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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第16章 開く世界と拓かれる未来
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第154話 少女は笑って絆を奪う/奇襲攻撃

     -少女は笑って絆を奪う-


 昨日は凄く楽しかった。久しぶりにこの町に戻ってこれて、シリルちゃんとの思い出を確認できて、ヴァリスや他の皆にわたしの育った町を紹介できて、本当に幸せだった。

 昨日の夜なんて、あたしの家に皆でお泊りまでして、色々と騒ぎはあったみたいだけど、それも含めてすっごく楽しかった。


「だ、大丈夫か? エリオット……。く! いったい何があったというんだ?」


「……いいんです、エイミアさん。僕は、僕は……所詮、エイミアさんと付き合う資格なんてなかったんです……」


 ぐったりとしたままテーブルに突っ伏すエリオットくんは、シリルちゃんとあたしが用意した朝食にも、ろくに口もつけていないみたいだった。


「今は、そっとしておいてやってくれ。いくらエリオットでも、あんなことがあった後じゃ……しばらくは立ち直れないさ」


「ル、ルシア? いったい何があったって言うんだ? 教えてくれ」


「いやいや、俺の口からはとても言えないよ。……なあ、ヴァリス?」


「む? ……あ、ああ。そ、そうだな。け、けっして我は、彼を見殺しになどしていないぞ?」


 挙動不審なヴァリスなんて、滅多に見られるものじゃないよね。


「見殺し?」


 怪訝な顔で訊き返すエイミア。


「うわ! ヴァリス。やっぱお前は黙っとけ!」


「ルシア、どういうことだ? 事と次第によってはタダでは済まさないぞ?」


「ま、待ってくれって! 悪いのは俺じゃなくてレイミさんで……っていうかアンタ、昨晩のあの騒ぎの中でよくもまあ、ぐっすり寝ていられたものだよな?」


 昨晩、あたしの家の一階では、部屋の中央にバリケードを張った男性陣とレイミさんとが激しいバトルを繰り広げていたらしい。

 でも、それならレイミさんと同じスペースにいたエイミアたちの方が危なかったんじゃないかな? あたしがそんな疑問を口にすると、レイミさんが興奮気味に教えてくれた。


「エイミアさんって、寝てるときにも隙がないんです。実は昨晩も二十回ほどチャレンジしてみたんですけど、寝てるはずなのに実に的確に光属性魔法を撃ってきて、びっくりでした!」


「……二十回って!? いくらなんでも多すぎるだろう! だいたい、何の『チャレンジ』だ! ……い、いや、覚えていないわたしもわたしだが」


 その前にそもそも、寝ながら【魔法陣】を構築するとか、あり得ないんですけど……。


「あたしの家の中で攻撃魔法を使うとか、やめてほしいなあ……」


「ははは。心配いらないよ。昨晩の騒ぎで壊れた箇所は、僕がちゃんと直しておいたからさ」


「やっぱり壊れてたんだね……」


 能天気に笑うノエルさんの言葉に、あたしはがっくりと肩を落とす。皆に泊まってもらうのも賑やかでいいなんて思ってたけど、家を壊されちゃうんじゃ、少し考えないといけないのかな……。


