第158話 破滅の少女は儚く笑う/騒音無事
-破滅の少女は儚く笑う-
世界の裂け目に飲み込まれていくフェイル。そんな彼のことを、あたしは最後まで理解できなかった。あたしにとって、彼は不気味で怖い存在だった。心が読めない相手なら、ヴァリスがいた。けれど、心が読めてもなお、まったく『理解できない』と思わされたのは、彼が初めてだった。
でも、そんなあたしにも最後にフェイルが『彼女』にかけた言葉の裏に、どんな思いがあるのかを知ることはできた。それは、あたしじゃなくても同じこと。
誰にも望まれずに生まれてきたジャシンの少女に、彼がどんな思いで接してきたのかはわからない。けれど、それでもあの時、彼が言った言葉の真意だけは疑いようがない。
『お前に必要なのは、俺ではない』
彼はきっと、彼女のその後を託せる相手が見つかったことも含めて、『満足』だと言ったのだ。
けれど、彼女──ノラにはわからない。かつてのあたしと同じように、人との付き合いを持ってこなかった彼女には、言葉の裏に隠された意図にまでは気付けない。
「フェイル……ワタシは、あなたにとって、必要ない存在だったの? やっぱり、ワタシは……いらない子なの?」
「ノラ……。違うよ、そんなことない。あの人は……」
うずくまる彼女に、シャルちゃんが声を掛けようとした、その時だった。
「……うふふふ」
──ざわりと、世界が揺れる。
周囲の空気が、世界そのものが何かに怯えるように震えている。少女の真紅の髪が一瞬で黒く染まり、紅い瞳は黄金に輝く。そのドレスまでもを漆黒に変えた少女は、その場でゆらりと立ち上がる。
「セフィリア?」
シャルちゃんには、すぐにわかったらしい。今、目の前にいるのは、ジャシンの少女『ノラ』じゃない。“天意無法”な少女『セフィリア』だった。
「わたし、わかったんだ」
セフィリアは、だらりと下げていた腕をゆっくりと左右に広げる。
「え?」
「……『ノラ』は、わたしと一緒にいてくれた。でも、そのせいで消えてしまいそうだった。フェイルは彼女を救ってくれたけど、最後に彼女を拒絶して、彼女は悲しみ、傷ついた。関係を持とうとしても、絆を結ぼうとしても、そのたびに皆、傷ついていく」
彼女の声には、聞いているだけで胸が締めつけられるような『孤独』があった。
「この世界は、誰かと誰かが傷つけあうばかりなのかな? 好きだと言って、愛してると言って、相手のためを思って行動して、相手のことを信じて受け入れて、なのに傷つき、傷つけられる。誰も悪くないのにね。でも、……じゃあ、『何が』悪いのかな?」
その言葉は、取り返しのつかない結末へ向けて転がり落ちていく。そしてそれは、誰にも止められない。
「セフィリア……」
「ねえ、シャル? わたし、わかっちゃったんだ。悪いのは──この『世界』なんだって」
その言葉と同時、【風の聖地】を埋め尽くす緑が、一斉に色を変えた。現れたのは、漆黒の草原。色鮮やかな花は枯れ、湖の水まで黒く染まる。
地獄のような景色の中には、少女の形をした絶望が立っていた。
「セフィリア! 違うよ! それは違う!」
「うん。約束は約束だもんね? わたしが振りまく『邪悪』はあと二つ。だけど、シャル。……わたしは『こういう存在』なんだよ?」
世界を染める暗黒に、破滅の少女は儚く笑う。
「……それでもシャルは、わたしの友達になってくれるって言うのかもしれない。でも、わたしは怖い。わたしがどんなにシャルを大事に思っても、そのせいでシャルが傷つくかもしれない。シャルを、殺してしまうかもしれない。そんな……そんなことになったりしたら……」
どうしようもない孤独。ジャシンの少女ですら、彼女の孤独を癒せなかった。どこまでも救いのない少女の言葉に、あたしたちは身をすくませる。
「そんな世界なんて、…………ホロボシテやるんだから」
そう言い残し、忽然と消える黒い少女。
