第17話 初めてのお仕事/護衛開始
-初めてのお仕事-
ギルドでの試験を終えて二日目。あたしたちは、再びギルドに足を運び、ライセンス証を手に入れた。リラさんが渡してくれたそれは、銀色の金属板みたいなもので、表面によくわからない文様のようなものが描かれている。
「えっと、これがライセンス証? この模様は意味があるの?」
あたしは半ば独り言みたいに疑問を口にする。すると、すかさずリラさんが教えてくれる。
「はい。ギルド専用の装置で読み取れば、どのランクの誰の認定証かわかるようになっています。偽造はできないようになっているんです。他にもさまざまな機能がありますから、なくさないようにしてくださいね」
「へえ、凄いんだね」
「『装置』ね……。なんだかな」
ルシアくんがポツリと、今度は正真正銘の独り言を漏らす。思わずそちらを見てしまったけれど、凄く複雑で入り組んだ感情を抱いているみたいで、はっきりとはわからなかった。
「これで、皆様はギルドの正式な依頼を受注することができるようになりました。依頼については掲示板に張り出されていますが、【フロンティア】系の任務については窓口にお申し付けください」
「【フロンティア】系って何ですか?」
……ああ、よかった。ルシアくん。【フロンティア】って何?なんて聞いたら、常識を疑われるところだったよ。一字違いで大助かり。
「はい。【フロンティア】については御存じのとおり、モンスターが多数出没する未開の地で、この町の周辺にも『エルダーサンズの地下遺跡』と『魔竜の森』がありますが、【フロンティア】系任務とは、これらの土地にあるモンスターの発生源を突き止め、これを消去する、というものです」
「消去って、そんなことできるんですか?」
「はい。発生源である【歪夢】は、その土地のどこかに存在していますが、発見さえできれば、それに向かって一定時間、【魔力】を流すだけで消去できます」
そうなんだよね。確かにそうやって冒険者の力で『開拓』された土地はあって、モンスターのいなくなった場所から、貴重な資源がたくさん発掘されたりもするんだけど、たいていは一年もしないうちに、元に戻っちゃう。イタチごっこみたいに。
「確かにその通りですが、【フロンティア】は放置すれば、ものによっては周辺地域まで妖魔や魔獣が出現することもある危険なものです。発掘される資源の貴重さもそうですが、究極的には世界を安全に保つために、『開拓』は必要な事なんです。だからこそ、各国もギルドに支援をしてくださるわけですし」
「必要なこと……か。じゃあ、なんで掲示板には出てないんですか?」
「それは【フロンティア】系任務には一般の依頼者がいないからです。国から資金提供を受けている『ギルド自体からの依頼』とお考えください」
「なるほど」
「ちなみに、【フロンティア】からのモンスターの出没量が多くなったときとかに、Bランク以上になると半強制的に参加させられることもあるのが、この任務ね」
シリルちゃんが捕捉すると、リラさんが申し訳なさそうな顔をした。……どっちかって言うと営業用の顔みたいだけど。
「速やかに処理するために、【スキル】内容やランクによっては、個別に参加をお願いすることがあるのはやむを得ない事なんです。もっとも【歪夢】を見つけられない場合でも、倒したモンスターの数量で報奨金が出たりもします。普段から皆さんが積極的に【フロンティア】系任務を受けてくだされば、そういうお願いも減ると思うのですが」
「無理でしょうね。あなたのお兄さんみたいな戦闘好きならともかく、普通の認識ならモンスターの巣に特攻するような任務、危険度が高すぎて受けたがらないでしょうから」
シリルちゃんだって、『竜族』の巣に特攻したくせに。そう思い、ヴァリスの方を見ると、なんとなく、複雑そうな顔をしていたから、あたしと似たようなことを考えてたのかな?
「そうだ。ライルズさんはどうしたんです?」
「兄はあっちです」
ルシアくんの質問に、リラさんはギルド内の待合場所を指さして答える。
「だから! 嫌だっていってんだろ。しつけえな!」
「そんなこと言わずに頼みますよ。ライルズさん」
「あのな。街道沿いの護衛任務なんて退屈すぎてやってられねえんだよ。他を当たってくれよ」
そこでは、なんだか数人の冒険者たちがライルズさんを取り囲んで言い合いをしているみたい。
「ライルズ。どうしたの?」
「おお! シリルじゃねえか! 助かった。俺の代わりにやってくれよ」
「?」
ライルズさんの話によると、掲示板に張り出されている任務の中に、街道を使って王都まで向かう貴族の護衛任務があるんだけど、それのランク指定が『Cランク以上の冒険者10人程度。ただし、戦闘系Aランク冒険者一人以上を含む』ということになっていて、集まった冒険者はCランクだから、条件を満たすためにライルズさんを誘っていたみたい。
「え? シリルってあの、『氷の闇姫』?」
「おお!まじかよ。魔導師系Aランクだろ?じゃあ、頼むよ。一緒に参加してくれ!」
シリルちゃんの名前を聞くなり、冒険者たちがいっせいに群がってくる。
「あなたたち、おかしいとは思わないの?比較的安全なはずの街道沿いを行くだけで、Cランク10人はおろか、Aランクまで指定するなんて、何らかの襲撃があることを想定しているみたいじゃない」
「いや、わかるけどよ。報酬が並みじゃないんだよ」
「そうそう。それに逆にいえば、それだけのメンバーなら襲撃があっても安心ってことだろ? これを逃す手はないぜ」
シリルちゃんは片手を顔にあてて、ため息をついた。まあ、目先の欲に駆られてることを隠そうともしないなんて、かえって感心しちゃうよね。
「どうしようかしら?」
シリルちゃんは悩んでいるみたい。それもそのはず、あたしたちの次の目的地は、まさにその王都だから。
あたしたちが今いるパルキア王国の王都『アールディシア』は、ここから徒歩で一週間ほどのところにある。もちろん『ファルーク』ちゃんの背中に乗っていけば、もっと早く着くけれど、ギルドの依頼を受けつつ目的地に行けるんだもの。
逃す手はない、よね?