「い、いや、そんなことはどうでもいい! レイミ、君はエリオットに何をした? わたしとしては、そこの部分をはっきりさせないと夜も眠れそうにない」


「今晩もぐっすり眠りそうに見えますけどねえ」


「……何か言ったか?」


「いえいえ。心配しなくても、エリオットさんの『はじめて』は、エイミアさんのためにちゃんと取ってありますよ?」


「んな!?」


 わざとらしいレイミさんの言葉に、エイミアは顔を一瞬で赤くする。するとそのとき、シャルちゃんが不思議そうな声を出した。


「エリオットさんのはじめて? どういう意味ですか?」


「う……」


 皆が一斉に言葉に詰まる。ことがことだけに、シャルちゃんには説明のしようがない。ところがどっこい、あたしたちの中には、そんな気遣いとは無縁の人がいたのでした。


「ん? ああ、えっとね、それはつまり……」


「おい! 誰かあの、時と場合と相手をわきまえない魔女を止めるんだ!」


 ルシアくんの号令を受けて、近くにいたシリルちゃんが素早く彼女の口を塞ぐ。


「むが! 何すんのよ!」


「うるさいわね。シャルに変なことを吹きこまないでよね」


 憮然とした顔でシリルちゃんの拘束を振りほどくレイフィア。でも、安心したのもつかの間のこと。レイミさんがうっとりした顔でつぶやきを洩らしていた。


「うふふふ。エリオットさんって、細身の外見の割には、引き締まった筋肉をしてましたねえ。ああ、あの腹筋の触り心地が忘れられません……」


「き、貴様……やっぱりエリオットに……」


 エイミアは、今にも歯ぎしりの音が聞こえてきそうな顔でレイミさんを睨む。


「何を想像されているかわかりませんが……いえ、わかりますけど、違いますよ?」


「え?」


「実はわたし……最近、男の人の筋肉の付き具合を確かめるのに凝ってるんです!」


「ここは断じて誇らしげに胸を張る場面じゃないぞ!?」


 それはそれで嫌な趣味だし、身体をまさぐられただろうエリオットくんには同情を禁じ得ないところではある。


「あはは! エイミアってば、いやらしーんだ!」


「な! レイフィア! ぐうう! あ、逃げる気か! 待て!」


 ばたばたと騒ぎが続く室内で、ふと、あたしは窓の外の様子が気になった。


「……静かだね」


 あたしの家があるこの場所は、町の大通りからは離れている。だから、朝のこの時間に外が静かなのは当然だった。でも、なんだろう? なぜか気になる。


「アリシア、気づいたか?」


「え?」


 あたしは独り言のつもりで漏らしたつぶやきに、返事があったことに驚いた。声のした方を見れば、ヴァリスが何故か難しそうな顔をしている。


「……尋常ではないな。そもそも、今の今まで我がこの異変に気づけなかったということ自体が異常だ」


「異常?」


 いつの間にか、みんなの視線があたしたちに集まっている。ヴァリスはそれを受けて、ゆっくりと言葉を続けた。


「信じられないかもしれないが、我の“超感覚”で知覚できる限り、この町には現在……人間が一人もいない。いや、人間どころか生物そのものの気配を一切感じない」


「なんだって?」


 ルシアくんが弾かれたように家の玄関に向かい、扉を勢いよく開け放つ。


「な! なんだよ、これ!」


 彼の驚愕の声に、皆が一斉に玄関へと飛び出した。もちろん、あたしも。ルシアくんによって開かれた扉の向こう、その先にあったものは……。


 否──『何も』なかった。

 そこには何ひとつ、残されてはいなかった。


 あたしたちが出てきた建物。あたしの家。それを除くすべてのものが、根こそぎ町からから喪失なくなっていた。──と言うより、『町そのもの』が喪失なくなっていた


「こ、こんなバカなことがあるの?」


 シリルちゃんの声が震えている。あたしにいたっては、声を出すことすらできなかった。周囲に広がる何もない荒野には、虚しく風が吹いている。


 行きつけのお店も、夕涼みに出かけた公園も、あたしのためにお店を残してくれたおじさんたちの住む家も、……ううん、あたしが過ごしたこの町の想い出、そこに住む人たちすべてが喪失なくなってしまっていた。


「と、とにかく、船へ戻ろう! よくわからないけど、ここは危ない」


 呆気にとられる皆の中で、いち早く冷静さを取り戻したのはノエルさんだった。あたしたちは、その言葉に従い、太陽の方向だけを頼りに、船のある場所へと向かうことにした。


 ──と、その時。


「うふふふふ! びっくりした?」


 その声は、あたしたちの頭上から聞こえてきた。正確には、あたしたちの背後にある家の屋根からの声だ。驚いて振り返るあたしたちの目に、赤と白のワンピースを着た深紅の髪の少女が映る。屋根の縁に腰を掛け、ぶらぶらと足を振っている。靴さえ履いていないのに、白くて綺麗なその足には、傷ひとつ、汚れひとつ見当たらない。