「はあ……」
彼女から放たれていた禍々しいプレッシャーが消失し、あたしは気が抜けたように腰を落とす。
「……やっと終わったな」
「ええ、何と言うか……今回は長かったですね。……僕も皆に大分迷惑をかけてしまいましたし」
「何を言っているんだ。ちゃんとわたしを助けてくれたじゃないか。……嫌がるわたしを無理矢理あんな風に抱き上げて」
「あ、い、いや、それはその……」
エイミアは、さっきの『お姫様抱っこ』のことを根に持っているらしく、恨みがましげな視線をエリオットくんに送っている。あれは確かに、すごく恥ずかしいもんね。あたしはかつて、自分がヴァリスにされた時のことを思い出してしまった。
「アリシア、大丈夫か?」
ふと見上げれば、あたしを心配そうに見下ろしてくるヴァリスの顔がある。
「うん。平気。でも、ちょっと残念だったね。せっかくのきれいな景色がこんな風になっちゃって」
「そうだな……」
気を紛らわすために口にしたあたしの言葉に、ヴァリスが顔を曇らせる。『第二の邪悪』をやっつけて、フェイルもいなくなって、結果的には勝利のはずなのに、あたしたちの心には何かが重くのしかかっている。
その原因は、今、ここにある黒い景色だ。セフィリアには、本当に世界を滅ぼす力があるのかもしれない。その事実が、あたしたちの心に暗い影を落としている。まともに戦って勝てるはずが……ううん、そもそもまともな戦いになるような相手じゃない。
「……大丈夫です。わたしが、セフィリアにそんなことさせません。だって、わたしはセフィリアの友達なんですから!」
力強く断言するシャルちゃん。あたしは、そんな彼女を見て、それまで後ろ向きなことばかり考えていた自分のことが恥ずかしくなってしまう。
「うん。シャルちゃんなら、きっと大丈夫。……なんてったって、捻くれ者のレイフィアまで骨抜きにしちゃうぐらい、可愛いんだからね!」
努めて明るくそう言うと、当のレイフィアから反発の声が上がる。
「だ、誰が骨抜きになったって!? いい加減なこと、言わないでくれる?」
「うっふっふ。あたしには嘘は通じないよ?」
「うう……! たちが悪いね、あんた……」
気心の知れた仲間にくらい、こうやって能力を使ったおふざけをするのも悪くない。いつの間にかあたしは、そんな風に思えるようになっていた。
「……ノエルと連絡がついたわ。どうやらついさっき、船を見つけることができたみたいね。多分、町も元通りになっていると思うわ」
シリルちゃんの最後の一言は、あたしに気を使ってのものだろう。あたしは胸のつかえが取れたような気持ちで息を吐く。
「よかった……」
それから、あたしたちはノエルさんの到着を待って思い思いに時間を過ごす。
「ねえ……ルシア、そ、その……」
ふと声のした方を見れば、シリルちゃんが言い出しにくそうにルシアくんへと声をかけている。
「ん? どうした?」
「あの裂け目の向こうに見えたものって……」
そこまで言って、言葉を途切れさせるシリルちゃん。そんな彼女を見て、ルシアくんは何かを察したらしい。続きを聞かないままに言葉を返す。
「ああ、あれは多分、俺がいた世界だ」
「……あれがルシアの世界」
周りを見れば、いつの間にかみんなが聞き耳を立てている。それでも場の雰囲気を読んでのことか、二人の会話に割り込むつもりはないらしい。
「奴の『聖剣』の力だか何だかで、向こうの世界と繋がったってことなのかもしれないな」
〈うむ。この【聖地】は一度、ルシアを召喚した際に【異世界】との接点を持っている。そこへ持ってきて、こちらの世界にいるわらわの力と向こうにいるはずのアーシェの力とがぶつかり合ったのだ。彼女の『世界を斬り開く力』が、そんな作用を引き起こしても不思議ではないな〉
そう言えば前に、ファラちゃんの妹さんは、『四柱神』の一柱、アレクシオラ・カルラなんだって言ってたっけ?
