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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第1章 剣と魔法の幻想世界
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第1話 見知らぬ世界で/異世界の人

      -見知らぬ世界で-


「ここはどこなんだ? 俺はなぜ、こんなところに?」


 目が覚めて、最初に発した言葉はそれだった。見たこともないほど美しい青空、周囲を見渡せば、失われて久しいはずの命の活力に満ちた草原の風景がそこにはある。

 

 夢を見ているのか?

 

 しかし、この現実感は夢ではありえない。頬にあたる涼やかな風と鼻孔をくすぐる緑の香り。世界を五感で感じる自分がここにいる。お伽話に聞いたことがあるだけの、色鮮やかな世界は確かに、目の前に広がっているのだ。

 これは間違いなく、現実だ。


 しかし、すぐに思い直した。

 ああ、これは夢なんだ。夢に違いない。絶対そうだ。

 なぜといって、目の前には、草原に舞い降りた天使か妖精を思わせる可憐な少女がいるからだ。

 日の光を浴びて輝く美しい銀色の髪は長く伸ばされ、風にふわふわと揺られている。

 思わず吸い込まれてしまいそうな深みのある銀の瞳は、至高の宝石のようで、この世にある存在とは到底思えそうもない。


 身にまとう白を基調とした裾の長いローブは、あちこちにスリットのようなものがあり、暑苦しい印象を与えない仕上がりとなっている。

若干サイズが大きめにも見えるが、まあ、ゆったりしたつくりの服なのだろう。

 ところどころに金や黒の意匠が施されていて、見るからに高級そうな衣服である。

 あるいは、何らかの『力』が込められているような……。


『力』? 『力』って何だ?

 なぜそんなことを思いついたのか、自分でも意味がわからず首をかしげていると、


「ご、ごめんなさい……」


 彼女の口から発せられたその言葉に、気づくのが遅れてしまった。

 

 彼女はその美しい銀の瞳に大粒の涙を浮かべ、その身を震わせていた。そんな場合でもなかろうに、その泣いている姿に改めて見惚れてしまう。


 こんな美少女を泣かせておくわけにもいかない。とにかくわけを聞いて慰めよう。そう思った俺は、できるだけ優しい口調で問いかけてみた。


「えっと、どうしたんだい? 大丈夫?」


 弾かれたように顔を上げる少女。長い銀色の髪がふわりと舞う。やっぱり、天使か何かじゃないのか?


「ごめんなさい。わたし、まさか、こんなことになるなんて……」


 再び顔を俯かせて謝罪の言葉を繰り返す少女に、どう言葉をかけていいのか分からなくなってしまう。

 気がついたら、見知らぬ場所にいて、見知らぬ少女に泣きながら謝られている。

 

 俺に一体どうしろと?


 今まで幾度となく、困難な状況を乗り越えて、生き抜いてきた俺ではあったけれど、これは今まででも最高難度の難関じゃないだろうか。

 とりあえず、このまま沈黙していても始まらない。なんとなくではあるが、思いついたことを聞いてみる。


「もしかして、俺がここにいるのは、君が何かをしたからって、ことなのか?」


「ええ、そうよ。本当なら、高位の『精霊』か『幻獣』を召喚するはずだったのに……」


「なんだ、わざとじゃないんだろ? だったらいいって。それより、ここがどこか教えてくれないか?」


 精霊とか幻獣とか、少女の口からはよくわからない単語が出てきた。普通に考えれば、彼女は何か錯乱しているのかもしれないと思うところだ。しかし、聞いたことのない単語(少なくとも日常的な言葉ではない)のはずなのに、なぜだか違和感なく、聞こえる。

 この世界のありようが、すでに十分異常過ぎるから、他のことなど瑣末な問題に思えるのだろうか。


 いずれにしても、今はそれより、泣きやんでもらうことの方が肝心だ。

 そう思って自分を責めているらしい少女の思考をそらせるべく問いかけた先ほどの質問に対し、彼女は悲しそうに首を振った。


「まさか、教えられないとか?」


 俺と一緒に迷子になってる? だとすると、ますます不可解だ。いったい俺は何で、こんなところにいるのだろう。

 しかし、彼女はまたも首を振って否定する。


「ううん。そうじゃなくて。……落ち着いて聞いて。ここはたぶん、あなたがいた世界のどこでもない場所よ」


 なるほど、どこでもない場所か。……どこでもない場所? そんな言葉は初めて聞いた。


でも、考えてみれば、それはそうだろう。さっきまで俺がいた世界に、こんなにも命の気配がする場所は、理論上、皆無のはず(・・・・・・・・・)だ。


 もちろん、生物はいた。それなりに生態系もあったし、でなければ俺自身、生き残ることなどできなかっただろうから。


 それにしても、生命の質が違う、量が違う、なにより密度が違う。限られた世界で限られた物を奪い合い、殺し合い、誰もがみんな、自分の周囲の世界のことだけを第一に考えなければ、生き残ることすらできなかったあの場所とは、あきらかにここは違う。