 血のように赤く、炎のように紅い、喪失の少女。


「セフィリア!」


「おはよう、シャル。でも、ワタシはセフィリアじゃないよ? あの子は、あなたが約束を果たしてくれるまで、あなたに会うつもりはないみたい」


 くすくすと笑う少女。シャルは睨みつけるように彼女を見上げる。


「……だったら、何をしにきたの? どうしてこんな……」


「フェイルにお願いされたの」


「フェイルが? ……だからって、こんな酷いことを!?」


「前にも言ったでしょう? ワタシはフェイルのことが好きなの。だから、フェイルのお願いなら、どんなものでも『喪失なく』してあげるの」


 くすくすと笑う少女。シャルは歯噛みするように彼女から視線を外す。


「……つまり、君はあの馬鹿に町の住人を皆殺しにしてほしいと言われたから、そうしたって言うのか? そりゃ、随分なもんだな」


 ルシアくんの声には、怒りの感情が強くにじんでいる。けれど彼女は、何を言われているのかわからないという顔をした。


「町の住人? ううん、違うよ。ワタシがお願いされたのは、……あなたたちと『想い出』との繋がりを喪失なくすことだもん」


「想い出との……繋がり?」


 彼女の言葉に、シャルちゃんは声を震わせ、呆然とつぶやきを返す。


「ワタシの力──“関係喪失コネクションロスト”はね。物を喪失なくす力じゃないの。愛情とか憎悪とか、友情とか敵意とか、信頼とか警戒とか、善意とか悪意とか、……うふふ! 永くて昏い闇の中で……セフィリアが必死に腕を伸ばして求め続けたモノ。どんなにその手を伸ばしても、触れることさえできなかったモノ──『絆』を喪失なくす力なの」


「つまり、町そのものがなくなったわけじゃないの?」


「うん。……でも、おんなじだよね? 見ることも触ることも、感じることもできないんだよ? 関係がないモノなんて、存在しないのとおんなじだよね? うふふ……セフィリアはね、ずーっと『そう』だったんだよ?」


 背筋が凍るような真紅の瞳を、笑みの形に歪める少女。


「……ああ、胸が『すっと』するなあ。みんな、少しはセフィリアの気持ち……わかってくれたかなあ……」


 『彼女』の声に、あたしの胸が締めつけられる。もう二度と、あたしはこの町とそこに住む人々に会うことはできないのだろうか? 胸が痛い。息が苦しい。目の前が真っ白になってくる。言いようもない激情が、今にも溢れ出してしまいそうだ。


「……アリシア」


 あたしの肩をヴァリスがそっと抱いてくれた。そのぬくもりに、あたしはようやく気を落ち着ける。


「んで? フェイルの野郎は何が目的なんだ? 町ひとつ、俺らの前から消してみせて、驚かせたかっただけだとかいうのは、なしにしてくれよな」


 皮肉交じりに吐き捨てるルシアくん。その言葉を受けて、『彼女』はなおも不思議そうな顔をする。


「町ひとつ? 違うよ。言ったじゃない。あなたたちの想い出『全部』だよ? その家はあなたたちがいる場所だから残っちゃったけど、他は全部喪失なくしちゃったの。今まで訪れた場所、出会った人、それから……思い入れのあるモノ。全部全部、ぜーんぶ! だよ?」


「なんだって?」


 ノエルさんが慌てて荷物の中から板のようなものを取り出して、指をその上に走らせる。


「く! 『アリア・ノルン』の反応がない!」


「う、うそ……それじゃ、わたしたちがこれまで過ごしてきた場所全部が、なくなってるの? そんな! そんなのって……」


 呆然とした顔で声を震わせるシャルちゃん。声だけじゃなくて、身体全体を小刻みに震わせている。


〈馬鹿な……。『思い出との繋がりを喪失する』だと? そんな力があってたまるか。そんな真似、『神』でさえ不可能だ。世界そのものに干渉しない限り……いかに『ジャシン』といえど……〉