「そ、そんなことじゃなくて……」
シリルちゃんはなおも、言いにくそうにしている。と、そこへ相変わらず空気を読まないあの人が口を挟む。
「ほら、察してやんなよ、ルシア」
「何がだ?」
「さっき、あんた。女の名前を呼んだでしょ? ナオ、だったっけ? あの時見えた女の人。あんな風に意味ありげに昔の女の名前を呼ばれちゃ、シリルだって気が気じゃないよ」
「え? い、いや昔の女ってわけじゃ……」
驚いた顔でシリルちゃんに目を向けるルシア。すると、シリルちゃんは顔を真っ赤にして首を振る。
「もう! そんなわけないでしょ! そ、そうじゃなくて……」
「シリル。遠慮なんかするなよ。嫌なことを思い出させたくないとか、そんな心配は無用だよ。だから、なんでも聞いてくれ」
ルシアくんが優しく声をかけると、シリルちゃんはこくりと頷き、恐る恐る口を開いた。
「そ、そういうのじゃないけど、……わかった。言うね。……もしかしたら、あなたもあのまま飛び込めば、元の世界に帰れたんじゃないかなって思って……」
「え?」
「そ、それをわたしが引き留めたみたいになっちゃったから、その……」
辛そうな顔で下を向くシリルちゃん。彼女はずっと、ルシアくんを元の世界から意図せず召喚してしまったことに罪悪感を抱いていた。そんな彼女からしてみれば、それを自分の我がままで引き止めたような気がしているのかもしれない。
「……はは。なんだよ、そんなことか。言っただろう? 俺はこっちの世界に来れて、良かったって思ってるんだ。今さらあっちに未練なんかないよ」
そう言って、シリルちゃんの頭に優しく手を置く。シリルちゃんはその手を払いもせず、上目づかいに見つめるようにして、言葉を続けた。
「で、でも……向こうの世界にはあなたの知り合いだっているんでしょ? さ、さっきの人も……」
「あれれ? 違うとか言っといて、やっぱり昔の女が気になってるんじゃ……って、わあ! ちょ、ちょっと! 《黒の虫》とか、人間に向かって使うな! 危ないってばあああああ!」
冷やかしを入れてくるレイフィアを黒い羽虫の大群で追い払った後、シリルちゃんは彼に視線を戻す。
「あなたの生活を無理矢理中断させて、こっちに召喚してしまったんだもの。お別れさえ言えなかった人だって、いたのかなって……」
「……大丈夫だよ。少なくともその時の俺には、お別れを言うべき相手なんていなかった。さっきのアレももう、死んだはずの存在だ。だから、驚いただけなんだ」
「そう……なら、いいの」
シリルちゃんはようやく安心したように頷いた。レイフィアの言葉は大げさだけど、まったく気にしていないわけじゃないのだろう。
……ただ、ルシアくんの方は、少しだけ嘘をついているように見えた。確かにあの『ナオ』という女の人と恋愛関係にあるとかいうのじゃなさそうだけど、それでも複雑で特別な感情を抱いているらしいことは確かだ。
あたしがルシアくんに探るような目を向けると、彼は心で何も言わないでほしいと訴えかけてくる。もちろん、あたしはそれに頷きを返すのだった。
-騒音無事-
それからいくらもしないうちに、ノエルの乗船する『アリア・ノルン』が下りてきた。彼女は最初、この【聖地】に広がる黒い景色に驚いていたようだった。
「……そんなことがあったなんてね。まったく、上空からこの景色を見たときは随分と肝を冷やしたものだよ」
「それはそうでしょうね。でも、心配なのはこの【聖地】の状態なのだけど……」
「大丈夫だと思うよ。ここは綺麗な自然があるから【聖地】だったわけじゃなくて、ここが【聖地】だから綺麗な自然があったんだ。時間さえかければ元に戻るだろうし、今も【聖地】としての機能が失われたわけじゃなさそうだ」
ノエルは、手にした【魔導装置】らしき板を見ながら言った。
「それ、なんだ?」
気になったのか、ルシアが尋ねる。
「え? ああ、これかい? これは【聖地】の中でも、どこが【マナ】の流れの結節点にあたるかを調べるために造った計測装置だよ。六大聖地を割り出すときも、これを使ったんだ」
「計測装置ね。……考えてみると『魔族』の技術も向こうの科学技術も、結果としてはそんなに大きな違いはないのかもな」
「そうだね。どんな道具も原理が違えど、使い手が同じなら、似たような目的で造られるものだろうし」
「使い手が同じ……ね。確かに、『神』に造られようが、自然に生まれてこようが、人は人ってわけか。見た目も行動原理も、大して違わない」
