。……みんな! 離れて!」


 シリルの叫びに、我ら三人は後方に飛びさがり、敵から距離を置く一体一体の敵はこちらを追撃してくることもなく、ただ、撃破できなくなった分だけ、その数を増やしていく。


〈輝ける幾億の星。満天の空。時の定めに従いて、無限に爆ぜよ〉

〈ファエラ・マレウル・リュネイ。ラフォウル・ラズラ。トード・ミュウル・レイル。ロア・ルヴァン〉


爆ぜ散る天空の星々ルヴァン・リュネイド》!


 洞窟内に玲瓏たる声が響き、シリルの【魔法】が発動する。掲げられた掌から放たれる無数の光の粒。それは『死神』の群れの中に飛び込むと同時、次々と起爆する。


「今のうちよ! しばらくはあの【魔法】が敵の数を抑えておいてくれるから、その間に対策を考えましょう!」


 どうやら今回の敵は──いや、『今回の敵も』と言うべきだろうか──力押しでどうにかできる相手ではないらしい。我は無念を噛み締めながら爆発に巻き込まれ続ける『死神』を見つめた。『竜族』としての己を取り戻し、世界でも最強と言えるだけの力を振るってもなお、倒せない敵。


 こんな感覚もまた、『無力感』と呼ぶべきなのだろうか? ──ただ、力が強いだけでは意味がない。フェイルと対峙した時にも感じた思い。だが、力しか持たない我にも、単なる力だけではない『強さ』を持った仲間がいる。


「さて、あまり時間は無いけれど状況を整理するわよ」


 我らは一か所に集まり、シリルの言葉に耳を傾ける。


「あの『死神』は無限に増殖する。つまり、どれだけ多く撃破しても、倒した数だけ増えてしまう以上、意味がないわ。重要なのは、あの『死神』の姿よ。……あれは多分、わたしたちの『意識』を元に再現……いえ、具現化させて“暴走”させているのね」


「じゃあ、あんときの『黒竜』と同じってわけ?」


 レイフィアが口を挟む。シリルは彼女に軽く頷きを返した。


「ええ、そうよ。アリシアの言葉から推測するに、あれは多分、わたしたちがイメージする『敗北』──つまりは『死』をかたどっているだけで、姿自体に意味はないんだと思う」


 ──暴走する死のイメージ。それがあの『死神』の正体か。


「いや、でも、シリル。さっきお前、『死神』の姿が重要だって言わなかったか?」


「言ったけれど、そういう意味じゃないのよ」


 言葉の矛盾を指摘するように言うルシアに対し、首を振るシリル。


「姿自体に意味は無くても、あの姿となった『原因』には意味がある。この広間のどこかに、わたしたちの意識を感じ取り、具現化して“暴走”させている『原因』があるはずなの。あの『死神』自体は本体ではない。……これがわたしの推測よ」


「……それが『セフィリアの邪心』?」


 シャルは『第三の邪悪』のことを、あえてそんな呼び名で口にする。


「恐らくね。問題は、それをどうやって見つけるかだけど……」


「……わたしがやる。あの子の心は、わたしが見つける」


 シリルの言葉が終わらないうちに、シャルは力強い声で言う。


「……そうね。じゃあ、それはあなたに任せるわ。わたしたちは、その間、あの『死神』でこの広間が溢れかえらないよう、数を減らすことに尽力するわよ」


 シリルの言葉に、全員が同時に頷きを返す。そんななか、ルシアは気楽な調子でシャルに声をかけている。


「まあ、セフィリアはお前の友達なんだろ? だったら、ゆっくり見つけてやれよ。あんな『死神』どもなんざ、鼻歌混じりに俺が切り刻んどいてやるからさ」


 そんな彼の言葉に、シャルは目を丸くして、それからふわりと笑みを浮かべた。


「うん。……うん! じゃあ、お願い」


「よし。まかせとけ」


 胸を張って笑うルシア。と、そこへシリルの声が重なる。


「どうやら、そろそろ《爆ぜ散る天空の星々ルヴァン・リュネイド》の効果が切れそうよ。わたしはもう一度、この【魔法】を準備するけれど、その間は任せるわ。なるべく体力も魔力も節約しながら戦いましょう。エイミアは皆に体力回復の【生命魔法】ライフ・リィンフォースをお願い」


「わかった。一応、それ以外でも弓での援護ぐらいはさせてもらおう」


 エイミアが弓を手に頷きを返す。


「……みなさん。お願いします。わたし、絶対にセフィリアの心を見つけますから」


 シャルは真剣な面持ちでそう言うと、意識を集中するように目を閉じた。彼女は彼女でやるべきことをやろうとしている。ならば我も、我に相応しい役割を果たすとしよう。


 無限に出現する敵ならば、無限に滅ぼしてやればいい。


 我は世界最強の『竜族』であり、同時に『竜族』でさえ持ちえない『強さ』をも備えた『人間』だ。単独で世界に覇を唱えることはできなくとも、仲間と共に、己が役割を担うことで、我は『竜族』よりも強い存在になれるのだ。

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