 ファラちゃんが唸るように言う。確かに、ただの『ジャシン』には不可能かもしれない。でも、あたしは【火の聖地】で、混じり気のない『セフィリア』の姿、そしてその結果として判明した『能力』も垣間見ている。あの“天意無法フロウレス”な少女と同化しているという時点で、彼女もまた、ただの『ジャシン』ではあり得ない。


「……この子、めちゃくちゃね。まさに何でもありって感じだけど、そんなことをして何の意味があるのかしらね?」


 シリルちゃんは、みんなの心を落ち着かせようと、あえてそんな言葉を口にする。


「え? なんでだっけ? ええっと……あ! そうだ! 忘れてた。フェイルから伝言があるんだった」


 まさに何かを思い出したように、胸の前で手を叩く『彼女』。目の前の非常識が嘘のような、ごく普通の少女の仕草。


「忘れるなよな、そんなこと……」


 呆れ気味にぼやくルシアくんは、悲しげにうつむくシャルちゃんの背中をさりげなくさすっている。


「うふふ……。優しい仲間がいて良かったね。シャル。……セフィリアにはそんな人、『何処にもいない』のに」


「………」


 地獄の底から響くような昏い声に、びくりと身を震わせるシャルちゃん。


「うるせえよ。お前がフェイルの使いだって言うんなら、さっさと伝言だけ残して消えちまえ」


 ルシアくんの口調は、いつになく厳しいものだ。年下の女の子に、彼がこんな口を利くところなんて初めて見た。


「……じゃあ、伝言。『過去も未来も貴様には必要ない。想い出になど縋りつくな。ただ、今この刹那に抱いた憎しみだけをもって、俺を殺しに来い。ルシア』だったかな?」


「……あの野郎」


「フェイルは今、ラズベルドの【聖地】にいるの。そこでセフィリアの残した『第二の邪悪』と一緒に、あなたたちを待ってる。うふふ、シャル? だから、あなたも来てね。……ホントはワタシ、待ってるんだ。あなたが『邪悪』を集めて、あの子に返しに来てくれるのを」


 その言葉を最後に、『彼女』はあっという間に姿を消した。



     -奇襲攻撃-


「くそ! フェイルの野郎! 今度という今度は許せねえ!」


 少女が座っていた屋根をにらんだまま、ルシアは叫ぶ。実際、叫びでもしなければいられないのだろう。我とてまさか、あの少女がここまでの存在とは思わなかった。信じがたい話だが、その気になれば世界すら滅ぼせるのではないだろうか。


「……ここはひとつ、冷静に考えるべきだと思うよ」


 ノエルは言葉どおり、なんの動揺も感じさせない声で言う。それに噛みついたのは、ルシアだった。


「これが冷静でいられるかよ! あいつの話が本当なら、俺たちはこの世界で、これまで想い出を残してきた場所全てを失ったってことになる。ツィーヴィフにもカルナックにも妖精の森や精霊の森にもアルマグリッドにもマギスレギアにも! そこで出会った人たちにも、俺たちは二度と会うことができないんだぞ!」


 ルシアがこの世界に召喚されて半年余り。その間に巡ってきた様々な場所の想い出。そのすべてが奪われたとなれば、彼が激昂するのも無理はない。フェイルの目論見通り、ルシアは今、かつてない憎しみをフェイルに抱いていることだろう。


 だが、ノエルはあくまで表情を変えない。


「だから、それだよ。『あいつの話が本当なら』だ。目の前で町ひとつ消されてしまって、超常現象に驚く気持ちはわかるけどね。まず先に僕たち全員の想い出──それに連なるものをすべて奪うなんて話の、荒唐無稽さを疑うことを忘れちゃ駄目だよ」