何かを確認するように、つぶやくルシア。
「さて、それじゃ装置の設置を済ませてしまおうか?」
ノエルはそう言うと、『クロイアの楔』の補助装置となる銀の小鍵を手渡してきた。
「でも、大丈夫かい? 聞いた話だと戦闘中に一度、《転空飛翔》は使っているんだろ? やっぱり明日にする?」
「心配ない。結局、術は発動しなかったからな」
我はそう言って小鍵を受け取り、アリシアに向き直る。
「で、でも、すごい怪我をしてたじゃない。ほんとに大丈夫?」
アリシアが心配げに尋ねてくるが、我はその言葉にも首を振る。
「大丈夫だ。傷ならエイミアの【魔法】で、すっかり治った」
「そう? でも、無理しないでね」
「ああ」
その後、『クロイアの楔』の補助装置を無事に設置した我らは、『アリア・ノルン』の船内に戻った。それからノエルの計らいでルーズの町の状態を確認するべく、その上空にさしかかった我らの目には、はっきりと映像に映し出される町の様子が見てとれた。
「これで本当に問題なさそうだね」
食堂兼ミーティングルームに集まった我らは、ノエルの言葉を聞きながら、アリシアの故郷ともいうべき町の無事に改めて安堵の息をついた。あの時、我らにとってこの町は、正真正銘、紛れもなく消滅したに等しい状態だった。『関係性の喪失』であり、実物が消えたわけではないと言われても、現実感などなかったのだ。
「今回でやっと六つの【聖地】のうち、半分が片付いたってわけだけど、まだまだ先は長いな」
エリオットがうんざりしたように首を振る。
「そうでもないだろ。少なくともこの先、フェイルの野郎が邪魔してくることはないんだ。セフィリアが『ジャシン』をどうにかしていれば、残る相手は『彼女の邪悪』だけだ。今回みたいに分散して戦う羽目にならなけりゃ、そこまで苦戦するほどの相手でもなかったはずだぜ」
「ルシア、油断は禁物よ。残る『邪悪』は多分、“暴走”と“喪失”になるはずだもの。詳細はわからないけど、言葉を聞くだけでも厄介な相手には違いなさそうでしょう?」
「うーん、まあそうだな。でも、油断はともかく、たまには楽観的に考えようぜ。気が滅入ったままじゃ、それこそ先が長くなる。……と、言うわけでだ。そう言えば、次の目的地はどこだっけ、ノエル?」
「……はは。楽観的はいいけど、いい加減、目的地の順番くらい覚えておこうよ。次はこのまま北に向かった先にある、地の聖地『エルベルド』だよ。その名の通り、地下深く潜った洞窟の中になるみたいだけどね」
ノエルが呆れたように笑う。つられて他の皆からも笑いが起こる。場の雰囲気を和ませようという、ルシアの狙いは成功したらしい。
そんな中、シャルの表情だけが思わしくない。
「どうした、シャル?」
我が訊くと、シャルはびっくりしたような顔でこちらを見た。
「あ、すみません。ちょっと考え事をしていたもので……。大丈夫です。なんでもありませんから」
「そうか」
我は頷きを返し、それから考える。いつもの我なら、ここで何も考えることなく話を終えているだろうが、それでは駄目だ。彼女は明らかに悩んでいる。本人が話すことを拒絶しているように見えても、それが『遠慮』によるものである可能性を否定するべきではない。
「……シャル。悩みがあるなら言ってみろ。我では力になれないかもしれないが、それでもお前には恩がある。話すだけでも楽になることだってあるだろう。……それでも話す気はないか?」
一息に言うと、シャルの水色の瞳が限界まで見開かれた。驚愕に打ち震えるかのような顔で我を凝視する彼女は、話すべき言葉が出ないのか、口をぱくぱくとさせている。
「ヴァ、ヴァリス……」
「まさか、ヴァリスが……」
「うんうん、成長したねえ。こりゃやっぱり、愛のなせる業かな?」
いつの間にか、周囲の視線まで我に集まっている。
「あ、ありがとうございます。ヴァリスさん。気を遣っていただいて。……そうですね。話してみたいと思います」
「うむ」
それからシャルは、居住まいを正すようにして、おもむろに口を開いた。
「ノラのこと……なんです。せっかくフィリスがあの子を説得して、ようやく分かりあえたと思ったのに、あんなことになっちゃって……。町が元に戻ったのはいいけど……もしかしたらそれは、あの子が死んじゃったせいなのかなって……」
なるほど。そういうことか。仮にも敵方であった少女の身を案じるだけでも言い出しにくい話だろうに、皆が喜ぶべき町の復活でさえ『不安材料』になってしまっていたのだ。