「わかったわ。ただし、わたしたちは4人パーティだから、参加できるのは後6人よ」
やっぱりシリルちゃんの結論も同じになったみたい。途端に冒険者の人たちが喜びの声をあげ、参加するメンバーを決め始めた。
シリルちゃんはそんな人たちを尻目に、リラさんのところへ依頼状を持っていく。
「じゃあ、この依頼をお願いするわ」
「はい。依頼主:ジグルド・エンデスバッハ卿。依頼内容:王都『アールディシア』までの護衛任務ですね。それでは、ライセンス証をお出しください」
あたしたちはそれぞれ、ライセンス証を取り出すと、リラさんに手渡した。すると、リラさんはそれを持って奥の部屋に引っ込んでしまう。
「あれ? どうしたのかな?」
「ああ、仕事の情報を登録しに行ったのよ。あれで誰がいつ、どの依頼を受けたのかがわかるから、途中でやめたりしたら、すぐにばれて違約金を払わされることになるわね」
ふうん。つくづく凄いんだね。ギルドって。
「登録ね。ますますもって、なんだかな、だな」
ルシアくんはまた、意味ありげな顔でそんなことを言っている。
ほどなくして、リラさんが戻ってきて、ライセンス証を返してくれた。
こうして、あたしたちパーティの初めてのお仕事が決まったのだった。
-護衛開始-
人間社会の仕組みというものは、本当に面倒なものだ。
冒険者ギルドひとつをとってもそうだが、やはり力弱きものが世界を生き抜くためには、組織を創り、規則を作り、寄り添いあっていかねばならないのだろうか。
面倒なことだとは思うが、気がつけば我もそんな組織に属する身の上となっている。
冒険者としての登録については、「同行するには都合がいい」などと理由を付けてはみたものの、我は今、人間とその人間が創り上げている物に興味を持ち始めているのだ。
……いや、興味なら以前から持っていた。
『魔竜の森』にやってくる冒険者たちが自分たちより強大なモンスターを相手に一歩も引かず、仲間と力を合わせて戦う姿に、矮小なる人間などと蔑みながらも、心の奥では別の思いがあったのかもしれない。
「それで、依頼主とやらはまだ現れないのか?」
我は苛立ちながら、何度目かの問いを口にする。
「ええ、相手は貴族よ。平民との待ち合わせに遅れるくらい、なんとも思っていないのでしょうね」
シリルもいい加減、呆れたような口調でそう言った。少し前までは我が同じ問いをすれば、「少しくらい待つのは当然だ」、「依頼主なのだからそういう態度は慎め」などと言っていたのだが、流石に2時間近く待たされればそうも言っていられないのだろう。
冒険者ギルドが依頼主に連絡を取り、この町の出口付近を待ち合わせ場所に指定された時間から、もうそれだけの時間が経っていた。
貴族とやらが人間社会でどれほど偉いのか知らないが、人を待たせるにも程がある。
「待ちくたびれた。もうやだ。ほっといて行っちゃおうよ」
アリシアが地面に座り込んで、何やら落書きをしながら、同じく何度目かの愚痴をこぼす。こちらはこちらで相変わらず、自由すぎる物言いだ。これでよく、正論一辺倒のシリルとうまくやっていけるものだ。
我にはいまだ、人間関係というものがわからない。
「待ってくれって! おたくらにいなくなられちゃ、契約違反になっちまうんだぞ?違約金だってとんでもないんだから、辛抱してくれよ」
あわてて声をかけてきたのは、今回の護衛に参加するよう頼んできた冒険者パーティの一人でアランという若者だ。
戦士系Cランク冒険者だとのことだが、若干の【魔法】も使えるらしく、所属するパーティの中ではリーダー格であるらしい。
「だって! いつまで待てばいいのよう。もういい加減お昼になっちゃうじゃない!きっと太ってるからここまで歩いてくるのに時間がかかってるのよ。お貴族様でもダイエットぐらいするべきじゃない?」
「すまなかったな。思ったより、準備に手間取ってしまった」
「はひゃう!」
いきなりかけられた声にアリシアが奇妙な声を上げながら身をすくませ、あわてて立ち上がる。そして直後に、自分が地面に書いた落書き、「ばか」、「あほ」、「非常識」などの明らかに依頼主についての悪口と見える内容のそれを、さりげなく足で消している。
まったく、この娘は……、間違いなくさっきのセリフは聞かれていたから手遅れだろう。
しかし、どんなときでも思うままに行動するこの娘の振る舞いは、なぜか嫌いにはなれない。
「あなたがエンデスバッハ卿、でらっしゃいますか?」