「……どういう意味だ?」


「考えてもごらんよ。想い出を奪うというのなら、どうして僕らは、今もこの町のことを覚えているんだい?」


「……で、でも、実際に町は消えちまったじゃないか。『アリア・ノルン』もそうなんだろ?」


「敵はフェイルだ。忘れたのかい? 彼は、インパクトの大きい言葉で真実から目を逸らさせる嫌がらせが得意だっただろう?」


 恐らくノエルが言っているのは、アリシアがさらわれた時のことだろう。奴はあの時、『邪神の復活』などという言葉をことさらに強調して、我らの判断を混乱させたのだ。


「……そうね。目の前で起きた理解できない現象を、中途半端に理解したつもりになるのは危険だわ。『想い出の喪失』という言葉がフェイルの指示したものだとすれば……ここでの正解は、『深く考えない』ことだと思う」


 シリルが納得したように頷く。確かに奴の言葉は、巧妙な罠のようなものだ。それは今まで嫌と言うほどに経験してきた。考えれば考えるほど深みにはまる。何が真実で何が虚偽なのか、わからなくなるばかりだ。

 だが、真実はどうあれ、アリシアにとって故郷ともいうべきこの町が事実上、喪失なくなってしまったことに違いはないのだ。


「それにこの現象自体、あの子をどうにかすれば解決するのかもしれないだろう? 繰り返すけど、僕らはまず、落ち着いて行動するべきだ」


 ノエルが念を押すように口にした言葉を聞いて、ルシアは大きく息をつき、肩を落とした。


「……ありがとう、ノエル。助かったよ。確かに頭に血を昇らせたままじゃ危険だ。まんまとあいつの術中にはまるところだったぜ」


〈ふむ。あの男は、ルシアの性格をよく見抜いているようだな〉


「悔しいけど、その点は否定できないかもな……」


 ファラの言葉に、ルシアは頭を掻きながらつぶやく。


「で、これからどーすんの? あの嘘つき野郎をぶっ殺しに【聖地】に行くんだよね? とりあえず、最初にあたしが禁術級をぶちかましたいんだけど、いい?」


「何よ、レイフィア。珍しく積極的じゃない」


「あいつはむかつくんだよ。なんていうか、自分は世の中に対して斜に構えているくせに、他人のことを上から見下してるっていうかさ。許せないんだよねえ、ああいうの」


「……あなたが言う?」


 シリルはやれやれと首を振る。するとそこで、話題の転換を図るようにエイミアが口を挟んでくる。


「とにかく、ここに留まっていても仕方ない。船も使えないとすれば、歩いていくしかないだろうが、ラズベルドの聖地までどれくらいの距離があるんだ?」


「……無理よ。あの【聖地】は人跡未踏の山の奥だもの。少なくとも地上を歩いてたどり着くのは厳しいわね」


「そう言えば、シリルが俺をあの場所から、この街まで運んでくれたのも『ファルーク』を使ってのことだって言ってたっけ?」


「ええ、町の入口から宿屋までが一番大変だったけどね。……それはともかく、ルシアの言うとおり、『ファルーク』を使うしかないわね。ただ、多少は魔力供給を増やして巨大化させるにしても、この人数だと少しきついかもしれないわ」


「なら、僕とレイミは残ろう。ついていっても足手まといになりかねないしね。駄目元で船との接触を図ってみるよ」


 こうして我らは二人を残し、風の聖地『ラズベルド』へと向かうことになったのだった。


 ──上空から見下ろすその【聖地】は、先に見た火の聖地『フォルベルド』とは異なり、見るからに美しい自然に覆われた場所だった。


「……きれい。シリルお姉ちゃんは、ここでルシアを召喚したんだね」


 シャルは感嘆のため息を漏らしながら、つぶやいている。


「……懐かしいわね。またこの場所に戻ってくることになるなんて、なんだか夢みたい」


「ああ。俺にとってもここは、始まりの地だ。この世界に召喚されて、初めてシリルに出会って……ははは」


「な、何よ?」


「いや、そう言えばあの時、シリルは俺に向かって、『殺したかったら殺してくれていい』だなんて物騒なことを言ってたっけなって思ってさ」


「……も、もう、仕方ないでしょう? わたしだってあの時は、精神的に参っていたんだもの。そ、それにあなただって、『うん、それじゃ殺そう』とかなんとか言って、わたしの目を瞑らせて……ほんとはやっぱり、いかがわしいことでも考えてたんじゃないの?」