なかなか話したがらなかったのも無理はない。
「確かにそりゃ、心配だな」
開口一番、ルシアが同意の言葉を発する。するとすかさず、シリルが頷きを返した。
「そうね。でも、フェイルは彼女に『大きなもの』を消させないようにしていたはずよ。だから、彼女が“喪失”させていたのは、もともと『一時的な関係性』の喪失だったのかもしれないわ。それなら、時間が経てば回復するのも当然よ」
「そうかもな。……にしてもフェイルの奴、あんな顔して、ああいう年端もいかない少女が趣味だったのか? 笑わせてくれるぜ」
「……でもあの子、見た目はわたしと同じくらいだったわよ? それってつまり、わたしもお子様だって言いたいわけ?」
「げげ! い、いや、そんなことは言ってないだろ? ほ、ほら、セフィリアとかってなんていうか、言動が子供っぽかったろ? だからだな……」
「へえ……」
「な、なんだよ。そんな疑いの目で見るなって」
「もう知らない」
何故だか知らないが、ルシアとシリルの間で諍いが始まってしまったようだ。
「ふふ! あははは!」
だが、そんな二人のやりとりを見て、シャルの顔に笑顔が戻る。そう言えば、アリシアがさらわれた直後にも、似たようなことがあったな。つまりこれはこれで、ルシアたちなりの『思いやり』だったというわけか。つくづく勉強させられる。などと思っていたら……
〈何を痴話喧嘩をしておるのだか。だいたい、心配しなくともルシアなんぞ、フェイルに輪をかけて幼女趣味的な嗜好の持ち主なのだぞ? シリルとて、好みのど真ん中で問題あるまい〉
などと、のたまった御大がいた。我は信じられない思いで彼女──ファラ殿を見る。
「ファ、ファラ! 頼むから、そういう誤解を招く発言は止めてくれ!」
「幼女趣味の好みのど真ん中って、どういう意味よ!」
二人から怒鳴られ、うるさそうに耳を塞ぐ仕草をして見せるファラ殿。まさか我より人間の心の機微をわかっていない人物がこの場にいようとはな。
「うふふ! みんな優しいね」
我の隣でアリシアが笑う。嬉しそうなその顔を見ると、つい自分の頬がほころんでしまいそうになるのがわかる。
「ん? どうしたの、ヴァリス。あたしの顔に何かついてる?」
自分の頬を撫でながら、そんなことを聞いてくる彼女に、我は率直な言葉を返す。
「……いや、何もついていなくとも、アリシアの顔を見ていたい気持ちになった」
「……また、そういうこと言って」
恥ずかしそうにうつむくアリシア。
「こっちはこっちで惚気ちゃってまあ……聞いてるこっちが恥ずかしくなるっつーの」
レイフィアがぶつぶつ言っているが、言わせておけばいい。
「シャル。ノラならきっと、無事なはずだよ。あの時、セフィリアはノラを気遣うようなことだって言っていたじゃないか。少なくとも、今のところは問題ないはずだ」
改めてエイミアが慰めの言葉をかければ、その隣ではエリオットが頷いている。
一方、先ほどの幼女趣味発言を受けて、レイミはなぜか、納得したような頷きを繰り返していた。
「うふふふ! なるほど、ルシアさんがなかなかわたしの『おっきいおムネで、新しい世界に誘惑しちゃうゾ! 大作戦』に引っかからなかったのは、そういう趣味がおありだったからなんですね?」
「なんだその、聞くからに恐ろしげな作戦名は!?」
ルシアは身震いしながら首を振る。すでに我とルシアの間では、『新しい世界』という言葉は禁句になりかけている。下手な場面で口にして、この極悪メイドに聞きつけられた日には、目も当てられないことになりかねないのだ。
「そうですね。路線変更が必要でしょうか? この際、胸の大きさはやむなしとして……そうです! シャルちゃんの衣装をお借りして、幼女風味をプラスして責めるのもありかも知れません!」
「あってたまるか!」
叫ぶルシア。一方、脇に目を転じれば、ひそひそと会話を交わす女性が二人。
「ね、ねえ、ノエル。ホントにあのメイド、どうにかならない?」
「ごめん。どうやら僕は無力みたいだ……」
「そ、そう……」
力無く首を振るノエルに、諦めたように肩を落とすシリル。
「そうと決まれば、善は急げです! シャルちゃん! わたしにとっておきの可愛い衣装を!」
「ぜったい、貸しませんから!」
「そんなあ……いけずう」
さまざまな困難があった一日も、こんな形で騒がしくも平穏な終わりを迎えることになりそうだった。