 強い者だけが、生き残れる世界。ただし、強いだけでは生き残れなかった世界。


 そうか、俺は、あの世界のどこでもない場所にいるのか。

 喜ぶべきなのか、怒るべきなのか、悲しむべきなのか、わからない。ただ一つ言えることは、俺は何か、とてつもなく大きなものを失ったのだということ。


 自分を支え、自分という存在を形作ってきたものを失ったという鈍い実感。それは、ここで目覚めた瞬間から感じていたものだったけれど、今の言葉ではっきりしてしまった。

 聞くまでもなく、きっと俺は、二度とあの世界には帰れないのだろう。



     -異世界の人-


「……落ち着いて聞いて。ここはたぶん、あなたがいた世界のどこでもない場所よ」


なにが、『落ち着いて聞いて』なのか。


 突然、見知らぬ世界に放り出され、こんな言葉をかけられて、どうして平静でいられようものか。


 しかし、彼は軽く目を見開いただけで、大した反応も見せなかった。わたしは一瞬、言葉の意味が伝わらなかったかと思ったが、そうではなかった。


「なるほどな。どうりで見たこともない景色だと思ったよ。青い空なんて本当にあったんだな」


と、信じられないことを言った。


「青い空を見たことがないの?」


「ああ、俺が生まれたときにはもう、『なかった』からな。……信じられないな。こんなに草が生えてるし、こんなに花が咲いている」


 『青い空』がない世界。想像もできない話だ。


「あなたがいたところには、草や花もなかったの?」


「いや、なくはなかったけどな。限られた場所に区画をつくって栽培されてるものしか見たことがないんだ。よっぽど豊かな『国』でも食糧生産区画の方が優先だし、こういう食用向きじゃないものがたくさん生えているのは珍しい」


「そう、なんだ……」


 彼の言っていることは、半分も理解できない。それでも、その言葉の端々からは、彼にも向こうでの生活があったのだということが窺い知れる。

 恐らく彼の脳裏に浮かぶ世界は、こことはまったく違った姿をしているのだろう。


 やはり彼は、この世界の人ではないのだ。こことは違う『異世界』から来た人。わたしの知る常識などまるで通じない世界なのかもしれない。

 けれど、わたしが思う以上に、そんな世界からやってきてしまった彼にとっては、この世界は未知のもので溢れかえっているに違いない。


 わたしと同じような人間の姿であり、こうして言葉も通じている以上は、わたしのことを化け物とまでは思ってはいないかもしれないけれど、混乱し、不安に駆られ、どうしたらよいのか分からなくなっているに違いない。


 だとすればやはり、【召喚魔法(サモン・ガーディアン)】とその原理についても一から説明しなければ、彼の身に起こったことの一割も理解してもらえないだろう。


「異世界……か。うん。すごい経験だよな、これって」


 彼はうんうんと頷きながら、周囲の草花に手を触れ、匂いをかぎ、それから改めて大きく息を吸い込んで、満面の笑みを浮かべた。


 こんな事態に巻き込まれたのに、ずいぶんと落ち着いているようだ。繊細そうな見た目に反して、豪胆な性格の人なのかもしれない。

 しかし、だからといってわたしがしたことを許してもらえるはずはない。それでもわたしは、話さねばならない。すべて話して、裁きを受けるべきなのだ。

 それに、何よりも彼の状況が本当にそうなのか、確認しなければならない。


「どこか、身体におかしいところはない?」


「え? ああ、おかしいところ……か。うん、まあ、少なくともおかしくはないかな。大丈夫。ちょっと頭がぼんやりしているくらいだ」


 意味ありげな言い回しだ。やはり、何かあったのだろうか?


「ところで君、名前は?」


「あ、え? ああ、ごめんなさい。その、わたしは、シリル・マギウス・ティアルーン。呼ぶ時はシリルでいいわ」


 突然、名前を尋ねられたことに驚きながらも、わたしはなんとか答えを返した。

 異世界の人に、こんな名乗りの仕方で通じればいいのだけれど。

  

「そっか。俺は、えっと、俺は、……あれ? なんだっけ? 名前が出てこない…」


 不思議そうに首をかしげる彼の姿に、わたしは胸を強く締め付けられる思いがした。

 ああ、やはりそうだった。間違いない。 

 恐れていた事態は、まぎれもなく現実のものになっている。彼が召喚によって現れた以上、それは当然のことのはずだったけれど、その事実を実際に目の前にして、どうしようもなく絶望感に捕らわれてしまう。


「無理に思い出そうとしなくていいわ。まず、話を続けましょう?」


「え? ああ、そうだな。結局何がどうなってるのか、よくわからないから、説明してくれると助かるよ」


 彼は、名前が思い出せないことにそれ以上のこだわりも見せず、わたしの顔を見て、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。その笑顔に、大らかで朗らかな彼の人柄が垣間見えてしまう。


 わたしは再び、胸に鋭い痛みを覚えた。こんな人に、わたしはなんてことをしてしまったんだろう。

 わたしには力が必要だった。わたしが抱える、今にも押しつぶされそうな重圧に耐えきれなくなって、自分以外のものに、もっと大きな力あるものに、縋ることに決めた。


 だって、わたしを誰も助けてはくれないから。わたしを誰もわかってはくれないから。

 そんな存在が、この世界にいないのなら、他の世界から呼べばいい。


 わたしが考えたのはそんなことだった。「幻獣や精霊の中でも最高位のものを」とわたしは考え、【聖地】にまでやってきて、最高の環境下で召喚を実行したけれど、現実に召喚された彼を見たとき、わたしは気づいてしまった。

 わたしは、「何か」に縋りたかったんじゃない。「誰か」に助けてもらいたかったんだ。

 だから、これは事故じゃない。わたしは召喚するべくして、彼を召喚してしまったんだ。


「これから、あなたの身に起こったことを説明します。そのうえで、わたしを殺したいと思ったら、殺してくれて構わないわ」


 決意を込めて伝えた言葉に、彼の目がぎょっと見開く。そんな事をするわけがない。そう言いたげな顔だ。しかし、それは話を聞くまでのことだろう。わたしのしたことは、それだけ罪深いことなのだから……。


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