「いやいや、それは違うぞ。俺としてはその場の雰囲気をどうにかしようと思ってだな……」


「どうだか」


 楽しげに会話を交わす二人。それを見て、エリオットは何かに気付いたように言う。


「……あの子の言っていた『思い出との関係喪失』とやらは、嘘だったみたいだね。二人にとってここまで思い出深いこの土地が無事なこと自体、その証拠だと思うけど」


「え? そ、そうね……」


「お、おう、そうだな……」


 会話に夢中になっていた二人は、彼の言葉に気付いてようやく我に返ったのか、慌てて居住まいを正す。まあ、この分ならルシアの頭に昇った血も、大分降りてきたことだろう。


「……それじゃ、降りるわよ。用心してね」


 ゆっくりと慎重に高度を下げる『ファルーク』。風の聖地であるせいか、いつになくスムーズに周囲の風を操作できているようだ。


「ファルネートみたいな『ジャシン』はいないみたいね。やっぱり、セフィリアが取りこんじゃったのかな……」


 厄介な敵がいなくて喜ぶべき場面だろうに、アリシアときたらその敵の身を案じるようなことを言う。だが、彼女のそうした優しさこそ、得難いものだと我は思う。彼女の育ってきた境遇を思えば、それは奇跡の産物ともいうべきものだ。


「……セフィリア。わたしは、あなたになんか、絶対に負けてあげないんだから」


 そんなシャルの声を聞きながら、我は近づいてくる地上を見つめていた。──が、次の瞬間。背筋が凍るような気配を感じ、我は瞬時に身体を動かした。


「え? うわ!」


「きゃあ!」


 その場にいた全員を『ファルーク』の背の上から突き落とす。高度はだいぶ低くなってはいるが、受け身もとらずに落ちれば大怪我は間違いない。誰かが対策をとってくれることを祈りながら、我は出現した気配が振るう『聖剣』の一撃を受け止める。


「ほう。大した反応だな。誰か一人でも残っていれば、【爪痕】の餌食だったのだがな」


 飛竜の背の上に出現したフェイルは、感心したように言った。片手で握った紅い刀身の剣は、我が右腕に集約した『防刃の鱗』に食いこんでいる。奴の言葉どおり、我らの周囲には『赤い傷』が無数に口を開けていた。


「ぐ! 卑怯者め!」


 我は腕に力を籠め、相手の剣を大きく弾く。腕力なら、我の方が上だ。このまま接近戦で押し切ってやる。そう思った直後、奴の姿が搔き消える。どこまでも厄介な能力だ。


「くそ!」


 我はすぐさま、『ファルーク』の背から飛び降りた。


「大丈夫か!」


 着地と同時、我はアリシアの姿を求めて声をかける。


「う、うん。大丈夫。シャルちゃんがとっさに地面を軟らかくしてくれたから」


「そうか。すまない、シャル。助かった」


「いえ、それよりさっきのは……」


 軟らかくしたと言っても衝撃はあったらしい。シャルは顔を押さえつつ頭を振っている。


「フェイルめ……次はどこに現れるつもりだ」


 慎重に周囲の気配を探る。だが、現れた気配は思ったよりも遠い場所だった。どうやら奇襲攻撃はここまでにするつもりらしい。相変わらず、行動の読めない男だ。


「不意打ちしかできないのかよ、お前は」


 ルシアは手にした剣を油断なく構えつつ、フェイルをにらむ。


「今のは、ほんのあいさつ代わりだ。……町をひとつ消してみせても駄目なら、仲間の一人ぐらいは殺してみせようと思ったのだがな。できれば俺としては、『ラグナ・メギドス』で対峙した時の、怒りに満ちたお前と戦ってみたかった」