シリルが驚いた顔で尋ねている。声をかけてきた相手は、人間の歳でいえば40代半ばといったところだろう。大方の予想に反して、太ってなどおらず、むしろ鍛え上げられた体つきをしている。金髪碧眼で綺麗に口髭を切りそろえ、確かに高貴な人間と呼ばれるだけの身だしなみは整えているらしい。
「いかにも。ジグルド・エンデスバッハだ。君たちが護衛の冒険者か。早速だが、Aランクのものは誰だ?」
「わたしです。シリル・マギウス・ティアルーン。魔導師系Aランク冒険者です」
「ふむ。女か」
「女では、御不満ですか?」
シリルは特に感情を表さない声を出したが、不快には感じているようだ。
「いや、むしろ好都合だ。君には娘の護衛を頼みたかったからな」
見れば、彼の後ろにローブをすっぽりと被った小さな人影がある。
だが、逆にいえば、それだけだ。貴族であるというにも関わらず、護衛の一人も付いていない。だからこそ、冒険者を十人も雇ったということなのかもしれないが、それだけの資金力があるのに正規の護衛がいないのは逆に不自然と言えた。
「なるほど。わかりました。でも、道中を歩かせるおつもりですか? あなたもそうですが、一週間の道中です。街道を行くとはいえ、馬車の用意をされているかと思いましたが」
シリルはあえて不自然さには触れず、相手の心配をするような質問にとどめているようだ。なるほど、『依頼主の事情には深く踏み込まないのが鉄則』だったか。
「心配はいらない。わたしは武門の出だから鍛えているし、娘にはこれを用意している」
そういって、卿は懐から筒のようなものを取り出す。
〈出でよ。わが友『リュダイン』〉
言葉とともに筒から煙が沸き起こり、気がつけば、目の前に大きな馬が立っていた。それも、ただの馬ではない。頭には一本の角が生えており、全身には、光の加減により黄色がかった鱗のようなものが見える。どうやらこれは、『幻獣』のようだ。
「“召喚士”なのですか? しかし、道中は長いです。【魔力】の方は大丈夫でしょうか?」
「ああ、心配いらぬ。『リュダイン』とは十年来の付き合いだ。【通常スキル】とはいえ、具現化維持による魔力消費は微々たるものだ。君にはこれに、娘とともに乗ってもらいたい」
基本的に、召喚獣を具現化する際の【魔力】消費は、召喚系【スキル】の高さと召喚したものとの相性、および契約期間によって変化する。十年ともなれば、もはや呼吸するように召喚ができても不自然はない。
貴族とはいえ、人間である以上、【スキル】があるのはおかしな話ではないし、武門の家柄というなら歩きが苦にならないという理屈も成り立つのかも知れない。
だが、この申し出はあまりに不自然だ。二人乗りできるのなら自分が乗れば良い。
「わたしでよろしいのですか?卿がお乗りになった方が……」
「Aランク冒険者の君といたほうが安全だ。娘の身はわたしの身より大事なのだ。親として当然だろう」
我はふと思いついて、アリシアを見る。だが、彼女は我と目が合うと、軽く横に首を振った。余計なことは言わない方がいい、ということか。
「わかりました。えっと、お名前は……」
「シャルロッテ……だ」
いまだに無言の少女に代わり、卿が答える。
「では、シャルロッテ様。乗りましょう」
そう言って差し出されたシリルの手を、しかし少女はあっさりと無視し、自分で『リュダイン』に近寄っていく。すると『リュダイン』は自らの足を折り曲げ、少女が乗りやすい状態に屈みこんだ。少女は無言のまま、『リュダイン』の首の近くにまたがる。
一方のシリルは軽く息をつくと、恐れも見せずに『リュダイン』に近寄っていく。気位の高そうなその『幻獣』は、見知らぬ人間の接近に警戒の色を見せたが、卿から一声かけられると大人しくなり、シャルロッテのすぐ後ろに跨るシリルを受け入れた。
「さて、それでは出発しよう。諸君らの働きに期待している。無事に王都に到着できれば、別途報奨金も準備するつもりがある。最後まで護衛の任を全うしてもらいたい」
ジグルドの申し出に、冒険者たちは歓声こそあげなかったものの、にわかに色めきたった。
だが彼らは思い至るべきだったろう。ここまで念入りに報酬を約束するということは、それだけ確実な危険がこの道中にはあるのだということを。
なにより馬車を用意しないというのが、決定的だ。それはつまり、有事の際に小回りの利かない乗り物を避けたということだ。
結局、我々は一本角の黄鱗の幻獣『リュダイン』に乗った二人と、それを取り囲んで歩く一人の貴族と数名の冒険者という、実に奇妙な編成で旅を始めることとなったのだった。