 奴の身動きに合わせて、身に纏う全身鎧が金属音を立てている。今は実体化しているようだ。


「……うふふ。来てくれたんだ?」


 その隣に、ふわりと浮かぶ少女の姿。


 ここは岩肌の多い山々に囲まれた盆地だ。だが、盆地自体には緑も多い。背の低い草が生え広がる景色の中には、可憐な花々も咲き誇っている。そして、中央には澄んだ水をたたえた湖。鏡のような水面には、白い雲と青い空が周囲の山々と共に映り込んでいた。


 黒い鎧に身を包み、白い包帯を顔に巻きつけた男の姿は、そんな美しい景観の中、何とも異様に浮き上がって見えた。さらにその隣に目の覚めるような真紅の髪の少女がいるとなれば、美しいはずの景色が逆に、この世の終わりさえ連想させるものとなる。


「さあ、始めよう。今、この刹那にすべてを燃やせ。お前が過去を振り返るなら、俺が未練ごと背後から斬って捨てよう。お前が未来に力を余すなら、俺が余力ごと正面から斬って捨てよう。……さあ、お前の『価値』を、そのすべてを、俺に見せてくれ」


「言われなくても! てめえはここで、俺が引導を渡してやる! ……いくぞ、ファラ!」


〈ああ、任せろ! 我が妹の力なら、わらわにもわかることはある!〉


 ルシアはファラを伴って、フェイルへと走り寄る。


「無茶をするな!」


〈みなぎる力、戦士は揺るぎなき信念とともに〉


戦士の剛腕パワーアーム》!


 エイミアがとっさに強化魔法をルシアにかける。マギスレギアでのフェイルとの戦いで、ルシアが奴に力負けしていたことを踏まえての措置だろう。エイミアのここぞという時の機転の良さは、さすがに百戦錬磨の冒険者と言えた。


「とはいえ、最初は少し遊んでやろう」


 フェイルの正面に、赤い十字傷のようなものが出現する。


〈あの形は……いかん! 空間に穴が開く! あの【爪痕】を最優先に斬り散らせ!〉


「了解!」


 ファラの指示を受け、ルシアは振りかぶった『切り拓く絆の魔剣グラン・ファラ・ソリアス』を袈裟懸けに振り下ろす。斬り散らされる紅い【爪痕】。だが、直後にその向こうから、真紅の刃がルシアの顔をめがけ、真っ直ぐに突きだされる。


「【爪痕】そのものが目くらましだと!?」


 ルシアは辛うじて顔を傾け、その突きを回避する。


 この間、他の皆は何もしていなかったわけではない。真っ先に好戦的なレイフィアが、炎属性の中級魔法をセフィリアに放っていた。だが、放たれた炎の散弾は、セフィリアに届く前にことごとく消え失せる。


「あちゃあ……やっぱ、効かないか!」


「まさか……、【魔法陣】の術式と発動した魔法との『関係性』を喪失させているというの?」


 シリルの“魔王の百眼”には、無効化されるまでの【魔力】の流れが見えているらしい。


「無茶苦茶じゃん! そんなのなしだよ!」


「わたしに言わないでってば!」


 レイフィアの抗議の声に、シリルが叫び返している。


「あのままでは埒が明かないな……アリシア! 出し惜しみできる相手ではない! やるぞ!」


「え? あ、うん!」


 我の叫びに頷きを返してくるアリシア。

 ここはやはり、《転空飛翔エンゲージ・ウイング》だ。長引けば長引くほど、この相手には不利が否めない。一気に力で押し切るのが最善だろう。


 だが、そんな我の思惑ですら、真紅の髪の少女の前では無意味だった。

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